カロスポケモン協会理事 ハチマン   作:八橋夏目

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先週は予告なくお休みして申し訳ないです。
ただ、今回はまた二週分くらいの量があります。


16話

『カロスリーグ二日目! 今日は一体、どのようなバトルが繰り広げられるのでしょうか! みなさん、一緒に盛り上がっていきましょう!!』

 

 カロスリーグ二日目。

 初日の昨日、販促品の打ち上げは上々だったらしい。しかも勝ち上がった選手のポケモンのグッズも今準備しているんだとか。再登場に合わせて並べるつもりなのだろう。

 

『今日一本目のバトルはこの二人!! 若き天才、エェェェェェックス!!』

 

 巻き舌で叫ぶなよ。

 朝からテンション高すぎだろ。

 

『そして、彼の相手は、ポケウッドの名女優!!』

 

 いや、誰だよ。

 また抽象的な名前の奴が出てきたな。

 今度は黒長髪のナイスバディな……………。

 

「ヒッキー、鼻の下伸びてる」

「ばっかばか、あの人じゃ物足りん」

「え? じゃあどんなのがいいの?」

 

 今日は俺の右横を陣取っているユイがコテンと小首をかしげてくる。

 

「お前が聞くな………」

「「「うんうん」」」

「あ、あれぇ……………」

 

 コマチ、カワサキ、ルミルミに同意され訳が分からないといった感じのユイ。

 いいんだ、分からなくて。それも大事なことだから。

 

「はっ! はははハッチーのえっち!」

 

 視線がユイの胸に集まっていることに気づいたのか胸を隠して俺を指さしてきた。うん、かわいい。

 

「相変わらず口が上手いねー」

「や、それ関係ないでしょ。今のは罵詈雑言吐かれても文句言えませんよ。それとツルミ先生は子供産んだとは思えないナイスバディですよ」

「ぶはっ!?」

「つ、ツルミ!? 朝っぱらから甘い言葉で鼻血を吹くな!」

「………ハチマン、今のわざとでしょ」

「そりゃそうだろ。言っててすげぇ気持ち悪くなってるんだから」

 

 左隣からじとっとした冷たい視線が突き刺さってくる。

 

「『教えて、口の上手い奴をどう殺せばいいか』と」

「おいこら、ザイモクザ。何検索してんだよ」

「お、出たぞハチマン。えーっと、『無理です。言葉巧みに誘導され、逆に殺されます』………、お主無敵ではないか」

「アホ、俺とか超やられてるだろうが。フレア団絡みで何回意識を失ってると思って」

 

 無敵だったらそもそも一人でフレア団に乗り込んで最終兵器も木っ端微塵にしてくるっつの。それができないからあの手この手と無駄な手まで行って、ようやく倒せたんじゃないか。倒したのもエックスたち図鑑所有者だし。俺たちはフレア団の一部を倒しただけに過ぎない。なのに、何度気を失っているのやら。数えただけでも割に合わない気がする。

 

「………それを抜いてもヒッキーは無敵だと思う。伝説のポケモンを普通に呼び出せるし」

「セレビィは道具が揃ってたからだっつの。エンテイはルミが放り出してきたし、ルギアは三鳥の争いに駆けつけてきただけだし、ディアンシーはすでにカロスにいたし。俺が何かしたってのはない」

 

 セレビィはそもそもルミが虹色の羽を取ってきてくれなければ出会うことはなかったし、その場合ハルノさんは死んでいた。エンテイもルミがホウエンで会っていなければ、経由して俺のところにやってくることもなかっただろう。ルギアはそもそも三鳥が集まったせいだし、ハヤマが余計なことをしてくれたからラスボスになってしまっただけだし。ディアンシーなんか元からカロスにいたからな。保護しておかないといけないようなポケモンだから、今こうして俺たちのところにいるだけだし。

 どれを取っても俺がすごいわけではない。条件がたまたま揃っていただけだ。

 

「そもそもそれだけのポケモンに出会えてる時点でおかしいでしょ。一生で会えるかどうかも怪しいくらいのポケモンなのに」

「よかったな、お前ら。一生で会えるかどうかも分からないポケモンにたくさん会えて」

「あんまりうれしくないよ………」

 

 そりゃそうだ。俺もできることならルギアには会いたくなかったし。ルギアに会うということはヤバイ状況であることの証拠だからな。具体的に言えば、三鳥による気象の乱れなんだが。

 

「それでは、バトル始め!」

 

 あれ?

 いつの間にか始まってるし。

 対戦者の紹介ももう終わった感じ?

 

「行きなさい、ユンゲラー」

「ルット、一番手よろしく」

 

 お互いに出してきたのはスプーンを持ったユンゲラーと頭のハサミが特徴的なカイロス。タイプの相性ではカイロスが有利であるが、相手はエスパータイプ。油断は禁物である。

 

「エックスー、がんばれー!」

「エッPー、負けちゃだめだよー!」

 

 なんか黄色い声が聞こえる。

 俺たち以外にも団体でいるやつっていたんだな…………。

 

「って、エックスのとこのか………」

「エックスくーん、頑張ってー」

「勝ち上がってくるのである!」

「………フッ」

 

 うわ、その奥に四天王がいるんですけど。しかもエックスの応援隊として。

 

「な、なんかあっちすごいね………」

「奥に四天王がいるように見えるんだが…………私の気のせいか?」

「いや、気のせいじゃないっすよ。あれ本物の四天王です」

 

 何してるんだ、あの人たち。

 あんたらが誰か一人の選手に肩入れしちゃってていいのかよ。

 おかげでフィールドの方では黒いオーラが漏れ出ているぞ。嫌がられてるのに早く気づきなさい。

 

「四天王が駆けつけるほどのトレーナーということか」

「………そりゃ、まあ。風の噂ではあいつ、五体同時にメガシンカさせてるみたいですし」

「………リザードン、ジュカイン、ゲッコウガ、ディアンシー…………あ、あっちの方が多い!」

「ユイガハマさん、どうかしたの?」

「んとね、ヒッキーが同時にメガシンカさせてたのって四体同時だったなーって」

「んー、そうだね。確かにあっちの方が多いね」

「お兄ちゃんよりすごい人がいたんだ…………」

「言っとくが、お前らより歳下だからな。ルミルミくらいじゃないか?」

 

