ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

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という事で59話目になります!
仲間達と距離を置く事になった拓哉は答えが見つからないまま…。
拓哉と距離を置く事になった木綿季やその仲間達の思い抱いている心情…。
色々な想いが交錯し始める新章。


では、どうぞ!


【59】閉ざされた扉

 2025年10月24日 17時40分 茅場邸

 

 クライン「拓哉!!ここを開けろっ!!」

 

 里香「ちょっと!!そんなに大きい声出したら近所迷惑でしょ!!」

 

 木綿季達を乗せたクラインの車は太陽が沈み切る前に拓哉の家に到着していた。車から降りるや否やクラインが玄関まで走り、扉をガンガンと叩く。

 

 クライン「拓哉!!拓哉!!」

 

 エギル「落ち着けって…!!」

 

 近所の家からちらほらとこちらを覗く者まで現れ始め、エギルが興奮しているクラインを抑える。それでもクラインはエギルの巨腕から抜け出そうと抵抗を続けていた。

 

 クライン「離せエギル!!」

 

 エギル「離せる訳ねぇだろっ!!?」

 

 次第に体力が底についたのかクラインがようやく大人しくなった所で和人達は敷地内を見て回った。

 

 明日奈「どうだった?」

 

 和人「どこにも電気はついてないし、倉庫の中には2台ともバイクはなかった。拓哉はここにはもういない…」

 

 クライン「じゃあ、どこに行ったって言うんだよ!?」

 

 里香「それを今から考えるんでしょ!!」

 

 すると、遠くからバイクのエンジン音が聴こえ、それは徐々に近づいていく。それをいち早く察知した木綿季が家の正門まで駆け出した。

 

 木綿季(「拓哉…拓哉…!!」)

 

 まだ何も納得出来ない。いきなり別れを告げられても素直に了承なんて出来るハズがない。会って、ちゃんと話を聞いて、2人で答えを見つけたい。木綿季は涙を滲ませながら駆ける。

 正門まで来ると前方から1台のバイクが走ってくるのが見えた。

 暗がりでよく見えないが拓哉であってほしいと願うと、バイクは木綿季の前で止まり、バイクから降りてゆっくり木綿季に近づいてくる。

 

 木綿季「たく─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直人「どうしたんです?木綿季さん」

 

 木綿季「あ…な、直人…」

 

 フルフェイスを脱ぐと、そこには拓哉ではなくその弟の直人だった。

 途端に元気を失くした木綿季を見て思わず直人は困惑する。

 その時、木綿季に遅れて和人達も正門へと集まった。

 

 直人「みなさん?お揃いでどうしたんですか?」

 

 和人「直人…。その…話があるんだ…」

 

 直人「話?…まぁ、寒いですし中に入ってください。すぐにお茶でも淹れますよ」

 

 直人に案内されて木綿季達は茅場邸へと入っていった。

 

 直人「あれ?兄さんいないのかな?」

 

 家中の電気が消えている事に気づいて拓哉がいないのを確認する。

 自室にもいないようだからその内帰ってくるだろうと思った直人はキッチンで湯を沸かし、人数分の湯呑みをリビングに運んだ。

 

 直人「それで、今日はどうしたんです?…そう言えば、兄さんは一緒じゃないんですね?」

 

 和人「実は…その拓哉についてなんだが…」

 

 直人「?」

 

 それから数十分かけて和人は直人に今日起きた出来事を説明した。

 直人は驚きはしたものの冷静に和人の話に耳を傾け続ける。

 熱い煎茶が体内から体を暖かくしてくれて、直人が口を開いた。

 

 直人「そうですか…。そんな事が…」

 

 明日奈「ここに来れば拓哉君に会えると思ったんだけど…」

 

 エギル「拓哉がどこに行ったか心当たりはあるか?」

 

 直人「…すみません。心当たりはないです」

 

 珪子「そんな…」

 

 これでまた振り出しへと戻ってしまった。唯一の家族である直人が知らないのでは後は足を使って探すしかないが、幾ら何でも闇雲に探して見つかるとは思えない。

 すると、木綿季がある事を思い出した。

 

