カロスポケモン協会理事 ハチマン   作:八橋夏目

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なんか遅れてごめんなさい。


8話

「そうそう、今度フロストケイブにメガシンカの研究調査に行くんだけど、行きたい人いるかな」

「フロストケイブ………」

 

 博士の言葉にユキノが思うところがあったみたいで、繰り返すようにつぶやいた。

 

「なんだ、興味あるのか?」

「いえ、雪の多いところだったはずだから、もしかしたらいるかもしれないと思っただけよ」

 

 いる?

 何が?

 

「何がいるんだよ」

「秘密よ」

 

 そっぽを向いたユキノは話そうとはしない。なのに、視線はチラチラと俺と博士を交互に見てくる。

 

「博士、ユキノ連れてってくれ。それとカワサキも。この二人がいれば百人力だろ」

 

 はあ………、行きたいならそう言えばいいのに。何を遠慮してんだか。

 

「………いいの?」

「こっちのことは何とかする。それにユキノもリーグ戦に出るんだ。広告塔であるお前が初戦敗退なんてことになったら、つまらんだろ」

「じゃあ、なんであたしまで」

「いろんな世界を見てこい。カワサキにはまだまだ成長の兆しがある」

 

 いるってのはおそらくポケモンのこと。ユキノは新しい仲間を欲しているということだろう。

 そしてカワサキはまだまだ知識をつければ強くなれる。部下を育てるのも上司の務めというものだ。

 

「あなたもリーグ戦に出るじゃない」

「俺はいいんだよ。別に開催前から顔がバレているわけでもないし、空いた四天王の席は当日まで明かすことはないんだし、いくらでも替えが効く。俺の他に適任者が出て来れば、そいつに四天王の座を譲るだけだ」

「結局それ、働きたくないだけでしょ」

 

 何を今更って話だぞ、イロハ。

 

「当たり前だ。お前もさっき見ただろ。仕事をするってのはあんなに忙しくなるってことなんだ。何が楽しくてあんな面倒なことしなきゃならねぇんだよ」

「じゃ、じゃあやっぱり私は………」

「いいから行って来い。誰か、探してるんだろ?」

「え、ええ、まあ………。でも仕事を放り出してまでするようなことではないし」

 

 強情な奴だな。仕方ない、強制送還にするか。

 

「はあ………、上司命令だ。博士を手伝ってこい」

「うっ………、分かったわよ」

 

 それじゃあ、お願いします、と博士に頭を下げているユキノを見ていたら、カワサキがボソッとつぶやいた。

 

「あんたも甘いね」

「社会は厳しいからな。特にユキノの場合は誰もが知る有名人だ。一度人前に出ればあいつはユキノシタユキノでいなきゃいけない。だったら、俺と、俺たちといるときくらい我儘を言ったっていいんじゃないか?」

「あんたって、ほんと面倒見がいいよね」

「全ては俺が楽をするためだ」

「ふっ、そういうことにしておいてあげる。ありがとね」

 

 なんだろう、全部見透かされてる気分だ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「おい、これは一体どういうことだ?」

「どうしましたー?」

「どうしたじゃねぇよ。なんでいるんだよ」

「やだなー、ユキノ先輩たちだけに抜け駆けさせるわけないじゃないですかー」

「やっぱりそれなのね………」

 

 夜。

 ようやくゆっくりできると思っていた束の間。

 俺の部屋に先客がいた。

 ベットが占領されている。君どんだけ寛いでるのん?

 ここ、一応男の部屋だよ?

 

「はあ………、つっても、こっちはこっちで忙しいからな。お前らが思ってるほどベッタベタな状態でもないぞ」

 

 まあ、誰かしら来そうな予感はしてたけど。だからと言って先にいるとか、そんな発想はなかったわ。

 

「毎日顔が見れる時点でずるいですよ。ぶーぶー」

「相変わらずあざとい………」

 

 どかっと、ベットに座りイロハの頭に手を置く。

 

「そう言いつつ、頭を撫でてくれる先輩、ポイント高いですよ?」

「いつから導入したの、そのポイント制。コマチポイントならぬ、イロハポイントなの?」

 

 やだ、いろはす。

 コマチとキャラ被るからダメよ。お前はあざとさが売りだろう?

 

「そもそもっ、なー……んで押し倒されちゃうわけ? 夜這い?」

 

 口を開けば腕を引っ張られ、ベットに押し倒され、俺の腹の上にイロハが跨ってきた。スカートから伸びる生足がちょっと危ないですよ? 太もも見えすぎ。

 

「明日、コマチちゃんとバトルします」

「お、おう……。まあ、実力を高め合うのはいいことだと思うぞ?」

 

 別に俺に報告するようなことじゃなくね?

 勝手にやっててくれちゃっていいんだぞ?

 

「全力のバトルです」

「まあ、お前らの成長は早いからな。俺の知らぬ間にどれだけ強くなってるのか楽しみだな」

 

 全力でバトルとなれば、手持ち全部かそんな感じだろう。となると久しぶりに二人の強さを測れるというわけだ。

「………全力です」

「………何が言いたい?」

 

 なのに、いろはすったら真剣な顔をしちゃってる。全力という言葉も念を押される始末。

 何? 何があるのん?

 

「コマチちゃん、カメックスを暴走させました」

「はっ?」

 

 カメックスが暴走?

 今更すぎない?

 なんでここに来て暴走なんか………っ!?

