Pipe dream ~とりあえず逃げ出してもいいですか~   作:無農薬“Loser”無謀

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活動報告でコメント頂いたのに気づいていなくて申し訳ありませんでした。





仮初めの本心

西木野という名字には、悪いが愛着なんて持てなかった。まぁ、それには色々な理由があるが、たとえ理由がなかったとしてもやはり愛着なんてものは持てなかったと思う。

 理由付けの前の、根本的な問題。

 多分そうだ。多分。

 

 

 今の俺は勿論、二年前の俺にだって、究極的に言えば、体感的に述べれば、“西木野”は無関係だったのだから。

 実際正式に無関係になった今になって回想してみても、やはりその感想に落ち着く。

 

 今言えるのはそれだけで、それは勿体ぶっているからとかではなく、精神的に破滅するのを予防するためである。

 

 連想的にあの日のことまで思い出してしまいそうだから。

 記憶の奥底に押し込めた、あの惨劇の夜の日のことまで思い出してしまいそうだから。

 

 だから俺は、あの日の残骸が散らばる“西木野”が頭をよぎっても、なるべく思考しないようにしている。

 そうやって脆い自我が崩れるのを防いでいる。

 

 ならば。

 俺はなぜ、“あの日の惨劇”と同様、“西木野”を忘れようとしないのか。一緒に封印してしまわないのか。

 

 答えは簡単で、俺にとって“西木野真姫”は、どうあがいても忘れられないものだったからだ。

 

 だから俺は。

 正面から壊さなければならなかった。

 無駄な遺恨を残さないために。

 俺という存在を消去した。

 

 そうして永遠の思い出にした。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 学校から帰るとプロ級のピアノの音色が俺を出迎えてくれた。

 「威風堂々か。好きでもなければ嫌いでもないけど、まぁ、BGMとしては丁度いいか。五月蝿ぇけど」

 

 楽譜も読めないくせに偉そうな事を言いながら自室にこもる俺。

 ちと不機嫌だった。

 

 ベッドにダイビングして、しばらくゴロゴロする。

 と、すぐにピアノの音が止んだ。

 ディレクターズカットバージョンみたいな打ち止め方である。

 

 俺は少しだけ過敏にした聴覚を廊下に向ける。

 

 するとこちらにタタタタと小走りで走ってくる足音の存在を知覚できた。

 その足音は二部屋分くらいの距離まで近づくと、急に動きをゆるめ今度はスタスタと時間をかけて俺の部屋の前までたどり着いた。

 

 早く来たがっていることをこちらに悟られたく無いんだろうが、まぁ、全部筒抜けである。

 

と、コンコンと二回のノック音。

 

「どうぞ」

 

それを聞いて静かに扉が開いた。

 

「陸兄ぃ。おかえり」

 

真姫だった。

 

「ただいま」

 

視界の端に真姫の赤髪を捉えながら、しかし顔も合わさないでそう返す俺。

おざなりな態度かもしれないが、まぁ、ただの定型句だ。

こんなもんだろ。

 

 真姫は俺が学校から帰って来た時に、いつもこのようにおかえりと言いにくる。

 その度にわざわざ体の向きを変えて、丁寧に挨拶を返すのは億劫なのだ。

 今日は特に、そんな気分だった。

 

真姫は挨拶をしたあと、入口でうつむいて髪の毛をくるくると弄びだした。

 

 どうやらまだ何か用があるらしい。

 

 ただ、こちらから話を振らないと多分ずっと髪の毛をクルクルし続けて、軽いパーマをかけてしまいそうなので、仕方なく俺から話をふってやった。

 全く用があるなら早く言えってのに。

 

「何か用か?お嬢さん」

 

「べ、別に。ただ陸兄ぃが暇そうだからおしゃべりしに来てあげたんじゃない」

 

こいつ、俺から話を振ってやったのに人を暇人扱いしやがって。

温厚な俺でも、今日は不機嫌だったので、癪にさわった。

 

