「陽が傾いてきたな」
「だねー」
「………結局、戻ってこなかったですね、イロハさん」
「………あいつも一人になりたい時だってあるさ」
会場から観客がいなくなるのを待ち、清掃業者の受付を終えた後、ようやくみんなで帰路についている。みんなといってもハルノさんとメグリ先輩は別行動。一度ポケモン協会の方へより、今日の記録をまとめてから帰ってくるんだとか。
任せっきりでいいのかと思わなくもないが、俺も俺で仕事はあるからな。適材適所に動かなければ、こんなデカい大会を運営できないというものよ。
「ん? なんだよ、そんなしおらしい態度で」
くいくいと裾を引っ張られたため振り返ってみると、ユキノが遠慮気味に引っ張っていた。
「……みんなの前で改めて言うのは恥ずかしいのだけれど」
「けど?」
「私はあなたが好き。ハチマンが好きよ」
「お、おう………えっ? なに? 何企んでんの? 公開処刑?」
え? なに? このいきないの告白。
別に初めてじゃないし、何度も聞いてるけど、こうみんなの前で言われると恥ずかしいぞ。言った本人もみるみるうちに顔が赤くなっていくし。
なんなの?
「そうではないわ。私はあなたが好きだし、ユイもあなたが好き」
「うん! あたしはハッチーが大好きだ!」
あれ?
ユイはもう状況が読めているのか? それとも事前に打ち合わせしたとか? というか地味に手を繋いでるんじゃねぇよ。ガチ百合じゃねぇか。
「お、おおう? なあ、トツカ。俺は一体これから何をされるんだ?」
「何されるんだろうねー」
なんていい笑顔。
まさに満面の笑み。
ああ、天使様、トツカ様。
「でもあなたと同じくらい、イロハのことも大好きで大切よ」
ーーーああ、そういうことか。
要はこいつらもイロハのことを心配してるってことなんだな。
「あたしさ、最近思うんだ。ようやくハッチーの凄さに気づいてくれる人が増えてきた。ようやくあの時のわくわくをみんなにも感じ取ってもらえるようになってきたって。だからみんなハッチーの周りに集まるようになったし、目標にしてるの。以前のヒッキーからは想像できないよね。でも、変わったよ」
「………今のあなたは覚えてないでしょうけど、私はあなたとシャドーで再会して以来、何かと理由をつけては近くにいようとしていたわ。何もできないくせに、邪魔しかできないくせにそれでも、あなたのそばに居たかった。同じ歳なのに、同じことを学んできたはずなのに、私にはできないことを平気でやってのけてしまうあなたが羨ましくて、悔しかった。私なんか眼中になかったあなたに、私を、私だけを見て欲しかった………」
「あたしもさ、最初こっちでヒッキーと再会した時はあたしだけを見てーって思ってたんだ。今もそれはちょっとはあると思う。でもさ、そんな気持ちを抱いてる人が他にもいるんだって分かった瞬間、その人の気持ちも大事にしたいなって思ったんだ」
「私も同じよ。そしてイロハも………。だからその………上手く言えないのだけれど、同じ気持ちを持つ者同士、家族みたいなものなのよ」
「だからハッチーには誰かを選んでなんて言わない。逆にハッチーのそばに居たいって人の気持ちを大事にしてあげて欲しいんだ」
「………えっと、結局何が言いたいんだ? こんな公開告白がしたいわけじゃないんだろ?」
「うん………」
「その………」
ちらっと二人は視線を交わすとお互いに頷きあった。
そして、ぎゅっと互いの手を握り締めたかと思うとユキノが先に口を開いた。
「今のイロハには一人で居たいって気持ちと、そんな気持ちを土足で踏み込んできて晴らして欲しいって気持ちがきっとあるはずよ」
「そして、それはあたしたちじゃダメなんだよ。あたしたちじゃ………」
………言わんとしていることは、何となくだが理解できて来た。要は俺が塞ぎこんでいるであろうイロハを見つけて連れて帰って来いってことなのだろう。
「………なんかそれ、分かりますねー。頭がわしゃわしゃーってなって、一人で落ち込んでいても、やっぱり誰かさんにはそばに居て欲しいですし」
「コマチ………?」
「お兄ちゃん、同じ気持ちを持つ三人が言うんだからまちがいないよ!」
そもそも実の妹がこの二人と同じ気持ちを抱く時点でまちがってると思います!
