ソードアート・オンライン-君と共に在るために- 作:ちぇりぶろ(休載中)
今回でGGO編は完結し、次回より中断していたオリジナルストーリーの後編に入っていきます。
拓哉と詩乃の今後にご期待ください。
では、どうぞ!
2025年12月14日19時45分 東京都文京区湯島 某アパート
意識が戻り、ゆっくりと瞼を開くと見慣れた自宅の天井が広がっている。
第3回BoBは異例とも言える3人の優勝者を輩出する結果で幕を閉じた。
上体を起こし、詩乃は自分の部屋を見渡す。ユウヤ/拓哉が言っていた事が本当ならもうここに死銃の共犯者はいないハズ…。
1DKの部屋に人1人が隠れるスペースなどなく、予想通りトイレやバス、クローゼットの中には誰もいなかった。
途端に緊張が切れた詩乃は胸を下ろし、ベッドに腰を下ろす。
瞬間、玄関からインターフォンが鳴った。
このような状況で応対するか悩んだが、鍵さえかけていれば中には入ってこれない。玄関まで行き、インターフォンを鳴らした主を扉に備えられたレンズで確認する。
恭二「朝田さん、僕だよ?」
詩乃(「新川君!?」)
自分の知っている友人だと気づくとすぐに鍵を開け、扉を開いた。
そこにはいつも服装に手には某菓子屋のケーキを携えている。
恭二「優勝おめでとう朝田さん。これ…優勝祝いにケーキ買ってきたんだ。…一緒に食べない?」
詩乃「まぁありがとう!じゃあ、中に入って」
自室に招き入れ、恭二をテーブルに座らせる間に詩乃はキッチンでコーヒーの用意を手早く済ませた。
恭二「ありがとう」
詩乃「ううん…私の方こそ、わざわざお祝いに来てもらって嬉しいわ」
恭二「シノンが優勝した時、自分のように嬉しくなって…気づいたらケーキを買ってたよ」
詩乃「新川君もそういう所あるんだね」
コーヒーを一口含み、苦笑いしながら恭二は部屋を見渡した。
手入れの行き届いた部屋は物が少ない事も相まって清潔感に溢れている。
そんな様子を恥ずかしながら詩乃が言った。
詩乃「もう!あんまり女の子の部屋をジロジロ見るものじゃないわよ」
恭二「ご、ごめん!?でも、いつ来ても綺麗に片付いてるよね」
詩乃「今日はたまたまよ。それに物が少ないからそう見えるんじゃない?」
恭二「そっか…。それにしても本当に凄かったよ!あの闇風を倒しちゃうなんて!!」
闇風は前回のBoBで準優勝しているベテランのプロプレイヤーだ。
"ランガン”という闇風独自のプレイスタイルは他の追随を払い除け、上位に居座っている程で、一部では闇風に憧れてGGOを始めるプレイヤーもいるくらいだ。
詩乃「それは運が良かっただけ。私1人じゃ倒せなかったわ」
恭二「…」
ユウヤの作戦通り、キリトとシノンは闇風と戦った。
キリトが囮となって闇風の注意を引き連れたおかげでシノンは安心して闇風の脳天を貫く事が出来た。功績の殆どはキリトによるものだし、シノン自身もそれを良しとしていない。
次対戦する時は1人でも倒してみせるとユウヤとキリトの前で公言した程だ。
詩乃「今回のBoBはいろいろあったけど…私は変われたような気がするの。弱い自分から…」
恭二「朝田さんは…シノンは弱くなんかないよ!!いつも冷静でどんな時も果敢に立ち向かっていくじゃないか!!
シノンは1人でも十分に強いし、アイツらよりシノンの方が凄いよ!!」
詩乃「新川…君?」
恭二「大体アイツらはシノンの邪魔しかしてないじゃないか!
