無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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魔導兵団戦の開幕

 魔導兵団戦開始の狼煙が上がる。

 

 それぞれの陣営から魔導兵たる生徒達が講師の指示を受けて動き出す。グレンクラスが三つの進軍ルートに戦力を逐次投入したのに対し、レオスは全戦力を惜しみなく投入。いずれのルートにおいてもグレンクラスの戦力を超える差配だ。

 

 魔術師が戦場に台頭する以前から、兵法において戦力の逐次投入は下策とされている。この時点でレオスは己の勝利が揺るぎないものになったと確信した。

 

 それがとんでもない思い違いだと気付くのはまだ先である。しかしグレンのロクでなしっぷりと二組の切り札の存在を知らないレオスは、得意げな顔で進軍する生徒達への指揮を続けた。

 

 魔導兵団戦開始から十数分。ついに平原エリアにて両陣営の兵士が会敵、交戦が始まる。

 

 レオスクラスは三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)で組まれた六戦術単位(ユニット)。対してグレンクラスは戦術単位(ユニット)数こそ互角であるが編成は二人一組(エレメント)一戦術単位(ワンユニット)。近年の戦場統計より前者の方が優れた戦績を残していることから、平原での戦いはレオスクラスに軍配が上がる。

 

 レオスも審判役として訪れた講師陣もそう考えて疑わなかった。だからこそ、平原の戦況が互角のまま膠着してしまったことにグレン陣営以外の誰もが驚愕した。

 

 何故、どうしてと戸惑う中、魔術競技祭の折にグレンの手口を目の当たりにしたハーレイはすぐに膠着を招いた要因を看破した。

 

 近代魔術戦争において三人一組・一戦術単位こそが最も優れた戦績を打ち出すのは間違いない。ただし、それは三人一組の戦術を完璧に使い熟せたらの話だ。

 

 なるほど確かに、レオスの教師の腕は素晴らしい。この短い期間で形だけでも三人一組・一戦術単位の編成を崩さずに維持させているのは流石の一言に尽きる。しかし残念ながら、実際に戦うのはレオスではなく未熟な学生なのだ。

 

 三人一組・一戦術単位は優れた戦術である反面、熟練した魔導兵でも長い期間の訓練をしなければ使い熟せない。たった一週間ばかりの期間で学院生徒が物にするのは無理がある。

 

 対してグレンが持ち出した二人一組・一戦術単位は三人一組・一戦術単位よりも比較的単純な戦術であり、完璧には程遠くとも習熟度はレオスクラスよりも上だ。故に人数差がありながらも戦況を膠着状態に留められているのだ。

 

 レオスも膠着の原因に気づき、他の進軍ルートの生徒達に丘と森の確保を急がせる。最初の時点で全戦力を投入してしまったレオスにはそれしか手がなかったのだ。

 

 しかしここでまたもや問題発生。丘を確保しようとしていた生徒達から、丘の上に恐ろしく強い女生徒が居て進軍できないとの通信が入ったのだ。

 

 たった一人の女生徒に丘を押さえられるなんてそんな馬鹿な、と思うだろう。残念ながら、丘の上を陣取っているのはグレンの切り札たる脳筋戦車ことリィエルである。今回の演習で使用可能な魔術がないため攻撃こそしないが、容赦なく降り注ぐ魔術の雨を身一つで躱し、いつもの無表情で睥睨してしまえば生徒達は一歩も進めない。

 

 卑怯くさいがこれも相手の手札である以上、レオスは甘んじて受け入れる。元より生徒達の質ではレオスクラスの方が上なのだ。インチキくさい生徒の一人くらいは認めよう。

 

 平原は膠着、丘は謎の女生徒に陣取られた。残るは森のルートのみ。ここを取らなければレオスは苦境に立たされることになる。

 

 と、ここで通信の魔導器から朗報が届く。何と森の中で鉢合わせた敵を全員討ち取り、進軍ルートを確保したというではないか。これにはレオスも手放しで報告をしてきた生徒と森に進軍した生徒達を褒めた。彼らのお陰で光明が見えたのだ。

 

 レオスは森を押さえた生徒達に、後からくる敵の増援を慎重に迎え撃ち、その後膠着状態の平原部隊に合流するように指示をした。魔導器から了解と短く返事が聞こえ、通信はそこで途絶える。

 

 平原と丘で相手の思う壺に嵌ってしまったものの、逆転の糸口は掴んだ。レオスは勝利の道筋をつけながら、ふと妙な違和感を抱く。

 

 ──先の通信の声、何か違和感があったような……。

 

 微かな疑念が浮かび上がる。しかしレオスはただの気のせいと切り捨て、丘の確保に向かわせた生徒達に平原部隊へ合流するよう指示を飛ばした。

 

 よもやこの懸念が足元を掬うとは知る由もなかっただろう。

 

 

 ▼

 

 

 時間は少し戻り、場面は森の中へ移る。

 

 レオスの指示を受けて森を進軍するレオスクラスの生徒、総勢十二名。森を戦場とした戦術論と立ち回りをレオスより教え込まれた彼らは、慎重に進軍しつつ敵陣営を目指していた。

 

