がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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本編、外伝含め大きく間が空きましたが私は元気です。
しばらく時間が確保できるので、再び順調に投稿できる……といいなぁと思っております。


2.ぶらっく・報告

 

―3日目―正午過ぎ―生徒会室―

 

 

「誰もいない?」

 

 昼食を終えて、丈槍と一緒に生徒会室に戻ってきた。扉を開けても1人もいないどころか、俺が出て行ってからほぼ何も変わっていない。空気の流れも、空間ごと止まっていたかのようにさえ感じた。

 

「あれ、どこ行っちゃったのかな」

 

 丈槍が俺の後ろから部屋を見回している。驚かす為に隠れている、っていうのじゃなさそうだ。

 部屋に入り辺りをくまなく観察してどれ程人が居なかったのかを推測してみる。机の表面、しゃもじとスプーンが浸けてある桶、匂いに至るまで痕跡を探ってみるが流石に普段から使っている部屋だと分かり辛い。

 

「……炊飯器の中はほぼ空だ、飯を届けに行ったか。そのまま向こうで一緒に食べてるのかもな」

 

「すごいね、探偵みたい」

 

「この程度じゃ推理にもならない。まあ待ってようか、トランプでジジ抜きもするか?」

 

 この部屋に元々あったらしいトランプを棚から持ってくると、丈槍は笑顔で頷く。お互い席に着いて箱から出したカードからジョーカーを抜き、念入りにシャッフルする。

 そして丈槍に1枚引かせて、それを箱の中に入れた。

 

「さぁ、やろうか。運はいい方か?」

 

「うーん……あんまりよくないかも」

 

「じゃあ選べ、最初の1枚はどちらに配る?」

 

 丈槍は腕を組んで考え込んだ。ひとしきり悩んだ後、右手で俺を指さす。

 

「……よろしい」

 

 拙い動作でカードを配っていく。トランプのゲームはあまりやらない、というかやる相手がいない。昔はいたが、いつも神経衰弱しかしない所為で負け続きだった。

 以来、俺は神経衰弱はしていない。1枚をめくるごとに、1つのペアを勝ち取るごとに嫌な記憶も思い出すに違いないからだ。

 配り終えた手札からペアを抜き取っていく。2人だけでやってる以上最初の数は多いが、この段階で大方間引かれる。やがて互いに10枚程度になった頃、俺達は目を光らせて本気の勝負を始めた。

 

 

―3日目―同時刻―空き教室―

 

 雅と由紀がゲームを始めた頃、同じ階の教室で忍達は食事を摂っていた。この部屋は倉庫として使う候補の1つであり、清掃が行き届いていて居心地も悪くない。ただあえて欠点を述べるとするのなら、階段から少し遠いという事くらいだ。

 食べ始めてからそう時間は立っていない。だというのに会話はなく、もう長い時間皆でこの部屋に引き籠っている。そんな風に感じた忍はようやく口を開いた。

 

「……あいつは、昔妹を亡くしてます。でもその事を覚えていない、妹がいた事すらあやふやで今となっちゃ完全に忘れてるんです」

 

 低く重い声色。思いの外重要な話だと勘付いた悠里達は一様に食事の手を止める。そして忍が次の言葉を発するのを待つように、誰一人として口を挟まない。

 

「でも、それを思い出す時がある。疫病神、役立たず……それだけは絶対に言わないで欲しい。それを言ったが最後あいつは全部思い出して手を付けられなくなる……」

 

「そんな事絶対に言わないわ。だってあんなに頑張って……寝る間も惜しんでるのに」

 

 佐倉慈は会った時から雅を不思議な人間だと認識していた。職業柄色んな人間と接し、色んな相談を受けたりした。その中でも雅は突飛であり、悪く言えば怪しい雰囲気を纏っている。

 瞳には生気がなく、表情もほぼないのも合わさって人形の様な印象を受ける。しかし何か決意染みた固い物が潜んでいる。そんな印象の通りになったと半ば薄ら寒さも感じていた。

 

「それが本人に向けて言わなくてもアウトなんすよ、例えば俺がサボりまくって胡桃が俺に無能って言ったとする。その言葉を聞いてもあいつはぶっ壊れる直前まで行くんです」

 

「……なるほど、つまりネガティブな言葉は一切いっちゃいけないって事か」

 

「まあ早い話そうなんだけど、流石にそこまで制限しちゃってもな。っていうか言わなくてもほっとくとぶっ壊れるし」

 

