行間の手持ち紹介でハルノの欄にホウオウが、メグリの欄にイベルタルがいたかと思いますが、覚えているでしょうか。これはそれぞれハルノのポケモンであるゾロアーク、メグリのポケモンであるメタモンが作品中で変身した姿ということで記載していました。
しかし、過去にも何人か勘違いをしている人がおり、紛らわしいようなので変身した姿までは載せないことにしました。
以上のことから行間のハルノ及びメグリの欄から変身したポケモンたちは削除してあります。
「ただーまー」
「あ、ヒッキーおかえ………り………。ねえ、なんか四人ともゾンビみたいなんだけど」
「あん? そうか? 俺たちはいたって普通なんだが」
「や、ヒッキーが普通とかありえないから! あんなボロボロになってたんだし! はかせー! お風呂借りますよー!」
「あ、ユイさん。って、お兄ちゃん?! どしたの、そのヤツれた顔。それにユキノさんたちまで」
「別にヤツれてなどいないのだけれど」
「コマチちゃん」
「ユイさん」
二人はコクリと頷き合うと俺たちの背中を押していき、プラターヌ研究所にある風呂場へと連れて行かれた。なんか今日のこの二人、随分と強引じゃね?
「あれ、ハチマン? よかった、ちゃんと帰ってきたんだ。またどこかで事件に巻き込まれてるのかと心配しちゃったよ」
「あ、さいちゃん! ヒッキーをお風呂に入れるの手伝って!」
「ユイガハマさん? ………そうだね。うん、僕に任せて!」
「トツカさん、兄をお願いします! さあ、三人はこっちですよー!」
トツカに手を引かれながら連れて行かれたのはただの脱衣所。棚越しにはユイとコマチの急かす声とそれに戸惑う三人の声が聞こえてくる。
えっと、一体これはどういうことだってばよ?
「あの、トツカ………? 俺ってそんなに顔色悪いか?」
「うん、なんか死相が出てる感じだよ」
「死相………あー、まあ、心当たりがなくもないな…………」
「まあ、ハチマンのことだから、また何か事件を解決しなきゃならなくなったとかなんだろうけどさー」
「……………」
「でも、今回は一人じゃないんだね」
「………さすがに泣かれると居た堪れないしな」
「そっか、さあ服脱いで。お風呂だよ」
風呂か………風呂………トツカと風呂?
ひゃっふぅぅぅぅうううううううううううううっっっ!!!
「そうだな! 風呂だな! 風呂入るには脱がなきゃな!」
「えっ? ちょ、ハチマン? 急に元気になってどうしたの? そんなにお風呂好きだったっけ?」
「ちょっとそこの変態さん? 私という正妻がありながらも姉さんという側室を作るだけには飽き足らず、私個人としては男として超えて欲しくない壁をとうとう越えようとしているようだけれど。あとで覚えておきなさい」
「ちょっとー、ユキノちゃーん? なんか私の扱い雑じゃなーい?」
「うひゃぁ!? ね、姉さん!? ちょ、あ、そこっ、揉んじゃ………はぅ?!」
「ふぉぉぉおおおおお!?! ゆ、ユキノさんが………」
「ゆきのん………、あたしも触りたい」
「ね、ねぇ、みんな………? ヒキガヤ君に聞かれちゃひゃうっ?!」
………………。
「なあ、トツカ」
「ん? なあに?」
「風呂場で男湯女湯別れてたっけ?」
「やだなー、そんなわけないじゃん。いくらプラターヌ研究所っていっても、そんなホテルみたいに完備できないって」
………………。
「俺、後で入るわ」
「もう、そう言って結局入らないんだから。さあ、早く脱いで」
トツカに脱いでと言われるとなんかいけない気持ちにならなくもないが、それ以上にこの先の展開がいけないことになりそうで怖い。
あいつら、ちゃんと気づいているのだろうか。
「………なら、さっさと入ってさっさと出よう」
棚を隔てて黄色い声が飛び込んで来る中、俺はさっさと浴場へと向かった。
カポーン。
風呂場独特の音が鳴り響く中、一人お湯の中へ。
ふぃー、ぬくぬくだにゃー。
「うぅ………、はるさんからやっと抜け出せた………」
はやっ!
