虚無とギアス   作:ドカン

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少女時代の終焉

 

「ワルド様にプロポーズされたの。明日、ウェールズ様に式を挙げてもらおうって」

「……そうか。で、どうするんだ」

「正直、迷ってるわ」

 ワルドがある種の野心をもって自分を欲しているというのは、おさないルイズにもわかった。そのことについては別にいいと思う。貴族として生まれた以上、ただの色恋だけで結婚ができるとは思っていない。

 ルイズには、ウェールズや王党派の貴族たち、それにワルドの生き方がとてもまぶしく見えた。自らの信念をもって、何事も迷わない生き方。

「ワルド様は言っていたわよね。近しい人がいるから、国や世界のことを考えられるって」

「ああ、そうだな」

「だったら、わたしも結婚して、家庭や、まだ早いかもしれないけど、子供をもてば、あの人たちみたいに生きられるのかしら。迷わず、まっすぐに」

 未熟。敗北を前にしてなお誇り高い本物の貴族を前に、今の自分はあまりにも稚拙。少しばかり物事を経験して、内心ではずいぶんと世界を知ったつもりになっていたルイズには大きな衝撃だった。

 その事実を前に、ルイズの胸中に溢れかえったのは焦燥だった。彼らを前に戸惑うしかできない惰弱で幼稚な自分の心が許せない。もっと、もっと学ばなければならない。今の自分では、姫様の力になることも、自分に従ってくれる人たちに報いることもできない。

 迷いを断ち切る刃のような信念が欲しい、決断を下せる黄金の価値観が欲しい、何があっても曇ることのない水晶のような誇りが、欲しい。どんなことをしても。奪ってでも。

 ワルドと結婚すれば、彼の根幹となっているモノを自分の一部とすることができるのだろうか。

 焦りは胸の中で自分への怒りへと代わり、腹の中で煮詰まった怒りはどん欲な願望に変貌していた。

「そう気負うな」

「だって、歯がゆいのよ。……自分がこうありたいと思う理想像を見たのに、それに戸惑うしかできなかったなんて」

 ルルーシュは小さく笑うと、グラスに水を注いでくれた。水はとても冷たく、もやもやとした胸のつかえを洗い流してくれるようだった。

「お前には、彼らが何も迷わないで生きているように見えるかもしれないが、それは違う」

「頭の中では、迷っているけど顔には見せないってこと?」

「それもあるだろうが、もっと根幹の部分の問題だ。彼らにはそもそも、選択肢はもう存在しないんだ。逃げることも、降伏することも、最初から彼らは選ぶことが出来ない。やろうと思えば簡単だ。だが、歴史が、誇りが、過去が、信念が。彼らのこれまでの人生すべてが邪魔をする」

「……わたしは若いから、まだ選択を邪魔するモノが少ないのね。だから、迷うことができるのね」

 たしかに、ルイズは間違ってはいなかった。家庭や家族をもてば、ルイズは迷わず信念をもって歩けるようになったかもしれない。それは裏を返せば、選択肢が少なくなるということだ。家族がいなければ選べていた道も、選べなくなるのだ。

「迷いというのは、若者の特権だ。長く生きれば、それだけ心を縛るモノも増えてくる。それをなんと呼ぶかは本人次第だがな」

 シエスタの顔が浮かんだ。彼女は弟妹のためにモット伯の妾となる道を選んだ。彼女にとって、その選択は当然のものだったのだろう。

 不老不死だというこの使い魔は、ルイズの何倍もの時間を生きてきた。澱のように積み重なった時間が、彼の今の生き方を形作ったのだろう。きっと、ルルーシュがここでルイズの使い魔をしてくれているのも、彼の信念に従った結果なのだろう 。

「傲慢かもしれないけど、わたしはそれを誇りと呼びたい」

「……それで、ワルドとの結婚はどうするんだ」

「断るわ」

 大切なモノのためだから、迷わず決断が出来るのだ。迷わないために結婚をしようなどと、順序がめちゃくちゃだ。それではきっと、自分の求める信念は手に入らないし、ワルドにだって失礼だ。