「は!?」

 

「あいつよく1人で突っ走るタイプなんだよ。どうにかしようと夢中になり過ぎていつの間にか限界も越えてて、気付いたら体が動かなくなってるって前聞いた事がある」

 

「なんだよそれ……じゃあそれも止めなくちゃいけないのか。ていうか不器用すぎないか?」

 

「そう……あいつは正真正銘の不器用だ、だから誰かがフォローしてやらないといけない。それをしてこなかった結果が、今のミヤだ……」

 

 忍が何かを思い出すかの様に虚空を見つめる。その表情からどのような事態になるか、悠里達は大体予想できた。

 

「……わかりました。私も教師です、今となればあなた達3人もここの生徒の様なものですから」

 

「最初はとんでもないヤツ引き入れちまったとも思ったけど……あいつもあたし達を生かす為に必死になってるんだよな……なら、その分は返さないとな! な、りーさん!」

 

 意気込む2人をよそに、悠里は腕を組んで考えていた。胡桃の言う通り、とんでもない人間を校内に入れてしまった事を悔やんでいるのかと忍と尊は不安に思う。

 が、悠里の考えている内容はその真逆だった。

 

「……ねえ、今の雅さんって……正に突っ走ってる状態なんじゃ……?」

 

 その一言に、全員が固まる。

 

「いや多分まだ……本気じゃないとは思う。人数もいるし進捗も予定通りだし……それに本気を出してる間は常に構えてるような体勢になって目付きもキツくなるし……」

 

「ミヤちゃんいつも持ってるよね、木刀。いつも見てたアレは素手の時の状態なんじゃないかな?」

 

「あ、そういや寝る時も木刀持ってる! いやでもただ持ってるだけじゃ……あ、そうだ。ちょっとあいつの所行って一発殴ってくる!」

 

「おい待てなんで殴る必要があんだよ!?」

 

 食べ掛けのおにぎりを脇に置いて駆けだそうとする忍の腕を胡桃が掴む。

 

「本気の間は反応速度が異常なんだよ! だからカウンターか回避されたら本気だ!」

 

「確認方法が過激すぎるだろ! なんか他にないのかよ!?」

 

「……………ない!」

 

「聞くとかないのか!?」

 

「あいつの本気は無意識みたいなもんで自覚は多分ない!」

 

「じゃあ解除方法は!?」

 

「あぁ……一応あるわ」

 

「えっ、あるの? じゃあいいじゃん、さっさと解除すれば大丈夫だろ」

 

 あっさりと終わった問答に当人達以外が苦笑する。今までの寸劇はなんだったのか、そこまで焦る必要があるのかと思わず突っ込みたくなる程だ。

 

「……お前じゃ無理だな」

 

「は?」

 

 忍が胡桃を見て諦めの眼差しを向ける。そこから悠里、慈と視線を移していき……慈を見た所で指を鳴らした。

 

「先生ならイケる」

 

「へ? 私……?」

 

「要するに安心させてやりゃいいんですよ、自分が本気を出すまでもないとわかればあいつは勝手に元に戻ります。そうさせる為には……結論から言ってバブみです」

 

「……悠里さん、バブみってなに?」

 

「すみません、私にもよくわかりません……」

 

「なんかすっごい下らないって事だけはわかるぞ、間違いなく」

 

「シノさん……今すごい勢いでミヤちゃんの株が下がってるよ。せめてわかりやすく、真面目に言わないと……」

 

 尊によるフォローが入るものの、忍は「下らないけどこれが一番早い」と最短距離を行こうとする。尊は思い出した。雅も忍も、これと決めたら突っ走るタイプであったと。

 だがここは雅の威信の為にも自分が弁解しなくてはならない。そう思い立ち手を挙げるが……

 

「いえ、ここは俺に。わざわざ尊さんの手を煩わせる訳には行きませんから」

 

「そ、それは有り難いけど今回は―――」

 

「大丈夫です、任せてください。―――つまる所バブみってのは母性、自分より上の相手が大丈夫だと言えば大丈夫! 特にあいつは女性には簡単に逆らえないから佐倉先生は適任なんです!」

 

「今時の子って色んな言葉を作るのね……でも私母親って言える程歳は―――」

 

「大丈夫っす! 先生には母性が溢れてるんで!」

 

「それは……褒め言葉なのかな?」

 

