カロスポケモン協会理事 ハチマン   作:八橋夏目

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そろそろ終わりが見えてきましたよ。


それとお気に入りが四桁に…………(投稿時)。
投降後に変動はあるでしょうが、続編も四桁をマークできてうれしいです。
ありがとうございます。


31話

『さあ、いよいよ二回戦ラストのバトル! 思わぬハプニングで二回戦に駒を進めた「パパだよ」選手対! 四天王ハチマン選手!』

 

 ようやく下では選手入場が始まったらしい。

 なんだよ、こんだけ時間あったなら間に合ったんじゃねぇの?

 

『…………おや? 注目のカードである両者が入場してこない………? こ、これはどういうことだぁぁぁあああああああああっっ!?!』

 

 ええ、いませんとも。

 

『あれ? ハチマン君、どうしたんだい?』

『何かトラブルでも………』

『いえ、ご心配なく。上にいますから』

 

 すでにフィールドの遥か上空で待機してましたから。

 まあ、待機といっても名ばかりのにらみ合い。俺たちの間じゃ、すでに戦闘は始まっていた。というか、どっちも隙を伺っていたにすぎない。

 

『な、ななな何と?! 両者共に既に空の上にいたぁぁぁああああああっっ!!』

『急遽、仕込んでみたパフォーマンス、らしいです』

『無茶するなぁ』

 

 ハルノ、パフォーマンスとして誤魔化したのかよ。

 

『両者、最初のポケモンも出しており、メガシンカまでさせています! そして、「パパだよ」選手はパルシェンに乗っているようですが、ハチマン選手は……………!』

『あれはポケモンの力を借りて立っているだけですよ』

 

 しかもそれで通っちゃったのかよ。

 適当すぎるだろ。

 まあ、上層部の俺が言えたことじゃないな。

 

『な、何とも不思議で異様な光景ですが! 取り敢えず問題はないとのことなので審判!』

「ば、バトル、開始!」

 

 来るッ?!

 

「スピアー、こうそくいどう!」

「リザードン、ソニックブースト!」

 

 やっぱ早ぇ。

 初速からしてまるで違う。

 飛行技もスピアーには意味を成さないっていうのかよ。

 

「ダブルニードル!」

「りゅうのまい!」

 

 チッ、これも一瞬の壁にしかならないか。

 二撃目で力を入れてくるはずだ。

 けど、それだけあれば次へ繋げられる。

 

「ほう、竜の気を防御に使ったか。だが、その程度、薄い壁でしかない」

「んなもん知ってるっつの。リザードン、コブラ!」

 

 高速移動中での急停止。

 リザードンよりも高速で動いているスピアーには止まることなど出来はしない。

 

「ブラストバーン!」

「躱せ!」

 

 再度急加速しながら、究極の炎を口から撃ち放った。

 だが、スピアーはあっさりと躱していく。

 

『な、ななななんというバトル!! 高速戦闘により、実況の私もつい解説が滞ってしまいましたっ!!』

『……………あれが彼の本来の実力………?』

『いえ、あれはまだ「本気」を出しているだけです』

『………なにがどう違うの?』

『彼の、彼らの本来の力はもっと凄まじいものです』

 

 くそっ、マジで追いつけねぇ。

 どうする、どうすればいい?

 

「ダブルニードル!」

「弾け! ドラゴンクロー!」

 

 旋回して突撃してくるスピアーを竜の爪を用意して待ち構える。

 両者とも前進しているため、思ったよりも交錯するのが早かった。

 左の突きを右の爪で弾き、真下から続くアッパーを顎を反らして躱した。そして、くるっと左回りに一回転して竜の爪で右から左に突き飛ばした。

 だが、咄嗟に左腕と足の針でガードされ、ほとんどダメージには至っていない。

 

「どくづき!」

「りゅうのまい!」

 

 ならば、と反動の力を利用して踏み込んできたスピアーを竜の気で弾き飛ばし、再度炎と水と電気の三点張りから竜の気を生成していく。

 竜の気はさらに活性化し、激しく唸りを上げている。

 

「ローヨーヨー!」

 

 今度はこっちから仕掛けることにした。

 ローヨーヨーで急降下していくと、背後からスピアーもついてきた。

 恐らくサカキもこれがどういうものなのか知っているはずだ。

 だから、単調に急上昇に切り替えるだけでは先を読まれてしまう。

 

「ッ!! そうだ、丁度地面に向かってるんだ。使わねぇとな」

 

 上昇間際に一発叩きこむとしよう。

 