「ワルド様とはもっとちゃんと向き合いたいの。わたしがもっと大人になって、対等の立場で」

「ワルドもかわいそうに。お互いに支え合って成長していくのも夫婦だと思うがな」

「女の子だもの。結婚には夢を見ちゃうわよ」

 きっと、ワルドも分かってくれるだろう。いや、もしかすると、ルルーシュと同じように、自分に何かを伝えるために言ってくれたのかもしれない。打算ももちろんあっただろうが、ルイズのためを思って結婚を申し込んでくれたことには違いないのだ。

 

 

 

 血塗られた礼拝堂に、戦火の声が遠く聞こえていた。流血の主であるウェールズはすでにこと切れており苦悶の表情のまま天蓋をにらんでいる。

 ルイズはワルドの腕の中にとらえられていた。昨日までは頼もしく感じていたたくましい腕が、今はとてもおぞましい。ワルドは逆の腕で杖をルルーシュへと向けていた。ウェールズを殺した杖を。

「さあ、ルルーシュ君。僕と一緒に来て貰おう。レコンキスタは、君という才能を歓迎するだろう」

「興味がないんだがな。革命ごっこにも、貴様が求める聖地とやらにも。ワルド、野望を抱く者なら、もう少し話術もたしなんでおくことだ。腕力にものを言わせるだけでは、男の底が知れよう」

「ハッハッハッ、君のような老獪な人間と比べないでくれ。それに、僕はメイジなのだ。魔法以外の何で自分を語れようか!」

 淡々と語るルルーシュに比べ、ワルドは激しく気分が高ぶっているようだった。そんなワルドを、ルイズは哀しく想った。

 彼は、家族や友がいるから、国家というものが考えられると言った。その言葉に嘘は無かったのだろう。なぜなら、彼の家族は全て他界しているのだ。愛する家族もなく、たった一人でスクエアメイジにまで上り詰めた彼は、国家に対して帰属意識が持てなかったのだ。優れたメイジだからこそ、一人で何でも出来てしまったからこそ、絆の価値が見いだせなかったのだろう。家族もなく、国家もない彼が選んだのは、聖地という宗教だった。

 ルイズは、ゼロである。魔法の才能に恵まれなかったゼロのルイズだ。だがそのおかげで、絆のすばらしさを知った。ルルーシュたちと一緒に作ったガラスやせっけんも、それを教えてくれた。一人一人は取るに足らない食い詰め者のドットメイジたちが、力を合わせることでトリスタニアのガラス窓に変革を起こした。だからルイズは、絆を信じる。一人ではできないことが、みんななら出来ると知っているから。

 ルイズとワルドの道は、十年の間にこんなにも離れてしまった。憧れ続けていたワルドの心は、実はがらんどうだったのだ。

「ワルド……哀れな人」

「僕を、哀れむのか。ルイズ。君が」

 寂しげな声でワルドはつぶやくと、ルルーシュに向けていた杖を高く掲げ、礼拝堂の天井を魔法で吹き飛ばした。がれきや粉塵の向こう、魔法であけられた大穴から、一匹のグリフォンが飛び込んできた。ワルドはルイズを抱えたままそれに飛び乗る。

「さあ、ルルーシュ君! 僕と一緒に来るか、この城と運命をともにするか、二つに一つだ、選びたまえ!」

「……いいだろう。ルイズには手を出すなよ」

 そう言って、ルルーシュはグリフォンへと向かっていった。大きめの馬くらいの大きさの幻獣は、ルルーシュが乗ってもまだ余裕があった。

 このままレコンキスタに連れて行かれるわけにはいかない。ルイズは焦った。だが、ルルーシュではワルドを止めることはできない。持っていたとしても相手にならなかっただろうが、杖は取り上げられてしまった。しっかりと抱き留められているために、ワルドの顔が見えず、ギアスを使うこともできない。