 木綿季「あそこなら…」

 

 クライン「心当たりがあるのか?木綿季ちゃん」

 

 木綿季「夏に拓哉と2人で花火大会に行って、その時にボクと姉ちゃんと拓哉しか知らない廃墟になった展望台があるんだけど…もしかしたら…」

 

 和人「そうだな…。それしかないなら行ってみよう!木綿季、案内してくれるか?」

 

 そうまとまると木綿季達は再びクラインの車に乗り込み、木綿季の案内の元、廃墟となった展望台へと向かった。

 もしかすれば、入れ違いで拓哉が家に帰ってくるかもしれないので、直人をその場に残し、何かあれば連絡するように頼んである。

 走らせる事30分。一行は陽だまり園の近くにある展望台へとやってきた。廃墟となっている為正面からは入れないが、木綿季の知っている抜け道を利用して思い出の場所へと急ぐ。

 

 

 

 _『オレ、ゲームデザイナーになってみたいんだ』

 

 

 

 木綿季(「拓哉…!!」)

 

 そこで多くの思い出を語った。そこで大きな夢について語った。

 そこで深い愛を誓った。もう離したくないと…。ずっと一緒にいたいと誓った思い出の場所。

 そこに拓哉はいると思わずにはいられない。いてほしい。約束したじゃないか。ずっと隣にいるって。それなのに…どうして…。

 

 木綿季「ハァ…ハァ…」

 

 息を切らしながら展望台へと着いたが、簡素なベンチがあるだけで拓哉の姿はどこにもない。

 瞬間、緊張の糸が切れたのか木綿季はその場に経たり込んだ。

 

 明日奈「木綿季!?大丈夫!!?」

 

 木綿季「なんで…なんでだよぉ…」

 

 涙は雫となって地面へと零れていく。

 拓哉がもう手の届かない所に行ってしまったみたいで。

 拓哉にもう二度と会えないような気がして。

 押さえ込んでいた悲しみが涙となって外に溢れてくる。

 

 木綿季「ずっと…一緒にいようって…約束したのにぃ…。離れたくないって…言ったのにぃ…」

 

 明日奈「木綿季…」

 

 駆け寄ってくれた明日奈も木綿季の涙を見て胸が熱くなる。

 その姿は悲しげであの時、拓哉が木綿季の前から姿を消した時と同じ痛みが木綿季を襲っているのだろうと明日奈はただ木綿季を抱きしめながら感じた。

 

 和人「なんで…こんな事に…!!」

 

 木綿季「拓哉ぁ…拓哉ぁ…!!会いたいよぉ…会って…抱きしめられたいよぉ…!!」

 

 太陽は完全に沈み、満天の星空の下、木綿季はただ泣く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月24日20時00分 東京都銀座 某カフェ

 

 ビルの高層に店を構えている高級カフェの一角に拓哉と正面に座っている男性が訝しげな表情で話していた。

 

 拓哉「…」

 

 菊岡「拓哉君、話はだいたい理解したよ。もちろん、君の出した提案は受け入れる。それだけの恩義があるからね。…でも、本当にそれでいいのかい?」

 

 拓哉「…あぁ。…オレがいない方がアイツらの為になる。オレがいると変な誤解を生むからな」

 

 冷めきった紅茶で喉を潤わせ、店員におかわりを注文する。

 菊岡はただそれを黙って見つめていた。

 今日この2人がここにいるのは拓哉から菊岡へ連絡が入ったからだ。

 珍しいと言うより初めての拓哉からの連絡に何かを感じ取ったのだろう。抱え込んでいた仕事を片付け、待ち合わせ場所を素早く指定した。

 拓哉と合流すると菊岡も拓哉の表情を見て事態を急する話だと言うのは分かった。

 拓哉が出した提案はどこでもいいが、アパートに住めるように手配する事と、拓哉や和人に依頼していた仕事を拓哉だけに回す事であった。

 

 菊岡「…とりあえず、住む場所は出来る限り不自由がない場所にするが、さすがに豪華なマンションなどは提供出来ないからね?一応言っておくけど」

 

