エルベルの素朴な疑問とオリヴィア/ヴァニラの必殺技『ジキル・アンド・ハイド』をめぐるちょっとしたお遊びの時間 果たして、挑戦者エルベル達はその決め台詞を言い当てることができるのか
それでもいいと言う方・双方を比較しての評価にお付き合い頂ける方は"試作版"も合わせてご覧ください
拙筆ではありますが、お楽しみいただけると幸いです
「ねえ、オリヴィアお姉ちゃん。それに、ヴァニラお姉ちゃん。えるにはひとつ気になることができました」
文明ギルドのはぐれオートマタの目撃情報を調査せよ、との音楽院の任務を終え、ヴィオラの音精オリヴィア、トライアングルの音精にして自称天使のエルベル、そして演奏者であるアキノ・ロッシーニの3人はゆっくりと帰路についていた。するとふいにエルベルはオリヴィアと"もう一人"の同行者にこう切り出した。
「ん、えっと……」
首をゆっくりとかしげ、戸惑うような表情を浮かべるオリヴィア と、その表情がふいに軽いものへと一変し
「んん?どうした?アタシ……アタシ達に、聞きたいことでもあるのか?」
オリヴィアの中の"もう一人"の人格であるヴァニラが気軽な調子で返す。
「さっきの戦闘でさ、お姉ちゃんたちは二人で入れ替わりながら二重奏をしていたよね?」
「ああ、それがアタシ達自慢の特技だしな」
「それで、その戦闘中でもお姉ちゃんたちとっておきの必殺技があったよね」
「そうさ、オリヴィアの繊細かつ技巧を凝らしたヴィオラと アタシの情熱を形にした音色 2つが合わさって一つの音楽魔法を紡ぎ出すのさ」
「あれ、なんて言ってるの?」
「え?そりゃ……あの曲のことか?『ジキル・アンド・ハイド』だけど」
「うん、だからその前の二人で同時に言ってる…あっちょっと待って、ヴァニラお姉ちゃん!言わなくていいや」
「?」
そういうとエルベルはふっ……と息を漏らすようにし、不敵に笑う……顔を通り越して自信満々のどや顔を見せ
「今からえるがパーペキに聴き取ってみせるよ……お姉ちゃんたちの決めのセリフを!」
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「え、と……それじゃあ、行きますよ いいですね?エルベルちゃん、ロッシーニさん」
「うん、えるはいつでもおっけいだよ」
「えー、アタシもやるのー?それ」
ロッシーニは眠たげにしながら言う。
「ロッシーニお姉ちゃん、暇だなっていってたでしょ? それに、気にならない?お姉ちゃんたちの決め台詞」
「うーん、今までどーせ聞き取れないって聞き流してたからさ、気になるといえば少し気になるけど~
でもそれって直接答えてもらえば一発……」
「それじゃあオリヴィアお姉ちゃん、ヴァニラお姉ちゃん!お願い」
「……いつも元気だねー、エルベルは」
やれやれと言いながらもとりあえず一回は付き合うことにしたロッシーニ
そんな二人の様子から用意ができたと見たオリヴィアは
「それじゃあ、行きましょうヴァニラ」
「おう、いつでもいいぜ、オリヴィア」
二人で調子を合わせ、一斉に演奏を始めた
二人の奏でる旋律は交互に、冷静と情熱を織り交ぜながらすぐに一つの曲、完全な二重奏となり
それが絶妙の音楽として最高潮へと登りつめる……音楽が奇跡を、魔法を紡ぐのを感じながら二人は叫んだ。
「 !」
「 !」
「「ジキル・アンド・ハイド!」」
二人の旋律が産んだ2つの魔法、それが混ざり合い、弾けて空気を震わせ、光が散る その余韻を見届けて
ヴァニラは口を開いた。
「で、どうよ?これでわかったかい?」
ぱちぱちぱち……としばらく続いたエルベル・ロッシーニの拍手の後で
エルベルは宣言してみせた。
「今ので…いまので覚えたよっお姉ちゃん!」
「へぇ……じゃあ聞かせてもらおうかな、その答えってやつをさ」
(ヴァニラも……なんだか楽しんでるみたいだね)
オリヴィアは口には出さず、心のなかで呟いた
「うん、なんかさ アタシも嫌いじゃないし、こういうクイズみたいなの そうなると当てられるもんなら当ててみろ、って気分になってきてさ……じゃ、エルベル 答えはなんだ?」
「たったひとつの真実見抜く、見た目は天使 中身も天使 えるのこたえは……ずばり!