「………あのよ、お前ら俺がどんな奴か忘れたのか?」
「バカ」
「ボケナス」
「ハチマン」
「だからハチマンは悪口じゃねぇよ」
なんでここでも三原則みたいに出てくるんだよ。
口裏合わせてきたのか?息がよすぎて怖いんだけど。
「ぼっち」
「我が同志」
「はーちゃん!」
「ふふふっ」
お前らも答えるのか。
トツカだけただただ笑顔を向けてくるだけだけど。かわいいから超許す。写真に撮って額縁に入れておきたいくらいだ。
「捻デレ」
「たらし」
……………………。
「「「えっ?」」」
「ん?」
今何か聞き覚えのある声が聞こえたような………。
いや、空耳だろう。空耳ということにしておこう。
「散々な言われようだが、確かに俺はぼっち「この状況でぼっちとかハチマン欲張りすぎ」…………」
ちょっと下の方からも声が聞こえるんですけど。
えっ? なに? やっぱり空耳違うの?
「………なんでいるんだよ」
見渡せば二つの顔が増えていた。
ツルミルミとその母親。
「ツルミ、お前はいつも唐突だな」
「あ、先輩、お久しぶりです」
母親の方は現役の保険医兼家庭科の教師。旅に必要な知識や知恵を今でも教えているのだろう。
「えっと……ルミ、ちゃんだよね?」
「確かツルミ先生の娘さんでスクールの修学旅行に………」
「んで、なんでまたこんなところにいるんだ? ホウエン地方に行ってたんじゃねぇの?」
「ハチマンにエンテイとヘルガーを送った後、ジム制覇した。バトルフロンティアもバトルタワー以外は制覇したから、カロスで大会やるっていうし、こっちにきただけ」
ああ、そう。リーグ戦を聞きつけてやってきたのね。
というか何気にホウエンのジムを制覇したのかよ。すげぇな。
「それにしてもー。ヒキガヤ君はモテモテだねー。こんな公衆の面前で美少女二人から告白されるなんて。このこのー」
「あ、や、ちがっ……」
「べ、別に告白とか、そういうんじゃ………」
ここって俺が顔を赤くするところじゃないのん?
なんで二人が顔を真っ赤に染め上げてるんだよ。
「………一つ言っておきますけど、告白ならずいぶん前にされてますよ」
「な、なんだって!?」
「や、んな驚かんでも………」
「だ、だって、あのヒキガヤ君だよ? 女の子の気持ちを揺さぶるだけ揺さぶっていなくなるようなヒキガヤ君だよ?」
「………今日一番の言われようだ………」
「何本フラグを折る気なの………?」
「折らねぇよ。全部回収してるわっ!」
…………ッ!?
やべ、思わず言わなくてもいいことを口にしちまった。
ああ、みんなの笑顔が痛い………。
「じゃあ問題ないね。さあ、早くイロハちゃんを探してくるんだよ」
「えっ、先生知ってたんですか?」
「というか私たちのセリフを全部取られたわね………」
ほんとこの人怖いんだけど。察しはいいわ、タイミングはいいわ、マジで何者なんだよ。これもあの校長に扱かれたなりの果てなのか?
