Pipe dream ~とりあえず逃げ出してもいいですか~ 作:無農薬“Loser”無謀
あと、眠い
凛推しのみなさま。不快な内容ですが、何卒ご容赦を。
ヤクザ男にラーメン屋を引きずりだされ、そのまま通りを引きずられていく凛は、せめてもの抵抗で地に足をつけて踏ん張ろうとする。
でも駄目だった。倍以上の体重差の前では無駄な足掻きでしかなかった。
ギギギギとアスファルトに線を残すくらいしかできない。
摩擦熱でかかとが燃えるように熱くなり、凛はその痛みに耐えきれなくなった。
お気に入りの靴の底がかなり削られたのは見なくても分かった。
それ以上に自分の心が恐怖で削られたのは見たくなくても分かった。
そんな自分の様子を何百人も見ているのに、助けの気配はいっこうにうかがえない。
涙で顔を歪めながらも抵抗の意思を示すことすら、もう限界だった。
ーーー
五分ほどたっただろうか。
凛とヤクザ男は人気の無い細い路地裏へとたどり着いた。
凛を袋小路のほうに立たせ、そこで、ようやく男は凛の腕を乱暴に解放した。
途中から凛は歩いて大人しくついていったのに、ヤクザ男は無駄な握力を惜しみ無く発揮し続け、凛の白くて細い腕を絶え間なく痛め付けていた。
その影響で、凛の白くて細い腕の一部分。ヤクザ男に握られていたところは、紫色で輪状の痣を作っている。
虹のように輝くスクールアイドル時の彼女を知っている者からすれば、その傷はあまりに痛々しすぎた。
当然本人は痛々しいどころじゃなくて、痛い。
恐怖と痛みで精神が麻痺しかけている。
これから自分がどうなるか、全く予想がつかない。
それは凛がμ’sで活動しているときの、ワクワクドキドキのそれとは真逆の代物だ。
そして、そんな不安はすぐに、的中することになった。
ヤクザ男は凛の腕を解放したそのままの流れで、左の掌で凛の右頬をひねるように叩き付けた。
鈍い音と共に、凛の軽いからだは吹き飛ばされ、横の壁に叩きつけられる。
「キャー!」
自分が何をされたか分からなかった。確かなのはこの痛みと、自分に剥き出された殺意だけ。
悲鳴をあげる凛は、本能的な防御本能を働かせ体を縮めた。
男の攻撃は止まない。
凛が与える活発な印象の一因となっている、健康的で透き通った頭髪を掴みかかる。
「や、やめて!」
それを真上に引っ張り無理矢理立たせてから、手を振り回し抵抗する凛のがら空きの腹に、強烈な拳をめり込ませた。
「がはっ!」
ヤクザ男は胃液が喉を逆流し呼吸できない凛の髪をいったん放し、今度は凛の頭頂部に拳骨を落とす。
前時代的な説教の為のそれではなく、ただの暴力。
殺意の体現。
それを受けて凛は地面に叩きつけられた。
アスファルトで頭部を強打し、意識が朦朧となる。
身体中が痛みに苛まれている。
凛にとって、生まれて初めての圧倒的な恐怖感は時間を経るにつれて、増していくのだ。
そして、この後に更に更新され続けるだろう最上位の恐怖を予想し、凛は余計に恐怖感を植え付けられていた。
だが、追撃は無かった。
ヤクザ男は凛の首もとを面倒そうに掴んで、壁を背中に座らせる体勢にした。
そして、さも普通そうな表情で凛を見下ろし言った。
「これで、火傷の件はチャラにしといたるわ!」
それは、日常的に何の疑いも無く残忍な暴力に身を任せる者だけが言える言葉だ。
凛は悟る。
自分は決して関わってはいけない人間と関わってしまったのだと。
住む世界が違うのだと。
華やかなステージで精一杯輝こうとする凛にとって、ヤクザ男は正に対極の存在なのだと。
理解したとき、飽和しきったはずの恐怖感のリミッターが外れ、限界を超えた恐怖心が凛の全身を貪りだした。
「ごめんなさい。許してください 。ごめんなさい。許してください 」
気づけば土下座で許しを請うていた。
小さな体を震わせて、自らの命を守るために。