 

「メガシンカ、させたのか………?」

 

 導い出された可能性はただ一つ。

 ハクダンへ行く前にハルノさんからもらったキーストーンとメガストーン。

 

「はい」

「いつだ」

 

 思わず身体を起こしてしまった。おかげでイロハとの距離が近すぎる。

 

「私がビオラさんとバトルをした後。パンジーさんとのバトルです。コマチちゃんが勝ちはしましたが、バトルが終わった途端、力に呑まれて私がデンリュウの電気で痺れさせて戦闘不能にする羽目になりました」

「そうか………」

 

 恐らく。

 メガシンカで上昇した力を存分に奮う前にバトルが終わってしまい、結果暴れ足りなくて力に呑まれたのだろう。

 

「正直ギリギリでした。こっちもメガシンカさせて弱点技で攻撃しなければ、やられてます」

「………特性の暴走とはまた違うからな。力の桁が違う。あの力に呑まれてしまえば、破壊活動という表現が適切なくらいだと思う。それくらいには暴走したら危険な代物だ」

「………先輩、知ってますか?」

 

 いや、知らねぇよ。何をだよ。

 

「何をだよ」

「私とコマチちゃんとの差」

「差? バトルの……だよな?」

「それらも含めてのトレーナーとしてです」

「差……差、ねぇ………」

「ビオラさんとパンジーさんに言われました。二人の師は誰だ? と」

 

 はあ………。

 そういうことかよ。

 イロハはメガシンカを俺とのバトルで嫌ってほど見てるし、くどくどと同じことを話してもいる。反対にコマチにはそんな話を個人的にした記憶がない。念には念を、ということもできていなかった。だからこそ、メガシンカはある程度覚悟を決めないと力に呑まれてしまうということも刷り込まれてないだろうし、初めてメガシンカを使うところを見届けてやることもできなかった。

 何やってんだ、ハチマァァァァアアアアアアアアアアアンっ!!

 

「………分かった、明日のバトル、俺も見ていればいいんだろ」

「はい、そういうことですっ」

「急にあざとくなるな。ったく………、その、ありがとな」

 

 湿っぽい展開から急におちゃらけんなよ。ぼっち歴の長かった俺に急な空気の変化は対応がままならないんだぞ。ちょっとはそこらへんも考えて!

 

「あ、言葉より態度で示してほしいですね」

 

 そういう意味合いも含めて頭を撫でたら、しれっとこんなことを言われてしまった。なんなのこの子。

 

「くっ、何が望みだ」

「どーん!」

「ちょっ? また? って、んぐっ!?」

 

 今回はマジで押し倒された。

 押し倒されてキスまでされた。

 うわー、三人目……人工呼吸も入れたら四人目。

 やばい、超絶キチガイ野郎になりつつある。というかなってるような気がする。

 

「ぷはぁ………、私のファーストキス、いかがでした?」

「いきなりすぎて味なんて分からねぇよ」

「わぁー、クズっぽいセリフだー」

「や、まさにクズだろ。結局誰か一人を選んだわけじゃないんだし。何なら告白されても返事をしないでキープしてる状態の男だぞ?」

「うわ〜、マジモンのクズっぷりですね………」

「それを加速させてるのが自分たちだって自覚しろよ、このヤロ。仕返しだ」

「んぐっ?!」

 

 俺はクズだ。俺を慕う女の子に告白までされても誰にも返事をしていない。なのに、離す気もない。しかも誰かに盗られることを恐れている。加えてキスを平気でしてしまう。こんなのマジモンのクズでしかないだろう。

 別にハーレムを狙ってるわけでもないし………。

 

「ぷはっ、はあ、はあ……………せんぱい、のくせに、上手すぎですよ………」

「知らねぇよ」

「自覚ないとか、質悪いですね。こんなキスされたら、もう引き返せませんよ」

 

 なんでそこでぶるっと震えるかね。さらに危ない状況に突入しそうじゃねぇか。

 

「もう、もう、わたし………」

 

 顔を真っ赤にして、なのにその目はハート型に………あれ? まさかの幻覚見えちゃってる? 目がハート型とか有り得ねぇだろ。

 

「い、イロハ………?」

「せんぱい………」

 

 ぐっ、しまった………。

 腹の上に跨られているから逃げられない。

 さすがにこの先はヤバいだろ。それ以上は恋人がやることであって俺たちは…………。

 

「お姉さんも混ぜて欲しいなー」

「「ッ!?」」

 

 お、おう? おおう?

 な、ん、え……? ま、魔王………帰ってきたのか。

 

「ははははるさん先輩っ?!」

「あれー? もう終わりなのー?」

「え、あ、いや……」

 

 あのいろはすが圧倒されちゃってる。やだ、魔王怖い。

 

「それなら今度は私の番だねー。ハチマン、キスしよー」

「はるさん先輩!?」

「おい、待て、ハルノ。落ち着け。取り敢えず、落ち着いて下さい」

「ぁぅ………」

 

 あ、あれ? 急に大人しくなったぞ?

 

「ちょっ!? いいいいつの間に名前で呼んで?!」

「えっ? あ、あー………まあ時々だな」

「ぁぅー…………」

 

 あーあーあー。魔王から一転、ただの女の子になっちまったよ。や、この一人、そろそろ二十歳になるからね? 女の子って歳でもなさそうだからね? それが未だ俺の腹の上に跨っているイロハよりも幼く見えちゃうもんだから不思議。

 

「………先輩、なにナチュラルに頭撫でてるんですか」

「あん? おお、無自覚って最強だな。なら」

「んぎゃ?! だ、だからわしゃわしゃするなーっ!!」

「うわっ?! 間近で見るとすごくかわいいです!」

 

 割と気に入ってしまったこのやり取り。

 や、だってこの人、これするとすげぇかわいいのなんのって。髪は女の命とかいうがまさにその通りなのか、髪をくしゃくしゃにされたくないようだ。

 

「むー、はるさん先輩だけずるいです」

「はいはい」

 

 じとーっとした目で見られては仕方がない。さらにへんな要求をされないようにここで応えておくとしよう。

 

「うへへへっ」

「これもお決まりの反応だよな」

「だってー、気持ちいいもんはー、気持ちいいじゃないですかー」

「や、知らねぇよ。されたことないし」

「「…………」」

 

 ん?

