藤原を追うもの   作:stingray

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久しぶりです


一夜明けて

「なにぃー!?拓海が負けたぁ!?」

 

 

翌日、拓海といつきがバイトをしているガソリンスタンドに叫び声がこだました。

二人の先輩社員である池谷浩一郎と店長である立花祐一のものである。

 

 

「た、たくみ!、それは本当なのか!?」

 

 

「いつのことだ!?文太からは何も聞いてないぞ!?」

 

 

二人に詰め寄られ拓海は若干引いている。

 

 

「それが本当なんですよぉ~!まぁ、負けたとは言っても乗っていたのはハチロクじゃなくて俺のハチゴーだったんですけどねぇ…」

 

 

いつきの言葉に二人はあからさまに「なぁんだ~」と安心した表情を見せた。

 

 

「でも俺はあれは負けたと思ってますよ。上手いだけじゃない。車をしっかり操った上で、何が一番効率が良いのかを考えてそこを突いてきた。アイツは…早いです」

 

 

拓海は、普段の気の抜けた表情ではなくて真剣な眼差しでそう呟いた。

そして池谷は走りについてそんな表情をするようになった拓海と、そんな表情を拓海にさせるそのドライバーに感心した。

 

 

「いやーきっとすごいんだろうなそいつは、拓海に早いなんて言わせるとは。どこの誰なんだ?高橋涼介とか?」

 

 

池谷は誰が拓海を抜いたのか気になって仕方のないようだ。

この話になる前は拓海がハチゴーでナイトキッズの二人をごぼう抜きしたことから始まった。ナイトキッズの走り屋ということは、よほど下手とかじゃない限り、ハチゴーなんかに負けるはずが無いのだ。

それを負かした拓海のドライビングテクニックは、例えハチゴーであっても、並以上の速さであることがうかがえる。

そんな拓海を抜いた走り屋がどんな奴か、気にならない筈が無いのだ。

 

 

「いや、それが地元の走り屋じゃなくて、遠くに引っ越しちゃった俺たちの元同級生だったんですよねぇ~、驚いたことに」

 

 

あっけらかんといういつきだが、池谷と立花の驚きはそんなものではなかった。まさか負けなしの拓海を(クルマがハチゴーとはいえ)倒したのが元同級生。つまり普通に考えたらそのドライバーも18歳なのである。

 

 

「なんてこった…拓海が特例かと思ってたが、ここにも年下の天才ドライバーが現れるなんて…」

 

 

天をあおぎながら池谷がしみじみという。

 

 

「なぁ拓海、その元同級生ってのはどういうやつなんだ?やっぱりお前みたいに小さい頃から走りの英才教育を受けてきたやつなのか?」

 

 

立花が興味津々そうに聞く。

 

 

「俺が親父から英才教育を受けてきたってことに対して納得出来ませんが…、わからないです。中学卒業と同時に神奈川に引っ越しちゃったから…。名前は北沢流一って言います。」

 

 

「な、なにぃぃい!!!???」

 

 

立花にはその名前に強く心当たりがあった。遠い昔の記憶が蘇る

 

『ああ、祐一、産まれたよ。へっ、ありがとよ。名前?名前はアイツと決めあって、“流一”って名前にすることに決めたよ。心配すんなって、群馬に帰ったら会わせてやるよ。俺の最愛の息子にな』

 

そいつは結局何度か群馬に帰って来たが、息子をつれてくることはなかった。しかしその度に息子の名前は聞いていた。

 

 

(まさかお前の息子とはな…俺らの世代の走り屋のヒーロー。秋名の藤原文太。いろは坂の小柏健。そして赤城山の北沢欣也!!)