「リザードン、ブラストバーン!」

 

 あと地面まで数メートルというところで命令を出した。

 リザードンもなんとなく分かっていたようで、地面に叩きつけた右拳で急上昇に体勢を切り替えていた。

 すげぇ、片腕だけで向きを百八十度変えちゃったよ。

 割れた地面から炎柱が噴き出し、リザードンを追って急下降中だったスピアーを呑み込んだ。

 

「どくづき!」

「ッ!? 躱せ!」

 

 はずが、リザードンの右腹に姿があった。

 竜の気で多少の壁を作り、針が身体に届く前に、右の爪を針には這わせ、一気に上に弾き飛ばした。

 だけど、針は一本だけでなく、下から二本追撃が来た。

 

「垂直エアキックターン!」

 

 本来のローヨーヨーの効果に加え、針を弾くのに一瞬止まった身体を空気を踏み込むことで再度加速させ、間一髪で二本の針を躱した。

 

「スピアー、こうそくいどう!」

 

 だが、あっさりとついて来た。

 まあ、最初から分かってはいたけど、心が痛むね。

 

「もう一度エアキックターン! からのトルネードドラゴンクローだ!」

「回転に合わせろ、ドリルライナー!」

 

 反転して、再度空気を蹴り出し、急降下に切り替え。

 そして、両腕を前に突き出し、竜の爪を重ねて高速で回転を始めた。

 スピアーも両腕の針を突き出して、リザードンとは逆回転で突っ込んできている。

 交錯した二体は上から押し付けるリザードンに軍配が上がった。すぐに間合いの外に出てしまっため、腕以外の針に刺されることもない。

 

「回り込め、こうそくいどう!」

 

 リザードンの勢いに押し返されたスピアーは、途中で下降を止め、一瞬で姿を消した。こうなるとスピアーを肉眼で確認することは難しい。かと言って放置すれば致命傷だ。

 

「竜の気で壁だ!」

 

 ならば受け止めるための壁を作るしかない。

 

「ドリルライナー!」

 

 竜気の壁はスピアーの両腕を押さえつけた。

 だが、このままではいずれ突破される。サカキ自身、さっき薄い壁だと公言していたんだ。

 ………………………焼くか。

 

「纏え、ブラストバーン!」

 

 壁が竜の気だけであるからスピアーに突破されるのだ。ならば、もう一枚追加すれば結果も変わってくるだろう。

 

「離れろ、スピアー!」

 

 究極の炎をさらに纏い始まると、スピアーはサッと腕を引いた。

 

「…………それが、今のお前たちの実力か?」

「どうだろうな。まだ手探り中ってのも本音だし、なんか違和感があるってのもあるが、そもそも俺が素直に本気出すと思ってんのか?」

 

 半分嘘で半分本当だ。

 スピアーの高速戦闘の隙を探してもいるし、かといって今以上の対処法がこっちにはない。現状維持なんてやっていれば、それこそこっちが先に尽きてサカキの思惑通りに事が運んでいくのが目に見えている。

 何が何でもここは耐えきるしかない。

 

「なら、使え。あの力を以ってオレを倒してみろ」

 

 あの力、とは『プロジェクトM's』のことだろう。

 確かにあれは絶大な力を秘めている。

 記憶が確かなら、スピアーを一撃で倒せる可能性だってある。まあ、まずは攻撃が当たればの話だが。

 それでも今以上の攻撃手段と突破口が開けるのは事実だ。

 だけど、あの力に頼ったが最後、自分では止まることが出来ない。いや、自分で止めた経験がないため、この状況でアレを使うのはリスクが高いのだ。

 

「だが断る。その前にルールが足枷なんだ。まずはそこから失くすべきだろ」

 

 どうせもっと本気の俺を見たいっていうなら、まずはこの公式戦のルールを失くさないことには話にならん。

 ジム戦やらカントーリーグ優勝やら、色々と公式戦で結果を残してはいるが、本来俺は野試合の方が性に合っている。

 ヒトカゲと出会って、進化したリザードを相棒に野生のポケモンと一対複数で何度もバトルしてたんだ。その時の技の数なんて、使える技は全て使いきっている。そういう風に特訓を重ねて来た俺たちに、技の使用制限なんて正直言って酷というものである。

 ま、それでも負ける気もないし、負ける気がしなかったってのが今までなのだがな。

 

「ほう、まさかポケモン協会トップの男がその発言をするとは。反発どころの話ではないぞ」

 

