カロスポケモン協会理事 ハチマン   作:八橋夏目

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0〜4話 後編

 なん、なのよっ!

 あんのバカ!

 なんでうちがこんな泥臭い仕事しなきゃなんないのよ!

 しかもなんでよりにもよって知らない人と一緒にやらなきゃなんないのよ!

 誰よ、あの二人。

 うちの知らない間に新しいのを二人も引っ掛けてきやがって。

 ほんっと女に対してだらしなさすぎるでしょ!

 みんなもあんな奴の何がいいって言うのよ!

 

「うひゃー、全然進まないねー」

「そりゃ、ここ一帯を整備だからね。さすがに広すぎるでしょ」

 

 名前なんだっけ?

 オリ………オリ……そう、オリモトさん!

 それともう一人ナカマチさん。

 彼女たちもまた別件でカロスに来ていて、それをあのバカがまとめて解決しちゃったらしい。そして目的もなく暇を持て余していたところをあいつに雇われたんだとか。

 

「でもここであたしらのポケモンの面倒も見てくれるんでしょ?」

「見るのも私たちだけどね」

「ウケる」

「サガミさんも大変だね。ここの責任者にされて」

「え、あ、うん、そう、だね………」

 

 ふぇぇええええええっ。

 助けてディアンシー!

 一体何にウケるっていうの?!

 いきなり話振られても困るんだけどー!

 

「あーもー、疲れたー。一旦休憩しよー」

「はいはい、あんたは自由すぎ。まあ、でも。一息いれるのには賛成かな」

 

 うちらは今、とある仕事を与えられている。

 それは4番道路を東に抜けたところ、ミアレシティの南東部周辺エリアを開発することだ。開発って言ってもそんな大層なものじゃない。ただポケモンたちが住みやすいような環境に揃えるというだけの話。後は柵などを立てて敷地をはっきりとさせるだけなんだけど………。それが異常に広いのだ。どうしてあのバカはこんな無理難題を押し付けてきたのだろうか。

 事の発端はあいつが「育て屋でもするか」なんて言い出した事だ。そこから話が転じて自分たちのポケモンたちを一箇所に集めておこうということになり、現在に至る。要は連れ歩けないポケモンたちをここで世話しようというのだ。

 まあ、それはいい。それはいいよ。うちの知ってるあいつが言いそうな事ではある。ただ問題なのはなんでこの三人なのかってことだ。

 うち、あの二人のこと何も知らないんだけど!

 ほんと誰なのよ!

 元シャドーにいた奴ら、なんて説明されてもそもそもシャドーなんて聞いたことないし!

 調べたら、シャドーは悪の組織だって言うじゃない!

 そんなの人目のない今、うち大ピンチじゃん! どうしてくれんのよ!

 

「サガミさーん……ってやっぱ、まだ信用してない感じ?」

「え、あ、や、そういう、わけじゃ………」

 

 ちょ、そういう聞き方しないでよ。答えづらいじゃん!

 

「まあまあ、実際あたしら恐れられるようなところにいたんだし、仕方ないって。ただそれを言ったらヒキガヤもだからねー。というかあたしらよりもよっぽど恐ろしいと思うよ」

 

 恐ろしいヒキガヤとかウケる、とオリモトさんはけらけら笑っている。

 分かっている。彼女たちは別にうちに襲いかかってこようなんて考えていない。はっきり言って普通の人たちだ。彼女たちの言う通り、もっと恐ろしい存在が近くにはいるんだから、彼女たちをあいつ以上に恐れているのは間違っている。

 でも、なんか………。

 

「にしてもヒキガヤいないと暇だなー」

「あんた、どんだけ好きなのよ」

「いや別に好きってわけじゃないから。ヒキガヤと恋人とかないわー。友達くらいならいいけど」

「本人聞いたら泣くと思うよ。一応告白されたんでしょ?」

 

 そうなのだ。

 多分、そこに引っかかっているからなのだ。

 件のあいつ、ヒキガヤハチマンは以前オリモトさんに告白をした経験を持つ。振られたらしいけど、そんな二人が今普通に話している姿を見て、うちの中で何かモヤモヤしたものが生まれた。これが何なのか分からないけど、気になってしょうがない。

 それが災いして彼女たちの目を見られないというのがうちの現状である。

 