 笑顔の奥に潜む得体の知れない感情に、忍は無言で狼狽えてしまう。女性に年齢の話はご法度というのは古くから受け継がれてきた常識であり、男なら誰であろうと逃れられないタブーだ。そのタブーに忍は触れてしまった。

 

「……はい、一応、褒めてます……母親というより姉、ですよね? ははっ……いやマジですいませんでした許してください何でもしますから」

 

「ん? 今何でもって」

 

「尊さん今はマジで笑えないっす……」

 

 深く頭を下げたまま固まる忍を見て、慈は考える。この中で一番年齢が高いのは残念ながら自分だ。教師でもあり、ここにいる全員の心の支えとなれるのなら……確かに母親や姉の様な存在が必要かもしれないと。

 

「もういいですよ、忍さん。私も決めました……いつまでもただの教師でいる訳にはいかないんですね……」

 

「……え!?」

 

 忍は思いもよらぬ回答が帰ってきた事に驚く。忍が言った事は俗物的な意味も含めた冗談のようなもので、到底通ってしまうような内容ではなかった。

 だがそれが慈の内心に変化をもたらし、新しい思想を生み出したのは事実だ。

 

「決めました。部活をやりましょう!」

 

「部活? こんな時に部活なんてやってる場合じゃ……」

 

 ガッツポーズをしながら立ち上がった慈に、悠里が異論を唱える。

 

「いいえ、本当の部活じゃないわ。部活という体でグループを作ってそれぞれの役割を作ろうと思うの。ただ生き残る為だけにやったら、すごく殺伐として気が滅入っちゃうでしょ?」

 

「はい先生! 大隊とかいう呼び名もいいと思います!」

 

「おっ、それいいな! すっごいかっこいい!」

 

 ミリタリー系を愛する忍が出した呼称名に、胡桃が賛同する。しかし慈は黙って首を振り「殺伐とするのはダメ」と一蹴されてしまった。

 

「……2人は放っておくとして、部活名はどうするんですか?」

 

「うーん、いくつか候補はあるんだけど私は顧問だから。悠里さん、あなたに部長をお願いしていい?」

 

「え……私なんかより相応しい人がいるんじゃないですか? 尊さんとか忍さんとか雅さんとか」

 

「尊さんはともかく雅は本気出し始めるから駄目だ、俺も人を引っ張ってくなんてできない」

 

「私も人を引っ張るのは苦手なんで……ミヤちゃんは言わずもがなだよね、短期間なら馬車馬の如く働かせてもいいけど。でも外に出るならミヤちゃんを筆頭に組んだ方が良いかもね、心配性だから誰かが怪我して帰ってくるとすごい悲しむんだよ」

 

 男3人をリーダーに据える事ができないと知り、悠里は思い悩んでしまう。そんな姿を見て、慈は悠里の肩に優しく触れた。その2人を見て忍と尊も言葉を失ってしまう。

 人を率いるというのはとてつもない覚悟と信念、そして重い責任が背に掛かる。会社とは違い、安直な考えで臨めば人が死ぬこの状況下ではその重荷に耐えられる人間は早々いない。

 誰もが死を恐れ、最悪の状況を考えてしまう。もし自分の指示で誰かが死んだら―――判断が遅れた所為で自分だけ生き残ってしまったら、と。

 

「……これはこの場で決める事じゃないみたいだね。佐倉先生も皆も、一度生徒会室に戻ろうか」

 

 尊は意気消沈してしまったこの場をリセットする為に提案する。その案に全員が頷いた。

 

 

―3日目―生徒会室―

 

「なん……だと?」

 

「雅さん運ないの?」

 

「いや、まあ……うん」

 

 ボロ負けだった。ジジ抜き、ババ抜き、ポーカー3回勝負とやってるのに……全負けだと? 嘘だ、俺は比較的運は良い方なのに……まさかこの女、俺の運を吸ってるのか?

