がっこうぐらし!―Raging World― 作:Moltetra
出来る限り昔の話も目を通して修正していく予定ですが、見落としがある可能性が高いと思われます。
出発の時は会議から僅か10分後だった。いくら断っても門まで送ると言い張り、俺が折れるまでに6秒。その理由はいつもとは違う、ただならぬ雰囲気が漂っていたのもあった。
「それじゃ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
必ず帰ってこい。言葉には出さずとも、皆の面持ちから言わんとしている事は痛い程伝わってきた。胡桃に目配せをすると、静かに頷いてくる。俺もそれに応える様に、しっかりと頷いて見せた。
俺が門を開けようと斧を背負う前に胡桃が片手で重厚な閂を難なく抜いてしまう。これには驚いたが、流石に今まで修羅場を潜ってきたのもあって色々と鍛えられているんだろう。それをイツキに手渡すと、予想より大分重かったのかふらついてしまっている。
「雅」
2人で塀の外へ出て門を閉めようとした時、坂上が俺を呼んだ。
「……わかってると思うが、忍は今追われている身かもしれない。こっちが大胆な動きをすれば相手も勘づくだろう、まあお前なら心配ないだろうが……慎重にな」
「ああ、勿論だ。十分……」
胸の奥から溢れる感情に気付いてしまう。これがなんなのか、幾重にも折り重なり絡み合ったそれは、一言で言い表すならば……確信? いや、これは……喜んでいるのか。
「いや? ……この状況、俺にとって千載一遇の好機とも言える」
「へっ、今まで以上に悪い顔してるぜ、雅」
胡桃からの軽口に対して、俺は勝手に浮かんでくる笑顔を向けた。それはもう、昔忍にも言われた事がある―――俺が確信した時。それはそれは誰にも負けずとも劣らない下種な笑みを浮かべるらしいからな。
「フッ、なら安心だ。この家にもまだ保存食は残っているらしい。もっとも、調理しなければ食べられないものばかりではあるが……それは彼女たちが何とかしてくれるだろう、今夜は是非とも『祝勝会』を挙げるとしようか」
そりゃあいい。出来る事なら肉がたらふく喰いたい所だったんだ。
「それじゃ……雅さん」
悠里はゆっくりと近付いてくる。何をするのか? そんな思考の内に一瞬で距離を詰めて俺の懐に入り込んできた。その光景に、胡桃や美紀、果てには由紀までもがそれぞれ驚きの表情を見せている。
「……待ってるから。必ず帰って来て」
「あ、ああ……大丈夫だ、どんな事があろうとも必ず帰る。……だから、待っていてくれ」
イツキは微笑みながらその光景を見ていた。坂上はと言えば、隣にひっ付いていた美波の目を塞いでいる。いやおかしいだろ、一番大事な最年少の子がフリーだぞ。確かに今は意味が分からないかもしれないが将来の事を考えればだな……
「い、いつまでくっ付いてんだ! 行くぞっ!」
いつ離れさせればいいかもわからず硬直していると、気を利かした胡桃が俺の首根っこを掴んで無理矢理引き摺ってくる。ありがたい、ありがたいが少々乱暴すぎないか? というかさっきの閂といい、あの細腕からどうやってここまでの力を出してるんだ。
ずるずると門の外まで連行されながら、なんとか扉に斧を引っ掛けて半開きの状態にまで閉めていく。
「胡桃、そろそろ放してくれないか……?」
「うっさい!」
怒ってらっしゃる? どうやら気遣いで離脱させてくれた訳じゃないらしい。ぐいっと一瞬強めに引っ張られると、今度は脇腹に腕を通して半分担がれた状態になる。
「……案外軽いんだな、雅って」
「そりゃまあ、腕1本ないし食事も制限してるからな」
「それって、あたし達に食料回す為か?」
