ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

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この話からオリジナルストーリーとなります。
分かる人には分かるキャラクターをキーパーソンにしていますので再開したてですがどうか暖かい目で読んでください。


では、どうぞ!


OR 次元戦争編
【85】聖女の願い


 2026年01月06日16時30分 ALO アインクラッド22層 キリトのホーム

 

 妖精郷アルヴヘイムの本日の気温設定は雪。どの領地にも雪が積もり、所によっては雪像を作り、プレイヤー主催でイベントなどを開いていた。

 その上空を飛んでいる浮遊城アインクラッドの中も同様でキリトのホームのテラスには可愛らしい雪兎の人形が並べられていた。

 

 アスナ「シリカちゃん、早く終わらせないと冬休み終わっちゃうよー」

 

 隣で自身の課題に取り組んでいたアスナは課題を開きながらもうとうとと今にも熟睡しそうなシリカの肩を軽く揺さぶった。

 うぅ…と喉を鳴らしながら重い瞼を必死に開こうとしている。

 

 アスナ「ちょっとこの部屋、暖かすぎたかな?」

 

 リーファ「いえ、多分みんなが眠たいのはあれが原因ですよ」

 

 逆隣に座っていたリーファが指さしたのは揺り椅子に揺られながら暖炉のそばで眠っている1人の少年…影妖精族(スプリガン)のキリトだ。

 膝にはシリカのテイムモンスターであるピナとその背中に寝ているユイとストレアの姿も確認できる。

 

 ユウキ「キリトから眠気パラメータでも出てるんじゃない?」

 

 リズベット「ありえるわねー。あれ見てるとこっちまでウトウトしちゃって…」

 

 リーファ「って、リズさん!?自分も寝てるじゃないですかっ!!」

 

 間抜けな声を上げながらも頭が目覚めてないリズベットや既に机に身体を預けてしまっているシリカを見ているとやはりキリトから他プレイヤーに睡眠を誘発させる魔法が出てるんじゃないだろうかとアスナも重くなってきた瞼を懸命に開けながら眠気覚ましの紅茶を淹れ始めた。

 

 ユウキ「ありがとうアスナ」

 

 リズベット「はぁー…暖まるわー…」

 

 アスナ厳選の紅茶で頭を覚醒させながら一旦課題のモニターを消して談笑に耽ける事とした。

 すると、リズベットがアスナに妙な噂話を持ちかけた。

 

 リズベット「そう言えばアスナは()()()の噂って知ってる?」

 

 アスナ「聖女様?ううん、知らないよ。何かのイベントなの?」

 

 リズベット「まぁ知らないのも無理ないわね。この間まで本家の方へ行ってた訳だし」

 

 アスナ「…うん。ホントに大変だったんだよ」

 

 アスナ曰く、本来なら本家でもALOにログインしようと隠し持ってきていたアミュスフィアでダイブを試みたのだが、まさかネットにすら繋がっていなかったのは驚きを隠せなかった。

 今の時代、ネット環境はどの家庭でも整っており、いくら昔の商家の家柄としてもそこに系類する彰三は大手家電メーカー"レクト”の元CEOであるのだから当然本家もその恩恵を受けているものとばかり思っていたアスナはえらく落ち込んだりしたらしい。

 

 アスナ「せっかくアミュスフィア持っていったのに…」

 

 リズベット「あはは…さすがは古くから続く家柄ですこと」

 

 アスナ「それに…」

 

 リズベット「ん?」

 

 アスナ「ううん!何でもないよ。それより聞かせてよ、その聖女様って?」

 

 噂話の内容は、元日の午後3時頃に24層の主街区から少し離れた場所にある巨大な木が聳え立つ離島に金髪を三つ編みに束ね、鎧に身を包んだ女性NPCが突然出現したようだ。

