無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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これにて第三・四部は終了です。
予告ですが、第五部に入る前にオリジナルの話が入ります。多分、砂糖マシマシな感じになると思いますとだけ予告しておきますね。
それと読者の皆々様、いつも沢山の感想・ご意見をありがとうございます。今後もよろしくお願いします。



失った力

 遠征学修の期間中に勃発した『Project:Revive Life』に纏わる騒動は一件落着した。

 

 といっても全てが何事もなく終わったとは言えない。白金魔導研究所所長、バークス=ブラウモンの突然の『失踪』。帝国政府上層部より下った研究所の一時的な稼働停止命令と、島内の在留していた者達への島からの退避命令など。とてもではないが遠征学修を続行できる状況ではなくなり、二組の遠征学修は残念ながら中止と相成った。

 

 帝国宮廷魔導士団から派遣された調査探索隊の調査が行われ、観光客や島の住人がひっきりなしに本土へと帰還する中、旅客船の都合で丸一日暇ができた二組の生徒達はといえば──

 

 

 ▼

 

 

 突き抜けるような蒼穹。燦々と輝く黄金の太陽。焼けた真っ白な砂浜。

 

 耳に心地よい潮騒と寄せては引く煌めく波面。

 

 言わずと知れている、帝国内でも有数の海水浴スポットであるビーチで、先日の焼き直しのように少年少女達が楽しげに笑い合っていた。

 

「まったく、あんなことがあったのに元気なもんだ……」

 

 ビーチバレーで容赦なく殺人スパイクを叩き込み、男子を紙屑のように吹き飛ばすリィエル。ナイスプレーと太陽のような笑顔でシスティーナが抱きつき、ルミアが苦笑いながら加減をするようにと窘めている。

 

 先の一件で溝が生まれかけたリィエルとシスティーナの仲は、ルミアの仲裁と誠心誠意込めたリィエルの謝罪をもって修復された。今では数日前と変わらぬ陽だまりの世界が広がっている。

 

 そんな優しく温かい光景を眩しいものを見るように眺め、ロクスレイは人知れず頬を緩めた。

 

「これが命を懸けてまで守りたかったものか」

 

「さぁて、何のことですかねぇ……」

 

 海辺から離れた木陰に座り込むロクスレイの背後、丁度海辺方面からは死角になる位置に立つ先代が呟いた。

 

 先代の言葉にロクスレイは皮肉げに口元を歪めて続ける。

 

「そもそも、オレみたいな悪党に何かを守るとか、そんな高尚な真似ができるワケないでしょ? オレはただ仕事としてお嬢さんを付け狙う輩を排除し、無辜の民に害を為す外道を無貌の王(ロビンフッド)の矜持に従って狩っただけさ」

 

「本当にそう思っているか?」

 

 鋭く切り込むような問いにロクスレイは返答に詰まる。

 

 今の発言が心からのものであったのならば、ロクスレイの行動には不自然な点が多すぎる。リィエルへの対応がその最たる例だ。

 

 もしもロクスレイが仕事としてルミアの身柄を狙う敵を排除していたのなら、リィエルはとうの昔に亡き者になっている。如何に相性最悪の相手といえ、無貌の王(ロビンフッド)がその殺戮技巧を発揮すれば、生物の枠組みに嵌まるリィエルは嬲り殺されていたはずなのだ。

 

 そうならなかったのは無意識の内にロクスレイが手加減していた、躊躇う気持ちがあったからだ。

 

 ロクスレイは遠い目で陽だまりの世界を見つめる。

 

「あぁ、思ってた。そんな当たり前のこと、分かっていたさ……それなのに、オレは私情に走っちまった。守りたいだとか、分不相応な想いを抱いちまったんでさぁ。その結果がこれだよ……」

 

 手にしていた()()()()()()()()()()()()に視線を落とし、ロクスレイは自嘲げに歪な笑みを浮かべた。

 

 ロクスレイの手にある外套は今まで彼が使っていた外套だ。しかし今は力を失い、ただの外套へと成り下がっている。

 

 いや、厳密に言えば力を失ったのはロクスレイのほう。一度、完全に死を迎えたことで無貌の王(ロビンフッド)の資格を失い、それに伴って外套も魔導器としての効力を失ったのだ。

 

 今のロクスレイは無貌の王(ロビンフッド)でも何でもない、ただのロクスレイなのだ。だからこそ先代は一族の掟に触れることなく、誰でもないロクスレイを救うことができたのだが。