 

「そっか……でも元気出して! 運なんかなくたって良い事あるよ!」

 

「いいか丈槍、この世は全て運だ。アイスの当たりも景品の抽選もそう! 果てには出会いすら運なんだよ! だから俺は友達が少ない!」

 

「でも私達には会えたよ?」

 

「まあ、そうだな、これで一生分使い果たした気もするけど」

 

 運の総量は決まっている。そう信じて止まない俺は毎年の正月で必ず大吉を引き、くじ引きでも一等を取る。そしてその先、運に恵まれる事はない。俺が思うに、運は1年でリセットされるのだ。そして俺は、その運を3ヶ月と経たない内に使い果たす。

 ある時はある、これでもかと言うくらいに幸福が訪れる。だがそれ以降、俺は全くと言っていい程運には恵まれない。そう……運とは極端なものなんだよ。俺の場合は特に。

 

「でもゲームなんかで運を使っちゃうと勿体ないから、きっとエコモードだったんだよ! だから雅さんもそんなに落ち込まないで? 私も雅さん達と会えてすごい嬉しかったから」

 

 何故俺は年下の女の子に慰められているのだろう。惨めな気持ちと同時に、その優しさに目が潤みそうだ。

 

「丈槍、お前モテるだろ?」

 

「えっ!? あ、あんまり……?」

 

「そうかぁ、ここの男共は眼球腐ってんなぁ……やはり人生経験の浅い奴には人を見る目がないか……クソ共が」

 

「た、たまにすごい事言うよね……」

 

 不味い、ドン引かれた。やっぱり俺は人を相手にするのは……それより俺の人格に問題ありだな。気を付けなきゃ悪影響が出てきそうだ。

 

「悪いな、口癖だ。というより俺の性格はひん曲がってるから反面教師として参考にしてくれ、反面教師ってわかるか?」

 

「うん、その人の反対の事が正しいんだよね?」

 

「概ね合ってる。が、結局は自分の正しいと思った事だけを取り入れろ。どういう場面であれ、最終的には自分が納得できなきゃ意味がない。よく考えて、間違ってると判断したら速攻無視していい。……それを妥協すればいつか後悔するからな」

 

「……後悔してるの?」

 

 苦笑から捨てられた子犬を見る様な目に早変わりした丈槍は、真っ直ぐ俺の目を見つめてくる。……あー、そういう純粋な瞳は嫌いだ。でも同時に守ってやりたいとも思う。

 もしこいつがこの先も毒されず、このままでいられるなら……出来るならそうしてやりたい。

 

「さあな……誰だって後悔の1つくらいあるもんだろ。俺はいちいち覚えちゃいないが」

 

「でも雅さん、悲しそうだよ?」

 

「そうか?」

 

 偶然近くにあった鏡を見てみる。だが表情はいつも通りで、どこにも感情が籠っていない。そこでなんとなく自分の目を手で隠してみる。

 

「どう感じる?」

 

「……見ざる?」

 

「猿じゃねえ、てか割と博識だな……」

 

「うん! 子供の頃家族旅行で行ったんだー」

 

「子供の頃、ねぇ。今でも子供みたいな見た目してんのに?」

 

「あー、ひどーい。雅さんそういう事言うんだー」

 

 俺でも他愛のない雑談で盛り上がれるとは思わなかった。やっぱりこういう状況になってこそ俺は光るのかもしれない。鬱屈とした平和な日常より殺伐とした死と隣り合わせな非日常が過ごしやすいと思うのは……まだ中二病が抜けていないのか?

 でもまあ、昼食前とは別人の様に笑う丈槍を見てるとどうでもよくなってくる。

 

「あ、誰か来た」

 

「ん?」

 

 丈槍が人の気配を感知した直後、俺の耳にも遠くから歩いてくる微かな足音が聞こえてくる。まさかこいつ……俺より耳が良いのか? それかほぼ毎日爆音で音楽を聞いてて難聴にでもなったのかもしれない。どことなく急いでいる様に感じる足音がこの部屋の前まで来ると、即座に扉が開け放たれる。

 

「雅さん!」

 

「はい!?」

 

 ……足音の主は佐倉先生だった。だがその顔はどことなく焦っていて、しかし迷っている風にも見える。というより……何か恥ずかしがっている気もする。

 先生は俺の目の前まで来ると机に立てかけてある木刀と、俺の目を見て―――床に膝をつき、俺の手を握った。

 

「忍さんからあなたの事を聞いて……無理してないですか?」

 

「無理!? 無理ってなんですか!? てかなんで手握る必要が―――」

 

「1人でなんでもやろうとしないでくださいね? 皆で力を合わせてやればきっと解決できますから」

 

「そ、そうですね。まあでもほら、ね、バリケードの制作も順調ですし今日中に終われば後は消化試合っていうか」

 

