私の名前は秋草心陽。心陽と書いて『こはる』と読ませる。初対面の人だとまず読めない。心に太陽のようなあたたかさをという意味でつけられたみたいなんだけど、ちょっとDQNネームと同じような扱いをされるのはひどく納得いかない。ATOKなら“こはる”で一発変換出来るんだゾ☆
そんな私も現在は神奈川県立杉田高校に通う高校2年生。制服がコムサ・デ・モードのブランド制服で、このシックで大人っぽいデザイン制服に惹かれてこの学校を選んだ口だ。
そして今日は土曜日。授業は休みだけど朝からバトミントン部の部活動がある。だから休みにしては自室で早起きしたのだけども――
「ピッチュ!」
え?
「ピチュ?」
なにそれ?
「ピッチュピチュー!」
こんなの聞いてない――
「お、おとうさん! おかあさん!」
「どうした、心陽?」
「姉ちゃんどうしたのさ?」
「ていうかさっき部屋でなにかどったんばったんやってたでしょ? 朝から近所迷惑になるんだからやめなさい」
朝起きてからあまりのことで呆然とした後に扉を閉鎖して、そのまま2ちゃんに突撃。なんかそれっぽいスレをザッと掘って書き込むと、急いでダイニングに駆け込んだ。
出迎えたのは家族である私の両親に弟の雅照の3人。何事もなくいつもの土曜日のような感じで朝食のひとときを過ごしていたと窺える。いや、1つ違うとすればテレビの中に映る映像か? いつもは芸能関係が主だったこの時間なのに何やらニュース原稿を読むアナウンサーの声が聞こえてくる。
「わ、私の部屋」
「部屋がどうしたのよ?」
「お、おっきくて、変な生き物がいるの!」
すると3人は顔を見合わせる。
「大きいってどのくらいだ?」
「たぶん2,30cmくらい!」
「「「でかっ!」」」
ほんの一頻り驚くも、直ぐさまおとうさんが席を立った。
「父さんが行こう」
そして何か武器になるようなものはないかと探しに行った。
「あ、ひょっとしてコレとか?」
「うーん、どうなのかしらね?」
弟はテレビを指差しておかあさんは頬に手を当てている。
「ちょっとお父さんの後を見に行ってみる?」
「賛成!」
ということで私も一緒に部屋にUターンすることになりました。
「ん? 何か聞こえるな」
私の部屋のドアの前で佇むおとうさん。
「ピチュ、ビチュウゥ」
ドア越しにくぐもった声が聞こえる。
なんだろう、これ?
「ピッチュ、っビッチュ」
ひょっとして泣いてる感じ……なのかな?
「なんだ結局全員来たのか」
おとうさんは呆れた様子でため息をつくも私の部屋のドアに向き直った。
「みんな父さんの後ろにいるようにな」
そうしてドア前に置かれたものをどかして、ゆっくり、ゆっくり、それこそ水滴が溜まってから滴り落ちるぐらいのスピードでドアを僅かに開ける。そのままその隙間から片目だけで室内を覗く。
「…………」
おとうさんが部屋の中を覗いてるときはさっきドアの外に聞こえた声が大きくなった以外は静かだ。でも、やっぱりこの声。私にはどう聞いても泣いてるようにしか聞こえない。
「……たぶん大丈夫だ。みんな開けるぞ」
そして驚かせないようにという配慮か、音が鳴らないように気を配りながらも普通にドアを開け放った。
「ピッチュ、ビッチュビチュウゥゥ」
やっぱりそうだ。あの子の目からは涙がポロポロと流れ落ちている。それを小さな手で拭おうとするも、止めどなく湧き出ているという感じだ。
「……なぁ、姉ちゃん、あの子に何やったのさ?」
「え、いや、だって……」
見れば3人ともシラーッとした目で私を見ている。
「だって仕方なくない!? 部活だーって起きたら、いきなり訳わかんない生き物がそこにいるんだよ!? 普通は驚くでしょ!?」
「で? その後は何をしたのよ?」
「とりあえず飛びかかってきたから、その勢いを利用して巴投げぶちかましちゃった後、部屋出てドアの前を封鎖しました」
「「「ハァァァ~」」」
うわ。確かに今の様子を見ると思うところはあるけど、そんな大きなため息をつかれるのは心外なんですけど。
「心陽。父さん、高校入って少しはお前にもお淑やかさが出てきたかと思ったのに」