「……それもあるが、単に消化不良で吐くからだ。無駄にするなら食べない方がいい。というか俺はこれでも50kg軽く超えてるんだが、軽いか?」
「まあ、片腕ってのを加味しても……軽いんじゃないかな」
胡桃の物差しで見れば軽いのか、それとも本当に俺が軽いのか。どちらもというのもあるだろうが胡桃的には思う所があるのかもしれない。それを示唆するかの如く、胡桃の声はどこか感慨深げというか、切なさが混じっている気がした。
「いつ降ろしてくれる?」
割と真面目に2回目を聞いてみると、今度はすんなりと放してくれる。斧も使ってようやく立ち上がる俺を見て、胡桃は若干悲しげな顔をした。
「なあ、いけるのか? ここんとこずっと無理して、休む暇もなかったのに」
「いけるかいけないかの問題じゃない。いくしかないんだよ。それに、忍と合流すれば俺以上の戦力になる……死なれたら大損だ」
「戦力になるから、騙されてるかもしれないのに迎えに行くのか?」
―――わかってて聞いてるな。さっき話した時も俺はしっかりと個人的な感情も込みだと匂わせたのに。改めて俺に言わせる意味があるんだろうか。
「……戦力になる、それ以外にも思う所はあるさ」
「昔の仲間だったから?」
「………そうだな。やっぱり親友は放っておけないんだよ、何度も救われた恩もあるし、何より俺自身として見捨てたくはない。お前や悠里達と同じくらい大切なんだ」
「そっか。―――なら急ごうぜ、お前の恩人ならあたし達の恩人でもある。そこかしこで煙草吸われたら嫌だけど……」
「あいつは坂上程ヘビーじゃない、日に2本も吸えば多い方だ。まあストレスが溜まれば本数も多くなるだろうけどな。とはいえ、まあ……胡桃にそう言って貰えて嬉しいよ」
羞恥心を堪えながらもなんとか面と向かって感謝の意を述べると、胡桃も若干照れながら笑ってくれた。……そして、どちらからともなく歩き出す。最初はいつもの歩幅で、だが数歩分進む度にいつの間にか俺達は小走りになっていた―――
一方。とある一軒家では追っ手から身を隠す為、2階の部屋の隅で背を低くする2人がいた。双方とも食料と水の備蓄は底を尽く直前だったが、奇跡とも思える瞬間にかつての仲間と通信が繋がり安堵したものの……
「やべぇな、いよいよ近くまで来てる……」
「うーん、こりゃミヤちゃんが来たら一戦交える破目になるかなぁ?」
「かもしれないっすね。あいつもそんなヤワじゃないとは言え片腕だし……いざとなったら俺も援護に行きますわ」
「その時は俺も出ましょうか?」
「いや、尊さんは戦闘慣れしてないと思うんで待機で。あいつらかなり殺気立ってるし……そもそも戦闘法教えちゃったの俺だし、自意識過剰かもしんないすけどかなり強いっすから、あいつら」
小声で会議をする中、忍がカーテンの隙間から外の様子を伺う。件の追っ手は確認できずとも追跡方法を教えたのも忍自身なのもあり中々侮れない。何度も証拠隠滅や攪乱を仕掛けてもここまで追ってこられている現状を考えて、足跡が途絶えたこの辺りでしらみ潰しに探されたらもう後がないとわかっていた。
雅と連絡を取り、すぐに行くと言われたものの既に30分が経過しようとしている。仲間の説得が長引いているのか、それともあの電波状況からかなり距離があるのか。あらゆる思考を巡らせるが、今は待つしかない、という結論に何度も至っていた。
「ミヤの奴なにやってんだ……」
「まあまあ、見つかるのは時間の問題とは言えミヤちゃんはかなりの慎重派ですから。もしかすればもう傍に居て索敵してるのかもしれないし」
「そういう話ならぶん殴ってやる……索敵は3分で終わらせろよ……」
「でもそれでこの前“成人”2体くらい見逃してませんでした?」