 どしたの二人とも。急に固まって。何気ホラー現象みたいだからやめてくんない?

 

「「……………」」

 

 二人は視線を交わすと無言で頷いた。

 えっ? なに? 以心伝心しちゃってる系? そして俺は逃げられない系。

 

「せーんぱいっ」

「ハーチマンっ」

 

 再三にわたり押し倒されました。しかも両側から首に腕を回されるという。枕が高めでよかったとしみじみ感じてしまう。これ枕が低かったらすげぇ首が疲れることになってるからな。

 

「「お返しだーっ!」」

 

 そして、何故か俺が頭を撫で回されるという。何これ、超恥ずい。身動き取れないからどうしようもできないし。詰んだ……。

 これはあれだな。またしてもシングルベットで三人で寝る奴だな。うん、分かります分かります。

 はあ…………、ベットでかいの買おうかな………。狭い………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 朝起きると。

 二人は既に起きたのか誰もいなかった。と言っても俺はいつも通りの起床時間である。あの二人、何気に早起きだったりするのん?

 それともあれか? 俺が恥ずかしさを堪えるために目を瞑っててそのまま寝ちまったから部屋に戻ったとかなのか?

 や、だってあれは反則だろ。あんなのどう反応すればいいんだよ。小っ恥ずかしい。

 あーあー、絶対あの二人のことだからコマチやユキノに話してるんだろうなー。うわー、あの二人のニターっとしてあ不敵な笑みが今から怖いんだけど。何されちゃうの?

 

「ふんふんふんっ〜」

 

 なんて溜息を吐きながら台所へ行くと、自称俺の正妻が朝飯の支度をしていた。何この子。エプロン姿がかわいいですけど。

 

「あら、昨日はお楽しみだったようね?」

「朝っぱらからやめい。マジで勘弁して。今いろいろと恥ずかしさに悶えてるとこだから」

 

 俺に気づいたユキノの開口一番がこれである。おはようではなく、これである。おい、自称正妻。正妻ならもっということあるだろうが。

 あ、そもそも俺の正妻というか嫁でもないから、言うことなんてないか。

 

「寝起きで悪いけれど、ちょっといいかしら?」

「ふぁ〜あ、なに? 別になんでもいいぞ」

「な、なんでも………」

 

 大きく欠伸をしていたら、変なところで反応してきやがった。おいおい、一体何を考えて、いや企んでいやがる。

 

「ま、まあ、これは後にしておきましょう。それよりも今人がいないから言うけれど、コマチさん。メガシンカを暴走させたみたいね」

 

 ………ああ、なんだそういうことか。

 ちゃんとユキノには話したんだな。同性だし、同性だからこそ話せる姿勢ってのもあるのだろう。しかも俺は血の繋がった兄であり、男である。話すに話せなかったのだろう。

 

「イロハから聞いた。まあ、その、なんだ? 話を聞いてやってくれてありがとな」

「別に構わないわ。だって義妹だもの」

「ちょっとー? なんかおかしくないですかー?」

 

 今シリアスな展開じゃなかったのん?

 あ、でもこいつの目は本気だ。

 ええー? それはそれでいろいろと問題だろ。

 

「普段はどう見ても強者感を感じさせないあなたの実力は、思いの外コマチさんを苦しめていたようね」

「………だろうな。だから俺はコマチに実力を見せてこなかったんだと思う。記憶がないからなんとも言えんが」

「いいじゃない。おかげで私もメガシンカを使う時の覚悟というものを改めて考え込んだもの」

「………ゲッコウガのあの現象のおかげで、ようやく俺もメガシンカを使う時の覚悟の意味が理解できたくらいだ。別にいいんじゃねぇの?」

「……よく気づかれなかったものだと、感心するわ」

「そこら辺はユイ並みに上手いからな。何ならあのアホの子より顔に出ないから質が悪い」

 

 帰ってきてからというもの。

 コマチは明るかった。無理して明るくして言うという素振りすら見せてこなかったのだ。いくら俺でもそれではコマチの異変には気づけるわけがない。

 ったく、変な小技を習得してきやがって。誰の影響なんだろうか、魔王様。

 

「今日のバトル、どうなるかしらね」

「さあな」

「はれー、ヒッキー? ゆきのん? どしたのー?」

 

 夢現なユイが現れたため、この話は中断。しなくてもよかったのだろうが、朝からあの睡魔に勝てそうにないアホ毛を立てたアホの子の頭を行使させるのもかわいそうだし。

 ユイに続いてイロハ、ハルノさん、コマチと起きてきた。めぐり先輩? あの人は庭の花の手入れをしてたらしいぞ。おそらく一番早く起きたんじゃないだろうか。

 

 

 

「さて、イッシキとヒキガヤ妹のバトルを始めようか」

 

 今日も今日とて、審判はヒラツカ先生がやるらしい。

 朝食後だからまだ日は高くない。だから日差しが暑いというわけでもないため、外にいてもなんら平気である。

 

