ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

45 / 88
という訳で45話目に入ります。
これは妖精剣舞の後日談という形で書かせてもらってます。
そして、今回と次回の話は主に直人と藍子に視点を当てていますのでよろしくおねがいします!

P.S今回から週刊連載という形で更新していきたいと思います。
次の更新が来週の9日になります。
理由としてはこの頃本業が忙しくなって時間的余裕が取れないんです。
安定した更新を目指す為、週1ペースが妥当なのかなと思ったのでこのような形を取らせていただきました。
誠に勝手かと思われますがご了承ください。
作品自体はまだまだ続いていきますのでご安心ください。


では、どうぞ!


OR それぞれの日常編
【45】踏み入る藍色の少女(前編)


 2025年05月25日 14時20分 横浜市 某図書館

 

 ゴールデンウィークはあっという間に過ぎ去り、夏の日差しが顔をちらつかせ始めた今日。

 少女は静かで人気の少ない図書館で参考書とにらめっこしながらペンを走らせていた。

 

「ふぅ…」

 

 少女…藍子は来年受験を控えた中学3年生だ。

 その為、1人でゆっくりと勉強に勤しむ為に図書館へと赴いた次第だ。

 

 藍子「ここを代入して…って、もうこんな時間か…」

 

 時計を見れば14時を回っており、机に並べられた参考書やノートを手提げの鞄に放り込む。

 これから藍子は横浜市立大学病院へとある人のお見舞いに行く事になっていた。

 今から図書館を出れば16時前には病院へと行ける。

 頭の中で電車の時刻表を思い出しながら図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月25日 15時48分 横浜市立附属大学病院

 

 藍子「こんにちは」

 

 病室のドアを開け、元気よく挨拶をする。

 病室の主もそれに挨拶を返す。

 

 直人「こんにちは藍子さん」

 

 藍子「すみません。遅くなっちゃって…」

 

 直人「いいんですよ。むしろこっちの方が申し訳ないです」

 

 直人が入院してから早くも2週間が過ぎた。

 一緒に入院していた拓哉と和人は昨日退院を果たしたのだが、直人はまだ2週間は入院していなければならない。

 その理由はVRMMOゲームALO(アルヴヘイム・オンライン)で行われたイベントで直人/カヤトは現実世界にある肉体に多大な負荷をかけられてしまい運動能力が落ちてしまった事にあった。

 何故、ゲームをイベントに参加していて現実世界の肉体に負荷がかかるのかというと、そのイベントに参加していたキングがペインアブソーバと言う痛覚をレベルに合わせて引き起こす機能を停止してしまった為だ。

 それが機能しなくなると仮想世界で受けた痛みが現実世界の肉体にフィードバックしてしまい、最悪の場合障害すら残ってしまう。

 その状況でカヤトはキングに戦いを挑み結果、惨敗してしまったという訳だ。

 藍子はイベントを自宅にあったPCで実況する事を知っていた為、カヤトがキングに負ける姿を見ている。

 その光景はあまりにも酷く、意識すらなかったカヤトにキングは執拗に剣を振るった。

 見ていられなかった藍子も途中でPCの電源を切り、すぐ様直人の携帯へと電話をかけた。

 だが彼は仮想世界にいる為、現実世界の直人に意識はなく、いくらコールしても繋がる訳がない。

 自室には妹の木綿季もアミュスフィアをかぶり、ALOのイベントに参加している。

 藍子は布団にくるまりながら必死に直人の無事を祈り続けていた。

 そして、その日の夜。

 直人とその兄である拓哉、友人の和人が横浜市立大学病院に検査入院したと木綿季から伝えられ、2人は一目散に病院へと向かった。

 だが、その日は精密検査をすると担当医の倉橋に面会謝絶を言い渡され、仕方なく園へと帰った。

 次の日の朝に再度病院へ向かい、直人達がいる病室へと足を運ばせた。

 不安が募る心を押さえつけながらドアを開く。

 すると、そこには体が動かせないものの元気な姿の3人がいた。

 藍子は直人の元気な姿を見て思わず泣き崩れてしまった。

 それを痙攣させながらも直人が藍子の頭を優しく撫でてくれた。

 