もう少し揉み合ってるかと思ったのに、来ちゃったよ。しかもメグリ先輩が。すげぇ気まずい。どうしようか。
「…………………」
「…………………」
げっ、こんな時に限ってタイミングよく目が合うんだよなー。
「ひっ?! ヒキガヤ君!?」
「………俺、やっぱり上がりますね」
「えっ、今入ったとこだよね?」
「まあ。でもゆっくりできそうにないんで」
今にもやってくるだろうあの姉妹を思うと、今のうちにさっさと出た方がいいような気がする。思いだったら吉日で、そのまま立ち上がり湯船から上がろうとした。
「…………いいよ、私は」
「はい?」
が、上がれなかった。立ち上がった身体は突然の発言に動かせなかった。
「ヒキガヤ君も一緒に入っても、いいよ」
「…………」
まさかメグリ先輩がこんなことを言い出すとは。
「あ、や、その、ヒキガヤ君は今日もまた私たちのために戦ってくれてたんだし………。追い出すとか、できないよ」
「「というか逃がさないわよ」」
ザブン! という水の跳ね上がる音がしたと思えば、俺の背中に熱が伝わってきた。
「ひっ?!」
「ちょっとヒッキー、キモい!」
「ふぉぉおおおお、お兄ちゃんが両手に花どころじゃない展開になってるよ!」
「さすが、ハチマンだよ」
この両腕に伝わる片や大きく、片やつつましく、だが二つとも柔らかいこの感触は………。
「それじゃ、僕はみんなのところに戻ってるね」
「うん、ありがと、さいちゃん」
「どういたしまして、ユイガハマさん」
なん、だと…………?!
トツカと一緒の風呂じゃなかったのか?!
「この男、トツカ君が出ていくといったら、急に動かなくなったわ」
「………私じゃ魅力ないの?」
「え、あ、や、そ、そんなことは、ないじょ?」
「「「「「…………………………」」」」」
噛んだ………。驚くとよく噛むな………。
「あ、あの二人とも………タオルは……………?」
メグリ先輩の言う通り。
恐らくこの柔らかい感触、生である。
ピッチピチのナマモノである。しかも俺の両腕が腹? の部分にあり、下手に動かせない状態なのだ。
え、というかトツカ普通に入って来てなかったか? 見られてたんじゃねぇの?
「こ、これはあれか………さっきの仕返しという奴か………」
そういえばさっきユキノが覚えておきなさいとか言ってたような気がする。まさかその仕返しが今来たということなのだろうか。
「あら、何のことかしら?」
振り向けないが、すごくいい笑顔なのはまちがいない。
恐怖に呑まれて俺の鼓動が早くなっていくのが分かる。ついでに血流も活性化している気がする。
「私はただハチマンとあんなことやこんなことをしたいだけよ」
「あんたが言うと洒落にならん」
耳元でハルノにささやかれたことで、ぞわりと背筋に電気が走った。
「私のすべてをささげるわ」
「絶対態とだろ。メグリ先輩がゆでだこになってるぞ。おい、ユイ、コマチ。お前らも手の隙間から見てんなよ」
ぎゅむっと放漫な胸を右腕に押し当てられ、思わず反応してしまった。自分を保つためにも周りを確認したら、メグリ先輩はあうあうと顔を赤くしており、白いTシャツを着たユイとコマチが両手で顔を隠しながら、指の隙間から俺たちを除いていた。
まあ、もっとも俺の行為は引っ付いている姉妹の肢体を目に焼き付けてしまい、逆効果であったが。タオルは、一応、巻いてるみたい………。
「ユイさん、前と後ろ、空いてますよ?」
「ぐぬぬ………、やっぱり恥ずかしいし」
「そんなこと言ってるとあの二人、お兄ちゃんのすべてを食べちゃいそうですよ」
「こ、コマチちゃん。なんか生々しいよ」
いや、実際マジで食われそうな勢いである。というか目がマジである。肉食系女子というのはこういうのを指すんだろうか。
「でも、あたしまだ、キスもされたことないのに………」
「えっ?」
……………確かにしてないかも。というかこの姉妹(特にユキノ)が時たま発情する(ハルノは子供化してたから甘えられまくった)もんだからそれどころじゃなかったし。それにユイはコルニの所で修行してたろ………。時間を作るのが難しいだよ。つーか、いいのかよ、俺で。や、もうこれは俺の勘違いだなんて思わないけどさ。ユイの好意を受け止めてるけどさ。
「あははは………、やっぱりユイガハマさんもヒキガヤ君のことが大好きなんだね」
「ちょっとお兄ちゃん! ユイさんにまだ手を出していないってどういうことなのさ!」
「今、それどころじゃない………から」
マジで!