「あれは……隠れてるのが悪い」
「隠れてる敵を見つけるのが索敵なんだよなぁ……まあ俺も人の事言えませんけど」
忍と尊は傍から見てもいい関係だった。戦闘をこなす忍に、雑務や拠点の管理をこなす尊。かつては雅も戦闘と研究の役割を担っていたが、その行為には2人も頭を悩ませる事は多かった。
というよりも、雅はこの状況になってから輝いた人間とも言える。常日頃から目を凝らし、微かな影の揺らぎや物音にも敏感に反応する癖を持つ雅にとっては今こそが最も“生きがい”を感じる瞬間なのかもしれない、そう思ってしまう程に。
「……何分経った?」
「まだ1分ちょっと」
「………遅いな」
「気長に待ちましょうよ、ミヤちゃんならどうせすっ飛んでくるでしょうから」
忍はここまでの逃亡生活で精神肉体共にで限界を迎えようとしている。睡眠時間を削り見張りに付き、眠っている間も家鳴り1つで飛び起きてしまう。熟睡できた事は抜け出してから一度もなかった。尊も同じ様な状況ではあるが、どちらかと言えば忍の心配をして踏ん張っている。2人揃って、この環境にはもう2日も耐えきれそうにない。
再び忍が窓から様子を伺う。しばらく覗いていると、スーパーの奥にある雑木林で何かが動いたような気がした。その瞬間凄まじい寒気と血の気が引く感覚を覚えながらも必死に目で追おうとする。だが、それ以降何の動きもなく……諦めようとした瞬間、そこそこの太さがある木から何かが覗いた。
「! きた……!」
「マジすか!?」
「大マジっす、ガチ中のガチっす。よく見なきゃ分からないぐらいですけど顔の半分だけ覗かせてる……! てかよく見ればその奥に前のシャベル持った子もいる!」
「え、2人だけ? 忍さんが会った時は銃を持った男の子もいたんですよね?」
「潜伏させてるのか、それとも連れてきてないのか……どっちかはわかりませんけど、とりあえず来た事には来ました。ワンチャン車の防御につかせてるのかもしんないけど」
2人は歓喜を抑えきれず、静かに拳を合わせる。その微かな動きがカーテンの隙間からでも確認できたのか、雅と忍の目が合う。
「うわ目合った」
「うわって……」
「100はありますよ? この距離で見つけてくるとかおかしくないすか?」
「ミヤちゃん殺気感じたとか言ってそっち見ずに成人の頭潰すんだからおかしくないのでは?」
「それもそうだわ………っていつの間にかいなくなってるし」
「ははっ、次の瞬間後ろにいたりして」
まさか、と忍が笑う。尊も冗談半分で言ったのもあり、2人して軽口を叩きつつまた潜伏の状態に入る。だがその頃にはもう雅はすぐ傍まで忍び寄っていた。
―――嬉しい誤算が起きている。忍は明らかに誰かと話しているような感じがしていた。しっかりとその目を確認した訳ではないが、もしかすれば忍だけでなく尊さんも……そう思うと、自然と速度も上がってしまう。連れてきたのが胡桃で本当に良かった。流石元陸上部と言うべきか少々息は上がっているが殆ど離れずに付いて来てくれている。
「お、おい……! 流石に急ぎ過ぎなんじゃ……!」
胡桃の忠告は聞こえてはいるが頭で理解しようとしなかった。それよりもあの2人と会えると言う喜びの方が強い。
「みやびっ……!!」
―――その忠告を素直に聞いておけばよかったんだ。
―――気が付けば、俺は壁に
あらゆる予測が脳内を飛び回る。鈍い痛み……最早熱にも感じられる感覚も無視して、目の前の光景を受け入れられずにいた。
「まさかこんな所で鉢会うとは思わなかった……」
自信のない声で、槍を持った青年が呟く。最早過呼吸と言ってしまえる程に息が上がり……初めて人を刺したんだろう、目も泳いで手も震えている。