 そのNPCは他のプレイヤーに話しかけられても返答などはせず、数時間おきに大樹にむかって祈りを捧げていたらしい。

 その佇まいと誰もが魅了される美貌を見てプレイヤー達からは"聖女様”と呼ばれるようになり、その噂を聞きつけて今でも多くのプレイヤーが一目見ようと集まっているようだ。

 

 ユウキ「ボク達も見に行ってみたけどすごい美人さんでさ!周りの男性プレイヤーなんて鼻の下伸ばしっぱなしだったんだよ!」

 

 アスナ「へぇ…。そのNPCってクエストとか持ってなかったの?」

 

 シリカ「はい。でも、時々そこにいたプレイヤーに変な事聞いてたんですよ」

 

 アスナ「変な事?」

 

 噂話には続きがあり、その聖女様はそこで誰かを待っているらしいのだ。

 

 _漆黒に身を染めた剣士と銀色になびく勇士をここへ連れてきて下さい

 

 プレイヤー達はその情報が誰を示しているのか見当もつかず、それに似せた装備をすればクエストが進行するではないかと考え、条件に合うように装備を整えて聖女様の前に躍り出たのだが、結果は言わずもがな。

 何度挑戦してもクエストが進行する素振りなど見せず、とうとう今日まで来てしまったのだ。

 

 アスナ「漆黒の剣士に…銀色の勇士…。漆黒の剣士っていうのはすぐに目星はついたんだけど…」

 

 リーファ「お兄…キリト君の事ですよね?でも、やっぱり何も起きなかったですよ?」

 

 ユウキ「もしかしたら、2人揃わないと話が進まないかもしれないね?」

 

 アスナ「うーん…。キリト君もその聖女様が探してる人とは限らないし…」

 

 そんな話で盛り上がっている時に玄関が開き、肩に積もる雪を払いながらタクヤが入ってきた。

 

 タクヤ「うぅ…寒すぎるぞまったく…」

 

 ユウキ「あ!やっと来た!遅いよタクヤー!」

 

 タクヤ「悪い悪い。ちょっと調べ物してたら結構時間食っちまって…。悪いけどアスナ、なんか暖かい飲み物くれねぇか?」

 

 アスナ「すぐ用意するから暖炉の前で待ってて」

 

 アスナに言われるがまま暖炉の前で身を屈め、キリトが寝ている揺り椅子の隣で暖を取る。

 次第にかじかんだ指が温まり始めた。こんな所まで再現しなくてもいいのにと何度目とも分からない疑問を思い浮かべるがすぐ様頭の隅に追いやった。

 

 アスナ「はいどうぞ」

 

 タクヤ「サンキュ」

 

 冷えた身体の中に淹れたての紅茶を流し込みながらやっと一息つけたタクヤはユウキ達が話している内容に興味を示した。

 

 タクヤ「何の話してんだ?」

 

 ユウキ「そういえば、タクヤも知らないんだよね?聖女様の話」

 

 アスナ「タクヤ君はその時いなかったんだ?」

 

 ユウキ「用事があるとか言ってその日はいなかったんだよ」

 

 拓哉「で、その聖女様って?」

 

 先程アスナに話した内容をタクヤにも聞かせ、一緒に考えてみる事にした。

 タクヤもその噂話には疑問しか浮かんでこなかったが、漆黒に身を染めた剣士とはおそらくキリト以外いないだろうと考えている。

 漆黒…つまりは全身を黒の装備で統一しているプレイヤーなどキリト以外に考えられない。と言うのも、キリトが黒以外を着ている姿など片手の指で足りる程しか見てこなかったからだ。

 ここまでくれば黒以外の服なり装備を着せても違和感しかないだろうが。

 それは特に関係ない話なので今回は置いておくとして、そもそもその聖女様とやらが何故特定のプレイヤーを探しているのかも不思議な話だ。

 普通NPCは本当の意味でプレイヤーを識別出来ている訳ではない。

 NPCに割り当てられた役割(ロール)は運営元であるユーミルのスタッフ…GMが決めるのだが、この世界に何百、何千、下手すれば何万といるNPCにプレイヤーを識別出来る機能をつける訳がない。