「…………その、なんで付き合わなかったの……?」

「ん? 告白の話? そりゃーだって、シャドーにいた頃だよ? 別にそういうつもりでヒキガヤと接してたわけじゃなかったのに、いきなり告白されたら誰でも焦るって。楽しくなかったか、って聞かれたら楽しかったけどさー、付き合うとか考えたこともなかったし。てか、あたし男装してたし。男装と恋人とかただのBLじゃん」

「大丈夫じゃない? 一部の人たちからは喜ばれると思うよ?」

「いや、それはマジでウケないでしょ。あたし、これでもピュアな女の子だから」

「ピュアな女の子………ないない」

 

 そもそもヒキガヤが告白とか全く想像ができない。

 や、今でこそ周りがあんなんだから甘くなってはいるけど、戦闘モードに入った時のあいつの目は怖かった。特に敵に対しての目は尋常じゃない。一度向けられたうちが言うんだからそうなのだ。

 

「今と昔じゃ状況も違うんだから受けてあげたら?」

「本人にもうその気はないって。それにあたしはほら、そういうんじゃないしさ」

 

 そういうんじゃないってなに………?

 結局彼女自身にはその気があるってことなの?

 

「チカも分かってるでしょ。あたしとあいつとじゃ住む世界が違う。こうやって表に出られただけで他に何も望んじゃダメなんだよ。また、間違えるから」

 

 間違える………。

 一体何をとは聞けない。

 だって、それはうちの知らない世界の話だから。うちが聞いたところで何も言えないから。

 でも、これだけは言える。

 

「………間違っても、あいつはちゃんと正してくれる………と思う」

「…………………」

「…………………」

 

 なんでそこで黙るのよ。

 何か言ってよ!

 

「……そっかそっか、ミナミちゃんもこっち側に足を踏み入れそうになったんだね」

「……それを彼が助けてくれたと。できた話だなー」

 

 ちょ!?

 なんなの二人とも!?

 なんでそんなニヤニヤによによしてるの?!

 気持ち悪い顔になってるんだけど!!

 

「ケッ」

「いったぁ?! ちょ、何すんのよ!?」

 

 何故かドクロッグに頭を叩かれた。

 みんなしてなんなのよ!

 

「「まあまあ、その話、くわしくっ」」

 

 だから顔を近づけるなっ!

 あーもう、ヒキガヤのバカぁぁぁ!!

 あんたのせいで結局うちのポジションがいじられる方に決まっちゃったじゃない!!

 

「絶対、絶対話さないんだからーっ!」

 

 …………結局、全て吐かされてしまった。

 お返しにカオリちゃんたちの話も聞かせてもらったけど、最終的には何故かうちがいじられていた。

 もう、なんなのよっ!

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ビビヨン、サイコキネシス!」

「デンリュウ、パワージェム!」

「ビビヨン!?」

 

 ふぅ、勝った。

 

「ビビヨン、戦闘不能! よってイロハちゃんの勝ち!」

 

 デンリュウ一体で勝っちゃった。

 もちろんメガシンカはしていない。

 

「………とほほ、みんな強すぎ………」

 

 今日でハグダンシティに来て三日目。

 初日はコマチちゃん、二日目はユイ先輩、そして三日目の今日、私がジム戦することになっていた。

 そして今、三人が三人同じジムバッジを手にしている。

 まあ、ユイ先輩はふんじんを使われてウインディが酷い目に遭っていたけど。それでもタイプ相性とか、ちゃんと考えられているバトルをしていたのだから、さすがはユキノ先輩だ。最初のバトルなんてそりゃもう酷かったもん。

 

「はあ………、ハチマンくんに何言われるかなー」

「大丈夫ですよ。私たち以外に負けたら何か言うかもしれませんが、そもそもそんなみみっちいことしませんって。先輩の懐はそりゃもう広いですから」

「まあ、お嫁さんを四人も抱えるお兄ちゃんだもんねー」

「えへへへー」

「………正確には誰も結婚なんてしてないけどね。みんな自分で言ってるだけだから」

 

 ユイ先輩。それを言うのはなしですよ。

 ユイガハマユイ先輩。

 私がスクールにいた頃の先輩であのハヤマ先輩たちと同じ学年。あの頃は羨ましいと思ったし、一緒に旅もしてみたいなー、なんて思っていた。

 だけど、今じゃハヤマ先輩に夢中、なんて自分はいない。ただのお友達感覚だ。カロスに来てしばらく一緒に旅をしていたのも『お友達のお誘い』だったから。別に楽しいからいいんだけど。なのにとある先輩にはお熱になってしまっている。特にかっこいいわけじゃない。何なら目が濁っているというか、いい印象すらない。それでも何故か惹かれている。

