がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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大変遅れて申し訳ありませんでした。他の事に忙しく合間合間にやっていたらいつの間にかこんなに間が空く事となってしまいましたが、失踪する気はありませんのでご安心ください。

11/30 改行の位置を修正しました。メモ帳で書いている弊害が今此処に……


18.奪還・前編

 これは総力戦だ、我々の全戦力……持ちうる物全てを使って、こいつの妹を救い出す。

 雅さんは言った。出発前の狂乱した姿とは全く違う、何かに駆り立てられているような……そんな眼差しで。

 

「雅さん、準備できました」

 

 ボロ布で斧を磨いていた雅さんは、静かに腰を上げた。女性陣は車内に待機、僕と雅さんの2人で彼らが巣食う学校へと乗り込む。詳細な作戦としては、外の見張りを雅さんが始末し、窓から見える敵は僕が狙撃する。

 粗方片付くか相手が防衛陣を形成した後、正面から突入して内部で合流する……というものだ。銃という圧倒的な武力を持つ僕達なら、なんとでもなる。そんな慢心にも近いこの作戦は他ならぬ雅さんが提案した。

 

「……出るぞ。少し待っていてくれ、最後にもう一度念押ししてくる」

 

 背には愛用の斧を紐で括った物を背負い、腰には散弾銃。左脚のポーチには拳銃と完全武装した雅さんは車の中へと入っていく。一方僕は、この狙撃銃とリボルバーを2丁だけ。とても完全武装とは言えないけど、殆どの敵は雅さんが相手をして僕は捜索するという役割を持っている。これも妥当なものだと、胸の内にあるわだかまりを無理矢理しまいこんだ。

 中からは胡桃さんや悠里さんと口論する雅さん達の声。敵地へ突入するのは危険ではあっても、そうしなければ救出は出来ない。でもたった2人だけで何人もの大人を相手取るというのに反対されていた。

 異論が出る度に雅さんは正論をぶつけた。女性を食い物にしている奴らの本拠地に、女を連れて行くのは意味がない。むしろ人質に取られればこっちが不利になる。それは誰もが正しいと判断したけれど、そんな場所だからこそ皆で力を合わせるべきだと胡桃さんは反論した。

 皆は……恐れてるんだ。例え救出に成功したとしても、雅さんが戻ってこなかったら。致命傷を負っても最期の時まで武器を手放さない人だと。実際の所どうなのかはわからないけれど、そんなイメージが浮かぶ。

 扉が開いた。中から雅さんが出てくる……しかし、車内からは雅さんを引き留める手が伸びている。

 

「次はもう……帰ってこられないかもしれないのよ……?」

 

 涙交じりの声にいたたまれなくなる。僕がつい言ってしまった所為で、皆を不幸にしてしまった。僕があんな事を言わなければ……たった1人の妹の為に、多くの人を悲しませてしまったんだ。

 

「大丈夫だ」

 

「何を根拠にそんな事言えるの? ……あなたはいつも私達じゃ見えない物を見て、私達には到底考えられない事を考えて決断してる―――でもなんで……なんで今回も大丈夫だって言えるの?」

 

 理由を求められても答えられるものじゃないんだろう。悠里さんの真摯な瞳から目を逸らした雅さんは、そのまま黙り込んでしまう。そのまま数秒が経つと、ゆっくりと掴まれた手を払い、微かに距離を取った。

 

「行ってくる。―――イツキ、ついてこい」

 

 彼は、何も答えなかった。素性の殆どを明かさず、過去も性格も自分からはあまり語ろうとしない。そこにいるようでそこにいない、物理的にはしっかりと目の前で立っていたとしても、確かにいるという確証が持てない。

 僕は、そんな雅さんが少し怖い。その強さ、武器の扱い方、身のこなしから日常の仕草まで余す事なく憧れている。いつか僕も、あんな風に強くなりたい。でも彼の掴み所のなさは尊敬の裏に得体の知れない相手という恐怖が纏わりついている。

 静かに歩く事を意識する雅さんだが、流石に重装備の所為で微かな音が発生している。それはほぼ無音となっているこの世界では耳に届きやすい。いつもステルスを心掛ける雅さんにとって、この音は大きな枷になりそうだ。

 

 正門が見えてきた頃。建物にはいくつかの灯りがあった。正門の内側にもそれはあって、光に照らされて見張りが1人いるのがわかる。

 極力音を殺し、雅さんは見張りの死角になる場所へと潜り込む。壁一枚隔てた場所でポケットから何かを取り出すと、手首のスナップをきかせて壁の向こうへと投げ入れた。

 

「ん?」

 

 コツッと音を出したそれは、雅さんが新しく取り出した物を見るにただの石ころだ。自然にあるもので、直接投げ入れたのを見られない限りそれが音源だとは思われない。

 雅さんはまた石を数個投げると、塀を乗り越えようと手を伸ばす。けど片腕でしかも重装備の彼はとてもじゃないけど1人では登れない。それを理解したのか、雅さんは一瞬動きを止めた。

 それを見て、僕はある事を思い付く。昔映画で見た事がある。1人が膝をついて、もう1人の足場になればいいじゃないか。僕はその映画に倣い、片膝をついて両手を出した。

 

「雅さん」

 

 ほぼ音も出ていないような呼びかけに、雅さんはぱっとこちらに振り向く。そして僕の体勢を見て、すぐに何をするのか理解していた。

 雅さんは右足を僕の手に乗せると、ゆっくりと体重を掛ける。僕は全力でその重さに耐え、加えて体全体を使って雅さんを押し上げた。5秒もしない内にその重さは消えて、壁の向こう側でずしゃっと着地の音が聞こえる。

 流石に雅さんでも着地音は消せなかったみたいだ。

 

「うわっ!? だ、誰だおま―――」

 

 驚いた男の声は、直後に消え失せた。消える直前、微かに金属の擦れる音だけがしたけど……ナイフで仕留めたんだろうか?