 直人「すみません。心配かけてしまって…」

 

 その日を境に藍子は毎日病院へと赴き、直人の身の回りの世話をするようになった。

 

 藍子「ナオさん、何がいるものはありませんか?」

 

 直人「今は特にないですね…朝の内に兄さんにある程度持ってきて貰ったので…」

 

 藍子「そ、そうですか…」

 

 確かに言われてみれば直人の身の回りには着替えやタオルなどがあり、特に不自由という訳ではないらしい。

 

 藍子「…」

 

 直人「…あ、藍子さん?」

 

 藍子「は、はい!!」

 

 直人「無理して僕の世話をする必要は無いですからね?

 受験勉強もあるだろうし、きつくなったら来なくても…」

 

 藍子「だ、大丈夫です!!

 勉強もちゃんとやってますし、全然きつくないです!!

 それに…早くナオさんには元気になってもらいたいですから…」

 

 直人「…ありがとうございます」

 

 夕日が病室の中に差し込むと、藍子のお腹から空腹の合図が鳴った。

 顔を赤くしながら慌てていると直人が言った。

 

 直人「もしかして、昼ごはん食べてないんじゃないですか?」

 

 藍子「えっと…勉強してたら食べ損なっちゃって…あはは…」

 

 直人「じゃあ、下の食堂で何か食べませんか?

 僕も小腹が空いてきた所だから」

 

 直人は壁に寄せられていた車椅子に手を掛け、勢いよく乗り込んだ。

 

 藍子「で、でも…ナオさんの体は…」

 

 直人「大丈夫ですって!ちょっとは体動かさないと退屈ですからね。

 さぁ、行きましょうか?」

 

 藍子の手を引きながら器用に車椅子を走らせる。

 だが、流石にやりづらいようで途中からは藍子が車椅子を押して食堂へと向かった。

 食堂にたどり着いたのが17時過ぎで、ここで満腹にしてしまうと帰ってから夕食が食べれないので控えめにパンケーキを注文した。

 だが、直人はガッツリと注文してそれを平らげてしまった。

 直人曰く『病院食は味気なくて食べた気がしない』との事だった。

 そして、時間もいい具合に経ち、藍子はエントランスまで直人に送られながら帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月25日 18時30分 陽だまり園

 

 藍子「ただいまー」

 

 日もすっかり落ちた頃に藍子は陽だまり園へと帰ってきていた。

 いつもなら門限である18時を過ぎている為、森からのお説教があるのだが、直人のお見舞いに行くと事前に伝えてあってそれを回避する。

 手洗いうがいを済ませ、自室へと入るとそこで妹の木綿季が頭を悩ませながら机に突っ伏していた。

 

 藍子「ただいま木綿季」

 

 木綿季「あっ、おかえり姉ちゃん」

 

 藍子「それって宿題?」

 

 木綿季「うん…。でも、この問題がどうしても解けなくて困ってるんだよ」

 

 そう言って藍子に見せたのは科学の問題集だ。

 藍子もその科目は苦手としていて受験勉強をする際もそこを重点的にやっている。

 

 藍子「あー…これねー…」

 

 木綿季「分かりそう?」

 

 藍子「…ごめんね。ちょっと分からないかな…」

 

 木綿季「そっかぁ…。じゃあ、最後の手段だよ!!」

 

 木綿季が椅子から立ち上がり廊下にある固定電話を慣れた手つきで操作し始めた。

 数コールすると、相手に繋がった。

 

 拓哉『もしもし?』

 

 木綿季「あっ、拓哉?木綿季だけどさ、ちょっと聞きたい事があって…」

 

 拓哉『なんだ?また勉強が分かんないのか?』

 

 木綿季「う…まぁ、そうなんだけど…ALO(アッチ)で直接見て貰った方が早いからお願いできるかな?」

 

 拓哉『しゃあねぇな。じゃあ、30分後にオレのホームでな』

 

 木綿季「ありがとう!!拓哉大好き!!」

 

 拓哉『へいへい…。じゃあまたな』

 

 受話器を置いて再度自室に戻ると机の方ではなくベッドに仰向けに倒れ、頭にアミュスフィアを装着する。

 

 藍子「勉強はいいの?」

 

 木綿季「ALO(むこう)で拓哉に教えてもらうんだぁ!!