微動だに出来ない。
嫌に血の流れる音と鼓動がうるさく聞こえてくる。
「そうね、随分と興奮してくれているようだし」
「やっぱり男の子だねー。お姉さんの身体がそんなにいいのかー? ほれほれー」
「うぐっ………、あの、俺も一応男なんで………」
くそっ、さっきまであんな自己嫌悪してたくせに。
ぐおっ!
「姉さん」
「だね………。コマチちゃん、マット持ってきて」
「あいあいさー!」
「えっと、もう、上がっても、よろしい、でしょうか? いろいろと、その、ヤバいんで」
全身血の巡りが良すぎで活性化しすぎている。今にも我を忘れてしまいそうだ。………暴走とはまた違う感覚だな。
つか、マットってなに? 何されるのん? 風俗店にでもなった?
「さあさ、どうぞどうぞ!」
「おいコマチ。一体何をする気だ」
「旦那様への労いだって」
「はっ?」
「ユイさんはどうします?」
「………やる」
「じゃあメグリさんはコマチがお背中流しますんで、こっち来てくださいねー」
「えっ、あ、うん。ありがと………」
一応タオルを巻いていたが、それも今ではあまり役に立っていない様子。
風呂場だから下手に動けないし。俺、これから何されるんだろうか。
「さあ、うつ伏せに寝なさい」
「……………」
二人に連れてこられたのは用意されたビニールのマットの前。要はここにうつ伏せになれってことらしい。まさか背中に何かするんじゃないだろうな。それともこの流れ。ガチで風俗っぽい。行ったことないから実際どんなものなのか知らんけど。
少し恐怖を覚えながらも言われたようにマットの上にうつ伏せになった。
「さあ、やるわよユイ、姉さん」
「ええ、ハチマンをメロメロにしてあげるわ」
「ひ、ヒッキーのためだし! がんばるし!」
「はい?」
いやマジで。何する気?!
というかいつの間にユイまで参加してるのん?
「ふぉっ!?」
「ちょ、変な声上げるなし!」
「や、急に冷たい感触がだな………」
「ただのローションよ」
「いや、もうこの状況でローションが来たらアウトだろ」
「さすがに体で洗ったりはしないから」
「そういう問題じゃねぇよ。おい、ハルノ。俺の前に座るな。いろいろとまずい」
「はいじゃあ、お姉さんヘッドスパやりまーす」
「ふごっ!?」
前に座ってきたハルノに頭を掴まれたかと思えば、いきなり太ももの間に追いやられた。
ヤバいヤバいヤバい!
それはもういろいろとまずいって!
「………姉さん、あまり刺激を与えてはだめよ」
「えー、別に襲われてもいいんだけどなー」
「ユイが心の準備ができていないのよ」
「はーい」
「えっと、じゃああたし脚やるね」
「なら私は腰かしら」
……………………………………………………。
なにこれ、どういう状況?
ユキノとハルノはタオル一枚の裸同然の恰好で、それぞれ頭と腰を揉み始め、ユイが(おそらく)Tシャツ一枚でふくらはぎを揉み始めた。
これはあれか? 全身マッサージという奴か?
なんでまた急に。風呂場に連れてこられたのもコマチが俺たちの顔色が良くないっていうからだし。
さてはコマチが何か仕組んでたんだな。この用意の良さ。俺たちが帰ってくるまでに揃えたのだろう。
「ふぉご、ふぉごごご………」
「ちょ、ハチマンっ。しゃべっちゃダメだって、くすぐったひゃうっ!」
「ユイ、足のツボでも押してあげなさい」
「わ、わかった」
「ふごぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!」
な、え、なん、ちょ………、ユイさん?
いきなり足の裏を押すとか容赦なくね?