 拓哉「それだけで十分だ…。あとは勝手に生きていくさ。心配するな…」

 

 菊岡「…」

 

 心配するなと言われてもその表情を見れば、誰だって心配にぐらいなる。生気は消え去り、瞳も虚ろになっている拓哉を菊岡は心の底から身を案じている。

 元はと言えば、菊岡が拓哉に進学を勧めなければこのような事にはなっていない。だが、最後は拓哉が決断した事で、菊岡はその提案を出しただけにすぎない。拓哉もそれは自分のせいだと言っているが、提案した本人は少なからず罪悪感がある。

 これまで何度も自分の仕事を手伝ってくれた手前、拓哉の要求は出来る限り呑まなければ釣り合いが合わなくなってしまう。

 

 菊岡「今日はどうするんだい?早ければ、明日中には手配するけど」

 

 拓哉「今日はどこかのホテルにでも泊まるさ。金なら暫く持つからな…。それと、この事は木綿季達には黙っててくれ。特に和人には…」

 

 和人は物事をよく見ている。それがSAOの"黒の剣士”のポテンシャルの一部だと思っていい。これを知れば必ず和人なら拓哉の所まで辿り着いてしまう。

 

 菊岡「分かった…。ここのお代は僕が払っておくからゆっくりしてくれ。仕事の際はいつも通り携帯にメッセージを入れるよ。じゃあ、また会おう…拓哉君」

 

 拓哉「いろいろと助かった。ありがとう…」

 

 窓の方へ目を向けるといつの間にか外は雨が降っていた。

 傘がない事と悔やみながらもティーカップを空にして拓哉も店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side拓哉_

 

 

 2025年10月25日09時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 菊岡「ここでもかまわないかい?」

 

 拓哉「あぁ」

 

 朝、菊岡からの連絡を受けたオレはホテルから指定された住所へと赴き、そこで菊岡と合流した。

 用意された部屋は1DKと1人で住むには申し分なく、敷金礼金などの初期費用は菊岡が支払ってくれていた。

 

 菊岡「家具も必要最低限の物は用意したつもりだ。何か足りない物はないかい?」

 

 拓哉「特にないな…。色々助かった」

 

 そう告げてオレは菊岡と別れ、誰もいない部屋へと入る。足りない物はないと言ったが、これから先の事を考えたらその常々必要な物が出てくるだろう。100均やホームセンター、通販を利用して揃える事にしたオレは早速近くの店へと向かうべく準備を始めた。

 

 拓哉「家電やベットはあるから後は生活用品ぐらいか…」

 

 財布の中身を開き、銀行へ寄る必要がない事を確認して扉を開けた。

 スマホの地図アプリを開いて最寄りのホームセンターへと向かい、その途中で近所の道や風景を記憶していく。

 これからここで暮らしていくにあたって近所の道くらいは覚えておかなければ何かと不便だろう。

 商店街を横切り、15分程歩いた所のホームセンターに到着した。

 そこで衣装ケースやタオル、清掃用品を購入。その店では宅配サービスをしているらしく、手荷物を極力なくす為に店員にそれらを預けて店を後にした。

 

 拓哉「…そう言えば、飯も買わなきゃだな」

 

 先程ここに来る前にあった商店街で済ませようとオレは少し小走りで向かった。これからはもう誰とも関わらず、誰とも触れずに生きていく。

 であれば、極力外出を減らす為、食料などはある程度まとめて買っておこう。商店街には八百屋や精肉店、魚屋に弁当屋と今では珍しいぐらい主婦や通勤途中のサラリーマンで賑わっている。

 順調に買い出しを勧めていくと通路の真ん中で大泣きしている子供を見つけた。

 

「うわぁぁぁぁんうわぁぁぁぁん」

 

 拓哉「どうした坊主?お母さんかお父さんは?」

 

「お…ママは…」

 

 拓哉「迷子になったのか。じゃあ、兄ちゃんが一緒に探してやるよ。ほら、泣き疲れたろ?肩車してやる」

 

 まだ3,4歳くらいの男の子を肩に座らせ、来た道を引き返した。

 男の子もすぐに泣き止み、次第に笑顔が増えていく。

 

