コマチたちが旅に出てから早三日。
俺の限界が近づいてきていた。
「コマチ成分が足りない」
「何を言い出すかと思えば」
書類整理をしていたユキノがため息まじりに呆れた声を返してくる。
『マスター、お茶ですわ』
元々あったポケモン協会を乗っ取り、綺麗にした事務所で、俺は事務仕事をしていた。のだが、そろそろマジで限界である。
そこにコトッと置かれる湯呑み。これを入れてくれたのはポケモンである。
彼女? の名はディアンシー。
フレア団との抗争の最中、俺のポケモンになった………まあ、ボールには入れてないが。
テレパシーで会話ができ、口調は少しお嬢様気質のいい子である。
「すまないね」
『いえいえ、マスターのお役に立てて光栄ですわ』
裏路地にあるこの建物であるが、整備すれば広々としており、部屋もたくさんあるため使い勝手がいい。
「明日明後日には帰ってくるらしいわよ」
「へー…………保ちそうにないな」
「しょうがないわね。だったら私が「遠慮しておく」………ケチな男ね」
「だって、お前火が付くと何してくるか分かんねぇもん」
なんかほんと最近見境なくなったというか。
どうしてこうも不意を突かれてしまうのだろうか。おかげで俺の唇が乾くことを忘れてしまっている。
「あら、嫌かしら?」
「嫌じゃないから困るんだ。もっと節度をだな」
嫌だったら普通引き剥がすから。
嫌じゃないから困ってんだよ。ずるずると泥沼にハマっていってる気分だわ。
「あなたへの気持ちを押さえつけるのはもはや無理よ。何年、追いかけてきたかと思って」
「そうですね。俺が悪うございました。………記憶がない奴に過去の話するなよ」
平謝りはするが記憶がない奴に昔のことを言われてものねぇ。
事実らしいから困った。俺はいったいどうすればいいのだろうか。
「まったく、いい身分よね。私たちの苦労を記憶がないの一辺倒で通せてしまうのだから」
「それで生きてるんだから安いもんだろ。別に永久的に記憶が戻らないってわけでもなさそうだし」
「それはそれ。これはこれよ。あなたのやったことは誰にもできないことだし、それでみんな救われたわ。でも同時に寂しい気持ちというものを残してくれちゃったから問題なのよ」
「無理言うな。俺は完璧じゃないんだ。リスクがないようにはできない」
「ええ、分かってるわ。私はいつでもあなたを見てきたもの。でも頭と心は同じじゃないわ」
『ユキノさん。お客様が来たみたいですよ? 表に気配があります』
「ふぅ、分かったわ。一緒に来てくれるかしら、ディアンシー」
『了解しましたわ』
気を利かせたのか、本当に気配を察知したのか、ディアンシーは割り込んできた。そしてユキノもまたそれに従い、ディアンシーを連れて部屋から出て行ってしまった。
「頭と心は同じじゃない、か。………分かってるさ、そんなこと」
独り言ちてしばらく、再び部屋の扉が開かれた。
「………あれ?」
「………ん?」
なんだこの子?
来客……? じゃなさそうだな。ならその子供か?
「じー………」
「なに、どした?」
「さーちゃんのおともだち?」
さーちゃん? かーちゃんのことか?
「勝手に来ちゃダメだろ。一緒に降りるから戻ろうな」
立ち上がって少女のところへ行き、向き合う。
「あのね、さーちゃんね。だれかに会いにきたんだって。でもちがうお姉ちゃんが出てきて、お話ししてるの」
違うお姉ちゃん………それはユキノのことか?
「そうか。ならそのうち上がってくるかもしれないな」
ふむ、ということは何か問題があったってわけでもなさそうだな。世間話、をするような奴でもないし………。はっ?! まさかコマチたちが帰ってきたとか?! いや、それだとこの子が謎だ。
うーん、なんか、誰かの面影がないわけでもないような気がする。
うーん………。
「ねえねえ、あそぼ!」
「俺、一応仕事中なんだけど」
「ごーちゃん、かーちゃん、ぼーちゃん! みんなであそぼ!」
えっ?
なんかいるわけ?
この子、もしかしてやばい子だったり?