 直接会ったことはない。プラターヌ研究所で博士とバトルしているところを見ただけの一方的な出会いだ。後はコンコンブル博士から聞いた(聞かされたの方が正しいかもしれない)話ばかりである。やれ、ジュニアカップでは優勝するような逸材だっただの、継承式を行わずに継承させた第一号だの、同時メガシンカを成功させただの。

 いや俺知らねぇし、としか反応のできない内容のばかりであった。

 ま、そのおかげであいつがどういうやつなのかは掴めているがな。

 

「ルミルミキモい」

「お、おう………」

 

 再度じとっとした目が下から突き刺さってきた。

 

「それにユイガハマ。あたしの予想じゃメガシンカの条件さえ揃えば、ヒキガヤなら六体同時にメガシンカとか普通にできそうだと思うんだけど」

「た、確かに…………」

「はーちゃん、つおい!」

「けーちゃん、つよい、な」

 

 カワサキの言う通り。

 今更五体になろうが六体になろうが、同時にメガシンカさせられている時点で何体になろうがイケそうな気がする。ただキーストーンが足りないだけの話なのだ。

 

「それにゲッコウガは石必要ねぇし。実質三体同時だな。やれやれ、普通に俺の上をいくやつが現れたなー」

「なんでそんな棒読みなの………」

「おい、それよか見てなくていいのか? もうすでに第一攻防終えてるぞ?」

 

 女優さんのユンゲラーのサイコキネシスをルットと名付けられたカイロスがフェイントをかけて躱した。フェイントって本来あんな使い方じゃないのにな。

 

「サイケこうせん」

「ルット」

 

 あのカイロス、相当な実力を持っているみたいだな。ピンクと紫が混ざったような色の光線をギリギリ届かない間合いにまで下がり躱しやがった。連続で撃ち出してきたのも前に転んだり、フェイントを使って一瞬の錯覚を生ませて躱したりと躱す技術が半端ない。

 こうなってくるとユンゲラーの方も当てるために近づく必要が出てきて………。

 

「ルット、飛び込め。シザークロス」

 

 頭のハサミを光らせて一気に間合いを詰めにかかる。

 

「フフッ、テレポート」

 

 かかったと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる女優さんになぜか背筋が凍り付いた。なんだろう、身体が覚えている感じがする。

 

「サイコキネシス」

 

 テレポートで一瞬のうちにカイロスの背後に移動したユンゲラーが超念力で動きを止めようとしてくる。

 

「ルット!」

 

 力が作用しない『隙間』が見えているかのような軌跡を描き、ユンゲラーの腕を掴んだ。流れるように反転しながら懐に入ると片足でユンゲラーを持ち上げ背負い投げの状態へ持って行く。

 

「やまあらし!」

 

 腕を引き下げ、勢いをつけてそのままユンゲラーの身体を地面に叩きつけた。

 

「シザークロス!」

 

 背中から地面に叩きつけられたユンゲラーにとどめの一発を突き付けた。

 効果は抜群。しかも耐久力のないユンゲラーではカイロスの攻撃を耐えることはできないだろう。

 

「ユンゲラー、戦闘不能!」

 

 呆気なく終わった一戦目。

 女優さんの方はあのカイロスをどう攻略する気なのだろうか。

 ユンゲラーをボールへ戻す女優さんはあまり堪えている様子ではない。むしろ喜んでいるとも見て取れる。

 

「いきなさい、シンボラー」

 

 また俺の知らないポケモンを。

 なんか古代文明の宝の模様みたいなポケモンだな。しかもそれが飛んでるんだろ。不気味でしかないわ。

 

「エアスラッシュ!」

 

 出て来て早々、高速で翼を羽ばたき、空気の刃を作り出していく。

 

「………見たことのないポケモンだけど。ひこうタイプの技を使ってきてかつ飛んでるってことはひこうタイプってことで確定か。でも空を飛べるのは何もそのポケモンだけじゃない………。ルット、メガシンカ!」

 

 ぶつぶつとエックスが呪文を唱えている。遠くて何を言っているのか分からないが、まあ最後の一言で何をするのかは分かった。

 カイロスのメガシンカ。

 ザイモクザに渡された資料にはメガシンカポケモンとして載っていたし、エックスは五体同時メガシンカを成功させている。手持ちにブリガロンがいることを踏まえれば、そいつは以外はすべてメガシンカポケモン。

 

『な、なんとエックス選手、ここでメガシンカを出してきたぁぁぁああああああっっ! 早くも切り札を出してしまって大丈夫なのかっ!?』

 

 それは四天王やユキノたちに言えたことだろう。だが、あいつは違う。切り札は一つじゃない。だから今使っても惜しくないのだ。

 

『あら、早速メガシンカを使ってくるのね』

『しかし彼はバトルの読みがすごいですからね。メガシンカを使ってきたのも考えがあってのことでしょう』

『そうですね。エックス君は私たちが考えもしなかったことを成功させてますもの。それに師匠が認めた継承者でもあります。今回のリーグ戦の優勝候補といっても過言ではないでしょうね』

 

 リーグ戦の優勝候補か。

 そうは言うが、いずれ自分もバトルすることになるってこと忘れてないか?

 準決勝からはチャンピオンも参加することになってるんだぞ。自分は候補に挙げてないのかよ。

 

『………私は一度プラターヌ研究所で博士とバトルしているところを見ましたが、彼についてはそれくらいしか。お二人ほど情報は持ち合わせていません。ただ一つ言えるのは、追いかけている背中もあんな感じだったということですね』

『だった、ということは今は違うのかい?』

『根本的には変わりませんが、今は私を知っています。疑心暗鬼になられることはなくなりました』

『………一体何をしたっていうのかしら……』

 

 そりゃ知らない奴を信じるとか無理な話だろ。当時、どういう状況だったのか知らんけど。早く俺の記憶を戻してくれませんかね。

 

『いえ、基本的に疑ってかかる口なだけですよ』

『確かにエックス君も妙に慎重だったわね………。もしかして元引きこもり?』

『私の親友は「ヒッキー」と呼んでますよ、ふふっ』

 

 おいこら、バカユキノ。

 それをここで広めるんじゃない。

 俺が出た時に頭のいい奴なら全部結び付けられちまうだろ。そんで会場一帯に俺のことはヒッキーで定着するとか何の罰ゲームだよ。

 

『…………なんか、聞いちゃいけないことだったみたいね。ごめんなさい』

『今頃どこかですごい顔で睨んでるだろうね』

『どうでしょう。恥ずかしすぎて悶えてるかもしれませんよ』

「全部当たってる…………」

「お兄ちゃん、キモい」

「ハチマン、キモい」

 

 お兄ちゃん、泣きたい………。

 

『…………どうしよう、何を振っても誰か特定の人の話になっていくわ…………』

 

 それな。ほんとそれ。

 博士がユキノを煽って俺の話ばかりに持っていくもんだから困ったもんだ。全部、ダメージが俺にくるから少しは自重して!