 木々が鬱蒼と茂る道無き道を突き進む。魔術学会でも有名なレオスの教授を受けたという自負を抱く彼らは、一様に自信と気力に満ち溢れている。必ずや成果を上げてみせると意気込み、覚えたての隊列を維持しながら進軍を続けた。

 

 森の半分を踏破したあたりだろうか、それまで動き一つ見せなかった敵生徒が姿を晒した。木々の隙間から一瞬ではあったが、二人の生徒が若干慌てた様子で走り去っていくのが確認できた。

 

 ここに来て現れた敵生徒に部隊の隊長を務める生徒が指示を出す。前もってレオスから幾つか授けられた戦術に基づいて行動する。

 

 先の敵はこちらの動きを偵察する役回り、或いは待ち伏せ地点に誘い込む囮のどちらかだろう。走り去っていった方角から敵部隊の位置もおおよそ予測できる。

 

 このような事態に対する戦術もレオスから授けられている。冷静に対処すれば問題はない、相手がただの生徒であったならば──

 

 隊長役たる生徒は指示を出そうと隊列を振り返って、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ、二人は何処に──」

 

 声も音もなく消え去った二人の生徒を探そうと注意を分散した瞬間、事態は急転直下に至る。

 

「うあっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 短い悲鳴を上げて二人の生徒が物凄い勢いで少し離れた茂みへと引き摺り込まれた。茂みに消える間際、彼らの足首に縄が絡み付いていたのを隊長格は確認できた。恐らく、土や落ち葉で縄の罠を隠していたのだろう。

 

 しかし罠に気付けたのは隊長格の一人のみ。他の隊員は予想だにしない展開に動揺し、対応が遅れてしまう。

 

 右往左往する生徒達に四方八方から魔術が殺到する。そのどれもが生徒達のすぐ側の木や地面に直撃し、レオスクラスの生徒を更なる混乱の坩堝に陥れた。

 

 一度恐慌に陥った兵士は使い物にならない。まして此処に居るのは熟練の兵士ではなく未熟な魔術学院の一生徒だ。パニックになればもはや収拾がつかない。

 

 隊長格が落ち着かせようとしても意味がない。生徒達は教えられた戦術論も忘れ、各々自分の身を守ろうと勝手な行動をしてしまう。それこそが狩人(相手)の思う壺だとは思いもせず。

 

 魔術の集中攻撃を恐れた生徒が隊列から離脱した瞬間、向かった先の地面が陥没し地中に落下した。逃げずに対抗呪文(カウンター・スペル)を唱えようとした生徒は、何処からともなく放り投げられた網に絡め取られ行動不能に陥る。形振り構わず敵に向かって特攻をかけた生徒は茂みに突撃したと同時、短い悲鳴を残して二度と戻ってはこなかった。

 

 見る見るうちに隊員が減っていく状況に隊長格は顔色を青ざめさせる。気付けば隊員も二人しか残っていない。その二人も、突如として頭上から飛び降りてきた敵生徒に急襲され、地面に押さえつけられてしまった。

 

 教えられた戦術にはない惨状に棒立ちしてしまう隊長格の生徒。そんな生徒の背後に歩み寄る狩人(ハンター)。短い詠唱を呟いて伸ばした手が隊長格の首筋を捉えた。

 

 バチィ! と意識を刈り取らない程度に抑えられた電流を浴びて膝から崩れ落ちる。地に倒れ伏す寸前、隊長格の生徒は背後で皮肉っぽい笑みを浮かべる生徒の顔を見て絶望した。

 

 ──ロクスレイ・シャーウッド。

 

 先日の魔術競技祭において類稀な才覚を発揮し、自分以外の生徒が結託するという逆境を軽々と跳ね除けて勝利を掴んだ男。

 

 ロクスレイが此処に居る、それだけで隊長格の生徒は最初から最後まで掌の上で踊らされていたと理解した。何故って、隊長格の生徒は実際に競技の中でロクスレイの恐ろしさを身をもって味わっていたからだ。

 

 口を開くこともままならないレオスクラスの隊長格にロクスレイは歩み寄ると、その懐から指揮官と通信できる魔導器を抜き取った。一、二回咳払いをしてレオスと通信を繋ぐと、隊長格の声色を真似てあろうことか虚偽の報告を送る。

 

 グレンクラスの生徒を全員討ち取ったという嘘の戦果を疑いなく受け入れるレオス。声を上げることも叶わない隊長格は一部始終を悔しげに歯噛みしながらただ眺めていることしかできなかった。

 

 やがてロクスレイが通信を終えると彼方此方から黒魔【マジック・ロープ】と【スペル・シール】で無力化された仲間がグレンクラスの生徒達によって連れて来られる。隊長格の生徒自身もロクスレイによって魔術的拘束を施され、文字通り万策が尽きた。

 

 森を進軍していた十二名の生徒が全員無力化。対してグレンクラスの生徒に脱落者はゼロ。完全勝利の結果にロクスレイは特に感慨もなく一言。

 

「ま、こんなもんでしょ」

 

 気負いの欠片もない発言が地味にレオスクラスのメンタルに打撃を入れたのだった。

 

 

 

 


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