ヒロアカIF~可能性の波紋~   作:総員一人自警団

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第二話 『超人社会の弊害~炎熱編~』

 緑谷出久が修繕寺リサという人物と出会ってから一年弱の歳月が過ぎた。

 

 特別な立場の彼女が提唱したとされるカリキュラム……さぞかし特別な教育環境かと思いきや、今までやってきたことは基本的にボランティア活動のみ。同年代の子供を数人誘い、手の空いてる若手ヒーローを保護者としての街の美化運動の繰り返し。

 

 かなり構えていただけに、少し拍子抜けではあった。

 

 一度だけ……肉体的な特訓とかしないのか聞いてみたことがあったが、答えはシンプルに身体の成長を阻害する恐れがあるので今はしないとのこと。なので各自保護者の協力の元、後の成長を考えて食事改善や柔軟を重視しながら進める形となった。

 プロのトレーナーを雇うのも考えたらしいが、折角だし母親にも協力を頼む形で家族間のコミュニケーションを取るようにと通達を受ける。

 

 それに首を傾げる僕に、彼女は若干冷たい目をしながらため息を吐く。

 

「──そういえば無個性と分かった後、ヒーローになれるかと聞いたらしいが……」

「……うん」

「それはある意味で、『なぜ個性を持たせて産んでくれなかったか?』と問い詰めたも同然だ。実の子供にそんな言葉を言われた母親の心境……今ならわかるかね?」

「……っ!?」

 

 彼女の言葉に、思わず目の前が真っ暗になった。

 

 そして謝る母親にその時僕が期待したのは、『僕はヒーローになれる』という肯定の言葉……本当に自分の事ばかりしか考えてなかったのか……思わず羞恥で顔が真っ赤になり、母の気持ちをこれっぽっちもくみ取れなかった自分が情けなくて目から涙が溢れて止まらない。

 

「泣くことを恥じる必要はない、泣くことにすら至れぬことを恥じなさい。君は知り、受け止めた……なら次は前へ進みたまえ」

「──うん!」

「まあ、態々言葉にしても引きずるしね。後はお互いに行動で示していけばいいさ、君ら親子にはまだこれからいくらでも時間があるのだから」

 

 だから頑張りなさい、と彼女は言った。

 

 ありがとう、という感謝の気持ちを込めて頷く。

 

 それは五歳の自分にも単純でわかりやすく、教訓という形で心の奥にまでしっかりと刻み込まれた。

 将来について一方的に決めるのではなく、応援してくれる母の意思を尊重し二人三脚で頑張っていこう……僕は改めて決意を固めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 緑谷少年の矯正は順調に進んでいると言ってもいいはず、多分……おそらく、きっとメイビー。

 

(やはり無個性という、超人社会において劣等感を抱かせる要素は面倒だ)

 

 おまけにヒーローという存在に憧れを持ち、聞いた限りでは幼馴染に優秀な子供が一人いたらしい。カリキュラムに参加させてはどうかと言われたが、性格的にボランティアは向かなそうなので丁重にお断りしておいた。

 

 それにしても緑谷少年の初期環境があまりにも歪すぎて、あのままだったら相当に視野狭窄な人間に育ってしまったんじゃないか……なんて思ってしまうくらいには怪しい。

 

 もう少し普通の友達候補でもいないかと、カリキュラムと称して様々な同年代の子供を誘ってはいるが今のところ成果は出ていない。コネと権力を全力で背景にしている私の前で、無個性の少年をいじめるなんてことはないが……やはり距離感が遠いのは中々改善されないのだ。

 どちらかというと、若手ヒーロー達の方がまだ柔軟に対応している感じすらある。

 

 まあ一年くらいは余裕はあるので、この件は焦らずにいこうと思う。

 

 さて話はカリキュラムの内容に戻るが、職業ヒーロー関係者で私と同年代の子供はそこまで多くはない。なので多くの日は、子供枠に二人だけというパターンになっていた。

 リカバリーガールという後ろ盾があるので、ランキング上位から下位までの様々なヒーローが常に保護者枠に参加していることに緑谷少年は驚きが隠せないらしい。いくら職業ヒーローとはいえ、そこまで時間に余裕があるとは思えなかったからだとか。

 

「何だかすごいね! こんなに一杯のヒーローが参加してくれるなんて……」

「それはそうさ、私達は医療系個性のツートップみたいなものだもの。無下にしてそっぽ向かれたら、今後のヒーロー活動に響くなんてものじゃないしね」

 

 要するに打算と妥協の産物だ、と私は切り捨てる。

 