 晩御飯までには戻るから!!…リンクスタート!!」

 

 木綿季は藍子を残して仮想世界へと行ってしまった。

 その様子を見て藍子は複雑な気持ちになった。

 仮想世界には悪い印象しかない。

 妹はその世界に2年間も閉じ込められ、信頼している人はその世界のせいで今は入院生活を余儀なくされている。

 だが、彼らはそんな辛い事があったにも関わらず仮想世界から距離を取ろうとはしなかった。

 直人でさえ、暇を持て余していた隠し持っていたアミュスフィアで仮想世界に向かおうとしていた。

 それは直前で藍子に見つかってしまい、アミュスフィアを没収して事無きを得たのだが…。

 

 藍子「そんなに…いいのかな?」

 

 藍子の中の好奇心が揺さぶられる。

 それを必死に止めようと藍子の自制心が奮闘する。

 

 藍子(「ダメダメ!!今年受験生なんだから遊んでる余裕なんて…」)

 

 この場にいては好奇心が高まるばかりの為、一足先に食堂へと向かった。

 食堂へ着く頃には好奇心もなりを潜め、なんとか落ち着く事が出来た。

 

 智美「あれー?藍子、もう来ちゃったの?まだ夕飯出来ないわよ?」

 

 藍子「だ、大丈夫です。ちょっと喉が渇いただけだから…」

 

 咄嗟に嘘をつく意味もなかったのだが、智美に余計な心配はかけたくないと思ったのだろう。

 藍子は冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスへと注ぐ。

 一気に喉へと牛乳を流し込み、喉の渇きを潤した。

 

 智美「牛乳なんて飲んだらまた喉が渇くわよ?」

 

 藍子「あ…まぁ、大丈夫ですよ。じゃあ、私は部屋で勉強しますから…」

 

 藍子はそそくさと自室へ戻る。

 アミュスフィアを視界に入れないように椅子に座り、鞄から筆記用具と参考書を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月25日 19時00分 ALO イグシティマイホーム

 

 ユウキ「あっ!やっと来たぁ!!」

 

 タクヤ「やっとって…時間ピッタシだろーが…」

 

 タクヤはユウキに誘われ、イグシティにあるマイホームへとやって来た。

 ソファーにもたれ掛かり、ユウキから早速例のものを見せられる。

 

 ユウキ「ここなんだけど…やり方がよく分かんなくて…」

 

 タクヤ「難しく考えすぎじゃねぇか?

 ここはこうしてやって、こうなるから…─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「ありがとうタクヤ!!お陰で宿題が終わったよ!!」

 

 タクヤ「別に構わねぇよ。家で暇してたしな…」

 

 ユウキ「…寂しい?」

 

 タクヤ「はぁ?ガキじゃねぇんだから寂しくなんかねぇよ…。

 まぁ…オレがいなかった時、ナオもこんな感じだったんだなぁって思ってな」

 

 今、直人は先日の事件で1ヶ月の入院を言い渡されていた。

 必然的にその間はタクヤは家で1人という事になる。

 だが、タクヤがSAO、ALOに囚われていた2年半を直人はたった1人で生きてきたのだ。

 今になってタクヤは直人の気持ちを理解するに至った。

 

 ユウキ「…じゃあ、もうちょっと一緒にいてあげるよ」

 

 タクヤ「…悪ぃな」

 

 ユウキ「明日は学校だし、あまりいてやれないけど…大人になったらずっと一緒だからね…タクヤ」

 

 タクヤ「それはプロポーズと受け取ってもよろしいんでしょうか?」

 