 

「もう一度エアスラッシュ」

「躱して、フェイント」

 

 メガシンカしたカイロスが空へと翔け出す。

 

『と、飛んだっ!? カイロスが、なんとカイロスが空を飛んでいるではありませんか!? これは一体どういうことだぁぁぁああああああっっ!!』

 

 空気の刃を次々と躱していき、シンボラーを捉えた。

 

『あれはカイロスのメガシンカによるものです。メガカイロスはタイプがむし・ひこうに変わり、背中には翼が生え、自由に空を飛ぶことができるようになりました。相手のポケモンは確か………シンボラーというイッシュ地方で登録されたポケモンです。タイプはエスパーとひこう。カイロスに近づかずに空から攻撃できるよう点で出されたのでしょうが、なるほど、彼は空の支配圏を明け渡すつもりはないという主張をしているわけですね。いやはや手強い。これでまた展開も変わってくるでしょう』

『な、なるほど………』

「れいとうビーム」

 

 シンボラーは近づけさせまいと、冷気を吐き出し、カイロスを威嚇する。

 

「ルット」

 

 身体を反らせて冷気を躱したカイロスは、シンボラーから距離を取るように同じ高度のまま離れていく。

 

「サイコキネシス」

 

 なのに、それすらさせまいと超念力でシンボラーはカイロスの動きを封じにかかった。

 

「シザークロス」

 

 あわや、というところで頭のハサミで切り裂き、超念力から逃れた。

 

「フェイント」

 

 切り返したカイロスが再びシンボラーに突っ込んでいく。

 

「なっ!? 何もないところでぶつかった?! ルット!」

『ど、どういうことだぁぁぁああああああッッッ!! エックス選手のカイロスが優勢に進めていたかのように思われたこのバトル! 突然カイロスが地面に落ちたぁぁぁあああああああああっっ!!』

 

 だが、近づくことはできなかった。

 何もないはずのところで何かにぶつかったかのように動きを止め、真っ逆さまに地面にまで帰ってきた。

 

「れいとうビーム」

 

 すぐさま上空からは冷気が吐き出されてくる。

 

「ルット」

 

 態勢を立て直したカイロスは冷気を躱し、上昇を始める。

 

「ルット、そっちじゃない!」

 

 だが、何故かカイロスは斜め方向に飛んでいき、真上にいるシンボラーを捉えてはいなかった。

 

「エアスラッシュ」

 

 そこに追い打ちをかけるように空気の刃が四方から飛んでくる。

 視界が定まっていないのか、今までの機敏な動きとは裏腹に、何もできずにカイロスがダメージを負った。

 

『形勢逆転! とうとうカイロスがダメージを受けたぁぁぁああああああっっ!!』

 

 あの女優さんは何者なんだろうか。

 立て続けにエスパータイプを出してくるあたり、エスパータイプの使い手なのかもしれないが、それに加えてこの圧倒的な空間の支配力。誰かに近いものを感じるのだが、思い出せない。

 

「壁があるはずなのに攻撃は飛んでくる…………」

「もう一度、エアスラッシュ」

「ルット、エアスラッシュに飛び込め! シザークロス!」

 

 打開策を見つけたのかカイロスに技に飛ぶこむように命令。

 ひこうタイプの技なのだから、打開する前にカイロスが倒れるという可能性は考えてないのだろうか。いや、あの捻くれた性格がそれくらい考えていないわけがないか。

 

「くっ………ポケモンの技であるのはまちがいないか」

 

 だが、またしても壁にぶつかったようだ。それと同時に空気の刃も阻まれ、技は失敗。

 エアスラッシュを撃ち出したということは、その軌道上には何もないということ。エックスはそこに目をつけたのだろうが、結果は両方が阻まれた。警戒して相手が咄嗟に壁を作り出したのだろう。

 それにカイロスが技に飛び込めたということは技を捉えていたということ。さっきみたいに視界が定まっていないということはなかったみたいだ。

 となると…………。

 

「それなら、ルット。かわらわり!」

 

 リフレクター、あるいはひかりのかべ。コマチの使い方を見ていると忘れてガチだが、普通は技を受け止めたりするのに使う技。それをエスパータイプの超能力も合わせて昇華させると見えない空間を作り出すこともできたりする。コマチもぜひそっちに行って欲しいものだが、無理かなー。

 

「シザークロス!」

 

 パリン! と粉々に砕けた空間の中をカイロスがハサミを光らせて一直線に翔け上がっていく。

 ハサミはずっと同じ軌道を描き続けていたシンボラーを捉えて斬りつけた。

 

「やまあらし!」

 

 そのまま翼から伸びるヒラヒラした部分を掴み上げると思いっきり引き寄せ、懐に入り、背中越しにシンボラーを地面に叩きつけた。

 

「シザークロス!」

 

 とどめと言わんばかりの急降下で地面に倒れるシンボラーに突撃していく。

 

「サイコキネシス」

 

 のそのそと起き上がろうとしているシンボラーが気力を振り絞って、先ほどは切られた超念力を成功させた。カイロスは動きを止め、踠いている。

 

「れいとうビーム」

 

 淡々と出される命令は的確で、身動きの取れないカイロスを氷漬けにしてしまった。

 

「ルット!」

 

 エックスの呼びかけにカイロスは応じない。

 

「うそ………あのルットが………」

「相手は相当強いということだよ」

「でも、エックスなら絶対勝つさ」

 

 さて、ここからどうするのかね。もたもたしているとシンボラーが態勢を立て直してしまうぞ。

 

「ルット、戻れ!」

 

 早急に退避したか。

 まあ、それが妥当な判断だな。カイロスの技はすでに四つ使っている。その中で打開出来そうな技はない。しかもメガシンカをしてひこうタイプがついたことでエアスラッシュだけでなくれいとうビームも弱点技となっていた。その二つを受けているのだから体力面からしても続行は難しいだろう。それなら戦闘不能の判定が下される前にボールへ戻し、形式上まだ戦える状況にしておく方が賢い。

 

「ラスマ、あのポケモン、かなり強い」

「………なるほど、これがカロスの図鑑所有者ね。判断が早いわ」

「シャドーパンチ!」

「サイコキネシス!」

 