こんな可愛いのに。
「ケシシシッ」
「ボゥズ」
「ボー」
と思ったら、何かが実態化した。
ゴースト、カゲボウズ、それにこの白いのは………知らないポケモンだな。
「というかこの面子………」
すげぇ見たことある奴いるんですけど。
「けーちゃん!!」
「あ、さーちゃん!」
さーちゃんのご登場。
って、ただのカワなんとかさんじゃねぇか。えっ、なに? まさか娘?
「………確かに似てるな」
娘と言われても疑問にすら思わない。
カワなんとかさんが大人びているから余計にそう見えるのだろう。
「ごめん、妹が勝手に来ちゃって」
「あ、なんだ妹か」
妹か。
ま、どっちにしようがブラコンだし、親バカがシスコンに変わったところで見てる分には何も変わらない。
「………なんだと思っていたのか聞こうかしら?」
「あ、や、その………」
げっ、ユキノ………。静かに入ってくるなよ。
背中に冷気を感じる。こりゃ、前も後ろも挟み撃ちか。くそ、ユキユキコンビで挟み撃ちとか卑怯だぞ!
「ほら、けーちゃん、お名前」
「かわさきけーか!」
「お、おう、ハチマンだ」
元気な少女だな。
姉とは大違いだ。
「はち、まん………へんな名前!」
「けーちゃん!?」
ほんと元気がよろしいことで。
さーちゃんが申しわなさそうにしてるぞ。律儀なやつ。こいつくらいだろ、こんなことで申し訳なくなってるの。
「はははっ、自分でもそう思ってるから別にいい」
「変な名前っ………」
ほら、現にいましたよ。名前に反応する奴が。好きよね、あなた。人の名前がいじられるの。
「おうこら、そこの雪女。ツボに入ってんじゃねぇよ」
ユキノが口と腹を抑えて笑いをこらえている。全くこらえきれてないけど。漏れ出しすぎだろ。
「はーちゃん、あそぼ!」
「はーちゃん?」
俺? と指をさしてみる。
「はーちゃん!」
指をさされて肯定された。
それは俺のことだったのか。また変な名前がついてしまったな。忠犬ハチ公よりは断然いいが。
「さーちゃん、どうすればいい」
「あんたまでさーちゃん言うな!」
さーちゃん、目が怖いぞ。
「よっと………で、けーちゃんは何したいんだ?」
そう言いながら、目の前の幼女を抱え上げ、抱っこする。かわいい。実にかわいい。
「あのねあのね、けーかね、バトルしたい!」
「……………」
ちょっとー? カワカミさーん?
お宅の妹さんの教育どうなってんのー?
カワナカさーん?
「バトルは今度な。俺の相手をするならまずはさーちゃんを倒せるようにならないと」
カワシモさんも強いからな。まずは妥当さーちゃんでがんばろうな。
「はーちゃん、つよいの?」
「さーちゃんに勝ったことあるぞ」
「はーちゃんすごい!」
「それよりけーちゃんが好きなものを教えてほしいな」
「んとねー、さーちゃん!」
「ぶはっ!?」
あ、さーちゃんが鼻血噴き出した。やはりシスコンだったか。
だがしかし、誰も介抱する者はいなかった。ミウラあたりがいれば、対処してくれたかもしれないが。あ、いや、無理だな。性格的にミウラと折り合い悪そうだわ。
「カワサキさん、大丈夫………なの? すごい勢いで鼻血が出ているけれど」
「だ、大丈夫………。たまに出るから」
それはそれで問題だろうに。
あ、ああ!
なんかいないと思ったらあのクズ虫がいないのか。
はっ?! まさかコマチに会いに行ったとか?