 不意打ちで接触を図られるとついテンパってしまう。しかもそれが異性ともなれば話は別だ、女性に対しての免疫がない俺にとって例え指先が触れただけでも引かれてないだろうかと不安になる。

 あたふたしながらふと入口の方に目が行く。そこには忍がいて、満面の笑みでサムズアップしていた。元凶はお前か後で覚えてろよ。

 

「……あれ? もしかして雅さん……今本気出してます?」

 

「ほ、本気? いや出してますよ気抜いたら死ぬのに出さない訳ないじゃないですか……今ので吹き飛びましたけど」

 

「じゃあ良かったです!」

 

 何が良いんだ!? 忍は一体何を吹き込んだんだ、先生すっごく仕事した的な笑顔で安心してるんですけど。改めて忍の方を睨むと、今度は尊さんも一緒に頷きながらこっちを覗いている。

 

「なんのつもりだこれは?」

 

 ダメ元で聞いてみると、ぞろぞろと残りのメンバーを引き連れて部屋に入ってきた。まさか今の全部聞かれてた……? ヤバい、恥ずかしくて死にそうだ。いつも凛々しい対応を心掛けていたつもりだが、これでイメージは大きく変わってしまった。これじゃ……これからどう仕事を頼めばいいんだ。

 

「ミヤちゃん……良かったなぁ!」

 

「何がだよ! 全然良くねえからな!? ……もう、台無しになっちまったじゃねえか。あとちゃん付けで呼ぶな」

 

「いやー、いつも氷の様に冷たい雅さんがこんな普通の話し方するなんて思ってなかったなー」

 

 恵比寿沢までもが棒読みで煽ってくる。クソが、今度一番キツい仕事押し付けてやろうか。軽く睨んでやると、すぐさま若狭の後ろに引っ込んでしまう。

 

「シノ、どういう事だ」

 

 咎める様に聞くと、シノが真剣な面持ちで前に出てくる。……なんだ、そんな顔する程真面目な事だったのか?

 

「良かれと思って。実際良かったろ?」

 

「何が」

 

「まあ冗談は置いといて。お前が本気出すとぶっ倒れるって言ったら結構大事になっちまってなぁ、それをどうにかする為にもまず先生に助力を願ったって感じだ」

 

 はぁ、そんなどうでもいい事にこんな大騒ぎしたのか。ったくこいつは……たまにノリだけで生きてるんじゃないかと思えてくる。だが皆が俺を心配してこうなったのも事実、かくいう俺自身も佐倉先生の温もりに触れていくらか癒されたのも事実。どうであれ、シノは手段こそ歪だが俺がどうかならない様にしてくれた訳だ。

 

「……まあいい。それより昼飯は食ったんだな? なら持ち場に戻れ。食休みは10分なら許可する」

 

 かなり棘のある言い方だが、発破を掛けるには丁度いい。人付き合いは2人に任せて、俺は憎まれ役に回った方が効率的だと考えている。いかなる状況であれど、ヘイトを稼ぐ存在がいるのといないのでは大違いだ。勿論稼ぎ過ぎても問題になるが……

 

「ミヤちゃんはどうするんだ?」

 

「俺はこっちで事務作業だ。……そうだ、若狭、1つ頼み事をしてもいいか」

 

 若狭は小首を傾げて何ですか? と聞き返してくる。

 

「新品のノートを5冊程調達して欲しい。2階より下に行く時は忍に付き添ってもらうか、大まかな位置を教えれば取って来てくれるだろう。勿論時間がある時で構わないし急ぎでもない。早ければそれに越した事はないが……」

 

「何に使うんです?」

 

「物資の入出記録と今後外に出た際の記録。その他諸々……早い話家計簿だな、頼んだぞ。それと丈槍、無理する必要はないがお前もバリケード組に参加しろ、後ろで応援してるだけでもいい」

 

「う、うん」

 

「では解散!」

 

 号令と共に俺以外がぞろぞろと生徒会室から出て行く。それを見送って、手早く机の上に散らばるトランプ類を片付けると戸棚の下に隠しておいた小さなノートを開いた。

 表紙にも何も書かれていない手帳サイズの中身には、自分でも読みにくいと感じる程ずらっと文字が敷き詰められている。

 

「……このまま行けば、来週には」

 

 

―3日目―昼食から2時間後―巡々丘高校2階

 

 

「終わったぁ……」

 