 

「ここからは別行動だ。お前は外から狙撃、俺は中から隠れた敵の掃除をする。猶予は長くて15分……その間に出来る限り敵を撃て。その前に掃除が終わったら合図を出す」

 

「了解です」

 

 手筈通りに僕は近くの丘へと向かう。あの場所は、以前僕が見張っていた場所。一度は逃げて、ただ傍観するしかなかった場所。でも今夜は違う。抗えるだけの力と、むしろ圧倒できる武器と頼れる人がいる。

 今度こそ、僕は取り戻すんだ。

 

 

 もう戻れない。嫌な事は忘れて、何事もなかったように過ごす日々。見たくもない現実から目を背け、心を許した相手だけを見て嫌な感情から目を逸らしていた日々には。

 過去にも現実を直視し、全てを受け入れようとした事が何度かあった。その結末は……考えるのも思い出すのも嫌な、壊れてしまった自分の姿と記憶。

 今度こそは。何度目かわからない決意をして、視界の隅を覆う黒い靄を意識の外へと弾く。次に自分を見失えばどうなるかわからない。もう忍も尊さんも、手を差し伸べてくれる人はいない。これが最後の踏ん張り所だ。これで駄目なら、もう俺に生きる価値はない。次こそは、必ず乗り越える。

 かつてこの場所で、多くの子供達で賑わっていただろう正面玄関を前にした直後、後方で銃声が轟いた。

 

「くっ……」

 

 もう後戻りはできない。それが現実として俺に圧し掛かってくる。この胸の痛みも、息苦しさも全部乗り越えなければならない。そんな事できるのか? 今まで散々失敗して、努力も人の善意もふいにしてきた俺が。

 

「できるとも。この俺が……できない訳がない」

 

 精一杯の虚勢を張って、左手に握る黒い血の付いたナイフを見た。本来は鮮やかな深紅を持つ筈の血は、今の俺にしてみればただの黒い泥にしか見えない。これが、自分にとって最後のチャンスだとわかってしまう。

 全力を出せば、何事も乗り切れる。今までそうだったように、俺が本気を出して出来なかった事なんてない。だが……その本気は長く続かない。持って10日、それを超えれば反動が来てしまう。全てにおいて無気力になる、そんな物なら優しいと思えるが……

 

「忍……尊さん……」

 

 名前を呼んでも、もう助けてくれない。誰の手も借りない主義だからこそ、俺は2人の傍にいるだけで幸せだった。手は貸しても借りはしない。貸した分は2人の時間を貰っていた。一緒に話して、一緒に居て、それだけで十分だった。

 2射目。校内では異常を察知した男達が何があったのかと騒ぎ出す。そんな中、目の前に3人の男が通りかかった。

 

「誰だ、お前……」

 

 得体の知れない相手に恐れを抱いた声に、俺は伏せていた顔を上げる。いきなり目の前に片腕で血の付いたナイフを持った男がいたら、そりゃ誰だってビビるだろう。一瞬幽霊の類かと思われても仕方ない。

 誰だ、という問いに、俺は―――果たして自分がどのような人間だったのかと自問してしまう。かつての俺は死んだも同然、幸せとは呼べなかったものの、穏やかな日常は既になく。代わりに波乱と腐臭に満ちた今の日常がある。

 あの環境があってこそ、俺は俺として存在していた。なら、今の俺は? 前程優しくもなく、躊躇なく人を殺し、略奪暴行はお手の物。それどころか楽しんでいる節すらもある。

 もう、「雅」という名は相応しくない。気高く孤高を愛し、全てにおいて模範となる様な生き様を体現する事は不可能だ。とは言っても、新しい名前を付けてくれる相手はいない。だから、今は仮の名を……

 

「俺は、宵。……お前達を殺しに来た」

 

 どこかで聞いた気がする名前を名乗っておいた。

 イツキによる3射目。その銃声に体を震わせた男達に、その一瞬の隙を突いて駆け寄る。10m程の距離なら2秒と掛からずに辿り着ける。驚いて手で体を庇おうとする真ん中の男の腹に、勢いよくナイフを刺し込む。

 そこからは一方的な物だった。続いてそれぞれ右と左の喉を切り裂き、床に倒れた所に左胸へと切っ先を突き立てる。悲鳴すら漏らさず、あっという間に制圧できてしまった。

 

「なにしてるんだ!?」

 

 だが、次から次へと新しい獲物がしゃしゃり出てくる。近くにあった職員室から物音を聞きつけて新たに2人が出てきた。また同じやり方で男達を殺し、至る所を黒く染め上げて行った。

 元々職員室だった場所は倉庫となっており、食料や武器があった。だが武器とやらも殆どが工具や包丁ばかりで、脅威になりそうな物は少ない。全員がこの程度の武器を所持しているのか、それとも役目のない武器達なのか。どちらにせよ、銃を凌ぐ武器なんてのはそうそうないし考えつかない。