シノン1人ならあんな局面容易く乗り越えられるのに、それをアイツらがいるせいで狂って…」
違う…そうじゃない…。
私1人では絶対に乗り越えられなかった。
死銃に殺されそうになった時、私は死を悟っていたのだから。
ユウヤに助けられてからも泣いて、喚いて、罵って…ユウヤとキリトに迷惑しかかけられなかった。
それでもユウヤは見捨てはしなかった。そんな私をユウヤは守ろうと戦ってくれた。
私1人の力なんて高が知れている。死銃に銃口を向けてもすぐには引き金を引けなかった私をユウヤは感謝してくれた。
あの弾道予測線がなければ、オレはやられてた_
ありがとうシノン_
感謝を述べたいのはむしろ私の方だ。
ユウヤの生き様が私に勇気を与え、過去と向き合う覚悟を授けてくれたのだから。
詩乃「…私は弱いよ?新川君…。
でも、今回の件で私は強くなれた気がするの。もう逃げ道を探したりしないで前に歩ける気がするの。
だから…2人の事を悪く言うのはやめて」
恭二「…」
黙ってしまった恭二を前に詩乃も重い空気が流れる。
恭二はユウヤ達と出会う前から大切な友人の1人だ。詩乃が東京の高校に通い始めて最初に声をかけた恭二はいつも相談に乗ってくれる上、どんな時でも支えてくれる親友だ。
だが、例え親友でもユウヤとキリトを悪く言う事は見過ごせない。
彼らも短い時間だが、恭二と同じぐらい信頼を持っているからだ。
詩乃「…け、ケーキ食べましょ?」
恭二「…」
箱を開けようと詩乃がテーブルに手を伸ばした瞬間、詩乃の腕を恭二が掴みかかった。
一瞬、頬を赤くしたがだんだんと力を入れ始め、腕に痛みが生じる。
詩乃「新川君…痛いわ…」
恭二「朝田さんは僕のものだ朝田さんは僕のものだ朝田さんは僕のものだ朝田さんは僕のものだ…」
小声で呟き続ける恭二の腕を詩乃は振り払おうとするが、予想も出来ない程の握力でそれが叶わない。
すると、恭二は掴んだ腕で強引に詩乃をベッドの壁際に追い込み、態勢を崩した詩乃の体の上に跨った。
恭二「そんな事言わないでよ朝田さん…。朝田さんは強くなきゃいけないんだ。僕が憧れた朝田さんは誰よりも強くなきゃいけないんだ。
詩乃「ど…どうしたの…?」
恭二の表情は詩乃の知っているものではなかった。
焦点が定まっておらず、不気味な笑みを浮かべ、詩乃を物のように見下している。
その姿に詩乃は恐怖した。今まで見た事がない恭二を前に詩乃は振り払う事も抵抗する事も出来ない。
恭二「朝田さん…僕知ってるんだよ?昔、朝田さんが拳銃で人を殺した事」
詩乃「!!?」
恭二「それを知った時、僕がどんな思いを抱いたか分かるかい?
すぐ近くに本物の人間を殺した人間がいる…その時の感触や、どんな思いで引き金を引いたのとか色々聞きたかったんだ。
そんな事、普通は出来ないよ。みんな、先の事ばかり考えて行動してさ…。
でも、朝田さんは違う。殺した後の事なんて考えない。今を生きる強さを秘めているんだ。
それがどれだけ凄い事か…だから、僕は朝田さんを好きになったんだよ?人を殺すなんて中々体験出来ないからね!」
詩乃「あ…あ…」
狂っている_
そう感じるのに時間はかからなかった。
今まで恭二と過ごしてきた時間が次々黒く塗り潰されていく。
恭二は詩乃を見てはいなかったのだ。
見ていたのは
詩乃「い…いやぁぁぁっ!!」
偽りの仮面を脱ぎ捨てた本当の恭二を受け止められず、恭二の下で暴れて見せるが首筋に冷たい無機質な機械を当てられ、それを凝視した。
恭二「暴れちゃダメだよ朝田さん。次、暴れたらコレを打たなきゃいけなくなるんだから」
詩乃「それ…は…?」
恭二「僕の家が病院だって知ってるだろ?
これは無針注射器でね…中には"サクシニルコリン”っていう筋肉を動けなくする薬が入ってる。
その言葉を聞いた詩乃はユウヤが言っていた事が当たっていた事に気づき、同時にその共犯者が目の前にいる恭二だという事に驚愕した。
詩乃「アナタが…もう1人の…死銃…!?」
恭二「さすが朝田さんだね。よくそこまでたどり着いたよ…と言ってもゼクシードと薄塩たらこは兄である昌一が殺したけど。
朝田さんは…シノンはこの僕の手で殺りたかった。兄でもシノンには触らせたくないからね。シノンは僕だけのものだ」
詩乃「っ!!?」
ゆっくりと服の下に手を這わせ、詩乃の肌を撫でながら恭二は不敵な笑みを浮かべている。
恭二の詩乃に対する恋慕は歪だった。
朝田詩乃という人間に好意を抱いた訳ではなく、本物の拳銃で人を殺した朝田詩乃による憧れからの好意。
それを恭二は恋だと錯覚し、度々見え隠れしていた狂気を膨張させていったのだ。
そう気づくと、詩乃にはもう恭二は恐怖しか与えてくれない。
手足は痺れ、力が入らずに抵抗も出来ない。
詩乃(「また…戻るの…?」)
あの頃の弱い自分に立ち戻っていく気がして、瞳が潤む。
ここで涙を流せばもう戻れなくなる…立ち直れなくなる…。
様々な感情が詩乃の中で渦巻きながらも、恭二の手は止まる事はない。
恭二「あぁ…!!やっぱりシノンは最高だよ…!!僕と2人で一緒にイこう?
