グレンのグレンによるグレンのための魔導兵団戦の特別授業が続き、いよいよ迎えた決闘当日。
決闘が行われるのは学院が保有する演習場。現地まではフェジテから駅馬車に乗っての移動となる。そんな馬車の一つでこんなやり取りがあった。
「あの男は……! 事ある毎に逆玉逆玉って、それしか頭の中にないの!?」
「お、落ち着いてシスティ? 先生もちょっと調子に乗ってるだけだと思うからさ?」
烈火の如く怒りを迸らせるシスティーナをルミアが懸命に宥めようとする。しかし説教女神もといシスティーナ、ここ数日のグレンのいっそ清々しいくらいに鬱陶しい逆玉の輿連呼にいよいよ堪忍袋の緒が切れかかっていた。
「だってあいつ、私とくっつけば一生遊んで暮らせるとかばっかり! そのために授業内容まで変えて、人を勝手に賞品扱いして……なに? そんなに逆玉の輿がいいわけ!? もうっ、最低!!」
「システィ……」
制御の効かない子供のように怒り狂うシスティーナ。今の彼女はとにかく激怒していた。そして同じくらいに泣きそうになっていた。
普段はロクでなしでまるで駄目な男であるが、生徒思いでいざとなれば頼りになる人。そんな青年にシスティーナは認めようとしないが好意を寄せていて、今回の一件ももしかしたらと淡い期待を寄せていたのだ。
グレンは自分のために決闘に臨んだのでは? あるいは本当に自分のことが好きでレオスに挑んだのでは?
システィーナもうら若き乙女だ。多少なり淡い期待を抱いてしまうのもしかたない。それも全て、グレンの残念な言動によって粉微塵と化してしまったが。
膝の上で震えるほどに拳を握りしめるシスティーナ。そんな拳を包み込むように優しく握ったのは親友たるルミアだった。
「ねぇ、システィ。先生がそんな人じゃないことは、システィが一番よく知ってるよね?」
穏やかに諭すような口調で言われ、拳の震えが僅かに収まる。それでもまだシスティーナの顔は俯いたままだ。
「でも、だってあいつふざけてばっかりで……逆玉の輿だとかそればっかり……」
「うん、そうだね。そこは先生の悪いところだと思う。でもシスティだって、先生の言葉に頭ごなしで怒鳴ってばかりだったじゃない。それじゃあ、お互いに本当の気持ちがすれ違ったままだよ」
「本当の、気持ち……?」
緩慢な動作でシスティーナが顔を上げる。ルミアは一つ頷いてシスティーナの瞳を真正面から見据えた。
「実はね、グレン先生がレオス先生に決闘を挑んだ時、私達もすぐそばに居たんだ。気になることがあってロクスレイ君に頼んで様子を見てたの。ごめんね」
「あぁ、あの時の……だからいきなり茂みから飛び出してきたのね」
不貞腐れたように半目になって親友と正面の席に座るリィエルとロクスレイを見やる。ルミアは申し訳なさそうに両手を合わせ、リィエルに関してはすっかり忘却しているらしく頭上に疑問符を浮かべていた。ロクスレイに至っては知らぬ存ぜぬとばかりに窓の外を流れる風景を眺めている。
「だからね、グレン先生がどうしてあの場面で飛び出したのか、何となく分かるんだ。やり方はやっぱり褒められたものじゃないのかもしれないけど、先生はちゃんとシスティのことを考えてくれてるよ」
「私のことを考えてくれてる……? でも、そんなの余計分からないわよ。先生が何を考えてるかなんて……」
「それはシスティが直接聞くべきことだと思う。大丈夫だよ、システィがちゃんと向き合えば先生も答えてくれるはずだから」
ルミアの励ましの言葉にシスティーナは少しずつ気力を取り戻していく。それでもまだ瞳に浮かぶ不安の色は完全には拭えていない。
そんな彼女に助け舟を出したのは意外なことにロクスレイだった。
「心配しなくとも、オタクが真剣に向き合えば講師殿は本心を語るはずですぜ。ま、多少なりと誤魔化そうとするかもしれませんがね」
「……どうしてそんなことが言えるのよ?」
断言するような物言いに思わず問い返す。
ロクスレイは窓の外から視線をシスティーナに向けた。細められた瞳にはどことなく懐かしむような雰囲気が滲んでいる。
「さてね、そこも含めて愛しのグレン先生に聞けばいいんじゃないの? いつまでもうじうじしてる暇があったら、いつもの調子でさっさと突撃すりゃいいでしょ」
露骨な誤魔化しと揶揄いの言葉にシスティーナは二重の意味で顔を真っ赤にする。まあまあ、とルミアが宥めるも焼け石に水で今にも噛み付いてきそうだ。