 

「別に後悔なんざしてねぇよ。これはオレが選んだ道だからな……まさか黄泉路から連れ戻されるとは思ってもみませんでしたけど」

 

 微妙な表情を浮かべるロクスレイの視線の先には金髪の少女がいた。

 

「ルミア=ティンジェルか……」

 

 ロクスレイの視線を辿り先代が口調を厳かなものに変える。

 

「分かっているなロクスレイ。あの娘の異能力は『感応増幅』ではない。情報に間違いなければ恐らく王の資格をを持つ者、天の智慧研究会で言うところの『王者の法(アルス・マグナ)』……」

 

「分かってますよ。でなきゃあ『Project:Revive Life』なんて実現できるワケがねぇ……」

 

『Project:Revive Life』が実現不可能とされたのは死の絶対不可逆性の他にも、現代で使われる魔術言語ルーンでは魔術式自体を構築できないという問題をパスできないからであった。だが現実に儀式は成功し、術式を一部流用した白魔儀改【リザレクション】も成功してロクスレイはここにいる。

 

 それはつまり、ルミア=ティンジェルの異能が他者の魔力や魔導回路を強化する感応増幅ではなく、もっと別次元の能力であることの証左。

 

「オレを蘇生させたのはそれを確かめるためでもあったんだろ?」

 

「…………」

 

「沈黙は是なりだぜ、爺さん。ま、建前でもオレみたいな親不孝者を救ってくれたことには感謝してますがね」

 

 果たしてどちらが建前だったのか。ロクスレイは特に追及することもなく、ルミア=ティンジェルの異能について話を続ける。

 

「一族はどうするつもりだ?」

 

「……まだ、分からん。何らかの行動を起こすことは間違いないが、軽率な真似はしないだろう。だが覚悟はしておけ」

 

「ったく……あんな話、それこそ眉唾でしょうが。そんなものにお嬢さんを巻き込むとか……」

 

 続けようとした言葉をロクスレイは飲み下した。

 

「いや、所詮は外様のオレにそのあたりの感覚に文句をつける資格はねえか……」

 

 今でこそ一族の一員と認められ、無貌の王(ロビンフッド)にまで至ったロクスレイであるが、彼の出自は捨て子だ。本当の両親の顔など知らず、先代とその奥方との間に血の繋がりもない。極端な話を言えば元は部外者なのである。

 

 そのためかロクスレイは他の一族の面々との間に考え方の隔たりを感じることがままあった。特に掟に対する厳格さと一族に古くから伝わる言い伝えに対する態度はロクスレイをして限度を超えていると思わざるを得ない。

 

「どの道、資格を失ったオレぁ関係ねぇ話か……」

 

「……わしは往く。護衛の任は続けろ。ただし……」

 

「表には出るな、でしょ? あいあい、分かってますよっと」

 

 無貌の王(ロビンフッド)の資格を失ったロクスレイの扱いは一応一族の一員だ。過去に黄泉路から帰還した前例がないため何とも言えないが、そう扱われるだろう。

 

 一族の人間はそれぞれのやり方で一族に貢献する。ロビンフッドから一族の一人に格下げしたロクスレイの役目は、現状は今までと変わらないものの、あくまで次代の無貌の王が決まるまでの繋ぎだ。

 

 先代の気配が離れていく。ロクスレイは肩越しに先代の背を振り返り、苦々しげに奥歯を噛み締める。

 

「平気なフリしやがって、気づかないとでも思ってんですかね……」

 

 黄泉路からロクスレイを連れ戻した白魔儀改【リザレクション】はノーリスクで行えるような魔術ではない。何人もの無関係な人間の魂を必要とする『Project:Revive Life』の術式を一部とはいえ流用しているのだ。代償は施術者が払わねばならない。

 

 先代は目に見えてどこかを負傷している様子はない。だがロクスレイには一目見ただけで、無貌の王(ロビンフッド)を引退してなお満ち溢れていた生気と覇気が失われていたことを悟った。

 

 恐らく先代は残り少ない寿命を大幅に持って行かれている。こうしてロクスレイの前に姿を現わすのも本当は辛いはず。今の先代は本当に年相応の老人でしかない。今後は一族としての活動もできなくなるだろう。

 

「くそっ、無茶してんのはどっちだよ……」

 

 吐き捨てられる苛立ちは自分自身へと向けられていた。

 

