トンネルを抜けると、そこは雪国であった。
内容はともかく、この一節が有名な小説、その登場人物目が視た光景と、今私が視てる光景は違えど、この感覚は同じだと思う。
〝ここまで人を感動させる世界を作り上げるとは……〝
心の中で感心している中、周囲に居る人達も自分と同じく、この世界に見とれているのだろう。
それにしても、この世界はなんて美しいんだろうか、TVのCMでリアルかつ美しい映像を売りにしたゲームは有る。
ゲームの中だからこその世界観で、現実では不可能な物も表現するゲームもある。
だがこの世界は違う、あんな綺麗や幻想的なだけの世界じゃ無い、ここには人の住む世界の匂いが有る。
石畳やレンガで出来た道路、窓から見える植物、屋上で干して有る衣服、建物の質感、大通りの両脇で行われいる露店、路地裏から行き来する人達、NPCでは無い本当の人間が織りなす雑多な音。
VRだからこそ出来る表現、MMOだからこそ表現出来る生活の匂い。
そして、この世界をいち早く知ったお兄ちゃん、桐ヶ谷和人は何て羨ましい。
お兄ちゃんは、剣一本で何処までも行けると言っていたが、戦いなんか無くても、この世界は十分過ぎる程に希望や未来が有りそうだ。
私はこの世界に感激し、お兄ちゃんとのこれからに心を躍らせていた。
とその時、目の前にいきなりウィンドウが現れた。
ウィンドウの内容は《インスタントメッセージが届いています、閲覧しますか?》
なんと言うか、さっきまでの感激が一気に無くなってしまった。
さっきまでは海外の有名な観光地へ行った時のような、見知らぬ場所への興奮、そういったので満たされていたのに、ウィンドウの所為で一気にここがゲームの世界だと言う事を理解してしまった。
さっきまでの感動を返せ、そう思い、ウィンドウを開くと宛先は《kirito》内容は後ろを見てみろ。
簡潔な内容に一体何の事だと思い、後ろに振り向いた、そして頬に何かが触れる感触
一瞬思考が停止したのだが、直ぐに状況を理解した。
どうやら後ろを向いた瞬間に、頬を指で押されているらしい、今時の小学生ですらやらないのに、この世界でこんなしょうもないことをする人がとは。
そんなしょうもない事をやるロクデナシの面を見ようと、その指の持ち主を見ると、背の高いイケメンが、何やら意地の悪い笑みをしていた。
〝私の好みでは無いな〝
そのイケメンを見た第一印象がそれだった。
私の好みとしては、こんなチャラチャラした感じじゃなく、優しさや誠実さが出てくる感じゃ無いと。
更に付け足すならば、年上で、目標に対し一生懸命になるような真面目な人。
まぁこんなイタズラをしてくる位は愛嬌の範囲内だが、それは仲の良い間柄だけ、こんな見ず知らずの人にされる筋合いなんて無い。
この見知らぬ男に変な事をするなと文句でも言って、あとお兄ちゃんから聞いたハラスメントコードで黒鉄宮へ送ってやろうか、そう思い息を吸った瞬間。
「油断大敵だぞリーファ、それともスグと言うべきかな」
若干同年代より高めの声、イタズラが成功した時良くやる表情、普段から良くやるこの動き、これはまさしくお兄ちゃんだ。
ん!?ちょっと待って、このチャラチャラしたイケメンがお兄ちゃんなの。
こんな見た目で、こんなことをやられても、腹立たしさしか感じない。
もしこれが我が兄の理想だとしたら、今すぐにでも修正しなければ。
今時の女の子はこんな男を求めていない、むしろ現実の顔の方が何倍もマシだ。
その為にも、お兄ちゃんには辛い現実かもしれないが、その姿は正直似合っていないと伝えないと。
私は多分居た堪れない表情をしていると思う、それ位お兄ちゃんが残念なのだ。
「お兄ちゃん、その顔全然似合ってない、と言うかそれがお兄ちゃんの理想なの?」
お兄ちゃんはかなりショックを受けている。
何せ妹から残念な物を見るような目で見られているのだ、これ以上に精神ダメージを受ける物はそうそう無いだろう。
「に……似合って無いだと、二時間かけて作ったこのアバターが」
ちょっと声が震えていたが、そんな事はお構い無しに、現実を突きつける。
お兄ちゃんには辛い現実だが、お兄ちゃんに似合っていない事で知らしめてなければ。