「雅っ!」
「騒ぐな……! 次はこいつの首を刺すぞ!」
槍は貫通、俺の背にはブロック塀があるが……これは運よく肉抜きされた場所にでも嵌っているのかもしれない。改めて傷口を見ても、刃というものはないらしい。ただ刺突に特化させた、直径2cm程のパイプの先端を斜めに切り落としたもの。
胡桃の声で俺も冷静さを取り戻してきた、とにかく……相手が委縮している今が色々聞けるチャンスだ。
「手が震えてるぞ、ルーキー。人を刺したのは初めてか? 肩の力抜けよ」
「ル、ルーキーだと!? お、俺はこの部隊に入って3ヶ月のベテランだぞ!!」
3ヶ月か……ルーキーどころかヒヨコ同然じゃないか。
「ベテランねぇ……感染者を殺した事は? この槍で何匹殺った」
「お、俺は警備ばかりで戦果はないけど……で、でもこれで戦果1だ!」
「そりゃめでたい、この槍はお前が作ったのか? 随分出来が良いようだが」
「そうさ! この槍も、防具も全部自作だ!」
「……そうか、安心した」
握っていた斧をわざと落とす。胡桃も青年も、俺が抵抗を諦めたのかと勘違いしている様子だ。……んな訳あるかっての。
「雅!」
忍の声だ。すぐ近くまで来ていたのが幸いだ、もっとも、俺が焦らなければ先に排除できていたが。当然ながら、青年の視線は忍の方に流れる。
距離は120cm程、この距離なら問題なく当てれる。狙うまでもない、一瞬でも怯ませてやれば勝ちは確定だ。
「だいじょうぶ―――」
青年の目が忍をとらえた瞬間、腰から感染者用のナイフを抜き手首のスナップを利かせて投げる。回転が掛かる距離でもなく、その切っ先は狙い通り標的の腹へと吸い込まれた。
「あっ!?」
驚きの声も当然だ、ぱっと見3cmは刺さったな。すぐ抜けたが、この一瞬を待ってたんだ。
「甘いんだよ」
肩に刺さっている槍を掴んで体ごと上に逸らすと、面白いくらいに手離させる事に成功する。そしてそのまま一歩踏み込み、渾身の横蹴りを鳩尾に入れてやった。
声にならない声で微かに吹き飛ぶ青年を見て、胡桃がスコップを構えて間に入る。忍は突然の事に呆気に取られているのか、立ち尽くしたままだ。
「沈黙は金って言葉知ってるか。この槍で感染者を屠ってたら俺は死んでたな、流石に肩は縛る事も切り落とす事も出来ない」
「ぐ……なんで……? 隊長に教えられた通りにやったのに……」
「あとそのナイフは今まで何十体と感染者の血を吸っている。勿論綺麗にはしてるつもりだが……感染したかもしれないなぁ」
「えっ……」
相手の顔が一瞬で青ざめた。忍も流石に若い人間を手に掛ける事態には参るのか、目を逸らしている。
「だがまあワクチンがある。もし俺達の仲間になるって言うなら分けてやってもいいが」
「なる! なる、なります!!」
「おい雅、流石にこれ以上人数が増えれば……それにこいつは追ってきてる奴だぞ!? いつの間にか抜け出されて居場所を伝えられたら……」
胡桃の心配はごもっともだ。だが今はこれでしか“釣れない”。見られた以上、危害を加えた以上、例え俺の不注意で起こった事でも……いや、だからこそけじめはしっかりとしなきゃな。
「忍、尊さんいるのか?」
「ああ、今待機させてる」
「なら撤収だ。あー、あとこれ、邪魔だから抜いてくれ」
「……大丈夫なのか?」
「俺こういうお洒落なのは似合わねえんだよ」
「はっ、ちげえねえ」
忍は黙って俺の正面に立つと、難なく槍を抜いてくれる。……この刺されるのと抜かれる時、最悪だ。切られるのはともかくとして刺されるのは傷も重くなりやすい。今回は運が良かった、この怪我も授業料だと思えば納得が付く。……とはいえ、俺の怪我って大体右側に集中してないか?