ユキノもユキノで、腰に力を加えてきたし。気持ちいいっちゃ気持ちいいが、すげぇ痛い。
「………みんな容赦ないね」
「あれくらいやらないと休まない人なんで………。さすがに今日は驚きましたよ」
「まさかコマチちゃんたちが、こんなことを考えてたなんてねー」
「一応全員に集合をかけてみたんですけどね。研究所までは集まってくれたけど、さすがにお風呂は恥ずかしいって」
全員ってどんだけ呼んだんだ?オリモトとかも呼んだってことなのか?
「あははは………、逆にあの二人がすごいだけだね。ユイガハマさんもよく加わったね」
「そりゃ、想いを告げているのに一度もキスされてないですからねー。一人だけ置いてけぼりを感じたんでしょう。気がないならいっそ振ってあげれば」
「それは無理だと思うなー。ヒキガヤ君、ユイガハマさんのこと大好きだし」
「ふぇっ?!」
ぐおぁっ!
ユイこら、急に力を強めるな! 変なとこ入ったぞ!
「全く、これだけ一途に想っている子を蔑ろにしているなんて。私の旦那として恥ずかしいわ」
俺はこんなところで旦那発言される方が恥ずかしいです。
「コマチちゃんはいいの?」
「コマチはいつでもできますから。妹特権ってやつです」
「できた妹だね」
「………あれで、カロス地方トップの権力を持ってるっていうんだから、人って分からないですよね」
「ふふっ、そうかな? 私はヒキガヤ君がなるべくしてなったって思うよ」
「………メグリさんはどうなんですか?」
「私? 私は………できることなら、ヒキガヤ君の側に居たいかなー」
「「「「っっ!?」」」」
え、なに? 急にどうしたわけ? まさかメグリ先輩も?
全員手が止まったぞ。
「多分、好き、なんだとは思うよ。でも恋人になりたいとか、そういう感情でもないんだ。知り合い、友人、上司………っていうのもなんかちがうなー。なんなんだろうね………あははっ」
「それは憧れってやつじゃないですかね。お兄ちゃんの側にいて、お兄ちゃんをもっと知りたい。そんな感じなのでは?」
「………そう、かもしれないね。確かにヒキガヤ君の背中を見ていると、自分はまだまだだなーって思うし、ヒキガヤ君みたいにみんなを守れるような強いトレーナーになりたいなーっては思うし」
「あーん、ハチマンの女たらしー。このこのー」
「ふごぁ?!」
ちょ、ハルノ! マジでヤバいから! み、見え………る………ぶほっ!」
「ちょ!? は、ハチマン?!」
「血っ………!」
「と、とりあえず、あおむけに………」
ゴロンと仰向けにされる感覚が時間をかけて伝わってくる。
「「「あうっ……………」」」
段々意識が薄れていく中、三人が顔を両手で覆っているのが見えた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
朝。
目が覚めて、朝飯食いに台所へ向かったら誰もいなかった。人の気配がまるでない。ここの研究所、大丈夫なのだろうか。
仕方なくテレビをつける。
『ラグラージ、マーイーカのサイケこうせんを片手で振り払ったぁぁぁあああっ!!』
『ラグラージ、アームハンマー』
ラグラージがマーイーカの光線を片手で振り払い、もう片方の腕を振り上げて迫っていく。
まさか腕の振りだけで技を掻き消されるとは思ってなかったようで、対応できていない。
『マーイーカ、戦闘不能!』
『アームハンマーが決まったぁぁぁああああああっ!! 最初に勝ち星を挙げたのはルミ選手!! タイシ選手、巻き返しなるかっ!?』
…………………………………。
はい?
ルミ選手? タイシ選手?
…………………………………。
「げっ、もう始まってるし!」
ぐりんと首を回して時計を見やると、すでに大会三日目が始まっている時間だった。
「これ中継かよ」
『サーナイト、さっさとラグラージを片付けるっすよ! マジカルリーフ!』
何の番組なのかぼけーっと見ている場合ではない。
ヤバい、寝過ごした…………。
というか何で誰も起こしにこないんだよ。
あれか? 昨日、俺がボロボロになってたからか? ゆっくり寝かせておこうってことか?