 ユウキ「うーん…プロポーズの練習的な?」

 

 タクヤ「なんだそりゃ…。いつかちゃんと必ずオレからしてやるから練習しなくていいんだよ」

 

 ユウキの頭を撫でながらすっと自分の胸へとユウキを近づかせる。

 それに抵抗せず、ただ流れるがままにタクヤに身を委ねた。

 タクヤの側に居ると心が落ち着く。嫌な事や、失敗した事を全て洗い流してくれているようなそんな感覚が好きだった。

 それを生み出してくれるタクヤが大好きだった。

 いつまでもこうしていたい。いつまでも繋がっていたいと願う。

 

 

 

 ストレア「2人ばっかりずる〜い!!」

 

 

 

 タクヤ&ユウキ「「!!?」」

 

 突如、現れたストレアが勢いよく2人に飛びかかった。

 

 ストレア「私もナデナデしてほし〜い!!」

 

 タクヤ「わ、分かった!分かったから!!そんなに押さえつけないで…!!」

 

 ユウキ「お、おっぱいで息が…出来…な…い…」

 

 こうしてユウキは夕飯の時間を忘れて3人で一緒に夜を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月26日 12時25分 某中学校 図書室

 

 昼休みに入り、藍子は1人図書室で勉強をしていた。

 他の学生はまだ昼食を摂ったり、校庭に出て友達同士で体を動かしている中図書室には委員の学生を除いて藍子1人であった。

 

 藍子「…」

 

 ここで言ってしまうが藍子は決して低い成績ではない。

 どちらかと言えば成績は常に5本の指に入る程の優等生で今目指している高校の偏差値を優に超えている。

 なら、何故藍子が1人で黙々と勉強に励んでいるのかと言うと、ただ単に遊んだり、昼休みを一緒にする友達がいないからだ。

 木綿季と違い大人しく静寂を好む藍子に周りは近づきにくいのだ。

 もちろん藍子本人はそんな空気を出している訳ではない。

 幼少時から他人との付き合い方を知らなかったというだけなのだ。

 窓から校庭を除くと何人かの男女生徒が楽しく遊んでいる姿があった。

 それを見て最初は羨ましくも感じたが、決して自分から進んで輪の中に入ろうとはしない。入る勇気もない。

 

 藍子「…はぁ」

 

 そんな事を考えていては頭の中に知識など入る訳もない。

 今日は15時には学校が終わるのでそのまま直人のいる病院へと足を運ぼうかと筆記用具類を鞄へ直しながら考えていた。

 

 藍子「そう言えば…まだご飯食べてなかったっけ…」

 

 鞄の中には智美お手製の弁当が手付かずで入っており、それを見て初めて昼食を抜いていた事に気づいた。

 教室に戻り、窓際の自分の席で弁当を広げる。

 中身のおかずはどれも手の込んだ物ばかりで朝から藍子達の為に作っている智美に感謝しなければならない。

 残り時間も少ない中藍子は1つ1つ味わいながら弁当に箸をつける。

 すると、目の前に数人の女生徒がガムを噛みながらやって来た。

 

「まだ食べてなかったのね?」

 

 藍子「…あなた達には関係ないです」

 

「調子のんなし!!このブス!!」

 

 藍子「調子になんて乗ってませんし、その蔑称もやめて下さい」

 

 この女生徒達はいわゆる不良と言うものでことある事に藍子に難癖やちょっかいをかけてきていた。

 藍子もこの手の輩は相手にしなければ自然と消えていくものだと考えていたが、彼女らは執拗に藍子に絡んでくる。

 理由なんて分からない。

 だが、どこかしらで彼女らの琴線に触れたのだろう事は見て分かる。

 

「なんで今頃飯なんて食ってんの?もう昼休みおわっちゃうよ?」

 

 藍子「それもあなた達には関係ない事ですから」

 

「それがあるんだよね。教室に油くせぇ匂いが篭っちゃうじゃん?