 言語モジュールを搭載していたニブルヘイムの女神達やアースガルズ神族でさえも例外に漏れない。

 おそらく、ALOで…いや、この仮想世界でトップダウン型の最高峰は今キリトの膝で寝ているユイとストレアだけだろう。

 そんな事を考えていると突然アスナがあー!!…とタクヤを指さしながら立ち上がった。

 

 アスナ「銀色になびくって…タクヤ君の事じゃない!?だって、髪も銀色だし、ナックル武器だって銀色を基調にしてるし!!」

 

 シリカ「確かに…」

 

 リーファ「言われてみれば…」

 

 リズベット「そうかもね…」

 

 タクヤ「え?マジで言ってる?」

 

 さすがにそれは安易すぎやしませんかと突っ込もうとしたが、その前にユウキに邪魔されてその推測がどんどん膨らんでいった。

 結論として明日の15時に聖女の前にタクヤとキリトを連れていこうと決まり、時刻もいい頃合いだったのでそのまま解散という流れなった。

 

 

 

 

 明日奈「ふぅ…」

 

 現実世界へと帰還した瞬間、全身に鳥肌がたった。室内は真冬だというのに暖房も付いておらず、時計に備えられた温度計の数字を見てさらに鳥肌がたつ。

 アミュスフィアで仮想世界へ赴く際、暖房にタイマーを設定していたのを思い出した明日奈はフゥと溜息をついて暖房を入れ直す。

 時刻は18時を少し過ぎている。それに気づいてさらに億劫になりながらクローゼットから上着を取りだし1階のリビングへと下りた。

 

 明日奈「あ、佐田さん。こんばんは」

 

 偶然、今日の業務を終えた家政婦の佐田が玄関にいたので挨拶を交わす。

 佐田は明日奈がまだ小学生の頃からこの家の家政婦として働いてくれている。明日奈が料理好きになったのも佐田が毎日美味しい食事を用意してくれていた事がきっかけだ。

 佐田に時間がある時は一緒に夕食を作ったり、料理のコツなどを教えて貰っているのは余談だ。

 

 佐田「こんばんはお嬢様。既に奥様はテーブルについています」

 

 明日奈「…父さんと兄さんは?」

 

 佐田「旦那様は上客との接待で、浩一郎様は今日は遅くなると連絡がありました」

 

 という事は、今日の夕食は母親である京子と2人きり。心にモヤがかかるのを知りながら佐田に挨拶を済ませてリビングへの扉を開いた。

 

 京子「遅いわよ明日奈。18時前には席に着くように言ってるでしょ」

 

 明日奈「…ごめんなさい。友達と課題をする約束をしてて…」

 

 開口直後、京子からのお叱りを受けた明日奈は波立つ心を抑えながらも謝罪し、席へと着く。佐田が作ってくれた料理は僅かに冷めてしまっていて、心の中で佐田に謝罪しながらフォークを添えた。

 

 京子「またあの機械を使ったの?ちゃんと面を向かってなきゃ会ってるとは言えないわよ」

 

 明日奈「みんな、住んでる場所が離れてるから…仮想世界ならすぐに会えるし…」

 

 京子「それに課題は1人でやるものです。友達と一緒じゃちゃんと身につかないでしょ。そうでなくてもあなたは2年も時間を無駄にしてるのだから他の人の何倍も頑張らなくちゃ…」

 

 また始まったと思う明日奈も少し気に触り、京子に反抗してみる。

 

 明日奈「勉強の方はちゃんとやってるわ。2学期の成績表置いてあったでしょ?」

 

 2学期の成績は全教科最高得点であり、拓哉がいない今なら学年優秀賞すら撮 獲れるハズの成績を残した。

 だが、京子は依然表情を崩さずフォークとナイフを皿に置き、口元を布巾で拭きながら明日奈を睨んだ。

 

 京子「あんな学校の成績は当てにならないわ。母さん知ってるのよ?低レベルのカリキュラム…教師は定年退職者ばかりで碌な功績がない寄せ集めだって」

 

 明日奈「そんな事ないわ!学校の先生はみんな良い人だし、授業だってしっかりしてるわ!」

 

 京子「…とにかく、あなたは結城の娘なのよ?2年も躓いて他の子達は有名な大学に進学してるのにあなたには危機感はないの?

