……ここは、どこだろう。
砂利が固まった様な地面。
見たこともない、灰色の建造物。
その中で自らを主張するかのような、浮かぶ半透明の看板。まるで光自体がそこで文字の形を成しているような。
そして、この文明を生きているのであろう、見慣れない服装の人々。
「……あれ、この女」
その中に、見覚えのある姿を見た。
何処かで見た筈だが……ああ、思い出した。以前見た夢の。
確か前は、彼女はまるで死んでいる様に眠っていた筈だ。
でも、あの夢から覚めた後、すぐにその記憶を……。
……一体どういう事なんだろう……?
【よしっ、この駅を降りたら……南かな?】
彼女の手元の携帯で、何かを確認しつつ歩き出した。
……。
いや、“携帯”って何なんだ? 私はそんな物を、見聞きした事さえも……。
【えっとー。あったあった】
……とりあえず、あの人を追ってみよう。
彼女が駆け寄ったのは、周辺の地図が描かれた
何処かへ向かう最中なのだろうか。
「……あ、そうだ。あの本の事」
前の時に見た、あの本。『エルの旅路』。
恐らく、あの本の持ち主は彼女だ。いったいアレはどういう事なのか、質問するチャンスだ。
そう思って、彼女の肩を叩こうとして……。
「っ……。すり抜けた……」
触れることは出来なかった。
ならばと話しかけてみるが、返事も無い。
……この世界は夢の世界。
だからだろうか。他者へ干渉することは出来なかった。
「……夢、ね。まあ仕方ないか」
仕方がない。
……とはいえ、気になることは気になる。
彼女と、エルの関係。
それが知りたい。
【こっちかな?】
どうやら動き出すみたいだ。
よし、ついて行こう。
彼女の横を歩いていると、見慣れない物ばかりが視界に入る。
メチャくんが作っていた魔石駆動……なんとかのと似た形の物が大量に道を走っている。
2つ以上の道が交わる点では、赤と黄と青に輝く機械が、交通を制御していた。
「技術力が高いのは明らか。それを扱う人の方も……」
あの質量を持つ物体が、高い速度で走っている。アレほど多くのモノが走っていて当然だというのが、不思議だ。
走っているだけで人を殺すことは簡単。或いは故意でなくとも、殺してしまうなんて事は珍しくないはずだ。
建物に関しては、最早言葉も出ない。
あれほど高く建てるという事は、それだけの人数をその中に入れているということだ。
町を見回した所、人口も多いから間違いではないはず。
【ここの信号は……あー、左だっけ?】
彼女が何処に行くつもりなのかは知らないけれど……道順ぐらいは把握しても良いだろうに。
呆れた顔で視線を彼女の方に戻す。……すると、とある物が視界に入る。
「この髪留め……」
あの紙袋の中に入っていた物と同じ……。
【あ、こっちか】
……。
とにかく、ついて行こう。
「それにしても」
少しだけ小走りして、彼女の前に出る。
そしてその顔をじっと見つめる。
「この顔……」
【あ!】
っと、一体どうしたんだ?
私は彼女の目線を追って、振り返る。
【ここが……】
「……ここが、目的地?」
この道中で見てきた建物は、高さばかりでまるで塔のようだったが……。これはなんというか、四角い白色の館というか……。
そう、私が関心するような目で建物を見ていると……。
「──……!」
嫌な予感がした。
横を見た。
警戒心の欠片も無い顔で、向こう側へ歩いていた。
不味い。
何が?
分からない。
とにかく、嫌な予感がする。
だから私は、手を伸ばして──、
・
・
・
「──待って! ……え、あれ?」
「お。起きたか。一体どんな夢を見てるんだ?」
横でパチパチという音がする。焚き火の炎が弾ける音だ。
状況が把握できないまま、その方向を見る。……ソウヤが居た。
「おはよう。今日は乾燥わかめで出汁を取ったワカメスープと、肉じゃが。そんでパンだ」
「肉じゃが……」
「不満か? 悪いが、今から変えるとなると遅くなるぞ」
「い、いや。そういうんじゃなくて……」
ソウヤが首をかしげる。
……まだ、覚えている。
夢の内容を。
灰色の都市。大量の走る鉄の車。形を成した光の看板……。そして、あの女。
「……ふむ? 変な夢でも見ていたのか? 寝起きに変なことを叫ぶ始末だしな」
「あー……うん。変な夢だった」
「まあ、精々飯食って目を覚ましておいてくれ。今日の昼過ぎには目的地に着く予定だ」
目的地……。帝国領土内にある、炭鉱町のコールタウン。
そこの炭鉱内でモンスターが発生しているから、それを討伐してほしいという依頼で、そこへ向かっている。
その炭鉱町は帝都から北側に位置する。ミッド王国との国境から帝都への一本道を、少しばかり外れるとそこへ辿り着く。
今まで歩いてきた距離を考えると、確かに予定通りに到着しそうだ。
……あの世界。ソウヤは知っているだろうか。
「ソウヤ」
「なんだ?」
「…………あ、いや」
……いや、そんなワケない。
私の夢が作り出した世界を、ソウヤが知っている筈ないだろう。
「……2度寝して良い?」
「珍しい事を言うな。町に着いたら宿で昼寝なりすれば良いだろう」
「それもそうだね」
少し微笑んで、手元に置かれた2つの器に目を向ける。ワカメと、肉じゃがサンドパンと言ってたか。
パンとの組み合わせとして良いとは……と思ったら、パンと合わせるために、原型からかけ離れない程度に肉じゃががアレンジされていた。
「よく肉じゃがの材料が揃ったね」
「そうか? じゃがいもと肉程度だろう」
「でもほら、糸こんにゃくまで……」
「ああ、帝都の市場で売ってあったのを見つけてな。出発前、お前に頼んで色々と四次元ポケットに詰め込んだろう?」
「そっか、あの時にね」
へえ……。ソウヤの料理には助けられてばかりだ。
毎日美味しいものが食べられるというのは、士気にも影響してくる。腹が減っては戦は出来ぬとは言うけれど、食べる物が美味しければ、良い戦が出来るものだ。
「しかし、驚いたな」
「驚いたって、何が?」
「こんにゃくってのを知ってた事に対してな。お前、こんにゃくなんて物は、向こうの世界でもこの世界でも見たこと無かったと思うのだが……」
「え?」
「あ、いや、何時も買い食いしてるお前なら知っててもおかしくないな」
……違う。
見たことがない。知ったこともない。聞いたこともない。
私は……知らない物を、何故覚えている?
「……どうした?」
「い、いや……。知ってはいたけど、食べるのは初めてだから。……頂きます」
「ふむ。気に入らなかったら言ってくれ。こんにゃく抜きにしておくから」
…………。
夢を見て。知らない物を知って……。
私は、何かがおかしい。
「頂きます」
……ソウヤには、何も言わないでおこう。
大丈夫。戦闘には影響は無い。平気だ。
次回
「イツミの使い魔」