「……しかし轟よう、最近ここの参加増えたのはどうした?」
保護者枠ヒーロー抜擢率一番のイレイザーヘッドこと、相澤消太さんが特大のブーメランを投げてきた。
「別に……カリキュラムが充実してるのは両親も認めてるんで──」
「隠さなくてもいいんじゃない? 相澤さん、両親が仲良くなり過ぎて家に居づらい轟少年の気持ちを察してあげて」
主催者である彼女、修繕寺リサはからかうように笑う。
苦々しい顔で彼女を睨むも何処吹く風だし、相澤さんは意味深な笑いでニヤニヤこちらを見て笑っている。
たしかにあれから轟家の雰囲気は一変した。
(まあ、元々の原因は親父だったわけだし、そこが省みるなら修正も効くというか……)
自分の火傷痕が完全に治癒されたので、母親のトラウマもあまり刺激しなかった……という一面もある。エンデヴァーの暴行そのものが無くなってしまえば、普通のエリートヒーローの裕福な家庭環境に戻るだけ。
兄弟全員と触れ合う時間も増えたし、家族旅行なんかも仕事の合間にちょくちょく行くようになったり、と。姉さん達も自分の末弟に結果的とはいえ全て押し付けていた罪悪感から、ものすごく甘い兄弟仲になってしまったほどだ。
自分でなければ、増長して糞生意気な子供が誕生していた可能性すらある。
あの時の確執は何だったのか?と思いたくなるくらいに、今の両親は熱々なのだ。それはもう、関係者がドン引きするくらいには。
フレイムヒーローとはよく言ったものか。
(どちらかというと、親父の弱みを握った母さんの押しが強くなったというか……)
目の前にいる得体のしれない少女もそうだが、女って怖い生き物かもしれない。
「……もういい、行こう緑谷」
「あ、うん。今度はあっちの方角を調べよう、轟くん」
轟家の件を緑谷も知っているらしいが、この二人みたくちょっかいをかけてこないのは助かる。同じように彼が無個性というのも自分は知っているが、それで変に差別するもんじゃないので普通に接していた。
そもそも五歳の子供が個性の有無でどうこう変わるものではだろう、というのが自分の認識だ。
下手に個性が暴走すると危ない、ということで個性を打ち消せる相澤さんは良く参加しているが……変に個性を誇示するような子供は最初からあまり呼ばれないし、個性という超常の扱い方に困っている子供には彼女が様々な視点でのアドバイスをしている。
実際に自分も一つアドバイス、という名の無茶ぶりを貰っていた。
「しかし、これの制御はちょっと難しい……」
「そ、そうだよね。修繕寺さんもロマン云々とは言ってたけど、色々と危ない気もするよ」
右手から冷気、左手から熱気をそれぞれ発現させ、両手をくっつけることで相殺させる訓練だ。どちらかが偏っていれば冷たい熱いと感覚でわかるので、子供でもわかりやすいとも言える。
ただ制御の点ではやはり難しく、冷気を熱で溶かす形で蒸気が出てしまう。理想は蒸気が出ない程の同調率と言うが、今まで一度も出来たことはない。
個性の発生量がそれほどでもないので大したことはないが、蒸気で蒸れるので乾いたタオルは常備していたりする。これを利用して家でサウナみたいなものが出来たら、女性陣は喜んだりするだろうか?など考える余裕も出てきた。
ちなみに修繕寺リサという人物は蒸し暑いの嫌いらしく、この訓練をしている時は絶対に近付いてこない。
炎と氷──相反する属性なのだが、彼女が言うにはそれぞれをプラスとマイナスエネルギーとして認識し、双方を同じ力で合成してスパークさせることで触れるもの全てを消滅させる効果を持つエネルギーに変え放つ技。
その名もメドローア(極大消滅呪文)。
初めて聞いた時にはゲームのやり過ぎでは?と本気で頭の心配をしたものだが、等価交換もなしに炎や氷を生み出せる世界で何を言っているのかね?と、逆に切れられた始末。
緑谷や相澤さんは過程が危険すぎるし、上手くいったとしてそんな強大な力をどうするのか!?と真剣に問い詰めたが、彼女は──
「折角二属性使える個性なのに、ただ両方たれ流すだけなんて勿体ないだろう? どんな力も要は使い方次第、応用が利く方が便利に決まっている」
とにかく彼女の個性への考えは利便性に尽きるようだ。