「お兄ちゃーん、仕事しなくていいのー?」

「バカ言え、これを見て仕事をしてないように見えるのか?」

「やー、だってビデオ回してるだけだし」

「というか先輩。そのビデオなんなんですか?」

「あ? コマチの成長記録に決まってんだろうが」

 

 何言ってんだ、いろはす。これは大事な仕事だろうが。

 

「はあ、これだからごみぃちゃんは。そんなこと言ってると、みんなに逃げられちゃうよ」

「大丈夫よ、コマチさん。すでに諦めてるから」

「諦めちゃってたんだ?! 道理で余裕なわけだ!?」

「あはは……、でもヒキガヤ君の仕事はいつも的確だから、今くらいは休んでいても平気だよ」

「シロメグリ先輩がそこまで言うのなら、そうなんでしょうね。無駄に優秀すぎて困りますよ、先輩」

「ひどい………」

 

 いろはす、辛辣ー。

 お前が見ろっていうからいるんだろうが。

 言わなくても暴走させたなんて聞いたら何が何でも見に来てたと思うけど。

 

「キーくん、コマチのバトルしっかり見ててね」

「キバァ」

 

 ん?

 あいつ、いつの間にキバゴをゲットしてたんだ?

 

「あ、そういえばヒッキーはまだ見てなかったよね。んとね、ヒッキーが持って帰ってきたポケモンのタマゴが孵ったらキバゴが生まれたの」

「ああ、そういうことか」

 

 なるほど。

 あのキバゴはあのタマゴから生まれた奴だったのか。ああ、だからあの色ね。納得納得。

 

「使用ポケモンは四体。シングルバトルでどちらかのポケモンが四体戦闘不能になった時点でバトル終了とする」

「ゴンくん、いくよ!」

「ヤドキング!」

 

 まずはカビゴン対ヤドキングのバトルか。

 よく分からんな。

 

「では、バトル始め!」

「ヤドキング、きあいだま!」

 

 あー、そうね。ヤドキングはきあいだま覚えてたね。

 

「ゴンくん、引き寄せてからしねんのずつき!」

 

 対するコマチはかくとうタイプの技にエスパータイプの技を当てることで相殺しようとしているらしい。

 

「ゴー!」

 

 というだけでなく、そのまま突っ込んでいった。きあいだまを破壊するのはついでみたいなものなんだろう。

 

「まもる!」

 

 きあいだまが相殺された時点で、イロハは指示を出していた。ヤドキングは防壁を貼り、そこへカビゴンの思念体がぶつかった。ヤドキングにダメージは入らなかったが、防壁が消し飛ぶ勢い。さすがパワー系のポケモン。一撃で防壁壊すとか、ヤバいわー。

 

「ゴンくん、メガトンパンチ!」

「ヤドキング、でんじほう!」

 

 防壁が壊れて、振りかざされたカビゴンの拳が届く直前。ヤドキングの身体から電気が走り、気づけばカビゴンの姿はコマチの後ろの木をへし折っていた。

 

「ゴ、ゴンくん?!」

「………フンッ!」

 

 あ、生きてた。

 鼻息で突風を生み出し、次の指示を煽ってきた。

 

「まだまだだよね。ゴンくん、じしん!」

「うわっ、と、っと………」

 

 カビゴンが地面を叩きつけると、激しく揺れだした。

 ヤドキングもバランスを崩している。

 

「ギガインパクト!」

 

 でんじほうを受けて身体が痺れているはずなのに、構わずヤドキングへと突っ込んでいく。

 

「サイコキネシス!」

 

 だが、直前でヤドキングに止められてしまった。こうなってはもうカビゴンにできることはない。

 

「ゴンくん!」

 

 それでもコマチは進むように言いつける。

 確かにギガインパクトなら強引に突破できるかもしれない。だが、リスクは大きい。一瞬の隙を突かれてしまえば命取りである。

 

「グォォォオオオオオオンン!!」

 

 あ、なんか初めてカビゴンの雄叫びを聞いた気がする。

 

『チッ、やるな………』

 

 思わずヤドキングもテレパシーを送ってしまっている。ま、強引に突破されれば驚くわな。

 

「あ………」

 

 出たか。

 でんじほうによる痺れ。

 ここに来て、カビゴンの身体が痺れた。勢いは殺され、地面に巨体を打ち付けている。

 

「きあいだま!」

 

 そしてイロハは、それを逃すような甘い女ではない。

 ヤドキングのきあいだまが発射され、再度巨体が吹き飛んで行った。

 さっきの木の方まで行ったが、へし折ることはない。やはりでんじほうには早さも備わっているようだ。

 

「これは……、カビゴン戦闘不能!」

 

 駆け寄っていった先生が判定を下した。

 先に勝ち越したのはイロハか。

 こうなるとコマチの次のポケモンで戦局が大きく変わるな。

 

「ゴンくん、お疲れ。ゆっくり休んでて」

 

 カビゴンをボールに戻すと次のボールに手をかけた。

 

「カーくん、いくよ!」

 

 次はカマクラか。

 エスパータイプ同士。やりにくい展開ではあろう。

 

「シャドーボール!」

「カーくん、ふいうち!」

 

 ヤドキングが黒いエネルギー体を作り出すと背後から殴られた。カマクラが一瞬でヤドキングの後ろに回りこんだのだろう。

 

「でんげきは!」

 

 鈍足のヤドキングには躱すことも難しく、バランスを崩したまま呆気なく電撃を受けてしまう。

 

「ヤドキング、うずしお!」

 

 口から巨大な渦潮を作り出し、それの中心に身を投げた。

 不意打ち対策か?