「やんちゃなのは昔のままねー」
「姉ちゃん、あの子かわいいじゃん。それを巴投げって、女子力低っ」
「う、ちょ、ちょっとは反省します。でも、雅照てめぇはちょっと待てこっちこい」
「うあだだだっ! だから、そこがダメなんだよ~! 離せよ、筋肉バカ! ゴリ姉!」
「失礼ねっ!? そこまで腕太くないし! 第一、男のあんたが私より弱いとか情けないと思わないの!?」
「柔道全中ベスト8に勝てるか、バカ!」
とりあえず弟の言は聞き流せなかったのでキツ目のアイアンクローやってたら、背中にドンという衝撃が来た。
「ピッチュ!? ピッチューー!!」
振り返ればあの泣いていた子が私の肩に飛び乗っていたのだ。白いハイライトの光るそのまんまるの黒い目には涙が浮かんでいたが、それ以上に嬉しそうに私にすり寄るその姿を見て、私はそれまでこの子に取ってしまった行動を大いに反省した。
「ピッチュ?」
「ううん、何でもないよ。さっきはゴメンね」
そうして私はこの子の頭に片手を乗せると軽く撫で回した。
「ピチュ? ッ!? ピチュピッッチュ!!」
するとキョトンとした後、次には嬉しそうに目を細めながら頭を私の掌に擦りつけてきた。
「うわ、ちょ、やばっ」
私はその光景に思わず胸がときめいた。変わらず、彼?彼女?は自身の頭を私の掌に擦り付けている。
「うわぁ、何この子超かわいいんですけど」
「でも、そんな子にあなたがしたことは?」
アッハイ、スミマセン。
とりあえず、謝罪も込めて喉元をちょっと擽るように撫でさすってみた。
「ピチュ? ピッチュピチュチュー!」
するとこの子は嬉しそうな声を上げながらも、「もっと! もっと!」とせがんでくるような仕草を見せる。
「そういえばあなたは男の子? それとも女の子なのかな?」
ネコっぽいようなネズミっぽいようなこの生き物。たぶん動物なんだと思うんだけど、ならば雌雄の別があってもよさげなもの。
「ピッチュ?」
多分だけど、この子は賢い。非常に賢い。振る舞いから、恐らく私たちの言葉も何となく分かっているような気がする。
ならば、試しに本人に聞いてみるのが一番だと思う。
「男の子?」
「ピ」
すると首をプイッと反らす。心なしか唇も尖らせているように見受けられる。
「じゃあ、女の子?」
「ピッチュ!」
すると今度は満面の笑みを浮かべて頷いた。
やっぱりだ。この子は人間の言葉をきちんと理解している。今までこんなに人間の言葉を理解する生き物なんていたんだろうか。
「ちょっ! 姉ちゃんん!!」
「心陽、そろそろ雅照を離してあげなさい」
あ、素で忘れてたわ。
とりあえずは弟は解放してあげた。
その後どうなったかというと。
とりあえず家族会議開催
↓
この生き物を飼っていくことを決定
↓
「でもこの子のこと何にも知らんベ?」
↓
各自で情報収集 ←今ココ
つーことで今私は部屋で2ちゃんに張り付いてる。部活は中止、学校からは「家から出るな」的な連絡が来たから、ちょうどいいっちゃちょうどいいわけだけども……。
「なに、これ……」
とあるスレを開いていたときに見つけたURL。主に自身で描いた絵を投稿するサイトのそれを「すぐ見てみろ!」なんてことで書かれてたから、開いてみたら……。
「え、えー……。てかコレさっきチラッとテレビに出てたやつじゃん……」
そこにはなんとテレビで『不明生物!』と言われていた生き物が名前付きで描かれていたのだ。
「……うそ?」
訂正。試しにどれか1つのページ――何となくこの子に似てる気もしなくもないチャーミングな見た目の生き物、ピカチュウ?――のを開いてみたところ、名前どころか身長や体重、他にもよく分からない何かの項目や説明書きが書かれたページが現れたのだ。
掲示板住人の戸惑いもよく分かる。私もそうだ。
「なん……なんなのよ、これ……」
そうして隅々にまで目を通していく。かわいいけど電気が強力みたいらしい。
「ん?」
ページのリンクが貼ってあることに気がついた。
「進化前:ピチュー、進化後:ライチュウ、ライチュウ(リージョンフォーム)……ピチュー!?」
おいちょ待てや。ピチューっておま……!
