青空の花嫁   作:スカイリィ

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第三話 一秒の未来

 マシュが来て三日目の金曜日。お昼過ぎ。

 

 前の日に家でお留守番させてしまったせいかフォウが不機嫌になってしまっていたので、マシュと一緒に散歩へ連れていくことにした。まあ散歩と言っても近くの公園で遊ばせる程度なのだけれど。

 

 首輪かリードをつけようかと思ったが、フォウは「首輪なんて嫌!」と言わんばかりに拒否の姿勢を崩さなかったので、仕方ないので抱っこして連れていくことにした。私の意図を悟ったのかフォウは大人しく抱きかかえられていた。

 

 良く晴れた午後だった。私は公園までの道のりを遠回りして、連れ添った一人と一匹に街を案内してあげた。

 

 マシュなら興味を持つかと思って、私は立香に関わった場所を重点的に見て回わることにした。彼女に訊くと「ぜひ案内してください」と喜んでいた。

 

 

 最初は立香の通った小学校だった。割と家に近い。給食が終わったところなのだろう、大勢の児童が校庭でドッジボールやらサッカーをして遊んでいる。

 

 ワイワイギャーギャーとやかましいことこの上ないのだけれど、医療施設で育ったというマシュにとってその光景は新鮮なものだったようで、フェンス越しに食い入るように見つめていた。

 

「ここが、先輩の通った学校」

「そう。あそこがプールで、あっちが体育館。卒業式以来ね。懐かしいなぁ」

「生徒さんが、いっぱいいますね」

「立香もあんな感じで遊んでた。あの子はサッカーが好きだった。今はどうか知らないけど」

 

 優しそうにマシュの目が細められる。アルバムで小さなころの立香の顔を知っているだろう。きっと校庭で遊ぶ児童に子供時代の立香を重ね合わせているのだ。

 

 ここに彼がいたのだと想像すれば、この喧噪も心地よいものになるのかもしれない。実際私も、この子供たちの騒音は嫌いではなかった。

 

 

 小学校のすぐ隣には幼稚園。こっちも小学生たちに負けず劣らず園児たちの遊ぶ声がものすごい。ほとんど悲鳴に聞こえるような声も聞こえる。

 

「あの子ね、幼稚園の最初の日は泣いて嫌がっていたの」

「そうなのですか?」

「初めての場所だから、怖かったんでしょうね」

 

 あの先輩が、と信じられないといった様子でマシュが呟く。彼女にとって、立香が駄々をこねて泣いている光景など想像もできないのだろう。

 私はその頃を思い出して、小さく笑った。

 

「でも帰って来たら『友だちたくさんできた』ってはしゃいでた。それで、次の日からは元気に通ってた」

「先輩らしいです」

「あの子、優しかったから。皆と仲良くできたみたいよ」

 

 幼稚園を見れば、長縄跳びで遊ぶ男の子や、ブルーシートを敷いておままごとをする女の子たちが見える。砂場では小さな落とし穴らしきものを作っている悪ガキたちもいた。

 

 こちらでもマシュは同じような表情でその光景を眺めていた。

 しかし園児たちの声に驚いてしまったのか、腕の中で暴れるフォウを抑え込むのが大変だったので早々に幼稚園を後にすることにした。

 

 

 少し離れた中学校。小学校とは打って変わって制服を着た生徒たち。こちらはもう子供というより学生と呼ぶにふさわしい成長具合が見て取れる。男の子の身長はぐんと伸びて体格もがっしりとし始め、女の子は少しずつ豊かな肉付きになっていく。

 

 制服姿のまま校庭で遊ぶ者、部活の一環か体操服でサッカーや走り込みをする者。

 騒いでいる者もいたけれど、規律など無いに等しかった小学校の昼休みとはまるで違う。騒ごうとする本能を抑え込む理性が、ここにきて一気に成長したのだ。

 

 その急激な成長具合に目を丸くするマシュ。彼女より背が高かったり大人っぽい女子もチラホラ見える。知識では理解していても、思春期の成長速度というのは本当にすごいのだ。

 

