無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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お久しぶりです。久しぶりすぎて書きかたが覚束ないうえ、ちょっと駆け足です。ごめんなさい……


魔導兵団戦の終結

 あっという間にレオスクラスの生徒を捕縛したロクスレイ率いる二組の面々は、無力化した敵生徒達の監視を理由にその場に待機していた。

 

「さてと、上手いこと策に嵌ってくれたワケだが……何だか言いたいことが山ほどありそうだな」

 

 適当な樹木に背中を預けるロクスレイに集中する視線の数々。敵生徒の目は勿論、仲間内である二組の生徒からも物言いたげな目が向けられている。

 

 言いたいことは大体分かる。相手を罠に陥れて嵌め殺したり、虚報を流して撹乱したりとあまりにも卑怯な戦術。こんな魔術師らしくない戦い方をして勝ったところで虚しいだけだった。

 

 結果だけを見れば大金星だ。グレンから教わった魔導兵団戦の基礎とロクスレイが授けた()()()()()()のお陰でグレンクラスの被害は皆無、敵生徒を一人残らず無力化できたのは他ならないロクスレイの差配のお陰である。

 

 だがそれを差し引いても、遣る瀬無い思いが残る。

 

 しかしロクスレイはそんな彼らにいつもの軽薄な口調で言う。

 

「オタクらが文句を言いたい気持ちは分かるがな、こいつは模擬とはいえ戦争だ。お貴族様が好きそうな正々堂々の決闘じゃあない、戦場に卑怯も何もありゃしないんですよ。グレン先生も言ってたろ、戦場に英雄なんざいないってな」

 

 吐き捨てるような物言いはいつかの魔術談義と同じ、生徒達を見据える眼差しは冷ややかである。正々堂々とした誇りある戦いを望んでいた生徒達はクラスの隔たり関係なく、その眼差しに肩を縮めた。

 

 若干空気が張り詰める中、比較的萎縮していなかったギイブルが別の疑問を呈した。

 

「なら、どうして彼らを戦死させない? わざわざ無力化して捕らえる理由は?」

 

 所定の位置に敵生徒が進軍してきたところで幻影の生徒を二人晒し、注意が逸れた瞬間に最後尾の二人を遮音結界の中へ引き摺り込み、動揺したところで罠を使って茂みに引き摺り込む。そこから魔術攻撃を直撃させないように畳み掛け、落とし穴や投網を利用して捕縛。最後は頭上からの組み伏せと電気ショックによる無力化。

 

 一貫してグレンクラスは敵生徒を戦死判定させないように気を払わされた。お陰でグレンクラスの生徒達は戦死させないために魔術の使用を一部制限せざるを得なかったのだ。まあ、ロクスレイの的確な指示と作戦によって制限によるストレスは殆ど感じることはなかったのだが。

 

「あぁ、戦死させない理由は幾つかあるんだが、第一に戦況の調整のためだな。オタクらには黙ってたんだが、グレン先生は魔導兵団戦で勝つつもりがない。知っての通りあの講師は小心者ですからねぇ。お貴族様の面子を丸潰しにする度胸なんざないのさ」

 

 小馬鹿にしたように言うロクスレイの言葉に二組の生徒が苦笑いで納得する。基本的にグレンが権力に屈する小心者であることは二組において周知の事実である。

 

「そんで第二に、通信機の確保だ。ここは森の中だから遠見の魔術は届き辛い。部隊からの通信が最も確かな情報把握手段になる。つまりこいつを押さえちまえば森のルート把握は困難になるワケだ。ついでに偽の情報も流せて一石二鳥ってね」

 

 見せつけるように通信の魔導器を掌で弄びロクスレイはそう締め括った。

 

 敵兵を戦死させず捕縛した理由は納得ができた。無論、思うところがないわけでもないが、何だかんだ言って二組の生徒はグレンの影響もあって考え方が柔軟である。一先ずはロクスレイの方針を受け入れた。