 頬に感じる温もりに気付き、ふと手の甲で拭ってみる。やはりそれも真っ黒の泥で、何の美麗さも魅力も感じられない。泥をコートで拭い、先へ進もうとした時、この足を掴む存在がいる事に気付く。

 傷が浅かったのか、虫の息になった1人が俺の右足を掴んでいた。力は弱く、容易く振り解けるだろう。だがその目に籠もった意思は明白で、こいつもまた何かを護ろうとする者だった。

 

「なんだ、何故そんな目で見る」

 

 男は答えない。いや、答えられないのだろう。こいつは確かに首と胸を損傷している。気道は無残にも切り裂かれ、心臓を外した切っ先は代わりに肺を貫いている。そんな状態になっても抗おうとする意志は、敵ながら天晴(あっぱれ)と言えよう。

 だが、男の目はまるで外道を見る様な眼差しだった。今まで上手くいっていたのに、お前の所為で台無しだと。俺が外道かどうかは置いておくとしても、そちらこそ正真正銘の外道と言えるんじゃないのか? 俺達はただ、目には目をと同じ手段で対抗しているに過ぎない。

 

「……死に損なったな」

 

 軽く足を持ち上げると、男の手はするりと落ちてしまった。それでもまだ息はある。止めを加えるか、それとも放置しておくか。放っておいてもこの状態なら長くは持たない。死に際に情報を漏らす事もないだろう。

 楽に死なせてやるべきか考えたが、やめておこう。こいつに「楽」をする権利はない。精々ここで仲間の死体を眺めながら、絶望に浸ってもらおう。

 時計を見れば、今までで5分も時間を無駄にしているとわかる。先を急ぐべきだ、先にイツキの妹を見つけてもいいが、それはあいつの役目であり、悲願だ。俺が出しゃばる必要はない。

 また俺の足を掴もうとする手を蹴飛ばし、ゆっくりと歩く。今の俺は……断じて『雅』なんかじゃない。愚かで、ただの殺人鬼の……『宵』として。気の向くままに殺そう。俺が成し得なかった願いを、したくても出来なかった行動を、あいつに任せよう。

 その後も、俺は歯向かってくる奴らをただ殺して回った。どいつもこいつも武器は小さくか弱い物ばかりで、()いて脅威だと感じたのはモップの柄の先にナイフを括りつけた簡素な槍くらいなものだった。そいつもまともな訓練は受けておらず、ろくに素振りもしていなかったのだろう……呆気ない程簡単に死んでしまった。

 武器を持っただけで強くなる訳じゃない。そんな事、少し考えればすぐわかるものだろうに。どれだけここの住人が平和ボケしていたのかがわかる。

 ―――なのに、何故だか俺は薄気味悪さを感じていた。女子供を攫い、ここで管理する以上ある程度の武力は必要だ。武器を持っただけの素人では脅威にはなり得ない。少しでも武術の心得があれば容易く反逆できる……ここで管理されている人間は、それに気付かなかったのだろうか?

 しかし、誰もが合気道や空手を習っている訳じゃない。それでも1人か2人、数人はいる筈……運良くそんな人間がいなかったのか? それとも、反逆する必要が―――

 

「……あり得ない。イツキが嘘を吐いた? まさか。あの瞳は嘘をついているものじゃなかった……なら、誤解した、のか?」

 

「いたぞっ! 侵入者だ!」

 

 どうやら考える暇は与えられないようだ。既にこの校舎に入り込んだ者がいると伝達されているのか、武装した男達は列を作って俺をこれ以上先へ行かせまいと壁を作る。

 1人に切りかかれば、その隙に俺は一撃貰うだろう。それが掠り傷であれ致命傷であれ、貰った時点で俺の優位性は崩れる。

 

「動くなよ……? 大人しく捕まってくれ」

 

 じりじりと距離を詰めてくる男達の瞳は、どれもが闘気に満ち溢れていた。このまま無抵抗で捕縛されればただでは済まない。既に何人も殺してるんだ、ただ説教を受けて放り出されるだけなんて事はない。

 ……それなら、捕まる訳にはいかない。必ず帰ると約束してしまった以上……俺は全力、全火力を以て此処を制圧する義務がある。

 

「そっちこそ、動くな」

 

 ナイフを鞘に仕舞い、腰に下げてあった散弾銃を取り出す。一瞬これが何かわからないのか神妙な目で見てくる男達に向け―――安全装置を解除し引き金を引いた。

 凄まじい反動と共に廊下を遮っていた男達の半分が崩れ落ちる。間髪入れずにもう半分へと照準し、また引き金を引く。二度目の発射と反動をいなした後、銃口から煙る硝煙が途切れたのを合図に、ブレイクオープンさせて膝の内側で挟み、ポケットから予備の弾薬を取り出して装填する。

 その間に倒れた男達を中心に黒い泥が広がる。死体諸共踏み越えて先に行くと、程近い教室かの扉が開いた。

 

「あぁ……! そんな!」

 

 それは此処に捕らわれていたであろう女性で、しかしその表情は悲壮に満ちている。俺を無視して倒れている1人に走り、抱き着いた。

 

「嘘でしょ……? 相手は1人だから大丈夫だって……」

 