 交代で出てきたのはゲンガー。

 これまたエスパータイプの弱点を抑えてきたようだ。

 

『交代で出てきたゲンガー! 早速消えたっっ!?』

 

 ゴーストタイプ特有の能力を駆使し、消えたゲンガーは一瞬でシンボラーの背後にいた。

 背後までには超念力を張り巡らせられていなかったようで、ゲンガーの動きは止まらない。

 伸びた腕がシンボラーを貫通し、地面に突き落とした。

 

「………シンボラー、戦闘不能!」

 

 結局相手は立て続けに戦闘不能に追い込まれる形となった。

 

「戻りなさい、シンボラー」

 

 地面にぶっ倒れているシンボラーをボールに戻すと女優さんは次のボールに手をかけた。

 

「スリーパー」

 

 三体目のポケモンとして出てきたのは催眠術を得意とするスリーパー。巷ではショタコン、ロリコンなポケモンと噂されているが、実際のところは判っていない。ただ、奇妙なポケモンであるのは確かである。

 

「シャドーパンチ!」

「ねんりき!」

 

 ゲンガーはぬぼーっとしているスリーパーの影に腕を突き刺し、足元から突き上げた。対するスリーパーは影の拳を念力で押さえつけ始めた。

 両者一歩も引かず、ギチギチと震えている。

 

「イカサマ!」

「あやしいひかり!」

 

 先に動き出したスリーパーに対して、即座に目眩ませをする。狙いの分からない状況での判断としては良かったが、スリーパーの形振り構わない動きに腕を掴まれ投げ飛ばされてしまったゲンガー。

 

「ねんりき」

 

 追い打ちをかけるようにスリーパーがゲンガー右手を向けた。

 

『おおっと、これはどういうことだ! スリーパーのねんりきが発動しない!?』

「ラスマ、あくのはどう!」

 

 だが、技は発動しなかった。

 それを好機と見たエックスは即座に命令を出し、黒いオーラでスリーパーを覆いつくす。

 

『やはりゲンガーの噂は本当だったみたいだね』

『噂………、ですか?』

『ええ、たまに聞くんですよ。ゲンガーとバトルした時にかなしばりを使われたかのように技が出せなくなると』

 

 そんな噂、聞いたことがないな。

 ゲンガーにあまり出くわしたことがないってのがデカいのかもしれないが、最近出てきた噂なのかもしれない。

 

『ゲンガーはかなしばりを覚えるポケモンですから、技のフォームをたまたま持たないゲンガーを相手にしていたという可能性が考えられますね』

 

 まあ、スリーパーがねんりきを発動できなかったのをゲンガーのせいだとすれば、かなしばりに遭っているというのが妥当なところである。すぐにそこにたどり着けるのはさすが三冠王と言えよう。

 

『そうだね、でも僕はそうは思わない。もっと根本的な部分で認識を間違えている可能性だってあると考えているよ』

『根本的な部分………?』

『ゲンガーの特性はふゆう。進化前のゴースたちもふゆう。なのにゲンガーだけはスカイバトルに参加できない。なぜかルール上、ゲンガーは禁止になっているんだ。ガス状のポケモンから急に重さを持ったポケモンになったことが原因なのかもしれない。ゴーストタイプ特有の消える能力を使って空を飛び回ることもできるというのにね』

 

 そもそもスカイバトルについて詳しく知らないから、へえって感じだわ。要は空でバトルをするからひこうタイプや飛んでいるポケモンがその対象となるんだろうが、やったことがないためよく判らない。だからゲンガーが参加できないって言われてもピンとこないわけで……。

 

『………………つまり、博士はゲンガーの特性がふゆうではないと仰りたい、のですか?』

『そういうことだね。ほら、考えてもみなよ。進化前の二体に比べて浮いている要素のないゲンガーの特性ふゆう。そして今相手をかなしばり状態にして、直前に使った技を封じ込めたゲンガー。これでゲンガーがかなしばり以外の技を四つ使えば、新たな結論が導き出されるさ』

『…………のろわれボディ』

『正解』

 

 つまり何か?

 ゲンガーの特性はふゆうとされてきたが、実は攻撃してきた相手を金縛り状態にする特性のろわれボディだってことなのか?

 

「ヒキガヤ、今の博士の説明、君ならどう考える?」

「………そもそも俺はゲンガーについてよく知りません。まともにバトルした記憶も普通に遭遇した記憶もないですし。スクールで教えられた知識くらいしかないですよ」

「そうか………」

 

 先生に問われても答えられることなんて限られている。今まで一人でいたわけだし、この半年で周りに人が集まってきたといってもゲンガーを連れている者はいなかった。校長が連れていたが、卒業間近で知ったのだから当然詳しいことは知らないし、今後の可能性としてはけーちゃんのゴーストが進化してゲンガーになるくらいだ。はっきり言ってゲンガーについてこんなに考え込むのが初めてである。

 

「シャドーボール!」

 

 早速、四つ目の技を使ってきたか。これで博士の仮説は事実へと一歩近づいたわけだ。後はゲンガーの特性が複数ないかを確認し、もう少し研究データを集めて論文にまとめ上げれば、公式データとしてゲンガーの特性が書き換えられる。

 

『言ってる傍から四つ目を使ったね。これで僕の仮説は正論になったわけだ。長年、特性がふゆうとされてきたゲンガーは実はのろわれボディの持ち主だった。………論文を書かないとね』

『………珍しい特性、という可能性はないのですか?』

『それも含めての研究だよ。ただ一つ言えるのはふゆうという特性は実は曖昧ということさ。ひこうタイプを持たない浮いているポケモンが持っているかと思えばそういうわけでもない。常時浮いているポケモンでもふゆうを持たないポケモンだっているし、浮いていないポケモンでもふゆうを持っていたりする。シビビール、シビルドンがその例だね。カロスでの確認はされてないポケモンだけど、その実海に生息しているとも言われている。他にもシンオウ地方で登録されたドーミラー、ドータクンなんかはふゆう以外にも特性を持っているよ』

『ほんと、ポケモンって謎だらけね』

 

 饒舌に語る博士に肩を透かしてため息を吐くチャンピオン。

 でも確かに博士の言う通りだ。リザードンを例にあげよう。リザードンのタイプはほのおとひこう。ところがどっこい、メガシンカすればほのおとドラゴンに変わってしまう。翼は残っているため自由に飛ぶことができるが、特性はふゆうではない。空を飛べるのにひこうタイプでも特性がふゆうというわけでもないのだ。そう考えてみるとふゆうという特性がいかにあやふやなものかが理解できるだろう。