『アタシじゃ勝てない!』でしょう!」
「いやいやいや!なんでいきなり降参宣言しなきゃいけないんだよ!?」
「え?……違うの?」
「うん……でもそんなに、遠くはない、と……思うよ?」
オリヴィアが表に出て即座にエルベルをフォローする
(いや、違うだろ……音はそりゃ近いかもしれないけどさ)
ヴァニラは不満げにオリヴィアの心に語リかける
「ロッシーニさんは、どうですか?わかりました?」
ロッシーニはしばらく顔を伏せ真剣に考える素振りを見せたがそれも束の間
自信を顔に滲ませ、堂々と回答した
「『私は噛めない!』」
「歯の弱ったご老体かよ!?」
ヴァニラが即座に切り替えした
「くっ……もう一度、もう一度だよ、お姉ちゃん!」
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「『あたしは冴えない!』」
「い、いえ……たしかに私は冴えない音精だけど、戦闘中にいきなり宣言は……」
「『私は辞めない!』」
「何をだよ!」
「うーん、人間、かなあ」
「いや、そもそもアタシらは音精だしよ……」
「えるは天使だよ?」
「いや、それは別に今聞いてないぞ!?」
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それから繰り返すこと三度、エルベルは全く答えにたどり着けずに居た。
「まさか……この天使のエルベルの耳を持ってしても聞き取れなんだとは……」
「どうした~エルベル、もう降参かい?」
「うん……悔しいけれど、えるにはきびしいのかな……だけど、えるがダメでもせめて……ロッシーニお姉ちゃんは?どうかなあ」
「そうだね~もう十分頑張ったし、もういいんじゃないかなー正直もう見当付かないし、さくっと答え聞いちゃおうよ」
「ふふっ……それじゃあ、エルベルちゃんもロッシーニさんももう、降参ですね?」
「くそぉ……くそぉ……えるはくやしいです……いや、待って!オリヴィアお姉ちゃん!この声は……」
「え?」
「ふっふっふ……きたようだよ、お姉ちゃんたち 私たちの最終兵器が」
「最終兵器……? えっ、指揮者……さん?」
「コンダクターが最終兵器……?」
エルベルがなんだかよくわからないことを言っているのが聞こえる気がする。だがとりあえずは自分が一度音楽院に報告に戻って帰ってくるのに随分待たせてしまったことを一言謝らねばと、彼女たちに声をかけた。
やっ、コンダクター おつかれー とロッシーニは軽いねぎらいの言葉をかけてくれた。
オリヴィアは……なんだか不思議そうにこちらを見つめている。
「コンダクター、実はえるたちね、かくかくしかじかたてたてうしうし……」
なるほど、話は大体わかった。確かに自分は指揮者という立場上、オーケストラで複数の旋律、楽器を聞き分ける機会が多い。 エルベルに最終兵器と呼ばれた訳もわかった。 しかし、複数のセリフを聞き分けるとなると勝手は違うかもしれない。
「し、指揮者さん…準備はいいですか?」
「コンダクターならアタシ達の言ってることが分かるって?どうかねぇ」
そして、1人にして2人の音精、オリヴィアとヴァニラの二重奏が始まった
繊細さと情熱、双方を持ち合い補い合う二人の演奏は激しくこちらの心を揺さぶる
それがクライマックスに達した時、音楽魔法が発動する。冷静の青と激情の赤が光となってうねり、ぶつかり合ってより大きな光を生み出す。そして……
「 !」
「 !」
「「ジキル・アンド・ハイド!」」
二人は同時に叫んだ
なるほど、この瞬間の二人のありったけをのせた口上をきちんと正面から聞いたのは、これが初めてだ
「どうでした……?指揮者さん」
まずは素晴らしい二重奏だった、と素直な感想を伝える
「ぁ……ありがとうございます」
オリヴィアはなんだか気恥ずかしそうにしている
「あの、それで答えは……分かり、ました?」
ふむ…と、少し思考を巡らせる。 大体は聞き取れたが、確証はない。確実にわかったのは、彼女たちがそれぞれ全く別の言葉を発していること オリヴィアは"私" いつもどおりの一人称を使っている
対してヴァニラは相手に向かって何か宣言している……"あんた"と言っているのは間違いない
その両方を、完全に聞き取れたとはいい難い……が、いつまでも答えを出さず彼女らを待たせるわけにもいかない
意を決して、答えを告げた
「オリヴィアお姉ちゃんが、『私は欠けない!』で……」
「ヴァニラが『あんたは待てない』……ふーん」
エルベルとロッシーニがそれぞれの答えを復唱する
「それが、指揮者さんの答えですね……?」
オリヴィアは尋ねる 自分はそれにああ、と頷いてみせる 果たして……?