「もちろんただの浪漫だけでは終わらないし、消滅呪文と言ったでしょう? つまり現在処分できずに困ってる産業廃棄物等も、一切被害を出さずに消すことができるわけだ」
「……毒性、感染性の発生も関係ないってことか!?」
「Exactly! 成し遂げることができれば、轟少年は正しく地球を救う英雄になるって寸法ね」
それが可能ならば間違いなくオールマイトを超える偉業となる、別の意味で。
正直自分の知っているヒーロー像とはかけ離れているが、地球規模を救う偉業という響きに魅力を感じてしまうのは仕方ないことだろう。
なお当然のように過程のリスクは高いので、挑戦するならきちんと両親に相談はしとくようにと言われた。母は心配していたが、オールマイトに拘って歪んだエンデヴァーに比べれば十分にマシな将来の夢ね、と褒めてくれる。
母の皮肉に苦笑しながらも、本当に丸くなった親父も賛同の方向だった。
「徐々にエネルギーを均等にする感覚を掴むので精一杯だ……」
「常に個性を使用している感覚が大事って言ってたね、僕としては消耗激しそうで見ててきつそうだよ」
緑谷には個性を使う自分達の発現効果を、視覚的に捉えるようにと言われてる。個性が無くとも、そういったイメージ感覚を掴むのは何かに役立つだろう、と。
「無理だと判断したら相澤さんに消させるから、安心して挑戦してくれたまへ」
「……ったく、俺がいる前提だからな? お前らの個性の使用許可は」
医療活動優先ではあるが仮免許持ちの彼女と、抹消ヒーローとして正規資格持ちの相澤さん。この二人がいる時に限り、五歳の子供でも個性の使い方の勉強ができるというわけだ。
もちろん特例中の特例なので、多くの人からは危険視されてもいる。
なので緑谷が初期から参加している各地でのボランティア活動、街の美化運動等は当然のように継続していた。
「──だから、こういったボランティア活動による美化運動はかかさない」
「子供ながらも精神的に善性はあるので心配ご無用、とアピールするわけだな?」
「健気な子供のヒーロー精神、これで世論も傾くって感じだね」
「うーん、やっぱり何か納得いかない……」
自分としても現実的に対処していく彼女らの言い分は納得できるんだが、どうもヒーロー像に憧れを強く持つ緑谷の表情は冴えない。だが実際に多くの市民から反対意見が出されれば、こういう特殊な経験を積む機会は無くなるだろう。
それは緑谷にとってもメリットにならないだろ?と諭してみた時もある。
「いいや轟少年、別に納得いかないのも有りだよ? 私としても一から全部の意見を肯定されても、それはそれで考察の価値がないのでね」
何故か逆に自分が諭されたが。
「まあ緑谷少年にも思うところはあるだろうし、今度一回話し合ってみようか?」
本当に彼女の事はよくわからない。
▽
彼女は一言で言えば”化け物”だ。
たった五歳の少女が今や医学界の重鎮にまで上り詰め、警察やヒーローの上役とのコネを大多数持っているのだ。
これが恐ろしいと感じない人間はいない。
しかし彼女は人の負の感情に敏感なので、そもそも恐怖や嫉妬といった感情を向けられないように動く。例えば利益等は過分に持たず、不満を持ちそうな連中に投資と称してばらまいていったり、と。
ただ、それを五歳にしてこなすことに恐怖を抱かれると気づいてないのが、ある意味年齢相応の反応なのだろうか。
少なくともまともな脳みそがある連中は、彼女を敵に回すメリットはないと判断してるだろう。
「──そういえば、相澤さん? ”アレ”はどうなりましたか?」
いつもの子供らを連れてのボランティア活動による美化運動が終わり、集合場所に指定していた公園で一息入れていると彼女が訊ねてくる。
「……難しい、これまでと使用感覚が全然違うからな」
「何の話です?」
彼女と話していると、緑谷と轟が近付いてきた。
こうやって俺の参加期間が多いのは、数年後に雄英高校のヒーロー科にて教鞭を取る予定だからである。
こんな俺が教師になど向いてないと思っていたのだが、彼女曰く──