あの害虫め、俺が目を離した隙に………。
「なあ、あのクズむ……タイシはどうしたんだ?」
「今なんて言いかけた? ああっ?」
うわっ、このブラコンめ。鼻血出したながら睨んでくるなよ。絵面が余計に怖いじゃねぇか。
「たーくんはねー。しゅぎょーしてくるってどっかいっちゃった」
「ほう、よく行かせたな」
「………好きに旅させてみただけだし」
ぷいっと目を逸らすさーちゃん。
ああ、ダメだ。今度からさーちゃんで定着しそうだ。まあ、あれだ。いい加減名前を覚えられるんだから良しとしよう。
「ま、俺たちが介入しすぎるのもよくないからな。頃合いだったんじゃねぇか?」
「どの口が言うのよ。コマチさんに三日も会ってないとか言ってさっきまで項垂れてたのはどこの誰だったかしら?」
「さあ、誰だろうな。けーちゃん、大きくなっても優しいけーちゃんのままでいるんだぞ? 口の悪いけーちゃんになったらはーちゃん泣くからな?」
「うん、わかった!」
うんうん、いい返事である。
けーちゃんの十年後が楽しみだ。
………………十年か。俺、何してんだろうな。
「………後で覚えてなさい」
「んで、カワサキ。ここに来るなんて珍しくないか? というか来るの初めてだろ」
「……ん、ミアレまで戻ってきたから寄ってみようかって」
けーちゃんを高い高いしながら聞いてみる。するとすんなり返ってきた。
「あら、これからミアレで何か予定でも?」
「別に。特にすることはない。ただ、一つ聞きたいことがあって」
「用事あるんじゃねぇか………」
きゃっきゃきゃっきゃはしゃぐけーちゃんは実に癒される。新しい天使の発見である。
「そ、それは………個人的なことだし」
「それで、何を聞きたいんだ?」
でもこんな無垢な子でも仲良くなったのがこの三体のポケモンなんだよなー。ゴースト、カゲボウズ、それと白いの。恐らく全員ゴーストタイプ。
怖いわー。この子の将来が怖いわー。
「………風の噂で半年後にポケモンリーグが開かれるって耳にしたから。あれって本当?」
「ええ、本当よ。今はそのために準備をしているのだもの。ユイたちもそれに合わせて旅を再開したわ」
「………ん? あんた、ユイガハマのこと名前で呼んでたっけ? しかも呼び捨て」
「あら、何かおかしいかしら?」
「いや別に」
やっぱり、急に名前呼びになると違和感を覚えてるもんなんだな。
もう慣れてきてしまったからその感覚、忘れてたわ。
「………俺が記憶喪失になったのをいいことに、俺のことを名前で呼び始めて、あまつさえ彼女と言い出したのがそもそもの原因だったよな」
「ああああの時はどうかしてたのよ! あなたの記憶がまたなくなって私たちのことを忘れてしまったと思ってたのだから。もう忘れられるのは嫌だったのよ……」
「はいはい、俺が悪かったよ。つか、それ何回も聞いた」
ぼそっと突いてやったら顔を真っ赤にしてまくし立ててきた。
段々と尻窄みになっていく声には悲しみの色が混ざっている。
「………あんたたち、デキてるの?」
何が?
「デキてるのか?」
よく分からないので、そのままユキノに振った。
「あら、私は返事をもらった覚えはないわ」
返事?
……………ああ、カップルかどうか的なね。
「…………確かに言った覚えはないな」
結局、言った記憶がない。
や、別に嫌いじゃないし、何なら失いたくもない。ユキノはもちろんユイもイロハもハルノさんも俺の絶対的な弱点とさえ言える存在だ。コマチ? 俺が誰かにくれてやると思ってやがるのか? 有りえない。コマチだぞ。俺のコマチだぞ。
「キスはしたのにね」
「それな」
キスまでしちゃってるのにね。不意打ちでキスしてきた時にはキスマークのお返しをしたりするし。もう、ドロドロといってもいいくらいだ。
これではっきりしてないってんだから、俺はどうしようもないヘタレなのだろう。それかみんなの好意に甘えてる小心者か。どっちも一緒だな。
「ああああんたたち! ケイカの前で何話してんの!」
「何って、日常会話?」
「そそそそんな破廉恥な会話をケイカの前でするなんて!」
おやおや?
顔が真っ赤ですよ?