2人だけの世界に…そうだ!次はもっとファンタジーな所でもいいよ。
そこで暮らしてさ…子供も作って楽しく暮らそうよ…!」
それは妄想の中の話。
歪んだ感情が作り出した幻。
確かに、全てを諦めて恭二の言う世界に逃げても幸せになれるかもしれない。
たった2人だけの世界に行けたらどんなに楽になれるだろう。
誰も詩乃の過去を知らず、誰も避けたりはしない。
共にいる恭二も優しく接してくれるハズだ。
詩乃(「ゴメンね…ユウヤ。せっかく助けてもらったのに…」)
自分にこの先の未来はない。あるのは全てから解放された自由という名の地獄だ。
それでも、謝らざるにはを得なかった。死銃から命を救ってもらい、生きる意味さえ授けてくれたユウヤに…拓哉に何も返せない事を。
諦めないで_
詩乃(「…誰?」)
諦めちゃダメよ_
詩乃「誰…なの…?」
心に直接語りかける声を懸命に探す。折れかかった心を支えてくれるような優しい声はどこから聞こえるのだろうか。
氷で覆われ、凍てつく闇の世界で蹲っている詩乃はどうする事も出来ない。
すると、肩に暖かい感触が詩乃の氷を徐々に溶かしていった。
振り返れば、見慣れた碧髪の少女がそこにいた。
詩乃『!!?』
諦めないで…最後の最後まで諦めちゃダメだよ_
詩乃『でも…私は…』
アナタならきっと出来るわ…だって、私に出来たんだもの…だから、一緒に行こう_
手を握られ、ゆっくりと引いてくれる少女に私はただ見つめる事しか出来なかった。
自分の理想像である少女は私に手を差し伸べてくれた。
こんな私でも少女は見放したりしなかった。
碧色の瞳で私に訴えかけてくる。
こんな所で終わってはいけない…と、こんな所で負けてはならない…と。
ならば、もう少しだけ頑張ろう。
恭二「朝田さぁん…朝田さぁん…」
這わした手は次第に胸部に近づき、恭二も息を荒くしながらその時を待つ。
瞬間、詩乃の瞳が見開き、ありったけの力を振り絞って恭二を突き飛ばした。その勢いのまま玄関まで走る。
外に出れば助けが呼べる…拓哉が助けに来てくれる。
恭二も詩乃の行動に目を丸くしたが、ニタァと頬を引き攣らせ、詩乃の跡を追った。
扉の鍵を開けようとするが、焦っているせいで上手く開ける事が出来ない。
すると、腰を強引に引っ張られ、その場に倒れてしまった。鈍い痛みと打ち付けた時に体内の酸素が吐き出され、呼吸が荒くなる。
その原因を作った恭二は詩乃の体を登っていき、詩乃以上に呼吸を荒くしながら迫ってくる。
恭二「ダメじゃないかぁ朝田さん…。勝手な事しちゃぁ…」
詩乃「新川…君。お願い…やめて…!!こんな事はもう…やめよう?
