カロスポケモン協会理事 ハチマン   作:八橋夏目

36 / 46
長らくお待たせしました。
続編の方、再開です。


29話

 ポケモンリーグ五日目。

 清々しい朝、というわけでもなく天気は曇り。

 曇天の空は今にも雨が降りそうな重たさを感じさせている。

 

「…………記憶は、俺がそう願ったからだったんだな」

 

 夢により思い出した過去。

 それは何とも血に塗れたものだった。

 さすがにあんな記憶は忘れたままでいたかった。だけど、そういうわけにもいかない。俺は俺たちの力から逃げたんだ。だがら向き合わなければならない。

 それに甘い考えかもしれないが、何故か暴走を止められるユキノがいる。恐らくアレがハルノがユキノに託した力なのだろう。

 

「ユキノだけじゃない。今の俺たちには仲間がいる」

 

 俺は起き上がって、キッチンへと向かった。

 まだ起きている奴は少ないだろう。

 

「あら、ハチマン。おはよう」

 

 と思っていたが、やはりこいつは早起きである。

 

「おはようさん、ユキノ」

 

 エプロン姿を見るに朝食を作っているのだろう。

 

「それで、思い出せたのかしら?」

「ああ、全部思い出した」

「そう」

 

 隠してるつもりなんだろうが口角が上がってるぞ。

 

「…………お前、こっちで初めて会った時、俺のこと知らないとか言ってたくせに、どんだけ俺の後を追っかけて来てたんだよ」

「〜〜〜ッ!? そ、そそそれはアレよ。アレがアレだから」

「言い訳が思いつかない俺かよ」

 

 ユキノもデレのんになると語彙力低下するよなー。

 ハルノの幼児化とはまた別ののパターンをお持ちのようで。

 

「………記憶を全部失くしたあなたに会うのは初めてだったのよ、バカ」

「じゃあ、何か? 俺にツンケンしてたのも俺が記憶を自ら捨てたからか?」

「そ、そうよっ! 全部、全部あなたが忘れてしまうのが悪いのよ。それなのにこっちに来てからも記憶をまた失くすかもとか言われて、正直世界なんてどうでもいいとさえ思ったわよ!」

「そうか、悪かったな………」

 

 ほんとにね。

 あそこまで追いかけて追いかけてやっと辿り着いたと思ったら記憶捨てます、だからな。んでもって、偶然か必然か、このカロスで再会して記憶を取り戻しつつあるとか言ってたくせに、また失くすかも、だぞ?

 過去の俺、仕方がないとは言え、やり過ぎだな。

 

「ほんとよ。悪いと思うならここで誓いなさい。絶対記憶を失くさないで」

「ああ」

 

 それはもちろん。

 今となっては大事な記憶だ。大事だと言えるまで俺の中で受け止められるようになったのか、それとも大事だと思える記憶で塗り潰されたのか。そんなのは俺にも分からないが、捨てたくない、失くしたくないというのが本音としてある。

 

「朝からラブラブですなー」

 

 げっ、ハルノ………。

 気配を消して現れるんじゃありません。しかも冷蔵庫からひょっこり顔を出すとか、かわいいじゃねぇか。

 

「ね、姉さん!?」

「おはよう、ハチマン。全部、思い出したんだね」

「おかげさんで」

 

 そういえば。

 ハルノは、あの時ハチ公が俺だってこと気づいていたのだろうか。

 

「なあ、ハルノ。ロケット団の討伐部隊組んだ時、ユキノと喧嘩してたりしてたけど、あの時ハチ公が俺だってこと気づいてたのか?」

「…………知らなかったわよ。なんか途中からハチ公とか黒マントとか白アーマーとか、ロケット団が口走っていたけど、それがあなたたちだったなんて思いもしなかったわ。あれから協会内でも忠犬ハチ公の名前は噂されてたけど」

 

 へぇ。

 やっぱり知らなかったのか。

 ということは、ユキノから聞いていたリザードン一体でカントーリーグを優勝した奴と忠犬ハチ公が同一人物だと気づいていなかったわけだ。

 

「…………ハチ公だって知ったのは?」

「………………こっちに来てから」

「ぶふっ!」

 

 ユキノが吹いた。

 え? なに? どしたの? 今の笑うとこだった?