 どれだけ個性の使用許可のあるヒーローという優位性をもってしても、敵との捕り物で絶対にケガをしないなんてことはありえない。その際に医療系個性のエキスパートの協力を得られないというのは治療回復に時間がかかり、その間の活動に支障が出るなんてものではない……最悪の場合は、生命の保障にすら関わるのだから。

 

 もちろん、本当に私達が治療行為を拒むことはない。

 

 だが、こういう商売である以上仲良くしておくのが得策。この程度の関係を突っぱねるようなら、こちらとしても情に痛まないので切り捨てやすい。

 

 そういった現実的な話をすると、緑谷少年は苦い顔をする。

 ここだけの話だそうだが……最近のヒーローという存在に少しだけ残念な気持ちがあり、そういった打算等無しで動ける者こそがヒーローと思っていたからだとか。

 

「幻滅したかね? だが考えてごらんよ、全てにおいて打算無しで動くヒーローばかりだと世界はどうなると思う?」

「……常に助けてもらえるのが当たり前の考え方になる?」

 

 それは自立心の放棄に他ならない。

 

 まあこの辺の考察も、いずれじっくりとやっていこうと思う。

 

「他にもいくつか理由はあるけど……って、そろそろ時間か」

「え、あ、うん。たしか資料によると、今日参加予定のヒーローは……」

 

 懐中時計を取り出し、時間を確認しようとした時──

 

「お前がリカバリーガールの養女、か。ったく、何故俺がこんなことを……」

「…………」

 

 口髭に炎を纏い、筋肉質でガタイのいい私服の大男と──

 

 左右が白と赤の髪の毛をした、自分達と同年代っぽい少年が一人。

 

「──フレイムヒーロー”エンデヴァー”!」

「……と、その息子さんである轟焦凍く──」

 

 かなりの大物ヒーローの参加に驚きを隠せない緑谷少年と違って、資料と実物を見比べた時の私の感情は一つだった。

 

 それは『怒り』だ。

 

 無言の少年は赤毛側の顔に包帯が巻かれており、もう半分の表情からは感情が抜けかけているのがわかる。炎の個性を使う一族と資料で見たので、もしかしたら運が悪かった事故の所為なのかもしれない。

 カリキュラムの企画者がリカバリーガールの関係者だと知り、その治療をお願いしに来たという説も考えられる。

 

 しかし、初見でのエンデヴァーの態度と少年の反応を見る限り、そこまで都合のいい解釈はしなくてもよさそうだ。

 

 私は世間一般で言うヒーローではないので、好き勝手にやらせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 母さんが病院に入れられてからしばらく、俺は最低限の火傷の治療を受け安静にしていた。

 

 おそらくスキャンダルを恐れた親父が、事を荒立てないため内密に処理しようとした結果だ。肌はまだヒリヒリするが、炎を纏う個性を考えればそれくらいは耐えろということだろう。

 

 数日後にはまた訓練が再開されると憂鬱になっていると、突然親父がとあるカリキュラムに参加しろと言ってきた。

 

 渡された用紙を見ると、主催がリカバリガールとなっている。

 

 企画者の方の名前は知らないが、彼女の傘下ということは医療系個性の持ち主か何かだろうか?

 

(まさか今更治療を受けろってことか……?)

 

 こちらが不審がっていると、心底嫌そうな顔で親父が言う。

 

「……ご老体からの依頼でな、五歳前後の子供のいるヒーロー全般に協力要請が出たのだ。正直こんな遊戯に付き合う義理はないが、お前の休養期間として丁度いいだろう」

 

 初日は付き合うし、一週間くらいなら別件の事件を追うなりで調整が効くらしい。あの糞親父にしては珍しく思ったが、どうやらヒーロー界隈での上役にあたる人らしいので流石に逆らえないのだろう。

 またすぐに道場でゲロまみれになるのも嫌だったので、ここは大人しく頷いておく。

 

 そして調整が入って数日後、早朝に俺達は車で出発し目的地に向かう。

 

 待ち合わせの公園には、自分と同じくらいの年の子供が二人いた。もじゃもじゃした髪の少年と、だぼだぼの白衣を着た少女……こちらがおそらく企画者とやらだろう。一度テレビで見たことがあるリカバリーガールと、白衣の造形が似ているというのもある。

 自分と同年代なのにこんな企画を立てるなんて、やはり頭の中の作りが何か違うのだろうか?

 

 親父が面倒そうに挨拶をする中、俺は何故かこちらを凝視する少女の方が気になった。

 

(……何だ?表面上の顔は笑っているのに、けして笑ってないように見える?)