お医者様になるんでしょ…?なら、こんな事しちゃ…ダメだよ…」
詩乃の言葉を聞いて恭二の動きが止まった。
医者になる…それがどれだけ恭二を追い詰めていったのか誰も知らない。
新川恭二は都内の小さな病院を経営する夫婦の次男として生まれてきた。
兄である昌一は子供の頃から病弱で、父はそんな昌一に早く見切りをつけて恭二に病院を継がせようと決めた。
それからというもの、恭二は毎日のように勉学に励み、同年代の友達と遊ぶ事なく、自身の殻に閉じこもっていた。
そんな生活が続き、3年前に事件は起きた。
仮想世界に囚われ、ゲームオーバー=現実の死という過酷なデスゲームとなった"ソードアート・オンライン”に兄である昌一が犠牲になったのだ。
世間では不安に駆られる者、愛する者を囚われ絶望的する者、首謀者である茅場晶彦を憎む者が溢れかえっていた。
そして、1年前に1人のプレイヤーの英雄的な行いでゲームはクリアされた。
現実世界に帰還した昌一は恭二にだけ、そこで実際に行われた真実を赤裸々に…武勇伝のように語った。
あっちで人を殺しても罪にはならない…
人を斬り刻む感触はたまらない…
死に悶える姿を眺めるのが心地よい…
常人では決して理解出来ない昌一の感情に、恭二はただ憧れを持ってしまった。
あの世界に囚われていた昌一は人が変わったように生き生きとしていて、それが人を殺した快感によるものだったのは言うまでもない。
昌一はまたその快感を味わう為、恭二に協力を求めた。
同じくこの世界に適合していない昌一と恭二は綿密な計画を練って、その舞台をGGOに決め、ゼクシードなどを殺害していった。
恭二もその快感の虜になってしまい、もう抜け出す事が出来なくなってしまった。
前々から目をつけていた朝田詩乃をGGOに招き入れ、自分だけのものしたいと歪んだ感情を持ってしまった。
もうそれ以外に考えられない。医者になんてなりなくもないし、学校のクズ共と一緒にいたくもない。
ただ自由に、やりたいように生きていく。
恭二「医者なんてなる訳ないだろ?」
詩乃「っ!!?」
恭二「僕は朝田さんと一緒に居られればそれで十分なんだ。
だから、僕の気持ちを受け止めてよ?僕の想いを感じてくれよ?
朝田さぁん…アサダサン…アサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサン!!!!」
詩乃「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
拓哉「離れろっ!!!!」
詩乃の頭上でゴッと鈍い音がなった。気づけば恭二は顔を抑えてリビングまで押し戻されており、それを追って1人の青年が恭二に掴みかかっている。
詩乃「あ…」
キリトは大丈夫だろうけど、シノンの所にはオレが行くよ…万が一に備えるに越した事ないからな_
あの時の言葉が鮮明に蘇る。約束とは言い難い簡単な言葉。
けれど、それを期待していた自分がいた。
本当に来てくれるとは思わなかった彼は今、目の前にいる。
拓哉「今の内に逃げろ!!詩乃!!」
颯爽と現れ、私の危機を救ってくれた
恭二「…お前ぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
拓哉「ぐっ…!!」
恭二の腕力は拓哉に劣るが、枷が外れたかのような予想だにしない力が込められていた。拓哉も抑え込むのに必死で反撃に移れない。
詩乃「拓哉!!」
拓哉「今の内に外に出て警察を呼ぶんだ!!長い時間止められねぇぞ!!」
恭二「お前がっ!!!アサダサンをっ!!!」
さらに力が込められ、形勢は逆転された。
拓哉に馬乗りになり、あらん限りの力を込めた拳が拓哉に突き刺さる。
防御の上からでもお構いなしに殴り続ける恭二は懐から無針注射器を取り出した。
詩乃「ダメよ!!新川君!!」
恭二「死ねぇぇぇぇっ!!!!」
拓哉「っ!!?」
プシュっと無針注射器が使われた音がした。
注射器は拓哉の胸部に押し当てられ、シャツがじんわり滲んでいる。
詩乃「このっ!!!」
一刻も早く適切な処置をしなければ薬が全身に回って死んでしまう。
リビングに置いてあったラジカセを恭二に叩きつけ、気絶させる事に成功したが、拓哉は打たれた箇所を抑えて呻き声を上げている。