 だからさ、アタイらが片すの手伝ってやるって」

 

 突如、彼女らが藍子の弁当を取り上げた。

 

 藍子「!!な、何するんですか!!返してください!!」

 

 だが、彼女らが藍子の言葉を聞く訳もなく、そのまま弁当の中身をゴミ箱に放り捨てた。

 

「いやーアタイらいい事したわー!礼なんていらないからね?

 アタイらクラスメイトなんだし、これぐらい普通なんだって!」

 

 藍子「…あ…」

 

 涙を流してはいけない。ぐっと堪え、弁当箱をゴミ箱の中から拾い上げ、自分の席へと戻った。

 周りからは同情の目で見られ、誰も藍子を助けに来る事はなかった。

 藍子自身もそんな事を望んでいる訳ではない。

 ただ、何も出来ない自分が情けない。

 せっかく朝早くから作ってくれた智美に申し訳ない。

 なんで自分はこんなに弱いのだろう。

 午後の授業の内容は藍子の頭を通り過ぎていくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月26日 16時10分 横浜市立大学附属病院

 

 直人「…」

 

 藍子「…」

 

 藍子が直人の病室に来てから何も会話がない。

 単に疲れているのかと直人は考えたが、それはすぐに消えた。

 

 直人「藍子さん」

 

 藍子「は、はい!何でしょうか?」

 

 直人「…何か、辛い事でもありましたか?」

 

 藍子「え?…ど、どうして…?」

 

 直人「目の下が赤くなってる…。

 それはつまりここに来る前まで泣いていたって事でしょ?」

 

 藍子「!!」

 

 直人から鏡を渡されて自分の顔を覗き込むと、確かに目の下は赤く腫れており、表情も元気がない事を知らせていた。

 

 藍子「…」

 

 直人「僕でよかったら話してくれませんか?」

 

 藍子「…いえ、これは…私の問題ですから。

 ナオさんは体を直す事だけを考えてください…」

 

 直人「…」

 

 藍子「…じゃあ、私は今日はこれで…失礼します」

 

 そう言い残して藍子は病室を後にした。

 

 直人「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「はぁ…」

 

 病院のエントランスにある備え付けのソファーに腰を掛けて藍子は1人ため息をついた。

 

 藍子「心配かけないようにしなくちゃなのに…」

 

 直人や園のみんなに余計な心配をかけたくない。

 藍子にだってやらなきゃいけない事がある。

 それはみんなを心配させる事ではなく、志望校に合格してみんなに褒めてもらいたい。そして、安心してほしい。

 私はもう手のかからない子だって…、ちゃんと自分の意思で行動出来るんだよって…、もう…私は園を出ても生きていけるって…。

 

 藍子「でも…こんな事じゃ…こんなハズじゃ…」

 

 そして、次第に視界は霞み、床には涙が零れ始めた。

 必死に止めようとしても涙は溢れてくるばかりだ。

 いくら擦っても、いくら拭いても、涙が枯れる事はなかった。

 

 藍子「う…ひぐっ…うう…」

 

 すると、後ろからゆっくり優しく抱きしめられた。

 

 藍子「!!…ナオ…さん?」

 

 直人「泣かないで…。藍子さんに泣いてる姿は似合わないから…」

 

 周りの目など気にしない。

 強く、それでいて優しく抱きしめられた藍子の両目から不思議と涙が引いていくの感じた。

 

 藍子「あ…あ…」

 

 だから、私はこの人の事が好きなんだ。

 いつだって私を落ち着かせてくれる。

 いつだって私の願いを叶えてくれる。

 いつだって大事な人の為に今を生きている。

 

 藍子「…ナオ…さん」

 

 私にはない強さ…信念がこの人にはある。

 揺るぐ事のないそれは私の全てを受け入れて包み込む。

 私はこんな強さに憧れていたのかもしれない。

 知らずうちにこの人の強さに魅了されていたのかもしれない。

 

 直人「…あっ!!?す、すみませんっ!!!!」

 