 

 形式通りに握手をしようとした親父と、その少女が近付いた時──

 

「──はじめまして、修繕寺リサです。今日はよろしくお願いします!」

 

 というご丁寧な言葉と同時に、あまり聞きたくない嫌な音が響いた。

 

 

 

 

 

 

「──おふぅ」

 

 ナンバーワンヒーローのオールマイトに次ぐとされるエンデヴァーも、男性の象徴にして急所を強打されることには慣れていないようだ……などと頭が冷静に判断している辺り、自分は混乱しているんだろうなと僕は思う。

 

 表面上は普通に握手する所としか思えなかったし、そもそも強打する瞬間も見えなかった。

 

 白目をむいてゆっくりと倒れる様を見ながら、僕が目の前の少年と同じように気付かず内股になっていたのは仕方ないことだろう。

 地面に倒れる瞬間に、念入りにとばかりに顎も蹴り飛ばして意識を奪う辺り……妙に手馴れていて改めて彼女が怖いと思った。

 

 彼女の個性は汎用性が高い……とは言うが、肉体強化も出来るらしく拾ったスチール缶を片手で潰した時は唖然としたものだ。肉体強化は全身に及ぶそうなので、つまりそのレベルの攻撃力が急所に当てられたということは……やっぱり怖いよ!?

 

「緑谷、君は警察に通報……ただしサイレンはかけなくていい、と。それと私の名前を出した後に、塚内という刑事を呼び出しておいてくれ」

「わ、わかった!」

 

 彼女に指示された通り、携帯に登録されている警察に電話をかける。

 

 口頭で伝えると、受付担当者はやや緊張した感じで了解したと返す。連絡が完了したと伝えると、呆然とする少年を診察していた彼女が次の指示を出してくる。

 

 少年の容態は良くもないが、即時緊急案件ということでもないようだ。

 

「──今日は特別授業を行う! 普段より少し時間をかけるから、その旨を引子さんに伝えて許可をとっておいてほしい。ただ他に用事があったのなら、そちらを重視して帰宅してもいいよ」

「特別授業って?」

「こういっては悪いが教材が都合良く届いてしまったので、超人社会の弊害などについて学んでおこうかと」

 

 簡単に少年の診察を終えた彼女は、携帯を取り出し手早く番号を押す。

 

「──もしもし、リカバリーガール? また、で悪いんだけど至急……」

 

 少し機密の話になるのか、僕らから距離を取って話始める。

 

 こちらも母に電話をすると、とりあえず合流する流れになった。口頭だけでは少し分からなかったので、申し訳ないが修繕寺さんと直接話したいらしい。

 

 母が迎えが来るまでの間、完全に一人置いてかれてる少年に僕は話しかけた。

 

「あの、大丈夫?」

「……あ、うん。いや、大丈夫……なの、これ?」

 

 少年の指差す先には、内股で白目をむいて”くの字”に倒れているエンデヴァー。

 

 股間と顎の急所に強打二発、子供相手に油断していたとはいえ少々カッコ悪い。ただ少年が気にしているのはそこではなく、仮にも大物ヒーローに暴行を働いたことだろう。

 それに関しては自分も心配しているが、今まで彼女の常人とは異なる行動を見てきたこともあるので何とかなるのでは?という楽観も無くもない。

 

「彼女は一体何を……?」

「あ~……悪い人じゃないのは確かだよ?」

 

 それに関しては間違いない、と断言できる。

 

 ただし、考え方や行動が見た目に反して異次元に飛び出しているので、初見でなくとも困惑する人は多いと思う。

 今回の暴行も目の前の少年、轟くんの状態で判断したのだろうが、仮にも上位ランクのヒーローに攻撃を仕掛けるのは予想外と言わざるをえない。

 

「連絡完了……後は迎えが来るまで待機だね。緑谷、悪いがその辺の自販機で飲み物三人分買ってきてくれる?」

「あ、はい!」

 

 わざわざ手持ちの小銭入れを渡してきたということは、彼と話がしたいので少し場を離れてほしいという意味を含む……ことを察せるくらいには慣れてきた。

 興味もあるが必要であれば後で教えてくれるし、エンデヴァーの件で少しピリピリした空気を感じるので素直に従っておく。

 

 

 

 

 

 

「……あいつはどうなるの?」

 

 自分の親が気絶している横で、予想以上に冷静な少年の反応に驚いた。

 

「申し訳ないが、正確な状況の把握がまだなので断言は出来ない」

 

 その為には当事者の証言が必要になる。

 

 五歳の子供に証言を求めるのは酷な話だが、超人社会という不可解な世界では少年の今後の保障ができないのだ。

 

「……なので、何故そのようなケガを受けたかの説明がほしい。顔半分近くの火傷なんて、事故でもそう起きるものではないと思うんだけど」

 