詩乃「拓哉!!」
拓哉「まさか…アイツが…共犯者だったのか…。
何か…薬打たれたけど…あれが…」
詩乃「喋らないで!!傷口見せて!!」
シャツを巻き上げ、打たれたであろう箇所を確認すると、そこには円形の吸盤が取り付けられ、薬が流れていた。
詩乃「え…?え?」
拓哉「ぐっ…」
詩乃「…ちょっと…これ…。なんなのよ」
拓哉「は?」
冷静さを取り戻した拓哉は注射器で打たれた箇所を確認する。
そこには病院でモニタリングしていた際に付けられた電極があった。
多分、倉橋が取り忘れていたものだろうと納得すると、詩乃が眉間にシワを寄せ、涙ぐむ姿があった。
拓哉「…はぁ〜…脅かすなよ」
詩乃「それはこっちのセリフよ!!」
拓哉「すみません…」
詩乃「でも…本当に来てくれて…ありがとう。拓哉が来てなかったら今頃私は…」
拓哉「詩乃が無事ならそれでいいよ。これで…死銃事件は終わったな…」
数十分後、連絡した警察官が数名到着し、気絶していた新川恭二を連行していった。事件の概要を知る為、拓哉と詩乃も警察署まで同行し、事情聴取を受ける事になった。
そして、恭二の兄であり、死銃の新川昌一も自宅で逮捕された。
2025年12月14日22時00分 東京都 某警察署前
拓哉「やっと終わったぁ!!」
詩乃「…」
長かった事情聴取が終わって、解放された時には既に22時を回っており、そのまま2人はアパートまで帰る事になった。
今後、新川兄弟の供述から死銃事件は紐解かれていく訳だが、それらはもう警察の役目だ。拓哉が踏み入っていい領分ではない。
アパートまでの帰り道、互いに沈黙を守り、30分程でアパートに帰ってこられた。
拓哉「じゃあ、今日はこのまま寝ちまえよ?明日はきつかったら学校も休んだ方が─」
詩乃「ねぇ?…今日は…その…そっちにいてもいい?」
拓哉「…は?」
詩乃「まだ震えが止まらないの…。だから…」
詩乃にとって今日の出来事は受け止められない程の恐怖を味わった事だろう。冷静さを装っても詩乃はまだ16歳の女子高生で、全てを飲み込めるまで時間もかかる。
1人が不安だと思うのも無理はない。
拓哉「分かった。じゃあ、オレが詩乃の部屋に行くよ。自分の部屋の方が落ち着くだろ?」
詩乃「ありがとう」
詩乃の部屋に入り、荒れた部屋を片付けて詩乃は床に伏せた。
布団に入っても不安が消える事はないが、隣に拓哉がいる。
そう考えただけで自然と気持ちが楽になるのを感じた。
詩乃「拓哉は…寝ないの?」
拓哉「オレの事は気にしなくていい。詩乃はゆっくり休め。今日1日いろんな事があったからな」
詩乃「…そうね。いろんな事があった…」
瞼を閉じると今日の出来事が細部まで綺麗に映し出される。
キリトと行動を共にした事…、ユウヤに死銃から助けてもらった時の事…、ユウヤとキリトに自身の過去を打ち明けた時の事…、ユウヤが自分よりも辛い過去があった事…、死銃を倒す為に3人で協力した事…、親友だと思っていた人に裏切られた事…、そして…同じ人に2度も救ってもらった事…。
数えればキリがない程の出来事がたった半日で起きた。
でも、それらを経験した詩乃はこれからは前を向いて進んでいけるだろう。過去を払拭する為ではなく、未来を見据えて進んでいく。
詩乃「ありがとう…拓哉…」
2025年12月15日15時30分 東京都 某高等学校
朝、目を覚ました詩乃は拓哉がいない事に気づきながらも学校へ行く準備を進めた。
家を出る時に、隣の拓哉の部屋を伺ったが、留守だった。
書き置きぐらいしていけばいいのにとも思ったが、心配する事はないだろう。
高校への通学途中も平穏そのもので昨日起きた事件がまるで夢だったと錯覚させた。
だが、テレビのニュースで昨日の死銃事件が報道され、クラス内でもその事件で賑わっていた。
授業も滞りなく進んでいき、あっという間に放課後を迎えると、昇降口で遠藤らが待ち構えていた。
校舎裏に呼び出され、懲りる事なく、遠藤らは詩乃に恐喝を働いた。
遠藤「今日はこの前みたいに男は来ねぇぞ?」
詩乃「…いい加減にして。私はアナタ達に渡すお金なんて持ってはいないわ」
遠藤「あっそ…。じゃあ、良いもの見せてやるよ」
そう言って遠藤は鞄の中からモデルガンを取り出し、詩乃に銃口を向けた。
詩乃もそれを見て一瞬たじろぐが、なんとか踏ん張って見せた。