 

 

 

 私がまだトレーナーズスクールにいた頃の話。

 私の一つ上には「最強の二角」と呼ばれるユキノシタユキノ、ハヤマハヤトという二人の先輩がいた。今のあの二人である。ユキノ先輩のお姉さんーーはるさん先輩ーーの言い付けらしいけど、二人は毎日のように放課後ポケモンバトルを繰り広げていた。なのにその二人に、というかユキノ先輩に悲劇が襲った。

 新学期が始まる半月前のある日、彼女のポケモンであるオーダイルが暴走したのだ。そして、その日を境にして二人が対戦することは全くなかった。

 そこには一人の男子生徒の姿があったらしい。何でも、オーダイルの暴走を止めた男子生徒がいたのだとか。当時は既に最上級生が卒業しており、実質ユキノ先輩たちが最高学年であったため、オーダイルの暴走を止められる程の強さの男子生徒は彼女たちと同学年だと思った。後に本人に会うんだけどね。

 でも確かに私のポケモンが暴走しちゃったら、トラウマもんだと思うし、ユキノ先輩がハヤマ先輩とのバトルを避けたのも分からなくもない。分からなくもないけど、もう少しハヤマ先輩を見てあげて欲しかったとも思う。勝手だけど。でなければハヤマ先輩が壊れることもなかったと思うから。

 だけど、ユキノ先輩はそれだけで済まされなかった。だからもう距離を置くしかできなかったんだろうね。

 オーダイル暴走の一週間後に新入生を呼び込むためのイベントと称したポケモンバトルのトーナメント戦が開かれたのだ。もちろん、「最強の二角」さんたちも奮って参加した。トーナメント戦では順調に二人とも勝ち進んでいき、決勝は二人のバトルになるだろうと誰もが思っていた矢先ーー………。

 

 ーーーハヤマ先輩が負けた。

 

 それは衝撃的だった。

 今まで、ハヤマ先輩が負けるのはユキノ先輩とのバトルにおいてだけ。それも勝ちもしたり負けもしたりの均衡戦。他の人たちとバトルをしても例え相手がタイプの相性が悪かろうが絶対に勝っていた。そんな無敵のハヤマ先輩が、「その他大勢の生徒」としか認識されなさそうな男子生徒に負けたのだ。ショックなんてものじゃない。棍棒で頭を打たれたような鈍い痛みが身体の中を走った感じだった。

 だが、別にそのバトルが手抜きしたようなものでもなかった。ハヤマ先輩はリザードンをパートナーとしていて、相手の男子生徒もまさかのリザードンをパートナーとしていた。ユキノ先輩やハヤマ先輩は私たちとは別次元の強さを誇っており、このバトルも同じリザードンだからと言って、ハヤマ先輩がすぐに倒してしまうだろうと会場の皆がそう思っていた。なのに、いざバトルを始めるとハヤマ先輩のスピードについてくるわ、弱点を突いてくるわで二人は同じ次元でバトルをしていたのだ。見ているこっちは頭が全くついていけてなかった。だって、ハヤマ先輩がガチな方の目をしていて、それでも倒せない相手。それどころか、攻撃を普通に躱されていたのだ。その時点で既に有り得ない光景だった。でも、それ以上のことが最後に起きた。相手のリザードンが炎の渦に包まれたかと思うと一瞬にして距離を詰め、ハヤマ先輩のリザードンを倒してしまったのだ。

 

 そう、彼はハヤマ先輩とのバトルで一つ上の次元に昇ってしまったのだ。

 

 

 それは綺麗で美しい炎だった。

 

 それは熱く猛々しい炎だった。

 

 それは目に焼き付いて離れない炎だった。

 

 それは私の人生を変えてしまった炎だった。

 

 