はあ………、もういいや。すでに自爆してるし、今更自爆ネタの一つや二つ増えても関係ねぇよな。
「………はあ………、そもそもぼっちってのはバカでヘタレで欲張りなんすよ。自分に好意を向けてくれた相手を無下にはできない。誰か一人を選ぶなんておこがましい。選んで失うくらいなら全部自分のものにしたい。ただそれだけで絶対的な地位ですら、いとも容易く掴み取る」
「ッ!? あなたまさかそんな理由で………?!」
「そりゃそうだろ。誰が好きで働くかよ。ポケモン協会の理事で仮でも四天王。加えて忠犬ハチ公なんて恐れ戦く通り名まであるんだ。これだけ揃えば誰も文句は言えんだろ」
「………呆れた。まさか、そんな………」
「その割には嬉しそうではないか、ユキノシタ」
「べ、別に嬉しいわけでは………」
ヒラツカ先生の茶々に再度顔を赤く染め上げるユキノ。今日は表情がコロコロ変わるな。
「もう、なんかもう! ヒッキーのバカバカバカ! ヒッキーがイロハちゃんも気に掛けるようにあの手この手考えてたのに! ………ずるいよ」
「お、お兄ちゃんがフラグ回収の準備をしてたなんて…………」
俺だって人間だ。
記憶をなくして元に戻って、そんなことを繰り返せてたのはずっとぼっちだったからだ。記憶がなくなろうが支障が出てくるのは自生活だけ。他に影響はない。
はずだったんだがな………。
ユキノはそれでも俺を追いかけてきてたみたいだし、ユイやイロハは五年が経っても数日の接点しかない俺のことを覚えていた。そして、記憶がなくなることを悲しんだ。
別に自分のことではないのに、自分のこと以上に泣きそうな顔を向けてきたんだぞ。もう、あんな顔は二度と見たくない。
「それとイロハにポケモンバトルの術を叩きこんでるのは俺だぞ? あいつの行動くらい、想像つくっての」
「うわっ、なんですか黙って聞いてれば恥ずかしい告白ばかりしてお前は俺のものだとか言いたいんですかそうですか私もやぶさかではないですがまだ自分に納得いってないので納得いってから改めて言ってくださいごめんなさい!」
「うおっ!? い、イロハっ!? おまっ、いつの間に………」
「あれー、私の行動くらい想像つくんじゃなかったんですかー?」
と、当人の、当然の、登場に…………恥ずかしすぎて胸が裂けそう。
うわー、聞かれてた。やばいやばい、身構えてなかったから恥ずかしすぎて恥ずか死ねるレベル。心臓は一気に鼓動が早くなり、頭に血が逆流していくのが分かる。
「い、イロハちゃん!? だ、大丈夫なの?!」
「あなた、負けて帰ってこないから相当落ち込んでるのだと………」
「いやー、心配かけてしまい申し訳ないです。ストレス解消にショッピングしてました」
「ああ、お兄ちゃんが灰になっていくよ…………」
そうか、俺は今灰になっていってるのか。
道理で体が軽くなっていってると思ったら………あ、なんかトツカがたくさん見えてきたぞ? うわーい、トツカに囲まれちまった。ここは天国か? 天国なんだな?
「先輩、何大衆の前で四つん這いになってお祈りしてるんですか? キモいですよ? それにみなさんも公衆の面前で告白タイムとか………」
「「誰のせいだと思って!」」
「んもぅ、気にしすぎですってば。そりゃ、無断で出ちゃったのは悪いと思ってますけど。ほら、先輩も。恥ずかしいんで早く立ってください」
「痛っ、おま、足で蹴るじゃねぇ…………っ!?」
イロハに足蹴りされて仰向けにされた瞬間、声とは裏腹に無表情なイロハがいた。目の下は泣きはらしたように赤くなっている。
「ではでは、帰りましょうか」
パンっと手を叩いたイロハは一瞬で口角を上げ、吊り上がった頬により赤い部分が緩和された。
こいつ………まさか、全部計算してやっているのか?
俺が呆然としているのを他所に女性陣はイロハを追いかけるように歩き出した。
「ハチマン、大丈夫?」
「あ、ああ………」
「何かあったのであるか?」
「いや、イロハは強いなと思ってな」
「「ん?」」
トツカが差し出してきた手を掴み立ち上がると女性陣を追いかけて帰路についた。
仕方がないので両手に抱えた荷物を持ってやろうとしたら、頬を膨らまされて、結局持たされたのは言うまでもない。
「なあ、タイシ」
「はいっす」
「お前の予想、外れたな」
「お兄さん、それ言わない約束っす」
✳︎ ✳︎ ✳︎
夜。
プラターヌ研究所でツルミ母娘も混ぜた初日お疲れさん会も終わり、全員が寝静まったころ。
俺も部屋に戻るために廊下を歩いていたら、ハルノさんが俺の部屋の前に立っていた。
「………夜這いですか?」
「それもよかったんだけどねー。今日は『妹』に譲ることにしたわ」
「はい? ユキノが中にいるんですか?」
「んーん」
ハルノさんが首を横に振った。
ということは誰のことを指しているんだ?