詩乃(「私はもう…迷わない」)
遠藤「ほらほら〜朝田の好きな拳銃だぞ〜?」
詩乃「…」
未だに現実世界で銃口を向けられると吐き気がするし、頭痛も酷くなる。
だが、いつまでもそれらに屈している訳にはいかない。
迷わないと誓ったならば、それを行動に移さなければならないからだ。
遠藤が不敵な笑みを浮かべて引き金を引こうとするが、力を入れても引き金は動かない。何故…と慌てている遠藤にゆっくりと近づき、モデルガンを
詩乃「確かに、モデルガンにしては完成度が高いわね」
そして、両手でモデルガンを固定し、50m程離れた空き缶を照準を合わせ、BB弾を放った。
カァンと甲高い音を響かせ、空き缶は地面に落ちていった。
詩乃「でも、所詮おもちゃね…」
モデルガンを遠藤に返して詩乃はその場を去っていく。
その後ろ姿に威圧された遠藤らは膝から崩れ落ち、もう詩乃には関わるまいと心に誓った。
角を曲がってすぐに脚がよろけ、壁に体を預ける。
呼吸を乱し、心臓の鼓動も早くなっている。
詩乃「これぐらいで…音を上げられないわ…」
呼吸を落ち着かせ、真っ直ぐ正門を目指した。
これからは過去と向き合って生きていこう。弱い私を認められるように…。
正門前まで来ると、生徒達が屯しており、何事だと正門に行くと、同じクラスの女子からいきなり声をかけられた。
「ねぇ朝田さん!あの人って朝田さんの彼氏?」
詩乃「え?」
「正門で朝田さんの事聞いてたよ?すごいイケメンでクールだね!」
詩乃「…まさか」
小走りで正門に向かうとそこにいたのはバイクに腰を預けていた拓哉だった。
拓哉「ん?やっと来たか。遅いぞ詩乃」
詩乃「あ、アンタ…何でここにいるのよ!?ていうか、どうやって学校の場所を…」
拓哉「細かい事は気にする。とりあえず、早く乗れよ?」
言われるがままに拓哉の後ろに跨ると、背後からの生暖かい視線が突き刺さってくる。
頬を赤くしながら面倒くさい事になりそうな予感がした詩乃を乗せて拓哉はバイクを走らせた。
詩乃「これからどこに行くのよ?」
拓哉「銀座」
詩乃「…は?」
2025年12月15日16時10分 東京都銀座 某カフェ
銀座だけあってビルが立ち並び、すれ違う人の数も計り知れない。
人混みに迷わないように詩乃の手を引っ張る拓哉は1つのビルの前で止まった。
見上げれば、超高層ビルが悠然とそびえ立ち、こんな場所に連れて来られた理由がやっぱり分からない。
詩乃「…いい加減何でこんな所に連れて来られたのか教えなさいよ」
拓哉「まぁ、そう焦んなくてもすぐに分かるよ。とりあえず、ここで和人と待ち合わせしてるんだ」
詩乃「和人?」
すると、人混みの中からこちらに手を振る男性が近づいてきた。
全身を黒でコーディネートし、髪や瞳も綺麗な黒色の中性的な男性だ。
どこかで見た事あるようなその姿が詩乃をさらに悩ませる。
和人「遅くなったな」
拓哉「オレ達も今来たばかりだ」
詩乃「…ねぇ、誰?この人」
拓哉の袖を引っ張って目の前の少年が誰なのか尋ねると、男性の方から詩乃に話しかけてきた。
和人「
詩乃「なんでその名前を…?」
拓哉「GGOじゃ"キリト”って名前だ。詩乃もよく知ってるだろ?」
詩乃「キリト…って、えぇっ!?」
和人「キリトこと桐ヶ谷和人だ。改めてよろしくな」
握手を求められ、詩乃は咄嗟に握り返す。
確かに、キリトと言われれば似ている点がいくつかある。
髪の毛は短いが、表情や物腰の柔らかさがそれを示していた。
キリトと会わせる為にわざわざ銀座に連れて来られたのかと推理するが、ビルの中にあるカフェで今回の件で待ち合わせしている人物がいるらしく、詩乃は何も分からないままビルの中へと入っていった。
カフェがある階に到着すると、何とも場違いな所に来てしまったと感じた詩乃は拓哉の袖を離そうとはしない。
拓哉「いたいた」
菊岡「拓哉くーん、和人くーん!こっちだよー」
他の客を気にする事なく手を振っている菊岡が拓哉と和人を呼んでいる。
詩乃は恥ずかしさで下をうつむいているが、拓哉と和人は慣れているようでサクサク菊岡の待つテーブルに向かった。
菊岡「いやぁ、今回はご苦労だったね。和人君も結局事件に巻き込んでしまって申し訳なかった。明日奈君達にも大目玉を食らったよ」