『どんな個性でも基本的に打ち消せるあなたが、個性の未熟なひよっこを教え導かないのは勿体ない。使用リスクであるドライアイは治しているでしょう? リカバリーガールには話は通しておくので、是非とも頑張っていただきたい』
どの学校で教えるかなどの選択権は貰えたので、どうせならトップヒーローを多く輩出している雄英高校に決めさせてもらった。
雄英出身のエンデヴァーでさえ精神的に余裕が無いとああなる過程を知れば、その辺のカウンセリングを含めて大事に教育していかなければならない……と考えるくらいには、こないだの件は俺にも影響があったのだと思う。
教育者としての勉強は欠かしてないが、リカバリーガールの婆さんが実地で教える練習にもなるだろうと提案してきたワケだ。高校生と小学生未満とでは比較対象にならないのでは?と言ってはみたが、教え育てる過程に変わりはないと一蹴された。
むしろ小学生未満の子供らの教育すらできないなら、推薦を取り消すとまで言われては必死で頑張らざるをえない。
まあ一人を除いては相応の子供らだったので、素直に経験が積めたと感謝はしている。
だが、その一人の例外があまりにも酷過ぎた。
「個性の応用ってやつでね、相澤さんは人の個性を消すって能力なんだけど……」
「視てる間だけな、瞬きすると解ける」
「──それで元ドライアイ……たしかにそれはきついですね」
しれっと人の個性を暴露するが、一応このメンバーでは周知の事実なので問題はない。
「つまり何らかの消失させる力がそこに働いているのだから、それだけを認識して別の力として使う……」
「轟の将来の浪漫魔法『メドローア』に似た、部分的ではあるが物体の消去が出来るんじゃないかとこいつは言っている」
「「!?」」
イメージの問題ではあるが、やはり今までの使用感とは異なり過ぎるので難航している。元から複合個性とかではない一つの個性を、解釈で様々な効果を発揮するなど無謀極まりない。
しかし目の前の彼女は、実際に一つの個性で様々な効果を体現している。なので年上としては、あっさりと出来ないと認めるのは無能の烙印を自ら捺すようなもので……大人としてのプライドもあった。
ただ眼球に無茶苦茶負担がかかるので、正直に言えば止めたい。
だが不幸にも目の前の医療系個性の持ち主が、それを簡単に許してくれないのだ。
「犯罪者の中には武装してたりするのもいるからね、それを視覚内という射程範囲で無効化できたら便利だと思うのよ」
「便利だからって理由で決めるの止めないか? あれ、血涙出そうなくらいにきついんだが……」
「そしたら治すよ?」
こちらの苦言に即答する少女──違う、そうじゃない。
他の五歳児らと違い過ぎる彼女の扱いに困っていると、ふと空気が変わる。違和感に周囲を見渡そうとした瞬間──
「……ハァ……お前が修繕寺リサ、か?」
少女の後ろに一人の男の姿があった。
▽
不意にかけられた言葉に反応しようとすると、相澤さんが臨戦態勢に入ってるのが視界に映る。きちんと他の二人を守るように動いているのは素晴らしい。
「──おいお前、そこから動くな!」
仮にもヒーロー資格を持つ彼が、休憩時といえど不審人物の接近を許してしまった……これ以上は許さないという意志を感じる。後ろの男が危害を加えようとするなら、難しいと言っていたとある忍者漫画の疑似的な技の行使すら迷わない雰囲気だ。
ちなみに元ネタは視覚内の範囲を別空間に強制的に転移させるといった術だったが、残念ながらこの世界にはそういう概念はないので相澤さんの個性的には転移は出来ず……部分的な範囲消去が限界だろう。
それでもこの世界的には脅威になりそうだが。
「いかにも、私が修繕寺リサだけど?」
「お前も答えるな! いいからさっさと離れろ!」
「……何故、お前の行動は評価される?」
不意に現れた不審人物に警戒しない方がおかしいが、どうにも私自身に恨みがあるとかではなく純粋に疑問を投げかけているようにも見える。
埒が明かないと判断したのか、炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器による制圧に切り替えようとする相澤さん。何気にサポート会社で開発された有効的な装備なので、今後とも継続して投資をする予定……近々私などの非戦闘員用の衣服にも転用したものを作ってくれるとのこと。