 けど、今はそうも言ってられない。

 相手はあのサカキだ。

 ロケット団の首領にして元トキワジムのジムリーダー。実力はジムリーダーの域を超えており、四天王ですら歯が立たないのが現実。

 しかも専門のじめんタイプよりも、どのポケモンよりも育て上げられたサカキのスピアーが相手なのだ。俺がこれまでサカキと戦ってきたデータなんてのは全く充てにならない。

 やはり、バトル以外の何かで揺さぶりをかける必要もあるのかもな。

 

『………何か、話しているのでしょうか! こちらには声が届きませんが、高速戦闘から一転、両者の動きが完全に止まっています!』

「はんっ、ならアンタが国際指名手配されてるロケット団の首領、サカキだって公表しちまえばいい」

「公表してどうする? オレを本気で捕まえるつもりか?」

「それもいいかもしれないな。アンタが野放しになっているせいで、俺は、いや俺たちは酷い目に遭って来たんだ」

「ふっ、ならばオレを捕まえるがいい。だがその時は、お前の女も道連れだがな」

 

 ダメか………。

 分かってはいたが、やはりサカキは悪党。悪党の中の悪党だ。こっちが汚い手を使おうが、サカキはそれ以上の汚い手で切り返してくる。

 

「…………因果応報、か。ま、俺がそのカードを切ればアンタがそう返してくるってのは分かっていたさ。これはただの確認、予想との答え合わせってだけだ」

 

 そしてこっちが形振り構わず実行すれば、俺の負け確定だ。

 この話は潔く流しておくのが懸命だろう。

 

「殊勝な判断だ。お前の女が謂わば人質であることを忘れるなよ」

「忘れねぇし、まだ使えねぇよ。確たる証拠がこっちにはねぇんだ。アンタとやり合うつもりなら、まず物的証拠がなければこっちが不利だって充分理解している。なんせ、汚い金だけはあるもんな」

 

 だからと言って、折れるつもりも毛頭ないがな。

 いずれ、手札を揃えた上で、俺はアンタを捕まえる。

 

「吐かせ。国際指名手配犯が金一つで釈放などあり得るわけ無かろう」

「どうだろうな。そっちの世界も結局金が動いているんだ。清廉潔白な世界だなんてとてもじゃないが言えないだろ」

 

 汚い世界に精通しているサカキのことだ。

 金に物を言わせてどうにかしてしまう可能性もある。そして、それを許容してしまう『大人の世界』ってやつがあることも理解しているつもりだ。というか、サカキがその世界を一つ組み立てているだろう。でなければ、ここまで大きく事を起こしているにもかかわらず、未だ誰も捕まえられてないとかおかしいだろ。顔割れしているというのに。フィクサーとか、そういうのがバックについていて、サカキを後押ししているのだろう。

 

「確かにどの世界も醜い部分はある。ポケモン協会もそうだろう? 何人もの人を食らいし『犬』を飼ってるんだからな」

「それこそ因果応報ってやつだろ。悪事を働いた奴らへ然るべき制裁が下された。それだけのことだ」

 

 ま、俺も人のこと言えた立場じゃないけどな。

 歯向かってくるものはギラティナの前に連れていく。見る者からすれば、俺の方がよっぽど質が悪い。

 人を殺さずとも殺しているのだからな。

 

「正当防衛というやつか」

「そうだな。そもそもあの話を切り出したのはアンタの方からだろ。ユキノやザイモクザを人質に取られて、俺は従うしかない状況だった」

 

 でもそれは。

 全て悪党に対してだけだ。

 普通一般人にこんなことするわけないだろ。

 だから、俺には正当防衛という、法の逃げ道がある。サカキたちが悪である限り、俺の過去は引っかからない。

 ……………法の上では、な。

 

「人に理由を与えられないと動けないお前にとっては都合のいい大義名分じゃないか」

「何が大義名分だ。俺に汚れ仕事を押し付け、自分は綺麗な手のまま。結局、これまでもそうなんだろ? 部下に汚れ仕事させて自分の手は汚さない。いつも安全なところから高みの見物をしている。糞食らえもいいところだな」

「………全く、まだまだ躾けがなってないようだな」

「生憎、俺はアンタのペットじゃないんでね。一生懐かねぇよ」

「懐く? バカを言え。それは女だけで充分だ。野郎は従順なイエスマンになっていればいい」

「女尊男卑も大概だな。ま、最もアンタからしたら全員下なんだろうけど」

「ああ、そうとも。そしてこれからお前もオレの下にしてやる。スピアー!」

 