「胡桃、そいつの手と口を塞げ」
「……わかった」
「悪いが安全地帯に着くまでは拘束させて貰う。途中で仲間を呼ばれても厄介なんでな」
忍が尊さんを呼びに、胡桃が倒れていた青年を捕縛している間に俺は塀に付いた血を出来る限り拭き取る。傷の出血は……まあまあだな……血痕を残すのを避ける為にも一応止血したいが、時間も人手も足らない。っていうかバッグが……また穴空いたよ。
「ミヤちゃん!」
そうこうしている内に忍が尊さんを連れて戻ってくる。俺が負傷したと聞いたのか血相を変えて駆け寄って来るが、俺が平気な顔をしてるのを見ていくらか安心したらしい。
「久し振り。お互い生きてて何よりっすね、俺死にかけましたけど。つうかこれ破傷風になったら死にますけど」
「そうならない様に早く手当しよう」
「そんな時間もないんですよ、今は。次の追っ手が来る前に移動して……とりあえず手当は歩きながらでもいいっすか」
「えっ、いやそれは難しいんじゃ……」
「胡桃、手当頼む。忍は警戒しながらそいつの連行、怪しい動きしたら肋骨3本くらいまでは許す。尊さんは周辺警戒に専念してください」
それぞれに指示を出して、また歩き始める。歩くと言うより行きと同じ早足だが、とりあえず林の方まで行けば一先ずは安心だ。
道中新たな追っ手に見つかる事もなく、かつ移動中に消毒と包帯を巻く程度は完了した。こいつも肋骨3本という言葉が効いたのか、本気で仲間になるつもりなのか終始大人しかった。
そしてあと100mという所で足を止める。
「胡桃、忍。尊さんを連れて先に戻れ」
「雅はどうするんだ?」
「こいつの……試験をする」
胡桃は察したのか、1秒と経たぬ内に無表情になった。驚いているのか? それとも当然の事だと無理矢理納得したか? 後でなんと言われようと、俺はこいつを拠点まで連れて行く気は毛頭ない。途中までの道も知られた以上、逃がす気もない。これからするのは……少し前のテロリストと何ら変わりない行為だ。
「……わかった」
「ミヤちゃん、まさか―――」
「そう、アレですよアレ」
青年に悟らせないよう、いつもより高いトーンで告げる。隠語という訳じゃないが、2人は大体察していた様だった。そしてさっきから一言も発さない忍も、俺が仲間になるかどうかを持ちかけた瞬間からわかっている。
「ミヤ、試験見ててもいいか」
「……邪魔しないならな」
先に戻る2人が見えなくなるまで待つと、道から離れた林の中まで連れ込み切り株に座らせる。
「……それじゃあ試験を始める。まずいくつか質問をしよう、全て正確に答えれば感染の心配はない。―――お前達の規模は?」
何故そんな事を聞かれているのかわからない様子だった。だが、余程生存本能が強いんだろう。しばらく考えた後、すらすらと情報を喋ってくれる。
「―――規模は30人、残りの食料は4日分、捜索は明日で打ち切り。これに間違いはないな?」
「は、はいっありません! ほ、他に質問は―――」
「そうだな、好きな人はいるか? 家族は?」
「す、好きな人……? い、います。家族も……兄が、います」
そうか……これじゃやり辛いな。
「……じゃあこれが最後だ、お前の名前は?」
「町田―――」
ある程度安心していたんだろう。半ば笑顔で、自分の名前を言ってくれる。もしかしたら、そう思って一応聞いてみたが、俺達の関係者ではなさそうだ。肩に担いでいた斧を瞬時に振り上げ……た所で、忍に手を掴まれた。
「待てミヤ」
「……なんだ」
「逃がしてやろう」
「……そのリスクは分かってるのか」
こいつは初めて俺の意図を知ったらしい。すぐに全身が震え始め、涙目になって小声で命乞いを始めている。
「殺すには若過ぎると思わないか? こんな奴まで殺したら俺達は……」
「大丈夫だ、殺すのは俺達じゃない。俺個人だから」
「いや、だから」
「いいか、シノ。俺達は迎えに来る直前に安全地帯を得た。早々手放す事は出来ないんだ、車も使えなくなってる」
これは逃がすならとても重要な情報を与えてしまっている。だがそれでいい、もう殺すしかない、そこまで持っていければ―――
「ミヤが手を汚す必要ないんじゃないか? ほっといても勝手に死ぬかもしれない」