 我に返った直人はすぐ様藍子から離れ、深く頭を下げた。

 直人もまさかこんな事をするとは自身もまったく考えていなかった。

 泣いている藍子の姿を見て、条件反射であのような事をしてしまった。

 藍子から怒られても言い返す言葉すらない。

 だが、藍子は怒るわけでもなく、ただじっと直人を見ていた。

 

 藍子「顔を上げてくださいナオさん…。私、怒っていませんから…」

 

 直人「いや、でも!!やっぱり女性にこんな事して男としてどうなのかと…」

 

 藍子「真面目ですね〜…。でも、私が良いって言ってるんですから。

 それに、正直嬉しかったです…。

 もうどうしようかと不安で押し潰されそうになってた時にナオさんから抱きしめてもらって…少し落ち着きました」

 

 落ち着きはしたが根本的な解決にはなっていない。

 だが、これは藍子が自身で乗り越えなければいけない壁なのだ。

 そうでないと意味をなさない。

 

 直人「藍子さん、よかったら今度退院したら付き合ってもらってもいいですか?」

 

 藍子「え?…えぇっ!!?」

 

 思わぬ誘いを受け、藍子は病院だという事を忘れて思わず声を荒らげてしまった。

 周りからの冷たい視線に気づき、ハッと口を抑える。

 

 直人「藍子さんもあんまり根詰めるとよくないですからね。

 来月の6日に退院出来るみたいなんで7日はどうですか?」

 

 藍子「え…えっと…」

 

 直人「あっ…もしかして何か予定入れてました?」

 

 藍子「い、いえ!!何にもないです!!むしろ何も入れませんっ!!」

 

 直人「じゃあ、その日で決まりですね!

 !また詳しく決まったら伝えますので…今日はありがとうございました」

 

 エントランスで直人と別れた藍子は玄関を出てふと我に返った。

 

 藍子(「こ、こ、これって…で、で、デートって言うものじゃ…!!」)

 

 そう考えただけで藍子の体温は急激に上昇し、額にはじんわりと汗が滲み出てきた。

 

 藍子「…今から緊張してどうするのよ。落ち着け…落ち着け私…。

 …落ち着けない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月26日 18時10分 横浜市立大学附属病院

 

 藍子が帰った後、直人はまっすぐ自分の病室には戻らず公衆電話である人に電話をかけていた。

 

 直人「もしもし?」

 

 拓哉『なんだ?ナオか…。どうした?』

 

 直人「ちょっと頼みがあるんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年06月07日 10時00分 陽だまり園

 

 そして、時間はあっという間に流れてついにこの日がやって来た。

 藍子は朝から心臓が破裂するのではと言わんばかりに緊張している。

 直人からの誘いを受けてから今日まで受験勉強など全然頭の中に入ってこなかった。

 もちろん、本気で勉強しようと気合を入れて臨んだが直人の事を頭に過ぎらせるとたちまち気合が抜けていくのだ。

 この状態で勉強しても仕方ないと近くで見ていた木綿季は感じていた。

 食堂で朝食を済ませて、直人が訪れるまでコーヒーを飲んでいると隣の席に木綿季が座る。心なしかその表情は妙に生暖かった。

 

 藍子「…何?」

 

 木綿季「ん〜?いやぁ別にぃ〜…」

 

 藍子「朝から気持ち悪いわね…」

 

 木綿季「そんな事ないよ〜…。

 いやぁ今日の姉ちゃんはいつもより綺麗だねぇ〜!!

 こんなにオシャレしてるって事は〜…」

 

 藍子「な、何でもないわよ!変な勘違いはしないでよね!」

 

 木綿季「あははっ!!姉ちゃんは分かりやすいんだから〜!!