 

『ええ、でもそこが面白いんですよ。あ、そうだ。特性といえば、君の側にはもっと珍しい特性のポケモンがいたね』

『………あれは私のポケモンじゃありませんし、未だに解らないことだらけです。こじつけた理屈で無理矢理納得しているだけですよ』

『まだまだ分からないことだらけだからね。研究のし甲斐があるってもんだよ』

 

 呼んでますよ、ゲッコウガさん。

 

「スリーパー、さいみんじゅつ!」

 

 ゆら~りゆら~り左手の振り子を振り始めた。

 あれだけ攻撃されてもまだ倒れないのね。意外とタフな体してんな。

 

「ラスマ、振り子を見るな! シャドーパンチ!」

 

 ゲンガーは一瞬で消えるとスリーパーの背後に現れた。そして、拳を影に突き刺し影を盛り上がらせてスリーパーを打ち上げた。

 

「さいみんじゅつ!」

 

 飛ばされながらも振り子を揺らして、催眠の波動をゲンガーに送り込む。

 波動が届いたのかゲンガーの動きが急激に落ち始めた。

 

「ラスマ!」

 

 コクリコクリと舟を漕ぐゲンガーは正面から倒れ臥すと仰向けにゴロンと転がり、腹をほりぽりと描き始める。

 

「ゆめくい!」

 

 いい夢でも見てるのか、時折涎を垂らしていたりするが、それも全てスリーパーに吸われていくと怪訝な顔付きとなり、不機嫌オーラが飛び交った。

 

「起きろ、ラスマ!」

「そのまま全部吸い取りなさい」

 

 眠り続けている間、ずっと夢を食い尽くしていくらしい。しかもどくタイプを持つゲンガーには効果抜群の技。目を覚まさなければ、ゲンガーは退場となるのは確実だ。

 

「…………このままじゃ…………」

 

 エックスもそれは分かっているらしい。

 

「やっぱりさっきメガシンカを使ったのは間違いだったのかもな」

「さあ、それはどうでしょうね。あいつは優勝候補だとチャンピオンが豪語する逸材ですよ」

「ほう、では君は彼がどうこの状況を脱却すると言うのだ?」

「見てれば分かりますよ」

 

 恐らくエックスの頭の中には脱却方が描かれているだろう。後はそれを出すタイミングを計るだけ。

 

「すー………はー………、ラスマ、メガシンカ!」

 

 きた。

 二体目のメガシンカ。

 ゲンガーのメガストーンとエックスのキーストーンが結び付き、ゲンガーの姿を変えていく。

 あいつの真骨頂はここからだ。

 

『な、なんと!? エックス選手! 二体目のメガシンカをしてきたぁぁぁああああああっっ!! これは一体どういうことだ?! メガシンカはバトル中に一体だけしかできないのではなかったのかっ?!』

『………まずはメガシンカについて確認しておきましょう。メガシンカはトレーナーが持つキーストーンとポケモンが持つメガストーンが共鳴し合い起こる現象です』

「ラスマ、シャドーボール!」

 

 メガシンカの膨大なエネルギーを受けてか目を覚ましたゲンガーが即座にシャドーボールを投げ放った。

 

「スリーパー、躱してねんりき」

「シャドーパンチ!」

 

 影弾を躱したスリーパーの足元から影が盛り上がり、打ち上げた。

 

「あくのはどう!」

 

 さらに追い討ちをかけるように頭上から黒いオーラで一閃を描く。

 

「決まったな」

 

 ゆめくいで回復したと言ってもメガシンカしたゲンガーの猛攻には耐えられないだろう。

 

『一体のポケモンをメガシンカさせるのに必要な道具はキーストーンとメガストーンが一つずつ。彼はここに目をつけました。キーストーンが二つあり、対応するメガストーンも各ポケモンにあれば、その二体をメガシンカできるのではないか? 答えは見ての通りです。バトル中においてメガシンカできるのは一体ではなく、二つの石のセットがある分だけ。最大で六体をメガシンカさせることだってできるでしょう』

「スリーパー、戦闘不能!」

 

 これで女優さんのポケモンは残り三体となった。

 次の試合はカワサキが出場になるみたいだし、その内迎えが来るだろうな。

 

『しかし、メガシンカには二つの石以外にも重要な要素があります。それはトレーナーとポケモンの絆です。しっかりとした信頼関係が気付けていなければ、メガシンカが失敗するケースもあるのです。ただ、それを逆手に取ったポケモンもいます。詳しい記録は残っていませんがトレーナーと深く絆を結んだポケモンがメガシンカのように姿を変えたという言い伝えがあり、二つの石を必要としなかったメガシンカのケースなのでは、とわたしは推測しています』

「戻りなさい、スリーパー」

 

 スリーパーが戦闘不能になったというのに博士の解説が続いているため、実況の出番も奪われているのか。

 というかなんか今日はしっかりと働いている感じが出ていて癪である。ま、どうせ今だけだろうけど。その内またユキノと誰かさんの話に華を咲かせるのだろう。恥ずかしいからやめてほしいが。

 

『石を必要としないメガシンカ………?』

『ええ、わたしもメガシンカを提言した時にはまだまだ分からないことだらけでした。ただあの現象の確立はしておきたかった。………それからもメガシンカの研究を続け、この可能性を見つけたのです』

『………メガシンカはあくまでもトレーナーとポケモンの絆による現象であり、その絆を一定値に安定させておく媒体となるのがキーストーンとメガストーン。そう仮定するならば、例え二つの石がなくともポケモンとの深い絆を築けていれば、メガシンカに至る…………でしたっけ?』

『よく覚えていたね。………三冠王の話は少し難しかったかもしれませんが、要はポケモンとの深い絆を得られればキーストーンとメガストーンがなくともメガシンカができる可能性も捨てがたいということです。まだまだ研究段階なので、確かなことは言えませんがね』

「いきなさい、モルフォン」

 

 四体目のポケモンはモルフォンか。今までエスパータイプばかり出てきていたから、てっきりエスパータイプ専門のトレーナーかと思っていたんだが、そうでもないらしい。

 まあ、ジムリーダーじゃあるまいし早々揃えてもいられないのだろう。

 