 サカキがスピアーに呼びかけると、小瓶のようなものを投げた。スピアーはそれを針で突き刺し、中の液体が針に付着していく。

 色は、紫色。

 嫌な予感しかしない。

 

「ダブルニードル!」

 

 恐らくアレに刺されれば俺たちは毒素に侵される。そうすれば、忽ち力に呑み込まれてしまうだろう。最悪、俺が犯罪者になる可能性だってある。

 それは何が何でも阻止しなければ。

 あいつらに迷惑なんてかけてられないからな。

 

「躱せ!」

「緩い!」

 

 そっちもお見通しだっての。

 

「爪で弾け!」

 

 下から掬うように尻尾の針が迫ってきたのを竜の爪で弾き、蹴りを加えて距離を取った。

 だが、休んでいる暇はない。

 

「リザードン、ソニックブースト!」

「こうそくいどう!」

 

 スピアーからさらに距離を取るため急上昇したが、すぐに追いついてきた。

 何気にこうそくいどうが厄介である。

 

「ドリルライナー!」

「リザードン、無茶を言うぞ! エアキックターンで反転! それからトルネードドラゴンクローで一気に急下降! そして、もう一度エアキックターンで上昇しろ! 最後はグリーンスリーブスだ!」

 

 最早俺が何言っているのかも分からないだろう。だが、それでいい。観客は然りだが、サカキも理解が追いつかないはずだからな。

 理解しているのは俺とリザードン。そして、ユキノくらいだろう。

 

『な、何かとんでもない連続命令を出して来ました、ハチマン選手! 解説の私でも何を命令したのか全く見当がつきません!』

『一体何が始まるんだろうね』

『彼のバトルの特色と言っていい、飛行技のショーですよ』

『ショー?』

『見ていれば分かります。あれがカントーリーグ優勝者の実力だってことが』

 

 あ、こら、バカ。

 それ言うんじゃねぇよ。

 なに心なし、興奮してんだよ。

 声色で丸分かりだぞ。

 

『カントーリーグ優勝者………ですか?』

 

 リザードンは空気を蹴り返し、一気に急下降へ。

 そして、竜の両爪を前に突き出し、高速回転を始めた。

 その行き先には既に両腕を重ねて高速回転し、上昇してくるスピアーの姿があった。

 

『ええ、初代ポケモン図鑑所有者にしてリーグ優勝者のレッドに並ぶ、今もなお彼の記録に並び立つ者はいないもう一人の伝説のトレーナー。それが彼です』

 

 交錯した二体は、スピアーが先に身体を反らし、リザードンは地面に這い蹲るギリギリまで一気に下降していき、前宙からのエアキックターンで切り返し、急上昇していった。

 ユイが縦バージョンとかって改良してきた奴である。まあ、あの時のはグリーンスリーブスだったけど。ただ、上下運動は同じものである。

 

『何故そのような人がカロスに…………、いえ妹さんの旅について来たのよね』

『それ以外の理由で基本彼は動きませんから』

 

 スピアーを掬い上げたリザードンは次々と竜の爪で下から攻撃を加えていく。だが、スピアーも負けじと針で爪を流し、ダメージを全て回避してきた。

 

『その彼の妹をカロスに招いたのは私ですよ。丁度メガシンカの研究の話でカントーのオーキド博士に相談していた際に、被験者候補として挙がった一人が彼でした。候補の中では私が知っているのは彼だけでしたからね。こちらとしても実力を知っている方が安心できましたし、何より彼がメガシンカを使いこなすところをこの目で見たいと思いましてね。オーキド博士曰く、妹を旅にでも出せばついていくだろう、ということで彼女の旅をカロスで行えるように計らったというわけです』

 

 おいこら、変態博士。

 大人の事情なんか話すなよ。しかもこんな公の場で。バカなの?

 

『ただ彼女一人では怪しまれますからね。同じ町で募集をかけたところ他に二人来てくれました』

『それがユイとイロハだったと………。はあ、これでようやく話が繋がりました。全て博士の仕組んだことだったんですね』

 

 って、ユキノは知らなかったんかい!

 なに? 俺が来たから理由なんてどうでもよくなったとか、そういうやつだったりするのん?

 

『仕組むだなんて大袈裟だなぁ。後半はほんと偶然だよ。シズカ君が来たのも彼女が君を呼んだのもね』

 

 いや、うんホント。

 ユイとイロハが応募したのはすげぇ偶然だと思うわ。それにヒラツカ先生がカロスに来たのもイロハのため。主人公キャラは実はイロハなのかもしれない。

 ………ッ!!