 じたばたともがいているうちに、グリフォンは飛び立ってしまった。粉塵を抜け空にでると、ニューカッスルの全域がよく見渡せた。長い歴史を誇る城が、レコンキスタの軍勢によって徹底的に蹂躙されている。

 昨日の夜会で合ったメイジたちが、雄々しくも儚く散っていくのが見えた。数で劣る王党派は、一人一人は勇敢に戦うものの、尽きることない軍勢に一人また一人と討ち取られていった。貴族が討ち取られると、兵卒がわっと群がって衣服や金品を奪っていった。その様はまさに死体に群がるウジのようだった。

 ルイズは戦場の様子に目が離せなくなった。別のところに目を向けると、城の崩れた部分から、大勢の貴婦人たちが寄り添い合うように横たわっているのが見えた。直感的に、敵の慰みものになるくらいならと、彼女たちが自ら命を絶ったのだと分かった。それが彼女たちなりの誇りの守り方だったのだろう。しかし、戦火はそれすらも貪欲に貪り尽くす。兵卒たちはわれ先にと死体に群がり、きらびやかなドレスや宝飾品などを奪っていった。あろうことか、すでにこときれている死体すらも陵辱する者すらいた。誇り高く死んだ彼女たちに、代わる代わるまたがり腰を振るけだものたち。

「あ……ああ……ああああ」

 これが彼らが望んだ死に様なのか。自分が憧れていた、誇りという生き方の終着点なのか。禽獣のごとき者どもに食らい尽くされることが。塵芥のように踏みにじられることが。

「あああああああああああああああっ!」

 絶叫。喉が裂けんばかりにルイズは叫んだ。目撃した光景が精神の許容量をパンクし、獣のように叫び声を上げた。

「ルイズ、見るな! もういい、見なくて良いんだ!」

 ルルーシュが何か言っているのが聞こえる。でも理解できない。頭に入ってこない。瞳は皿のように見開かれ戦場の光景を凝視し続ける。血を、嘆きを、殺戮を。

「フハハ、ハハハハッ、ハァッハハハハハ!。どうだい、ルイズ。これが戦場だよ。君の信じている誇りや絆なんて、ここでは何の意味もない。いかに美しく美辞麗句を並び立てたところで、結局はこうなる運命なのだ!」

 ワルドはルイズに見せつけるように、グリフォンを飛ばせた。

 大砲や大規模な攻撃魔法で何人もの人間が跡形もなく吹き飛んだ。土と岩と血と骨と肉がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。食べ残しのシチューみたいだと、ルイズはぼんやりと思った。

 戦場をわずかに離れると、休憩中の兵士達が敵の死体を玩具に遊んでいた。木に縛り付け弓矢の的にしている者たち。切り落とした首を蹴り回している者たち。死という要素さえ無ければ、学院での光景と変わらない。変わらないからこそ、醜悪なものに映る。

 近場の集落が見えた。建物が焼かれ、黒煙がいくつも上がっている。指揮官らしき者の支持で倉や家から食料が運び出されている。村の中央にはくすぶった黒い小山があった。よく見ればそれは人間の死体の山だった。村人が一カ所に集められ、魔法で一気に焼き殺されたのだ。風にのって、上空まで人間の焼ける匂いが漂っていた。少し外れたところでは女性達が代わる代わる暴行を受けていた。ルイズよりも十は年下に見える女児も組み伏せられ泣き叫んでいる。人間の全てが貪り尽くされている光景がそこにあった。

 そんな村は一つでは無かった。食べかすのようになった村がいくつもあった。

 集落を襲っているような兵達は他の隊とは少し毛色が違った。ああ、きっとあれは傭兵なのだ。これは内戦なのだから、将来的に自分たちの領地になる場所をああもおおっぴらに焼くはずがない。あれをやっているのは、戦争が終わったらあとは関係のない傭兵が主なのだろう。壊れかけたルイズの頭は、なぜか一部で冷静にそんなことを考えていた。