 

「ちょ、ユキノちゃん?! 何で笑うのよ!」

「だって、姉さん、仮にも自分の計画の被害者だって言うのに、最初、全く覚えてなさそうだったんだものっ。おかしくもなるわっ」

「くっ………、いいよねー、ユキノちゃんはー。ずっーと、昔からずっーとハチマンにくっついていて」

 

 拗ねた。

 ハルノが拗ねた。

 うん、拗ねたハルノもかわいい。

 

「…………一緒にいるからこそ、辛いことの方が多かったわ」

「………それ言われちゃうと何も言えないんだけど………」

 

 やめて!

 なんか心が抉られるから、そっと俺を出すのやめて!

 よし、話題を変えよう。

 俺から話題の提供とかどこのハヤマさんですかね。今俺超リア充してるな。

 

「なあ、なんかどうもユイやイロハも何度か助けてたみたいなんだけど」

「あら、それは初耳ね」

「どうして助けたの?」

「どうしてって、そりゃトキワシティでロケット団の人質になったり、クチバシティでチンピラの暴動に巻き込まれたりしてたからとしか…………」

 

 何もなかったらそもそも助ける必要もないだろ。

 

「因みにその時ハチマンはどんな格好してたの?」

「黒マント」

「あー、じゃあ気づいてないだろうねー。二人ともいろいろ話してくれたから知ってるけど、イロハちゃんはうろ覚えって感じで気づいたらヤドキングがいたって」

 

 話しちゃったのか。

 イロハはいいとして、ユイは覚えてそうだしなー。

 

「そりゃ記憶食ったからな」

「ユイちゃんもアレだよ? 黒いマントのヒッキーがリザードンでドドーン! ってやっちゃったって言ってた」

「それ思っきし俺だって認識してるよな。あいつ、んなこと一言も言ってなかったぞ」

 

 覚えてるレベルを超えていた。

 やはりユイはそういうことに関して強いようだ。

 

「忘れてる人に言ったところで寂しいだけだもの。言うはずがないわ」

「へいへい、俺が悪うございました」

 

 ユイって俺のこと、どんだけ見分けつくんだよ。

 ちょっと変装でもして確かめたい気分だ。

 ああ、だからといって外ではやらないぞ。どんな目で見られるかなんて想像できてしまうからな。

 

「あとは、何かあった?」

「シロメグリ先輩のあのほんわかした感じが今尚変わってないことに泣いた」

「メグリは昔からああだからねー」

 

 いやー、あの人歳とらないよな。

 俺の一個上なはずなのに、俺より歳下に感じてしまう時がある。まあ、見た目の問題だけど。中身は俺以上に大人です。何ならヒラツカ先生よりも大人なんじゃないだろうか。

 

「他には?」

「何だよ、まだ話せって言うのかよ。いいけどよ。あー、キモリを拾って遊ばせたらむちゃくちゃ強かった」

「キモリってあのジュカイン?」

「そうそう、あいつ帰り際に約束したことを律儀に覚えていたのか、俺しかトレーナーとして認めなかったみたいだし。というか俺のポケモンになるべく修行をしてたみたいだし」

「だから言ったじゃない、罪な男ね」

「あの時絶対違う意味で言ってたよな、ユキノ」

「さあ、どうかしら」

 

 うん、伝説のポケモン倒してますからね。

 そんなのを相手させられたら、強くもなるってな。つか、他が弱く感じてしまうまである。

 

「まあ、でも。野生のポケモン拾っておいて、トレーナーとして指示も出してあんな体験をさせていれば、あなたしか認めないわよ」

 

 デスヨネー。

 うん、俺も分かってた。

 なんであんなインパクトのデカい体験させちまってるんだよ。そりゃ、トレーナーを俺しか選ばなくもなるっての。

 

「えっと、お姉さんにも分かるように説明して欲しいんだけど」

「あいつ、バトルフロンティアでレジロック相手に相打ち取ってるんだよ」

「…………それってアレかしら?好き勝手暴れては好き勝手に行動して、連絡すら誰も取りようがなかった忠犬ハチ公の時かしら?」

「…………根に持ちすぎだろ」

「…………それはハチマンが悪いわね」

 

 そんなに好き勝手やってたか?