「はーちゃん、けーかもはーちゃんとチューするー」
「ほら、キスをちゃんとチューに変換できるくらいには理解してるみたいだぞ」
「けけけ、けーちゃん?!」
「ほんと、耐性なさすぎだろ」
どんだけ初心なんだよ。見た目とのギャップが激しすぎんだろ。ついでにゴーストタイプも苦手なんだろ? やばいわー、さーちゃんマジギャップ萌えだわー。
というかなんか普通の女の子だな。誰かさんみたいに見た目で差し引きゼロになっちまってるな。誰だろうな、そんな目の腐ったやつ。………俺ですね。
「………ん、んん、と、とりあえず、そういうことならあたし、ミアレジムに行ってバトルしてくる」
下手な咳払いだこと。
まだ顔が真っ赤ですよ?
「けーちゃん、行くよ」
はあ、仕方ない。
ちょっとは癒されたし、仕事頑張りますかね。
「はーい! はーちゃん、またね!」
けーちゃんを下ろすとブンブンと手を振ってきた。
「おう、いつでも来ていいからな。何なら住み着いてもいいぞ」
「……………ロリコン」
うぐっ、何も言い返せない。
だがしかし。あれは天使だ。天使に大きさなんて関係ない。年齢なんて関係ない。ましてや性別なんてもってのほかだ。天使は天使である。はあ…………、トツカ今何してんだろうなー。
「何故そこで恋する乙女のように遠くを見ているのかしら。気落ち悪いわね」
✳︎ ✳︎ ✳︎
その日の夜。
ここ最近日替わりで来ていた夜這いが来ない代わりに一通のメールが届いていた。
差出人はザイモクザ。
「………レッドプランとは聞いたことあるか? ………なんだよ、レッドプランって」
なんか危険な臭いがしなくもない。危険信号を表すレッドだからだろうか。
「げっ、なんつータイミングで」
まるで俺がメールを見たのをどこかで監視していたかのようにポケナビの方にコールが入った。
やはりこちらもザイモクザ。
『ゴラムゴラム! 久しぶりだな、ハチマン! 剣豪将軍、ザイモクザヨシテーープツン』
あ、やべ、思わず切っちまった。
と思ったら掛けなおしてきやがった。
『見下げ果てたぞ、ハチマン! 我の挨拶の途中に切るとかあんまりだ!』
「だったら、普通にかけては来いよ。思わず体が反応してしまったじゃねぇか」
まったく………、長々と聞かされるこっちの身にもなれっての。
「で、あの意味深なメールは何なんだ?」
『うむ、実は我、今カントーにいるのだ』
「へー、あっそ」
『もう少し興味を持ってくれてもいいではないか!』
結構どうでもいいし。
「や、だってさっきまでお前のこと忘れてたし」
何ならメールが来るまで、存在自体を忘れてたし。静かだなーと思ってはいたけどよ。
『くそうっ、このリア充めが! イチャコラしおって!』
「イチャコラって………、ほぼ俺がなじられてるだけじゃん」
まあ、否定はしないけど。
ただあえて言わせてもらおう。俺が悪いんじゃない! あいつらが、ユキノシタ姉妹が悪いんだ!
なんなんだよ、あの二人。ハルノさんのキス以来、欲望に忠実すぎるだろ。これはあれか? 性欲に支配されてないだけマシって思わないとダメなのか?
『話しかけてもらえるだけ喜べ! なのにそれだけでは飽き足らずきききキスまでするわ、べったり女子に囲まれてるわ、何なのだ、あの羨まけしからん状況は!!』
「………なんかごめんな? 俺たちのせいで息苦しい思いをさせちまって。つらいことがあるなら相談に乗るぞ?」
前にハヤマに言われたような言葉を返してみた。
なんか今になってあの時のあいつの気持ちがわかってきたような気がする。ま、だからと言ってあいつに同情することはない。
『ぎゃふん! い、今に我も………お、おおお覚えておれ、ハチマン!』
「切れたし………」
マジでなんなんだよ、あいつ。
結局、何が言いたかったんだ?