「残念、ですけど」
「外れだぜ、コンダクター」
……そうか、と結果を受け止めながら無念の感が強く胸にのしかかった二人の旋律と言葉、できるならしっかり受け止めたかった
「あ、あの 指揮者さん……大丈夫、ですか?」
オリヴィアに心配されてしまった、そんなに自分は落ち込んでいるように見えているのだろうか
「まあ、そう気落ちすんなよ。 なんならもう一回だけチャンスを…」
「コンダクターさ~ん!」
と、そこで割り込む声にはっと気づいた。 そうだった、院に報告に戻った際に音精が一人、出撃した者たちの迎えに同行したいと申し出てくれて、こちらについてから先に謝りに行くからと近くで待ってもらっていたのだ。
その音精…ヴァイオリンのマティアはこちらに向かって大きく手を振りながら声をかけて来た。
マティアを余計に待たせてしまった。これは申し訳ないと直ぐにマティアにもう来ても良いと大声で伝える。
「皆さん、どうもお疲れ様です 姉さんも」
「マティア……来て、いたんだね」
オリヴィアとマティアは、同じヴァイオリン属の音精で、姉妹の間柄である
「やぁーマティア、お迎えご苦労さん」
「マティアお姉ちゃん、えるはまっていたよ。8歳と、9歳と、10歳のときもね」
「ところでコンダクターさん、オリヴィアとヴァニラのヴィオラ演奏を聞いていたみたいですけど一体どうしてですか?」
ああ、それは…と答えようとしたところで
「ああ、もしかして二人の音楽魔法が見たかったんですかー?格好いいですよね~普段は戦場なので、私もじっくり見たのは初めてなんですけど、普段は気弱なオリヴィアが、必殺のときは『私は負けない!』って宣言していたんですね!」
今、なんと言った……? 周りを見ると一同皆唖然としている
「それに、ヴァニラは『あんたは勝てない!』ですか?オリヴィアと正反対で対になっているのに、込められた意味はおんなじなんですね~!二人の息、ぴったりでしょう?私以外のヴァイオリン属の姉妹みんな、本当にすごい技術を持っているんですけど、オリヴィアとヴァニラは……あれ?どうしたんですか?皆さんポカンとしてしまって……?」
オリヴィアとヴァニラの話に夢中になっていたマティアも、少し冷静になるとこちらの反応がおかしい事に気がついたらしい
「あれ……?私、何かおかしなこと、言ってしまいました……?」
ふふふふっとそんな楽しげな笑い声でマティアの困惑を遮ったのは、オリヴィアだった
「オリヴィア…私何かとんでもないことを言ってしまっていたんでしょうか…?」
「ううん、マティア、何でもないの これが姉妹の絆、ってことなのかな……ふふっ」
オリヴィアはずっと楽しげにしている
「さあ、もう日が暮れてしまいます。帰りましょう。マティア、エルベルちゃん、ロッシーニさん、それに……指揮者さんっ 私達の、音楽院に!」
「まってーオリヴィアお姉ちゃん えるをおいて先に行っちゃダメだー」
「ふー、まあちょうどいいオチが付いたってことなのかなー?」
「えっと…私、ちょっとまだよくわからないんですけど、姉さんが楽しそうなので良しとします!」
思わぬ形でお開きになったオリヴィアとヴァニラのちょっとした謎をめぐる事の顛末も、オリヴィアの楽しげな姿が見られたのでよしとすることにしよう。日も少し傾き、赤みのさしてきた丘をコンダクターはオリヴィアの後を追うようにして、皆と小走りに駆け下りていった