「そうか」

 

「そ、そうよ!感謝しなさいよね!」

 

「だが、ガキと話す程度じゃあ暇は潰れねぇよ」

 

「えっ?」

 

「余計な気遣いはいらねぇから、俺のような暇人に構ってないで本でも読んでろよ」

 

「ナ、ナニソレ、イミワカンナイ!」

 

「暇人の心理なんてそうじゃない奴に意味わからなくて当然だろうが。ほら、忙しいお嬢さんは出てけ。目障りだ」

 

 

 

 

 

そう言って俺は背を向ける。

ここまで言えば真姫は怒って出ていくだろう。

 

と、思っていたが。

一向に扉がしまる音が聞こえなかった。

そこで、振り返ると。

 

「違っ!そうじゃなくて」

「私はただ、陸兄ぃに話を・・・」

「そんな、馬鹿にしたわけじゃないのにっ」

 

アカン。アカンやつだった。

 

真姫は自前の赤髪並に、目頭と頬を赤くさせていた。

ぐすりと涙で濡れた目元を指でこすり、か細く震えた声でつぶやき始める。

 

 

 ポロポロとこぼれ落ちる涙を見て、俺はすぐさま自分の発言に後悔する。

 

俺程度が不機嫌だからと言って、二歳も年下の女の子に八つ当たりして、泣かせていい理由にはならなかった。

なーにしてんだ俺は。

 

「はぁぁ! 」

 

「ヴェェ!」

 

俺はベッドから一足飛びで、真姫の足元に着地。

 

片膝立ちで、驚く真姫の手を取る。

イメージはさながら中世のイケメン騎士ってところだが、もしかしたらプロレスの試合をリングのそばで見つめる新人プロレスラーに見えたかもしれない。

 

「姫様!自分は性分故に強がりしいな所がありまして、大変失礼な態度を取ってしまいました。そのお詫びと言ってはなんですが、本日は自分を好きなようにお使いください。手となり足となり、望むところへお連れいたしましょう!」

 

「? 」

 

早口でまくし立てる俺に首を傾げる真姫。

 俺はそんな真姫を抱え込み、お姫様だっこをして部屋を飛び出す。

案の定真姫はジタバタと手足を振り回す。

 

「キャー!ちょっと、何してるの!」

 

「だから、今から遊びに行こうぜって言ってるんだよ。好きなところに連れてってやるぜ!」

 

「ナニソレ!なんでそんな急に」

 

「素直になれよ!陸兄たんに遊んでほしかったんだろ。このかまってちゃんがぁ 」

 

「だ、誰がかまってちゃんよぉー!」

 

「ほら!もう玄関を出るぞ。覚悟を決めて羽目をはずせ!」

 

「な、なんでこうなるのよぉー!」

 

と言いつつ、真姫はすっかり涙を枯らし笑顔になっていた。

可愛いやつめ。

ちゃんと玄関で真姫の靴は回収している。

ポケットには54万円入った財布も入っている。

こないだパチンコで大勝したんだ。

今日は豪遊するとしよう。

 

 

家を出ると、10メートルほど向こうにちょうど乗客をおろしたタクシーを発見。

 

俺達はそいつの後部座席に乗り込んだ。

 

「はい!初乗り570円です。どちらまで?」

 

「ゲーセンで」

「美術館!」

 

声が被った。

互いを見合わせる。

 

「ちょっと!今日は私の行きたいところにいくんでしょ。何でゲーセンなのよ!」

 

「バカ野郎!美術館で何して遊ぶんだよ。館内でばか騒ぎでもすんのかよ」

 

「そんなことするわけないでしょ!美術品を見て回って、その世界観に陶酔して感動したり、感性を磨いたり。とにかく、素晴らしい場所なんだからぁ!」

 

「そんな他人の価値観を押し付けられるような真似してまで、感性なんて磨く意味あんのかよ!自分のことだけで手一杯だよ 」

 