 泥で汚れる事も気にせず、死体を自分の膝に引き寄せて……次の瞬間、殺した張本人である俺へと敵意を向ける。

 何も言わないまま数秒が過ぎた。女性はただ俺に敵意と、僅かばかりの殺意を抱いている。何故自分を捕らえていた相手に対してそこまでできるのか、俺には到底理解できない。

 そして頭の中に1つの結論が出た。「ストックホルム症候群」。状況は少しばかり違うが強盗事件なんかで犯人が人質を取った際、人質が犯人に対して好印象を抱くと言うものだ。その理由や因果には色んな出来事が関係するが……今ならそれが一番納得できる。

 

「……殺してやる」

 

 死体の持っていたナイフを拾い上げて、女性は俺に正対する。数mの距離しかない今、懐に入り込まれれば銃での対処は難しい。なら入り込まれる前に……攻撃の体勢に入る前に排除するのが無難だ。

 

「お前さえいなければ……皆幸せだったのに!」

 

「っ!」

 

 頭が痛くなった。同時に胸にも不快感を覚えて、動悸が激しくなる。

 殺るなら今だ。突進されれば……今なら容易く殺される。だが此処に捕らえられている神崎美波を、女性を助けに来たのに救助対象を殺すなんてのは本末転倒だ。

 

「殺してやる……殺してやる……殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 

 正気を失っている女は真っ直ぐ突っ込んでくる。狙いは俺の腹、手には散弾銃があるが……これでは殺してしまう。かと言って手を放してナイフに持ち替えるのも……落ちた銃が暴発する可能性もあるしナイフを抜くまでに間に合わない。

 

「雅さんッ!! 伏せてください!」

 

「! 待て、撃つな! こいつはっ!!」

 

 正面玄関の方から現れたイツキは、M700を構えていた。俺を襲おうとする人間を撃つつもりだろうが、後ろ姿では女だとわからないらしい。

 まずい、あいつは撃つ……例え十分な射線が確保できていなかったとしても。一寸の隙間を、一瞬の隙をその指で貫く―――例え俺諸共撃ち抜く可能性があったとしても、少しでも成功する可能性があるのなら。

 それなら素直に身を引くのが正解だろう。だが、イツキに敵である人間を撃ち殺させるのは良しとしても、女を殺させたくはない。

 そんな思いがあったのか、俺はいつの間にか女を庇っていた。腹部に痛みが走る。出来る限り逸らしたつもりでも、完全に回避するとなると射線が空いてしまう。だから手負いになる事を覚悟して……無駄だとわかっていてもイツキに背を向ける形で女性を抱いた。

 

 屋外でもうるさいその銃声は、この場所では倍以上うるさく感じられた。思わず体が強張る……だが体のどこにも痛みや不快感はない。寸前で狙いを外したのか?

だが、しかし―――

 

「大丈夫ですか!?」

 

 駆け寄ってくるイツキの声。俺はいつの間にか抱いていた女性が急に重くなっている事に気が付く。―――まさか。

 床に下ろしつつ確認すると、女性の額にはぽっかりと穴が空いている。……腕を上げたな、イツキ。それが今では、とても恨めしく思う。

 

「何故撃った……」

 

 既に朽ちるしか能のない亡骸から手を放して、背後に立つイツキに振り返る。その瞬間俺が怒っている事に気付いたのか、イツキは身を震わせた。

 

「……すみません。でも仕方ないですよ! 僕がこうしなきゃ雅さんは―――」

 

「お前の手を借りずとも無力化できた!! なのにお前は―――よりにもよって、救出対象を殺したんだ。わからなかったか? 無理もない、後ろ姿では判別し辛かっただろう。傍から見れば俺は今まさに殺されかけているところだった、それもわかる。わかってはいる……それでも……お前に、女を殺させたくはなかった……」

 

 右手があれば、今まさにイツキを殴り倒しているに違いない。だが今はもうない、辛うじて残る片腕も人相手にはオーバーキルの威力を持つ散弾銃だ。今の俺には、ただこの目できつく見据えるしかなかった。

 

「女の人だっていうのは……知ってました。雅さんが女性を殺すのはいけないって言うのも、わかります。でもそうしなきゃ雅さんが死んじゃうかもしれない……そうなるくらいなら、僕は殺します。どんなに責められようと殴られようと! 僕は雅さんを守るって決めたんです!」

 

 その真っ直ぐな瞳に、俺は怒りと感謝という矛盾した感情を覚える。……いや、矛盾などしていない。この怒りは俺のエゴだ。イツキに女を殺させたくない、出来るなら銃も何もかも取り上げて悠里達と一緒に平穏に生きて欲しいと思うのは、俺の理想であって押し付けるものではない。

 

「……そうか、わかった。だが礼は言わん。次からは俺が許可するまで撃つな。―――進むぞ」

 

「……はい」

 

 散弾銃からナイフに持ち替えて先導する形で一歩踏み出す。その瞬間ずきりと腹部に痛みを覚え、先程一撃貰っていた事を思い出した。

 恐る恐るコートを見てみる。どうやらベルトを掠っていったらしく、生地の厚いコートも相まって勢いはかなり削がれたらしい。

 

「!? 雅さん!」

 

「心配するな、掠り傷だ」

 

 念の為めくってみるが、出血も大したものではない。どう考えても掠っているどころかまともに刺されている訳だが……当たり所が良かったな、多めに見積もっても刃先は2cmも入っていない。これなら応急処置も要らないだろう。

 

「いたぞ!」

 

 損害の確認をしている所に、俺達の目の前には新手が続々と現れる。今度は数が多い……1、2、3―――ざっと数えて13人か。ここの全戦力なのではないかと思う程に、人数とそいつらの持つ武器は充実している。明らかに今までの敵とは違う……その中の3人は片手に拳銃を所持しているが……見るに持っているのはデザートイーグルとベレッタM92F。そして最後にサクラ。

