「どうだい、身体の調子は?」
背の低い老婆は、奇怪な
上條は、そんなリカバリーガールの姿を、包帯やガーゼで明らかに大怪我の風体をしながらもベッド上から見ている。
「あ~、かなり痛いです。あはは」
ワックスで固めたウニ頭を掻きながら、酷く疲れた苦笑で返答。包帯に巻かれた身体を眺めて、はて、ここはどこだろうという今更ながらの疑問を抱いた。
そんな上條の疑問を見越してか、リカバリーガールは口を開く。
「あんたも聞いたことはあるだろう、ここは雄英高校さね。あんたは、
大抵の状況理解は今の丁寧な説明で出来た。上條は、ふと気になることがあったのか、口を開こうとしたその時だった。保健室の扉がガラッとを音を立てて開かれる。そこから入ってきたのは、気絶する前にも見た、巨漢。ヒーローの代名詞“オールマイト”であった。
「やあ、少年。身体の調子はどうだいっ?」
キランッと白い歯を見せながら笑顔なオールマイトの姿に、上條は息を詰まらせた。ヒーローというのは、誰しも幼き頃に憧れるもので、その頂点とも言えるオールマイトは、正に大スター。とてもではないが、平常心ではいられない。緊張した身体が強張る。
当然、全身怪我だらけの際にそんな状態ともなれば、痛覚は盛大に、それはもうグリグリと足を踏み躙られる勢いで刺激される訳で。
「ッ、オ、ふぬぅううううっ」
叫ばないように息を大きく吸っては吐いて落ち着ける。あまりの痛みに、目尻には僅かな涙が雫を形作っていた。
「ちょっと、アンタみたいな奴がいきなり出てきたら驚くに決まってるじゃないか」
責めるような声音で今しがた入ってきたオールマイトを叱るリカバリーガール。上條は引いてきた痛みを感じながらその光景を眺めていた。人類の憧憬であるオールマイトが叱られているという、パンピ的に前代未聞の事態だ。
「す、すいません。つい癖で、怪我は治っているとばかり……」
冷や汗を額に乗せながら、オールマイトは平謝りである。本当に、この数分で常識が何処かへと行方不明になってしまったようだ。
「まぁ、それはしゃあないね。丁度いい、その話をこれからしようと思っていたところなんだ」
あの話、という曖昧な主語に釈然としない気持ちが胸中に残る。上條は、はて、何かあの事件以外に問題になるようなことはあったっけ? と疑問が浮かぶ。そんな上條の反応は関係無いのか、リカバリーガールは椅子へと腰を下ろすと、おもむろに口を開く。
「まず、あたしの個性の話をしようか。アタシの能力は“治癒”。まあ、治癒とは言っても、相手の治癒力を活性化させて自然治癒を無理やり促進させている、と言った方が正しいね。そんな個性を持っているからかね、こんな高校で看護教諭をやっているものさ」
いきなり、何の話だろうか。上條はリカバリーガールとオールマイトの顔を交互に見ながら、取りあえず話に耳を傾けていた。
「さて、この話を聞いて不思議に思わなかったかい?」
その、思考を何かに誘導しているかのような口ぶりに、ようやく得心した。
「俺の怪我は、治っていない。……そういうことですか?」
その、確認するかのような問いに返ってきたのは、重々しい頷きであった。これは非常に重大なことなのだ、そう思わされる様子に上條は更に疑問が現れる。
「でも、それは別に病院とかで一応治療してもらえば治りますし、大丈夫なんじゃ……」
「違うのさ、アタシ達が問題視していることは。アタシの能力が
息を呑んだ。
無個性だと、そうずっと思っていた自分がそんな状態だったとは。いっそのこと、自分の個性は“不幸”である、そう言われた方が納得できただろう。
(俺の右手に、そんな力が……?)