 私は彼に興味を惹かれた。ただ純粋に憧れた。

 ポケモンバトルの奥深さを魅せられた感じだった。

 だからだろう。その後の決勝戦も私は彼に釘付けだった。当然、決勝戦での相手はユキノ先輩。彼にとっては相性の悪いオーダイル。でも彼が負けるような未来が見えなかった。独創的なバトルを組み立て、その都度臨機応変に対応してくる彼は純粋に凄いトレーナーだと思った。だけど、彼もユキノ先輩もツイてないようでオーダイルが再び暴走してしまった。なのに、彼はそんな状況ですら既に見越していた感じだった。オーダイルが暴走し出したと分かると真っ先にユキノ先輩の保護へと駆け出し、リザードンがオーダイルのドラゴンクローの爪の間に自分のドラゴンクローの爪を通すという、何とも器用なことをして食い止めた。その間、彼はユキノ先輩に何か話していたが、流石に連戦で体力を消耗していたリザードンが振り切られ、彼はオーダイルに攻撃された。よくは見えなかったが、音が結構な感じでヤバかった。今でもあの音を思い出すと彼のことが頭の中を過る。それくらいの連鎖性を私の中に植え込まれている。あの音だけはちょっとトラウマ。

 その後、流石に彼もキレてオーダイルを自ら殴った。そして、彼はその場に倒れ、ヒラツカ先生に運ばれていった(多分、保健室へ)。

 ーーーまったくもう、思い出しただけでかっこよすぎですよ、先輩。

 これがハヤマ先輩だったら抱きついてましたからね。

 ………あれってそういえばその翌日だったっけなー。

 昼休みに渡り廊下でオーダイルと先輩を見かけたのだ。終始オーダイルが無言なのが変な感じだったのを覚えている。

 で、その日の放課後。

 先輩がヒラツカ先生と校庭でバトルをしていた。

 ルールはよく分からないが、遠巻きながら見ていた限り何でもありだったらしい。だって、先生が一生徒相手に二対一でバトルしてるんだから容赦なんてものは全くないでしょ。なのに、先輩は動じることなく対処していたんだよ? というか攻撃の躱し方が上手いのなんのって。サワムラーの蹴りを着地がカイリキーのところに行くようにタイミングを合わせて躱すとか、当時の私には想像もできなかったバトルだった。何をどうしたらあんなに上手く立ち回れるのか分からないし、しかも自分の身体じゃない、ポケモンを上手く回避させているのだ。そして平然とした先輩の顔がさらに技術の凄まじさを掻き消し、逆に恐ろしく見えた。

 だけど目は離せない。

 何故か審判をしているユイ先輩も息を呑んで魅入っていた。ツルミ先生に連れられてきたハヤマ先輩とユキノ先輩も静かに見ていた。なんか黒髪の小さい女の子もいるけど、ツルミ先生に似ていたし、もしかしてルミちゃん、だったのかな………。

 

 ーーー先生たちはこのバトルを見せて何かを伝えようとしているのだろうか。

 

 そんな考えが当時頭を過ぎった。

 それにあのメンバーは一体…………。

 まさかとは思うけど、私まであのメンバーに入ってたりはしないよね?

 

『ふんっ、生意気な戦い方をする』

 

 あーそうだ。

 この時、初めてヤドキングと会ったんだった。

 ふと、どこからかそんな声が聞こえてきたのだ。聞こえてきたというよりは頭を過ぎったと言った方が合ってるかもしれない。

 気配を感じて横を見るとヤドキングが立っていたんだよ? 怖くない? ねえ、怖いよね?

 それにあの仁王立ち。格好いい筈なのにヤドキングだとちょっと残念感が凄かった………。本人に言ったら泣かれそうだからそっと心に秘めておこう。

 

『自分の実力を把握して、無理な攻撃には移らない。極力相手の動きを使って隙を作る。何ともムカつく野郎だ』

 

 何故か私に聞こえるようにそう言ってきたの。

 というかそもそも何でヤドキングが喋ってるわけ?! ポケモンって喋れるの?! て、もう頭の中ぐちゃぐちゃ。

 いろんな意味でヤドキングはインパクトが大きい。

 で、その横にはなんと!

 長い顎髭が特徴の校長先生ーー驚きなことに私のおじいちゃんだったーーが立っていたのだ。

 なんで身近にいたっていうのに言ってくれなかったんだろう。確かになんでおじいちゃんと会った記憶がないのかなーって思ってはいたけどさ。酷くない?