「かもしれない、じゃ駄目なんだよ。確実に死んで貰わなきゃ困る。……手を汚したくないからと言って逃がして、後にそれが原因で誰かが死ねば? 誰が責任を取るんだ? 仮にシノが責任を取ったとして、生き返らない」
「……確かに、そうだ。でも流石に殺すのは……」
「気持ちは分かる、だがこんな時に良心の呵責を起こすな。こいつに見つかったのも俺の責任だ、だから俺が始末する。やり辛いのは俺も同じだよ、シノ」
「……先に戻ってる」
耐えかねたか。まあ、いいだろう。シノの言わんとする事も十分わかる。よりによって俺を見つけて刺してきたのがこいつだった、その相手には好きな人がいて、家族もいた。実に不幸な出来事だ。ここで逃がしてやってその恩を感じてこの辺りにはいなかった、と言う可能性もない事もないだろうが……そんなちっぽけな可能性に賭けるなんて馬鹿らしい。
「そんな……嘘、だったんですか? 全部答えたら感染の心配はないって!」
「そうだ、お前は成る前に死ぬ。最初から生かしてやるといった覚えはないが? それ以前に、自分可愛さに鞍替えすると言ってペラペラと内部情報を渡す奴は信用できない。つまりお前は試験に“落ちた”んだ」
「そ、そんな……話が……違うっすよ……俺を、仲間にしてくれるって……」
「確かに言ったな。……あれは嘘だ」
絶望の余り逃げる気力もないんだろう。振り下ろした斧の切っ先は、容易く町田と名乗った男の頭に深々と突き刺さった。
……楽に殺してやるには銃が一番だ。だが、周りに誰が居るかもわからない今銃声を響かせるのは頂けない。だからこそ、容赦なく、一瞬で死ねるように刃の方を使った。間違いなく即死だ、痛みを感じたかどうかはわからないが、それも一瞬だっただろう。
「……今更だ、何後悔してるんだ」
胸の奥でどよめく感覚を押し殺そうと、自分に言い聞かせる。
「今まで何人殺してきた、10人か? 20人か? 最低でも30は超してる。今更1人増えた所で何ざわついてんだ」
斧を引き抜く。ぬちゃりという音に、嫌でも分かる感触。どす黒い血に染まった刃を見て、今まで感じた事のないモノが込み上げてきた。
胃液が逆流する。起きてから何も食べていなかったのが幸いだった。2度、3度と胃が空っぽになるまで吐いた後、唐突な空腹感に襲われる。
「腹、減ったな」
目の前にある肉塊を、脳髄を舐め回す様に見てしまう。視線が……そこに集中して外せない。ひとしきり吐いたんだ、腹も減る。起きてから何も食べてない、昨日もほぼ食べて―――
「っ!?」
ぼーっとしてきた所で我に返った。右肩の傷を押さえ、痛みを確認する。大丈夫、俺は俺だ。何故よりによって人肉見て飯の事を思い浮かべる? それは俺でもわかる程異常だ。なんでこんな思考に至った? ―――なんて……本当は、わかってるんだけどなぁ。
近くの木である程度血と脳髄を拭うと、返り血を浴びていないか確認する。大丈夫、これなら悠里達に悟られはしない。斧に残った血は……とりあえず死体の服で拭いて……見た目は整った。
「……戻ろう」
独り言が多い。斧を近くの木に立て掛けて1発気付けをすると、いつもの感覚に戻る。大丈夫だ、まだ大丈夫。 行きと同じ歩調で、道を戻っていく。これ以降拠点に帰るまで、身体に異変は起こらなかった。
雅、またも負傷。そして異変。
本来ならば大学編で初めてゾンビ化?の症状が表に出てくる所ですが、雅が本来より伸びに伸ばしまくっているおかげで展開が進む前に自覚症状が出てきてしまいました。
しかし同時に以前の仲間だった忍と尊との合流。かなりの大所帯になってきたのに加えて火力としては申し分ない所まで来ています。
というかゾンビより生存者と戦ってる方が多くない? 端折ってるだけできちんと戦ってはいるんです、端折ってるんです。
この作品思ったより生存者多くない? きちんとした設備があったとは言え生き残れた学園生活部や大学生達と違い、がっつり世紀末状態の中生きていた人もいると思ってます(自己解釈) それにしても多過ぎる気もしますが。
次回、久々のスローライフを予定してます。りーさんに出された条件とは? 先に明言しておくとグロのR18描写はあってもそっちのR18描写はありません。
そろそろ閑話入れようか迷ってる。