 胡桃と尊、そして慈達はやっとの事で敷設が終わったバリケードに寄り掛かりへたり込んでいた。悠里と忍は30分程前にノートを取りに階下へ向かい、大方の作業が終わっていたとは言えワイヤーを張るのに時間を取られてしまった。

 しかも突貫工事で敷設した1階のバリケードとは違い、今回は異常な程までの念の入れ方。最初の1つは雅が指示しながら作っていたが、残りを造るには最初の1つよりもかなりの時間を要した。

 

「にしてもあいつも人使い荒いよなぁ、自分は部屋で黙々となんか書いてるだけでさ」

 

「仕方ないわよ、足怪我しちゃってるんだから。それに湿布を貼っただけでも、本当は骨にヒビが入っててもおかしくない腫れ方してたのよ?」

 

「飛び降りたのはミヤちゃんなんで自己責任なんですけどねぇ」

 

「みんなー、お水取って来たよ!」

 

 由紀が笑顔で3階から持ってきた水を全員に差し出す。3人はそれに感謝しつつ受け取ると、1本丸々飲み干す勢いで喉を鳴らし始めた。

 

「うーん、やっぱ1回ガツンと言わなくちゃいけないかもなぁ。りーさんだって、忍さん連れてるとは言え危ない場所に行かなくちゃいけなくなったんだし」

 

「えー、でもみゃーくんも頑張ってるよ?」

 

「み、みゃーくん?」

 

「うん! みやびくんだから、みゃーくん!」

 

 胡桃は唐突に決められた雅の愛称に呆気にとられる。

 

「ま、まあいいけど。でもさ由紀、私達も昨日から動きっぱなしなんだぜ? その間あいつは何してたと思う?」

 

「う、わかんない……けど」

 

「生徒会室に籠って地図と睨めっこ、あとカロリーメイト齧りながらノートと睨めっこ、それと窓から石投げて遊んでたり……」

 

 胡桃だけでなく他の面々から見ても、雅に対しての不満は溜まる一方だった。それを半ば黙認しているのは元からの仲間だった忍と尊、そして他の誰よりも少なからず接点のある慈だけだ。

 悠里も表では何も言わずとも、実際の所はかなり不満を持っている。だがそれも今日の昼の出来事である程度払拭されていた。

 

「うーん、多分意味はあるんと思うんですけど……ミヤちゃん言わないからなー」

 

「そこがダメだよなぁ。あたしだって何の為にやってるか教えてくれたら納得できるけど、聞いても『今はバリケードの事だけ考えておけ』って……由紀は何か聞いてたりする?」

 

「な、なんにも……」

 

 ろくに情報を得られず、しばらくの沈黙。この中に雅から事前に話を聞いた人間はゼロ、それも教師である慈はおろか、古くから付き合いのある尊ですらも知らないとなれば―――

 

「……ちょっとカチコミ行ってくる」

 

「恵比寿沢さん!?」

 

 持ち前の足を活かし、華麗なスタートダッシュを決めた胡桃は全速力で引き留めようとする慈を振り切り階段を登って行く。慌てて追い掛ける慈だが……悲しいかな、学生時代よりも運動量の減った体は思うように動かず階段の折り返し地点まで駆け上がった所で息が切れ始める。こんな風になるなら少しは運動しておけばよかった、と後悔していた。

 そんな慈を尊も追う。2人の距離はあまり縮まらない。というより、尊自身あまり運動が得意な方ではない為か徐々に引き離されていった。

 

 

―3日目―生徒会室―

 

 

 どたどたと騒がしい足音が聞こえる。何だ、今度は何が起きた? Gの大群にでも出くわしたか? うちら男面子は総じてGへの耐性がほぼ皆無だからなぁ、その中でも俺は……体に付いたり飛んで来たりすれば失神モノだ。少なくとも3mかそれ以降の距離でエアガンで安全に始末したい。まあ、後処理は誰かに任せる事になるが。

 そんな馬鹿な事を考えている間にも、足音はどんどん近付いてきた。……ん?