私はその動作を片手をあげて制した。
「待った相澤さん、話を聞くくらいならいいんじゃあないかな?」
「小学生未満の少女に成人男性が不用意に近付いただけでも十分事案だ、少なくとも対話の意思があるなら距離を取れ」
話はそれからだ、と警戒を高めていく。
言ってることは実際正論で、流石に黙ってろとも言い難い。
「……あなたの疑問には答える。なので悪いけど、真面目な大人を暴発させない程度に距離を取ってもらえます?」
「……ハァ……仕方ないな」
男はため息を吐くと、両手を挙げて何も所持していないことを示しながら数歩下がった。
意外にも理性があることに少し驚く。
相澤さんは依然として警戒を解いてはおらず、緑谷少年達もその背中でこちらを心配している。轟少年なんかは携帯を手にしている辺り、通報寸前だったようだ。
「……修繕寺、お前はもう少し自分の立場を考えろ」
「説教は後でね、未来の先生? で、一体あなたはどちらさま?」
「……赤黒血染、最近新聞で取り上げられていた将来有望なヒーロー候補とやらに、”ヒーロー”の是非を問いに来た」
新聞に、というのはいつものボランティア活動のことだろう。
少し前に新聞記者が取材に来た時、適当に相手をしたことがあった。無駄に世界に顔が広がるのは遠慮したいので、その時の保護者枠ヒーローを生贄に処理した記憶がある。
実名などは伏せるようにして若手ヒーローの引率の元で、幼い少年少女が健気に美化運動に取り組むという美談にしておいた筈。
「何かお気に障りましたかね?」
「……俺はここ四、五年にかけて街頭演説を行ってきた。だが、これまで誰もまともに話を聞こうとすらしない……」
「……何か政治的なお話ですか?」
いまいち彼の主張が見えてこない。
相澤さんなどはもう胡散臭い者を見る目しかしていないし、後ろの連中も頭に疑問符が浮かんでいるのが分かる。
「──『英雄回帰』、わかるか? ヒーローは見返りを求めてはならない、自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない……」
「えぇ……」
「全ては正しい社会の為に……ハァ……”英雄”を取り戻さねば……」
「おい、話にならないぞ。こいつ精神に異常でもあるんじゃないか?」
話がおかしな方向へ流れていくことに、相澤さんが異議を唱える。
しかし、その男……赤黒血染氏は答えない。
どうやら話し相手にお望みなのは私だけのようだ。
「察する所、あなたの主張より私達の活動が取り上げられることに不満がある、と?」
「直接会って、目を見て知った。お前が純粋な善意だけで動いていないことにはな、その上辺だけの態度に騙される記者共の愚かなことよ」
「……え、善意の活動じゃなかったの?」
緑谷少年が一人驚いていた。
予想以上に普通の子供な反応に苦笑するが、別に誤魔化すことでもない。折角の機会なので赤黒氏を教材として、価値観の違い等を解していこうか。
「まあ一つはコネクション作りの為だね、現在のヒーローの職業上こういう美談に興味を持つ人間は多い。横の繋がりを密にするって感じで、参加者が後を絶たなかったのは緑谷少年も知っていると思う」
一年近く続けてるだけあって、多くの若手ヒーローや同年代の子らとの交流を持てた。
能力の強さとかであればピンからキリまでいたが、現在のヒーロー像に上手く当てはまらないタイプも数多くいたことがわかる。それ故に同年代の個性持ちが抱える悩み相談なども兼ねており、カウンセリングっぽいことまでこなしてきたわけだ。
必ずしも社会に適応できる個性だけではないのだから。
「あれだけの人間の個性を含めた情報を知る機会ができたのも、私がそれを医学界で活かせるだけの実績があったからだ。あと緑谷少年は意外と思うかもしれないが、個性があるからこそ生活に苦しむパターンもある」
これは私の患者の一人の話ではあるが、血液に関係する個性の持ち主だ。
その個性の影響で度々血に飢えるといった反応が見られ、日常では個性を抑制されることによってその子のストレスが溜まっていった。個性をまともに使うには許可や資格が必要であり、それは最速でも高卒くらいが前提になるだろう。