 招集があれば必ず参加するし、会議の内容も聞いてもないのにユキノから聞かされるし、ロケット団には一番恐れられてたし。やることやってると思うんだけどなー。

 それに………。

 

「何でだよ、毎度毎度人の血見てたら頭おかしくなっても普通だろ。むしろそんなんでどうにかなってた俺を褒めてほしいくらいだ」

「しれっと危ないことしてるじゃない。そういうところよ」

「やったのは俺じゃない、白アーマーの方だ」

 

 俺といたんじゃあの暴君様のプレッシャーに気圧されてるだろうし。おまけにダークライもいるんだ。常人が正常にいられるわけがないんだ。だからこそ単独行動をとってたってのもある。

 まあ、俺も例に違わず狂っていたがな。血を見過ぎたせいだけど。

 

「………結局、その白アーマーって誰なのよ」

「ユキノ、覚えてるか?」

「何をかしら? 5の島の倉庫でミュウツーに襲われて、ハチマンがハチ公で、私たちをテレポートさせて証拠隠滅したことなんて、これぽっちも覚えてないわ」

「覚えてんじゃん。超覚えてんじゃん」

「その後アルフの遺跡で共闘してたなんて口が裂けても言えないわ」

「いやもう裂けてるから」

「で、シルヴァディって何?」

 

 何だよ、皮肉を口にしたかと思えば唐突に質問とか。

 ちょっと返す言葉を選ぶ間を下さい。

 こんなんでもやっぱ俺は俺なんだから、会話とか超苦手なままなのよ?

 

「唐突だな。アレはあの場で考えた偽名だ。彼の暴君様はバレると面倒い奴だし」

「ハチ公とミュウツー………トンデモナイコンビだったのね」

「いや、コンビ組んでたのダークライの方。俺はリザードンと後ろからちまちまとやってただけだ」

「そのちまちまを私たちでは大技に値すると思うのだけれど」

「ブラストバーンをバンバン撃ってからな」

 

 何ならそれしか使ってないかもしれない。大袈裟だが。

 

「飛行技もね」

「あー、あれは卑怯だよね。私もそれでリザードン一体にフルバトルで負けてるし」

「姉さん、ずっと黙っていたけれど、この男、まだあるわよ」

「「えっ、まだあるの?」」

「メガシンカ集団を一瞬で倒してしまった大技が」

「メガシンカ? 俺、そんな……奴ら…………と………………ああ、あれメガシンカか!」

 

 あの亜種ども、今にして思えば全部メガシンカした姿である。

 

「マジかー、ヤベェな覚醒リザードン」

 

 つまり、リザードン一体でメガシンカ集団を倒したわけだ。後半、暴君様も見守っているだけだったし。というか、うん、あの状態のリザードンに手出ししようがないな。

 

「覚醒リザードン?」

「俺たちの成れの果てだよ」

「そうね、キス魔に変わるものね」

「…………そういやしたな、身体が勝手に動いたとはいえ。ごちそうさん」

「へぇ」

「何の脈絡もなくキスよ。正直焦ったわよ」

 

 でもあなたの辛そうな顔を見たらどうでもよくなったわ、と続けた。

 辛そうな顔、か。

 まあ、確かに俺にかかる圧力は半端ないし、それ以前人の血を見過ぎておかしくなってた部分もある。

 

「その割には抵抗一つなかったような…………」

「あら、拒む理由がどこにあるのかしら?」

「……………全く、よく分かんねぇよな。何でよりにもよって俺なんだか」

「そうね、無い物ねだりという奴かしら」

「俺の何が欲しかったんだよ」

「全部よ」

 

 うん、もう慣れた。

 これくらい、いつものことである。

 