 今だ!

 

「スイシーダ!」

 

 両腕の針を弾き、くるっと回ったところで脚や尻の針もリザードンには届かない態勢。この時を待ってたんだ!

 

「は? 消えた!?」

 

 いや、だがスピアーの姿はあったはず。爪で真っ二つに切り裂きも…………真っ二つ?

 スピアーを真っ二つになんて、できるのか?

 蛇系でもなければ無理だろ。

 

「ッ?! 上だ! ソニックブーストからのブラスターロール!」

 

 やはり。

 あれはスピアーであってスピアーじゃなかったんだ。

 これまでスピアーはこうそくいどうを何度も使ってきている。それが意味するのは限界までスピアーの素早さが上がっているということ。

 つまり…………、残像。

 

「ダブルニードル!」

 

 加速し、翻るも、その先にスピアーが移動してきた。

 

「シャアッ?!」

「リザードン!?」

 

 ヤベェ、リザードンが刺された。

 くそっ、速さが足りない。

 

「シャアァァァッ?!」

「うぐぁっ!?」

 

 な、なんだ?!

 リザードンとつながった瞬間、何かが俺の身体の中で開いたぞ。

 恐らくリザードンにも同じことが起きたに違いない。

 

「さあ、堕ちろ。堕ちてオレのものになれ!」

 

 意味が分からない。さっきは呑まれるなとか言ってたくせに。

 頭イかれたのか?

 イかれてるのは元からか。

 つーか、ヤベェ。

 息が荒くなってきた。酸素が薄い。足りない。吸い込めない。入ってこない。

 

「はあ………はあ………、さっきと真逆のこと言ってるぞ、おい…………くっ」

 

 しっかりしろ、俺!

 気を保つんだ!

 

「真逆? これは真逆などではない。お前たちが『プロジェクトM's』をモノにし、その上で俺の配下に堕ちるのだ」

 

 つまりは今からしようとしているのは『レッドプラン』、或いは『レジェンドポケモンシフト計画』の続きだろう。それも恐らくは最終段階……………うぐっ………。

 

「敵は既にカロスに来ている。時間がない。さっさと堕ちろ!」

 

 呑まれて、たまるかってんだ。

 それに時間がない? だったら、それこそこの茶番がいらないだろ。現状と対策を出しやがれってんだ。

 毎度毎度こんな方法でしか出来ないとか、それでも大悪党か?

 

「……………アンタはいつもそうだよな。何か目的があると、そのために必要なものは、何もかもを、我が物にする」

 

 この男は世界征服のため、息子を探すため、自分の病を治すため、そのために必要な力は自分の配下にしようとしていた。

 いや現にカントーのジムリーダーはサカキが元締めになっていた。そうしてカントーを内側からも支配しようとしていた。

 

「………別にそこまでしなくてもいいだろ」

 

 俺だって必要な力は全部自分の、俺たちのモノにしてきた。だがそれは、特段誰かに迷惑がかかるようなことではなかったはずだ。少なくとも法には触れていない。

 それでも俺は俺を気にかけていた奴らを心配させていたんだ。そして、後に教えられた。

 

「付き合いのある奴くらいはそういうのやめろよ」

 

 自分一人で出来ないのなら周りを使えばいいと。

 それは別に支配下に置くことでも、利用するでもない。頼むだけ。頼るだけである。

 元ぼっちの俺からしたらかなりハードルの高いことだぞ。他人を信用して、他人の力を信頼して、任せる。

 一人で全てやってきた方からすれば、恐怖でしかない。

 

「俺は、アンタがどうなろうが構わないが、世界的な危機ってんならどうにでも動くぞ」

 

 この男も結局は同じだ。

 組織のトップでありながらぼっちなのだ。

 いくらナツメやマチスといった古参の仲間がいようとも、奴の心は孤独なのだ。

 

「スピアー、やれ」

 

 だから俺たちは、この男に屈するわけにはいかない。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

『バトル開始から既に三時間が経過しております! しかし、未だ両者最初の一体でバトルを繰り広げています! なんという光景でしょう! 未だかつてこのような激しいバトルは見たことがありません!』

『ハチマン………』

『あのハチマン君を相手に………、彼は一体何者なんだい?』

『分かりません。ただ、彼と互角、いやそれ以上の実力を持っていることは確かですね』

 

 ダメだ。

 メガシンカしているというのに、以前のような技のキレがない。竜の気も、炎も何もかもがモヤっとした感じである。全力を出そうとしても出し切れない。不完全燃焼とでもいったところだろうか。

 それにこの、中から込み上がってくるような、湧き立つような何かがずっと俺の、俺たちの中にある。これに全てを押さえつけられているような、そんな感覚だ。

 

「スピアー、叩き落とせ!」

「リザードン!?」

 

 俺たちの中で何が蠢いているんだ……………?