「サイケこうせん!」

『な、なるほど………。つまりエックス選手はキーストーンを二つ持っており、メガストーンもポケモンに合わせて持っているということですね。プラターヌ博士、ありがとうございました! しかし博士の解説を伺っている間にバトルの展開がどんどん進んでいってますね。さあ、ポケウッドの名女優選手。二体目のメガシンカポケモンをどう攻略する!!』

 

 初手は紫とピンクが混ざったような色の光線か。

 こりゃあれだな。モルフォンもエスパータイプの技を覚えるからメインパーティーに組み込まれてるんだな。やっぱりあの人エスパー専門なのかもしれない。

 

「ラスマ、消えてあくのはどう!」

 

 ゴーストタイプ特有の消える能力を使い、サイケこうせんを躱すと黒いオーラでモルフォンを取り囲んだ。

 

「あやしいひかり!」

 

 おお、考えたな。

 黒いオーラと対比して眩しい光を与えることで、より強力な目眩ましになるというわけか。黒いオーラは夜をイメージしてのことなのだろう。

 

「かぜおこし!」

 

 モルフォンは自分を取り囲む黒いオーラを掻き消すためにか翼ーー羽と言った方がこいつの場合はいいのかーーを羽ばたき風を作り出す。

 

「シャドーパンチ!」

 

 まだ消え去らない黒いオーラを媒体に、拳を送り込んだゲンガー。バトルの中で影の使い方がトレーナー共々上手くなっていっているようだ。さすがは図鑑所有者に選ばれるだけのことはある。

 

「くっ、モルフォン、一度戻りなさい!」

 

 執拗な黒いオーラに嫌気がさしたのか一度モルフォンを引っ込め………られていない。

 どういうことだ? モルフォンがボールに戻って行かないぞ?

 

『おおっと、ポケウッドの名女優選手! メガゲンガーの猛攻に思わず交代をしようとしたが、モルフォンがボールへ戻らない!? これはどういうことだっ!?』

『メガゲンガーの特性はかげふみ。相手のポケモンの影を踏むことで、その場にいさせ続け交代をできないようにしてしまう特性です。のろわれボディといい、メガゲンガーについてといい、今日はゲンガーについて語っちゃいましたね』

 

 かげふみか。

 それなら交代できないのも納得だ。

 

「ラスマ、とどめだ! シャドーボール!」

 

 そうこうしている内にエックスがとどめに入っている。

 やはりメガシンカというのは場の展開を一方的にさせてしまうほどの力を持っているということか。

 

「モルフォン、戦闘不能!」

『モルフォン、倒れたぁぁぁああああああっっ!! エックス選手、未だ戦闘不能を出さずに次々と倒していくぞぉぉぉおおおっっ!!』

「ふぅ、もう展開が早すぎるよー」

「君も大変だな、シロメグリ」

「あ、メグリちゃん、お疲れー」

「ヒラツカ先生、ツルミ先生。あのエックスって子、まだスクールにいてもおかしくない歳に見えるのにバトル慣れしていて、展開が早すぎますよー」

 

 お、今日はメグリ先輩が担当なのか。

 次はカワサキだったな。ま、勝つだろ。

 

「と、次はあたしか」

「さーちゃん、がんばってー」

「うん、絶対に勝つよ。タイシ、けーちゃんを頼むよ」

「分かってるよ、姉ちゃん。お兄さんもいるから大丈夫」

「まあ、そっか」

「はーちゃん、だっこ」

 

 ……………。

 なにこの可愛い生き物。

 

「お兄さん、ずるいっす。実の兄の俺を差し置いてけーちゃんの面倒見るとか」

「バカ言え、ご指名なんだから仕方ないだろ。なあ、けーちゃん」

「ねー、はーちゃん」

「くぅぅっ!!」

 

 両手を前に出して歩み寄ってくるケイカを抱き上げ、膝の上に乗せる。軽いな………。

 おいこら、クズ虫。ハンカチを噛むな。

 

「なんか悪いね」

「いいから行って来い。けーちゃんが心配でバトルに集中できなかったとか言われてもこっちが困るんだ」

「いきなさい、バリヤード」

 

 とうとう五体目が出てきてしまった。

 バリヤード。

 パントマイムを得意とするエスパータイプのポケモン。ヤマブキジムのジムリーダーナツメが連れて……………っ!?

 

「んじゃ、お願いね………って、どしたの?」

「いや、何でもない」

「そう」

 

 そういうことかよ。

 確かにシンボラーとスリーパー以外のポケモンはナツメの連れているポケモンとして記録されていた。

 それにエスパータイプの専門。

 

「もう、これ本人じゃねぇか」

 

 ということは最後の一体はフーディンか。

 

「あ、シロメグリ先輩」

「ん? なーに?」

 

 さあ、カワサキさん、いくよーっと先導を切っていたメグリ先輩を呼び止める。

 

「ハルノさん、まだ拗ねてます?」

「あはは、絶対仕返ししてやるーって言ってたよ」

 

 仕返しか。

 まあ、どうせ失敗するんだろうけど。

 なんか最近、仕返しだーとやってきては顔を真っ赤にして自爆してるだけだし。

 

「そりゃ怖い」

 

 じゃあねー、とカワサキとともに行ってしまった。

 

「ラスマ、シャドーボール!」

「バリヤード」

 

 ナツメの呼びかけにバリヤードは飛んできた影弾を弾くことで応えた。

 出たな、ひかりのかべ。

 思い返せばシンボラーの時も見えない壁を作り出して、カイロスを翻弄させていた。他にもこんなことしてくる人がいるんだなーと思っていたが、本人なら他のポケモンで使えてもおかしくはない。むしろ当然と言えるまである。

 

「バリヤード」

「ラスマ、シャドーパンチ!」

 

 おい、シャドーボールになってるぞ。どうなってんだよ。

 

『おおっとゲンガー! エックス選手の命令を無視してシャドーボールを放った!』

 

 命令を無視、というより出させられたと見た方がいいだろう。信頼関係云々はメガシンカできている時点でクリアしている。なのに、命令に背いた動きに出たとなるとバリヤードが何かしたと見るのが妥当だ。

 影弾はひかりのかべに跳ね返されてゲンガーの元へ帰ってきた。

 

「…………」

 

 取り敢えずはゲンガーが自分で躱したが、こりゃ一筋縄では終わりそうにないな。まあ、相手がナツメとも来れば普通か。ロケット団の三韓部の一人だったナツメだ。ここにいるということはまたサカキとともに行動していると見て間違いない。マチスもいることだし、また何か企んでいるのだろう。

 

「バリヤード」

 