和人「オレは好きでやっただけですから」
拓哉「それより、詩乃に何か言う事があるだろ?」
詩乃「え?私?」
名指しで指名された詩乃がキョトンとした表情で菊岡に顔を向けた。
菊岡「朝田詩乃さん…だったね。今回は我々の調査不足のせいで危険な目に合わせてしまってすみませんでした。心より謝罪します」
詩乃「え?あ、いや!?か、顔を上げてください!!」
拓哉「ここのお代はあの腹黒メガネが持ってくれるから好きなモン好きなだけ頼んでいいからな」
菊岡「腹黒メガネって…まぁ、否定はしないけどさ」
和人「それで…あの後どうなったんだ?」
すると、菊岡は真剣な表情に切り替わり、死銃事件の顛末を3人に説明し始めた。
菊岡「拓哉君が新川恭二を警察に引き渡した後に兄である新川昌一も自宅で逮捕されたんだ。それから、2人に事情聴取を取り、3人目の共犯者である金本敦の存在が明らかになった。SAOでは
拓哉「あの毒ナイフ使いか…」
死銃…赤眼のザザと同じく、Pohと行動を共にしていた麻布の頭巾を被ったプレイヤーだ。
当時も奇襲、暗殺を得意としており、中でもジョニー·ブラックの使う毒ナイフはSAOの中でも最高ランクに位置するもので、掠りでもすればたちまち動けなくなる。
そのせいで多くのプレイヤーが毒ナイフの餌食となった。
菊岡「現在も逃亡中で警察が全力で捜索しているよ。君達も充分に注意してくれ。
特に拓哉君は彼等に恨まれてるからくれぐれも用心してくれよ?」
拓哉「分かってるよ」
詩乃「あの…新川…恭二君は…どうしてますか?」
詩乃の記憶にはまだあの優しい恭二の姿があった。
狂気を剥き出しにして襲った恭二が本当の姿であって欲しくないと願う詩乃は今、彼がどうしているのか知りたい。
知らなければならない。
菊岡「彼は精神に異常が見られ、今は警察病院に入院しているよ」
詩乃「面会とかは可能なんでしょうか…?」
菊岡「うーん…今は無理だろうね。
でも、面会が出来るようになったら私どもから連絡しましょう」
詩乃「ありがとうございます」
会ってちゃんと話さなければならない。今の私の気持ちを…包み隠さず、全て…。
それが私が新川君に出来る唯一の事だ。
菊岡「それと、新川昌一から拓哉君宛に手紙を預かった。
もちろん、ここで破棄してもいいし、読み上げても構わない。
…どうする?」
拓哉「…」
死銃…新川昌一が拓哉に最後に言った言葉の意味はまだ分からない。
昌一の言うようにこれから先も地獄と呼ばれる出来事が起きるかもしれない。人殺しの罰を…制裁を…オレは受けなきゃいけない時が必ず来る。
それでも、もう心は固まっている。
オレは1人じゃない。仲間達が手を差し伸べ、オレを支えてくれている。
あの世界から繋がり続けたものは今も確かにあると感じる。
それさえあれば、オレはもう…折れる事はないだろう。
拓哉「あぁ…頼む」
2025年12月15日16時40分 東京都銀座 某ビル前
菊岡と別れた拓哉達がビルから出ると、空は茜色に染まり、夕陽がビル群の隙間から輝かしく照れされていた。
和人「これからダイシー·カフェに行くけど…拓哉はどうする?」
拓哉「…悪いけど、オレは行けない。これから人と待ち合わせしてるんだ」
まず先に謝らなければならない人がいる。
仲間に会うのはその後だ。
和人「…そっか。じゃあ、行こうかシノン」
詩乃「え?私も?」
拓哉「お前は行くべきだ。行ってお前がまだ得ていない報酬を受け取ってこい」
詩乃「報…酬?」
意味深な言葉を残して拓哉は和人と詩乃と別れ、横浜へとバイクを走らせていった。
2025年12月15日18時00分 横浜市 展望台跡
冬の日照時間は短く、つい先程まで茜色に染まっていた空は暗闇に塗り潰され、星が散りばめられている。
この展望台跡地から見る星空は子供の頃から何も変わっていないと、白い息を吐き出しながら紺野木綿季は静かに眺めていた。
木綿季「…さむ…」
12月も中旬に入り、日々気温は下がっていく一方で、心はどんどん熱くなっていく。
緊張と期待と少しの不安がそうさせるのか定かではないが、木綿季はここである人物を待っていた。
約束した時間、場所に必ず来ると言った。
だから、この寒さにも耐えていられる。もうすぐ最愛の人がやってくるから。
木綿季「…ん」
拓哉「待たせたな…木綿季…」