 良い大学、良い会社に就職してキャリアを積めば将来後悔しないで済むの。

 今頑張らないでいつ頑張るの?」

 

 明日奈「キャリアって…それは母さんが勝手に押し付けてるだけじゃない。大学だって2年遅れたぐらいで問題がある訳じゃないわ!

 それに…それを言うなら京都の本家で会った人は何?あの人、もう私と婚約した気で話してたわよ!?」

 

 正月に明日奈は家族で結城の本家へと帰省した。当然親戚一同が集まっており、年頃の近い従兄弟達にも会った。

 表向きは和やかな会話をしていたが、裏では勝ち組から外れた…。結城の面汚し…と、明日奈を卑下していた事は知っている。

 彼らが言う事も間違いではないのであろうが、明日奈からしてみれば大きなお世話だ。

 気づかないフリをしながら本家で過していたが、最終日に京子から会わせたい人がいると個室に呼ばれ、そこに行ってみると京子と同年代の女性と明日奈より少し年上の男性が京子と一緒に笑顔で座っていたのだ。

 誰だったか記憶の中で探すが、挨拶されて初対面である事が分かった。

 そして、話を聞き続けている内に京子の考えが薄らと見え始めたのだ。

 

 明日奈「どういうつもりであの人と会わせたか知らないけど、結婚相手は自分で探すわ!!」

 

 京子「…いいわよ。あなたに相応しい人なら誰でも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、()()()()…私は認めませんからね」

 

 瞬間、目の前が暗闇に飲み込まれる感覚に襲われながら必死に意識を保つ。

 

 明日奈「まさか…調べたの?彼の事…!!」

 

 京子「分かってちょうだい。あんな学校に通ってる子は碌な子じゃないに決まってるわ。

 それに比べて裕也君は良い子よ?少し頼りなさげだけど、地方銀行なら倒産する恐れもないしね」

 

 明日奈「そんな事を聞いてるんじゃない!!なんで彼の事を調べたりしたのよ!?」

 

 京子「もちろんあなたの為よ明日奈。あなたが将来後悔しないように母親である私が道標を置いてあげなくちゃいけないの。

 あなたには結城を継ぐ責任があるんだから」

 

 明日奈「責任…?」

 

 何を言っているのだろう。目の前の母は何を言っているのだろう。

 私が将来後悔しない為?道標を置く?結城を継ぐ責任?

 もうここから出ていきたい気持ちを懸命に堪えながら、明日奈は頭の中を整理する。

 でも、考えをどうまとめてどう伝えても京子には届く事はないだろう。

 京子は自分の為と言っているが、それは偽りだ。明日奈がキャリアを積んだとしてもそれは京子のキャリアに箔をつけるだけに過ぎない。周りの目がなんだというのだ。

 

 明日奈「()()()()があったのに、母さんは懲りてないのね。あの…須郷伸之の時のように…!!」

 

 1年ほど前に起きた"ALO事件”。当時の運営元であったレクトでGM"妖精王オベイロン”として悪質極まりない人体実験を行っていた須郷伸之は昏睡状態であった明日奈と強引に結婚し、レクト…そのバックについている結城家を乗っ取ろうと企てていた。

 部下である古田という男は茅場拓哉の脳を奪取する計画もあったが、タクヤとキリトの手によって彼らの野望は潰えたのだ。

 

