カロスポケモン協会理事 ハチマン   作:八橋夏目

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22話

 ルミのバトルを見終わり、いろいろと仕度をして外へ出ると後ろに気配があった。

 

「………連れてけと?」

 

 振り返れば案の定ネイティオが。

 俺が間に合うようにハルノが置いていったネイティオである。

 無表情なため超不気味。

 

「……………………」

 

 返事はないが代わりに翼をバサッと広げてきた。急に広げるもんだから超不気味。もう存在自体が不気味である。

 

「………なあ、そこの君」

 

 おい、誰だよ。誰か呼ばれてるぞ。さっさと返事してやれよ。

 

「君だよ、君。ネイティオといる君だ」

「お、俺かよ………」

 

 呼ばれてたのは俺だった。

 振り向いてみると………ぶっ!?

 上半身裸に白衣を着た男がいるんだけど。よし、警察を呼ぼう。

 

「………警察警察、と」

「わあっ、待ってくれ! 俺は変質者でもなんでもない!」

「ククイ君はこれでも一応ポケモン博士なんだよ」

 

 これで博士?

 やっぱりポケモン博士ってのは変態しかいないのかもしれない。

 それと連れのメガネ。よくこんな危ない奴と一緒にいれるな。

 

「で、変態博士が俺に何の用ですか?」

「ここってプラターヌ博士の研究所だろ?」

 

 まあ、カロスじゃ有名だしな。知っていてもおかしくはない。

 

「でも今博士はポケモンリーグの会場にいるはず。なのに、君が出てきた。だから声をかけたんだよ」

「…………質問の答えになってないように思えますが?」

「…………なかなか手厳しいな」

「ククイ、先に自己紹介をしておいた方がいいんじゃないかな」

「そうだな。俺はククイ。アローラ地方ってところでポケモンの技について研究している。それと夢はアローラにポケモンリーグを作ることだ」

 

 ………はい?

 ポケモンリーグを作る?

 

「それは今やってるバトル大会のことっすか………?」

「いや、チャンピオンと四天王、この五人を位置付けた組織とシステムのことだ」

「だったら、まずはアローラ地方のポケモン協会を斡旋して、カントーのポケモン協会に乗り込めばいいんじゃないですか?」

「ッ!?」

「ま、難しいでしょうけど」

「………やけに詳しいな」

「僕はマーレイン。よろしく。けど、ククイ。アローラにポケモン協会はないよ」

「だよなー。どうしたものか」

「……………」

 

 へぇ、アローラにはポケモン協会がないのか。

 ここでうだうだ言われても俺にはどうしようもないし、そろそろ会場に向かわないと何を言われるか。初戦で遅刻して不戦敗とかごめんだからな。

 

「えーっと、………あったあった」

 

 ホロキャスターを出して、ある番号にかけた。

 

「もしもーし」

『そっちからかけてくるとは珍しいではないか』

 

 相手はカントーポケモン協会本部の理事。

 

「なんかアローラでポケモンリーグを創設したいとか言う人がいてな。どうしたものかと」

『ふむ、アローラか』

「どうする、そっちにやればいいか?」

『そうだな。こっちに向かうように言ってくれ』

「はいよ」

 

 許可も出たので通話を切る。

 すると上半身裸の白衣男とひょろっとした金髪メガネがポカンとした顔で俺を見ていた。

 

「………君は何者なんだい?」

 

 とは金髪メガネ。

 

「カントーの本部には話つけたんで、アローラにポケモンリーグを創設したいならそっちに行って下さい。んじゃ」

「質問の答えになってないと思うが?」

 

 さっさとこの場を離れようとしたら、一枚食われた。ニヤリと変態が笑っている。マジで警察呼ぼうかな。

 

「……………カロスポケモン協会理事。それ以上は言わん」

 

 ちょこちょこと追いついてきたネイティオの首根っこを掴み上げ、捕獲。

 そのまま今度こそ、この場を離れた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 途中、間に合わないと思ったのか、ネイティオのサイコパワーで運ばれ、一気に会場へと辿り着いた。

 

「うおおぉぉぉっ! ブーバーっ!!」

 