 

 

鳥肌が立ちっぱなしだった。そして拓海を負かしたのにも納得した。アイツの息子ならやりかねん。

 

 

「店長?何か知ってるんですか?」

 

 

拓海が訪ねてくる。

 

 

「ん、まぁ、知ってることは知ってるがたいしたことじゃない。」

 

(欣也の奴が昔走り屋だったことを明かしてるとは決めつけない方が良いからな。後で久しぶりに電話してみるか)

 

 

 

その時、スタンドにロータリーサウンドが鳴り響いた。

入ってきたのは黄色い前期型FD3S、高橋啓介のクルマである。

 

 

「よぉ、この間のナイトキッズのとき以来だな」

 

 

啓介が不敵な笑みを浮かべながら拓海に話しかけてくる。

 

 

「…」

 

 

拓海はようすを見ているようだ。

 

 

「へ、まぁいいや。ガス入れにきたんだ。ハイオク、満タンで頼む」

 

 

「あ、はい!キャップオッケーハイオク入りまーす!」

 

 

池谷が直ぐに仕事に取りかかる。

 

 

「そうだ藤原」

 

 

「なんです?」

 

 

「俺は既に前のときと違う。この間の交流戦から自分を見直し、益々早くなったつもりだ。お前以外に絶対に負けないし、これからはお前にも負けない!!」

 

 

「…」

 

 

「だからそれまで、絶対に俺たち以外に負けんじゃねーぞ!?お前を倒すのは俺たち、赤城レッドサンズの高橋兄弟だ!!」

 

 

清々しい程の宣戦布告だった。

あの高橋啓介が宣戦布告をしている。はっきり言って弱小チームである秋名スピードスターズのリーダー池谷は、それを受けている我らが秋名のダウンヒルスペシャリストに尊敬の念を送っていた。

 

しかし天然少年ダウンヒルスペシャリストはこれに対し火に油を注ぐ。

 

 

「いやぁ、そう言われても、俺一度負けてるんでその約束は果たせないっすよ?」

 

 

 

あ、ヤバっ…

 

 

 

たくみのしれっとした発言に、声に出さない呟きが池谷達から漏れた。

 

 

 

「…なんだとてめぇ!!どういうことだ!!中里の一件以降、お前誰かとバトったのかよ!?」

 

 

当然のように啓介は怒り狂った。己を負かせた数少ない男が自分の知らないところで負けていたのだ。つまりは自分もそいつより遅いことを証明してしまうようなものなのだ。

 

 

「ええ、負けたのは悔しいけど、あれは俺の負けです。」

 

 

「おい藤原、わかっているのか?今お前が負けたってことは、この群馬エリアの勢力図が大きくかわっちまうってことだ!悔しいが世間はお前の話で持ちきりだ!お前が負けを認めるかどうかで話は大きく変わってくるんだよ!!」

 

 

「そんなことを言うのなら、流一にバトルを仕掛けてみればいいじゃないですか。しばらくは群馬に居るって言ってましたよ」

 

 

「くっ、確かに。それが一番話が早い…。おい藤原!そいつの特徴を俺に教えろ!!」

 

 

どうやら啓介は先に流一の方を潰すことにしたようだ。ここで啓介が買っておけば、高橋兄弟が倒すべきは藤原拓海だけ。元通りだからである。

 

 

「いいですよ、名前は北沢流一。年は俺と同じで黒色くしゃくしゃ頭の男です。クルマは池谷先輩と同じシルビアで、色は紫です」

 

 

啓介は池谷から紙とペンを借りるとあわててメモをし始めた。

 

 

「わかった。今日のところは帰る。だか次会うときには、俺が北沢とやらを倒して、お前に挑戦を申し込む!!」

 

 

覚悟しておけ!と言い捨て高橋啓介はスタンドから去って行った。

 

 

「いいのか拓海。負けた時に乗っていたのは、いつきのハチゴーだったんだろ?じゃああれは言ってしまえば勘違いじゃないか?」

 

 

「いいんですよ池谷先輩。そうすれば、あの人は全力で流一と戦ってくれる。俺は気になるんです。あの人が流一に勝てるのか勝てないのか。俺には、流一はあの白いRX-7の人と同じくらい速そうに思えたから」

 

 

「高橋涼介と同等の速さ!?」

 

 

「流一ってそんなに速かったのか!?」

 

 

池谷といつきが拓海の発言に食い付く。

 

 

「昨日の速さを思い出すと、高橋啓介さんや中里って人よりもあの白いRX-7の人に近い速さだった気がするんです。だから知りたい。アイツがどれだけできるのか。秋名の山での走りには少なからずプライドがあるんだ。だから次は負けない為にも、俺は知りたいんです。」

 

 

そう言った拓海の背中は一人の男の背中。

 

いや

 

一人の走り屋の背中だった。


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