殺されないように、とにかく謝る。
だが、ヤクザ男は無情すぎた。
「謝って済むなら警察はいらんのやで!ワシはスーツを汚されてんねん。どないする?明日もバリバリ着ていくつもりだったのに、こんな汚されちゃあかなわんわぁ! 」
「クリーニング代を出します」
「アホかぁ!」
ヤクザ男は凛の妥当でbetterな提案に、凛の右頬を張ることで拒絶の意を示す。
「こんな汚れたら、もうゴミ同然や。新しく買い換えんとなぁ! せやなぁ、詫び代も込めて、200万円ほどすぐに払ってもらおうかぁ!」
「200万円、そんなお金」
「まぁお前が持ってないのは当然やな!なら、親に電話せぇや! 」
「お母さん達は・・・」
海外旅行に行っていると伝えようとして、凛は口ごもった。
そんな事を言ったらまた暴力をふるわれると思ったのだ。
「ん?もしかして親無しかいな。まぁ、俺も15で親を殺したからなぁ。おらんのは珍しいことやない!」
凛が良いよどんだのを、自分に当てはめて的はずれな見当をつけ、ヤクザ男は殺人の、しかも親を殺した過去をさらりとカミングアウトする。
まだ暴力をふるわれたほうが良かったかもしれなかった。
「じゃあ、友達か誰かに電話せぇや!200万円持ってこいって!」
凛に拒否権は無かった。
あったとしても行使できる精神状態じゃない。
当然の事だった。
携帯を取り出して、ある人物の電話番号を入力した。
四回ほどのコール音の後、
「もしもし!西木野です」
ハスキーな声が液晶の奥から耳元に届いた。
その聞きなれた暖かくて優しい声音は、限界状態の凛にとって救いだった。
放り込まれた理不尽だらけの地獄に舞い降りた雲の糸のような存在だった。
感情が決壊し、溢れだした涙が止まらなくなった。
「ちょっと凛!どうしたのよ!?なんで泣いてるの!?」
「ひぐっ!ま、真姫・・・ちゃん。助けてぇー」
「助けてって!凛、何があったの!ちゃんと説明してよっ!」
「あぁーもしもし、はじめましてのこんばんはぁ! 」
話が進まないと思ったのかヤクザ男は凛の携帯を奪い取った。
「はぁぁ?あんた、誰よ!?」
「これは失敬、俺は山南っちゅうもんですわぁ!ちょっと相談がありましてねぇ」
「相談?それより、あんた凛に何をしてるのよ! 場合によっては『キャー!』凛!?」
「場合によってはなんやねん!あんまり調子にのるなや!」
激昂しかけた真姫の感情を、凛への暴行の音を聞かせる事で鎮火したヤクザ男は、 柔和な雰囲気をガラリと崩し不機嫌そうに話を続けた。
「俺はこの馬鹿娘にスーツを汚されてなぁ。弁償してもらわなアカンねん。200万ほどなぁ!あんた、今すぐ200万円持ってこれるか?」
「分かりました。200万円でいいんですね。すぐに持っていきます」
「じゃあ、ここで待ってるからぁ、早よしてなぁ!あんまり待たせると、この馬鹿娘、二度と外を歩けない体にしてまうかもしれへんからなぁ」
「くっ 」
「じゃあ、持ち主に返すでぇ」
凛に携帯を投げわたし、満足そうな面持ちのヤクザ男、山南。
凛は恐る恐る携帯に耳を近づけた。
「真姫ちゃん。ごめんなさい。凛のせいで、こんなことに」
「そんな事はどうでも良いのよ!凛、あなたは絶対に私が助けてあげるから。安心して待ってて!じゃあ!」
そんな真姫の心強い言葉に、少しだけ元気を取り戻した凛の心情を、完膚なきまでに崩壊させるのは、やはりヤクザ男山南であった。
「じゃあ、200万円が来るまで俺らも楽しもうや!」
その言葉に反応した凛が目を向けると、ヤクザ男山南がズボンを下ろしている。
「何、を?」
「待ち時間暇やし、ちょっとかかせろや!」
そこで凛は考えるのをやめることにした。
外界との意識を隔絶する直前、消えかけた聴力が捉えた。
「こんな展開だが、もう安心しろ。俺が何とかする」
ほんとうにごめんなさい。
凛推しの皆様。