「よし、俺達は少し前からの知り合いだからタメで喋ってるってことにしよう!」
学院にのんびりと向かいながらグレンはそう言った。
「たしかに生徒と教師がタメで喋ってるのは普通おかしいだろうからな」
「ナイスアイデアだろ?流石に俺もお前を他のガキ共と同じ生徒としては見れないしお前も俺に敬語とか面倒だろうし」
「そうでもないですよ、グレン先生?」
俺は若干声を高く、明るくを意識してそう呼ぶ。
「......頼む、『人斬り』が生徒の格好で敬語で話しかけてくるとか暗殺でもされそうになってるようにしか思えなくて心臓に悪い」
グレンは割と冗談抜きな様子で顔を青ざめさせながら両手を合わせて頭まで下げてきた。
傍から見れば教師が生徒に頭下げて何かをお願いしている状況である。もし、誰かがこれを見かけたら生徒に何か弱みでも握られているとでも予想するだろう。
まぁ実際そのようなものだが。
「それでいいけどな、殺し合うような仲の知り合いとかもう意味分からんな」
「自分で言っといてあれだが物騒すぎるわな」
「そうだ、今の話に関係はないが一応これを渡しておこう」
そう言って俺は懐から半割りの宝石を取り出し、グレンに投げた。
「なんだよっと......通信用の魔導器?」
「あぁ、俺達は経歴が経歴だ。どんな面倒事に巻き込まれてもおかしくない。なら、何かあった時に連絡ぐらいは取れた方がいいだろ?」
「たしかにな。ならありがたく貰っとくぜ」
「あぁ、そうしてくれ」
「ということは......ひとまずお前は味方って考えていいんだな?」
グレンが魔導器を懐にしまいながら先程の楽な雰囲気が嘘のような真剣な表情を浮かべ、俺に聞いてきた。
「ま、さっきも言った通り邪魔にならない限り敵ではないと言ったが......邪魔にならない限り味方、と訂正してもいいだろ」
「それはどういう心境の変化で?」
「こうしてお前と武器を下げて、立場も捨てて話してみたら案外面白かったから......だろうな」
*****
俺は今、教室の扉の前で待機している。グレンが転入生として俺を呼んだら入る手筈だ。
手筈なのだが......なかなか呼ばれない。
聞き耳を立てると、どうやら遅刻した件について生徒に問い詰められているらしい。
まぁこの学院に通うような奴は大体文句言うだろうな。
ちなみに、学院長へ挨拶をしに行った時は道に迷った俺が手を煩わせてしまった為、遅刻したということにして説明した。
「おーい、ムラクモ入ってこーい」
その後もしばらく待機していると漸く呼ばれた。
やっとかという思いでため息を1つ吐いてから俺は扉を開け、教室に入り、教卓に向かった。
「えー、こいつが今日からお前らのクラスメイトになる。ムラクモ、なんか適当に自己紹介」
グレンはめんどくさそうに俺に投げた。
俺はグレンを見てため息をもう1つ吐いてから教室全体を見渡し、自己紹介を始めた。
「今日からお世話になる、ムラクモ=シラヌイです。この非常勤講師のグレンとは少し前からの知り合いで、タメで喋る光景を皆様も目にすることになると思いますが、気にしないでいただけると助かります。」
グレンと知り合いと言った瞬間、クラスの奴らの興味の視線が疑惑の視線へと変わった。グレン、お前は一体何をしでかしたんだ。
遅刻か。
いや、遅刻だけでここまでなるのだろうか。
ひとまずここは俺への視線だけでもなんとかしたい。そう考えた俺はコホン、と咳払いをし、言葉を続けた。
「えー、グレンとの知り合いということで皆様は俺のことも警戒しているようですが、そこだけは弁解させていただきたい。俺はこいつと違ってある程度の常識は弁えているつもりです。もちろん、言葉だけでは信じられないとは思いますので、これからの態度で判断していただきたい」
「おい待てお前自分だけいい子ぶってんじゃねえよ」
俺が喋り終わると、予想通りグレンが突っかかってきた。
「お前が何をやらかしたのかは知らんが俺まで最初から悪い印象持たれてたまるか」
「なんだとてめえ!?あーいいよ、もう怒った。お前の席なんて1番前で真ん中の机にしてやる!先生の真ん前だ!どうだ!参ったか!」