しかしロクスレイはそんな反応を気にも留めず、窓枠に肘を突いて風景鑑賞に戻ってしまった。
システィーナを抑えながらルミアは横目でロクスレイの様子を伺う。
まさかロクスレイが助け舟を出してくれるとは思ってもみなかった。彼はことルミアやリィエルのことになればあれこれと世話を焼いてくれるものの、ことシスティーナに関してはおちょくったり揶揄ったりするだけで殊更深くは踏み込もうとしなかった。勘違いでなければそこには遠慮のようなものがあったように感じる。
誰に対する遠慮なのか、ルミアには分からない。ただ先の発言からグレンが関わっているのは察しがついた。
思えばグレンがシスティーナとレオスの間に割り込んだ時も、ロクスレイは特に驚いてもいなかった。まるでグレンならば必ずそうすると確信していたかのように、あの騒ぎを見守っていた。
恐らくグレンとロクスレイには、彼らにしか分からない何かがある。故にロクスレイはグレンの行動に対して疑問を差し挟むこともなく、ただ傍観に徹しているのだろう。
それがルミアには少し羨ましく思えた。男女ではない、男同士だから成り立つ友情とでも言うべきか。ルミアにはきっと理解できないものだろう。
だからと言ってそこで大人しく引くほどルミアも聞き分けは良くない。システィーナにあれだけ発破をかけたのだ。ならば自分も遠慮などせず、今まで以上にロクスレイと真正面から向き合う所存である。
だから──覚悟してね?
ぞっと背筋に寒気を感じてロクスレイは視線を車内に戻す。挙動不審に車内を見回す様子は、例えるなら肉食獣に目を付けられた草食獣のようであった。
▼
演習場に到着すると今回の演習において審判・運営を務める講師の一人であるハーレイによるルール説明が始まった。
今回執り行われる演習は魔導戦術演習であり、あくまで授業である。よって使用可能な魔術は【ショック・ボルト】や【スタン・ボール】などの殺傷力が低い
勝利条件は敵兵の本拠地と定められた遺跡を制圧すること。生徒達は指揮官であるグレンとレオスの指示に従い戦うのみ。
その他細々とした注意事項の説明をハーレイが終えると、両チームはそれぞれの本拠地へと移動した。
本拠地に移動したクラスの面々とグレンは早速とばかりに演習場の地図を取り囲み、作戦や戦術の最終確認を行う。そこで阿呆な一部男子生徒とグレンがイケメン死すべし! などという下らない理由で一致団結したり、そんな男子生徒+αに女子生徒達が冷え切った眼差しを送るなどといった一幕があったものの、これもまたいつものこと。むしろ馬鹿なやりとりのおかげで生徒達は要らぬ力を抜くことができたように見える。
中には、逆玉の輿に乗るために力を貸してくれなどと宣って男子生徒達の逆襲を受けるグレンを、複雑な表情で見つめる銀髪の少女といった例外もいるが。
ともあれ例によっていつもの如くどたばたと締まらない空気のまま、演習開始まであと十分。流石に開始が近くなれば生徒達もおふざけに区切りを付け、チームごとに固まって心の準備を始めた。
演習とはいえ戦場に向かう生徒達の背中をグレンが見ていると、その隣に音もなく人影が立った。
「自分の生徒が戦場に向かうのを見送るのが複雑って顔だな」
「どわあ!? お、おまっ、いきなり話しかけるなよな!?」
大袈裟に飛び跳ねて驚くグレンに、呆れたようにロクスレイは肩を竦める。
「無駄に肩肘張ってる指揮官殿の緊張をほぐそうっていう心憎い気遣いさ。ま、思い詰めてる理由はそれだけじゃないみたいですけどねぇ」
「うぐ……」
じっと問いかけるような視線を向けられて狼狽えるグレン。生徒達は逆玉の輿だとか巫山戯た言動によって誤魔化されているが、そんな子供騙しが通用するほど甘くない。それ以前にロクスレイ、厳密には顔無しとグレンは宮廷魔道士団特務分室時代からの付き合いである。アルベルトほどではなくともグレンの変調を察知するくらい訳ない。
ロクスレイ相手に隠し事は通用しない。グレンは決まり悪そうに顔を逸らし、努めてロクスレイと目を合わせないようにした。
拗ねた子供のような態度にロクスレイはこれ見よがしに溜め息を吐く。
「まあ、オレがあれこれ口出しするのも筋違いでしょうから黙っときますがね。とりあえず、決闘の着地点だけ確認するぜ?」
そう言ってロクスレイはテーブルの上に広げられた地図に視線を落とす。