「立香の声変わりは中学二年だったかなぁ」

「声変わり、ですか?」キョトンとするマシュ。

「知らないの?」

「いいえ。でも、声変わりする前の先輩の声なんて、想像したことがなくて」

「女の子みたいに高くて、可愛い声だったわよ」

「お母さんみたいな声だったのでしょうか」

「さあ、どうだったか」

 

 すっとぼける私。マシュはアルバムで子供時代の立香を見ていても、声変わり前の声なんて知らない。それに関してだけは何だか妙な優越感を覚えることができた。

 

 実は電話の応対をした声変わり前の立香が、相手に母親である私だと間違えられたことがあることは内緒だ。恐らく今でも、その事を言うと恥ずかしがるだろうから。

 

 

 立香の通った高校は少し離れていたので後回しにし、私は目的地の公園にほど近い神社へと訪れた。

 

「ここは?」赤い鳥居を見上げるマシュ。

「立香とお宮参りした神社」

「お宮参り?」

「赤ちゃんが産まれたことを、土地の神様に報告することよ。ようは神様への挨拶」

 

 初宮参りとも言われるその行事は赤ちゃんの健康を願うものでもある。神道を特別信仰しているわけでもないけれど、立香を産んだ私はそれをしたのだ。七五三もここでしたのを覚えている。たとえ神頼みであっても、あの子は健康に育ってほしかったから。

 

「私が参拝しても、よろしいのですか?」

「そのために来たのよ。うちの息子にお嫁さんが来ますから、どうぞよろしくって」

 

 鳥居をくぐって、手水鉢で手を洗って、本殿に進もうとしたところでマシュの足が止まる。どうしたのかと思うと、彼女は脇にあった小さな社(やしろ)を食い入るように見つめていた。その両脇には狛犬とは違うデザインの像が立っている。

 

「これは、キツネ?」

「稲荷様ね。こういう神社ではよくあるわよ。一緒に祀られているの」

 

 江戸時代には東日本を中心に稲荷信仰が盛んだったせいで、あちこちの神社で稲荷が一緒に祀られている。ここもその一つだった。

 

「カルデアにもいますよ、キツネの人」

「サーヴァントとかいう、使い魔のこと?」

「はい。玉藻の前さんです」

 

 マシュの答えに、呑み込んだ唾が喉に引っかかってむせそうになる私。今さらっととんでもないこと言ったぞこの娘。玉藻の前といったら、九尾の狐じゃないか。

 

「……玉藻の前って、九尾狐の?」

「はい。先輩に召喚されたサーヴァントです」

「……なに平然と日本最強クラスの大妖怪を呼び出してんのよ」

「とっても良い方ですよ。美人ですし、尻尾も耳もフワフワですし。私も料理を教わっています」

 

 おお、神よ。うちのお嫁さんは九尾狐の弟子だったのですか。

 

 呆然とする私をよそに、マシュは小さな鳥居をくぐって「いつもありがとうございますね」と社へお辞儀をした。九尾の狐はその力の強大さから稲荷と同一視されることもある。神様と同じくらい強くて恐ろしいのだ。

 

 日本を滅ぼしかけた怪物を使い魔にしておいて、お友達感覚でいられる彼らの姿に、私は自分の方がおかしいのかと思ってしまった。

 

「でも先輩がお宮参りした神社に祀られていたなんて。カルデアに来てくださったのも、何かの縁かもしれませんね」

「ああ、うん。かもしれないわね」

 

 ちょっとばかり圧倒されつつも、本殿の前で私とマシュは手を合わせて、お参りをした。以前京都で練習してきたのか、マシュの二礼二拍手一礼の動作は完璧だった。

 

 そして恒例のおみくじである。引いてみるとマシュは大吉だった。これは幸先が良かったので二人で喜んだ。なお私は小吉である。中途半端だなぁ。

 

 

 

 出発から一時間を費やして、ようやく公園にたどり着いた。花壇や噴水があって、サッカーくらいならできる割と大きな公園だ。この辺では一番広い。

 

 平日のこの時間では人は少ないけれど、小さな子供を連れた母親やお年寄りたちの憩いの場になっていた。

 

 さあ駆けまわってきなさい、とフォウを放してやると、いきなり花壇の中にダイブして蝶々を追い回し始めた。身体が小さいので花の被害は少なくて済みそうだった。

 