 事故なら普通に病院に運んで治療すればいいだけだし、火傷痕を残したままにする必要性もない。逆に少年が、最低限の火傷に対する処置しかされてない事実には説明がいる。

 

 そして理由としてまず思いつくのは、対面して粗暴な性格を見せたエンデヴァーによる虐待。彼の立場を考えるとスキャンダル等で騒がれたくないので、子供が大怪我で病院に運ばれたとかを嫌がった。その為に内々で処理する必要があったし、命に係わるほどでもないと判断し治療は最低限に抑えたとかだろうか。

 

 まあ、ふざけるなって話ではあるが。

 

 むしろそこまでやったのなら、何で今日ここに無防備に連れてきてしまったのか?という疑問もついてきてしまうのだが……。

 

「──母さんが、僕の左側が醜く思えるって……ヤカンのお湯を……」

「母親の方……か」

 

 しかし、苦しそうに語り始めた少年から出た真実は悲しかった。

 

 この反応からすると母親を追い詰めたであろう自分を責め、原因となった父親への恨みへと変わっていった感じだ。母親に対しての憎しみが感じられないところを見ると、後者の方が要因としては強い感じだろうか。

 

 もう少し前後の状況が知りたい。

 

「もう一つ聞くけど……両親の仲は良かったかな?」

「オールマイトを超えるヒーローにって訓練ばかりで、それを止める母さんをあいつはいつも振り払ってた……母さんはいつも泣いてた……っ!」

「うん、ごめん。わかったから、もういい……」

 

 これはDV確定、と言ってもいいだろう。

 

 こっちは緑谷少年の成長を阻害しないように無理な訓練には気を付けているのに、轟家ではオールマイトに固執する余り息子には配慮しなかったと。

 そしてそれを止めようとした母親との確執、特に母親の方には物理的にも精神的にも圧迫がかかっていたとすると、精神に異常をきたしている可能性すらある。

 

 母親として息子を守りたい、でも夫には逆らえないし敵わない。

 

「精神的に不安定な状態が続き、ケアされることなく暴発した、と考えるのか妥当か……」

 

 となると、この件を解決するには父親だけでなく母親の処置もしなくてはいけない。

 

 母親の方に関してはリカバリーガールに任せるとして、問題は父親の方か。ただのDV親父なら留置所に放り込めばいいが、仮にも上位ランカーのヒーローなのだ。下手に事件にしてしまうとマスコミの格好の餌になるし、轟少年の未来にも悪影響を及ぼすのでこれはNGだ。

 

(『轟家の家庭問題を解決する』、『轟少年の未来も守る』……『両方』やらなくっちゃあならないってのが大変なところだね)

 

 ──覚悟を決めたら、後はそれを貫くのみ。

 

 

 

 

 

 

 冷たい床の感触に、朦朧としていた意識が浮かび上がってくる。

 

「……ここは、何処だ?」

「ようやくお目覚めですか、エンデヴァーさん」

 

 動かない身体の感覚に戸惑っていると、正面から幼い少女の声が聞こえた。

 

 意識を失う前に聞いたことがあるような声が。

 

「き、貴様ァ……っ!?」

 

 激昂して個性を発動し、炎を撒き散らそうとする……が、何も起きない。

 

 身体が動かないのも、警察が個性犯罪者にかける拘束具がつけられているからだ。そこまで理解してから、あまりにも異常な状況に頭が混乱する。

 

「……そこまでです、エンデヴァー。ここは病院の大部屋を一つ借り切ってるので、あなたの個性を使って暴れられるのは困ります」

「……お、お前は、たしかイレイザーヘッドか!?」

 

 自分の右側で目を光らせているのは、見ただけで個性を消せるという抹消ヒーロー。

 

 何故そんなやつがこんなところにいる?

 

「お怒りになる気持ちは分かりますが、少女一人に対して使うにはあなたの個性は強すぎる……警察としても今の行動は擁護できませんよ?」

「け、警察だとっ!?」

 

 左側から苦言を呈するのは、こちらに警察手帳をかざしている男。

 

 客観的に見れば、拘束されているにもかかわらず少女に対して強大な個性を行使しようとした犯罪者の図に他ならない。

 

「……わ、罠だ! これは俺を陥れるための──」

「こちらには轟焦凍くんの写真がある……彼の火傷痕に対する虐待疑惑があなたにはかかっています。奥さんが病院に入れられてるとのことですが、こちらもこの件の証拠隠滅の嫌疑がかけられてますね」

「馬鹿なことを! あれは妻が勝手にやったことで──」

「……全部お母さんが悪いの?」

 