 今度は紫とピンクが混ざったような光線ーーサイケこうせんを放ってきた。

 というか全く技の命令を出さないんだな。やはり彼女もアレができるというわけか。

 

「ラスマ、あくのはどう!」

 

 あくタイプの技で技を打ち消しにかかるが、ゲンガーは依然として命令を無視し続け、シャドーボールを放った。

 ………違う技を命令してもシャドーボールか。

 これはもしや………。

 

『なるほど………、これはまたエックスもやられたね』

『………ですね。恐らくこれは………』

『アンコールね』

 

 だろうな。

 アンコール。この技を受けたポケモンはその名の通り同じ技を繰り返し出してしまう技。トレーナーが何を命令しようが同じ技ばかり使ってしまう嫌な技である。

 

「アルコール?」

「それは酒だ」

 

 このおバカさんは。

 

「アンコールは受けたらしばらく同じ技ばかり出させられてしまうんだよ。現にエックスが何を命令しようがゲンガーが出す技はシャドーボールの一択になっている。命令を無視しているんじゃなくて、強制的にシャドーボールしか出せなくなっているんだ」

「ほえー、そんな技が」

「しかも相手はエスパータイプ専門のジムリーダーだ。ひかりのかべをあらかじめ貼っておき、シャドーボールのみを出させられるようにして、攻撃を流している。そしてあっちは狼狽えている間にダメージを積み重ねていくって戦法だな」

「「ジムリーダーっ!?」」

「あ、やっぱりそうなんだ。ヤマブキジムのナツメさんだよね」

 

 トツカは気づいていたみたいだな。

 まあ、コマチとユイが知らなくても当然といえば当然だ。会ったことがないのだからな。

 

「バリヤード」

 

 今度はねんりきか。

 自分の腕をまじまじと見ていたゲンガーの隙をついて、念力で捉えやがった。そして恐らく四方にはひかりのかべが貼られていることだろう。ここからは一方的な展開になりそうだな。

 

「ラスマ!」

「無駄よ」

 

 ナツメがそう言うや否やゲンガーが四方の壁に打ち付けられ始めた。

 

「くっ、ラスマ、戻れ!」

「それも無駄」

「っ!?」

 

 おい、マジか。

 フィールド一帯がすでにひかりのかべで覆われているじゃねぇか。しかも一瞬だけ見えたが、ボールに戻せないようにかエックスの前の壁は何重にも貼られているようだし。

 さすが、ロケット団。やることがえげつない。

 

「とどめよ、バリヤード」

 

 最後にまたサイケこうせんか。

 効果抜群の技を受け続けたゲンガーにもはや戦う力なんて残っていない。

 

「ゲンガー、戦闘不能!」

 

 散々打ち付けられたゲンガーはメガシンカが解かれ、倒れ臥していた。

 

「戻れ、ラスマ。よくやった」

 

 とうとうエックスのポケモンにも戦闘不能が出てしまった。と言っても五対二。余裕と言えば余裕ではあるが、相手はジムリーダーのナツメだ。容易く倒されてくれるような人ではない。しかも見ている限り、やはりロケット団なのだと思い知らされるえげつない戦法。エックスの方にもう一発サプライズがないとキツくなるだろう。

 

『とうとうエックス選手のポケモンが戦闘不能になったぁぁぁああああああっっ!! どうなる、このバトル!!』

 

 交代の間休憩でもするのかと思えば、何やら手を動かしている。

 

「マリソ!」

 

 ほう、ブリガロンか。

 くさ・かくとうタイプだが、大丈夫なのか?

 

「バリヤード」

「なっ!? バリヤードが浮いてる!?」

 

 ああ、完成してしまったようだな。

 ひかりのかべによる見えない空間。話では見えない部屋ができているんだとか。

 

「どうなってるの?」

「エスパータイプだから超能力で浮いてるんじゃないかなー」

 

 確かにトツカの言う通りエスパータイプなら超能力で浮くことも可能であるが。

 

「いや、よく見てみろ。空中でも歩いている」

「ほんとだ。わけわかんなくなってきたよ…………」

「ひかりのかべだ。ナツメのバリヤードはひかりのかべを自在に操り、見えない空間を作り出すんだよ」

「そんなことできるんだ………」

「トツカは使われなかったのか?」

「うん、初めて見るよ。あれは本気出してなかったんだね」

 

 使われなかったのか。まあ、あれを使えばジムに挑戦しにくる奴らでは突破できないどころか、全く責められず力の差を見せつけられるだけで、ポケモントレーナーを諦めてしまう奴も出てくるかもしれないしな。そうなってしまえば、ジムリーダーとして示しがつかなくなってしまう。

 

「ミサイルばり!」

 

 ミサイルばり。むしタイプの技か。

 

「貫通した?!」

 

 なるほど、それはいい発想だな。

 シャドーボールを跳ね返したところから、バリヤードが使っている壁はひかりのかべと断定。遠距離攻撃には効果を発する壁に対し、自分の背中の棘を飛ばすことで壁を貫通させ、バリヤードに当てたというわけだ。

 

「マリソ、かわらわり!」

 

 敢えてかくとうタイプを出したのもこのためだろうな。しっかりと考えられている。さすが図鑑を渡されただけのことはある。

 ブリガロンが腕を横に振り、縦に振り、十字を描くとパリン! と見えない部屋が破片となり、散り始めた。足場を失ったバリヤードはバランスを崩して地面へと落ちていく。

 

「バリヤード!」

「マリソ、ニードルガード!」

 

 アンコール読みのガード技。

 ブリガロンは両拳を顔の前で合わせると巨大な円形の盾を作り出し、防御姿勢を取った。

 

「そのまま走れ!」

 

 技をやり過ごしながら、落ちてくるバリヤードに突進していくブリガロン。

 

「ミサイルばり!」

 

 走りながら背中の棘を再度飛ばし、着地したバリヤードに態勢を立て直す時間を奪っていく。

 上手い。

 二体のメガシンカによる注目を集めているが、こうした細かい一手も目を見張るものがある。

 

「ねんりき!」

「ニードルガード!」

 

 再び両拳を合わせて巨大な円形の盾を作り出し、力を抑えつけた。棘はねんりきにより地面へと落とされていく。

 

「ウッドハンマー!」

 

 ブリガロンはそのまま真正面から腕を振り上げ、丸太を作り出すとバリヤードを頭上から殴りつけた。

 バリヤードのねんりきも間に合わず、地面にクレーターを作ってぶっ倒れていた。

 