「たかいたかーい!!」

 

 拓哉「そーだろー?高いのもいいけどさ、お前のママは見えるかー?」

 

「ううん」

 

 拓哉「そっか…。もう商店街の端っこだし、こっちにいないんなら逆側か…」

 

 商店街の大きさなどは高が知れている。この一本道を子供を肩車しながら歩けば、母親の方から見つけてくれる可能性もある。

 今頃、息子が迷子で必死に探しているに違いないから…。

 

 拓哉「もうすぐママに会えるからなー?」

 

「わぁーい」

 

 すると、20mぐらい離れた所に血相変えて辺りをキョロキョロしている女性を見つけ、こちらに振り向くと慌てた様子で走ってくる。

 

「あっ!ママ!!」

 

 拓哉「やっぱりか」

 

「ハァ…ハァ…()()()!!」

 

 拓哉「!!?」

 

 ゆうき「ママー!!」

 

 ゆうきと呼ばれた男の子を肩から下ろすと、一目散に母親へ駆け寄り強く抱きしめていた。母親の方も涙を滲ませながらゆうきを抱きしめる。

 

 拓哉「…」

 

 そのまま去ろうと背を向けるとゆうきの母親から呼び止められた。

 

「うちの息子をありがとうございます!」

 

 拓哉「いや…大した事は…」

 

 ゆうき「お兄ちゃんすっごいやさしかったよー!かたぐるましてもらったー!」

 

 オレは…そんな優しい人間じゃない…。

 

「息子もここまで懐いていますし、あなたの優しさも雰囲気で分かります。本当にありがとうございました。もしよければ、何かお礼を…」

 

 拓哉「気にしないでください。…ゆうき、次からは1人でうろうろしたらダメだぞ?いいな?」

 

 それだけを言い残して親子と別れを告げた。ゆうきが何か言っていたがオレは振り返る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2025年10月25日12時10分 SAO帰還者学校

 

 明日奈と里香は昼休みに入るとすぐに和人とひよりと合流して中等部3年クラスへと急いだ。前日の様子からして明らかに元気がない木綿季を励ます為だ。

 だが、それは木綿季に限った話ではない。他の仲間もそれなりに堪えている。それ以外の…特に高等部2年クラスの生徒は拓哉の事など眼中にもなかった。昨日あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、普段通りの学校生活を送り、小林とよく行動を共にしていた男子生徒はあろう事か明日奈と里香を昼食に誘ったのだ。

 もし、あの場で和人が来ていなければ明日奈と里香は必ずその男子生徒に手を上げていただろう。和人に説得された今でも彼女らの中の怒りは収まる様子を見せていない。

 

 明日奈「木綿季っ!!」

 

 目的地に到着するや否や木綿季の名前を叫び、教室内を見渡す。

 だが、木綿季の姿はどこにも見当たらない。その時、明日奈達に駆け寄ってきた珪子が涙ながらに明日奈に言った。

 

 珪子「木綿季さんが…!!木綿季さんが…!!」

 

 明日奈「落ち着いて珪子ちゃん!!一体どうしたの?木綿季はどこ?」

 

 珪子「それが…数人の男子生徒に呼び出されて、その人達と一緒に屋上に…」

 

 和人「なんだって…!?」

 

 まさか、木綿季がそんな軽率な行動に出る事など予想すらしていなかった和人達の表情は一気に険しくなっていく。

 

 ひより「私達も行きましょう!!」

 

 里香「珪子も来なさい!!それと泣かないの!!」

 

 和人達は珪子も混じえ、屋上へと急いだ。

 

 明日奈(「木綿季…!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side木綿季_

 

 

 2025年10月25日12時15分 SAO帰還者学校 屋上

 

 あぁ…空はなんでこんなに青いんだろう。雲一つ存在せず、太陽の暖かな陽射しが体を包み込んでくれてとても気持ちいいのに…全然暖かくならないよ…。

 

「紺野さんさ…今日は俺達と一緒に帰ってくれるよね?」

 

 木綿季「…なんで?」

 