つまり今から十年間くらいを、本能を抑圧され続け過ごすことになる。
……まあ、間違いなく普通の人間には耐えられずに敵堕ちする可能性が高い。そんな生き難い世界など破壊してしまえ、といった衝動に耐えられるとも思えない。
なので私はその子を患者として引き受け、とある提案をした。
『私の下で働き、医療関係者にならないかね? そうすれば合法的に血液に触れる機会を与えよう』
血を見るだけで落ち着くなら手術室を観察させたり、どうしても摂取しなければならないなら輸血パックを使ったり、と。
まるで吸血鬼みたいだ、とは思っても口にはしなかったが。
もちろんタダで施すわけはなく、その個性を研鑽して医学界に貢献するのが条件になっている。個性の特性上はどちらかというと警察関係に寄るかもしれないが。
まあきちんとした実績があれば、ある程度普通の生活は保障されるものだ。
「だから残念ながら慈善事業ではないんだ、様々な方面での利益は絡んでるんでね。こういった考えは駄目かな、赤黒氏?」
「……いや、少し前提が違っていたようだ。そもそもお前は”ヒーロー”じゃないな……ハァ……糞っ、何がヒーロー候補だ……」
ものすごく不機嫌な面で赤黒氏はため息を吐いた。
手に持っていた私達の記事が載っていたであろう新聞紙を握り潰し、地面にそのまま放り投げようとして目の前の四人の視線に気付き、静々と可燃物のゴミ袋に入れる。
ヒーローじゃないという彼の言葉に、相澤さんと轟少年が頷いていた。リカバリーガールはヒーロー活動として動いているが、私はその範疇を超えて動いてるのだからさもありなん。
ちなみに、緑谷少年はまだ納得がいかない模様だ。
「じゃあ次は美化運動に見せかけた巡回警備の強化、これは対敵への抑制だね」
「えっと、どういうこと?」
「……ハァ……おそらく、通常行われている巡回より貴様の差し金で回数が増えたのだろう……警備の目が増えた中で、わざわざ暴発する馬鹿は少ない」
頭がおかしい人物にも思えたが、中々どうして理解が早い。
ゼロにはなるわけではないが、間違いなく減少効果があったのは警察に調べてもらった。ついでに警察との連携強化も効果の中に含まれている。
というか前から疑問ではあったが、もう少しこの世界は予防線を張ること優先した方がいいのではないだろうか?何でもかんでもオールマイトが助けてくれるで思考停止しないで、そういう事件がそもそも起きないように注意するとかだ。
現状の体制を非難された形になるので、相澤さんはやや不満げに返す。
「……我々ヒーローも努力はしている」
「していないとは言ってないけど、目に見える効果が出てないのならあらゆる手段を使ってでも改善しないと。もっと警察と連携を図ったり、ヒーロー間での情報の共有とかね。ほら、相澤さんが教鞭をふるう予定の雄英高校の校訓にもあるでしょう?」
──『Plus Ultra』(更に向こうへ)!
相澤さんが押し黙る、ということは実際問題そういう連携は取れていないわけだ。
本当にやっているのなら成果で示せばいいだけなのだから。
「後はそうだなあ──」
ゴミがどこに落ちているかを調べ拾いに行く『情報力』&『行動力』。
そのゴミの種類分別を見分ける『判断力』。
それなりの量が入ったゴミ袋を運搬したりする『身体能力』。
効率的にゴミを回収をするための経路を考えたり指示する『分析力』&『統率力』。
他の人間と素直に協力体制が取れるような『コミュニケーション能力』。
単純作業を続けるという『忍耐力』。
これらを堅実な実績として保つことで繋がる『魅力』。
「こんな感じの切っ掛けになれば幸い、かな?」
「……それは仮免許取得試験の適正判断のポイントか、まさかそこまで織り込んでいるとはな。しかし、俺の時にもあったが『戦闘力』の方はいいのか?」
「あの、私達はまだ五歳なんですがそれは……」
そういえばそうだったな、と相澤さんは頭を掻いた。
保護者枠で参加している若手ヒーローもたしかにいる、が大体が二十歳以上なので五歳の小娘に戦闘能力まで口出されるのは如何なものか?