 遠ざかっていく先代の忸怩たる思いを抱えながら、ロクスレイは己の未熟さを嘆いた。

 

 

 ▼

 

 

「──ロクスレイ君」

 

 暗い思考に囚われかけたロクスレイの意識が、天使の羽音のような声に引き戻される。面を上げればすぐ側に水着姿のルミアが屈んでこちらを覗き込んでいた。

 

「どうしたんですかい? ティンジェル嬢。仲良し三人娘でチーム組んでたんじゃなかったの?」

 

「うん、そうだったんだけど、疲れちゃって。先生と交代してきたんだ」

 

 見ればコートでは、ルミアに代わってチーム入りしたグレンがリィエルと共に大人気なくクラスの男子を蹴散らしていた。病み上がりの癖によくもまああそこまで動けるものだ。

 

 ロクでもない大人の姿に苦笑いしていると、すぐ隣にルミアが腰を下ろす。今まで以上に近い距離感にロクスレイは微かに動揺する。何よりも今のルミアは水着なのだ。自制心が比較的強いと自負するロクスレイであっても肩が触れ合いそうな距離感は刺激が過ぎた。

 

 心中で必死に煩悩を退散させようと試みるロクスレイの心境など知らず、ルミアはロクスレイの膝に掛けられた深緑の外套を見下ろして僅かに表情を曇らす。

 

「ロクスレイ君、その外套は……」

 

「……ん? あぁ、まあ見りゃ分かると思いますけど、ただの外套だわなぁ……」

 

「それって、やっぱり……」

 

 詳しいことはルミアには分からない。ただロクスレイが一度息絶えた時、何かが失われたことだけは漠然と理解していた。それはきっと、彼にとっても大切なものだったに違いない。

 

 ルミアに非などありはしない。悪いのは後先考えず無茶をやらかしたロクスレイと天の智慧研究会だ。しかし心優しい少女は責任を感じずにはいられなかった。

 

 俯き加減になったルミアの頭にそっと掌が載せられた。

 

「オタクが責任を感じる必要なんざねぇですよ。オレが勝手にやったことだ。ティンジェル嬢はいつも通りでいればいいのさ」

 

 気にするなと言い、話の流れを変える意味合いも兼ねてロクスレイは気になったことを尋ねた。

 

「そういやぁ、お嬢さん。どうやってオレが顔無しだって分かったんですかい? 薄々気づかれてるような気はしてましたけど、どこでバレたのかがピンとこなくてな」

 

 今はもうただの外套に成り下がった顔の無い王であるが、その能力は他者の意識にすら干渉する強力な魔導器であった。口調や声色から個人を特定することはほぼ不可能、それこそフードを捲って顔を確認しなければ誰かなど分かりはしない。

 

 本気で分からない顔のロクスレイに、ルミアはふふっと太陽の雫のような微笑みを零し、頭に乗せられた掌に手を重ねる。

 

「元々怪しいな〜とは思ってたんだけどね。確信したのは魔術競技祭の時かな。ロクスレイ君と顔無しさんの掌の感触が同じだったから、気づけたんだよ」

 

「マジですか……」

 

 確かに魔術競技祭の時、ルミアの頭に触れる機会があった。競技を前にして不安がる彼女を落ち着かせるために一回、そして顔無しの時にも一回。その感覚だけでルミアは顔無しの正体を看破したようだ。

 

 ロクスレイのミスといえばミスであるが、まさか掌の感触だけで正体を看破されるとは思いもよらなかった。ある意味では顔の無い王の抜け穴を突かれたとも言えるが、それ以上に賞賛すべきはルミアの高い洞察力だろう。

 

 たとえ掌の感覚を隠蔽できなくとも、常時認識阻害の魔術が干渉していたはず。それを超えた上でルミアは顔無しの正体を看破してみせたのだ。並大抵のことではない。

 

 驚愕やら感心やらで唖然としているロクスレイにルミアが悪戯っぽくウインクをかました。

 

「女の子の勘は馬鹿にできないんだよ?」

 

「……あぁ、いやほんと恐れ入ったわ。あー、おっかねー。マジ、こえーですわ」

 

 本当に、敵わない。でも、顔を知られて喜んでしまっている自分がいることにロクスレイは気づいた。無貌の王(ロビンフッド)としては落第もいいところなのに、ルミアに正体を見破られたこと自体は何となく嬉しいと感じていた。

 

 その感情が何なのか、ロクスレイはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

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