「どう思います、ご自分の妹君を」

「うーん、愛が重たいね」

「それ、そっくり姉さんにもお返しするわ。姉さんだって、自分の役目だとか何とか言って死ぬ気でいたこと、忘れてないわよ?」

「うぐ………、だってあの時は本当に私の未来が見えなかったんだもん。そりゃここで死ぬのが運命なのかーって思っちゃうよ」

「それでも、死ななかったじゃない」

「それは……………」

 

 ハルノがチラッとこっちを見てくる。

 いつの話かなんて聞くのは野暮だろう。ハルノが死ぬつもりでいたのなんてイベルタルと戦った時しかない。しかもあれは俺が未来から時間旅行の際に助けたため、ネイティオの未来予知にも引っかからなかった。ただそれだけのことである。

 

「俺が助けただけだ」

「何を言っているのかしら。あなたはあの時フレア団やイベルタルと…………」

「あの時間軸にはもう一人の俺がいたとしたら?」

「そ、それって………」

「心当たりはあるだろ?」

「………………まったく、どうしてこの男は………」

 

 ぶつぶつと文句を言っているユキノは放っておこう。

 

「話が脱線したが、『レッドプラン』『プロジェクトM's』『レジェンドポケモンシフト計画』、この三つ全ての実験が成功した時、一人を除いて俺たちを止めるのは無理だろうな」

「それってやっぱり…………」

「ああ、ユキノしかいない、と思う。過去二度、俺が暴走しても何故かユキノだけは俺たちを止めている」

「姉さんの計画が成功ってことかしら?」

「分からん。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから、ハルノ。ユキノがいなければ」

 

 過去二度の暴走は俺がユキノに触れることで落ち着きを取り戻し、結果リザードンの鎮静にも繋がった。つまり、暴走はリザードンにスイッチがあるが止めるのは俺の方らしい。

 俺はユキノがいないと正気を取り戻せない、というかあの圧力に対抗できないのだろう。自分の力ではどうにもできないのかもしれない。

 だったら、最悪の手段も考えておくべきだろうな。

 

「俺たちを殺せ」

「………できないよ」

 

 知っているさ、それくらい。

 無理なことを、酷なことを言っているのは自覚している。だが、今の俺たちに対抗できそうな戦力はハルノしかいない。それも一人で、ともいかないだろう。

 やだなー、俺が真のラスボスになりそうじゃねぇか。

 

「これはハルノにしかできないことだ。それともカロスを消してしまってもいいのか?」

「だったら、あなたを殺す時は私も死ぬわ」

「……………何もタダでヤられるつもりはない。俺だって死ぬのは勘弁だからな」

「うん…………」

 

 こりゃ、こっちもそう簡単に呑まれるわけにはいかないな。ハルノはこういう人だ。他人には見せない一途な一面。それが俺に向けられているってだけで嬉しくなってくる。

 しおらしくなっているのもあってか、俺はハルノの頭に手をやった。サラッとした髪を手で梳いていく。気持ちいいのかハルノの表情が柔らかくなっていくのが見てとれた。

 

「あのー、お三方ー、朝から重たい愛のつつき合いとかやめてくれませんかねー。みなみんが羨ましそうに見てるんで」

 

 イタズラな笑みを浮かべたオリモトが割って入ってきた。その後ろにはサガミとナカマチさんもいる。君たち、ほんと仲良いよね。まあ、一緒に仕事もしてるんだしそうなるか。

 

「ちょ、誰がそんな目で見てたっていうのよ! うちは別に羨ましいとか思ってないんだから!」

「はいはい、ツンデレおつー」

「カオリちゃんだって!」

 

 くいくいと。

 傍らにいたドクロッグがサガミのパジャマの裾を引っ張っている。

 

「な、何よドクロッグ………」

 

 じーっと見つめてくるドクロッグ。

 胸の毒袋が膨らんだり萎んだりで何を考えているのかさっぱり分からない。

 

「何なのよ、その目は…………」

「ケッ………」

「あーもー、何なのよ!」

「ケケッ」

 

 未だにこうなのね。

 ほんとサガミの何を気に入ったんだよ。

 なんだかんだアレだぞ?サガミのポケモンの中では一番強いぞ。最初のポケモンであるメガニウムよりも強いときた。

 マジでなんなの、このドクロッグ。

 