「って、またかけてきたやがったし」
『………悔しさのあまり思わず切ってしまったではないか』
「知らねぇよ」
『ふぅ……』
「こっちがふぅ………だわ」
結局何がしたんだよ。付き合わされるこっちの身にもなれっての。
『して、ハチマン。レッドプランという言葉に聞き覚えはないか?』
「ようやく本題かよ。つか、よく記憶のない奴にそんな質問ができたな。ちょっと待ってろ…………えーっとレッドプラン、レッドプラン………」
もちろん記憶にはないので、手帳を開いていく。
ざっと目を通す限り………。
「ないな」
『……そうか』
「で、なんなんだ? そのいかにもな名前は。メールにもあったが」
『う、うむ……知らないのであればそれでいいのだ。我の勘違いだったようだ』
…………この歯切れの悪さ。
なるほど、つまりは俺に知られてはいけないようなことなのか。
「………変なもんにだけは手を出すなよ」
『心得ておる』
それだけ言ってプツンと切れてしまった。
レッドプランね。
今度は何を見つけてきたんだか。
「レッド………まさかな」
まさかマサラタウンのレッドが関係しているとか、そういうのではないだろうな。
そうだったら、ガチのヤバいもんだと思うぞ?
「夜這いが来る前に寝よう」
連日、監視の目が少なくなったからか、ユキノシタ姉妹の夜這いが加速している。
まあ、夜這いといってもただ一緒に寝るだけなんだが。だが日によっちゃ両側が埋まってしまうという何とも眠れない状況が続いているのだ。はっきりってエマージェンシー。俺のいろんなもんがエマージェンシーを起こしている。シャドーの生活の方が楽だったかもしれないと本気で考えてしまうくらいには俺のいろんなものがエマージェンシーである。
昼間は昼間で不意打ちのキスやら、たわわに実った双丘で攻撃されて、夜がこれだろ? よく我慢してるな、と自分を褒めたたえてあげたい。俺、超聖人君主。
「って、今度はホロキャスターか。あ? ハルノさん?」
なんかメールが来たみたいだ。
コールじゃなくてよかった。
『じゃーん!』
……………。
これは何なんだろうか。つか、あの人はアホなのだろうか。というか無駄にエロい身体してんなこの人。
「ねえねえ、ハチマン。開けてー」
言ってる傍から来ちゃったよ。
これ、絶対俺の反応聞きにきたって感じだよな。ふむ、つまりは夜這い…………。くそぅ、今日こそは追い返そう。
「ったく」
扉の前でずっと騒がれても迷惑なので、仕方なく部屋の中に入れることにした。
「何なんですか、あの写真は」
「えへへー、どう? 興奮した?」
扉を開けると写真と同じ服を着た彼女の姿があった。
うっ、生は違う…………。
「べ、別に興奮なんか………。つか、もう時期的にニットの季節じゃないでしょうに」
「いやー、安売りセールしてたからつい買っちゃった」
ニット。
淡い水色のニット。
一か月くらい前までならこの姿で外を歩いていてもおかしくはないニット。
なんて解説がどうでもいいくらいにある部分が強調されている。というかちょっと見えちゃってる。
「………胸あきのニットとか、男をたぶらかす気ですか? ハルノさんが着ると一発で襲われますよ?」
「うーん、間違ってはないかなー。でも一発で襲ってくれないんだよねー」
「なんですか、その襲ってほしそうな言い方」
「…………」
「…………」
無言で上目遣いとか、………ああ、そういうことですか。やっぱり俺のことを挑発してるんだな。あんな写真を送ってまで部屋に押しかけてくるくらいだし。
「きゃあ!?」
それならご要望通りにしてあげようじゃないか。
目を態とらしくうるうるさせているハルノさんの手を掴み、部屋の中にちょっと強引に引き入れた。そのままずかずかと歩いてベットに倒れるようにバランスを崩させた。
「と、とと……ハチ、マン………?」
「………………」
押し倒して気づいたが、これニットワンピースの方だわ。下にスカートすら履いてないんだけど。あ、やば、見えた。へえ、黒じゃないんだ。水色なんだ………。なんか意外。
「えー、と……無言はちょっと怖いかなー、なんて」
あ、思わず観察してしまった。ま、あれだ。見えてはいけないものがちらっと見えてしまったのが悪いんだ。見たくて見たわけじゃない。
「生足とか、どんだけ襲ってほしかったんですか」
「え? あ、や、別に、そういうわけじゃ………生足好きなの?」
「そりゃ男ですから。嫌いじゃないですよ?」
「ぁ………」
いつだったか漫画で見たあごくい。
気障ったらしいなーと思いながら、記憶がある。ふむ、少しは記憶が戻ってきているということか。あ、話がぞれた。
「ふっ、顔、真っ赤」
続けて気障ったらしく余裕な笑みを浮かべて鼻で笑う。
やってから思ったが、これって「ただしイケメンに限る!」って奴だよな? 俺がやって大丈夫なのか?