 

「銃を……!」

 

「気を付けろ。こけおどしだろうがサクラだけは違うかもしれん。目を潰されない様にしておけよ」

 

「了解です!」

 

「よし、発砲を許可する。―――殲滅しろ」

 

 持っていたナイフを一番近い敵に投擲して、レッグポーチから突入前に予めコッキングしておいたM1910を取り出す。セーフティを外し、運悪くナイフが胸に突き刺さっている奴を無視して脅威度が高い順に照準を付け、発砲していく。

 敵は総崩れだった。銃と言う圧倒的な火力を前にして、成す術もなく倒れていく。悲鳴を上げる暇すらなく倒れていく姿には、認めたくないが……若干愉悦を感じる。

 だがもし自分が今殲滅している相手と同じ様な境遇に陥った時、理不尽を呪いながら死んでいくに違いない。だとすれば、今この状況を楽しめばいつか自分もこうなる気がしてならない。

 

「……殲滅、完了しました」

 

 全員が倒れたのを見て、イツキは戦闘終了の意を告げる。戦闘と言っていいのかもわからない程に一方的だったが……圧勝した、という点については運がいい。

 

「念の為銃を持った敵を調べる。誰か息があったら言ってくれ」

 

「了解」

 

 撃ち切った弾をリロードすると、構えながら慎重に死体を漁りに行く。誰も彼もが沈黙する中、こいつら全員に通じる共通点を見出した。

 ―――それは誰もが右腕に何かしらの『色』を身に着けている事だった。リボンの切れ端やバッジ、雑に塗装された腕章。それらは「白」「赤」「黄」「緑」と4色ある。

 その色が何を意味するのかは今の所わからないが、こうも意味ありげに身に着けているとなると……しかもほぼ全員だ。今まで殺してきた奴らにあったかは確認していなかったが、恐らく身に着けているだろう。

 

「雅さん、こっちのベレッタはエアガンみたいです」

 

「やはりか。この国でそんな大層な銃が世に出回るとは思えない。米軍兵士から剥ぎ取ったともなれば話は別だが……そもそも軍が動いているかもわからないしな」

 

 死体からデザートイーグルを拝借すると、重みですぐにわかる。この銃はこんなに軽くない、一番軽いものでも1.5kg以上はある。念の為マガジンを抜いてみると、仲には案の定BB弾が入っていた。

 

「こっちのD.Eもオモチャだな。さて、最後は―――」

 

 サクラを握り締めたままの死体に近付いた時、違和感が生じた。全身の毛が逆立つような紛う事なき恐怖、ここは危険だ、死んでしまうと知らせてくれるいつもの感覚。

 その元凶は―――間違いなく眼前で倒れる“死体”だ。

 

「イツキ!!」

 

 慌ててイツキを呼んだ。その瞬間、仰向けで倒れていた“死体”がむくっと勢いよく起き上がり銃を向ける。

 

「雅さんっ!!」

 

 撃たれる前に撃つ。ある程度心の準備が出来ていたのもあって、スムーズに狙える。だが相手の方が一歩速い、なんとか頭に照準を付けて引き金を引く。

 銃弾は狙い通りに頭蓋を砕き、奴の体からは力が抜けた。―――だが、最後の抵抗と言った所か。目の前で2度目の閃光が花の様に散った。

 

「ぐっ……」

 

 情けない声が出たと、恥ながらも死を覚悟していた。誰かが死ぬ前に死ねるのなら、それもいい。でも俺が死ぬ事によって誰かが死ぬ元凶となってしまうのなら、決して死ねない。

 ……現実は非情だ。こんな行いをしてきた俺が言う義理もないが、何故こうも不幸が重なるんだろう。その不幸を呪えば、また不幸。時折来る幸運に喜べば、次の瞬間にはどん底だ。

 

「雅さん……?」

 

 まだ鮮明に聞こえるイツキの声で我を取り戻す。どこも痛くない、どこも熱くない。またも生き残ってしまうんだろうか? 死ななきゃ安いとは言うが、不便を背負って生きるのも良くないと俺は思う。だからいっそ、死ぬ時は即死であればいいと、想う。

 

「……生きてるな、どこに当たったんだ」

 

 周囲を見渡すと、自分の背後には微かに抉られた壁面があった。やっぱり、サクラだけは本物だった。そうでもなきゃ撃ってこないだろうし、当たり前だろう。

 次に自分の体を隅々まで検分する。脚も腕も、腹にも首にも当たってはいない。こうしてまともに思考できているという事は間違っても頭には当たっていない。なら、どこなんだ?