 

 しかしレオスクラスの面々はこれっぽっちも納得ができていなかった。

 

 ここまで部隊を率いてきたレオスクラスの隊長が苛立ちも露わに声を上げた。

 

「ふざけるなよ! 罠を張ったり嘘の情報を流す卑怯なやり方が魔術師の戦いなわけないだろ!? ちゃんと正々堂々戦え、この卑怯者!」

 

「はあ……あのね、さっきの話聞いてた? これは模擬とはいえ戦争なの。戦場に卑怯もへったくれもありゃしないんだよ。だいたいな、自分達がいいようにやられたからって文句をつけるのは魔術師として恥ずかしくないんですかね?」

 

「そ、それは……」

 

 痛い所を突かれて口籠る隊長格。そんな彼にロクスレイは追い打ちとばかりに言葉を畳み掛けた。

 

「あと、こいつは言おうか言わまいか迷ってたんだが。そもそもこんな戦術が通じたのはオタクらとレオスの間に信頼関係がなかったからだ」

 

「なっ!? そんなことはない! レオス先生はちゃんと俺達のことを信頼して任せてくれたんだ!」

 

「へぇ? たかが声真似すら見抜けない程度の信頼ねえ。随分と薄っぺらいもんだ」

 

「ちが……それは、何かの間違いで……」

 

 隊長格の勢いがみるみる内に萎んでいく。あまりにも容赦ないロクスレイの口撃に味方である二組の生徒ですらドン引きである。

 

 メンタルがボロボロになって項垂れるレオスクラスの面々。特に信頼関係云々の辺りが甚大なダメージを与えたらしい。レオスクラスの生徒達は完全に戦意喪失してしまっていた。

 

 すっかりお通夜のような空気になってしまったレオスクラス。そんな彼らの前に慈愛に満ちた天使が舞い降りた。

 

「もう、いくらなんでも言い過ぎだよロクスレイ君」

 

 いつの間にか合流していたルミアがロクスレイの言動を諌める。

 

 ルミアは後詰めとして本陣に待機していたはずなのだが、どうやらグレンの指示で森に入ってきていたらしい。システィーナ含める他の面子も少し離れた位置に確認できた。

 

 ルミアの登場にロクスレイはバツが悪そうに顔を逸らす。まるで悪戯がバレた子供のような反応にルミアは微笑を零し、完全に心が折れてしまった相手の生徒達のフォローへ向かう。

 

「ごめんね、こんな意地悪なことして。でも私の大切な親友の将来が懸かってるの。だから、窮屈だと思うけど我慢してくれないかな?」

 

 心から申し訳なさそうにルミアが頼み込む。

 

 大事な親友を思う純粋な心とルミアの誠意ある態度に当てられてレオスクラスの生徒が絆される。前もってロクスレイによってメンタルを瀕死寸前まで追い詰められていたのも相俟って、親友を思うルミアの健気な心は大層効いたようだ。

 

 完璧な飴と鞭である。狙ってやったのかは定かではないが、さっきまで敵意剥き出しだった相手の態度を軟化させる手腕は流石の一言に尽きるだろう。

 

 敵対意識がなくなったからか、それともルミアに諌められたからか。ロクスレイも少し決まり悪げにしながらフォローの言葉を投げた。

 

「まあ、オタクらにも同情の余地はある。何の関係もない講師同士の私闘に巻き込まれたんだからな。文句の一つや二つ言っても罰は当たらないでしょうよ」

 

 フォローしつつさらっと文句の矛先を講師二人に向けるロクスレイ。実際間違っていないとはいえ中々に狡い。

 

 後続の面々とも合流したことで大所帯になった一行は、そこからはグレンとロクスレイの差配で行動する。

 

 平原の戦況が傾き始めれば森から数名援軍を送り、レオスから指示が飛んでくればロクスレイが見事な声真似で対応し、捕虜としたレオスクラスの生徒を戦死させて戦況を調整する。