木綿季「うん…。すっごく待ったよ…拓哉…」
木綿季の目の前に息を切らした拓哉が現れた。
見た所ここまで走ってきたのが分かると木綿季はクスッと笑みを浮かべた。
拓哉「何が可笑しいんだよ?」
木綿季「ううん。拓哉がちゃんと来てくれて良かったって思っただけだよ?」
拓哉「…そっか。あ、これ…寒いから買ってきた」
そう言って手渡されたのはまだ温かいココアだった。
手袋をしていないかじかんだ木綿季の手を優しく温めてくれる。
木綿季「ありがと…」
備え付けのベンチに腰を下ろし、缶の蓋を開ける。
プシュッと空気が抜ける音を聞いて、一口飲んだ。
甘いココアが口の中に染み渡り、体と心を温めてくれる。
すると、隣でコーヒーを飲んでいる拓哉を見て木綿季は思わず涙が滲んだ。
木綿季(「やっと…帰ってきてくれた…」)
別れを告げられ、木綿季の前から姿を消して約2ヶ月。
その間どこで何をしていたとか、何を思って今まで過ごしてきたのか色々聞きたい事があったが、隣に拓哉がいる…それだけで満たされていくのを感じた。
大好きだから…愛しているから…ずっとそばにいたいから…そう願っているのは木綿季だけではない。
拓哉「…木綿季…」
木綿季「…うん?」
拓哉「…心配かけて悪かったって思ってる。
学校での事も…それからの事も…死銃の事も…木綿季達に迷惑をかけたくないって思ったから1人になったのに、結局みんなに心配かけて…」
木綿季「…うん」
拓哉「死銃と戦ってる時、右手に懐かしくて暖かい感触があったんだ。その感触は…木綿季と手を繋いでる時に似てた」
それは幻想なのではない。確かにあった暖かな感覚。
拓哉「そう思ったら不思議と体が軽くなった気がした。仮想世界だからそんな事ないハズなのに…。
それを感じただけで出来ない事はないって勇気が湧いてきたんだ。
だから…
オレを支えてくれて…ありがとう」
木綿季「拓哉…」
心のどこかで確信していた。
この手の暖かさは木綿季が現実世界でオレの手を握っていてくれていると。
木綿季の想いがオレを立たせてくれた事を。
木綿季の愛情がオレに力を与えてくれた事を。
木綿季「…約束したでしょ?拓哉はボクが支えるって。
だから、どんなに離れていてもそれは変わらない…。ボクの拓哉が大好きな事と同じようにね?」
拓哉「…こんなオレを…愛してくれてありがとう。
これから何度でも言うよ。未来永劫、オレは木綿季を愛してる」
木綿季「ボクも…拓哉を愛してるよ。世界で1番…拓哉だけを愛する」
様々な壁が立ちはだかった。
それは1人では越えられないものも中にはあった。
その度に仲間に支えられ、力を貸してもらって乗り越えてきた。
1人では無理でも2人…3人と仲間の力を借りる事で人は無限の可能性を秘めている。
オレにとってそれが和人や明日奈…そして、恋人である木綿季だ。
大事にしたくて…傷つけたくなくて…壊したくなくて…守る為に距離を置いたオレを木綿季達は追ってきてくれた。
傷ついてもいい…それでも君がいないなんてありえない。
そう願って木綿季達は隣に立ってくれる。
そう考えただけで涙が溢れた。
すっかり泣き虫になってしまったなと思っていると、木綿季が拓哉を優しく抱き締めた。
木綿季「無茶はもうしないで?どうしてもしなきゃいけない時はボクを頼って?
今までもそうしてきたでしょ?
だから、これからだってボクに支えさせてよ?拓哉はボクが支えてあげるから…もう…どこかに行ったりしないでよ…」
拓哉「…」
木綿季の頬を一筋の涙が流れ、その雫が拓哉の頬に落ちていく。
その涙は暖かくて…尊いものであった。
木綿季「ボク…拓哉がいないとダメなんだよ…。拓哉がいなきゃ…生きてく自信がないよぉ…。ずっと…一緒にいてよぉ…」
拓哉「…あぁ、約束する。もう…どこにもいかない。
どんな事があっても…絶対に一人にはしない…。
だから…
オレと結婚してください…」
木綿季「はい…」
空を見上げれば、2人を祝福するかのように流れ星が落ちていった。
いかかだったでしょうか?
この1話に詰め込んだ為、いつもよりも長かったかと思いますが、拓哉と木綿季は婚約を交わし、詩乃は新たな1歩を踏み出しました。
これからも拓哉達の活躍をよろしくお願いします!
評価、感想などお待ちしております!
では、また次回!