「これってアレでしょ? ヒキガヤに嫉妬してんじゃないの?」

「はあ?!」

「カオリ、何言ってるの………?」

「だってドクロッグってみなみんのこと好きじゃん?」

「ま、まあ、そうかも、しれない、わね」

 

 あ、そこは否定しないんですね。

 なんだかんだ、サガミもドクロッグに愛着があるようだ。じゃねぇとボールに収めるなんてしないよな。

 

「なんだお前ら。朝から元気過ぎないか?」

「あ、シズカちゃん」

「ハルノ、これは何の騒ぎだ」

「ハチマンが記憶を取り戻したらしいの」

「ほー…………」

 

 ちょっとー?

 なんつー格好してるんですか。キャミソールにホットパンツとか、妙な色気出さないでくれますー?

 目のやり場に困るんですけどー。

 

「ヒラツカ先生、一応ここには男子もいますのでそのような格好で歩かれると」

「硬いこと言うなよ、ユキノシタ。男っていってもヒキガヤかザイモクザだけじゃないか」

「あとトツカくんもです」

「あ、あー………そうだったな。…………私より可愛い男子なんぞ、女でいいんじゃないか?」

「右に同じ」

 

 まさか先生がそういう風に見ていたとは。

 やはりトツカは尊い存在ということだな。

 

「…………ハッチーの変態」

「うおっ?! ユイッ?! ビビるだろ、そんな登場の仕方とか」

 

 ぬっと。

 カウンターからぬっとユイが現れた。

 ジト目が痛い。

 

「あら、おはよう、ユイ」

「うん、おはよ、ゆきのん!」

 

 超嬉しそうに超早口で。

 早口過ぎて『おはゆきのん』に聞こえたなんて言わない方がいいだろう。変なあだ名をつけないでくれるかしら、このおはちまん! とか言われそう。

 なんだよ、おはちまんって。『おはよう』と『ハチマン』を合わせてみたが、意味のない造語にしかならなかったな。それ言ったら『おはゆきのん』も一緒か。つまり、ユイは造語製造娘って………あ、そもそも聞き間違えた俺が悪いんだった。本人はそんなこと一言も言ってなかったわ。

 

「みんな朝からうるさい。ばっかみたい」

 

 声のした方を見れば、小さいユキノがいた。

 あ、ルミルミだったわ。

 みんな寝起きだと一瞬誰だか分からなくなるよな。

 

「ルミちゃん!」

「おはよう、ツルミさん」

「ん…………おはよ」

 

 あ、そっぽを向いた。

 あんなこと言っておきながら挨拶されたら返すのね。というかユイとユキノには素直なのか?

 

「というかユイちゃん、いいの? すっぴんでしょ?」

「へっ? ハッ!? ひ、ヒッキー、こっち見るなし!」

「はっ? いや、なんで俺が悪いんだよ。別にすっぴんでも問題ないだろ。見ろ、先生を。寝起きのまんまだぞ? 頭なんかボサボサもいいところだぞ? 化粧なんか以ての外だ」

「あー、うん…………こうはなりたくないよね」

 

 ふわ〜っとあくびをしている先生を見て、ユイが苦笑いと強い決意を抱いた。反面教師としてはいい素材だな。

 

「おい待て。何故私を引き合いに出す。それとユイガハマ、それはどういう意味だ」

「シズカちゃんさー、もう少し気を使ったらー? ハチマンも色気のあるシズカちゃんの方がいいよね?」

 

 ハルノ、確かに俺が反面教師の例として出したけど、俺に返すなよ。返答に困るだろうが。

 

「うくっ、俺に振るなよ。まあ、シズカさんは大人の女性ですし?もう少し気を使った方が美しくなると思いますけど。というか破壊力は一番あると思ってるまでありますね」

「うっ………、君はよくそういうこと平気で言えるな。いや、言えるようになったと言った方が正確か」

「ま、俺もそこの姉妹に散々言わされて来てますからね」

 

 いやね、恥ずかしい台詞とか散々言わされて来たからね。何ならハルノには壁ドンとかもやらされたからな。今の俺はちょっとやそっとのことじゃ、動揺しませんって。

 

「なら言葉の威力というのも理解しておいて欲しいものだな」

「あ、ひょっとしてシズカちゃん、トキメいちゃった?」

「バカを言うな、ハルノ。わ、わわわ私はそそそそんなことでトキメくわけないだろっ!」

 

 えー、アレでトキメいちゃったの?