 何の気なしに右腕のあった場所を見てみる。そこには無残にも穴の開いた袖があった。なるほど、最近妙に運がいいと思ってはいたがどうやら本物らしい。

 苦笑しながらその場を動けないイツキに右の袖を振ってやると、安堵したように文字通り胸を撫で下ろしていた。

 

「どうやらまだ死ねないらしい」

 

「当たり前ですよ、雅さんが死ぬ時が来るとしたら、僕なんてとっくに死んでます」

 

「どうかな……」

 

 1発減った装弾数をリロードして、警戒を解かぬまま前に進む。ここまで殺せばもう数は多くない筈だ。いてもあと10人以下、少なければその半分もいないかもしれない。

 そいつらがどこにいるか……防衛に出てこない以上余程の重役だろう。俺と同じくして、死ぬ訳にはいかない人間。このグループのリーダーやサブリーダー、もとい幹部の面々……防衛上有利になるのは最上階だが、階級に拘る人間なら校長室や放送室なんかの完璧な個室を求める。

 ここのリーダーがどのような人間なのか、聞き出す相手もいなくなった今はしらみ潰しに探す他ない。捕縛されている人間に聞けば教えてくれる可能性もあるが……正直、さっきの一件で少し懲りている部分もある。

 

「とりあえず、どうしますか?」

 

 ここから先の判断を仰ごうとするイツキに、低く唸って考え中だと示す。ここは敵拠点で、相手は実銃を持つ程度には武装している。全部でいくつ所持しているのかは不明……なら見つけた敵は片っ端から無力化しなければ少々不安だ。

 だとするなら、それならば―――あらゆる可能性やリスクを考えれば考える程、ただでさえ圧迫されている思考はショート寸前にまでなってしまう。これ以上多くは考えられない。深くまで突き詰めようとしても、今の行いが道徳に反しているという事実や罪悪感ばかりが表に出てきてしまう。

 前ならこんな事は考えずに済んだというのに……あの時無理矢理にでも耐えた弊害がここで発揮されたか。

 

「……この建物を全て探索する。敵意を持つ者は全員排除しろ―――誰であろうと」

 

 それは間違っている、と頭の中でなけなしの良心が否定した。ならどうすればいい? もし敵が俺達に銃を向けたら大人しく殺されろとでもいうのか? 話も通じない、目指す物も目的も価値観だって違う。双方が正しいと思う事を実行し、曲がりなりにも信念を貫いている。

 相容れないのならば、こうして力でねじ伏せるしかない。少なくとも、俺はそれが手っ取り早く終わらせられる手段だと認識している。

 

「誰で……あろうと、ですか?」

 

「そうだ」

 

 いつにも増して冷たい声が出ていた。空気よりも冷え切って、この場に漂う心地よい血と肉の匂いよりもおどろおどろしい―――吹っ切れたようで、ぷらぷらとぶら下がっている様な感覚がする。

 

「じゃあ……あの人達も……敵、ですか?」

 

 イツキは何かを示しているようだった。それが何であろうと、行く手を遮るのなら排除する他ない。恐る恐る後ろに振り向いてみると、そこには何人もの女性達が武器を持って集結していた。

 

「……なんだ、これは」

 

「僕もわかりません。でも……仲良くしようって顔じゃありませんよね……?」

 

 イツキの言う通り、俺達の後を追うように来た女性達は全員殺意に溢れている。俺達の前に倒れる死体を見て涙を流す者も、泣き崩れる者もいた。

 

「―――まさか、いや……そんな事が」

 

 ここにいる全員が「ストックホルム症候群」に陥っている。その可能性もない事はないだろう。だが、自分がどれだけ惨い仕打ちを受けてきたとしてもここまでやれるか?

 銃を持っているのは今まで散々ぶっ放してきたのもあって重々承知だろう。自分達には銃を使ってこない……そんな馬鹿な考えを全員が持っている程呑気な見た目もしていない。

 等間隔で置かれているランタンの光を受けた1人の女が、1歩を踏み出した。それに続くように、全員が1歩ずつ踏み出す。

 

「洗脳されてる……?」

 

 イツキの一言で、戦闘の女の顔が更に険しくなった。ただでさえ鬼の形相と言う言葉が似合うと言うのに、これじゃ般若だ。余程今の言葉が気に入らなかったらしい。

 

「……いや、これは、違う」

 

 ほぼランタンの真横に来ていた女の瞳から、その精神は疲弊していないとわかる。つまり、これは本心からの行動。だがここまでする理由が―――

 

「―――イツキ、どうやら俺達は酷い誤解をしていたようだ」

 

「え?」

 

「ここはお前が言う『地獄』ではない。むしろこいつらにとっては『天国』だった。それを俺達は……無残にも壊していたらしい。物だけならともかく、人までも」

 

「……! じゃあ、もしかして僕は?」

 

「もしかして、ではない。確実に―――俺達は単なる賊に成り下がった」

 

 つまり、俺は―――今まで単に守ろうとしていた奴らを殺していた。自分の想う人の為、友人の為、この場所を守る為に立ち向かった奴らを……無残にも、ただ無慈悲に虐殺していただけだったのか。

 

「嘘だ……そんな……じゃあ僕が今まで殺してたのは……!? 僕がさっき撃った女の人は?」

 

「単なる正当防衛になる。仕掛けたのは俺達、こいつらは被害者だろう……俺が言ったことが“真実”であるならば」

 

「真実以外のなんだって言うんですか!? こんなの……あぁ、僕はなんて事を……!」

 

 今までの行いを嘆き、ついに銃を落としてしまったイツキはその場で膝から崩れ落ちた。その様子を、女達は黙って見ている。それ以上進んでくる事はなく、ただ涙を流し後悔する少年の姿を―――嘲笑する事もなければ慰める事もない。ただ現実を受け止めさせているかのようだった。

 そして、それを見守る側に居る俺へと目を向ける。

 

「……俺は特別悔やむ事はないぞ。散々忘れ去って、無かった事にしてきたが……今更この程度で泣き崩れはしない。好きに罵ればいい、疫病神、殺人鬼、死神。並大抵の事なら言われ慣れてる。残るは実力行使だが―――俺を襲って五体満足で生き残れるとは思うなよ?」