今気づいたがなんか服が新しいような気がするし。デザインは全く同じだというのに。
「………………」
『ラグラージ、まもる』
そういえば昨日俺はいつ寝たのだろうか。全く覚えてないんだが。最後に見たのが顔に手を当てて真っ赤に染め上げていたユイとユキノとハルノだったような…………。
っ?!
そうだ、昨日俺は人生初の風俗というものを体験したんだ! や、アレを風俗といっていいのか問いたいところだが。それでもアレはダメだろ。アウトだろ。姉妹でタオル一枚とか…………やべぇ、なんか鼻血出てきそう。鉄の匂いがする。
うん、でも。正直ぐっときました。次あんなことがあったら襲ってしまいそうなまである。
「ユキノやハルノだけじゃなくて、ユイのことも考えないとな。あとイロハのことも………」
『ラグラージ、効果抜群の技を防壁を張り凌ぎましたっ!』
『戻って、ラグラージ。いくよ、オニゴーリ』
あの二人はどうしたいのだろうか。散々ユキノに言われてきたので、ユイもイロハも俺に好意を向けてくれていることは認めている。これは自惚れでも何でもない、事実だ。じゃなきゃ、昨日の展開が起きるわけがない。好きでもない男と例えシャツを着ていたとしても一緒に風呂に入ろうなどとは思わんだろ。
「つーか、俺が言った髪の色にずっと染めてるみたいだし、これで違いますなんて言われたら俺泣くな」
『何をする気か知らないっすけど! サーナイト、ムーンフォース!』
そもそもどうしてユイは俺をヒッキーと呼ぶのだろうか。ハヤマたちは普通に名前呼びなのに。………トベざまぁ。
「やっぱりどこかで記憶が抜け落ちてるのかね………」
『オニゴーリ、ぜったいれいど』
と言っても遡るのはスクール低学年くらいかそれよりもっと前。記憶を失っていなくとも思い出せるか怪しい範疇である。
……………………。
「………………はっ?」
今テレビの中でルミはなんて言った?
ぜったいれいど?
オニゴーリで?
まさかもう一撃必殺をマスターしたっていうのか?
以前使えたのはスイクンだったからで、特別じゃなかったのか?
「ルミルミの成長がヤバい件………」
『サーナイト、戦闘不能!』
『一撃必殺! サーナイトの体温を急激に下げ、戦闘不能に追い込みましたっ!』
こりゃ俺もうかうかしてられないな。ネットの変なスラング立ててる場合じゃない。
取り敢えずパンでも食べよう。
『一撃必殺使えるとか聞いてないっすよ………。まるで姉ちゃんを相手してる感じだ…………』
そう呟きながらもタイシはサーナイトをボールに戻していた。
そんなシーンを見ながら食パンをオーブントースターへ放り込む。タイマーをセットしてテレビに向き直るとタイシがボールを投げていた。
『いくっすよ、ヘラクロス!』
出てきたのはヘラクロス。こおりタイプのオニゴーリの弱点を突いてきたというわけか。だが、そう上手くいくだろうか。
『かわらわり!』
むしポケモンらしく、背中から羽を出してオニゴーリめがけて飛んで行った。
『躱して、ぜったいれいど』
まあ、ひょいと躱されるんですけどね。しかも反撃がまたしても一撃必殺。ルミルミ怖い。
『ヘラクロス、こらえる!』
ほお、こらえるか。
この技なら確かに倒れることない。
『おおっと、ヘラクロス! 一撃必殺を堪えたぁぁぁああああああっっ!! どうなるこのバトル!』
『きしかいせい!』
当然、先方としては起死回生だよな。これでオニゴーリも戦闘不能に、なればいいけどな。
『オニゴーリ、メガシンカ』
デスヨネー。
あのルミルミが何の手も打ってこないはずがないもんな。
オニゴーリに迫っていったヘラクロスはメガシンカの光に弾かれて、タイシの方へ戻っていく。
『フリーズドライ!』
おう、今度は冷気で一気に温度を下げる技か。
どんだけ冷やせば気が済むんだ。
『ヘラクロス!?』
冷気を浴びたヘラクロスは徐々に凍り付いていき、地面に転がり落ちた。