「ならなんすか」
「ユキノちゃんに聞いたよ。公衆の面前で告白タイムを繰り広げたんだってね。聞きたかったなー」
「こっ恥ずかしいんで思い出させないでください。ユキノも何話してるんだよ………」
なんだ、姉貴には逆らえなかったとかそういうパターンか?
まあ、相手は魔王だしな。
「…………正直、ハチマンがそこまで私たちのことを欲しがってるなんて思わなかったよ」
「言い方言い方。なんか生々しい」
ちろっと舌を出して唇を舐めるハルノさんがなんかエロい。
「…………昔ね、一度だけ相手のポケモンを一体も倒せない相手とバトルしたことあるんだ」
うわ、ハルノさんまで突然語りだしたぞ? なに? あんたも告白タイムなのん?
つか、一体も倒せないって………。
「初めて完敗したわ。悔しくて、でも嬉しくていろんな人に聞いて回って調べ上げたの」
「姉妹揃ってストーカー気質の持ち主だったか………」
「ある意味そうかも」
認めやがったぞ、この人。
そうか、やはりユキノシタ家にはストーカー気質があったりするのか。娘二人がストーカーとか親父さんたちも大変だな。
「で、そいつの名前は? 名前くらいは調べられたんじゃないですか?」
「ヒキガヤハチマン、当時十二歳。リザードン一体でチャンピオンを倒した少年」
「へぇ、そいつ以外には一度も完敗したことないんですね」
やっぱり俺だったか。
年齢まで調べられてるし。まあ、今の俺から逆算すれば簡単に分かったりもするからあれだけど。
「そうだね。でもおかしいと思わない? リザードン一体で仮にもチャンピオンのポケモンを全員倒すなんて」
おかしい?
そりゃ、おかしいだろうよ。
「そうですね。その頃のそいつは一種の病気を患っていましたからね。仕方ないんじゃないですか?」
変なスイッチ入ってたんだから。
ほんと、こんな記憶しかないなら忘れていた方がマシと思えてしまうから不思議。けど、今は少しでも思い出さなければ過去にみんなとどういう出会い方をしていたのかが分からないんだよな。
ああ、思い出したくない。
「仕方ない、か。まあ、確かに仕方ないのかも。本人にとっては不可抗力、利用されてたに過ぎないのだから」
「…………何が言いたいんすか?」
「レッドプラン」
ッ!?
なぜハルノさんがその計画? を知っているんだ?
「…………確かザイモクザもその計画? について聞いてきましたよ。俺にはさっぱりですけど」
「だよね。今のハチマンは記憶がないもの。もしかしたら記憶が戻っても知らないのかも」
「で、そのレッドプランってのは何なんですか?」
ザイモクザも調べているみたいだが、詳しいことは分からないらしい。記憶のない俺に聞いてくるくらいだし。それをハルノさんは知ってるということなのか?
「『研究者カツラ及びミュウツーの関係性を基に図鑑所有者レッドの量産を目指す』、それがレッドプラン。そして、その研究の基軸を作ったのが元ロケット団ユキノシタハルノ」
「はっ?」
はっ?
ちょっと待て。いろいろと待て。
ハルノさんが元ロケット団?
レッドプランの基軸を作った張本人だと?
………おいおい、ここにきてこれか? こんなことって……………。
「私よりも強いトレーナーが現れてほしくてロケット団に入った。でもそこでも満足いかなかった。だから自分の手で作ろうとした」
「…………それが俺ってわけですか」
「んー、ちょっと違うかな。これは私が考えた個人的な研究。………悪用されたのよ。ロケット団ボス、サカキに」
サカキ………。
やはりあいつが一枚噛んでいるのか。
「私が考えた本来の『レッドプラン』は図鑑所有者レッドのようなトレーナーを量産する育成プログラムだった。だけど、サカキの手によってカツラさんとミュウツーの関係性の研究も盛り込まれ、人体実験にまで変わり果てた。ねえ、ハチマン。お腹の中からキーストーンと同じ波長のエネルギーが出ているのっていつからだと思う?」
「………まさかその『レッドプラン』ってのが関係してるとか言いませんよね?」
いや、まさか、そんな…………。
「そのまさか。当時まだそれがキーストーンだとは認識していなかったロケット団は、輝く石を砕いて薬にし、被験者に投薬。それと同時に強化するポケモンとお互いの血を共有することで実験は終了したの」
「……………」
なら、それはいつ投薬されたんだ?