「それは陸兄ぃがひねくれてるからでしょ!」

 

「なんだと!それはお前のほうだろ、ツンデレ娘が!」

 

「お客さーん、結局どっちにするんですかい?ゲーセンか美術館か」

 

大人げないお兄さんだねぇみたいな顔で運ちゃんが訊ねてきた。

 

すかさず俺達は

 

「ゲーセン!」

「美術館!」

 

また声が被った。

 

よし、こうなればしょうがない。

 

俺は財布から諭吉を五枚取り出して、運ちゃんに渡した。

運ちゃんの目が点になる。

 

「卑怯よ!それなら私だって。あぁ、財布がない!」

 

「ふん、着の身着のままでつれてきた甲斐があったというものだ」

 

「最初の話と違うじゃないの!」

 

「お嬢さん 」

 

わちゃわちゃする真姫に、諭すような口調で運ちゃんが語りかける。

 

「諦めな。このタクシーはもうゲームセンターに以外にはいけなくなっちまったんだよ」

 

「この坂を降りたところのセガにとめてね!」

 

「はいよー!お客さん」

 

「もういいわ!帰るから 」

 

俺と運ちゃんで、一致団結して真姫の意思を金の力でねじ曲げようとしたので、当然真姫は怒ってしまう。

 

真姫に帰られたら行く意味が無いので、俺は脊髄反射でこう運ちゃんに告げる。

 

「アクセル全開で出発進行!」

 

今や俺に従順な運ちゃんがアクセルをベタ踏みして、車は急発進。

 

「キャーー!」

 

それに驚いた真姫の悲鳴がけたたましく車内に響いた。

 

ーーーー

 

その後俺達は色々なことした。

 

ゲーセンのパンチングマシーンで俺が高得点を出したり。

その後、対抗心を燃やした真姫が、へっぴり腰の手打ちパンチで歴代最低点を出したり。

パンチ力の無さにショックを受けた真姫のために、エアホッケーで接待プレイをして、ご機嫌取りをしたり。

真姫が普段は行かないようなファーストフードの店に行ったり。

そこで、勝手が分からず「高いから」という判断基準で2キロ越えのハンバーガーを真姫が注文してしまったり。

結局ハンバーガーの9割9分以上を俺が処理してやったり。

 その後バッティングセンターに行って俺がホームランを量産したり。

 真姫が70㎞の球にかすりもしないスイングを見せつけたり。

 俺がコツを教えたら空振りはなくなったものの、結局真姫は自打球で悶絶し、涙をこらえるように店を出ていってしまったり。

 仕方ないので、ホームランの景品も受け取らず真姫の後を追いかけて、足が痛いと言うので仕方なくおんぶしてやったり。

 そこで、レッツゴー!とのたまう真姫の指示に従い右往左往して結局道に迷ったり。

 

 

 他にも馬鹿みたいなことが山ほど起こった。

 最終的に真姫は、終始天使のような笑顔を絶やさなかった。

 良かった。俺はそう思う。

 いつもの仏頂面を崩した真姫は年相応な可愛げがあった。

 普段からこうしてれば、きっと学校で友達もたくさんできるだろうに。

 それは不可能だと分かってはいても、せめて、今日くらいは、本音ではしゃいでもいいだろうさ。

 つくづく、美術館にしなくて良かったぜ。

あそこじゃあ、こんなに馬鹿笑いはできないから。

 

 

 散々遊び倒した俺達は、またタクシーに乗り込み、家路についた。

 乗り込んでから気づいたが、奇遇なことにさっきの運ちゃんの車だった。

 俺は感謝をこめて、さっきの倍の10万円を運ちゃんに渡した。

 運ちゃんはニヤニヤとそれを受け取ろうとして、さっき金を選んで真姫の意思をないがしろにしたことを思い出しでもしたのか、チラリと真姫のほうをのぞいた。

 