 

「カーくん、もう一度でんげきは!」

 

 それを見越してコマチは近づかず、遠距離からの攻撃を仕掛ける。だが、電撃は水に吸収され、ヤドキングへは届かない。

 ………あれは純水か? また器用なことをしてきやがる。

 

「シャドーボール!」

 

 今度はイロハの方が動き出した。純水が電撃を吸収している間に、黒いエネルギー体を次々と作り出し、一気に打ち出してきた。

 

「カーくん、ひかりのかべ!」

 

 普通なら壁で攻撃を受け止めてその場をしのぐものなんだが、どうもうちのカマクラはその例に従いたくないらしい。

 いつもの通り何枚も壁を作り出すと、黒いエネルギー体がなんだ、と言わんばかりに突っ込んでいく。黒いエネルギー体に壁を壊されていくが、お構いなし。

 ついには最後の一枚も壊され、無防備状態になった。

 

「トリックルーム!」

 

 突進してくるカマクラを速さが反転する部屋の中へと閉じ込めた。

 勢いのついていたカマクラの身体は急に遅くなり、軽々とヤドキングに躱された。

 

「レールガン!」

 

 カマクラの背後を取ったヤドキングが電気を溜めていく。

 上に弾くと腕を伸ばして照準を合わせ、落ちてきた電気玉を前方へ弾き出した。

 

「ふいうち!」

 

 だが、カマクラが一瞬で消える方が早かった。

 消えたカマクラはヤドキングの背後に現れ、全身を使って殴りつけた。

 ヤドキングは吹っ飛んでいき、地面に身体をバウンドさせていく。

 

「……やっぱりふいうちは危険だね」

「ヤドキング、戦闘不能!」

 

 どうやらイロハも予想はしていたらしい。トリックルームであろうともふいうちは避けられないかもしれないと。その予想はまんまと当たってしまい、ヤドキングが戦闘不能になってしまった。

 これでイーブン。

 残り三体ずつ。

 

「お疲れ様、ゆっくり休んでてね」

 

 イロハはヤドキングをボールに戻して、次のボールに手をかけた。

 

「マフォクシー、いくよ」

「マフォクシー………、カーくん、戻って」

 

 そういえば、交代はなしってルールでもなかったな。

 

「カメくん、いくよ!」

 

 あれ?

 ここでカメックスなのか?

 プテラでも良かったと思うんだが。

 

「マフォクシー、にほんばれ!」

 

 先に動いたのはマフォクシー。

 日差しを強くしてほのおタイプの技の威力を底上げしてきた。しかもみずタイプの技の威力は落ちるからな。

 今の対局ではもってこいの技。

 

「カメくん、ハイドロポンプ!」

 

 だが、先のトリックルームが効いている。

 カメックスの動きがいつもよりも早く、背中の砲台から打ち出された水砲撃がマフォクシーに直撃した。

 

「マフォクシー、ソーラービーム!」

 

 後方へスライディングしていったマフォクシーが天へと木の棒をかざした。木の棒にはみるみるうちにエネルギーが蓄えられていき、二倍三倍に膨れ上がっていく。

 

「回って!」

 

 360度、一回転をしてソーラービームを全方位に撃ち放った。

 

「カメくん、引き付けてから躱して!」

 

 コマチは俺のやり方を真似るように引き付けてから躱す命令を出した。

 だが………。

 

「カメくん?!」

 

 なぜか今までのようには息が合っていない。

 カメックスは光線を撃ち込まれ、部屋の壁を破壊しながら吹っ飛んでいった。

 

「さて、これでトリックルームもなくなったし、今度はスピードで攻めさせてもらうよ」

 

 ふぅ、という感じに額の汗を拭うイロハ。

 こいつのフィールド支配は日に日に上手くなっていっている。トリックルームなどの部屋を作るだけでも展開は大きく変わるが、それを自ら壊すことでもフィールドの支配力を高めている。

 これは別に俺が教えたわけじゃない。俺が教えたのはせいぜい現実とメガシンカの心得だけ。だが、コマチにはそれすらもしてやってなかった。打倒フレア団で初心者だった三人を育てることにしたが、それでももっと俺にできたことがあったのかもしれない、と考えさせられてしまう。

 コマチがカメックスを暴走させたっていうのも、俺がもっとしっかりと教えていれば防げたことだ。

 

「ニトロチャージ!」

 

 炎を纏いしマフォクシーがカメックスの方にへと走り込んでいく。

 

「カメくん、からにこもるからのこうそくスピン!」

 

 甲羅の中に潜ったカメックスは高速回転を始め、マフォクシーの突進を躱した。

 

「コマチちゃん、ひどいこと言うけど、全力でこないの?」

「………っ」

 

 走りながらマフォクシーが木の棒で地面に跡をつけだした。

 何をやろうとしているんだ?