それにお互いの血を共有だと?
つまり俺の身体にはリザードンの血が、リザードンには俺の血が流れているってことなのか? 輸血、と言い換えてしまいたいが、この場合は事実をひた隠しにする表現にしかならないか。
あああ、思い出せないのがイライラする。
まずは整理しよう。今ある記憶の中でサカキとの接触はシャドー脱出後。あと手帳に書いてあったことで覚えているのはカントーを旅していた時にしばらく同行していたということ。それ以外の接点は全く分からん。ただ時系列を考えると後者の方が可能性がある。前者はハルノさんとバトルしてから半年以上経ってるからな。
「言葉も出てこないって感じね。でも事実よ。私のせいでハチマンは、おかしくなってるの」
「…………なせ、この、タイミングで?」
思考が安定しない中、紡ぎだしたのがタイミングの話だった。
まあ、確かになぜ今このタイミングでカミングアウトしてるんだ?
「……………次の被験者を選びに来てるからよ」
「………えっ? つまりサカキたちが来てるってことですか?」
俺が聞き返すとハルノさんは無言で頷いた。
おっと、俺の方もちょっとは落ち着いてきたみたいだな。ハルノさんの顔を見られるようになってきた。
えっと、で? えー、サカキたちがカロスに来ている可能性があると。だが、俺はサカキを見ていないし………あー、マチスのおっさんか。
うわっ……、マジで厄介ごとが降り注いできやがった。
「…………なるほど、それでマチスか。段々読めてきた。要はリーグ戦出場者の中にサカキたちが混ざっているってことですね」
確認を取るとまたしても無言で頷いてきた。
はあ………、まったく姉妹揃って……………。
「………私のことを見損なったでしょ。ずっと言おうと思ってたけど、ユキノちゃんがあまりに執着してるものだから。それに他のみんなも、私自身も…………。だからね、だからっ………私はどうなってもいい! でも他のみんなは、ユキノちゃんたちは守ってあげーー」
なんか話を一人で進めようとしているおバカさんを抱き寄せ、頭を撫でた。
うん、艶があって綺麗な髪である。
「ユキノの話を聞いたのなら、俺が何言ったのかも聞いたでしょう? 俺は俺に好意を向けてくれる奴を失いたくない。それはハルノだって同じだ。俺にあんたを捨てる気は毛頭ない」
「ハチ………マン……………?」
「ったく、姉妹揃って…………」
自己犠牲もいいところである。自分が言えたことではないが、そんな過去の話を気負う必要なんてないのだ。実際、俺は覚えてないのだし、思い出したところでどうにか対処するための策を考える要素にしかならない。大事なのは今なのだからな。
「…………あの、さ………それで、なんだけど……………イッシキちゃんが危ないかもしれない」
「はい?」
「さっき一人でミアレの中央広場の方に飛んでいくのが見えたから。すでに敗北した選手で一番目立っていたのはイッシキちゃんだし、被験者はいくらあっても困らないから」
「ッ!?」
あーもー、ほんと面倒な集団だな。
何もこんな時に来なくたっていいだろうに。
「ッ……、行って。イロハちゃんを、『妹』を守ってあげて!」
驚いてつい抱きしめる力を強めてしまったが、ハルノが俺を押し出すように突き放した。
「言われなくても! おい、そこで立ち聞きしてるド素人! 実の姉なんだから落ち着くまで傍にいてやれ!」
「………バレてたのね」
「ドアを半開きで覗いていれば分かるっつの」
そもそもお前はこういうの下手だろうが。シャドーの潜入捜査で学ばなかったのか?