 

『ああーっと! ここで初めてリザードンが地面に叩きつけられたぁぁぁあああああああああっっ!!』

 

 マジで何なんだ、この感覚は。

 さっきから激しく唸り出してるぞ。さっきまでは一旦落ち着いていたってのに。ここに来てまた活発になってきてやがる。

 これが実験の最終段階だとでもいうのか………?

 

「三時間…………最早耐えるのもキツいのではないか? 早く堕ちた方が楽になれるぞ」

「堕ち、ねぇよ……………」

 

 ヤベェ、唸りで胸が弾けそうだ。

 

「俺は、カロスポケモン協会の、理事だ………ぞ。そんな奴が、逆、に………混乱を招いて………………どうすんだよ」

 

 だが、俺がここで堕ちるわけにはいかない。

 ハルノの手を汚させるわけにもユイを泣かせるわけにもこの場にいないイロハのためにも、そして何よりもこれ以上ユキノに絶望を味わわせるわけにはいかないんだ!

 

「リザードン、お前はどうだ………?」

「シャア!」

 

 ゆらりと体を起こすリザードン。

 そうだよな。

 このままやられっぱなしっていうのも嫌だよな

 

「シャアッ!」

 

 振り回されるのもごめんだよな。

 

「シャアァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 リザードンの炎が爆発した。

 おいおい、まだまだやる気じゃねぇか。

 一瞬、もうかが発動したのかと思ったぞ。

 さて、攻撃と以外行くか。

 ……………はい? マジで使え、と?

 

「あおい、ほのお………!」

 

 いいよもう。お前が使うというなら、俺はそれを命令するだけだ。

 思う存分、激ろ!

 

『あおいほのお?!』

『プラターヌ博士、あの技を知ってるんですか?』

『ああ、知ってるよ。君はパルファム宮殿には行ったことあるかい?』

『いえ………その宮殿が何か?』

 

 蒼い炎が激しく燃え盛り、フィールド一帯を火の海へと変えていく。それでも炎の勢いは収まらず、噴火の如く高々と炎柱を上げていった。

 当然、スピアーはリザードンから距離を取る必要があり、背中を向けて急上昇していく。

 

「ヘルガー! 受け止めろ!」

 

 ん?

 

『パルファム宮殿…………、まさか?!』

『カルネさんはピンと来たようですね。パルファム宮殿には二体のドラゴンの石像があるんだ。ただし、そのドラゴンたちはカロスのポケモンたちじゃない』

『イッシュ建国史の伝説のドラゴン』

『そう、それです。真実を司る白き英雄レシラム、理想を司る黒き英雄ゼクロム。あおいほのおはこの内の一体、レシラムが使うと記されている技なんです』

 

 イッシュ建国史といえば、暴君様と初対面する前に読んだ奴じゃねぇか。

 というか炎が吸収されていってる気がするんだが。

 それに今ヘルガー!って叫び声が聞こえたような…………………。

 

「お前たち、やれ」

「クロバットたち、ゆくんだゾ!」

「バケッチャ、タネばくだん!」

「キリキザン、つじぎり!」

「ギルガルド、ニダンギル、きりさく!」

「ヘルガー、れんごく!」

『………博士、因みにそのポケモンのタイプは?』

『ドラゴン・ほのおタイプだけど』

『ッ?! ハチマン!』

 

 気のせいじゃない!?

 敵襲だ!

 狙いは……………観客か?!

 

「させるかよ!」

 

 すぐさま地面を蹴りつけ、黒いのを呼び出した。

 そして黒いオーラをリザードンと観客席へ走らせ、攻撃を受け止めた。

 

「くっ!」

 

 俺も俺でニダンギルに狙われ、黒いオーラで二本の剣を受け止めたところだ。

 同じようにサカキもギルガルドに狙われたらしい。

 

「いつまで意味のないバトルをしているつもりですか、お二人とも」

「「Saque………!」」

 

 俺とサカキが同時に見上げた空には。

 Saqueとフレア団幹部五人の姿があった。


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