 

「全力でこなきゃ、今のコマチちゃんとカメックスでは私たちを倒すなんて無理だよ」

「ッ、カメくん、みずのはどう!」

 

 なんかイロハがコマチを煽り出してから、空気が変わった。

 なんというか、カメックスがマフォクシーに翻弄され始めたのだ。

 

「焦っているわね………」

「ああ、命令と動きにズレが出てきた」

 

 みずのはどうを撃ち出すタイミングが遅れた。

 それにより、マフォクシーの突撃を食らってしまう。

 

「マジカルフレイム!」

 

 マフォクシーが地面に木の棒を突き刺すと地面に炎が走った。

 何体ものジャローダがいるかのように、うねうねと炎が湧き立ち、カメックスを包囲していく。

 

「ワンダールーム!」

 

 そして極め付けはカメックスを部屋の中に閉じ込めたのだ。炎の海に閉じ込められたカメックスは苦しそうな顔色をしている。いくらほのおタイプの技に耐性があってもにほんばれの影響で炎技の威力が上がり、さらに部屋に閉じ込められるという地獄絵図を完成させられては。さすがのカメックスにも対処のしようがないようだ。

 

「くっ、カメくん、メガシンカ!」

 

 カメックスはコマチのエースポケモン。それを今ここで戦闘不能にさせるには惜しいと思ったのだろう。一度暴走させたとはいえ、今ここで使わなければカメックスが倒されてしまう。危険よりも勝利を選んだようだ。変に負けず嫌いなんだから。

 

「ありがとう、マフォクシー。ゆっくり休んでて」

「フォク」

 

 コマチの持つキーストーンとカメックスがどこかにつけているメガストーンが共鳴しだし、カメックスを白い光で包み込んでいく。

 そんな中、イロハはマフォクシーをボールに戻し、新たなポケモンを出してきた。

 

「デンリュウ、こっちも最初から全力でいくよ。メガシンカ!」

 

 イロハもデンリュウを出してきて、メガシンカさせてきた。

 あいつ、態とカメックスを暴走させようとしてないか?

 

「…………今のコマチさんはあの頃の私にそっくりだわ」

「あの頃?」

「今のあなたは覚えていないのだったわね。スクールの話よ。あの頃の私は自分の力を過信しすぎていた。学年最強とか言われて、ハヤマ君と勝ったり負けたりのバトルをして、自分は強くなっているとばかり思い込んでた。だから………」

「だからオーダイルを暴走させてしまった、か」

「ええ」

 

 今のコマチがあの頃のユキノとそっくりなのか。

 まあ、コマチもあれで負けず嫌いなところがあるからな。それに周りには俺やユキノやハルノさんがいる。俺たちがいることでの悪影響の方が出てきてしまったというわけだ。

 

「コマチには悪いことをしたな。俺がもっとしっかり見てやっていれば………」

「そうね、私も誰かが見ていてくれれば暴走なんて引き起こさなかったかもしれないわ。けれど、それは過ぎた話。後になってからではないと、あの時ああしていれば、なんて思いつかいないもの」

「確かに、そうだな。仮定の話をしたところで現実が変わるわけでもない」

「ねぇ、二人とも。何の話してるの? お姉ちゃん、ちょっと寂しい」

「見ていれば分かることよ」

 

 ハルノさんは知らないのか。

 まあ、コマチが話すとも思えない。ハルノさんはキーストーンをくれた相手。失敗した、なんて言えるわけないよな。

 

「………それでもまだメガシンカから手を引こうとしないだけまだマシか」

「カメくん、りゅうのはどう!」

「こっちもりゅうのはどう!」

 

 メガシンカのエネルギーでワンダールームを壊し、姿を変えたカメックスが、竜の模した波導をデンリュウに送りこんだ。

 対するデンリュウも同じく竜を模した波導で応戦。相殺されて、爆風が生み出された。

 

「あれが、カメックスのメガシンカ姿か………」

 

 背中には一本になった砲台。代わりに両腕に小さな砲台が備え付けられている。

 数で言えば三つの砲台を擁する砲撃ポケモンというわけだ。なにそれ、超怖い。狙い撃ちにされそう。

 

「ふぶき!」

 

 続けてカメックスが放ったのはふぶき。

 冷気を含んだ強風がデンリュウを襲った。

 それと同時に日差しが弱まった。

 

「じゅうでん!」

 

 はっ?

 そこは躱すんじゃないのか?

 デンリュウはメガシンカすればでんき・ドラゴンなんだろ?

 こおりタイプの技は効果抜群だぞ?

 

「リュ、リュ〜」

 

 体内に電気を溜め込みながら、強風を耐え忍んでいるデンリュウ。その声は冷たい風にさらされ、キツそうである。というか足元が凍りつき出した。

 

「レールガン!」

 

 溜まりに溜まった電気を一気に放出。今度は上に弾くこともなく、一閃を描いた。

 

「カメくん、ミラーコート!」

 

 カメックスは両腕の甲羅をクロスさせて防御の構えをとると、一閃を受け止めた。そして両腕を開くと同時に一閃を押し返した。

 

「ッ、デンリュウ、こうそくいどう!」

 

 ヤバいと判断したイロハはすぐにデンリュウに命令を出した。

 命令を受けたデンリュウは高速で走り出し、ギリギリで反射された一閃を躱し、そのままカメックスの方へと走り込んでいく。

 あ、なんか足元の氷が溶けていってるし。

 

「はどうだん!」

 

 背中の砲台と両腕の砲台から計三発のはどうだんが撃ち放たれた。

 

「デンリュウ、エレキネット!」

 

 はどうだんを捕まえるように電気の走る白い網をばら撒いた。

 

「ほうでん!」

 

 はどうだんをやり過ごしたデンリュウは、そのままカメックスの懐にまで走り込み、放電を始めた。

 

「ドラゴンテール!」

 

 電撃を受けながらもカメックスは尻尾に竜の気を纏い、身体を回してデンリュウを薙ぎ払った。技の効果でデンリュウはイロハのボールへと戻っていく。

 

「フィア」

 

 代わりに出てきたのはフライゴン。イロハを空でもバトルできるようにと進化を選んだポケモン。

 

「フライゴン、ばくおんぱ!」

 

 んげっ!?

