ある晴れた皐月の午の刻。
「それで、儂になんのようじゃ。こころ」
狸耳をピョコピョコとさせながら煙管をふかし、二ッ岩マミゾウは目の前にちょこんと可愛らしく座る狐の面をつけた少女を見つめる。
「我々に『恋』というものを教えて欲しい」
狐の面をつけた少女――秦こころは真剣な顔つきでマミゾウに訊ねる。
「おぬしが感情というものに疎いのはわかっておるが……なぜ『恋』なのじゃ? 」
秦こころは面の付喪神、面霊気である。
面を被ることで感情を現すということに依存していたせいか、彼女自身は常に無表情で感情というものがイマイチつかめないらしい。
彼女が引き起こした『心綺楼異変』以降、マミゾウは彼女の『感情を操る』という能力を安定させるため一種の老婆心で、感情を身につける手伝いをしている。
「能楽の新しい演目に人間が好む『恋愛物語』を取り入れようと思っているのだ」
異変以降、こころは博麗神社や里内で能楽を披露している、彼女の能楽は里の人間達にも大人気であり、新作を待ち望む者も多い。
「香霖堂や鈴奈庵に行き、勧められた恋愛物語も読んだがつかめないのだ」
無表情ながらも、その瞳にはマミゾウへの期待が込められていた。
(恋愛感情……これをこころに教えるのは少々難儀じゃな)
恋というものは長年生きてきたマミゾウですら曖昧な感情である。
頭をポリポリとかきつつ、何かいい方法は無いかと思考を巡らせる。
しばしの沈黙のあと、マミゾウが口を開く。
「そうじゃな……こころは一緒にいて楽しい者はおるか? 」
こころにマミゾウは、かつて何処かで読んだ恋の定義を問いかける。
「一緒にいて楽しい人に向ける感情、それが恋なのか? 」
こころは依然として狐の面のまま、マミゾウを見つめる。
「世間一般的には、それが恋という感情じゃな」
狐の面から驚の感情を現す大飛出の面に付け替えたこころは、その後も困の感情を現す猿の面、喜の感情を現す翁の面などコロコロと面を変えながら「一緒にいて楽しい人」を思い出す。
彼女自身は無表情であるが、面は千変万化し彼女の感情を映し出していく。
しばらくして、こころの面の変化が止まり翁の面に付け替える。
「わかったぞマミゾウ、好きという気持ちが」
相変わらず無表情だが、口調は心底嬉しそうである。
「それで、誰と一緒にいて楽しいんじゃ? こころは」
「こいしや、神子に白蓮といるときがね、とっても楽しい!」
「ほっほっほ、儂は入っておらぬのか?」
何故かマミゾウは、自分の名がこころの一緒にいて楽しい人リストに入っていないことが引っかかり訊いてみる。
すると不思議なことにこころは、猿の面に付け替える。
「えーとね、マミゾウといるときは…… 楽しいじゃなくて嬉しいなの」
恥しそうな口調で答えるこころ、その口調はまるで……。
(こ、これはつまり……儂のことが好きということではないのか?!)
その口調はまるで恋する乙女、そのものであった。
「それにね、マミゾウといると心臓がドキドキして温かい気持ちになれるの。
これも恋なの?」
マミゾウは口に出せなかった、それこそが恋だと。
いや、出せなかったが正しいか。
マミゾウ自身も恋がなんたるかが曖昧であるからだ。
「マミゾウ……?」
猿の面を付けたこころがマミゾウの顔を覗く。
(きゅ、急に意識し始めてしまったぞ…… そ、そもそも同性同士じゃぞ儂ら)
こころはさらに顔を近づける。
「教えてマミゾウ……この感情が恋……?」
は、早く何か言わなければ。
そんな時、ふすまを開ける音が。
「あらあら、マミゾウも意外に初心なんですね」
命蓮寺の尼である白蓮が、ニヤニヤとした顔で顔を覗かせる。
「びゃ、白蓮っ!!」
驚いたマミゾウは、顔を近づけていたこころにぶつかり……。
「あらあら、まあまあ」
押し倒してしまった。
「ねえマミゾウ、今ものすごくドキドキした! やっぱりこれが恋? 」
ニヤニヤ顔の白蓮が
「ええ、こころそれが恋ですよ。貴方はマミゾウに恋をしているのです。
それにマミゾウも……」
恋の感情がわかり、翁の面に付け替えたこころは。
「そ、そうかこれが恋っ!」
と言い放ち、マミゾウの唇と自身の唇を重ねる。
「な、何をするんじゃこころっ!?」
赤面したマミゾウが、相変わらず無表情なこころを突き放す。
「恋という気持ちを確認するには接吻? をするといいって読んだからしてみたの」
純粋なこころは、さらに嬉しそうに続ける。
「すっごいドキドキした、わかったよマミゾウ。私マミゾウが好きっ!」
何百年と生きていて、初めて面と向かって向けられた好意にマミゾウは困惑を隠しきれない。
「びゃ、白蓮見てないでどうにかしてくれ~」
再びこころに押し倒された、マミゾウはりんごのように赤くなった顔で白蓮に助けを求める。
「邪魔者は、そろそろ行くとしましょう」
「びゃ、白蓮っ!?」
「ふふふ、こんなマミゾウ初めて見ました」
組んず解れつの二人を横目に去っていく白蓮。
新緑まぶしい命蓮寺に、マミゾウのあながち嫌でも無さそうな声が響いた。
◇
それから数日が経ち、人里で披露した恋愛をテーマにしたこころの演目はリアルな恋愛模様がうけ村の若い娘達に大ヒットしたそうな。