『ヘラクロス、戦闘不能!』
『戻れ、ヘラクロス!』
お、パンが焼けたみたいだ。
さて、何を塗るか………。
「無難にチーゴの実のジャムかね」
『ピンチかと思われたオニゴーリ! メガシンカで主導権を渡さず連続でタイシ選手のポケモンを戦闘不能に追いやったぁぁぁああああああっっ!!』
『いやー、強い。まさかここまで強くなってるとは』
お、今日も出てくるのか解説席。
ほとんど解説しているんじゃなくてしゃべってるだけだけど。たまに俺を話に出すのもやめようね。無駄だろうけど。
『私の見立てでは十二歳くらいなのだけれど………、こんなあっさりメガシンカに一撃必殺を使ってくるなんて、信じられないわ』
『………それはどうでしょう。唯一彼女とバトルをしたことがある「彼」が言うには最初からトレーナーとしての才能を開花させていたらしいですよ』
『それにしたって………』
『実は彼女、私の後輩でもあります。半年前、私がいたスクールの修学旅行としてプラターヌ研究所にやってきて、しばらくお手伝いをさせていただきました』
『あの時は突然呼び戻して悪かったね。人手が足りなくて助かったよ』
『次からはもう少し計画的に呼んでください。特に今の私たちはフリーじゃありませんから。……それで話を戻しますけど、彼女はスクールを特例で卒業した三人目に該当するようです』
『特例………?』
『はい、スクールで一番強い校長と何でもありのフルバトルをして倒すことで卒業が認められます』
『………スクール生が必ずしもフルバトルできるとは限らないと思うのだけれど』
ええ、ええ、ごもっともですよ。俺もルミルミも戦力合わせに人のポケモンを使いましたとも。
『ええ、そこが肝です。この制度を初めて利用した私の姉さんは六体揃えてのフルバトルで勝利しました。ですが、二人目は自分のポケモン二体と私のオーダイルを使って校長のポケモンを全員倒しています』
『なんか聞いたことがある話だね』
『それはそうでしょう。二人目は「彼」ですから』
『………君の旦那を一度隅々まで調べ上げたいものだね。ポケモントレーナーの何たるかが分かるんじゃないかな』
『やめておいた方がいいですよ。特に博士は』
『そういえば、今朝は起こさなくてよかったのかい?』
『大丈夫ですよ。ポケモンたちもいますし。それに姉さんが見てますから。ふふっ』
………え……………?
「あ……、だぁぁぁああああああっ! 床にジャムが!?」
一瞬止まった思考からポロリとパンが落ちてくるくる回転した後、ジャムを塗った方を下にして床に着地した。
ジャムって結構粘っこくて落ちにくいんだよなー。
「あれ? 浮いてる………?」
面倒ごとが増えたと思いながらパンに手をかけると、拾い上げる感覚がなかった。怪しく思い、床に耳を付けてパンを見ると、床とパンの間に隙間ができていた。つまり、パンが浮いていたのだ。
「……………なにこれ、心霊現象?」
ゾゾゾっと背筋に寒気が走る。急に誰かに見られているようなそんな気さえしてくる。さっきのユキノの言葉が原因かもしれない。
そーっとパンを掴み、ジャムを塗った方を上に戻すと急に掌に重みを感じた。
「……………」
ヤバい。
これ絶対何かいる奴だ。
ダークライが戻ってきて悪戯をしているとか、そんなんじゃない。というかあいつがそんなちゃちなことをするとは思えないし、そもそもあいつ今どっか行っちまったし。あの青白い死人のような女のボールにも入ってるのかね。
長年連れ添ったぼっちの薄情さに呆れながらも仰いだ。
「………………」
目をごしごしと擦り、もう一度仰ぐ。
「………………」
めちゃくちゃ見られてる……………。
ハルノに……………。
「お、あ、おわぁぁぁあああああああああっっ!!」
こっわっ!?
マジで怖いって! お化け屋敷よりもお化け屋敷かよ、この研究所は!!