ついでにここで精神を折って置かないと、中途半端にして今のアバターに未練を残させてはいけない、完膚なきまで今のアバターの未練を残させず、新たなアバターを作らせるのだ。
「今時の女の子は、そんなチャラチャラした男には、絶対に寄り付かないよ。女顔を気にしてるにしたって、その顔は無いんじゃないかな」
ピシッ
今何かひび割れた音が聞こえた気がするが、気にしないことにする。
さっきも言ったけど中途半端はいけない、今のアバターに未練を残させてはいけない。
そういえば、お兄ちゃんはちょっと虚ろな目をしてるが、まぁいいでしょう。
これからお兄ちゃんの意識改革を行わなければ、将来あんなチャラチャラした服装と態度のお兄ちゃんなんて、絶対にイヤだ。
それにしても、お兄ちゃん何だか呆然としていると言うか、目の焦点が合っていない。
しかも何かブツブツ言っていて、正直気持ち悪い。
それに、心なしか周囲の目線が集まっている気がする、特にお兄ちゃんに同情的な視線が多い気が……
「おいおい、あの子実の兄をバッサリ切ったぞ」
「あれは心が折れる、十分いい見た目なのに」
「長身長駆の勇者顔のアバターをあそこまでバッサリ、クワバラクワバラ」
「俺ああ言う感じのアバターにしなくて良かった」
もしかしてやらかしてしまったのだろうか、何だか私まで居た堪れなくなってきたので、ここから離れる為にお兄ちゃんの肩を揺らし、意識を取り戻す事にする。
というか何時までぼんやりしてるのだ。
「お兄ちゃん、いい加減目を覚まして。こっからどうするのか分からないんだから、案内してくれないと」
私の声にハッと気がついたお兄ちゃんは、其れもそうだなと呟き私の手を取って走り出した。
「ちょっといきなり何処へ行くの?」
「街を出てちょっと離れた場所にいい狩場があるんだ、今からそこへ行くんだよ」
それだけ言って、真正面を見ながら周囲の人をスイスイ追い抜き走っている。
私の手を取り走る姿は、昔公園で走り回った時のようだ。
あの時もお兄ちゃんは私の手を取り、蝶やトンボ等の虫や、興味が有る物を見つけては走っていた。
今はお互いに中学生で、手を繋ぐなんて事はしないが、ここはゲームの世界、二人とも童心に帰ったかのように、笑顔で走っている。
そうだ、私が求めていたのはこれだ。
ここまで無邪気じゃ無くてもいいから、お互い笑いあえる関係になりたくて、昔みたいに何から何まで分かり合える関係になりたくて、そしてこれから先、もっと好きあえる関係になりたくてこの世界に来たんだ。
お互いアバターと言う壁があるからなのか、いつも以上に本音で語り合えてる。
お兄ちゃんから遠慮みたいなのも感じない。
無論私もこの世界に興奮しているのか、建前なんてものは無く本音で語り合えている。
この世界に来て本当に良かった。
私はこの世界とこのゲームを作った茅場晶彦に心底感謝した。
そんな事を考えてお兄ちゃんと走っていたのだが。
「おーい、そこの兄ちゃんと姉ちゃん、ちょいと待ってくれぇ」
後ろから赤髪で20代後半らしき男性が話しかけて来た。
お互いにアバターだから外見で年齢を図ることが出来ないとは言え、相手は十中八九20代の男性だと思う。
こう言う時の女の感は間違えないのだ!
それはそうと、お兄ちゃんそんな手を腰に当てて、カッコつけなくても、もしかしてコレがお兄ちゃんの理想なの?
見た目だけじゃ無く、こんな態度まで。
また誠実とかと正反対の行動を取って、お兄ちゃんの性格矯正のレベルを一つ上げると、赤髪の男性がこっちに手を伸ばして来た
「俺はクライン、今日いっぱい剣での戦い方のレクチャーをよろしく頼むぜ」
何やらお兄ちゃん性格矯正計画を考えている間に、お兄ちゃんと私でこの人のレクチャーをする事になったらしい。
この言い方からすると、ソードスキルやVRでの戦闘はお兄ちゃんで、体の使い方や構えや剣の振り方なんかは私が教える事になったらしい。
私としては、お兄ちゃんとの距離を縮めるのが第一だから、こう言ったのは考えて無かったけど、これはこれでお兄ちゃんのコミュ症解消に使えそうだ。
ついでに他の男性と付き合う事で、お兄ちゃんの間違った理想を正さなければ。
頭の中でお兄ちゃんの性格矯正計画を練りながら街の外へ出るのだった。