 担架で運ばれるブーバーとそれを追いかけるやまおとことすれ違った。本戦出場選手だったのだろうか。到底見えないが。

 

「………うーん、ジバコイルの努力値をもっとふらないと………。それにカクレオンの特性ももっと活かせるはずだし………。もっと、もっと強いトレーナーとバトルして戦法を盗まなきゃ」

 

 中に入ったら入ったで、緑色の髪の少年がうんうん唸っていた。努力値って何よ。

 

「あっれー? ヒキガヤ?」

 

 するとどこからか名前を呼ばれた。このデカイ声………。

 

「オリモト………」

 

 振り向けば、オリモトがいた。

 

「ようやく起きたんだね。ま、ハードワークの後だったし、今日のトリでもあるし、みんな休ませたかったから起こさなかったんだけどね」

「そりゃ悪かったな。つか、何故いる」

「昨日、あんたの妹に召集かけられて、預かってるみんなのポケモン全員連れて飛んできたんだけどさー」

「コマチか………」

 

 あいつ、いつの間に呼んでいたんだ………。

 

「………聞いたよ、全部。あんたがお風呂場で鼻血出して気絶してる間に」

「おい、周囲のみなさんの目が怖いのでやめて下さい。いやマジで」

 

 なんかとんでもないことを話しながら歩き出したオリモトを慌てて追いかける。

 

「くくくっ、やっぱヒキガヤはヒキガヤだ。焦りすぎ」

「んな恥ずかしいエピソードを大衆の前で言い出すからだろ」

「………でもちょっと納得。バトル山の戦績を知ってる身としては、ようやく腑に落ちたって感じ」

 

 バトル山か………。百人のトレーナーに無敗で勝たないと制覇できない山だったか。

 最後のじいさんが俺にシャドー脱出を企たせるキッカケを与えてくれたな。セレビィという可能性があったから、今もこうしていられる。じいさんに感謝だな。

 

「あたしさー、ちょっと怖かったんだよねー。勝ち進んでいくヒキガヤたちを見てるのが。段々ヒキガヤの本気というものが見えてきて、あたしでは歯が立たない相手だったんだって痛感した。だから仕事と称して見に行かなくなった」

「………俺の告白を断ったのも本当の理由はそれか?」

「………そうだね。それもあるかもね」

 

 それ『も』ということはやっぱり勘違いさせてごめんなさいってことで正しいのだろう。逆に勘違いしてごめんなさいって言いたいくらいだわ。言わんけど。

 

「でもさー、今は怖くもなんともないっ。あたしも自分たちに自信を持ってるから、ヒキガヤが怖いなんて思わないよ。だからさ、………バックアップはあたしらに任せて思いっきり暴れて!」

「………ありがとな」

 

 ニカッとはにかむオリモトの笑顔は眩しかった。

 あんな話を聞かされてよく受け入れられたもんだとつくづく思えてくる。バカな奴だ。

 

「あ、お兄ちゃん!」

「ヒキガヤ!」

 

 観客席にたどり着くとコマチとサガミ俺たち二人に真っ先に気がついた。その声に合わせてぐるりと一同が首を回してくる。

 

『スターミー、ほごしょく!』

『ふっ、ニドキング、じしん』

 

 その奥からはフィールドで戦っている二人のトレーナーの声が聞こえてきた。なんか聞き覚えのある声のような…………。

 

「ヒッキー………」

「いよいよ今日だな」

「うん。………あたし、がんばる。相手が四天王でも、負けない!」

 

 ……………あれ?

 

「えっと、ユイ………さん?」

「相手、誰だか、知ってる、よな…………?」

 

 コマチとヒラツカ先生が思わず聞いちゃってる。

 やっぱり、こいつ分かってないのか?