「ネネネネイティオ………!?」
天井に、逆さまにぶら下がっている、無表情の、ネイティオがいた。
いやもう、不気味でしかない。
『あ、やっと気づいた。ひゃっはろー、ハチマン』
「やめろハルノ! ただでさえ無表情で不気味なネイティオにそんな明るい口調を出させるな!」
『えー、あ、でもちゃんとパンを落とすところとかばっちり見てたからっ』
「見てんじゃねぇよ!」
やだもう、なんでいつもタイミング悪いのん。
『中継見てるから分かると思うけど、今日の最後はハチマンたちの試合だからね。遅れちゃだめだぞっ』
「分かった。分かったからネイティオにハルノの口調を出させるな」
『あ、ルミちゃん、四体目倒しちゃったよ。じゃねー』
……………………すごい技術なはずなのに、恐怖しか覚えないんだけど。
夢に出てきそうで怖い。今ならダークライもいないしコントロールもされないから、マジで出てきそう。ダークライが見せる悪夢とどっちが怖いんだろうな………。
「………あれ? なぜにテレビが消えて…………」
お前か!
『………………………』
心当たりのありそうな不気味なポケモンを見やるも、どこか遠くしか見ていない。
「……………残すならユキメノコがよかった」
こんな恐怖を感じるくらいならユキメノコに抱き着かれてた方がよっぽどいいわ。なぜユキメノコを置いて行かない。
「……………、ポチっとな」
『オニゴーリ、強い、強すぎるぞ! サーナイト、ヘラクロス、ストライクと立て続けに戦闘不能にされてしまった!! タイシ選手、あと二体で巻き返しなるか!』
再度テレビをつけるとマジでタイシのポケモンがあと二体になってしまったようだ。オニゴーリ強し。というか一撃必殺ある時点で勝敗が決してるような…………。
『く、ラグラージも倒せなかったっていうのに、メガシンカしたオニゴーリなんか………』
あーあー、タイシが随分と自信を失ってきてるぞ。
『アメモース!』
五体目のポケモンはアメモースか。これまた不利なポケモンだな。
『ちょうのまい!』
四枚の羽を羽ばたき、すいすいと移動し始めるアメモース。それはまるで踊っているかのようである。
『オニゴーリ、ぜったいれいど』
まあ、何をしても無駄そう…………でもないようだ。
ちょうのまいで素早さを上げたアメモースの背後で、一瞬後に氷が弾けるような音が聞こえてきた。
『な、なんと!? タイシ選手を苦しめていたぜったいれいどをアメモースが躱しました!! これでまた流れが変わるでしょう!!』
さて、ではどんな反撃をするのか見せてもらおうか。
『アメモース、エアスラッシュ!』
空気でできた刃を無数に作り出し、オニゴーリへと飛ばしていく。
『躱して』
『むしのさざめきっす!』
空気の刃をひょいひょい躱すオニゴーリ。そうしている間にアメモースが近づき、さざめき音を奏でた。音波のせいだろうか。空気の刃の軌道が少しずつズレていき、タイミングを見誤ったオニゴーリに初のダメージが入った。受けの体制ができていなかったのか、立ち直りが悪い。
『もう一度、エアスラッシュ!』
『オニゴーリ、フリーズドライ』
高速で移動してしまうアメモースにではなく、空気の刃に向けて温度を下げた。刃は凍り、物体へと変わる。
『ジャイロボール』
そして、飛んでくる氷の刃を身体全体をジャイロ回転させて弾き飛ばした。
一発で学習するとか、なんかマジで特例で卒業してきたんだなって実感させられてしまうな。今もスイクンはルミのボールの中にいるのだろうか。
『かげぶんしん』
一度入った攻撃が二度目には全く効果を発揮しなかったことに驚いてタイシを他所に、オニゴーリは自身の影を次々と作り出し、高速で移動するアメモースを取り囲んだ。
『アメモース、エアスラッシュっす!』
『ぜったいれいど』
タイシは空気の刃で一回で全ての影を排除しようと考えたのだろうが、すでに奴はルミの掌の上で踊っている状態だ。何をしても結果は変わらない。
「確実に一撃必殺を当てられるようにしてくるとか、鬼畜だな」