「バリヤード、戦闘不能!」

『な、なんという巧みなバトル!! ブリガロン、苦手な相手を屁ともせず、流れるような技の数々でメガゲンガーを苦しめたバリヤードをあっさり倒してしまったぁぁぁああああああっっ!! エックス選手、いよいよ勝利に王手をかけました!!』

 

 お見事。

 

『マーベラス! 敢えてかくとうタイプを持つマリソーーブリガロンを出して見えない部屋を崩し、防御しながらの強力な一発。さすがエックスだよ!』

『ええ、本当に。相手のポケウッドの名女優さんも中々見応えのある展開を見せてくれますし、楽しいバトルですよ』

「戻りなさい、バリヤード」

 

 大人二人は大賞賛らしい。

 そりゃ、一人はジムリーダーだしもう一人は優勝候補と豪語してるくらいの奴だ。二人のバトルが面白くないわけがない。展開こそ一方的であるが、エックスの前に立ちはだかる壁という意味では見応えのあるバトルをしている。

 

『………なんとなくお二人が彼を買う理由が分かった気がします。昔言われた言葉を思い出しました』

 

 ユキノもようやくエックスというトレーナーが分かってきたようだな。

 

『また「彼」かい?』

『いえ、スクールの校長です。「圧倒的な力をコントロールするには基礎が必要じゃ。では基礎とは何か? それは見識の広さじゃよ」。見ている世界が狭いことを私に伝えようとした校長の言葉です。エックス選手はメガシンカという圧倒的な力に偏らず、しっかりと対処をしています。昔の私では到底敵いませんよ』

『なるほどねー。いい言葉じゃないか』

『ええ、スクールを卒業するまでの最後の一年間はみっちりと鍛えられましたよ』

 

 へえ、俺が卒業してから校長に扱かれてたのか。そりゃハヤマともバトルしようなどとは思わんわな。いつもいつも同じ奴の相手ばかりしてたんでは世界が狭くなるのは必然的だ。それで勝とうが負けようが、外に出れば関係ない。すぐに敗北を味わうことになるだろう。

 オーダイルの暴走で自分の至らなさに気づいたユキノに、校長が手を添えていたっところだろう。

 

「フーディン」

 

 やはり最後のポケモンはフーディンだったか。

 エックスは交代させるのか?

 

「マリソ、ゆっくり休んでてくれ。こっちもマリソにつられて闘志を燃やしてるみたいだからさ」

 

 交代するみたいだな。

 まあ、手の内も全てさらけ出したわけだし、同じ手が二度も通用するような相手でもない。しかもフーディンである。かくとうタイプを持つブリガロンでは一発退場も有りえなくもない。

 

「サラメ、行くぞ!」

 

 投げたボールから出てきたのはリザードン。

 出てきてそのままフーディンの元へと突っ込んでいく。

 

「いざ、メガシンカ!」

 

 まだできたのかよ。一体何個キーストーンを持ち合わせてるんだ?

 

『な、なんとエックス選手! さらにメガシンカさせてきたではないかっ!! 一体何者なのだ!!』

 

 飛びながら姿を変えていくリザードン。

 体色は黑くなり、口元には青い炎が揺らめいている。メガリザードンXである。

 

「フレアドライブ!」

「っ!? フーディン、サイコキネシス!」

 

 超特急な攻撃に遅れて対処にかかるフーディン。

 だが、その努力も虚しくリザードンの突撃を許してしまった。

 フーディンは隔壁にぶつかり目を回している。

 ………はっ? もう終わりかよ。

 

「……………」

「……………」

 

 思わず審判も口を開いてあんぐりかえっている。

 

「はっ! フ、フーディン、戦闘不能!」

 

 やがて我に返った審判がフーディンの様子を確認しに行き、判定を下した。

 

『なななななんということだぁぁぁああああああっっっ!! エックス選手、交代で出してきたリザードンをメガシンカさせた挙句、一発でフーディンを戦闘不能に追い込んでしまったぁぁぁああああああっっ!! 強い、強いすぎるぞ!! Cブロック第一試合の勝者はエックス選手に決まりだぁぁぁああああああっっ!!』

 

 うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっ。

 きゃぁぁぁあああああああああああああっっ。

 

 などとスタンディングオベーションが鳴り止まない。

 こっちでもツルミ先生やトツカが立ち上がって拍手している。

 ただ。

 

「………なんだろう」

「うん、見たことあるよね」

「だよなー」

 

 俺とコマチとユイ、それにヒラツカ先生はそういうわけにもいかなかった。

 だって、ねぇ。

 

「ビデオで見たハルノとのバトルの時のヒキガヤとまるで同じではないか」

 

 そうなのだ。

 ボールから出てきて、そのまま突っ込んで行って、一発で勝負を決する。

 しかも出したポケモンはリザードン。

 なんか展開が似すぎてて嫌なんだけど。

 

『………将来、彼が女たらしにならないことを祈りましょう』

 

 会場中の拍手喝采でユキノの独り言はかき消され、誰も気に留めていなかった。




行間(使用ポケモン)

エックス 持ち物:キーストーン×3
・ブリガロン ♂ マリソ
 特性:しんりょく
 覚えてる技:ミサイルばり、かわらわり、ウッドハンマー、ニードルガード

・リザードン ♂ サラメ
 持ち物:リザードナイトX
 特性:もうか←→かたいツメ
 覚えてる技:フレアドライブ

・ゲンガー ♂ ラスマ
 持ち物:ゲンガナイト
 特性:ふゆう→のろわれボディ←→かげふみ
 覚えてる技:シャドーパンチ、あくのはどう、シャドーボール、あやしいひかり

・カイロス ♂ ルット
 持ち物:カイロスナイト
 特性:かいりきバサミ←→スカイスキン
 覚えてる技:フェイント、シザークロス、やまあらし、かわらわり


ナツメ
・ユンゲラー ♂
 覚えてる技:サイケこうせん、サイコキネシス、テレポート

・シンボラー ♀
 覚えてる技:エアスラッシュ、サイコキネシス、れいとうビーム、ひかりのかべ

・スリーパー ♂
 覚えてる技:ねんりき、イカサマ、ゆめくい、さいみんじゅつ

・モルフォン ♀
 覚えてる技:サイケこうせん、かぜおこし

・バリヤード ♀
 覚えてる技:サイケこうせん、ねんりき、アンコール、ひかりのかべ

・フーディン ♀
 覚えてる技:サイコキネシス

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