「ぁぅ………」
あ、全然問題ないようですね。この目とか絶対危ない目をしてると思うんだがなー。ユキノといいこの姉妹は物好きにも程があると思う。
「ハルノ」
「ひうっ?! な、ななななまえ……?!」
そういえば、と思い顔を彼女の耳元へ持って行き、名前を呼び捨てで呼んでみる。ヒラツカ先生が呼んでみろなんて言ってたからな。
だが、まあ。いい絵面である。
なるほど、ハルノさんも相当な乙女チックなようだ。
「ふぅー」
「ひゃあっ!? みみ、みみみ耳はダメっ」
なんか楽しくなってきてしまい、いじめたくなってきた。
ひとまず、耳に息を吹きかけてみる。
「…………はあ、耐性ないのに挑発するからですよ。俺じゃなかったら、このままくみし抱かれてもおかしくないですからね」
ま、今日はこれくらいにしておこう。
夜が開ければ、どうせいつものハルノさんになっている。つまりはまたこんな状況が来るかもしれない。となれば抵抗手段を最初から全て見せてしまうのも勿体無い話だ。
「………うぅ………、なんか角が取れたら勝てない………悔しい………………」
「ほれ」
「うぅー、だからわしゃわしゃするなーっ」
悔しがるハルノさんの頭をくしゃくしゃに撫でてみる。
うん、やはりこの反応が可愛い。歳上なはずなのになんか子供っぽさがあってギャップがすごい。
普段のお姉さんキャラもいいけど、違うのもいいものだ。
「そうやってる方がかわいいですよ?」
プシューと煙を上げたかのような耳まで真っ赤になったハルノさん。
「………何をやっているのかしら? 二人して」
そこに新たな厄介ごとが割り込んできた。
くそぅ、せっかく一人落としたってのに。なんで新たに出てくるんだよ。
「「……………」」
「…………」
ほら、突然の登場だから時間が止まっちまったじゃねぇか。
どうすんだよ。
「や、お前も何してるんだって状況じゃん。なんで枕持ってきてるんだよ」
で、最初に時間が動いたのが俺っていうね。
よく見るとユキノの腕には枕が抱えられている。
「そ、それは、一緒に寝よう、かと思って」
随分素直じゃありませんか、もっと隠せよ。聞いてるこっちが恥ずかしいだろうが。ただでさえ、今ハルノさんを陥落させるのに似合わないことして口から火が出そうな勢いだってのによ。
「姉さん、色仕掛けなんてずるいわよ」
「………仕返しされた」
「へ?」
「だからハチマンの色気にやり返されたの!」
「………いやらしい」
あ、汚っねぇ!
こいつら姉妹で手を組みやがった。
これ、今日も俺の負け確定じゃん。や、今日は無理だろ。シングルに三人とか。
「そう思うならハルノさんの恰好に文句をつけてからにしてくれ」
「そうね、その恰好は私に対する嫌がらせだものね」
「ふふんっ、羨ましかろう」
「腹立つわね。そんな胸にはこうよ」
あ、俺もやってみたかったことを。男だからできないってのに。
にしても指が埋まるんだな。
「あんっ、も、もう、ユキノちゃ」
「この肉がハチマンを誑かす原因なのね。いいわ、だったらこの武器を存分に使ってもらおうじゃない」
「へっ?」
「お、おわっ?!」
「あ………ふうんっ」
げっ、油断した。
ユキノに腕を引っ張られて踏ん張ろうとしたが、背後からユキメノコに押されてしまった。よろけた勢いでベットにダイブし、その両脇に姉妹が俺の腕を固定するかのように肢体を絡ませてくる。
ーーああ、ここは天国であり地獄なんだな。天使がいないわ、柔らかいわ、我慢しなきゃだわ、いい匂いだわ。まさに混沌としてんな。主に俺の頭の中での話だけど。
結局、明け方まで寝付けなかった。だって二人とも……………ね。