 

 途中、不自然過ぎる拮抗にレオスが策略と勘付くも手遅れである。魔導兵団戦は監督として同行した講師達の予想を裏切り、引き分けという結果に終わった。

 

 

 ▼

 

 

 魔導兵団戦は引き分けに終わった。時間にすれば三時間、授業の一環とはいえ戦争を体験した生徒達は疲労困憊である。

 

 とはいえ二組の生徒達の空気は悪くない。格上であるレオスクラス相手に善戦し、引き分けをもぎ取ったのだ。少々褒められない手口こそあったものの、この結果に二組の生徒は概ね満足していた。

 

 一方で思い描いていた勝利を物にできなかったレオスはその怒りを己の生徒にぶつけていた。

 

「貴方達ッ! この無様な結果はなんですか!? 何故私の指示通りに動かないのですかッ!?」

 

 眦を吊り上げて叱責する様は普段の紳士然とした態度からはかけ離れており、叱られている生徒達も激しく萎縮している。いくら勝てなかったからとはいえあまりにも大人気ない態度だ。二組の生徒達もレオスを見る目にやや批判的な色が浮かぶ。

 

 そんな中、レオスクラスの生徒の一人がボソッと呟いた。

 

「先生だってまんまと騙されたじゃないか……」

 

 その声は決して大きかったわけではない。しかし誰もが激しい叱責に俯いて静まり返っている中で、その発言は否が応でも響いてしまい、当のレオスの耳に届いてしまった。

 

「なんですか? 私のせいで勝てなかったと、そう言いたいのですか? 私の指示もまともに実行できない無能の分際で──!」

 

 教師が生徒に向けるには不適切にも程がある言葉と怒気に生徒達の顔色が悪くなる。生徒の反論に頭に血が上ったのか、レオスは今にも手袋をはめた左手を生徒に向けかねない剣幕である。

 

 これは流石に不味いだろうと、一部始終を見ていたグレンが見かねて割入った。

 

「おい、いくらなんでも言いすぎじゃねーか。だいたい、兵隊の失敗は指揮官の責任だ。こいつらを責め立てるのはお門違いだろ?」

 

「邪魔をするな三流魔術師が……! 彼らがしっかりしていれば、貴方如きに私が負けるはずなどない! ええ、そうですとも。今度は余人の介在する余地のない勝負で決着を付けましょう。そうすれば、どちらが上かはっきりします」

 

「いや、もう引き分けでいいだろ? お互いに白猫から手を引くってことでいいじゃねーか……」

 

 此の期に及んでまだ決闘を望むレオスに、グレンも辟易とした態度を隠さない。

 

 グレンとしては有名貴族相手に要らぬ禍根を残したくない。引き分けならば相手の面子を保ちつつ、システィーナの結婚話を先送りにできる。これ以上、決闘を望む理由など一つとしてなかった。

 

 しかしこれっぽっちも納得などできないレオスは暴挙に出た。グレン目掛けて己の手袋を投げ付けたのだ。それが意味することはただ一つ、決闘である。

 

 今度は一対一の決闘による再戦をレオスは申し立てた。システィーナに魔導考古学を諦めさせ、己の伴侶にする意思を曲げるつもりは毛頭ないらしい。

 

 そんなレオスの強硬な態度にグレンは説得を捨てた。引き分けを認めず、言葉にも耳を傾けないのならば仕方ない。グレンは足元に落ちた手袋に手を伸ばす。

 

 だが、それを止めるようにシスティーナが声を上げた。

 

「もういい加減にして! さっきから聞いていれば人を物みたいに……!」

 

 肩を怒らせてグレンとレオスの間に立つと、システィーナは二人に怒りと悲哀が綯交ぜになった視線を向ける。

 

「ねえ、もういいでしょ? これだけ騒いで、みんなも巻き込んで、それで引き分けたんだからこれで終わりにすればいいじゃない?」

 