 ワルドは戦火から離れた場所に泉を見つけると、グリフォンを降下させた。ルイズは転がり落ちるようにグリフォンから飛び降り、その場で嗚咽混じりの吐瀉を何度も繰り返した。

 ルイズが胃液すらも吐きつくすと、ルルーシュが涙と鼻水と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった顔をふこうとした。その手にルイズはすがりつく。胸に顔を埋め、赤子のようにむせび泣いた。ルルーシュは涙や吐瀉物に汚れるのも構わず、ルイズをそっと抱きしめていた。

 

 目が覚めると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 ルイズはまず激しい喉の痛みに襲われた。戦場で声が枯れるのにも構わず絶叫し続けた上、胃液をなんども吐いたからだろう。声を出そうとすると、かすれた隙間風のような音がした。

「ルイズ、目が覚めたか」

 なんとか身体を起こして声の方を向いた。たき火が起こしてあり、ルルーシュが天幕の準備をしていたようだった。相変わらず力仕事は苦手なようでかなり不格好なものだった。こんなときなのにも関わらず、思わず笑みがこぼれた。

「飲め」

 差し出された水筒に口を付ける。渇いた身体は砂のように水を吸収していった。冷たい水は傷んだ喉にしみたが、構わずに飲み続けた。水筒の中身を全て飲み干しても、まだ足りなかった。

 喉を潤して一息つくと、さっきの光景が脳裏に蘇ってきた。全て吐きだしてしまったせいか、もう取り乱すようなことはないが、胸の奥で何かがざわめくのは止めることができなかった。

「起きたのかい。僕のルイズ」

 優越感に満ちた声がルイズの耳朶に響いた。

「ワルド……!」

 林の中からワルドが現れた。手には大きなウサギを二羽ほどぶら下げていた。

「近場の村でなにかないかと思ったんだがね。甘かった。どこも荒し尽くされたあとだった。ワインが二本しか残っていなかった。この闇の中でウサギ狩りはなかなか苦労したよ」

 二人が黙っていると、ワルドはウサギの血を抜き、皮をはいでウサギを解体していった。

 ルイズは動物を狩るのはよく見たことがあったが、こうやって、動物を食べ物にするのは目にする機会がなかった。生々しい血肉に、思わず顔を背けたくなるが、ワルドにそういうところを見られるのがしゃくだったので、じっと目をそらさずにいた。

「ふふふ。まだまだちいさな君には、戦場は刺激が強かったかな。君が夢見ていたものは、本質を覆い隠すために塗りたくられた上っ面にすぎないんだよ」

 ウサギの内臓を取り出しながら、ワルドが言う。

 本質? 本質。そう、あれこそが、『力』の本質である。強者の前に全てがひれ伏す絶対的な論理。誰にも否定できない真実。弱肉強食という、当たり前の摂理。

 さっき見てきたままだ。王党派は貴族派に暴力で敗北し、骨の一片までも食い尽くされた。黒煙の下にはすべからく惨たらしい光景が広がっていた。ルイズは泣き叫んでゲロをまき散らすくらいうろたえた。

 確かに、ワルドの言うとおりかもしれない。自分は誇りや忠誠といった美しいものばかり見て、その裏側にあるものに気づいていなかったのかもしれない。

 今、目の前で解体されているウサギだってそうだ。ふだんは、皿にのったおいしそうな料理という形でしか見ていないが、ウサギが料理になるまでには、こうやって皮をはいで内臓を取り出さなければいけないのだ。ルイズが毎日食べていた肉はすべて、こうやって処理されていたのだ。

 力とは、暴力に限らない。ルイズがふるってきた金の力も、同じく力の論理によって支えられている。安価なガラスにうろたえて居たガラスメイジたちは、ルイズのことを伝統を解さぬ不逞の輩だと語っているのだろう。