「……イロハを頼むわ」
「ああ」
ここはどうやら俺一人で行くしかないようだ。
帰りの話通りなら、あいつは今…………。
✳︎ ✳︎ ✳︎
俺は一人の少女を追いかけてミアレタワーにまで来ていた。急いでいるため、リザードンの背中に乗っている。地上ではまだ明かりがついており、騒いでいる観光客たちがチラホラ。
と、どこからか歌声? が聞こえてきた。下、からではない。上の方から。
となるとミアレタワーの上か?
リザードンに上昇するよう合図を送り、ビル風に煽られながら昇っていく。
「ーーて後になってー、ごめんねって言う~……、その顔ー、好きーだーった~………」
と、イロハがいた。
歌声の主はイロハだったのか。それにこの曲、確か………。
「離さないでー、ぎゅっとを~……そう思いっきり~……、あなーたーのー腕の、中にいーたい~……」
ミアレタワーの天辺に着地すると、サビなのに何故か歌うのをやめてしまった。
俺が来たことにようやく気付いたのだろうか。
「………何帰りに言われてたことを実行してるんですか」
背中を向けているためどんな表情をしているのやら。
さて、どう切り出したものか。
ロケット団が狙っているかもしれないとか言っても仕方ないし。となると………。
「………帰りにお前が見せた無表情が気になってな。それにそこの荷物。今日買いだめしたものだろ?」
「………あーあ、せっかく我慢してたのになー。何で先輩は気づくかなー」
あれで隠してたつもりなのかよ。
「気づいてほしくないなら俺の前でも終始笑うべきだったな」
「………そこまで分かっちゃいましたか。ほんと、ずるいです……………」
空を見上げているのか、頭頂部が見えた。
「…………お前ってみんなから愛されてるよな」
「はっ? それ先輩の方がでしょ。女の子たくさん侍らせて」
「や、その一人がお前だからな。そうじゃなくてユキノもユイも、あのハルノさんまでもがイロハのことを『妹』って言い表してたぞ」
「えっ…………?」
ようやく振り向いた顔にはツーと涙が流れていた。
なるほど、これは意外な話だったわけか。
「同じ気持ちを持つ者同士、家族みたいなものなんだとよ」
「…………」
何かを払拭するかのように首を思いっきり横に振るとイロハが顔を上げた。
「………私はまだまだ弱いです。今日改めて思い知らされました」
「そうか」
「バトルを支配しているつもりが、全てあの人の掌で踊らされていました。気づいた時にはもう何もできなくて………。終わってから、先輩が日頃言っていたことを思い出しました」
最後、目線を逸らされてしまった。
「………俺、なんか言ってたか?」
「『俺より強い奴は探せばいくらでもいる』っていつも言ってるじゃないですか」
「それ、俺の真似なのね…………」
そっぽを向いたまま、俺の真似を入れてきた。似てないな。
「あの人は先輩より強いとは言いません。ただ私の中で先輩が最高で、他は下だと決めつけていた節があったんだと思います。はっきり言って私の驕りです。勝手な決めつけで勝負を舐めてました。全力を出していても先を読む注意力が欠けていた。そんな奴に育てた覚えはないって先輩に見放されても何も言い返せないです」
「………くくくっ」
真面目にシリアスな展開なんだろうけど、笑わずにはいられない。
どうしてこいつはこう俺の辿ってきた道を何度も行くのだろうか。面白すぎて笑いが止まらないぞ。
「ちょ、なんでそこで笑うんですか!」
「あ、いや、くくっ、すまん。なんか、俺と同じ道を辿ってるなと思ったら、笑いが………」
急成長することはいいことである。だが、疎かになってくる部分も出てくるのも事実。俺はカントーチャンピオンになるまでそのことに気づけなかった。それまで負けることを知らなかったというのもある。いや、負けたことはあっても完敗がなかったといった方がいいか。覚えてないだけかもしれないし。
「よかったじゃねぇか。トレーナーになって半年で気付けて」