 先生、チョロすぎでしょ。

 

「うわー、超動揺してるー」

「先輩、今すっごい乙女な顔してますよー?」

「ツツツツルミ?!ななな何を言ってるんだ?!」

 

 そしてまた一人。

 ひょっこり背後から現れては爆弾を投下していくツルミ先生。何でこの人は煽るかね。俺がもう煽ってるんだから、それ以上はヤバいでしょ。鉄拳制裁来ますよ?

 

「はいはい、二人とも先生をからかわない。姉さんも自分が言われて恥ずかしいことは言ってはダメよ」

「いや、ハルノの場合、その恥ずかしさが快感になるから無理だ」

「ちょっ!? は、ハチマン?! なな何言い出してるの!?」

「事実だろ?」

「こ、この鬼畜っ!」

 

 ちょっと仕返しのつもりが的を射ていたようだ。

 マジかー、この人ドMだったのかー。

 そんな予感はしなくもなかったが、知りたくなかった情報でもある。

 

「………………そうね、そんな嬉しそうな顔をしてるなんて実の姉ながら………引くわ」

「やめて! ユキノちゃんに嫌われたらお姉ちゃん、泣いちゃう!」

「泣けばいいじゃない」

 

 

 この姉妹。

 最近立場が逆転してる時があるよな。

 まあ、それだけユキノがハルノに遠慮がなくなったってことなんだろうけど。

 

「あれ? コマチは?」

 

 あいつが起きてこないとか珍しい。

 

「コマチちゃんなら今シロメグリ先輩とバトルしてるよ」

 

 そんな天使の声で報告してきたのは何を隠そうトツカである。汗をタオルで拭う姿に目が奪われてしまう。

 

「オールマイティとかウケる!」

「やめろ! オールマイティとかいうな!」

 

 今頃どっかの腐女子が鼻血を吐き出して、おかんに擬態しろと言われてることだろう。

 ああ、思い出しただけで身震いしてきた。

 

「何故また急に?」

「昨日負けたからね。それにコマチちゃんはゴンくんがじわれを使えることも知らなかったし、キーくんはまだ進化が残っている。負けた点も含めた復習がてら強くなろうとしてるんだよ」

 

 あー、カビゴンとオノンドな。

 じわれを覚えていたり、まだ進化してなかったり。

 いろいろ課題はあるもんな。オノンドが進化したいかを含めて、それを一つ一つクリアしていかないと。

 

「ありがとうハチマン。コマチちゃんをトレーナーとして育てさせてくれて。僕、改めて昔の自分を振り返ることができたよ」

「いや、礼を言うのはこっちの方だ。俺はコマチのことをあまり見てやれてなかったからな。あそこまで強くなったのは間違いなくトツカのおかげだ」

 

 なぜトツカが礼をいうんだよ。お礼を言いたのはこっちだっていうのに。

 俺はイロハばかりに気を取られてコマチを見てやることができていなかった。確かに役割分担ということで指導に当たるペアを組んだが、だからと言って実の妹の成長を見てやらないというのはひどい話である。

 

「ちなみに今はどっちでバトルしてるの?」

「キーくんの方だよ。いやー、ゴンくんの成長っぷりには驚いたよ。ニョロボンがじわれに呑まれちゃってさ。まだまだ威力は足りてないけど、完成までそうかからないんじゃないかな」

「マジか…………」

 

 イロハといいコマチといい、一撃必殺までモノにしてしまうのかよ。

 怖いよ怖い。あの二人の成長スピードにはたまげたものだわ。

 