「子供かお前は......」
この男、本当にあの魔術師殺しと呼ばれた『愚者』なのだろうか。段々不安になってきた。
「というか1番前、空いてないだろ」
「いいや、座れるね!そこの白髪と金髪!席詰めろ!」
「そんな横暴な!」
グレンが1番前の真ん中の席に座っている白髪と金髪の2人の女子に無茶を言うと、白髪の子が反論してきた。まぁ当たり前だろう。俺があそこに入ったら確実に狭い。しかも俺は男だ。せっかく女子2人で仲良くやっていた所に俺みたいなのが入ってきたら不快だろう。
「はいはい、転入生が困ってるよー座れないよー早く詰めましょうねー」
そんなことを考えている間にもグレンは俺を真ん前に座らせようと話を進める。
「ちょっと!ルミアも黙ってないでなんとか言ってよ!」
白髪の子が金髪の、ルミアと呼ばれた子に助けを求めると、ルミアは少し考えた素振りを見せてからこう言った。
「うーん、でも転入生の人とお喋りしてみたいし、私はいいと思うよ?」
「そ、そんな......ルミア......貴女はあの男の言うことを聞くの!?」
「落ち着いてよシスティ!?」
銀髪の、システィと呼ばれた子はまるで裏切られたという風に取り乱した。
というか流石にそこまで嫌がられると俺としても心にくるものが無くもない。
「ほらシスティ、もっと詰めて詰めて」
ルミアさんはそう言って1人座れる程度のスペースを空ける。どうやら俺が真ん前に座るってことで話が進んでいるらしい。
「グレン、女性2人に席を詰めてもらうだけでも失礼だがまず、椅子が無くて座れんぞ。やはり俺は後ろの空いてるスペースで立ち見でもしているのが1番だろう」
そう言って俺は後ろの空いてるスペースへ向かおうとすると、待ってました言わんばかりにグレンがそれを止めてきた。
「そう言うと思ったぜムラクモ、そんなお前にこいつをやろう!」
グレンはドヤ顔で椅子をどこからともなく取り出した。いや、本当にどこから取り出したそれ。
「......仕方ない。すまないが、ここ、座ってもいいか?」
俺はグレンから椅子を受け取り、金髪と白髪の2人に声をかける。
すると、金髪の子は快く、白髪の子は渋々といった様子でこう答えた。
「ルミア=ティンジェルです。よろしくね、ムラクモ君!」
この金髪の子......どことなくあの時助けた子に似てるな......まぁ他人の空似ってやつだろう。
「システィーナ=フィーベルよ。貴方があの講師と違うかどうかはこれからしっかり見定めさせてもらうわ」
「あぁ、そうしてくれ」
少し狭いがまぁ、仕方ないだろう。というよりも男子達からの目線が痛い。文句ならグレンに言ってもらいたいものだ。
そして、俺が席に着くと、グレンは授業を始めた。
「1限目は魔術基礎理論Ⅱか......あふ」
......あくびをかみ殺しながら。
*****
現在12時過ぎ、昼休みだ。
俺はグレンと食堂へと向かっていた。
ちなみに、グレンの授業は予想通り酷いものだった。清々しいまでのやる気のなさを最大限に発揮した授業は見事に生徒達からの不満を買っていた。
そして、その後の錬金術の授業は担当する講師がいないという理由で中止になった。
何事かと思った俺が昼休みにグレンと魔導器で連絡を取ると、全身引っかき傷と痣だらけで衣服がズタボロになったグレンが現れ、今に至るというわけだ。
俺は時間を無駄にせず、クラスメイト達との交流に使った。ある程度は信頼を得ておくべきだろう。
まぁ教科書を見る限り、授業をまともに受ける気は失せた。俺も魔術を究めたわけではないが戦闘に使用出来る程度には修めた身、そんな俺から見ても教科書は酷かった。魔術式の書き取りやら呪文の共通語訳やら、殺しの手段として使う為に魔術を覚えた俺にとっては何故そんなことが必要なのかまるで理解できなかった。
「ここを利用するのも久しぶりだな」
グレンは食堂に入るとそう呟いた。
「以前にも使ったことがあるのか?」
「あぁ、一応ここ通ってたからな。」
「まだ純粋な頃か」