どのオニゴーリがとどめを刺したのかは分からない。ただ、オニゴーリは浮いているポケモン。その中に一体だけ地面にフラフラと落ちてくれば、それがアメモースなのだと嫌でも分かってしまう。オニゴーリの影がやられたらその場で消えるし、本体がやられたら影の方が全て消えてしまうのから、あとはアメモースしかいないと判断できてしまうのだ。
『アメモース!?』
『アメモース、戦闘不能!』
タイシの呼びかけも虚しく、アメモースは地面に横たわって気絶していた。
『またしても一撃必殺が決まったぁぁぁああああああっっ!! オニゴーリに初の攻撃が入った時には流れが変わると思っていましたが、全くそうではないではないか!!』
『アメモース、戻るっす!』
『さあ、後がなくなってしまったタイシ選手! 最後のポケモンは誰を出してくるのか!!』
恐らく二ドリーノ、ないしニドキングだろう。後でていないのはそれくらいしかいないだろうし。
…………ルミルミの試合を最後までみたら会場へ向かうとしよう。途中で切って後で何か言われるのも嫌だし。ルミルミとか「ちゃんと見てた?」とか聞いてきそうだし。そうでなくても娘の晴れ姿についてきているような母親がいることだし。何かしら、言ってくることは間違いない。
『ニドキング、頼むっすよ!』
ふっ、やはりニドキングか。
姉のカワサキがニドクインを連れていて、弟のタイシが二ドリーノを連れていたんだ。進化の道具くらい持っていてもおかしくないよな。
『だいもんじ!』
出てきて早々、ニドキングは大の文字を描く炎をオニゴーリに送りつけた。一方でオニゴーリはというと………。
『オニゴーリ、ジャイロボール』
ジャイロ回転で炎を弾いていた。
『そのまま突撃』
ルミルミの命に合わせて、ジャイロ回転で炎の中をくぐり抜け、早速ニドキングのペースを奪いにかかった。
『どくづき!』
ニドキングはジャイロ回転に応戦しようと紫色の腕をさらに紫色に染め上げ、腕を引いていつでもすくい上げられるような態勢で待ち構えている。
そこへ見事オニゴーリがやってきて、技と技が交錯しあった。爆発が起き、黒い煙が立ち上っていく。
『す、すごく激しいぶつかり合いだ! これでどちらかのポケモンが倒れているということも考えられます!!』
『ぜったいれいど』
『な、なんとルミ選手! この、ポケモンが見えない状況で技の指令を出しました! 一体彼女には何が見えているのでしょうか!』
見えているというか絶対的な自信だろう。オニゴーリの実力を知っているからこそ信じて次の行動を命令できる。だからこそメガシンカも可能にしているというわけだ。
『………………ニドキング、戦闘不能! よって勝者、ツルミルミ!』
『ぜったいれいどが決まったぁぁぁああああああっ!! 圧倒的な実力を見せてルミ選手、勝利を掴みました!!』
タイシには悪いがこの対戦カードはやる前から結果は見えていた。なんせルミはスイクンに選ばれたのだからな。しかもトレーナーとしてまだポケモンをもらってすらいない時期に。伝説のポケモンに選ばれることだけでもすごいことだが、最初のポケモンになんて前代未聞である。そんなルミがトレーナーとして経験を積んでいけば、どうなるかくらい想像がつくさ。
「将来、俺よりも強くなってるかもな」
ルミの開花は現在進行形。これからどんな経験をし、何を思うのか。
新人トレーナーの将来が楽しみである。
行間(使用ポケモン)
ツルミルミ 持ち物:とうめいなスズ(ミナキからの借り物) キーストーン
・ラグラージ ♂
覚えてる技:アームハンマー、まもる
・オニゴーリ ♂
持ち物:オニゴーリナイト
覚えてる技:ぜったいれいど、フリーズドライ、ジャイロボール、かげぶんしん
カワサキタイシ
・ニドキング(二ドリーノ→ニドキング) ♂
覚えてる技:つのでつく、にどげり、だいもんじ、どくづき
・ストライク ♂
覚えてる技:シザークロス、つじぎり、むしのさざめき
・サーナイト(キルリア→サーナイト) ♂
覚えてる技:ねんりき、マジカルリーフ、シャドーボール、リフレクター
・アメモース ♀
覚えてる技:エアスラッシュ、むしのさざめき、ちょうのまい
・マーイーカ ♂
覚えてる技:サイケこうせん
・ヘラクロス ♂
覚えてる技:かわらわり、きしかいせい、こらえる