 適当なベンチに腰掛ける私たち。とても良い陽気だ。お弁当でも持ってピクニックとしゃれ込みたいくらいだ。

 

 この歳になると一時間も歩けば相当に疲れてしまう。私はベンチの背もたれに身体を預けて脱力した。

 

「結構歩いたけど、大丈夫?」

「はい。ご心配なく。私はサーヴァントですので」

 

 そう言ってマシュは微笑んだ。その言葉通り、彼女は汗一つかかず平気な顔をしている。重い荷物を平然と持ち上げ、立香と長時間の行為をしても耐えられるだけの体力が彼女にはあるのだ。

 

 しかしサーヴァント、ねぇ。私は先ほどの玉藻の前のくだりを思い出す。人間よりもずっと強い、人型の使い魔というけど、どんなのだろう。

 

「サーヴァントって、どんなの?」マシュの顔を見ながら私。「あなたもその一人とは聞いてるけど、何人いるの?」

「先輩から、聞いてはいないのですか?」怪訝な顔をするマシュ。

「全然。魔術とタイムマシンでいろんな時代行って、黒幕倒して、人類史を救ったってことしか聞いてない」

 

 あの夜にそんな詳細に話す必要などなかったから、立香の説明不足も仕方ないと言えた。

 

 それを聞いたマシュは、ううむ、と悩むようにうなった。素人である私にどこから説明すべきか測りかねているようだ。

 少し思案に暮れてから彼女は口を開く。

 

「……そうですね、言うなれば、過去の英雄の霊魂、といったところでしょうか」

「英雄の魂?」

「魔術用語では『英霊』と言います。神話や伝承、史実などで名を残した人々です。その魂を莫大な魔力でもって現世に召喚して、使い魔として使役する。それがサーヴァントです。人間よりはるかに高い戦闘能力を持っています」

「偉人を、召喚するの」

 

 それはつまり、エジソンとか織田信長とかあの辺の偉人やら武将やらを現世に呼び出すということか。すごいことを考える人がいるものだ。玉藻の前も、そうして呼び出されたのだろう。

 

「けれど、あなたもサーヴァントなんでしょう。マシュなんて偉人、聞いたことないわよ?」

「私はデミサーヴァントという特殊な事例で、サーヴァントと人間の融合体なのです。言うなればサーヴァントの力だけ受け継いだ人間ですね」

 

 ふうん、とそのまま流す私。恐山のイタコみたいに魂を憑依させている、と解釈した。

 

「じゃあ、たくさんのサーヴァントがいるわけね。世界中に偉人なんて山ほどいるし」

「はい。カルデアだけでも、最大時で百人以上のサーヴァントがいました」

「……それ全部、立香の使い魔?」

「はい。私を含めて全員が先輩一人をマスターとして契約していました」

「立香、よくそんな状況で頑張れたわね」

 

 私はその事実に顔をひきつらせた。英雄になるような人間なんて、そのほとんどが普通じゃないに決まっている。普通じゃないから英雄になるのだ。百人もの変人奇人の集団をまとめ上げるなんて、尋常ではない。

 

「先輩はその英霊の過去に関係なく、どんな方にも対等に接したので皆から慕われていたんです」少し自慢気にマシュ。「伝承では悪として伝わっている相手でも、まずはその人格を見て、その方の人格を尊重した関わり方をしてくださったんです」

「それを、百人以上を相手に?」

「はい。そのおかげで取り返しつかないようなトラブルは起こりませんでした」

 

 ああ、それはモテないわけがない。偏見なく誰に対しても敬意をもって接することのできる立香の性格は、ある種の才能とも言えるだろう。そういう意味では間違いなく英雄としての素質があったのだ。

 

「あの子、優しいからね」

「はい。本当に先輩は優しいんです」少し身を乗り出してマシュ。「以前、旅の最中で私たちを殺そうとした武装集団がいたのですが、返り討ちにして制圧した後、彼らが飢えていることを知った先輩は、水と食料を分けたんです」

 

 私はその話を聞いて声もなく驚いた。自分を殺そうとした相手を助ける。言うはたやすいけれど、それを実際に行うのはものすごく困難だ。あの子はそれをためらいなくできたというのか。