自分の右手を見て、想起する。あの風撃の数々を無効にしてきた、あの現実を。
(本当、なんだろうな。目の前で実際に起こって、それが大人達まで認識してる。ドッキリ、なんていうのはありえねえな)
考えながら、一つだけ不安に思っていたことがあった。
「その~、あの事件で誰か凄い怪我をしたりとかって、ありませんでした?」
「お前さんがしてるじゃないか」
何を言っているんだ、そんな思いがありありと分かる表情が返ってくる。だが、上條が聞きたかったのはそういうことじゃなかった。
「いや、俺じゃなくて、他の人たちです。人質になった女の人とか、周りに大勢居た人たちとか……」
それを聞くと、リカバリーガールは、オールマイトすらも目を丸くして固まった。事件が起こり、他人の心配をする。それは簡単なように思えて、難しい。それも、自分が大怪我をした状態でついさっき意識が戻ったばかりだ。根っからの善人でなければこれ程清々しく他人の心配をできる、それで一つの大きな美点となるだろう。
「あ、あの~。やっぱあったんでせうか?」
少し、焦ったように、しかし茶化してしまいたいという願望もでた問い。二人は、堪え切れないとばかりに吹き出した。
突然沸き起こった爆笑に、上條は目を点にして状況を把握できていない。笑えるジョークなど言ったつもりは無いというのに、人間どこに笑いのツボがあるのかわからないものだ、なんて的外れなことを考える。
「上條少年、良い心だ! ソレは、どんな黄金よりも尊いものだ!! 私は少年のような者がいることが誇らしいぞっ!」
「は、はぁ……」
どうやら、二人は上條の言葉に感激したらしい、ということは察せた。
「大丈夫だ、問題ない。あの女性も、周囲に居た人達、誰一人として重傷は負っていない。怪我を負った極少数の人もほんの軽傷さ!」
白く輝く歯をこれでもかと見せながら、サムズアップをしてみせる。
「オールマイト、そろそろ授業じゃないかい?」
「おっと、そうだ忘れていた。じゃあな、上條少年!」
手を差し出してきたオールマイトに、上條は反射的に右手で握手をした。
――キィイイイイイイイン!
「「「ナッ!?」」」
甲高い音と共に、オールマイトの身体から蒸気のような煙が起こる。突然のその事態に反応できた者は、そこに誰一人としていない。ただ一人、オールマイトだけが自身の身体から力が抜けるのを実感していた。
煙はすぐ消え去り、中心地であっただろう場所には痩せ細ったいかにも不健康そうな男が立っている。
「あ、あの~。誰でせうか?」
見知らぬ、しかしある程度察しが付くその男の正体。男も、リカバリーガールでさえ、冷や汗をかいていた。
「……オールマイト、どうすんだい。それは、アンタの失態だよ。その姿を見せたのは」
「……えぇ、分かっています」
不穏な空気に、上條は口を閉じる。不用意に開くのは、あまりにも憚られる雰囲気だ。
「アンタのその姿、民間人、いやプロヒーローの一部しか知らない極秘事項さね。どうするんだい?」
オールマイトは、取りあえずとばかりに、元のムキムキの姿へと戻ると顎に手を当てる。
「上條少年を、入学させる、というのはどうでしょう。根津校長には、私から話を通します」
「小僧の意見はどうするんだい。アンタが言っているその意味、分かっているんだろうね? 小僧に危険なヒーローの道を歩ませるということだよ、それもアンタの都合で」
苦い顔をするオールマイトは、ハッと気付いたかのように上條へと向き直る。真剣な顔つきに、上條は息をのんだ。これから放たれる言葉がどんなものなのか。それが気掛かりなのだ。
「上條少年。私の先程の姿は、絶対に見せちゃいけない姿なんだ。自分で言いたくはないが、私はNO.1ヒーロー。そんなヒーローのホントの姿があんなモノでは、希望の光足りえなくなってしまう。君が良い人物なのは分かっている。軽々と言いふらすようなことはないと思っている。しかし、万が一もあってはいけないのだ。個性の中には記憶を探るものもある。君が今回の事件に巻き込まれたのは、何か裏で糸を引いている者が居ることは明白だ。……どうか、私を助けると思って、ここ雄英高校に転入してはもらえないだろうか。手続きなどはこちらでしよう。だから、どうか!!!」
頭を下げ、懇願するオールマイトの姿に、頭がスッと冴える。彼の真剣さから、これが想像している以上の問題なのだと、そう認識した。ヒーローの道、というのはやはり危険が蔓延っているのだろう。ここに転入させることで、監視及び保護することが目的であることは自明の理。上條はそこまで考えてから、結論を下した。
「俺には、勿論言いふらすつもりはありません。勿論、驚きはしたけど、これが重大な問題だってのは分かりました。でも、ハッキリ言っていきなりヒーローがどうのこうのっていうのは困ります。俺は、そこまでできた人間じゃない。誰かを救えるような人間なのかも怪しい。だけど――」
目を見た。
覚悟の眼を。
どれだけヒーローを目指していても、結局の所それが無ければ始まらない。一番重要な覚悟だ。
オールマイトは震える。愚かな自分に対する羞恥。
そして、目の前に座る少年の心の強さに。
「――俺が誰かの役に立てるってんなら、断る理由はありません」
これが、スタートラインだ。
上條冬麻という、一人の高校生が紡ぐ物語のプロローグ。
オールマイトという幻想を殺し得る力を持った少年の、救いの手が――
――今、伸ばされた。
投稿遅れまして、待っていた方(居るかな?)は申し訳ありませぬ。
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