 

「え? だからあたしの相手って四天王の人でしょ?」

「あ、ああ」

「そうだけど、えっと、ユイガハマさん? 四天王の一人がフレア団で事件のせいで剥脱されたから、この大会に向けて新しく四天王が選ばれたよね」

「うん、ヒッキーでしょ?」

「そうだけど…………今日までにハチマン以外の三人の四天王が……………」

「あ…………………」

 

 トツカの説明で、ようやく気付いたのか。

 さっきまで意気込んでいた顔がみるみる固まっていく。なんか面白いと思うってしまうのは場違いなのだが、堪えるのがもう大変である。

 

「………あたしの相手って、ヒッキー…………なの?」

「何を今更。だから『いよいよ今日だな』って言ったのに、お前は…………」

「あっはははは………ははは……………はぁぁ………」

 

 枯れた笑いが段々とため息へと変わっていく。

 

「バッカみたい。どうせ勝ち抜いたらハチマンと戦うことになるんだし、それが早いか遅いかのことじゃん」

 

 ルミルミ辛辣。

 まあ、そうなんだが。俺が負けるという可能性は考えてくれないのだろうか。

 

「ルミちゃん………、そうだよね! あたしが一番最初にヒッキーに強くなったあたしを見せられるんだもんね! ヒッキー、あたしがんばる! 全力でいくから!」

「あぁ〜、小さかったユイちゃんがここまで大きくなるだなんて。先生、感激だわ〜」

「お母さん、キモい」

「ヒキガヤくん、ルミがいじめる〜」

「だぁぁぁああああああっっ! いい大人が抱きつかないでください!」

 

ほんとこの人は!

どうしてすぐ抱きつこうとするかね。

 

『スターミー、戦闘不能!』

『くっ………戻れ、スターミー』

『さっきまでの勢いはどうした? オレを倒すのだろう? Saque』

「ッ!?」

 

 Saque…………だと?!

 それにこの口調………。

 

「ザイモクザ、今バトルしてるのは誰だ」

「どうしたのだ、ハチマン」

「いいから教えろ」

「う、うむ………。えー、今バトルしてるのは………『パパだよ』選手と『Saque』選手らしい」

「ッッ?!」

「ハッチー………?」

 

 そうか。

 ハルノから名前を聞いたときにどこかで見たような気がしたが、出場選手だったのか。確かにいたかもしれない。それに相手の『パパだよ』って奴。変なネーミングで登録してきたと思ったが、奴ならそうせざるを得ないだろう。

 

「サカキ………」

 

 フィールドを見やると黒いスーツと黒のハットを深くかぶった男がニドキングに指示を出していた。

 片や青白い顔の女はボールを投げ、次のポケモンを出してきていた。

 

「ダークライ…………」

『Saque選手、四体目のポケモンは、なんと! 幻のポケモンダークライだぁぁぁあああああああああっっ!! ピンチのこの状況、伝説の力で巻き返しなるのかぁぁぁっっ!!』

 

 あいつ、やっぱり戻ってくる気はないんだな。

 本来のトレーナーのところへ戻ったわけだ。

 

「………お前が敵になるっていうなら、俺はお前を倒すだけだ」

「ヒキガヤ、どういうことだ」

 

 つーか、二人は選手として出てるんだよな?

 だったらハルノやメグリ先輩がいつものごとく案内をしたってわけだ………っ?!

 

「ネイティオ、ハルノやメグリ先輩は無事なのか?!」

「なーにー、お姉さんのことがしんぱーい?」

「ひっ!?」

 

 ハルノのポケモンであるネイティオにハルノたちの安否を確認しようとしたら、急に背中からしなだれるように抱きつかれた。

 

「は、ハルノ………!?」

「心配性だなー。私は名前見た時点で気付いてるんだから、対策位立ててるよ」

「そ、それならいいんだが………」

 

 まあ、一番奴らを知っているのはハルノだしな。用意周到な彼女が何の対処もしてないわけないか。

 

「ユイガハマさん、迎えに来たよ」

「メグリ先輩、お疲れ様です。あの、ヒッキーが急に怖い顔になったんですけど、理由ってわかります?」

「あー、それはね。今バトルしてる女の方が昨日話したSaqueって人なの」

「「「「「「ッッ!?!」」」」」」

 

 ………どうやらサカキの方には気がついていないようだな。

 それならそれでいい。下手に知って怯えられても困るだけだ。

 

「ハルノをロケット団に誘った張本人、か………」

「ということは悪者………」

「だね。でもバトルは相手に手も足も出ないって感じだよ」

 

 そりゃ、だって。世界征服を企む悪の組織、ロケット団のボスだし。元幹部ごときに負けるわけがないだろう。

 

「それじゃあ、あの男性を応援するべきだよね」

 

 おいおいサガミ。そんな単純に応援する方を選んでいいのか? 両方とも悪人だぞ?