 

「結果としてそれは正解でした。後の戦いで、彼らは私たちに加勢してくれたんです。それによって私たちは勝利を得ることができました」

「与えた恩が、返ってきたのね」

「先輩のおかげです。暖かくて優しくて、誰の心も大切にする。そんな方がマスターだったから、世界は救われたんです。先輩は世界最高のマスターです」

 

 そう言ってマシュは頬をわずかに赤く染めながら微笑む。

 

 これは本当に、惚れない方がおかしい。私は彼女の目を見て実感する。きっとそういう出来事は一度や二度ではあるまい。そんな立香の優しさを一番近くで見てきたのは、この娘なのだ。それはどれほど鮮烈に映ったことだろう。

 

「そんなに、立香は優しかったんだ」

 

 じんわりと心が暖かくなるのを私は感じた。私が育てたあの子が、それほどの優しさを秘めていたなんて。

 

 世界を救ってしまえるほどの優しさ。それでいて、辛い旅路を戦い抜けるほどの強さを彼は持っている。ただ一人の女の子のために命をかけるだけの、心の強さを。その事実が、たまらなく嬉しかった。

 

 では、と私は疑問を抱く。そんな優しさの塊みたいな彼と相対した敵というのは、どんな輩だったのだろう。人類を歴史ごと消滅させようとした黒幕。立香の優しさですら許容しきれないほどの悪とは、いったい。

 

「黒幕って、どんなやつだった?」私は思わずそう訊いていた。「なんで、人類を滅ぼそうとしたの。そんなに人が憎かったの?」

 

 ううむ、と再びマシュは悩んだ。きっと素人に説明するには複雑なものだったのだろう。私は急かさず、彼女が口を開くのをじっと待った。

 

「……人が憎い、というよりも、その命に価値を見いだせなかったんです、彼は」

「命に価値がない?」

「全ての命は終わるべきだと、彼は言いました」遠くを見るような眼差しで空を見上げ、彼女は告げた。「ゲーティア。そう彼は名乗りました。ソロモン王が創った七十二の魔神の集合体。王の死後に暴走を始めた、意思持つ魔術式。それが最後の敵でした」

 

 ゲーティア。私は唇だけ動かして声に出さずにその名を繰り返した。それが、黒幕。立香曰く、魔術で作られた人工知性体。立香たちの手で倒されたという、最後の敵。

 

「どんな命も必ず終わる。苦しんで生きて、瞬きのような短い時間で死を迎え、最期には絶望が待っている。なのに人はそれを繰り返す。それが、彼には耐えられなかった」

「ずいぶんと勝手ね、そいつ」

 

 放っておけばいいのに、と私はゲーティアとやらの行動原理に辟易した。勝手に人類を憐れんで、神にでもなったつもりか。

 

 私の言葉に頷きつつ、マシュはそのまま話し続ける。

 

「彼は人類史を焼くことで莫大なエネルギーを得て、地球創世の頃に飛び、死の無い理想の星を創ろうとしたんです」

 

 マシュの説明に理解が追い付かなくなって、キョトンとしてしまう私。なんだそれは。自分で、星を創る、だって?

 

「死の無い世界なんて、また壮大ね」

「彼にはそれだけの能力があったんです。足りないのはそれに必要となる莫大なエネルギーだけでした」

「そんなに必要なの」

「我々のレイシフト──タイムマシンも、使用するためには国一つ賄うだけの電力が必要になります。四十六億年の時を遡るには、人類史三千年分のエネルギーが必要だった。だから、焼いた」

 

 人の命に価値を見いだせなかったから、ためらいなくそれをエネルギーにできたのだ。ついでに憐れな人類を焼き払うことができる。なるほど行動原理はともかく無駄のない計画だ、と私は妙なところで感心してしまう。

 

「詳しいわね」

「彼自身が説明したんです」苦笑いするようにこちらを向くマシュ。「ゲーティアは私に、死の無い世界へ行かないかと誘いをかけたんです。この星の最後の記憶として、計画に賛同するよう求めたんです」

 

「けど、あなたは断った」それだけは確信を持って言えた。この少女が、そんなふざけた計画に賛成するなど微塵も思えなかったからだ。

 