そもそも『戦闘力』ありきのヒーローというのがおかしいのだ。
「赤黒氏じゃないけど、初期のヒーロー精神って奴は別に力があるから振るっていたんじゃないと思うのですがね」
「やはり現代のヒーローは贋物……!」
「数が増えたヒーローを統制する意味でも公的職務で縛るという形はアリなのかもしれないけど、収入や名誉が絡んでくると人は変わるからなぁ」
そしてその流れに乗り損ねた者達が敵として暴れ、それを抑えるのに戦闘力が望まれていく。
それに対抗すべく敵も力を求め続ける、という悪循環。
「その流れを断ち切ったのがオールマイトで、更に問題を作ったのも彼なんだよね……残念なことに」
「……こないだも思ったけど、修繕寺ってオールマイトのこと嫌いなのか?」
轟少年の疑問に私は真顔で答える。
「ヒーローと敵の拮抗をヒーロー側の有利へ傾けたのは評価している、”平和の象徴”という抑止力になっているのも助かっている。ただ、その後を考えていないのが非常に困っているわけよ……」
「本物の英雄に何が不満がある?」
「その本物の英雄さんは不老不死だったりするの? 現在の平和は彼一人の存在に依存している、つまり彼がいなくなると同時に崩壊するわけよ?」
だから彼が次にするべきは後継の育成。
少なくとも拮抗はヒーロー側へと傾いたのだから、後進の育成を進める余裕はあるはずだ。客観的に見てもある程度の平和は保たれているので、もし余裕がないというのであればその根拠の提示くらいは要求したい。
個人的に異常と判断している強化系個性の持ち主に匹敵するレベルの次世代ヒーロー。当然ながら現状でそんな人材はいないので、必然的にNo.2ヒーローに焦点が当たる……こないだのエンデヴァーなどだ。
ただ彼は炎熱属性といった放出・操作系なので、どうやっても強化系一点特化のオールマイトには地力で劣る。
なりふり構わずオールマイトに勝つだけを目指すなら、全身を炎という自然現象へと昇華させるとかだろうか……物理無効ならオールマイトも苦戦しそうな気もするが。ヒーローとして触れるもの全て燃やす、では問題外と言わざるをえない。
こういった力関係を世間がどう見るかというと、
「オールマイトに比べて頼りない、非常に不安だ……となるわけで」
「事件解決率は高いって聞いてたけど、その実績もオールマイトに比べれば物足りないとか言われるのか……それはきつい、な」
轟少年には申し訳ないが、エンデヴァーが荒れるのも無理はないと思う。
「ところで赤黒氏に聞いてみたいんだけど、何故あなたの言うところの贋物のヒーローが増えたと思いますか?」
「それは当然……ヒーロー観の教育の腐敗が原因だ」
「つまりヒーローを育てる過程が間違えている、と」
それに関しては一理あると言えるかもしれない。
実際に私が介入したカリキュラム以前には、五歳の段階で将来重要になるポイントや個性に関するカウンセリングなどは率先して行われていなかった。
いや、そんな早い段階で教えないというのもわかる。
しかし二十代の相澤さんが驚いていた事実があるので、現状の義務教育の範囲ではこういった概念が無い可能性は高い。緑谷少年の証言にもあったが、強くて派手な個性を褒めて伸ばす程度の感覚らしいので。
「では何故、ヒーロー観が崩れていったのか……相澤さんはどう思います?」
「……ヒーロー科の教師見習いの俺に、教育の腐敗を前提にそれを聞くのか?」
「わからないならそれでも構いませんよ?」
面倒なことに巻き込まれたとばかりの渋面に、思わず笑ってしまいそうになる。
「俺が思うに、ヒーローがやることが増えた所為じゃないか? 元々は犯罪を防ぐ自警団みたいなものが原点と聞いたことがある……それが事件だけでなく、事故・天災・人災といったあらゆるトラブルに適時対処しろと言われても、個性の相性的に無理なこともあるからな」
「流石は相澤さん、良い所に目を付けましたね!」
つまり個性を消せる個性の相澤さんに、自然災害の対処をしろと言われても単純に相性が悪いのだ。自然発生したものは消せないので普通にレスキューの仕事をするしかないのだが、それなら専門の職業に任せればいいだけじゃないかという。
しかし公的職務に規定されてからは、ヒーローとしてそれをしないわけにはいかないのだ。オールマイトのような出鱈目な力があれば様々な対応も可能だが、普通はそんな力は持っていないのである。
なので、せめてそういった知識くらいは詰め込んでいかねば無駄飯喰らいと国民にバッシングを貰う。かといってモタモタと時間を無駄にも出来ないので、結果として広くて浅い知識量となってしまうわけだ。
その人間が年を重ね教育者となり、次の世代にまた広く浅く教えていく。
「元々のヒーロー観が薄れていったのは、そうした社会の移り変わりの弊害ってことですねぇ」
「……それがどうした? 結局は腐敗したことに変わりはない!」