 目の前の人達は一昨日、一緒に帰ろうと絡んできた男子生徒だ。

 あの時も強めの口調で断ったハズだが、彼らの執着心とでも言うのだろうか…あまりにも執拗い。

 

「だって、今日は帰る相手はいないんだろう?」

 

「そうそう。じゃあ、俺らと帰ってくれてもいいだろ?」

 

 木綿季「…ボクはそんな気分じゃないから」

 

 そう…そんな気分じゃない。そんな気分になれない。今ならどんなに楽しい時間も嬉しい時間もみんなで共有する事は出来ないだろう。世界から色を失くしたように今のボクはあまりにも無気力だった。

 だからと言って、よく知りもしない人と肩を並んで帰る事は出来ない。

 そうしてしまってはもう2度と引き返せないと思うから。

 

「なんで帰ってくれないの?」

 

 木綿季「…さっきも言ったじゃん。今はそんな気分じゃないって」

 

「本当に…それが理由なの?他にあるんじゃない?」

 

 木綿季「…何が言いたいのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茅場拓哉がもしかしたら戻ってくるんじゃないかって期待してるでしょ?」

 

 木綿季「!!?」

 

 その名前を聞いただけで胸がきつく締めあげられるような感覚が襲ってくる。その反応を見て、不敵な笑みを零してさらに続けた。

 

「昨日の朝、高等部で騒ぎがあったんだってね。実は高等部には良くしてもらってる先輩がいてさ、その人から聞いたよ!茅場拓哉は実は人殺しで!!それを偽ってこの学校にいたってさ!!」

 

 頭痛もし始め、男子生徒の言葉が上手く聞き取れない。

 けれど、よかったかもしれない。表情を見る限り、碌な事を言っていないに違いない。

 

「不思議だよねぇ!!入学する前に適正審査されるのになんで人殺しがいるんだろぉねぇっ!!?役人に賄賂でも渡してたんじゃなぁい?」

 

 木綿季「…そんな事…ある訳ない…!!」

 

 徐々に男子生徒の声が聞こえ始め、耳に入ってくる言葉に反吐が出る。誰がそんな事するもんか。何も知らないくせに勝手な事言わないでよ。…と、心で思ってもそれが音に出せない。仮に今この場でボクがそんな事を言えば…もう、帰ってくる場所がなくなる。

 次第に涙があふれるのを見て男子生徒は追い込みをかけた。

 

「大体ここに人殺しなんていらないよ!!人殺しは人殺しらしく無様に死んでいけばいいのさ!!迷惑かけた分だけ苦しみながら死ねばいいんだよ!!あんな害虫はっ!!!」

 

 木綿季「っ!!?」

 

 抑える事が出来なかった。もう自分では引き返さない所まで歩いてしまった。もう終わりだ。だけど…それでも…ボクは許せなかった。

 今この場で暴言が吐けるのも、今ここに通えるのも、今ここで生きていられるのは全部…全部…全部全部全部全部全部全部全部全部全部…拓哉のお陰じゃないか!!!!

 

 

 

 

 

 木綿季「…うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「!!?」

 

 

 

 

 拳を強く握り、男の前へと駆け込んだ。予期せぬ事態にその男子生徒も気が動転しているようだ。だが、そんなのは関係ない。拓哉を悪く言う奴はボクが許さない。許せる訳がない。

 

 

 ユウキ_

 

 

 木綿季「!!」

 

 

 木綿季_

 

 

 誰かが呼ぶ声がする。誰かが優しくボクを呼んでくれている。

 でも、ゴメンね…。もう、止められそうにないや…。この拳はもう収まる鞘を失くした刀身なんだ…。怒りの矛先を見失わない限り、収まろうとはしないんだよ…。だから、ゴメンね。でも、許してね?

 だって、この怒りは君がいたから…拓哉がいたから生まれたんだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日奈「木綿季っ!!!!」

 

 

 男子生徒の鼻先の寸前で木綿季の拳は止まり、徐々に距離が開いていく。

 

 明日奈「ダメ!!!木綿季っ!!!!」

 

 木綿季「明日奈っ!!?…は、離して!!!コイツは…コイツだけは!!!絶対に許せないっ!!!コイツは拓哉を馬鹿にしたんだ!!!