 それからおじいちゃんとヤドキングとで先輩たちのバトルを見ていた。途中ヤドキングが鼻息を荒くして顔を近づけてきたり、お尻触ってきたりした。今と変わりないことに驚きである。

 その後先輩は無事勝った。そしてユイ先輩がパンツを見られたり、三日後に校長先生と彼のバトルが決定したりとあの人も大変だなーと見ていたのを覚えている。

 でもね、さすがにね。おじいちゃんが六体も出してて、あれをリザードン一体で倒せるとは思えなかったよ。

 ねえ、特例の卒業ってあれが普通だったりするの?

 

 

 

 イベントから二日後。

 スクール内の先輩の話題は消えること知らない。当然だよね。だって先輩は「最強の二角」の二人ともを倒しちゃったんだから。ただ、主に上級生の間で話が飛び交い、下の学年になるにつれて情報の格差が見られた。それでもおかしな話、誰一人として先輩の名前を覚えている者はいなかった。そして、それは私も例外ではない。

 まあ、そんな噂の波に漂ってるうちに一時間目となり朝から体育という重労働を課せられた。せっかく噂話でテンションが上がってたのに、一気に憂鬱な気分へと駄々下がり。おまけに転けて膝を擦りむくというね。で、保健室に行ったら行ったで先生いないし。いるのはソファーでうつ伏せで寝ている男子生徒が一人。音を立てずに部屋の中へと入り、ソファーの前にある丸椅子に腰を落とす。ソファーと丸椅子の間にある白いテーブルの上には、彼のだと思われるカバンが無造作に置かれていた。じーっと観察していると制服の左肩部分が破けているのに気が付いた。こんな時間にこんな所で授業をサボってるんだから不良さんなんだろうか。だけど、その認識は彼がいきなり口を開いたことで覆った。

 ………さすが先輩。いつでもブレないそのシスコン。尊敬に値しません!

 ちょっと意外な内容だったというのもあるけど、いきなり口を開いたという驚きもあり、つい私は応答してしまった。だけど、先輩は漸く私がいたことに気付いたようで、声が少し慌てていた。というかキョドリ方がキモかった。でも私は持ち前のコミュ力でそれは顔には出ないようにした。昔の私ってえらい。そしてさすが先輩。今も昔も反応が一緒である。

 話していると保健室に来た理由を聞かれたので擦りむいたこと教えたら、いきなり立ったかと思うと消毒液と脱脂綿と絆創膏を持ってきてくれた。勝手に持ち出していいの? とも思ったが、先輩に諭されて手当てをしてもらった。消毒液が急に沁みたため、つい先輩の頭を掴んでしまい、涙目になってる自分をみられたくなくて、そのまま彼の頭をがっちりホールドしてるとふわりと私の頭の上に温かい感触がした。それは先輩の手で、「初めて」家族以外の男の人に頭を撫でられた瞬間だった。突然のことで私は素っ頓狂な声を出してしまい、いつもの私はどこかへと消えていた。

 うへへ〜、思い出しただけでまた撫でて欲しくなってきた。あのあったかい感触が忘れられない。病みつきだ。先輩、責任取ってください。

 その後ツルミ先生が入ってきて、先輩の傷を見せてもらったりもしたけど、あの人人間なんですかねー。ほぼ完治状態とか治り早すぎじゃないですか? じこさいせいでも使えるんですかね………。

 それから三日経って、校長と先輩のバトルの日がやってきた。

 やってきたのはいいのだけど、あの時の私はとてもピンチだった。何故かヤドキングに追いかけられていたのだ。事の始まりはまたしても一時間目の体育である。後片付けをしているといつの間にか私だけが取り残されていた。や、別にいつものことだから何とも思わないんだけどね。いつも尻尾を振ってきていた男子たちも手伝っちゃくれない。その程度のものだったってだけのことだしね。ただその時はそれが仇となってしまったのだ。一人片付けをしているところにヤドキングがひょっこり現れた。それからは追いかけ回されているというね。鼻息を荒くして興奮状態になっている。やっぱり可愛くさりげなく去ろうとしたのがダメだったのかなー。身の危険しか感じなかった。

 かと言って既に二時間目が始まっており、廊下には人気がない。聞こえてくるのは教室からの声とヤドキングのうるさい足音のみ。助けを求めればよかったんだろうけど、おじいちゃんのポケモンだしね。下手に人数を増やす方が却って被害が増すと思って呼べなかったの。ピンチでも周りを機にする私ってえらい。ヒラツカ先生でもいればよかったんだけどなー。