 今日は直人とデートでしょ?楽しんできてね〜!!」

 

 思わずコーヒーでむせそうになるのを必死に堪えた。

 木綿季に文句を言おうとしたが既に木綿季は食堂を後にしていた。

 コーヒーを全て飲み干し、洗面台で身嗜みを整える。

 生まれて初めて鏡の前にこんな長時間立った事はなかったと言われるぐらい鏡に映った自分とにらめっこをする。

 そんな事をしていると玄関からインターフォンが鳴った。

 

 藍子「来た…!!」

 

 すぐ様玄関まで猛ダッシュして、扉を開ける前に最後の身嗜みを整える。

 仕上がった所で軽く深呼吸をしてから扉を開けた。

 

 直人「おはようございます藍子さん」

 

 藍子「お、おはようございます…ナオさん」

 

 直人「じゃあ、早速行きましょうか?」

 

 直人はバイクで来ているらしくヘルメットを渡され、後部座席に座る。

 髪の毛は多少崩れるが、直人の背中にくっつける機会を逃すよりは百倍もマシだと藍子は頬を赤くした。

 

 藍子「あ、あの…そう言えばどこに行くんですか?」

 

 直人「行ってみてからのお楽しみですよ。しっかり掴まっていて下さいね!」

 

 エンジンを掛け、爆音と共にバイクは走り出した。

 陽だまり園から横浜市街地に向かっている事は分かったが、市街地のどこを目指しているのか分からなかった。

 別に藍子はそこまで外を出歩いている訳でもなく、行く所は全て始めていく場所なのでさして気にはしていなかった。

 市街地は人や車が混雑している為、駐輪場にバイクを止めて徒歩で市街地を横断する。

 

 藍子「すごい賑わいですね!!」

 

 直人「今日はここでパレードがあるみたいですよ?見に行きましょうか?」

 

 藍子「見てみたいです!!」

 

 直人は藍子の手を握り、パレードのある会場へとエスコートする。

 手を握られた事で恥ずかしくなったが、周りの賑わいを聞いていると恥ずかしいよりも好奇心の方が勝ってしまった。

 それからパレードが始まり、色彩豊かなダンスや衣装に面食らいながらも直人と藍子はこの時を楽しんでいた。

 時間は既に13時を回っており、近くの喫茶店に入って軽食を摂って腹を満たした。

 それから水族館へ行き、2人は時間を忘れて楽しい一時を過ごした。

 楽しい時間というものはあっという間に流れてしまう。

 水族館を出ると日は沈み、星々が暗闇を優しく照らしていた。

 

 直人「もうこんな時間ですか…」

 

 藍子「楽しい時間って経つのが早いですからね…」

 

 楽しい時間もここまで。

 直人と別れるのは辛いがまた明日からは勉強の毎日だ。

 すると、直人が言った。

 

 直人「…最後に1箇所だけ寄ってもいいですか?」

 

 藍子「かまいませんけど…どこに行くんですか?」

 

 直人「まだ内緒です。近くだからそんなに時間はかかりませんから」

 

 そう言って藍子は直人に付いていき、近くの家電量販店へとやって来た。

 中に入ってもやはりと言った感じでレンジや冷蔵庫などの家電がズラリと並べられている。

 

 藍子(「何か家電を買うのかな?」)

 

 だが、直人は家電売り場を通り過ぎ、その奥に設けられているゲームコーナーへと足を進ませた。

 

 直人「あ…あったあった」

 

 藍子「?」

 

 直人がある物を見つけるや否やすぐにレジへと向かい会計を済ませた。

 そして、藍子の元に戻ってくると紙袋を藍子に差し出す。

 

 藍子「え、えっと…」

 

 直人「これを…藍子さんに貰ってほしいんです」

 

 藍子は恐る恐る紙袋を受け取り、中身を取り出してみた。

 するとそれは決して忘れられない悲しい思い出を作り出した元凶と言っても過言ではないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「アミュ…スフィア…」

 

 

 

 

 

 それは妹を閉じ込め、最愛の人を傷つけた物。

 何故、直人がこれを贈ってくれたのか分からないがそれでもやはりこれにはいい思い出はない。

 

 藍子「なんで…これを私に…?」

 

 直人「なんと言いますか…木綿季さんからちょっと話を聞いたんです。

 木綿季さんがALOに行く時、一瞬だけ表情が変わるって…」

 