 

「………ヒキガヤ、あたし両方匂うんだけど」

 

 うん、やっぱり元悪の組織の一員だけあって、そっち側の人間には敏感なようだ。

 オリモトが俺にだけ聞こえるように呟いてきた。ま、未だ俺に抱きついているハルノには聞こえたかもしれないが。

 

「ああ、おそらくな。あっちもあっちで、というかあっちの方が大物だ」

「やっぱり………」

「ユイの護衛、頼んでいいか?」

「ん、分かった」

 

 短く返事だけを残し、オリモトは黒子のようにスッと下がった。

 

「ま、あっちは俺が行く方だから、様子を伺ってみるわ」

「無茶、するなよ」

「しませんって。バトル前なんすから」

「それじゃ、ユイガハマさん。いこっか」

「はい。ハッチー! 負けないよ!」

「ああ、全力でこい」

 

 ふんすっ! と気合を入れ直してユイはメグリ先輩と行ってしまった。その後ろをオリモトが音もなくついていく。

 なんか俺よりステルス性があってすごいと思ったのは言うまでもない。

 

「んじゃ、俺たちも行くか」

「…………さっきの、ちゃんと説明してね」

 

 やっぱり、オリモトと会話は聞こえていたらしい。

 歩き出すとカチャリと左腕からこすれる金属音がした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ハルノと二人、フィールド入り口へ向けて移動する間、俺はオリモトとの会話の説明をしていた。

 

「おそらくあの『パパだよ』って選手はサカキだ」

「えっ?」

「あの声にあのニドキング。それに元シャドーの戦闘員だったオリモトが反応したってことは間違いないだろう」

「そんな………、やっぱりハチマンを狙って………」

「かもしれないが、それだけじゃない気がする。昨日、Saqueとのやり取りで殺すとかなんとか言っていた。ロケット団を裏切った、というか潜入していた別の組織の幹部を片付けようとしているのかもしれない」

 

 裏切り者には容赦ないからな。

 そもそも容赦ない性格だが、一段と容赦ない。

 

「………やっぱり、ハチマンは出ない方が………」

「いや、俺は出る。ユイの成長を見届ける必要があるからな。それになんか引っかかるんだよ。ロケット団が何か企んでいるんだったらこんな回りくどいことせずに、破壊の暴挙をやり尽くしてくるだろうし。なのに、ボス自らがこんなバトル大会に参加している。どう考えてもこの大会に出る必要があったってことだろ」

「た、例えば………?」

「俺とバトルをするため、とか」

「…………否定はできないけど、それだったらいつでも奇襲をかけられるでしょ」

「サカキは元ジムリーダーだからな。意外とバトルには形式にこだわりを持っている。たまにそれが発揮されることがあるんだ」

「なんか随分と詳しいのね」

「………なんだかんだ、俺はサカキに鍛えられたからな」

 

 特にじめん技や一撃必殺はサカキに教えられたようなものだ。

 よくよく考えれば、何故サカキがそこまで手塩にかけるのか甚だ疑問になってくるな。

 

『ニドキング、ついに伝説を前に力尽きたぁぁぁああああああっ!! なんという一方的な展開! さっきまでのバトルとは一転してダークライが押しています!!』

 

 サカキのニドキングを倒したのか。

 

『しかしニドキングも健闘しましたね。眠気に耐えて攻撃を続けるなんて、相当な神経よ』

『え、ええ、そうですね』

『………ダークライを連れている人を見るのは二人目だなー』

『やれ、ドサイドン』

 

 ユキノはあのダークライが俺のところにいたダークライだって知ってるからな。コメントのしようもないのだろう。

 

「………ねぇ、長年一緒にいたダークライが敵になっちゃったみたいだけど………、どうするの?」

「………どうもしない。敵として立ちはだかるなら倒すまでだ」

「そう」

 

 ハルノの質問に答えてやると、短い返事だけを残し会話が途切れてしまった。

 

『ドサイドン、じわれ』

『かわせ』

『ドサイドン、開始早々一撃必殺を出してきたぁぁぁああああああっっ!! しかし、ダークライには当たらない!!』

 

 聞こえてくるバトル展開は音だけだが、あのダークライが負けるとは到底思えない。

 

『ダークホール!』

『ダークライ、ダークホールを………いや、これはあくのはどうだ! 黒いオーラがドサイドンに襲いかかる!!』

 

 ん………?