 きっと、王党派が貴族派を語るように。

 

 バチバチと、ウサギの脂がたき火に落ちて弾けていた。

「明日にはレコンキスタと合流できるだろう。なに、二人とも心配しなくてもいい。僕はクロムウェル閣下から重用されているからね。待遇については約束するよ」

 話しているのはワルドばかりだった。ルルーシュはたまに相づちを打つくらいで、ルイズは黙って焼け石で温めたワインを傾けている。

 ワルドは、ルイズがもう完全に意志が折れているものと考えているようだった。ルイズが唯々諾々と自分に従うのが当たり前であるかのように振る舞っている。

 ルイズ自身はずっと黙ってなにかを考え込んでいるようだった。これからどうするつもりなのか、ルイズの意見を聞かないことには動きようがない。

 ルルーシュ個人としては、トリステインという国にはさほど固執していない。この革命が歴史の流れだとすれば、変革もまたやむなしと考えている。この世界に生まれた者がそう望むのなら、それが時代の選択である。トリステインを裏切っていたワルドにもルルーシュは別に怒りはない。母国を恨み刃を向けることなど、ありふれたことだ。ルイズに戦場を見せつけたのも、夢見がちな子供の価値観を破壊して、自分のいいように扱おうという考えなのだろう。まあ理解できる。ルルーシュは、ルイズがあれくらいでは折れない心の持ち主だと思っているが、さすがにすぐに立ち直れるかどうかは怪しい。

 とにかくルイズだ。トリステインを守るにしろここから逃げ出すにしろ、ルイズが黙ってワインを飲んでいるのではどうしようもない。

「そろそろ焼けたようだ。ルルーシュ君、新しいワインをあけてくれるかい」

「……ああ。しかし、意外だな。こんな細かい生活力があるとは」

「僕はたたき上げの軍人だからね、こういったことも覚えるさ。味は保証できないがね。さあ、ルルーシュ君、ルイズ。遠慮せずに食べてくれ」

 焼けたばかりのウサギの肉が差し出される。ルルーシュはそれを二つ受け取り、片方をルイズに差し出した。さっきまで火にあぶられていた串がじわりと熱を伝えてくる。

 ルイズは、しばらくウサギの肉を眺めていた。

「食べたくないなら無理をしなくてもいいぞ」

 そう言ったとき、ルイズはかすかに笑った。ルルーシュがその笑みの意味をつかみかねていると、ルイズは奪うように串をとって、大きくかぶりついた。両手で串を持って、普段のルイズからは考えられないくらい大胆に食べていった。

 あっけにとられて二人が見ていると、食べ終わったルイズが言った。

「ワルド様、最後におたずねします。レコンキスタに与したのは何故ですか?」

 食べ終わった串を放り捨て、口元についた脂をぬぐう。

「言っただろう、聖地だ。他の何もいらない。僕は聖地を、この世界の全てを見てみたいんだ」

「そのために、戦争を起こすの? アルビオンだけでなく、トリステインにもあんな光景が広がってもいいと仰るの? 貴方が過ごしたふるさとも、ともに競い合った友人たちも、すべて焼くと」