「ピッチュ?」
家にあったテニスボールがお気に入りなのか、後ろでコロコロ転がして遊んでいるあの子を見やった。
「ピチュー……鳴き声が同じ……いやよく似ている? とにかく確かめてみないと」
そうして意を決して ピチュー の項目にカーソルを合わせてダブルクリック。
その後?
そのページと、あと2chスレに張り付きながら本日2度目の家族会議じゃわい。
『我々はこの不思議な不思議な生き物を……ポケットモンスター……縮めて、ポケモン……そのように呼称することを決定しました!』
全員ダイニングでNHK視聴なう。
総理の手元には紅白模様のボール、モンスターボールが置かれている。
あれから、家族総出であのスレに張り付き、あのピクシブーンのページを
そしてヨウツベ動画で見たポケストップとポケモンの捕まえ方を参考に私、それからなんとおとうさんもポケモンを捕まえ、いや、もう言い直そう、ゲットした。私は当然のことながらピチュー、そしておとうさんはなんとイーブイをゲットした! あんなキュートでチャーミングなポケモンをゲット出来るなんて超羨ましい!
「……ピッチュ」
「うぇい? ああご、ゴメンね
「チュー♪」
あぶな。この子、頬の電気袋から電気が迸ってたから、慌てて
何はともあれ、親父、ハゲr
「あ゙? なんか言ったか、心陽?」
なんでもないですサーセン。
とりあえずおとうさんは今家族の中の嫉妬を受けること間違いn
「何言ってるのよ。あなたの
「そうだぜ、姉ちゃん。それにそのピチューかなり珍しいんだろ? ならレアリティは姉ちゃんの方が上じゃん。ま、俺はどっちかっつーとかっこいい系の方が欲しい気もするな」
でもなかった。むしろおかあさんの嫉妬がこっちにも降りかかってきてます……。
「にしてもお父さんも
「いやぁ、
「そうなの。まあ、私もイーブイちゃんや
握り拳作ってるその姿はなんだか炎を纏っているような幻視が見えた。
あ、そうそう。
雅照が言ってた「レアリティが上」ってやつだけど、私のピチューは左耳の先っぽがギザギザになっているのだ。あのピクシブーンのピチューの説明書きには『あれはくせっ毛』らしい。あれで毛とはいったい・・・うごごご! そして『ピチュー自体も珍しく、さらにギザみみなのは“非常に”という言葉を幾つも重ね掛けしても良いほど稀』ということらしい。やったね!
「にしても思ったんだけどさ」
「どうした、雅照?」
「いやさ、ネット漁ってたら、日本にいる普通の生き物がほぼ全部ポケモンになったみたいだしさ?」
そういや、NAVERとかでそんなまとめも見たなぁ。
「それがどうしたのよ?」
「いやさ、姉ちゃん、考えてみろよ。例えば魚とか牛とか豚がポケモンに変わったんだろ? てことはだ――」
ダンッ――!!
するとダイニングのテーブルを叩き付けておとうさんが立ち上がった。あまりに急だったためか、その拍子に、座っていた椅子すらも倒れてしまっている。
「まさか! そういうことなのか!?」
「じゃ、ないかなぁ」
――動物とかいなくなったんなら俺らなに食べてけばいいわけ?
「「あ……」」
私とおかあさんの声がシンクロしてしまった。
オイちょっと待てよ。これガチでヤバい事態じゃないのかよ……!
「全員今すぐ車に乗り込め! 買い出しに行くぞ!」
おとうさんのその一言で我が家の今日午後の行動予定が決まった。
ピチューのニックネームは『かそくしまーす』さんの『ミギー』とさせていただきました。
ニックネームアンケートにご協力してくださった皆様、ありがとうございます。
シリアスにしたくなかったのにそれっぽくなってしまった。
何度か申し上げてますが、この世界は現実よりも「優しい」世界です。「ふわっとした」世界です。よろしくお願いします。
それから伝説系については『ほとんどはまだ』条件未達成なので、出現しません。存在していることは間違いありませんが。
また一部設定が変わっているポケモンがいます。例としてはアローラカプ神4体(アローラそれぞれの島を護っているのではなく――)。
ちなみにどっかの某国連中が空から海から日本にちょっかい掛けてくれば――