 京子「やめてちょうだい!!…第一、あの人を養子にしようと言ったのはお父さんよ。昔から人を見る目がないのよ…あの人は…」

 

 京子自身も須郷に対して好印象は得てないが、そのような事が起きた後でこんなお見合い紛いな手段をとるのは愚策だと言わざるを得ない。

 京子の考えがどこまでいっているか定かではないが、何か納得の行く説明をされても今の明日奈には理解出来ないだろう。

 気分を害した明日奈がリビングを後にしようと扉のノブに手をかけた。

 

 明日奈「…母さんは恥じてるのね。おじいちゃんとおばあちゃんの事…」

 

 京子「.っ!!?明日奈!!!待ちなさい!!!」

 

 呼び止める京子を遮るかのように明日奈はリビングの扉を強く閉めた。

 部屋へと戻ってきた明日奈はそのままベッドに身体を預け、枕に顔をうずくめる。

 ふと、スマホの待受に目を向け、彼の姿をジッと眺めた。

 去年の12月に和人とのデートの際に行った皇居前広場で撮った写真。2人とも笑顔で撮った写真が何故だかとても愛おしく思えてしまう。

 

 明日奈(「私は…現実世界の結城明日奈には何の力もない…。あの世界でだけ私は強くいられた…」)

 

 時々、和人の事を考えていると頭の隅から1つの不安が過ぎる事がある。

 和人…キリトが愛したのは結城明日奈ではなく血盟騎士団副団長の"閃光”のアスナなんじゃないか。

 あの世界は剣1本でどこまでも駆け上がれた。柵などなく、自由に真っ直ぐに前へと歩けた。

 だが、現実世界に帰還して母親とすれ違いの日々を繰り返す中で明日奈は自身の強さと思っていた何かが徐々に崩れていく感覚に襲われる時がある。

 

 

_アスナは強いな。オレなんかよりずっと…

 

 

 キリトに言われた一言。あの世界でキリトを支え続けたアスナに贈られた言葉。

 どんな時でも、何があろうとも心を曲げず、真っ直ぐに進んでいくアスナを見てキリトが晒した本音。

 

 明日奈(「私は…強くなんかないよ…」)

 

 

 今の姿を見て彼はどう思うのだろう。

 軽蔑するのだろうか…がっかりするのだろうか…。失望してしまうのだろうか…。

 彼が認めたアスナは私じゃない。結城明日奈は彼から認められていないんじゃないだろうか…。

 こんな姿を見られたら彼が私から離れていってしまいそうで…それがとても怖い。

 

 

 明日奈(「会いたいよ…。キリト君…」)

 

 明日奈は愛おしい彼が写るスマホを抱えたまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月07日14時45分 ALO アインクラッド24層 主街区

 

 波の音、時には魚が跳ねる水しぶきに耳を傾けながら湖のほとりでアスナは1人心を落ち着かせていた。

 1晩明けてもまだ京子の言葉が頭から離れない。すれ違っていても母の事を信頼していたアスナにとってそれは裏切りにも近いものだった。

 

 

 母が自分の事を心配しているのも分かってはいる。2年間も寝たきりの自分の傍で涙を流していた事も父である彰三から聞かされていたし、兄もそれを知っている。

 だが、それでもやはり昨日の母の言葉は聞き流せない。

 私に生きる意味を与えてくれた彼の事をあんな風に言った母に怒りすら覚えている。彼は母が思っているようなろくでなしなんかじゃない。

 それを分かってもらいたいが母は誰の言葉も聞き入れはしない事も理解していた。

 

 アスナ「…」

 

 どうすればいいのか…何と言葉をかけたら母は揺れ動くのだろう。

 そんな事を考えているとすぐ後ろに着地した黒ずくめの影妖精族(スプリガン)がそっとアスナの肩に手を置いた。

 

 キリト「こんな所にいたのかアスナ。約束の時間に遅れちゃうぞ?」

 

 アスナ「キリト君…」

 