「はい。……命はいずれ終わる。それを知っているから人は精いっぱい生きようとする。だからこそ命は美しい。私は先輩との旅路でそれを学びました。たくさんの人々にそれを教えてもらいました」

 

 いくつもの時代を渡り歩いたのなら、そこに生きる人々の姿も彼女は見てきたに違いない、と私は思う。精いっぱい生きて、死んでいく人々を。マシュはそこから多くのことを学びとったのだろう。立香と同じように、彼女もまた成長することができたのだ。

 

「それと……」

「それと?」

 

 言うべきかどうか迷っている表情のマシュ。けれどもそれは悪いことを言おうとしているのではなく、ちょっとした気恥ずかしさによるものらしかった。顔が赤くなっているから、立香のことを考えているのだろうと予想はついた。

 

「──永遠なんかよりも、先輩といる一瞬一秒の方が、私にはずっと魅力的だったんです」

 

 頬を桜色に染めた彼女は、そう言って微笑んでから、続けた。

 

「たとえ瞬きの後に消える命であっても、彼と生きるその一秒だけで、私の人生で積み上げきた全てを超える価値があった。永遠なんていらないと思えるくらいの輝きが、その一瞬にあった。だから、先輩を選んだ。……彼と生きる一秒の未来が、何よりも私の宝物だったから」

 

 永遠の命より、立香と生きる一秒。それが彼女の選んだ生き方。私はそれを理解して、しばらく何も言えなかった。

 

 だってそんな生き方は、私のような人間が選べないくらいに切なくて、眩しすぎる。この娘が見ている未来はたった一つだけだというのに、それがどうしようもなく、美しい。

 

「……やっぱり、あなたしかいないわよ」

「なにが、ですか?」

「立香のお嫁さん」ニッと歯を見せて、彼女へ笑みを向ける。「あなたしか、考えられない。あなたが立香へ向けてる愛は世界一だもの、きっと」

「それは」戸惑いながらも、彼女は嬉しそうに返した。「……もしそうなら、私は嬉しいです」

「仲直りできるよう、私も手伝うから。あなたの宝物の一秒、無駄にしちゃだめよ」

 

 すると彼女は私の肩に頭を寄せて、甘えるように、お母さん、と呟いた。「ありがとうございます」

 

 私は何も言わなかった。ただ黙って、その頭を撫でてあげた。

 

 

 

 

 ああ、どうして気が付かなかったのだろう。私は己の鈍感さに呆れてしまう。

 

 立香がこの娘を選んだ理由がいまさらになって、わかった。

 

 この少女は人間の善性をかき集めたように、どこまでも純粋で、どこまでも美しいのだ。身体も、心も、魂も、そのすべてが美しい。

 

 私の知る限り、こんな色鮮やかな命は他にない。人類史焼却の黒幕がマシュだけを救おうとしたのも理解できる。こんなにも美しい生き方をする命は世界でこの娘だけだったのだろう。だからこそ、立香はこの命に恋をした。

 

 マシュが立香の見せてくれる『色』に惚れたように、立香もまたマシュが作り上げる『色』に魅せられたのだ。互いの色彩に、互いが惹かれ合ったのだ。

 

 この子たちは出会うべくして出会い、惹かれ合うべくして惹かれ合った。それが、私の中に明確な答えとなって浮かび上がった。

 

 そんな簡単なことだというのに、私は気づくのが遅くなってしまった。

 

 

 それともう一つ、私は自分の中に存在する感情に気づくことができた。そっちはもっと簡単なことだった。

 

 私もまた、彼女の色彩に魅せられているのだ。

 

 それゆえこの娘の世話を焼こうと思ったし、立香以外の男に任せたくないと思ってしまった。ただの嫁候補ならそこまでしなくてもいいはずなのに、私はこの娘を放っておけなくなっていた。

 

 立香の恋人だからという理由ではなく、彼女の人生に煌めく色彩をずっと見たい、といつの間にか私は思っていたのだ。

 

 なんて単純なことだったのだろう。我ながら滑稽に思えて、笑いそうになる。

 

 

 私は、この娘のことが、好きだ。

 

 立香と同じくらい、大好きだったんだ。

 

 それにようやく、気がついた。

 


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