 拓哉がどんな思いでここにいたのか…、どんな思いで生きてきたのか…!!!何も知らないくせに…!!!拓哉が…お前達に何したって言うの…。拓哉は…みんなを…救う為に…うう…う…うう…」

 

 もう殴る気力すら出てこない。もう声すら出したくない。でも、そう思えば思う程涙は止めどもなく溢れてくる。

 

 和人「…お前達はここから消えてくれ。次はどうなるか分からないぞ?」

 

 和人の言葉で怖気付いた男子生徒達は一目散に屋上を後にした。

 あれだけで怖気付くなら最初からやらなければいいのに。

 

 明日奈「落ち着いた木綿季?」

 

 木綿季「…うん。…ありがとう…明日奈」

 

 和人「…」

 

 明日奈達の気遣いにはいつも助けられてばかりだ。みんなが優しくしてくれたからボクはここまで仲良くなれたし、…君がいたからボクは人を好きになれた。

 どんなに不可能だと言われる壁が立ち塞がろうとも、諦める事を知らず、誰かの為にやってのけてしまう勇気。そこに憧れ、惹かれたのに…そうなりないって思っていたのに…今の自分はなんだろうか。

 ただ闇雲に八つ当たりしてみんなに心配をかけている。こんな事じゃ拓哉に顔向けできないよ。

 

 木綿季「…ありがとうみんな。…ボクは大丈夫だよ。拓哉がいなくたって…ボクにはみんながいるから!」

 

 ひより「木綿季さん…」

 

 木綿季「あっ、別に拓哉の事諦めた訳じゃないよ?今は1人で考える時間が欲しいだけだよ。またすぐに戻って…─」

 

 明日奈「木綿季…?無理してるんじゃ…」

 

 木綿季「…そんな事ないけど、ちょっとだけ目眩がするかな?保健室に行って休ませてもらうよ。じゃあ…バイバイ…」

 

 明日奈達と別れたボクはそのまま保健室へと向かい、空いているベッドを借りて横になった。昨日はあの事があって睡眠時間も取れずにずっと部屋の隅に蹲っていた。()()()()()()()()()…。

 でも、そこでボクは決心した。拓哉を支えるって、拓哉を守るって…誓ったハズなのに、拓哉の別れ際の表情を見たら何も言えなかった。

 全てを悟り、全てを受け入れ、全てをを肯定した表情…。

 拓哉も少なからず危惧していたのだ。いつかきっと自分の罪が周りに知られる事を。それを知って周りの人達が取る反応も予想できていたんだ。

 だから、拓哉は1人で去っていった。

 

 木綿季(「…拓哉…今、どこにいるの?…今、どんな事思ってるの?」)

 

 次第に瞼が重くなっていき、ボクはそれに逆らう事なく眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2025年10月25日 20時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 アパートに帰ってきてからどれぐらい経っただろう。外はすっかり暗くなり、風も幾ばくが強い。そんな事をベッドに横たわりながら考えていた。

 

 拓哉「…そう言えば、今日何も食べてなかったな」

 

 頭で意識した瞬間、空腹が音となって拓哉に知らせる。買い溜めしていたものから適当に見繕い、それを調理して食す。

 空腹も解消され、食器類を洗って再度ベッドに横たわる。

 

 拓哉「…」

 

 ベット脇に置いた棚の上にはアミュスフィアが置かれているが、仮想世界に行く気にはなれない。正確には拓哉がプレイしているALO(アルヴヘイム・オンライン)の中で誰と会うかも分からない為、プレイを自制していた。

 第一、もう拓哉には彼らに会う理由がない。

 自分との関わりを断てば彼らは学校生活を充実して過ごせるに違いない。

 どんな人間も失敗などを隠したくなる性質がある。善人だろうが悪人だろうが、そこに関しては同じだ。

 だから、人殺し(しっぱい)は隠しておけばいい。

 

 拓哉「…寝るか」

 