 

「おい雅!!!」

 

 扉を粉砕するんじゃないかと思うぐらいの音に、その音に負けないレベルの怒号。流石に俺も一瞬面食らってしまったが、今やこの校舎はかなり風通しが良くなっている。そんな大声を出されればあいつらを寄せ付けてしまうだろうに。

 

「うるさいぞ」

 

「てめぇ人を馬車馬みたいに働かしておいて自分はのんびりお絵かきか!?」

 

 恵比寿沢は机に広げられているノートに描かれている書きかけの図を見てガチギレしている。遂にこの時が来たか、遅かれ早かれこうなるとは思っていたが予想より早い。あまり我慢はできないタイプみたいだ。

 

「バリケードはどうした」

 

「んなもん終わったよ!! それより―――」

 

 完了報告を聞いて、俺は恵比寿沢の顔にノートを突きつける。どうやらそこに書かれている文を読むだけの冷静さは残っているらしい。

 

「遠征……物資、調達?」

 

「この校舎にある物資はいずれ底を尽く。まあ量が量だから一朝一夕とはいかないが、備えは多いに越した事はない。それに……武器も必要だ、お前もスコップ1本でこのままって訳にもいかないだろ」

 

「ま、まあ……確かに。でもあれはシャベルだからな」

 

「……そうか、なら“シャベル”で。それで、いくらシャベルとは言え金属製だ、木刀より武器としての機能は高いが限界はある」

 

 恵比寿沢はさっきまで鬼の形相で掴み掛ろうとしていた事も忘れ、真面目に考えている。ちょろい……いや真面目な話をしてるんだからそれに応えてくれるだけ人間が出来ているのか。

 

「確かに木刀じゃ足止めぐらいしか出来ないよな、でもどこから武器を取って来るんだ?」

 

「こいつを見てくれ」

 

 棚からここら一帯の地図を取り出してくると、机の上に広げる。地図には無数の付箋が貼られており、それぞれの施設から得られる物資の見込み量……それと生存者が逃げ込みやすそうな場所まで、想定段階ではあるが一応の目星はつけておいた。

 そして比較的この校舎から近い地点―――ホームセンターを指で示す。

 

「……ホームセンターって、またありきたりな」

 

「そう、ありきたりにして序盤最強装備が揃う場所。それがここだ。ゾンビ蔓延る世界になった時、大多数の人間はまずここを挙げる。工具から日常雑貨、武器もあれば……店舗にもよるが加工設備もある。ここ以外に当面必要な物資が揃う場所は少ない」

 

「そこなら行った事あるけど、加工設備とかはなかったな」

 

「そうか……残念だが仕方ない。まあ電力が無ければ動かないものが大半だからな。とにかくここを目指そうと思う。こればかりは若狭や佐倉先生の意見も聞かないといけないだろうから、全員集めて話し合おう」

 

 恵比寿沢はこくりと頷くと、改めて地図に貼られた無数の付箋を見ていた。

 

「なんだ、サボってるのかと思ったら案外ちゃんとしてたんだな」

 

「当たり前だろ、この状況でサボる程余裕があると思うか?」

 

「教えてくれたらいいのに」

 

「今やっている事で手一杯の奴にこの後どれだけ仕事量があると言えばやる気なくすに決まってる。まずは1つ、完璧にやらせてから自分の能力を自覚させた方がいいと考えたまでだ」

 

 それは過去から学んだ教訓の1つだ。とあるサバイバル系ゲームにて、俺はあらゆる予定を最初からシノと尊さんに提示した。その結果、全く以て自由な時間がないと感じたシノはやる気を喪失。そのゲームは半年ほど積むハメになった。

 ……尊さんは嫌な顔せずやってくれたけど、「ミヤちゃん、この詰め方かなりブラックだよ」と言われたのは今でも覚えている。

 

「み、ミヤちゃん……」

 

「ん?」

 

 若干足を引き摺りながら部屋に入ってくる尊さん、続いてそれに付き添う佐倉先生。その姿に俺と恵比寿沢はなんのこっちゃと頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「あー、そうだ。あたし雅にカチコミにいくって飛び出したんだった」

 

「あー」

 

 それを追う途中で転びでもしたか、災難だな尊さん。

 

「丁度いいな、シノ達が戻り次第緊急会議を始める。尊さんは傷の応急処置を。恵比寿沢、救急箱を頼む」

 

「あいよ」

 

 佐倉先生は……あぁ、もう尊さん座らせて応急処置の態勢に入ってるな。なら問題ない。後はシノ達の帰りを待つだけだ。

 

 それから忍と悠里が生徒会に戻るまでは20分程掛かり、あおの間に尊さんの応急処置は終わった。幸い骨折や捻挫もせず、脛にあざができた程度だったものの……遠征には行かない方がよさそうだな。ここの守りを任せる大任もある事だし。


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