 あまりの警察の言い分に反論しかけたが、開いたドアから入ってきたのは自分の息子である焦凍。その冷たい視線に射抜かれて、熱で燃えかけていた思考がフリーズする。

 看護師に連れられている息子は、頭に巻かれていた包帯が綺麗になっていた。

 

 つまり、最低限の処置しかしてなかったことが医学界にバレたということ。

 

「つまり、あなたの人生はここで終わった……と理解していただけたでしょうか?」

 

 正面にいた白衣を着た笑顔の少女の宣告に、全身の力が抜けて床に腰をついてしまう。

 

 思わず状況に流されてしまったが、強力な個性持ちのヒーローと権限がありそうな警察関係者を左右に従えている目の前の少女は一体何者なのか。

 

 冷静に考えても答えは思いつかない。

 

「しかし、あなたは運が良い」

「あ?」

「何を隠そう、私は医療系個性のスペシャリスト! 轟少年の火傷痕を治すくらいは造作もないとしたら?」

 

 脱力しかけていた身体に、わずかながら力の感覚が戻ってくる。

 

「事実を知っているのはここにいる数人だけだし、虐待の疑いも痕跡が無ければ追及できません……つまり──」

「──何が望みだ……金か?」

 

 目の前の少女がプロヒーローを前に贈賄を要求してくる事実に、複雑な感情が渦巻いていた。

 

 左右に控えている二人も、正気かと少女を訝しんでいる。

 

「お金など必要ありません、私があなたに要求することはたった一つです」

 

 ──今後一切オールマイトに関心を持たないこと。

 

「……は?」

 

 何を言っているのか理解できない。

 

「あなたが向上心を人一倍強く持っていることも、それでも頂上に届かなかったことから個性婚にまで手を出し、頂上を超える次代のヒーローを育て上げようとしたことも……」

「待て……」

「その結果として奥さんを悲しませ、精神的に追い詰められて子供に煮え湯を浴びせる始末になったことも、その所為で轟少年の心が深く傷つきあなたを憎むようになったことも……全てはあなたの一番への固執が原因と判断しました」

 

 ──なので無かったことにしてください、と少女は笑う。

 

 ここで人生を終えるか、ここまで執着してきた因縁を捨てる、か。

 

「あいつを超えるために俺がどれだけ──」

「でもあなた自身はついに敵わない、と諦めた……その時点で格付けは終了したのでしょう」

 

 反論を言いかけても、事実を正論として返してくる。

 

「あと轟少年にオールマイトを超えさせる、というのも無意味です」

「な、何故だ!」

「次代のヒーローという括りでは、あなたが別に焦って鍛えなくても多分彼は普通に一番になると思いますよ?」

「えっ!?」

 

 少女の言葉に一番驚いているのは息子の焦凍だった。

 

「だってオールマイトって『独身』さんですよ? 人気はあっても職業的に結婚相手としてはちょっと……とか思われてそうだし、次代がそもそも望めませんって。その点、現状の家庭内不和さえ除けば、轟少年の育成環境は同年代で最高峰だと思いますよ。十五年くらいしっかりと土台を固めていけば、オールマイトの個性が不老とかでない限り十分にNo.1ヒーローへ到達しそうな才能ですけど?」

 

 前半の指摘に警察官が吹き出す。

 

 イレイザーヘッドも吹き出すのを我慢してはいるが、肩が震えてるのがこの距離でもわかるので似たようなものだろう。

 

「それと家族写真を見せてもらいましたが、これだけ美人の妻がいて聡明な子供がいる……万年二位ヒーローだなんて外野の僻みでしかないし、これで人生勝ち組と思えないって頭大丈夫ですか?」

「……む、むむむ」

「そんな下らない妄言をしてる暇があるなら、私の事業を手伝ってくださいな。何処かの誰かさんの影響で、社会が脳筋で溢れてしまって大変なんです。少なくともあなたを基盤に出来れば、ヒーロー組織の根本的解決も狙えそうなんですよね」

 

 一番とかいらんでしょ、面倒そうだし……と少女は言った。

 

 ひょっとしてオールマイトの事が嫌いなのか?と思ってしまうほど、少女の言葉は辛辣に聞こえる。

 しかし、表向きだけの言葉ではないようだ。

 

 それに少しだけ切実な雰囲気も感じる。

 

「……わかった、どうせこのままではただの犯罪者に成り下がる。今回の件を秘密裏に処理してくれるのならば、君の傘下に入ろう……」

 

 思えば上を見過ぎていたのだろう。

 

 今回初めて盛大に転んで、改めて自分が省みなかったことの大きさに気付く。

 

「──焦凍も悪かったな、母さんの件も含めて。家に帰ったらもう好きにしていいぞ」

「父さん……!?」

「ところで、イレイザーヘッドや警察の方はいいのか? 現行犯に物証ありの犯罪を見過ごすことになるが……」

 