 照明を消して布団にくるまり、睡魔が襲ってくるのをただジッと待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャン_

 

 

 

 拓哉「…ん?」

 

 何かが割れた音がしたが、部屋の中でそのような痕跡は見当たらない。

 すると、さらにガシャンと音がした。壁の向こう…隣の住人の部屋から聞こえてきた事を確認すると、次は鼓膜が破れるような奇声が聞こえてきた。

 只事ではないと直感した拓哉はすぐに隣の部屋の玄関を叩く。

 

 拓哉「おい!大丈夫か!!何があった!!?」

 

 中からの応答はなく、奇怪な物音もしなくなった。

 杞憂だったかと自分の部屋に戻ろうとしたその時、玄関のオートロックが解除され、扉がギギッ…と錆びれた音を出しながら開いた。

 

「…」

 

 拓哉「あ…っと、さっき変な音がしたけど…大丈夫…ですか?」

 

 暗がりで見えにくいが顔色が悪い事だけはなんとか把握出来た。

 だが、それより驚いたのは中から現れたのが拓哉と年の離れていない少女だった事だ。

 

「…すみません。…ご迷惑をおかけしまして」

 

 拓哉「あ、あぁ…いや、アンタ大丈夫か?顔色が悪いけど…」

 

「お気遣いなく…私は大丈─」

 

 瞬間、少女はさらに顔色を悪くして口元を手で覆ったが、我慢出来なかったのだろう。拓哉の足元に嘔吐してそのまま気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…」

 

 額に冷たい何かがのっている…。

 気分もさっきよりかは大分楽になった…。

 えっと…あれ?…私、気分が悪くなってどうしたんだっけ?

 ぼんやりして鮮明に思い出せない…けど、私はベッドで寝てはいなかったハズだ…。誰かが助けてくれた…?そんな事…ないか…。

 

 

 視線だけを動かして部屋を見渡すとベッドを背に腕を組んでいる男性の姿があった。

 瞬間、少女は目を見開き、ベッドから飛び上がった。

 

「だ、誰よアンタ!!?」

 

「誰よって…一応、隣の住人だけども…」

 

「違うわよ!!何で私の部屋に…あっ…」

 

 そうだ…。そうだった…。気を失う前に男の人が心配して来てくれて、そこで気を失ったんだ。

 

「思い出した?」

 

「あ、え、えっと…」

 

 先程までの怒りが勘違いであると分かるや否や、少女は頬を赤くして縮こまる。この男性は自分を今まで看病してくれていたんだとふと、時計に目をやると、時刻は既に夜中の3時を回っていた。

 

「えっ!?3時っ!!?私、どれぐらい気を失って…」

 

「ざっと5時間って所だな。あぁそれと、近くのコンビニで薬とスポーツドリンクに栄養がつきそうなもの見繕ったから、食欲が湧いたら食べてろ。あと、今日は学校休んで大人しくしてろ」

 

 手渡されたレジ袋の中には種類豊富な薬とスポーツドリンクなどが入っており、ますます申し訳なさでいっぱいになった少女は机に置いてあった財布からお金を取り出した。

 

「あの、ありがとうございました。これ…薬とかのお金です」

 

「いらないよ。好きでやったんだし…あと、オレがここにいたのはアンタがまた吐いたりしてそれが喉に詰まらせないか心配だったからだ。決してやましい事は何一つない!」

 

「は…はぁ…」

 

「じゃあお大事に」

 

 そう言い残して立ち去ろうとすると少女は咄嗟に男性を引き止め、意を決して声を出す。

 

「あの…!!お名前は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「拓哉。…茅場拓哉だ。…そういうアンタは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩乃「朝田詩乃…。今日は本当にありがとうございます」

 

 

 

 拓哉は詩乃の礼を聞き入れ、自らの部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
終盤にいよいよ次章のヒロインが登場しましたが、この章にどんな風に絡んでいくのか今から創作意欲が湧いて待ち遠しいです。
暗めの章なので間のちょっとした箇所に明るくなれるような部分も作っていきますのでこれからめよろしくお願いします。


評価、感想などありましたらどしどしお寄せください!


では、また次回!

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