 キリトもアスナの横に腰を下ろし、アスナの横顔に視線を移す。

 

 キリト「…何かあったのか?」

 

 そう問いかけられたアスナは昨日の事を話そうとキリトに向き直り、口を開いた。

 だが、咄嗟に言葉を飲み込みまた湖へと向き直る。

 キリトに相談したらきっと心配して何か対策を練ってくれるハズだ。けれど、キリトに言われるがままそれを実行して果たしてこの件は終息するのだろうか。

 これは自分が終わらせなければいけない事なんじゃないだろうか…と、アスナはなんでもないよとキリトに言った。

 腑に落ちない表情で見つめていたが、アスナがそれ以上口にしないようだったのでキリトからも何も聞かないでおいた。

 

 アスナ「…それより、キリト君とタクヤ君がいけばクエスト始まるのかな?」

 

 キリト「さぁ…どうかな。行ってみない事には分からないけど、何か…胸騒ぎがするんだよな…」

 

 アスナ「胸騒ぎ?」

 

 キリト「ただそう思うってだけなんだけど…まぁ、行けば分かるさ。オレ達もそろそろ行こうぜ?」

 

 約束した時間が迫っているのを確認して2人は主街区から離れた小島まで飛んで行った。リズベット達の話の通り、小島には大勢のプレイヤーで埋め尽くされ、遠目で噂の"聖女様”の姿を確認する。

 噂通り聖女の美貌に見惚れながらキリトとアスナはリズベット達の所へ降り立った。

 

 アスナ「本当にすごい数のプレイヤーだね」

 

 リズベット「でしょ?タクヤもすぐ来るみたいだからここで待ってましょ」

 

 キリト「噂をすれば来たみたいだぞ」

 

 キリトが指さした方へ向くとユウキに連れられながら眠たそうな表情をしたタクヤがやってきた。

 

 ユウキ「おまたせー」

 

 タクヤ「うーす…」

 

 リズベット「新年になっても遅刻はするのね。今年の抱負は遅刻なしにしたら?」

 

 タクヤ「まだ後1分あるし遅刻じゃねぇだろ?ノーカンノーカン」

 

 シリカ「まぁまぁ、それよりみんな揃いましたし行ってみましょう」

 

 プレイヤー達を掻き分けながら半円状にスペースが開けた場所まで歩き、タクヤが聖女に声をかけた。

 

 タクヤ「えっと…アンタの言う2人ってオレとコイツの事か?」

 

 声をかけられ、綺麗編まれた金髪を翻しながら聖女はこちらに顔を向けた。

 

「来ましたね。お待ちしてました」

 

 タクヤ「!!アンタは…!?」

 

 その聖女は去年の暮れ、仲間達と一緒に攻略したスリュムヘイムの最下層…エクスキャリバーが鎮座していた台座の近くにいた女性NPCだった。

 

「貴方達とはこれで2度目になりますね」

 

 タクヤ「やっぱり、あの時いたのはアンタだったのか?」

 

 ユウキ「えっ?えっ?どういう事?」

 

 リーファ「知り合いなんですか?」

 

 タクヤ「いや、スリュムヘイムで会っただろ?」

 

 シリカ「記憶にないですけど…いましたリズさん?」

 

 リズベット「私も覚えてないけど…」

 

 キリト「オレも見たぞ?」

 

 話が噛み合わない彼女らにタクヤも困惑していたが、その謎を聖女が説明し始めた。

 

「あの時、私の事を認識出来ていたのは貴方達2人だけです。そうなるように私が認識阻害の術をかけていたのです」

 

 ユウキ「どうしてそんなことを?」

 

「ここでは他の方の目がありますので少し場所を移動しましょう」

 

 すると、聖女の手が光り始め、それは次第にタクヤ達を囲むように円を描き始めた。

 

 アスナ「これは…!?」

 

「安心してください。ここから離れるだけですのでその場から動かないでくださいね」

 