「はっ? 何言ってるんですか! 私は先輩に教えてもらったことを何も活かせなかったんですよ! こんなの、こんなの………」
ほんと、こいつはあれだよな。完璧主義すぎる。
「俺さ、ちょっとは記憶が戻ってるんだわ。んで、今ある記憶を遡るとトレーナーになって三年以上過ぎた頃か? ようやく自分が調子に乗っていた頃に気づいたんだ。それに比べれば半年とか早すぎだろ。それに俺の教えを活かせてないとか、どの口が言ってんだよ。あんなバトルができれば上出来だっつの。しかも相手は長年四天王に居座り続ける実力者だぞ。そんな人の本気を引き出すことができたんだ。誰もお前が弱いとは思わねぇよ。お前は端から上を見すぎなんだよ」
「で、でも、だったら、先輩は誰が守るんですか! 私たちはまだまだ初心者で守られてばかりで、フレア団の時だって結局ユキノ先輩やはるさん先輩に無茶をさせて、先輩に至っては記憶を大半失って…………。私嫌です! 先輩が、ハチマンくんが無茶するのは見たいくないです! ユキ姉やハル姉が無理してるところを見たくないです! だから、だから…………」
「だから強くなって俺たちを守りたいってか」
それこそ上を見すぎだっつの。
「驕りもいいところだな。俺やユキノやハルノははっきり言って特殊だ。一番まともなのはユキノだが、三冠王だぞ。超のつく有名人だ。んで、俺とハルノは裏社会に手を出している。常に駆け引きを要するところに足を置いていた。そんな俺たちと肩を並べようとか気が早いっつーの」
イロハに近づいていくと、身構えるように腰を落とした。
なんか敵視されてる気分だわ。………うん、これは嫌だな。
「何も焦る必要はないんだ。お前も自分がまだまだ初心者だって自覚してるじゃねぇか。それでいいんだよ。今日見に来ていた人たちも半年でここまで来たのかって驚いてるくらいだ。コマチがいただけに、負けたくない気持ちが生まれるのは当然だが、お前らの成長速度は普通じゃない。タイシを見てみろ。あいつ、トレーナーになって三年くらい経つみたいだが、バトルはどうだ? イロハの方が強いんじゃねぇの?」
「……………」
じっと見つめてくるイロハの腕を掴み、引き寄せると思いっきり抱きしめてやった。
「え、ちょ、ハチマ………」
「…………うん、やっぱり小さいよなー」
決して胸のことを言っているわけではない。全体的な話である。あ、でもちょっとハルノと比べた……言わないでおこう。
「はあっ!? こんな時に何言って………!」
「あんまり強く抱きしめると折れそうだわ」
「ちょ、私を殺す気ですか!?」
「アホか。俺の大事なもんを失ってたまるかっての」
「………えっ、ちょ、先輩………マジで、どうしちゃったんですか…………?」
どうしたもこうしたもお前が身構えるからだろうが。
なんかこうしたくなったとしか言いようがない。けど言えない。もれなく恥ずか死ぬ。
「いやさっきな。ハルノから衝撃的なカミングアウトをされてな。お前に説教垂れたことを言いながらずっと気が動転してるんだわ」
「…………なんて言われたんですか」
「俺は強化人間なんだとよ。無敵パワーの塊だって言われたわ」
「………いやほんとマジで何言ってんですか」
だよなー。
詳しいこと話し出したら長くなりそうだから間接にまとめてみたが、適当すぎたな。
「よく考えてみろ。カントーリーグをリザードン一体で優勝するとかあり得ないだろ」
「………確かにそうですが、先輩なら………」
「その『なら』の部分の裏付けが強化人間の証なんだよ…………」
「………先輩? 怖いんですか?」
あれ?
どうしてその返しになるんだ?
なんか思ってた返しと違うんで反応に困るんだけど。
「…………どうだろうな。ただ、アホらしいと思わないか。こんな強化人間を守るだとか」
「それ言いたいがための嘘、ってわけじゃないんですね………。だったら!」
あっれー?
なんか思いっきり突き放されたぞ。
ここって優しく抱きしめ返してくるところじゃね?