「まるで今が汚れてるみたいに言うのやめろよな」
「事実だろ?」
「事実だけどお前にだけは言われたくない」
俺達はそんな軽口を叩きながらカウンターへ向かう。
こんな生活、昔の俺には絶対想像もつかないだろうな......。
「ここのカウンターで注文するんだ。あー、地鶏の香草焼き、揚げ芋添え。ラルゴ羊のチーズとエリシャの新芽サラダ。キルア豆のトマトソース炒め。ポタージュスープ。ライ麦パン。全部大盛りで」
全部大盛りとは、もしやグレンは見た目では分からないが大食いなのかもしれない。
「同じメニュー。全部普通の量で」
「おいおい、そんなんで足りるのか?」
「しょっちゅう野宿なりボロい酒場で適当な料理つまんでたような奴が突然こんなちゃんとしたメニューの大盛りセットなんて胃が驚いて食えねえよ」
「それもそうか」
しばらく適当に雑談しているうちに料理ができあがり、俺達は銅貨を数枚渡して料理を受け取り、2つほど隣り合って空いている席へと向かった。
席に近づくと見覚えのある顔が2つ並んでいた。システィーナさんとルミアさんだ。
それに気づいたのか気づいていないのか知らないがグレンは「失礼」と一言断って席に座った。
案の定、システィーナさんがグレンに突っかかっている。
「すまない、俺も座らせてもらうよ」
俺もグレンに続くように一言断りを入れて座った。
「あ、ムラクモ君、気にしないで座って」
ギャーギャー言い合う2人を横目にルミアさんは俺を快く迎えてくれた。
やはりクラスメイトとある程度の交流をしておくだけでこの扱い、あまり他人と仲良くしたことはなかったがやってみるものだ。
「その炒め物、凄く美味しそうですね」
グレンとの言い合いに疲れたのかすっかり不機嫌になったシスティーナさんに代わり、雰囲気をなんとかしようと思ったのかルミアさんが話しかけてくる。
「お、分かるか?ちょうどこの時期、学院に今年の新豆が入るんだ。これを食べるなら今が旬ってやつさ」
グレンが上機嫌に語る。流石は元生徒といったところか。
「そうなんですか?私も今度食べてみますね」
「へー、ならルミアさん、俺の1口食べるか?」
「え、いいの?私と関節キスになっちゃうよ?」
ルミアさんはいたずらっぽく首をかしげながら小さく笑う。
「別に気にしないよ」
「それもそれでなんか複雑なんだけど......それじゃ」
そう言うと、ルミアさんは俺がスプーンですくった炒め物をぱくりと口に入れた。
自分で言った割にルミアさんは顔を少し赤くしていた。何故そこで無茶したんだ......。
「お、ムラクモ、随分と優しいじゃありませんかこのこの」
それを見ていたグレンがニヤニヤしながら肘でつついてくる。
「ま、俺はお前と違って優しいからな」
それに俺はドヤ顔で返す。
その後、グレンとシスティーナさんがナイフとフォークでチャンバラを始め、周囲から痛い視線を集めながら賑やかな昼休みが過ぎていった。
*****
授業初日以来、グレンの評判はひたすら下がっていった。
決め手となったのはやはり決闘の件だろう。
相変わらず酷いグレンの態度にシスティーナさんの堪忍袋の緒が切れ、グレンに決闘を申し込んだ。
そこでグレンが1節詠唱が出来ないことが発覚、更にはシスティーナさんに完全敗北したという事実をまるでなかったかのように過ごしたのだ。
それ以来、クラスの奴らにグレンはクズだのなんだの、そういう認識をされている。
まぁたしかに元とはいえ宮廷魔導士が学院のひよっ子相手に本気で決闘するわけにもいかないだろうが。だが、一芝居打つぐらいのことはしても良かっただろうに。
「魔術って......そんなに偉大で崇高なもんかね?」
「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう?もっとも、貴方のような人には理解できないでしょうけど」
俺がぼーっとここ最近起こったことを思い浮かべていると、また教室がなにやら険悪な雰囲気になっていた。
「何が偉大でどこが崇高なんだ?」