「そうだ。聖地と比べれば、取るに足らないものだ」

 ワルドは淡々と答えた。ルルーシュは口を挟まずに、ただ二人のやりとりを見守っていた。

「……分かりました」

「何が分かったと言うんだい、ルイズ」

「貴方の弱さがです。ワルド様」

 ルイズはワルドの目をまっすぐに見た。

「わたしは貴方に憧れていました」

「……ああ、知っている」

「強い信念の持ち主なのだと思っていました。スクエアの位階も、魔法衛士隊の隊長も、才能だけでなれるものではありません」

「確かに、色々あったよ。僕にも」

「そんな貴方がトリステインではなく、聖地を選んだのなら、哀しいけれど仕方のないことだと思いました」

 ルイズの心が全く折れていなかったと、ワルドはすでに理解しているようだった。むしろ、戦場を見たことでより強く鍛えられてしまったと。

「でも、違ったわ! 貴方は選んだんじゃない、他の全てを捨てたのよ! いくら強くたって、心の中はからっぽだから、聖地なんていうあやふやなものすがるんだわ」

 決裂が浮き彫りになる。ワルドは肉の刺さった串を置き、杖を抜いて立ち上がった。

「まったくその通りだ。それでルイズ。君は今からどうしようというんだ。いくら誇り高く振る舞ったところで、あの皇子と同じ、惨めな死に方をするだけだ。それとも、この場で、何の価値もない、うすっぺらな誇りを守って死ぬつもりかい」

「……貴方の言うとおりよ、誇りや倫理なんていう薄っぺらな皮の下には、醜い真実があるわ。でも、それがなに? 薄っぺらならもっと厚く、もっと強く、もっと堅く! 誇りを持てばいいだけの話よ」

 一瞬、ルイズはルルーシュに視線を向けた。

「誇りや絆がウソだというなら、わたしはそれを、世界中の人々が信じる、絶対にばれないウソにしてみせるわ」

「ふはははははは! ルイズ。立ち直ったのかと思ったが、どうやら頭がおかしくなってしまったようだね。さっきから言っているだろう。僕から逃げなくては、そんなウソもつけないんだ。ルルーシュ君が何かマジック・アイテムでも隠し持っているのかい? 君の使い魔がいくら伝説のミョズニトニルンとはいえ、この閃光よりも速く動けるものかな」

 ワルドは杖を掲げた。いくつかの呪文とともに、見えない刃がルイズを襲った。ルイズのマントがずたずたに切り裂かれ、数本の髪がはらりと落ちた。それでも、ルイズは微動だにせずワルドを見据えていた。

 ルルーシュはマジックアイテムなど持っていなかった。もちろん、体力でこの男に勝てるはずもない。ルイズはまともに魔法が使えないし、それ以前に杖も奪われている。一見して、二人がワルドから逃げる手段など皆無に見えた。

「いいえ、ワルド。わたしは逃げないし、貴方を殺す気もないわ。むしろ与えてあげる。信念も何もない、空っぽな貴方に絶対的な価値観を。それに従う幸福を」

「……何を言っている?」

 羽ばたく鳥のような紋章が、ルイズの左目に浮かぶ。それは呪いを運ぶ凶鳥。ヒトの精神をねじ曲げる、王の力。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが命じる……」

 目の前の少女のただならぬ様子に、歴戦の経験が何かを感じとったのか、ワルドは杖をルイズへと向けた。だが、呪文の詠唱は間に合わない。

「全力でわたしを信仰しなさい!」

 少女の絶対遵守の力が男の精神を陵辱する。心を、価値観を、これまでの人生をねじ曲げる。

「お、おお……」

 ワルドは杖を取り落とし、その場にひざまずいた。瞳からは滂沱の涙があふれ出ていた。まるで、聖地にたどり着いた巡礼者のように満ち足りた表情だった。母と再会した迷い子のように安らかな瞳だった。

「ルイズ、君が。君こそが僕の聖地だ。君のためならなんでもしよう。君の命じることなら、なんでもしたがおう。それが、僕の喜びなのだから」

「……それじゃあまず、最初の命令よ。ワルド。早急にレコンキスタの長と会えるように取りはからいなさい。わたしたちだけでね」

「御意!」

 ワルドはグリフォンを呼びつけ、瞬く間に夜空へと消えていった。ルイズの命令を実現させるために根回しに行ったのだろう。ギアスによって縛られたあの男は、永遠にルイズの奴隷だ。

「……どうするつもりだ。ルイズ」

 ルルーシュが問うた。ルイズは、口元を酷薄な笑みに歪め、こういった。

 

「決まっているわ。レコンキスタを、ぶっこわす!」

 

 

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