「だったらなおさら私は強くなります! 私の大事なものを自分の手で守れるように強くなります!」
「………頑固だな」
「何とでも言いやがれです!」
ま、この目ならもう大丈夫そうだな。
と、この気配。
客人のお出ましか。
「ふっ、炎と水を操るポケモンだっけ? そいつ、捕まえて来いよ。懐かれたんだろ?」
「なっ!? ………弟君ですか。黙っててって言ったのに………」
あのアホ。口止めされてたの忘れてんじゃねぇよ。おかげで面白いポケモンがいることが分かったが。
「手持ち六体だろ。誰か置いてけよ」
「ポケ質ですか………。分かりました、ヤドキング」
『って、オレっちかよ!』
「あなたは私のポケモンだけど、ここまで強く育てたのはおじいちゃん。やっぱりあのポケモンは自分で捕まえて育ててきたポケモンで捕まえたいから」
『はあ………、ほんっと頑固なご主人様だぜ』
「自分のポケモンにまで言われるとか………」
こいつ、どんだけ普段から頑固者なんだよ。自分のポケモンが呆れ返って笑い飛ばしてるぞ。
『分かった。けど、必ず捕まえてくるんだぞ。あの捻くれ者、次こそ泣かせてやる』
お前ら、そのポケモンと何してきたんだよ。
少なくともヤドキングは何戦かして負けてるだろ。
「あったり前じゃん! 今よりもっと強くなって、必ず捕まえてくるんだから!」
そう高らかに宣言したイロハはフライゴンを出すと荷物とともに背中に飛び移った。
「先輩、それヤドキングのボールです。ではでは、また会いましょう!」
んで、ヤドキングのボールだけ寄越してそのまま東の方へと飛んで行ってしまった。
「…………そいつオス?」
『おそらくは』
「なら大丈夫じゃね?」
『イロハだもんな………』
あいつ、メロメロ使えるじゃん。相手オスじゃん。んでもって捻くれ者の割に懐いてるんだろ?
もうすぐじゃん。
「と、ゲッコウガ」
「コウガ」
さて、ゲッコウガにイロハをお願いしますかね。
「ハルノとの話は聞いてただろ。リーグ戦に出られなくなるだろうが、イロハのこと頼んでいいか?」
「コウガ」
「頼むぜ、相棒」
拳と拳をコツンと合わせ、ゲッコウガを送り出した。影だらけの夜だからすぐに追いつくだろう。
『お前も過保護だな』
「……そうも言ってられねーんだよ。なあ、サカキ」
いつの間にか地上の光も街灯のみになっていた。
そんな光少ない闇夜の中から黒スーツの男が顔をのぞかせた。
「落ちたものだな、ハチマン」
やはり来ていたか。
元トキワジムのジムリーダーにして、ロケット団のボス、サカキ。
これでハルノの話も信憑性が増してきたことになる。
「………狙いは何だ? 俺か? それとも敗者か?」
「ほう、思い出したのか?」
「いや、話を小耳に挟んだだけだ。『レッドプラン』、あんたのせいで俺の身体は常人のそれとは違うものになってるって言うじゃねぇか」
「オレのせいではない。お前が望んだことだ。俺はそれを叶えてやっただけに過ぎん」
「はっ? んなわけ………」
俺がそんな怪しい計画に手を出すわけないだろ………。
「どうやらすべてを思い出したわけではなさそうだな。では日を改めるとしよう」
「あ、おい、ちょっと待て! ………行っちまったか」
スピアーに連れられ、行ってしまった。…………ダメだ、追いかける気になれん。
はあ………、マジでロケット団がカロスに来ているのか。今度は何をするつもりなんだ? 少なくとも『レッドプラン』が関係しているのは分かったが、それにしても面倒なことになってきやがった。フレア団の次はロケット団かよ。勘弁してほしいわ、いやマジで。
まずは敗者たちの警護を強化しておくか。他には…………俺の手持ちを揃えとかないとな。ポケモンの登録は初戦まで変更可能だし。
そのまま仰向けに寝っ転がり、空を見上げた。明日も晴れるのだろう。星々が綺麗に輝いている。
「……………また、引き寄せちまったな。なあ、ヤドキング……」
『困ったなぁ…………』
ようやく本作もきな臭くなってきましたね。
どうなることやら………。