 そして、

 

「お嬢さん、随分機嫌良さそうだけど、今日は楽しかったみたいだね!」

 

「うん!今までの人生で一番楽しかったわ!」

 

真姫は満面の笑みでそう答えた。

まさに10000カラットの笑顔。

 

運ちゃんはフゥーと安心そうな表情をつくり、それから俺も視界に入れてこう続けた。

 

「とっても優しいお兄さんを持ってお嬢さんは幸福者だねぇ!」

 

「勿論!だから、私は陸兄ぃの事だーいすきなの」

 

そう言ってぎゅっと俺の腕に抱きつく真姫は、成るほど。

 本当にリアルエンジェルなのかもしれない。

 

俺と、多分運ちゃんもそう思った。

 

ただ、ここまでデレられるといつしっぺ返しが来るか。

もしかしたら明日、昨日の発言が恥ずかしくなった真姫が俺の記憶を消しに来るかもしれないし。

 

ただこのあと俺は、真姫の襲撃を警戒する必要は無かったと理解した。

それより早く。

無駄だったと。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、西木野父が仁王立ちで待っていた。

 

 鼻唄まで歌っていたのに、顔面蒼白する俺と真姫。

 

 その隙に西木野父はずんずんと距離をつめ、俺の顔面に右ストレートをぶちこんだ。

 

俺は玄関から庭へと吹き飛ばされる。

結構痛かった。

 

「貴様!こんな時間まで真姫をつれまわしてどう責任をとるつもりだ! 」

 

ぶち切れぶち切れ。

つぅか、今日は随分と帰りが早いことですな。油断してたよ全く。

 

インテリのはずの西木野父は、普段の仮面を脱ぎ捨て激昂し、ありとあらゆる俺への罵倒を繰り返した。

 やれ、汚れた血やら。

 やれ、恩知らずやら。

 やれ、×××やら。

 

 俺以上に俺の事がどうしようもなく嫌いな御様子だった。

 

 最後に反省として俺に一週間の家への立ち入りを禁止すると言い放ち、家の奥へと引き下がっていった。

 

 残されたのは俺と、真姫だけ。

 

「ごめんなぁ、真姫。お前の親父さんを心配させてしまったみたいだ 」

 

俺はつとめて笑顔でそう語りかける。

 

「陸さん」

 

さん。燦。惨。一体どれですか。

 

「ん?」

 

「ごめんなさい。私のせいです」

 

そう言った真姫の顔は冷たかった。

 さっきまで笑ってばっかりだったのに、それを取り返すような冷たい表情が尚更際立ち、俺の心をえぐった。

 

十分に分かったのだ。

真姫の思いが。

今日一日、あの楽しかった思い出なんて、無かったら良かったのに。

俺が最後にあれだけ罵倒されるなら。

私は、これからも、今まで通り。

 

でもなぁ、真姫。

でも。でも。

 

そこで、駄目だった。

 

 

 俺はそれ以上この場にいたくなくなり、西木野家から逃げるように、というか逃げ出してしまった。

 

 

 

 

「くだらなさに拍車かかりすぎだろうよ!」

 

道端でタバコをくわえ俺はぼやく。

 

俺は今日こんなことを思っていた。

真姫について。

せめて、少しくらいなら、本音ではしゃいでもいいだろうと。

 

そんな場を俺が用意できたなら、どれだけ良いことだろうと。

 

なんて愚かでくだらねぇ考えを抱いてしまったのだろうか。

 

決定的な所で俺は思い違いをしていた。

 

真姫が心から楽しめる場所。人間関係。

 

 その中に俺が入り込む余地は最初からないのだった。

 

 

 調子に乗るな、糞野郎。

 そんな意味合いをこめて。

 そんないましめをこめて。

 

俺はタバコに火をつけて、その火が消えるまでたっぷりと、額に押し当て焼き付けた。

 

何も感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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