 だから私は逃げることにした。だってその日は先輩と校長とのバトルの日。このままサボってバトルの様子とか見れちゃったり、とかいう甘い考えが私の中にあったりしたのだ。

 正直、あのイベントの後から授業に対して身が入らなかった。あんなバトルを見せられたら今やってることもバカバカしく思えてきたのだ。友達だ勉強だポケモンだ、なんかそういうのが全てどうでもよくなってしまった。一つだけ例外を上げれば先輩のバトルをもう一度見たいってだけ。あのハヤマ先輩もユキノ先輩もヒラツカ先生までもが勝てなかった先輩がどれほどの強さなのかこの目で見ておきたい。そんな思いが私の中を渦巻いていた。

 そして、ヤドキングから逃げ回っていたら都合よく先輩と会ってしまった。まあ、その横にはユイ先輩もいたんだけどね。

 どうやらすでに卒業試験が始まっていたようで、ヤドキングもお仕事の最中だったらしい。放棄してるようにしか見えないよね。

 その後脱出の際に先輩が綺麗な石を落としたのだ。それを拾い上げた私にくれたんだけど、まさかそれがキーストーンだとは当時全く考えもしなかった。そもそもメガシンカの知識がなかったのだから仕方ない。綺麗な石なのと、先輩との思い出の品ってことで身につけていた。ユイ先輩も何か欲しいっておねだりして制服の上着を渡されていて、ちょっと羨ましいとか思ったり思わなかったり…………うん、思わなかった。全然思わなかったんだからね!

 

「私はユイ先輩みたいに変態じゃないもん!」

「へっ? な、なにいきなり?! イロハちゃん、どういうこと?!」

「ふぇ?」

 

 あ………。

 トリップ、してたみたい………。

 

「イ〜ロ〜ハ〜ちゃ〜ん?」

 

 こわっ?!

 ユイ先輩こわっ!?

 

「ごめんなさいごめんなさい先輩の制服の上着の匂いを嗅いでいたユイ先輩を思い出して羨ましいとか思ってないのでごめんなさい!」

「ちょ!? それいつの話だし!? というかそれただの変態じゃん!! あたしそんな変態じゃないし!!」

 

 あ、なんか機が動転して口走っちゃった。

 コマチちゃんがすごい目で見てる。

 よし、ここはこのまま押しきろう。

 

「ごめんなさいごめんなさい私もこの胸が欲しいとか思ったりしてるので、分けてくださいいただきます!」

 

 先輩の時と同じように早口で捲し立てて言いたいことを言っていく。

 私、何言ってるんだろう…………。これじゃ私も変態だよ。

 

「ふぎゃ!? いいいいイロハちゃん?! なんなの、いきなり!? あたし、ヒッキーじゃないからいつものクダリいらないよ! って、うひゃ!?」

 

 顔を真っ赤に染めたユイ先輩の二つのお山に飛びついた。ぐりぐりと頭を丘に押し込んでいく。

 

「ふへー、なんか落ち着きます」

 

 大きいことはいいことである。

 私もこれくらい成長して先輩の顔をぐりぐりしてみたい。

 うわ、もうこれ完全にアウトな発言だ………。

 

 

 もう、これはあれだね。

 先輩、帰ったらこの責任、と後ついでにかわいい私でいることに冷めてしまった長年の責任、ともう一つ。私をここまで本気にさせて責任、取ってくださいね。ハ〜チマンくん!

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ああーっ、もうっ! 三日も経ったのに全然終わる気しないんですけどー!!」

「うわっ、どしたの、ミナミ」

「だって、だってぇ………もう腰痛いし、腕痛いし…………ヒキガヤの顔見てないし……………」

「あ、ここにも相当彼のこと好きなのがいたんだった」

「ウケる」

「ウケないよ!」

 

 もういやーっ!

 せめて顔くらい見せなさいよ、うちらを労いなさいよ、ヒキガヤのバカぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」

 

「ミナミの遠吠え、超ウケる」

「だからウケないって!」




一人だけ長いのは割と初期の頃にスピンオフ一人目として途中まで書き残していたからです。
それとおそらくみなさんの中では「あれ? こっちはやらないの?」ってキャラもいることでしょう。本編でもハチマンの近くにいるので書かなかっただけです。書いたらキリないですし。
それでも一人、書けなかった子がいるので、どこかで挟みたいと思います。


では、来週からいよいよ本編です。

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