 輝きが強くなっていくのを不安に感じながら、タクヤ達は聖女と共に小島から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月07日15時15分 ALO 風妖精族(シルフ)領常夏フィールド

 

 円状の光の輝きが消え、気づけばタクヤ達はアインクラッドから風妖精族(シルフ)領の最南端の常夏フィールドに瞬間移動していた。

 

 リズベット「ど、どうなってんの!?」

 

 シリカ「ここって前に来たビーチですよね?」

 

 かつて、ユイとストレアの為に巨大なクジラを見せる為にこのビーチへと来た事がある。

 真冬だと言うのにサンサンと降り注ぐ太陽が肌をジリジリ焼かれている感覚を味わいながらもタクヤ達は聖女に視線を戻した。

 

「ここなら誰の目にも止まりませんし、目的地まで目と鼻の先なので安全です」

 

 キリト「目的地…って、ここからまた別の場所へ向かうのか?」

 

 だったら最初からそこにワープすればいいんじゃないかと口を挟みそうになるのを堪え、引き続き聖女の言葉に耳を傾ける。

 

「しかし、まずは貴方達の疑問に答えてからにしましょう。先程も言ったようにスリュムヘイムではタクヤさんとキリトさんだけ認識出来るように術をかけていました。正確には()()()()()()()()()()()()()()にだけ私を認識出来るのです」

 

 ユウキ「どういう事?」

 

「ここからさらに南に海底神殿があるのは知っていますね?」

 

 リーファ「ま、まさか…また海の中に…」

 

「いいえ。その海底神殿をさらに南下した場所が目的地です」

 

 リズベット「ちょっと待って。海底神殿より南に行くったってそこがワールドマップの限界でしょ?」

 

 リズベットの言う通り、海底神殿がある場所はワールドマップの隅に置かれており、そこから南へは進入禁止のチップスが張り巡らされいる。

 昔のテレビゲームだとワールドマップの端を超えると逆側の端にワープするが、それはマップが全て繋がっているからだ。

 だが、フルダイブ型MMORPGでは空と大地にそれぞれ進入制限を施しており、ショートカットなどの手段は絶たれてしまっている。

 不可能な事を言っている聖女に疑惑の目を向けるが、表情を崩さずに話を続けた。

 

「たしかに、妖精郷アルヴヘイムはあの海底神殿までが領海に位置しています。ですが、それは()()()()()()()()()()()です」

 

 タクヤ「…つまり、アルヴヘイムの外側があるって言いたいのか?誰も踏破していない未知のフィールドが…」

 

「「!!?」」

 

 聖女は黙ったまま首を縦に振りタクヤの意見を肯定する。

 確かに想像した事はないと言えば嘘になるが、ワールドマップの外側があるとはどんなプレイヤーだって思いつきはしないだろう。

 仮にそれが実在するとすれば、運営がその事実を今の今まで隠す訳がないし、まだ開発途中という事だってありえる。

 この聖女は型破りにもGMが開示していない情報を知っているという事になる。それがまだ虚言であるかもしれないと疑い続けるタクヤ達に聖女は言った。

 

「未実装という訳ではありません。フィールド自体は存在しますが、そこにはまだ何もないのです。街もNPCも…もちろんクエストの類もありません」

 

 キリト「何でそんな事が分かるんだ?君はただのNPCではないんだろうけど、それこそGMって訳でもないんだろ?」

 

 タクヤ「…アンタは一体何者なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ「私は裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルク。貴方達にこの世界を救っていただきたいのです」

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
聖女の正体は大人気ゲームから参戦したジャンヌ・ダルクでした!
このストーリーにのみ登場させるキャラクターでタグにはクロスオーバーを追加しております。
ただ、役割的にはあちらのジャンヌとは違うのでご理解ください。
まだまだ不安定な更新ですが、これからも頑張っていきますのでよろしくお願い致します。


では、また次回!

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