 言うことを聞いていないのか?

 ボールに収めていながら命令を聞かないとは………。

 恐らくダークライを使いこなせていないという証。

 

「ダークライ、お前は一体何を考えているんだ………?」

 

 長年生活を共にしてきたポケモンであるが、今のあいつは何がしたいのかさっぱり分からない。

 

「……ここで待ってて」

「あ、ああ………」

 

 そんなことを考えているとフィールド入り口に到着。ここを曲がった先からは淡白な声が聞こえてくる。

 

「貴様、どういうつもりだ!」

「ふん、それが貴様の実力だ。ドサイドン、がんせきほう」

「ダークホール!」

 

 覗いてみるとブワッと何かが頭の上を過ぎ去っていった。

 振り返るとそこには黒いポケモンーーダークライがいた。

 

「おのれぇぇぇええええええっっ!! ダークライ!!」

『ああっと、これはどういうことだ?! ダークライ、試合を放棄して戻っていったぞ!! それを追うようにSaque選手も退場していきました!! プラターヌ博士、この場合はどうなるのでしょうか!』

 

 実況の言うようにすぐにSaqueが追いかけてきて、目の前にやってきた。

 それと同時にハルノが顔を隠すように俺の背中に逃げていく。

 

「ダークライ! 貴様、なにを………!?」

 

 視界の端に俺が映ったのだろう。ようやく俺たちがいることに気づき、深呼吸を始めた。

 そして、落ち着きを取り戻すと俺たちの方へと向きを変え、口を開いた。

 

「これはこれは我が主人。大変お見苦しいところをお見せしました」

 

 仰々しい礼をしてくるSaque。これが一番胡散臭いってことを分かってないのかね。

 

「このダークライ、未だ謎が多いゆえ、私も扱いに手を焼いているところにございます」

 

 …………!?

 ダークライ………、なぜお前はそこで礼を尽くしている。

 

「ダークライ………」

「おや、そこにいるのは誰かと思えば、役立たずの裏切り者ではないか」

 

 そこにいる………役立たずの裏切り者…………?

 

「………ハルノ」

 

 やっぱりか。

 急に背中に隠れたし、会いたくない相手であることは分かっていたが。

 なるほど、自分が勧誘した駒が勝手に逃げ出し、あまつさえ計画の邪魔をしてくる。だから、こいつの中ではハルノが邪魔者でしかない。その証拠がこのゴミを見るような目だ。

 

「………き、気安く名前を呼ばないでちょうだい」

 

 いつもの気迫が全くない。

 それだけこの女はハルノの心を抉る存在だということか。

 

「我が主人。その役立たずはさっさと捨て置き、私とともに未来を創造しようではありませんか」

 

 はっ?

 何言ってんだ、こいつ。

 意味が分からんのだが。会話の脈絡がまるでない。

 と、彼女の背後に佇むダークライと目が合った。その目はまるで何かを訴えているような、そんな目をしている。

 

「Saque、といったか………」

「はい」

「俺は今から仕事があるんだ。だから帰ってくれ」

 

 ダークライの目が俺の左腕へと流れていく。

 こいつ、気付いているのか?

 

「………残念ですが、主命とあらば。ダークライ、戻れ」

 

 反抗するわけでもなく、Saqueはさっさと聞き入れた。

 こいつは本当になにを企んでいるんだ? 全く底が見えないんだが。

 

「………貴様、どういうつもりだ!」

 

 ボールから出た光をダークライは何故か躱した。

 どうやらボールに入る気はないらしい。

 こいつもこいつで一体なにを……………っ!?