「システィーナ、それではダメなんです。夢を応援するなどと言って無責任に魔導考古学の道を勧めるこの男は、貴方の幸福を妨げる障害にしかならない。だからこそ、ここで決着を付ける必要があるんです」

 

「レオス……」

 

 的外れとはいえシスティーナの幸福を考えているレオス。彼がなおも決闘を望む理由は理解できた。ならばグレンは? グレンが決闘を受ける理由は一体何なのか、それだけがどうしても分からない。

 

「先生は……先生はどうしてですか? 逆玉の輿が目当てだから? 私と結婚すれば遊んで暮らせると思ってるから?」

 

 切実な思いでシスティーナはグレンを見つめる。思い詰めた眼差しを真っ向から向けられたグレンは言葉に詰まり、思わず目を逸らしてしまった。

 

「……日時は明日の放課後、場所は学院の中庭。致死性の魔術は禁止、それ以外は何でもあり。これで決着をつけるぞ」

 

「……っ」

 

 自分とは目も合わせず、淡々とレオスの決闘を受け入れようとするグレンにシスティーナは少なからずショックを受けた。同時に、また自分の意思など無視して決闘騒ぎを続ける二人に沸々と怒りが湧いた。

 

「ふっ、大勢の生徒の前で恥を晒すことになりますよ?」

 

「はっ、こっちのセリフだっての。てめーなんざ余裕で倒せるっての。それに、ここで勝ちゃあ一生遊んで暮らせるんだ。多少のリスクぐらいなんともねーよ」

 

 へらへらと。いつものふざけている時と変わらないように見える嘘臭い笑みを浮かべるグレン。そんな態度がついにシスティーナの逆鱗に触れた。

 

 今にも走り出しそうな勢いでグレンに駆け寄ると力一杯平手を振り翳し、怒りのままに振り抜こうとして──寸前で止めた。

 

「し、白猫……?」

 

 頬に触れる寸前で手を止めたシスティーナにグレンは目を点にした。

 

 俯いたままシスティーナは口を開く、

 

「……私は、まだ誰とも結婚するつもりはない。これ以上、二人で決闘をしても関係ないわ」

 

 短くもはっきりと自身の意思を告げ、システィーナは足早に帰りの馬車へと足を向ける。その時、グレンには眦に涙を溜めたシスティーナの悲しみに満ちた横顔が垣間見えた。

 

 一足先に馬車へと乗り込むシスティーナをルミアとリィエルか慌てて追いかける。やや遅れてから動き出したロクスレイは、呆れた眼差しをグレンに送って後を追った。

 

「ま、待ってくださいシスティーナ! それでは何も……」

 

「もういいだろ、レオス。俺もアンタも振られた、それで終わりだ。よーし、お前らも巻き込んで悪かったな!さっさと帰るぞー」

 

 複雑な思いで見守っていた生徒達に声を掛け、撤収の用意を始めた。

 

 こうしてシスティーナを巡る波乱に満ちた決闘騒ぎは終わりを迎えた。

 

 しかし魔導兵団戦以降、グレンとシスティーナの仲は余所余所しくなり、毎日のように繰り広げられていた漫才のような掛け合いは鳴りを潜めた。何よりシスティーナ自身、魔導兵団戦の翌日から妙に顔色が悪く、元気がない様子が多々見られるようになる。

 

 クラスメイトやルミアが心配するも当の本人は何でもないと、作り笑顔で答えるだけ。頼みの綱のグレンもシスティーナ本人が接触を避けているために役立たず。様子が可笑しいとロクスレイが探りを入れても何も出ず、一週間が経過したある日のこと。

 

 そこで驚愕の事実が発表された。

 

 ──レオス=クライトスとシスティーナ=フィーベルが婚約、二日後に式を挙げる。

 

 急転直下の展開に学院は再び混乱に包まれるのだった。

 

 

 

 




駆け足で進んだ一週間については次回で補足します。温かい気持ちで待って頂けると幸いです。

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