「じゃあ、どうすればそれが直せると思います?」
赤黒氏の表情に、若干の諦観と覚悟を感じた。
街頭演説というからには、何もせずにいただけではないのは分かる。しかし、実績もない人間の理想の言葉など軽いと思われるのが当然。
私の行動が許されているのは、弱冠五歳にして実際に行動し結果を出してきた実績に他ならない。そして五歳の私が無理をする姿を見せることで、大人達の危機感を煽り動かしてきたわけだ。
「例えば、腐敗している人間を処分していきますか?」
「──待て」
「うーん……難しいですね、それだと問題の先送りにすらならない。既にヒーロー観は薄まってしまっている以上、現状の教育者を減らしても何の解決にもならないし……」
薄まったカルピスに水を足さなくなったところで、元のカルピスの味には戻らない。
戻すのであれば、原液カルピスの追加だろうか。
「なら赤黒氏がお勧めのオールマイトを、ヒーロー教育関連の責任者に任命するとかどうでしょう?」
「教師オールマイト!?」
「……これも駄目ですね。何故なら彼の出自は不明ということもあり、人助けの為にあちこち移動する習性があるので教育者には圧倒的に不向きです。あとぶっちゃけるとガチ脳筋っぽいので、そもそもの適正が無さそう……」
それ以外にも色々と不可解な行動が多いのが彼の問題点だ。
塚内刑事さんやリカバリーガールは一応の知り合いらしく、何か事情について知っているようではあるが……何らかの機密事項なのか口が堅い。
「それとも末端ヒーローの剪定でもしますか?」
「…………!」
「危機感を煽るというのは悪くないかもしれませんが、オールマイトが折角崩した拮抗を台無しにするのも勿体ないかもです。敵特有の謎理論でビッグウェーブに乗ろうと、一致団結して暴走するとかありえそうで笑えないし……」
どうやら想定していた危機はこのパターンか、赤黒氏が真顔になっている。
しかも結構ギリギリの所の模様。
「では逆に敵を殲滅していく、というのはどうでしょう? 大規模なのはオールマイトが動くでしょうから、比較的小規模なのをぺちぺちと」
「……ヒーローの資格を持ってない俺が、か。それがどういう意味か、お前はわかって言っているのか?」
「いや『英雄回帰』的に資格なんていらないでしょう? 見返りを求めず、自己犠牲の果てに……となると、後は元々の原点である”自警団”になるのが自然な流れでは?」
「待て待て、現役ヒーローの前で非合法活動を勧めるな。バレたら流石の塚内さんもキレるぞ?」
相澤さんが言いたいことも、塚内刑事の立場的にもよろしくない提案だというのはもちろん理解している。
しかし赤黒氏の精神状態的には猶予はあまりなさそうだし、仮にもヒーローの剪定に傾いてしまうよりかは遥かにマシだと思う。
それなら悪党を殴ってスカっとしてくれた方が、結果的にはいい方向に流れる気がした。行動に移そうとするギリギリだった所から、ある程度の戦闘能力には目処が付いていただろうし。
「私も現状の改善案は計画しているけれど、成果が出るにはやはり時間はかかります。その間に少しでも敵犯罪の被害が抑えられるなら、この際非合法だとかは置いておきましょう」
「──オ、オールマイトがいるよ!?」
「たしかに彼の手は長く強い。しかし、突発的に日常を襲う悪意全てを守る術はない。もちろん彼がそうした努力を怠っているとまでは思ってないが……」
緑谷少年が一年位前に受けた理不尽な暴力、その時にオールマイトは現れなかった。
「……それは君自身が知っているだろう?」
「…………っ!?」
「まあ、ヒーローが基本的に後手に回るのは分かる。ルールという規定がある以上、それも仕方ないと思う……」
だが、実際に被害を受けた側がその言葉だけで納得するだろうか?
「さっきも少し言ったけど、あらゆる手段を以て対策することは必要だと思う。警察関係者なんかは『個人による私刑行為は犯罪だ』とか言いそうだけど、超常が蔓延る世界で何かがあった”後”じゃあ遅いんだよ」
それがこの世界で、今まで生きてきた私の感想だ。
「いい加減に遅々として進まない法改正、個性のメリットデメリットの意識改革、警察とヒーローの情報共有化、それらの改革を推し薦める為の私個人の実績作り……」
医学界とのコネクションは、リカバリーガールのおかげもあって進んでいる。
「私一人ではそれらでもう手一杯、かのオールマイトも立場的に表面上で起きた事件を捌くので手一杯……」
「……だから俺に力を貸せ、と?」
「街頭演説なんぞするよりは、よほど世間に影響力を与えられるよ? 何せオールマイトとは違った意味でのヒーローの原点、”自警団”なのだから」
悪くはない提案だと思う。
赤黒氏は社会の腐敗を嘆いているが実績が無いので何も出来ない、私の今の立場ならそれらを改善する方向に進める実績がある。