「いいなー、あたしも一撃必殺使いたいなー」

「やめとけ。その前にユイはルカリオとのアレを完成させた方が強くなると思うんだが」

「そっかなー」

「そうだよ、ユイちゃん。あれはユイちゃんにしかできない芸当なんだから。言っちゃなんだけど、一撃必殺なんてポケモン側が技を覚えていて、どれだけ使いこなせるようになっているか、そしてトレーナーがタイミングを合わせて指示できるかで結果なんて見えてくるし、所詮それだけのこと。でもユイちゃんのあれは誰にもまねできないことなんだから。まずはあっちを完成させなきゃ」

「………うん、そうだよね! あたし、もっとルカリオと、みんなと強くなる!」

「ああ、そうしてくれ」

 

 ハルノに諭され、ユイが一撃必殺を覚えるのは先の話となった。

 

「さて、なんだかんだ人が集まったことだし、改めて言っておく」

 

 コマチとメグリ先輩、それと姿がないから存在を忘れかけていたザイモクザ以外はここにいることだし。

 改めて言っておくとしよう。

 

「今日ロケット団によって何かが起きる。これはロケット団のボス、サカキから直で聞いた話だ。それと先のフレア団事件で捕まえたあの研究者どもが姿を消した。恐らくSaqueっつー、リーグ戦に出ていた奴が主導で動いているはずだ。あと俺を狙ってデオキシス、ギラティナも動いている。はっきり言って危険な状態だ。ここまでいろんな対策をしてきたつもりだったが、所詮こんなもんだ」

 

 ほんと、避難対策とか設備の整備とか、建物そのものの強化も図ったってのに、結局はこんな状況である。これではフレア団事件となんら変わらない状態である。情報が後手に回り気づいた時には最終局面で。ここまで繋がっているのはセレビィに救われたところがある。だが、今はもうセレビィはいない。あいつはどこかの時間軸へと消えてしまった。

 だからこそ、今回は俺たちで対処しなければならない。

 

「俺は何か起きればその対処に動く。どんなに被害が大きくなろうとも、原因となるモノを探して倒しに行く。だからーー」

 

 だからーーー…………………。

 

「自分の身は自分で守ってほしい。今回ばかりは俺も狙われている。守ってやるなんてことは断言できない。すまん……………」

 

 俺は頭を下げた。

 深々と。

 いつ以来だろうか。

 つい最近のような気もするし、ずいぶんやっていないような気もする。

 記憶が戻ったってのに、曖昧過ぎるんじゃないか?

 

 

「ほんとずるいよねー。私にはあんなこと言ってたくせに」

「そうね。でも慣れたわ。彼はいつもこうだもの」

「だな、いつも一人で抱え込みすぎだと言っているのに」

「ハチマンのくせに生意気」

「あ、あたしだって守ってもらってばっかりじゃいやだもん!」

 

 ふぅ…………。

 全くこいつらは……………。

 

「……………絶対捨ててたまるかよ」

 

 今回は俺が原因なんだ。責め立てたって文句は言われないってのに。

 なんでこうもあっさりとしてるんだよ、さっきから。

 いや、いつもだな。

 俺はいつの間にか、誰かを頼るようになっていた、みたいだ。

 自覚はない。けど、証拠はある。

 

「…………というか今のヒキガヤ、懐かしい気を感じたんだけど」

「気のせいだろ」

 

 気のせいだ、気のせい。

 俺が黒いオーラを出すとか、こんなところでやるわけないだろ。

 

「あ…………」

 

 どうやら気のせいじゃなかったみたいだ。

 ユイが俺の手を握ってきた。その手は若干震えている。

 

「…………きっと、大丈夫だよ。あたしのヒーロー」

 

 詳しいことは知らないけど、何となくよくないことだってことはわかるよ、と震えた目がそう訴えてくる。

 全く、ユイのこういうところは適わないな。

 …………………………昔から。

 

「そうだな」

 

 俺はぎゅっと、彼女の手を握り返した。

 




~お知らせ~

番外編である「忠犬ハチ公 ハチマン」が無事完結しました。
この一か月はそちらを書いており、間が空いたのはそのせいです。
まだ読んでいない方、番外編の方もよろしくお願いします。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。