 

「………そういうことか」

「あ、主人………? どういたしました?」

 

 ああ、そうか。

 ようやくダークライの意図が掴めた。

 要はここで俺たちの関係をハッキリさせようってことらしい。

 しかも俺の敵となりそうなこの女をドン底へ突き落とすことも同時にやろうとしているわけだ。

 なんてことはない。

 こいつはこいつなりに俺のために行動してくれていたらしい。

 俺は左腕に取り付けた装置のスイッチを入れた。

 

「ダークライ、どうしてお前が俺を選んだのか、ようやく分かった気がする。ぼっちって共通点もあるが、それ以上にお前、自分を受け止めて欲しかったんだな」

 

 思えばダークライは俺に自分や仲間のことについて教えてくれた。普通出会ったばかりの奴に、しかもダークライをぼっちへと追いやった存在である人間に自分の過去を見せるとか、あり得ないだろう。

 なのに、こいつはそれをやってのけた。

 それに今のこの状況。

 きっとこいつは俺に自分の状況を教えたかったのかもしれない。自分の目で確かめろと。確かめて決めてくれと。

 

「いいぜ。ずっと俺たちの関係を進めてこなかったが、お前がそれを望むなら、俺はそれを受け入れるまでだ」

 

 俺はポケットからダークボールを取り出し、左腕に装着していく。

 

「ハチマン………? なにを………?」

「来い、ダークライ!」

 

 左腕を突き出し、ボールのスイッチをダークライに見せた。

 するとダークライは飛び込むようにボールのスイッチを押した。開いたボールから光が放たれ、ダークライの身体を吸収していく。

 

「なっ!? あ、主人!? い、一体なにを?!」

 

 突然のことに驚きを隠せないでいる青白い顔。

 より一層青白くなっているのではないだろうか………。

 

「………絶望がお前のゴールだ、だとよ」

 

 恐らくダークライが言いたかったであろう言葉を青白女に叩きつけてやる。

 

「あ、主人! 我が主人! 以前立てた計画はどうするのですか!」

 

 まだしがみつくか。

 いい加減腹が立ってきたぞ。ダークライのことといい、ハルノのことといい。散々言った落とし前、今ここでつけてもらおうか。

 

「………失せろ、Saque」

「「ひっ!?」」

 

 ぎゅっと。

 背中に握り締められる感触がした。

 

「これは命令だ」

 

 ダークボールから出てきた黒いオーラが真っ青な顔に襲いかかっていく。

 

「ひ、ひぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいっっっ!?!」

 

 さすがに観念したのか、悲鳴をあげて立ち去っていった。

 と、背中が今度はものずごく震えだした。

 

「あ………」

 

 振り返ってみると全身震えたったハルノの姿があった。目には涙を浮かべている。

 これ、やっちまったパターンか?

 

「くくくっ、あははははっ! さすがボスが見込んだだけのことはあるわね」

 

 と、ハルノの後ろからどこかで聞いたような声が飛んできた。視線を上げるとこれまた見たことがあるお姉様が。

 

「………何の用だ、ナツメ」

 

 ヤマブキシティジムリーダーにして、ロケット団の幹部の一人でもあるナツメがやってきた。

 

「私たちがカロスに来た目的の一つを実行しようと思って来たのよ」

「へぇ、それは是非お聞かせ願おうか」

 

 なんかまたハルノが俺の背中に隠れたんだが。

 ナツメにまで何かされたのか?

 

「昨日、ボスが仰っていたようにあの女の排除よ」

「それなら逃げていったぞ」

「ええ、見させてもらったわ。まるで機嫌が悪い時のボスにそっくりなものだから、見入ってしまったわ」

「そりゃ、お恥ずかしい限りで」

『それでは登場していただきましょう! 最後の四天王はこの人だぁぁぁああああああっっ!!』

 

 げっ、呼んでるし。

 あの女のせいですげぇ時間食ってたんだな。

 というか結局サカキとのバトルはどうなったんだ?