「ねぇ、ムラクモ君。今日のグレン先生、いつもと雰囲気違くない?」
隣りのルミアさんが小声で俺に話しかけてくる。この学院生活で今のところ1番関わっているのが彼女だろう。といっても俺が積極的に絡んでいるのではなく、何故か彼女から絡んでくるからなのだが。具体的に言うと初日の昼休みから。
それはそうとしてたしかにそうだ。いつもならグレンが適当に返してその後はシカトするのがいつものパターンだろう。
まぁ理由は分からなくもない。何があったかは知らないがあいつは魔術が嫌いだと言っていた。宮廷魔導士になるような奴が元から魔術が嫌いだった可能性は低いだろう。となると、宮廷魔導士の頃から講師になるまでの間に何かがあったという可能性が1番高い。
「そうだな、まぁ俺達はいつも通り黙って見てるしかできないんじゃないか?」
「それは......そうなんだけど......」
こうしてルミアさんと話している間にも2人は更にヒートアップしていき
「あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ......人殺しにな」
なんだか大惨事になっていた。
流石にどんな理由があるとしても大人げないにも程がある。まったく、クラスの奴らが完全に怖がっているじゃないか。中には震えている生徒もいるし。
「ね、ねぇムラクモ君、流石にまずいよね?止めた方がいいよね?」
ルミアさんは震えながら俺に聞いてくる。
「あー、ルミアさんは無理しなくていい。はぁ、そろそろ俺が割って入るか......」
そう思い、割って入ろうと立ち上がろうとした時、不意にグレンから声がかかった。
「なぁムラクモ?」
「は?」
「魔術ほど人殺しに優れた術は無いよな?剣術が人を1人殺している間に魔術は何10人も殺せる。戦術で統率された1個師団を魔導士の1個小隊は戦術ごと焼き尽くす。そうだろ?」
俺に突然教室にいる全員からの視線が向けられる。この場で何故俺に投げられたのか不思議に思っている視線やシスティーナさんをフォローしてやれといった視線が俺へと集中する。
「偉大とか崇高とかはよく分からんが......魔術だって人の役には立ってるんじゃないか?転送法陣とか凄く便利だと思うが」
取り敢えずは魔術のフォローをした俺にクラスの奴らが安堵の息を漏らす。
だが、少し聞き捨てならない言葉があったことを俺は聞き逃さなかった。
「まぁたしかに魔術は人殺しの役に立つことも否定はしない。だが、お前は剣術が1人殺す間に魔術は何10人殺すと言ったな?例外だって......いるとは思うが?」
そう、俺にとって剣術は文字通り、命を預けたもの。それをいくら頭に血が登っているとはいえ、魔術に劣っているような扱いを受ければ流石に文句の1つは言わないと気が済まない。それに、魔術は人殺しの役に立つことだってもちろん否定はできない事実だ。
俺はその言葉に
一応、グレンに落ち着けというメッセージも込めたつもりで。
それに気づいたのか、グレンは一瞬顔を青ざめさせ、すぐに普段の表情に戻した。
しかしシスティーナさんは納得いかなかったようで
「なんで......そんなに......ひどいことばっかり言うの......大嫌い、貴方達なんか......」
そう言い捨てて、システィーナさんは泣きながら教室を出ていってしまった。
クラスの奴らからの「お前、なんで余計なこと付け足しちゃったんだよ」みたいな視線が痛い。
「やる気でねえし、今日の授業は自習な」
1つため息を吐き、グレンも教室を出ていってしまった。
はぁ、面倒だがフォローした方がいいか......。
そう思った俺はルミアさんに近づき、小声で頼んだ。
「ルミアさん、グレンは俺が説教しとく。だからシスティーナさんのフォロー、お願いできないか?」
するとルミアさんは笑顔で答えてくれた。
「うん、任せて!」
さて、と。遂に行動まで『愚者』と化した『愚者』さんのフォローでもしますかね。
そんなことを呑気に考えながら俺はグレンの後を追った。
書きたいところまで書いたらいつもよりだいぶ長くなってしまった。