 あまりに素直に頭を下げた自分に驚く息子に苦笑しつつ、左右に待機している関係者に是非を問う。

 

「……良くはないですが、実際に彼女に治療をされると証拠は残りません。かといって前途ある少年の怪我を、わざわざ俺の個性を使ってまで消して妨害する必要性はないでしょうね」

 

 あくまで今回だけの特別処置、ということだそうだ。

 

 そもそもリカバリーガールに呼ばれてでなければ来なかっただろうし、来た以上は偉大なる先輩ヒーローの意向は尊重する、と。

 

 あとは個性の副作用でドライアイだったのだが、彼女の個性による治療で回復傾向にあるのでその恩返しでもあるとか。

 

「警察としても同様です。良くも悪くもオールマイトは扱いが難しいので、ヒーロー界隈との繋がりを考えると……改善した今後のあなたの活躍に期待したい」

「……俺が言うのもなんだが、オールマイトって残念な奴なのか?」

「一応”平和の象徴”として立つ、という点がブレてないから推してはいるが、彼はあくまで弱者の味方であり行動もその為だけに動くのがちょっとね……」

 

 特に上の利権など気にせず、いち早く解決する為に行動する。

 守られる側としてそれが一番望ましいし、様々な都合の為に変に自重されてもそれはそれで困るのだ。

 

 なのでせめてもう少しバランスを考えてほしい、というのが警察上層部の意向らしい。

 

「あとは強化系個性の最高峰と考えると、直接的な付き合いに及び腰になる人間の気持ちも察してほしい」

 

 頭では解っていても、次の瞬間に自分の頭を潰せる力を持った化け物の側には居たくないものだ。

 

 そういう空気が解っていても、彼は平和を守るためにならいつでも動くだろう。

 

 その精神性は紛れもない”ヒーロー”そのものなのだから。

 

「まあ、彼に関しては各部署と要相談ということで……そろそろ話を進めてもいいですか、エンデヴァーさん?」

「? まだ何か……?」

「言い忘れてたのですが、そろそろあなたの奥様がこちらに来るので準備をして下さい」

「「!?」」

 

 まさかの言葉に息子共々硬直してしまう。

 

「あなたは未来を選ばれた……であるなら過去の清算は当然でしょう?」

「い、いや、それは分かるが…………その、今からか?」

 

 正直言って後ろめたいなんてもんじゃない。

 

 公にはならなかったものの、事情を知るものがこの場に複数人いる。そんな状況でDVの被害者に会え、というのは公開処刑か何かか?

 

 息子の焦凍も記憶がフラッシュバックしているのか、顔色が真っ青になっている。

 

「じゃあ、とりあえず……先に轟少年の治療を始めようか」

「え?」

「──いくよ」

 

 いつの間にか息子の近くに移動していた少女が、独特な呼吸法により個性を発現させていく。

 おそらくあの呼吸は個性を使う前に必要な予備動作なのだろうが、驚いたのは掌に集まる不可視のエネルギー量だ。目には見えないのだが、扱う個性の特性上何らかの力を感じることには長けていた自分には、少なくとも五歳の子供が出せる量ではないと判断できる。

 

(──馬鹿な、こんな少女がこれほどの力を!?)

 

 驚愕する自分とは違い、焦凍の方は顔色が良くなっていく。

 

「これは?」

「ちょっとした生命エネルギーの応用って奴でね、じっとしててね……」

 

 個性発現による暖かい空気が息子の不安と緊張を解きほぐし、火傷痕に触れるかどうかの距離で掌を固定する。

 

 時間にして一分くらいだろうか、深呼吸をしながら少女が手を下ろす。

 

(それだけの動作で済むのか……!?)

 

 側に控えていた看護師に指示し、焦凍に巻かれた包帯を解いていく。そこには膿んだ火傷痕ではなく、やや濃い肌色に変色した瘡蓋へと変異していた。

 

「……下の皮膚はもう治ってるから、少しくすぐったいだろうけどあっちの部屋で瘡蓋剥がしておいで。看護師さん、髪にくっついてるのは強引に剥がさないようにゆっくりと気を付けてね」

「はい、では焦凍くんこっちへ」

「あ、うん」

 

 看護師に連れられて、息子が隣の部屋へと移動していく。

 

「……改めて感謝する」

「それが出来るなら最初からやらないでほしかった、かな?」

 

 皮肉で返す少女は気怠そうに見える。

 

 よく見ると真っ黒だった髪の毛先が白く変色しており、おそらく力の代償なのだと判断した。

 