 逃げ出したあの女の反則負けが妥当だろうが、というか全く実況の説明が聞こえてこなかったんだが。それだけこっちに集中していたってことなんだろうか。

 ヤバイな、一度スイッチが入るとどうも抑えが効かん。

 つーか、今こんなこと考えてる場合でもないし。早く行かないと。あ、でもハルノはどうすれば………。

 

「あれくらいで怯えるなんて、腰抜けね」

「っ!? は、ハチマン! こ、これとこれ! つけて出て!」

「はっ? ちょ、えっ? 今どっから出したっ?」

「いいからさっさとつける!」

「は、はい………」

 

 いきなり手渡された………黒いハット? と………何この黒い布切れ…………布切れ? まさかマントにしろ、とか言わんだろうな………。

 

「………これ、やっぱりマントなのか」

 

 布の端に留め具が二箇所ついていた。

 はあ………、なんでこんな恥ずかしい格好をしなきゃいかんのだ?

 

「うん、バッチリね! これで顔は見えないわ!」

 

 なに? この目を他の奴らに見せたら集団で死人が出るとかそういうことなのん?

 

「さあ、いってらっしゃい! ユイちゃんのためにも。私は大丈夫だから! がんばってね、ダーリン!」

 

 おい、さっきまで震えていたのはどこ行ったんだ。

 ナツメの挑発で普段の活気を取り戻したハルノが俺の背中を押し、フィールドへと投げ出された。

 ハルノ、覚えてろよ…………。

 




「はあ………はあ…………ちゃんと、できたかな…………」
「それはもう見てるこっちが笑いを堪えるのに必死なくらいにはできてたわ」
「………何が目的」
「歳下のご主人様にお尻を振る誰かさんの様子を見に来ただけよ」
「相変わらず、嫌な人ね」
「それはあなたもでしょ? 相変わらず可愛げがないわね」
「……………ロケット団が何を企んでいるのか教えなさい」
「………ハルノ、あなたいつからそんな口の利き方ができるようになったのかしら?」
「はぐらかさないで」
「まるで獣ね、今のあなたは。そんなにご主人様が大切なのかしら?」
「ええ、大切よ」
「……だったら、問題ないわね。ボスは彼を救うつもりだもの」
「………意味が分からないわ」
「『レッドプラン』」
「やっぱりあの計画が関わってるのね。あの頃の私が恨めしいわ」
「あなた、何か勘違いしているようだけど、『レッドプラン』を利用したのにも理由があるのよ」
「最強のポケモントレーナーを作る、でしょ」
「やっぱり勘違いしてるわね。そもそもどうして彼だけが被験者になったのか、考えたことある?」
「ハチマンだけが被験者…………?」
「彼、いえ彼とリザードンは特別よ。『レッドプラン』を必要としたのも元はといえばリザードンの方に原因があるのだから」
「………どういうことかしら? それではまるでリザードンのためにハチマンが『レッドプラン』を受け入れたという風に聞こえるのだけれど」
「そのままよ。彼のリザードンはミュウツーのような最強のポケモンを今いるポケモンの中から作り出す計画『プロジェクトM’s』の第一被験者でもあるのよ」
「ッ!?」
「どうやらその顔は知らなかったという顔ね」
「じゃあ、あの暴走も…………」
「暴走? ああ、昨日のことかしら。ええ、そうよ。ボスが態とリザードンが暴走するように刺激を与えたのよ」
「ッ?!」
「彼のリザードンは元々、ロケット団の科学者たちがクチバの研究所で薬を投与していたヒトカゲなのよ。研究所を脱走して、保護したのが彼。一度オーキド研究所に預けられたけれど、後に彼のポケモンとなったというわけね」
「じゃあリザードンはハチマンのポケモンとなる前から…………」
「そうなるわね。ただ巡り合ったトレーナーがよかったものだから、暴走は長く起きることはなかったわ」
「………過去に二度、かしら?」
「ええ、ボスの話では二度ともあなたの妹が偶然にも止めているわ」
「偶然じゃないわ。ユキノちゃんは唯一ハチマンを止められる存在よ」
「………どういうことかしら?」
「ユキノちゃんがハチマンと同じってことよ」
「……………ハルノ、あなた………」
「全ては私の計画が引き起こしたこと。だから悪役になるのは当然でしょ」
「………………」
「そう思っていたのに、リザードンの方にも原因があるだなんて………。ユキノちゃんに申し訳ないわ」
「バカね、ほんとバカ………………」

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