 

 銃をポーチにしまうと、背中から斧を降ろして紐を持ち手に括る。鋭利に磨かれた刃はランタンの光を受け、妖しく煌めいているに違いない。今の俺にはただのどす黒い刃にしか見えないが。

 

「俺がどんなに間違っていようと、決して悔やまない。どれだけ蔑まれようが、ゴミを見る目で見られようが……その為に今の“俺”はいる」

 

 いつもの構え方では分かり辛いと見て、少々大仰に斧を構える。見るからに物々しい雰囲気に、対面する女達はその殆どが肩を震わせた―――先頭に立つ1人を除いて。

 

「雅さん……もうやめましょう。僕達は間違ってたんです……だからもう、諦めて降参しましょう……」

 

「馬鹿を言うな。そうしてどうなるって言うんだ、今まで殺した分の苦痛を与えられ果てに殺される。生きて帰るとあいつらに約束した以上、それは無理な相談だ。俺は必ずお前と、その妹を連れて帰る。それこそが今の俺の目的であり、悲願だ」

 

「……イツキ―――妹? あなた、もしかして神崎樹?」

 

 先頭に立つ女が初めて口を開く。ずばり名前を当てられたイツキは顔を上げると、リーダー格らしいその女にすぐさま詰め寄る。

 

「妹を……美波を知ってるんですか!?」

 

 急に距離を詰められて若干引きながらも、女はしっかりと頷いた。

 

「3ヶ月くらい前に来た子よね? その子なら知ってる……そう、あなたがあの子の兄だったのね」

 

「美波は今どうしてますか!? 何処にいるんですか!」

 

「多分今は坂上さんの……此処の副長をしている人の部屋だと思う。あなたの事は知ってるわ、来たばかりの時に不幸な目にあって……それをフォローする為に私がついてあげてた時があったから」

 

 不幸な目、というのはイツキが見たあの光景だろう。あれを不幸という一言で片付けてしまうのは些か憤りを覚えるが……言葉を濁したのか。あれは此処の連中にとっても憎むべき事柄だったらしい。

 

「そう、そういう事だったのね。あなたは妹さんが無理矢理されている光景を見て、ここがまともな場所じゃないと思った……」

 

「……はい、それまでに何度か此処に来てもあしらわれてしまったのもあって……僕にも仲間が出来たから、取り戻しにきたんです」

 

「だが実際此処は至極まともな場所だった。それを俺達は蹂躙してしまった訳か」

 

「……今の様になったのはほんの1ヶ月前よ、それまではあなた達が想像していたのとほぼ同じ。でも今の所長と副長が革命を起こした、それが大体3ヶ月半前……でも残党なんかがまだいたりして、急にシフトが変わったり制限が設けられたりして男達は皆ピリピリしていた。あなたの妹がああなってしまったのも、残党の1人が暴走したのが原因なの」

 

「そう、なんですね……じゃあやっぱり僕達は……」

 

「ええ、やっと落ち着いてきたのに滅茶苦茶にしたのよ。話し合えば解決する事だったのに一方的に殺してこっちの話は聞く耳も持たなかった」

 

 怒りに震える女に、イツキは申し訳なさそうに顔を伏せた。だが、俺は反対に理不尽を感じている。事実としてこの場所がまともになっていたとしても、前々からこうだった訳ではない。話せば解決するというのなら、いくらか時間の猶予はあったのだ。

 もっとも、初っ端から見張りを斬殺して鉛弾を撃ち込まれれば話す余裕もやる気も失せても仕方はないが。

 

「申し訳……ありません」

 

「所長ならきっとこう言う。“どう落とし前を付ける気だ? 腕や足の1本失っても文句は言えんだろう?“―――どう? 覚悟はある?」

 

 ビクビクと震え始めたイツキを見ていられず、斧を逆手に持ち振り被れない事をアピールしながらイツキの元へと歩く。俺の方へ振り返ったイツキを小さな声で「下がれ」と命令し下がらせると、俺はそのまま女を見下ろした。

 

「いくつか質問がある」

 

「はぁ? そんな義理があると思ってるの? あんた何してきたかわかってないでしょ?」

 

「あぁ?」

 

 昔嫌いだった女の喋り方に酷く似ていて、思わずイラついてしまう。危ない、自制していなかったらこの後に映画でよく見る暴言が出てくる所だった。

 

「あんたさえいなきゃあの子もこんな事しなくてよかったのよ、どうせ力づくで取り返しに行くってそそのかしたんでしょ」

 

「ああ、そうだ。イツキから話を聞けば誰だってそうするだろう。まだ子供だと言うのに犯す奴らがいる場所に、土産持って交渉しに行く奴がいるのか? まだナイフを突きつけた方が話になると思うがな。―――で、質問に答えるのか?」

 

 斧で軽く床に傷をつけてやると、さっきまでの威勢は失われたようだった。何故最初からそうしないのか……まあ言っても無駄だがな。

 

「男達は誰もが腕に何かしらの印を着けていた、その意味は?」

 

「ぱっと見てわからなかった? 階級章。ここには5つの階級がある、白緑黄赤黒、そして黒に白いXが描かれた物。後に行くほど階級が高い」

 

「……そうか、ちなみにそれぞれの階級は?」

 