「さっきは勝つだの言っちゃいたが、実際のところは引き分けがベストだろ。後々の面倒も考えたら、講師殿にとってはそっちの方が都合がいい。違うか?」
ロクスレイの問いに、グレンは一度生徒達を見やってから申し訳なさそうな顔で答える。
「……あぁ、そうだよ。相手はあれで貴族様だからな。いくら決闘とはいえ、勝ったりしたら相手の面目丸潰れだ。決闘は引き分けでお互いに白猫から身を引くのが最善だ」
意気込んでいる生徒達には悪いが、グレンは今回の決闘で勝つつもりはなかった。講師同士の決闘騒ぎに巻き込んだ時点で申し訳ない気持ちで一杯だったが、それに加えて演習で勝利してほしくない。あまりにも身勝手な希望だ。
だが今回の決闘は引き分けが最善なのだ。レオスが勝ってしまえばシスティーナは夢を諦めざるを得ず、グレンが勝ってしまってもまた要らぬ足枷になる。何よりレオスとの間に大きな禍根が残ってしまう。
レオスとのやり取りから、システィーナがレオスのことを決して嫌っていないことはグレンをして察せられた。聞けば幼い頃から交流のある家という話ではないか。
今後のシスティーナとレオスの関係がどうなるかは知れないが、二人の間に蟠りを残させることはグレンの本意ではない。だからこその引き分け狙いである。
しかし、ただでさえ自分の身勝手に巻き込んでいる生徒達に、引き分け狙いで頼むなどとは言えない。第一、下手に意識させてしまえば引き分けどころか敗北する可能性も重々ある。何せレオスの担当クラスはハーレイのクラスよりも粒揃いと評されているのだ。レオスの手腕如何によってはどうなることか見当もつかない。
だが、二組の面々も負けていないとグレンは信じている。そして二組にはレオスも知らない切り札が二枚ある。一枚は我らが脳筋リィエル、もう一枚はロクスレイもとい顔無しだ。
リィエルには丘の確保を頼んである。そしてロクスレイに関してだが……。
「ロクスレイ。森側の調整を頼めるか?」
「はいはい、任されましたよ。その代わり、これで借り一つチャラですぜ」
気負いなく請け負ってロクスレイは生徒達の集団へ合流しようとする。その背中を、グレンの声が引き止めた。
「なぁ……お前は、白猫とあいつが似てると思うか?」
その言葉にピタリとロクスレイは足を止めた。肩越しに振り返ると悔恨を滲ませた表情のグレンがいる。かつてその手から取り零してしまった大切な人のことを思っているのだろう。
「狙撃魔殿に何か言われでもしたか?」
「お前、何で知って……あぁ、そうだよ。あいつに言われて、自覚した。俺は多分、白猫とセラを重ねちまってるんだってな……」
ポツポツとまるで罪の告白のようにグレンは語る。
かつて自分の無力さ故に失ってしまった女性、セラ=シルヴァース。『正義の魔法使い』なんて子供染みた夢に共感してくれた、誰よりも大切な女性。今はもう亡き人と、システィーナ=フィーベルの姿がどうしても重なってしまう。
自己嫌悪に満ちた表情で俯くグレンに、ロクスレイは同感だとばかりに頷きを返す。
「そうだな、正直言って女帝殿とフィーベル嬢は似てる。表面的な性格や口調こそ違えど、本質的な部分や夢に向かって直向きなとことか、ほんとそっくりだ。ついつい女帝殿相手みたいに揶揄っちまいそうになることも間々あった」
気を抜けばセラとグレンを揶揄う時のような調子になってしまう。無論、システィーナ相手にそんな馴れ馴れしい態度を取ろうものなら余計な警戒心を抱かれかねないと、その度に自制はしていたが。グレンとシスティーナがじゃれ合っている光景を見て、在りし日の記憶が蘇らなかったと言えば嘘になる。
「だがな、フィーベル嬢はフィーベル嬢であって女帝殿じゃない。それはオタク自身が一番理解してるんじゃないですかね、愚者殿?」
確かめるように問いかけるも返事はない。ただ噴き出しそうな激情を堪えるように握り締められた拳が震えていた。
そんなグレンにロクスレイは締め括るように言い放った。
「ちゃんとフィーベル嬢を見てやれよ。でないと、手遅れになっちまいますぜ。オレが言えたことじゃねぇですけど、ほんと」
一度大きな失敗をしでかして想ってくれる大切な少女を泣かせてしまったロクスレイの言葉には、これ以上になく実感が籠っていた。
言うべきことを言ったロクスレイは今度こそ生徒達の元へ向かった。