「……すごいな、これで五歳か。リカバリーガールも後継者に恵まれたもんだ」

「気持ちは分かるがイレイザーヘッド……やはり無理はさせられないと改めて痛感したぞ、こっちは」

 

 呑気なイレイザーヘッドの言葉に、警察官は苦言を呈す。

 

「……ふぅ。じゃあ、次はエンデヴァーさんねー」

「え?」

「奥さんとただ会うのは気まずいでしょうし、男性には古来より謝罪の意として『頭を丸める』ってありますよね?」

 

 少女の左手に再びエネルギーが収束していくのを感じる。

 

「──左手に溜める炎の波紋!」

 

 自分の使う個性と似た感覚を感じ、少女が何をしようとしているのか理解した。

 

 が、今は拘束されて動けない。

 

「おいィ! イレイザーヘッド、止めさせろ!?」

「あ、すいません。ちょっと今目薬さしてて……」

「多少の火傷でも、彼女なら完璧に治せますから大丈夫ですよ……多分」

 

 まったく止める気のない二人。

 

 個性を強行して防ごうとも思ったが、これもある意味ではわかりやすい罰なのかもしれない……と、つい観念してしまった自分がいる。

 

「緋色の波紋疾走!」

 

 少女の放った手刀と共に、俺の罪と髪の毛は晴らされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 妙齢の女性一人と看護師に車椅子を押され、それに乗っている女性が一人。

 

 彼女らは病院の廊下を、ゆっくりとしたペースで進んでいた。

 

「……DV被害にあったあんたの気持ちもわかるんだがねぇ」

「すいません……」

「でも親ってもんは子供を守るもんだ、暴力的な父親の元に残った子供がどうなるかは考えておかないとね……まあ、あの子が言う超人社会の弊害ってやつなんだろうが」

 

 超人社会になってからしばらく、昔のような精神性は失われヒーローの意味も変化していった。国から収入を、人々から名声を……悪くいってしまえば俗っぽくなっていったわけだ。

 

 オールマイトの登場で一時持ち直しもしたが、今度は逆に個性の強さに惹かれることになる。

 

 つまり、個性が強いものが正義といった感じに。

 

(彼女の個性婚というのもその一つ、双方の同意があるなら構わないとは思うがね)

 

 個人的には彼女に無理をさせることには反対だった。

 

 しかし、孤児院から養女に迎えたあの子供の一言──『生きているのなら親の責任は果たせ』という辛辣な言葉に即座に動くことを決めたのだ。幸いなことに優秀なあの子のコネで、エンデヴァーという上位ランカーのヒーローが相手でも対処が可能な状況である。

 

 自分が所属する雄英というネームバリューを生かし、念のために個性を無効化できるという若手ヒーローを捕まえられたというのも理由の一つ。

 

「うちの子がアンタの暴力亭主の対応も、火傷したっていう子供のことも”両方やる”って言ったんだ。心配しないでついてきなさい」

「……はあ」

 

 具体的にどうするかは聞いていないのだが、見た目とは違って相当に頭が切れるので何とかはするのだろう。育ての親としてはあまり無理をしてほしくはないけれど、それで何かを成すことが出来るのなら彼女は躊躇しないことを私は知っている。

 

 普段から”私はヒーローじゃない”とよく言う子だったが、やはり行動だけを見ているとオールマイトに比類するレベルのヒーローだろう。

 

「この先の大部屋だね」

「…………」

 

 あきらかに口数が減り、徐々に顔色が悪くなってくる彼女。

 

 既にトラウマで心情は最悪に近く、普通の人間なら逃げ出してもおかしくはない。

 

 しかし、母親として今もなお虐待レベルの過剰訓練を受けているであろう息子を、簡単に放り投げることは出来ないのだ。それをしてしまえば、間違いなく人として何かが終わってしまうことを本能的に悟っているとも言える。

 

 部屋の前まで来ると、ノックをして来客と告げた。

 

 看護師がドアを開き、中に入って目に入る光景には──

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「──あなtブフッ!!?」

 

 恐る恐る部屋の中に視線を向けた彼女。

 

 その中心には自分の夫と思わしき人物が、ふるふると正座で床に直に座っている。

 

 少し前まで見慣れていた姿とは違う点が一つ……それは致命的に違い過ぎた。

 

「……何をやっとるんだい」

「頭を丸めての正座スタイル! まあ反省してますよーというポーズ?」

「………………本当に何をやっとるんだい」

 

 軽そうに話しかけてくる養女の姿を見て、再度ため息を吐く。

 

 DV被害者と加害者の再会というシリアスな空間を、こうも簡単にぶち壊してくることに叱りたくなるが……個性使用の代償によって、毛先が白く変色している姿を見てしまっては言葉もない。