「白は新入りやまだ何の功績も修めていない人、緑と黄は一定の功績を修めた人、赤は班や課を管理する人、黒は赤を管理すると同時に近衛騎士のような人、そして最後が所長や副長、幹部の人」

 

 やはり、階級章だったか。言い方が雑だったり一言多かったりするのは良しとしても、少々やり過ぎている感じもする。階級を設けるのはまともに管理するには必要だが、人間関係の悪化や階級が低い者への差別や小間使いにするなどの問題がある。

 それを阻止するには確固たる信念とカリスマが必要だが……そういうのがあったとしても、水面下では必ずあるものだ。

 

「次にお前達はどう管理されている。見た所階級章は着けていないが」

 

「女性は家事なんかもあるけど、基本的に男に1人仕えるの。強制はされないけど、結婚……みたいなもの」

 

「あぁそう……面倒だな此処は。俺ならすぐ出て行くな、今時流行らんぞそんな設定」

 

「あっそう! 社会不適合者の言う事なんて誰にも信用されないから。女1人守れないでどうするのよ、全く……」

 

 今更社会なんて言われてもなぁ……あってないようなモノだし。自治体レベルならまだしも小規模な団体だと全く機能していない事が多いんだよなぁ。精々みんなのお約束レベルで黙認されていたりだとか、本来許されないような事でも人によってOKだったりだとか。

 

「雅さんは1人どころか―――」

 

「口を開くな」

 

「はい、すいません……」

 

「なに? まさか一夫多妻? それこそ今時流行らないでしょ、どうせ力でねじ伏せてるんでしょうけど。あんたが死んだらどれだけの人が喜ぶんでしょうね、100人くらいいそう」

 

「雅さんはそんな人じゃありません! いつもは優しくて聖人のような―――」

 

「首突っ込んでくんなって! 話がダレるんだよ!」

 

「はぁ……洗脳でもされたの? 良かったらうちにこない? 色々壊されちゃったけど、きっとこの人の所に居るよりいいよ」

 

「……」

 

 今にも首を跳ね飛ばしたい所だが、まだ聞きたい事がある。こいつを黙らせてからでもいいが……他のは気が弱そうでまともに会話ができなさそうだ。

 まだ我慢しよう、我慢。終わったらこの性悪女の顔を1発ぶん殴ってやればいい。

 

「……最後だが、神崎美波は今どのような状況になっている」

 

「……はぁ?」

 

「お前達が結婚の真似事をしてるんだ、心配しない訳がない。まさか、既に誰かに好きにされている……とかはないだろうな?」

 

「あの子は今坂上副長の所に―――」

 

「つまり副長がイツキの妹を好きにしていると?」

 

「保護されてるの!! 子供と結婚できる訳ないでしょう!?」

 

 食い気味で尋ねると、女はキレながらも答えてくれた。果たしてその保護とはどういった内容なのか? 辞書で引く通りの言葉ならまだしも、駅前の雑居ビルにある店で買える本のような保護ではないといいのだが。

 

「なら案内しろ。これ以上の死人が出ない様に出てきた男達も説得してくれると有り難いんだがな」

 

「は、嫌だし」

 

「そうか、じゃあ1部屋1部屋探していくとしよう。―――未亡人製造機とか言われても笑顔で頷くしかなくなるな、これは」

 

「はぁ!? わかった、わかったってば!!」

 

 斧を引き摺りながらその場を去ろうとしていると、女は一瞬で俺の右腕に縋りつこうとしてきた。だが空ぶったのを見て驚いているらしく、その可愛らしい表情にこちらもつい小さく笑ってしまった。

 間近まできてようやくわかったが、この女は俺と大して歳は変わらないらしい。それより少し下か? と思う程度で、先程までの気張った態度も歳の所為だと結論付ければまだ可愛らしいものだ。

 

「お前歳はいくつだ」

 

「19よ! 悪い!?」

 

「いや別に? 名前は?」

 

「玖城―――いえ、ここから先は名乗らない」

 

「まあいい、俺は―――宵だ」

 

「この子は雅って呼んでたけど?」

 

「そうも呼ばれる。お前も完全に名乗らなかったんだ、フェアだろう」

 

 俺の態度が気に入らなかったのかふんっと鼻を鳴らして距離を取ると、反抗心を前面に出した目で俺を睨む。そんな様子がおかしくて、何となくからかいたくもなってくる。

 

「じゃあ、案内をお願いしようか。玖城さん?」

 

 皮肉めいた笑顔を向けてやると、さぞ悔しそうに先導を始める。

 ……なんだか興が冷めてきたな。さっきまで散々殺しまわって、ここにいる奴ら全員を惨殺してやろうとしていたのに。無理もないか、ただの勘違いで、しかも意味のない虐殺だったんだから。

 小さな溜息を吐くと、それはイツキの安堵した息と完全に合わさっていた。イツキもそれに気付いたのか、完全に戦意を喪失しやつれた顔で周りに気付かれない様に微笑んでいた。




前書きにも書きましたが、長い間を開けてしまい申し訳ありません。多忙なのもありああでもないこうでもないと書き直していたらこうなってしまいました。

今回から物語に大きな変革が訪れる予定です。イツキの苦悩、雅の変化、それに対する学園生活部の反応。どちらかと言うとこれから段々と落ちて行きますが、乞うご期待でございます。
終盤に出てきた玖城さんへの反応も、新たに出てきた雅の感情も含めて恐らく2話か3話先で明らかになると思います。
その前に番外編を書いて英気を養うと思われますが……
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