私は五歳児に過ぎないので現在進行形の犯罪には手が出せない、赤黒氏なら良くも悪くもフリーなので現場レベルで動くことが出来る。
それらを成すだけの戦闘能力を磨く環境を私は用意できるし、ヒーローという枠に縛られなければ赤黒氏は様々な無茶が出来る。
「お互いにとって、Winwinな関係だと思うんだけど?」
「……そこのヒーローも言ったが、お前のコネの一つであろう警察との折衝はどうする気だ?」
「現在の法規制では個性による犯罪への対処が基本になっているので、赤黒氏が個性使用を控えれば特に問題にはなりません。それなら自警団も善意の一市民扱いになるので……もちろん暴行の現行犯で捕まるとかしなければ、ですが」
ヒーローの剪定といったヒーロー殺しのような凶行ならともかく、敵犯罪を事前に防ぐことにまで文句を言われる筋合いはない。
文句があるのなら、こちらが何かやる前に予防行動を普通にあちらが実践すればいいだけなのだ。それが出来ているのなら、態々こちらが動く必要性も無くなる。
「法改正への改革等も、数日そこらで出来るものではない。それまでの間、赤黒氏には”英雄回帰”の一手として、自警団の実績作りに専念してもらいます」
「…………ふむ」
「ああ、もちろんそれだけではなくてですね──」
丁度良いので彼には体術のスペシャリストを目指してもらおう。
自警団の活動として個性の使用は基本的に厳禁、となると試されるのは己の身体能力となる。もちろんサポート会社を通して様々な装備の提供は欠かさないが、実際に戦闘時に使うのは個人の肉体能力のみなのだ。
身体能力バフのありそうな異形系でもいいが、ぱっと見が人間に近い方が評判を得やすそうというのもある。例えば装備の外見を黒色で統一し、オールマイトに対してのダークヒーローみたいな宣伝で人気を稼ぐというのもありだ。
前世の記憶にある蝙蝠男みたいな形にするのも面白そう。
個性に関することなら相澤さん、肉体に関することなら赤黒氏に、といった二枚看板で使い分けようか。相澤さんは本来のヒーロー活動もあるので、肉体強化に特化した教育者がいるとこちらも助かるというものだ。
流石に教職につけとまでは言ったりはしないので、是非とも協力してもらいたいものである。
「……貴様、この俺を手駒にするつもりか?」
「いえいえ、協力者という奴ですよ。これだけの環境を提供するのだから、当然こちらにも利がないと困りますし」
「……ハァ……これがただの金の亡者の戯言なら切って捨てているが、どうやらお前は色々と”違う”らしい……こちらからの条件も、いくつか呑むのなら受けてもいい……」
「……マジか、こいつら」
真剣に協定を結ぶ私達に愕然とする相澤さん。
ヒーローとして無資格の敵犯罪者予備軍の容認を許せないが、実際に細かい敵犯罪に対応できていないのも事実である。警察に任せようとも個性を使っての敵犯罪になると、面倒な規制もあって資格を持ったヒーローの対処が必要なのだ。
つまり初動が完全に遅れるわけで、その遅れはオールマイトが近くにいるパターンでない限り致命的になりかねない。
なので不満には思っても改善案を提示できない以上、彼には私達の企みを止めることはできないわけだ。
「では今度連絡を取る時までに、適当なコードネームでも考えといて下さいな」
「わかった、考えておく……」
お互いに連絡先を交換すると、用事は済んだとばかりに赤黒氏は帰っていく。
初めて会った時に剣呑さはいくらか中和されており、やはり取り込むにしてもタイミングはぎりぎりだった感じがある。まあ、何はともあれ貴重な教材を上手く処理できたことに満足していると、血管が浮いてそうなほどに怒気を出している相澤さんと目が合う。
「……言いたいことはわかるな?」
「こちらが言いたいこともわかるでしょう?」
相澤さんの剣幕に緑谷少年などは怯えている……だが私は謝らない。
オールマイトが健在の内にやらなければいけないことが多いからだ。ぐだぐだになっている法改正や、警察の下部組織でありながら独立事務所が乱立している公的職務のヒーローの在り方など。
赤黒氏にも言ったが、元々犯罪や災害に対する組織はあったのだから、個性持ちだろうと適した所属にしてしまえばいい。その上で特殊対応課みたいな括りで活動すれば、規制に縛られている今の初動の遅さも改善できると思う。
「私としては口だけの言葉に必要を感じない。何かを成すと心の中で思ったのならば、その時既にそれを成すための行動は終わっている」
──有言実行による実績……それはとてもシンプルで説得力のある言葉。
↓今回の話のメイン三人のイメージ。
【挿絵表示】
※イレイザーヘッドはこの作品では無精髭も剃り、原作十巻の記者会見時のようにさっぱりした格好になっています。ドライアイも回復傾向にあり、寝袋に入って徘徊とかしないでしょう。