 

 無理をしているわけではないのは分かるが、やはりまだ幼い子供が力の代償を冷静に割り切っているのは判断に困る。

 

「とりあえず空気は壊れてるんで、あとは加害者が反省を先んじて示してます。きちんと落ち着いて話し合えば、おそらく解決するんじゃないかな?」

「息子さんの方の治療は終わったのかい?」

「ええ、ぼちぼち戻ってくるかと──」

 

 という言葉と同時に隣の部屋のドアが開き、轟焦凍が看護師に連れられて入ってくる。

 

「お母さん! 父さブハッ!?」

 

 最初に母親の姿を見て喜び、次に部屋の中心に正座している父親を見て吹き出した。

 

 ──まあ、丸坊主のマッチョマンがぷるぷる正座してたら笑うと思う。

 

 妻と子に笑われてる本人は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして耐えている。それがまた茹でダコのようで、さらに笑い声を増幅させていく。塚内という刑事も、雄英のコネで連れてきた相澤も、付き人として待機している看護師たちも笑っている。

 

 患者である母親の精神状態は控えめに見てもよろしくはなかったので、エンデヴァーの態度次第では更なる悪化も考えられた。ここまで追い詰めた彼をどう諫めるかが鍵だったが、どうやら杞憂だったようだ。自分達をここまで巻き込んだだけあって、解決の為の見事な有言実行と言える。

 

 この調子ならこの後の会談も無理なく終われそうだ。

 

「じゃあ後はよろしく、私は緑谷親子への説明に行くから」

「きちんと休憩はとるんだよ!」

「はーい」

 

 無理にでも休ませたいところだが、この子は必要がある以上は止まらない性分だ。

 

 ならば、さっさとそれを済ますよう促す方が結果として早い……二年近く見てきた経験から、リカバリーガールこと私はそう判断したのだった。

 

 

 

 

 

 

「これが個性という、わかりやすい強さに拘り過ぎたケースです。今回はある程度の権力を持った私が介入したので、まだマシな結果になったと言えるでしょう」

 

 特別カリキュラムということで別室に案内されて待機していた緑谷親子は、用意されていたモニターで先程の件を一部始終見ていた。

 

 事が終わった私はすぐさまこの部屋に戻り、内容の説明に入ろうとすると緑谷母から当然の疑問が上がる。

 

「……というか、これプライバシーの侵害にあたるのでは?」

「警察、ヒーローとも合意は得てますので問題ありません」

 

 轟少年の治療とその母親のカウンセリング、父親であるエンデヴァーには散髪料と事件の揉み消しにかかった費用を要求し、その一部を授業料へと投資させた。

 

 私個人にお金が集まっても仕方ないので、無理のない程度に各方面に回している。

 

「……何か思っていたヒーロー像と違うんだね」

「出久……」

 

 これらの動きにお金が絡んでいたり、強い個性を持っているからといって全てが順調にいくわけではないという現実を前に、緑谷少年は落ち込み気味だ。

 

「それはそうさ、ヒーローだって人間だもの。間違いくらい起こすさね」

 

 今回の轟家だって介入しなければ、エンデヴァーはオールマイトに固執し続け、妻は精神に異常をきたして入院し、親にコンプレックスを抱いたまま轟少年は歪んだ成長を遂げていたかもしれない。

 

 でも、落ち着いて話し合ってみたら案外まとまる可能性もあるわけだ。

 

「だからって現実を見過ぎてもダメだぞ? 考え方が固くなるし、そもそも色んな可能性を自ら捨てていくのも勿体ないしね」

「? 結局はどっちなの?」

 

 五歳で無個性というハンデを担った少年には少し難しかったかもしれない。

 

「夢を見るのも現実を語るのも自由さ、人様に迷惑かけないレベルなら私もとやかく言う気はないよ」

「う~ん……?」

「え、でもさっきのは全方位に迷惑がかかっていたような……」

 

 むむむと悩む緑谷少年に対して、母親の方は冷静に突っ込みを入れてくる。

 

「私はいずれプラスにして返せる能力がある、という実績証明があるのでイナフです」

 

 だからね、と前置きして私は言った。

 

「何かを成すには『実績』が必要なんだ」

 

 オールマイトがいい例だろう。

 

 警察は扱いに多少戸惑うことはあっても、これまで彼がしてきた確実な実績があるからこそ素直に協力できる。信頼は実績の後に付いてくるものなのだから。

 

 逆に言えば、実績のない行動には何の説得力もないということだ。

 

 将来どれだけ悩んでも迷っても構わないので、そこだけは忘れないでほしいと切に願う。

 

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