 耳塞がねぇと!

 

「フィァァァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 うぎゃぁぁああああああっ!!

 うるせぇぇぇええええっっ!!

 

「りゅうのはどう!」

 

 竜を模した波導が爆音の中を駆け巡る。だか、フライゴンにまでは辿り着かない。

 うはー、耳が痛ぇ……。耳鳴りがすごいんだけど。

 

「竜が消えた………」

「波導の波は音という波には勝てなかったということね」

 

 ユイの驚きに、科学的な解説をするユキノ。たぶん、ユイに言っても理解できないかもしれないぞ。というか二人とも何故に平気そうな顔してるのん?

 

「からにこもる!」

 

 押し切られた爆音を甲羅に篭ることで防いだ。

 

「カメくん、ハイドロポンプ!」

 

 甲羅の巨大な砲台から水砲撃が撃ち放たれた。カメックス自身は未だ甲羅の中である。

 何あれ、なんてシェルター?

 

「フライゴン、躱して!」

 

 水砲撃をひょいと躱し、カメックスへと近づいていく。

 

「がんせきふうじ!」

 

 いくつもの岩を作り出したフライゴンは、次々とカメックスへ送りこんだ。

 

「カメくん、こうそくスピンで躱して!」

 

 それを軽々と高速回転しながら躱していくカメックス。

 

「フライゴン、だいちのちから!」

 

 ズドン! と。

 

 躱した先でカメックスの身体が直角の吹き飛んだ。

 原因はあの溶岩。火山活動のごとく地面から吹き出した溶岩にカメックスの身体が打ち上げられたのだ。

 

「カメくん、ふぶき!」

 

 それでも甲羅を回転させてバランスを取り戻すと、ようやく甲羅の中から出てきてフライゴンを狙い撃ちにした。猛吹雪がフライゴンを襲う。

 

「ギガドレイン!」

 

 だいちのちからで打ち上げられた時にでも植え込まれたのか、カメックスの体力が奪われ始めた。回復か攻撃か。どちらが根をあげるかで勝敗は決する。そういう展開である。

 

「フィ………」

 

 やはり全回復には至らなかったようだ。フライゴンの体力がつき、シューっと地面に向かって落ちていく。

 

「戻ってフライゴン!」

 

 判定が出される前にイロハはフライゴンをボールに戻した。どうやら彼女もすでにフライゴンがこれ以上戦えないことを察知したらしい。

 

「マフォクシー!」

 

 代わりに出てきたのは再びマフォクシー。

 ほのおタイプであるが、多彩な技で相手を翻弄してくる。さて、今回二度目のカメックス相手にどう戦う?_

 

「にほんばれ!」

「カメくん、からにこもる!」

 

 両者次の攻撃に備えて準備を始めた。イロハはソーラービーム、コマチはこうそくスピンで躱すつもりなのだろう。

 

「ロケットずつき!」

「ソーラービーム!」

 

 あれ?

 躱すんじゃないんだ。

 甲羅の中だからダメージ受けないとか、そういうことなのか?

 俺はそんな話を聞いたことがないんだがなー………。

 聞いたことがないだけで、カメックスはそういう芸当ができるのかもしれない。俺の知らないことは世界にはまだまだたくさん存在している。というか俺が世界の何を知ってるんだって話だ。俺を物知りだとか言う奴はそれ以上に知らなさすぎるだけである。

 ま、かといってそんな蓄えた知識を見せびらかすようなことがしたいなんて考えたこともないが。生きるために使えれば、それでいいのである。

 

「あっ?! マフォクシー!?」

 

 やはりメガシンカの頭突きには勝てなかったようだ。

 ソーラービームを甲羅でやり過ごし、マフォクシーの目の前で頭を出したカメックスの頭突きが炸裂した。マフォクシーは後ろへと吹き飛ばされ、木々を何本かへし折ってようやく止まった。

 

「マフォクシー、戦闘不能!」

 

 これでイロハのポケモンは実質一体のみ。やはりメガシンカにはメガシンカで戦う他ないのだろう。それとあれだな。絶対イロハが本気を出していないな。あんなあっさりと倒されていくわけがない。あいつはもっとバトルの先の先まで計算している。多少のブレがあってもすぐに修正してくるし、何よりさっきの挑発はイロハらしくない。挑発してこないわけではないが、もう少し搦め手を入れてくる。だから今のあいつは本気を出していない。

 昨日全力のバトルと吐かしていたのはどこのどいつだよ。

 

「マフォクシー、お疲れ様。いよいよだよ。ありがとね」

 

 ………何か仕掛けてくるつもりか?

 実験でもしているのならば、こんな一方的な展開になっていてもおかしくはないが………。

 

「デンリュウ、一撃で決めるよ!」

「リュー!」

 

 ……………どうでもいいが、メガシンカしたままボールに戻っても戦闘中であれば、姿は変わらんのだな。戦闘モードであれば、そのままでいれるのかね。それとも気持ちの問題か?