 藍子「木綿季が…」

 

 直人「受験も控えてますし、なかなかプレイは出来ないのは重々承知の上なんですけど…。

 本音を言えば僕は藍子さんと一緒にALOをやってみたいです!!」

 

 藍子「でも…私は…」

 

 これは悪魔の機械だ。妹はこれのせいで2年も閉じ込められた。

 直人はこれのせいで体をボロボロにされた。

 羨ましいと感じたのは確かだ。

 だが、やはりこれは藍子にとっては大事な人を傷つける物としか見ていない。

 多分、直人も朧気ながらも藍子の気持ちには察しているだろう。

 だから直人がこれを藍子に渡す本当の意味が分からない。

 

 藍子「私は…やっぱり…」

 

 直人「…学校で何かあったんですか?」

 

 藍子「え?」

 

 直人「前に藍子さんが泣いた時、凄く悲しくて、悔しそうな顔をしていました。その前の日にはそんな事はなかったのに…。

 だとしたら病院に来る前学校で何かあったと思いました…」

 

 藍子「…」

 

 確かにその日は悲しくて悔しい事があった。

 手間暇かけて作ってくれた物を無残にも捨てられ、それを必死に止めきれなかった。

 そんな事をした人達が許せなくて、そんな事すら止められない自分が許せなくて、あの日、藍子は泣いてしまった。

 ずっと抑えていた気持ちが溢れ出したかのように涙を流した。

 

 直人「僕は藍子さんの悲しんでる姿は見たくない。

 藍子さんにはいつも笑顔でいてほしい…。

 何かあるなら僕に相談してほしい。

 どんな事でも1人で抱えるには無理がある…。

 でも、それを他の誰かが一緒に抱える事だって出来る。

 仮想世界にはそういう助け合いや絆を学ぶには丁度いいと思います!」

 

 藍子「助け合い…」

 

 直人「確かに、中には人格が変わったりルールを無視する人はいます。

 それも人間の在り方の1つだと考えています。

 でも、あそこで強くなれれば現実でも強くなれるんです!!

 心を強くすれば今まで見えなかったものが見えてくるかもしれません」

 

 藍子「見えなかったもの…」

 

 直人「だから、一緒に始めませんか?

 最初は僕がちゃんと手解きします…。どうですか?」

 

 差し伸べられた手を掴むと1人では立っていけないような気がした。

 だが、本当はそれでもいいのかもしれない。

 これは自分の問題だ。これは周りには迷惑をかけられない。

 そう思うのは当たり前でそれが普通だとどこかで悟っていた。

 でも、助けを呼んで…誰かが助けに来てくれるのなら…。

 躓いても誰かが手を差し伸ばしてくれたら…どんなに嬉しいだろう。

 そうだ。人は誰も1人では立てないのだ。

 誰かが手を掴んでくれるから、手を引っ張ってくれるから前に進める。

 人と人は見えない糸で何重にも張り巡らされ、そして繋がっていくのだ。

 今、差し伸べられた手を振り切るのは簡単だ。

 しかし、差し伸べる意志を伝えるのは難しい。

 その人の苦悩を自分も背負う覚悟がなければいけないからだ。

 

 藍子(「ナオさんは…あんな事があっても…あの世界を…」)

 

 どんなにそこで傷つけられても直人も妹である木綿季も決してあの世界を手放そうとはしなかった。

 その根源にある物は違くても、あの世界を愛するという気持ちは一緒なのだろう。

 だからこそ、彼らはあの世界に降り立つのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「…私にも…」

 

 

 直人「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「私にも…出来ますか?」

 

 

 直人「…僕が責任を持って…必ず藍子さんに仮想世界はすごいって言わせてみせます!!」

 

 こうして梅雨の淡い一時は次なる舞台へと移すのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
なんか書きながら文才乏しい自分に涙が出ます。
頭では理解してるんですが、文字に起こせないという典型的な奴w
評価や感想などありましたらよろしくおねがいします!


では、また次回!
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