オリヴィアとヴァニラの過ごす時間   作:くりおね/八千草

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屋根の上のヴィオラ弾き

 夜の闇の名残がまだ残る明け方の空のかすかな明るさと肌寒さの中、かすかに聞こえてくる軽快なヴィオラの演奏にヴァニラは目を覚ました。

 

 

『ん……?ここは……外か?』

 

「あ……ごめんヴァニラ、起こしちゃったかな」

 

 

ヴァニラと同じ体を共有するオリヴィアは、演奏の手を止めて謝罪を口にする。

 

 

『いや、全然構いやしないよ。けど、珍しいなこんな朝早くから練習なんて。それに……ん?』

 

 

オリヴィアの"内側"から眠気混じりにあたりの様子を確認するヴァニラは今置かれている状況の奇妙さに気がついた。

 

 

『なんだ?ここ……屋根の、上か?』

 

「そう。ちょっと、ね。 上ってみたくなって。」

 

『ふうん……珍しいこともあるもんだな。』

 

 

まだ目の覚めきらないヴァニラはそれきり少し黙ってしばらくぼんやりと街の景色を眺めていた。

オリヴィエもそれにつられてしばらく二人で黙っていたが、やがて屋根の端に用心して腰を掛けると

 

 

「ねえ、ヴァニラは聞いたことある?」

 

と、問いかけた。

 

『ん?何をだ?』

 

「"屋根の上のヴァイオリン弾き"のお話。」

 

『え?ああ、なんとなく聞いたことがあるような気がするな何だっけ、歌劇……じゃなくて民話か何かだったかな。』

 

「うん、そうだね」

 

 

両手を口の前にかざしてはあ、と息をつき細くしなやかな指を温めるようにしながらオリヴィアは答える。

 

 

「主人公は貧しいユダヤの牛乳売で、迫害から逃れながら妻と3人の娘と慎ましやかに暮らしているの」

 

『うん』

 

「3人の娘はそれぞれ結婚相手を見つけるんだけど、主人公からしたらどれも簡単には認められない縁で、そのたびに悩んで自分たちの生きてきた人生とかしきたりを思い返すんだけど。」

 

「そんなときにどこからともなくそのヴァイオリン弾きは現れて、悲しいこと、苦しいこと、嬉しかったこと……簡単にはいかない人生のいろんなことをのせて小躍りしながら軽快なヴァイオリンを奏でるんだって。」

 

『面白いやつもいるもんなんだな。あ、いやそういうお話か。』

 

「"私達はみな屋根の上のヴァイオリン弾きのようなものだ"って主人公は言うんだ。そのお話をちょっと思い出して……」

 

『それでちょっと屋根の上で弾いてみたくなった、ってことか』

 

「それでね、あの……私達も……いま、この世界に暮らす大勢の人達もみんな、今同じように苦しみとか……色んな思いを抱えて生きているけど」

 

『ああ、文明ギルドとの戦いも奴らに奪われる人の悲しみも まだまだ終わらないしな。』

 

「私も……私達も、そんな人達の思いを乗せて、寄り添う演奏ができるかな……って」

 

『……できるさ、できるに決まってるだろ?オリヴィアならさ』

 

「私なら、じゃないよ。」

 

 

そう言うとオリヴィアは少し眉をひそめて不満げにしながら続ける。

 

 

「私達2人で、だよ……。」

 

『……』

 

「ねえ、ヴァニラ。そう……約束してくれる?これからも一緒いてくれるって。2人で一緒に、大切なものを守っていこうって。」

 

『……ああ、そうだな。』

 

 

(もし、あたしがいなくなったとしても オリヴィアならきっと、やっていけるよ それが……一番いいんだ。)

 

返事とは裏腹に、心のうちに暗く重い気持ちを抱えながらも決して悟られないようにヴァニラは軽快に答える。

 

 

『まっ、あたしらはヴァイオリンじゃなくてヴィオラ、なんだけどな "屋根の上のヴィオラ弾き"ってとこか!』

 

 

いつの間にか空もだいぶ明るくなり、まだ寒さは残るが夜明けが近いのを感じさせた。

 

 

『で、どうする?そろそろ家の中入る?』

 

「ううん、もう少しだけこうしていようかなって。」

 

『そうだな、あたしも少しはヴィオラ、練習したいしな。』

 

 

へへ。と笑いかけながらそう応えるヴァニラの存在を強く感じながらオリヴィアはゆっくりと立ち上がると

 

 

「また、新しい一日が始まるね。」

 

 

穏やかに、軽やかに慣らすようにしてヴィオラを奏でながら朝日が街の屋根々々を照らす頃まで、2人で今はのんびりと陽が上るのを待った。

 

 


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