 

「かげぶんしん!」

 

 電気を走らせるデンリュウが影を作り出し、増えた。すでに充電されているのか、溢れんばかりの電気がピリピリと鳴っている。

 

「カメくん!」

「ガメェェェエエエエエエエエッッッ!!!」

 

 コマチの呼びかけにカメックスが雄叫びをあげた。

 きた。

 

「………すまん、行ってくる」

「ええ、お願いね」

「えっ? えっ? ヒッキー、ゆきのん、どうしたの?」

「大丈夫よ。すぐに終わるから」

 

 ユイは知らないみたいだからな。俺たちの会話に疑問を抱いても仕方がない。

 

「か、カメくん………?」

 

 コマチもようやくカメックスの異変に気付いたようだ。だが、その目はすでに恐怖に染められている。

 

「ど、どうしよ、また、あの時、みたいに…………はっ?! そうだ、イロハさん!?」

「落ち着け、コマチ」

 

 俺はコマチの背後からそっと近づき、左腕抱き寄せ、右手で頭を撫でてやった。

 

「お、おに、おにいちゃ………」

「ああ、お兄ちゃんだ」

「ど、どう、しよ………、コマチ………」

「いいから落ち着け。まずは深呼吸だ」

 

 俺の熱を与えるように強く抱きしめる。震えるからは次第に落ち着きを取り戻し始めた。

 ………こんな華奢な体に俺はという存在は重かったみたいだな。そりゃそうか。今や俺は一地方のポケモン協会の理事長なんだ。重くない方がおかしい。

 

「焦ってたんだよな? どんどん強くなるイロハに、確実にバトルの経験を積んでいるユイに、三冠王だなんて呼ばれているユキノに。そして、極め付けは俺だろ? ポケモン協会の犬かと思えば、いつの間にかポケモン協会のトップにまで昇り詰めている。プレッシャーでしかないよな。カロスポケモン協会の理事はどんな奴だ。そいつの家族はどんな奴だ。強いのか? そんなことを言われると思ったんだろ?」

「…………」

「ったく、お前は強くはなったが、それでも初心者トレーナーであることに変わりはないんだっつの。先輩トレーナーに甘えればいいし、泣き言も言えばいい。人の世話ばかりしていて、自分を見失ってたら元も子もないだろ」

「…………で、でも、お兄ちゃん、頼りないし…………」

「悪かったな、頼りない兄貴で。そりゃ対人関係なんざ逆にお荷物にしかならん自覚はあるさ」

「コマチは、お兄ちゃんの、役に、立ちたくて………」

「もう充分役立ってるっての」

 

 なんだかんだ俺たちは兄妹だ。血の繋がった家族なんだ。無条件で支え合う存在だろうが。現に家族が側にいるってのは強い安心感が感じられるんだ。それだけで役に立ってるだろうが。

 それに………。

 

「お前がいなかったら俺はユキノやユイ、イロハにハルノさんと出会えなかった。や、ユキノ辺りならどこかで出会ってたかもしれん。だが、こうして全員が一斉に集まるなんてことはなかっただろうな。だから、その、なんだ………。ありがとな」

「お、おにいちゃん………」

「さて、カメックスを止めるぞ」

「………ぐすっ、うん………」

 

 ぐしぐしとコマチは袖で涙を拭うとカメックスに視線を送った。

 

「メガシンカは二つの石が共鳴することで起こる現象だ」

「うん」

「だが、それ以前にポケモンとトレーナーとの間に絆がなければ成り立たない現象でもある」

「うん」

 

 ゲッコウガのあの現象を通して分かったこと。それは二つの石を通してお互いの感情が伝わるということだ。ゲッコウガはそれを特性に盛り込み、その過程で俺と視界・感覚の共有を図った。そう、まさにこれがその感情の伝達なのだ。そして、博士が言っていた覚悟というのは………。

 

「どちらかが先走っても、無理に力を使おうとしても、それは暴走につながってしまう。メガシンカに必要なのは覚悟という名の息の合わせ方だ。ポケモンとトレーナー、二人の息が合って初めてメガシンカが完成する」

 

 息なんてどうやって合わせればいいのか、絆なんてどうやって推し量るのか。

 そういう点では御三家ポケモンは優秀だ。なんせ、究極技というトレーナーとポケモンの息が合わなければ撃てない技があるのだ。これを習得した時初めて、メガシンカも扱えるようになるだろう。いい目安というわけである。

 

「ったく、普通はこっちを先に完成させてからメガシンカさせるだろうに」

 

 コマチの右腕を前へと伸ばす。

 その右腕には水色のリングがあり、光が増していっている。

 

「まずはイメージだ。そうだな………レールガンでも思い浮かべろ」

「レールガン………中二さんやイロハさんの…………」

「狙うはデンリュウの、腹あたりか」

「デンリュウのお腹………」

「そこに向けて水の一閃を描くんだ」

「水の一閃………」

「…………今だ、やれ!」

「カメくん、ハイドロカノン!!」

 

 その瞬間、水の一閃が走った。

 水の究極技はデンリュウの腹に見事命中し、後方へ打ち飛ばした。幾本か木々を倒したデンリュウは元の姿に戻りながら、地面に倒れ伏した。

 

「デンリュウ、戦闘不能!」

 

 イロハには感謝だな。コマチをバトルに誘い出して、態と挑発し、カメックスのメガシンカを引き出した。そして、慢心するように態とバトルの手を抜き、あまつさえ暴走した暁にはコマチがコントロールする時間を稼いでくれた。極め付けは、コントロールした力をしっかりと受け止めてくれたのだ。

 もうね、あざといしか言えない。

 いつもいつもあざとい奴ではあるが、ここまであざといともう怖いくらいだ。

 ったく、俺の周りはお人好しばっかりだな。

 ま、嫌いじゃねぇけど。




土曜日が仕事で、かつ今回は文字数が多く、切りよく終わらせるためにも時間がかかってしまいました。しかも途中で内容が消えるというアクシデントも………。
ちょっと泣きたくなりましたね、消えた時は。
ではまた来週。

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