ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
シルに無事財布を届けたベルであったが、もうそのことに胸を撫で下ろすような気持ちは皆無であった。
彼はとても興奮していた。これが性的であったのならまだ年頃の男として可愛げがあっただろう。
だが、残念な事に彼の目の前にあるのは艶やかな美女でも美少女でもない。あるのは人間よりも大きな身体を持つモンスター。
勿論特殊な性癖などない。彼が興奮している理由はただ一つ。
『手柄』を立てられるから。
祭りの最中突如としてモンスターが現れ暴れ始めた。それを倒せば確かに手柄だろう。それも明らかに強い物なら尚更その手柄は大きな物となる。
つまりより近づく……彼が目指す『英雄』へと。
それに興奮しない理由などない。相手が強ければ強いほど、それは手柄になるわけなのだから、この『功名餓鬼』足る『薩摩兵子』のベルが興奮しないわけがない。
「はっはははははッ!! 手柄だ、大手柄が取り放題だ!」
殺気全開のギラギラと輝く瞳で実に楽しそうに笑いながら大太刀を振るう。
その一太刀一太刀が必殺であり、モンスターが暴れている現場に駆けつけると共に一瞬にしてその首を刈り取る。
その姿はまさに戦狂い。普通なら皆が忌避するものだが吊り橋効果なのか何なのやら、人々にはそのおかしく恐怖するはずの姿がまさに『英雄』に見えた。
だからベルがモンスターを倒す度に喝采が上がるが、彼はそれに応えない。
無視しているというよりも聞こえていないのだ。彼が今夢中になっているのはこの手柄取りだけだ。
だからベルは新たな手柄を求めて走り出す。
「最初は特に興味ない祭だったけど、こういうのなら大歓迎だ! これぞまさに本当の『怪物祭』、まさに僕好みのお祭りだね」
洒落にならない洒落を一人口にしてクスリと笑うと、ベルはモンスターがいるであろう喧噪を本能的な何かで感じ取りそちらへと向かう。
彼は人を助ける為に行くのではない。
『手柄』を立てるために行くのだ。その姿はまさに『薩摩兵子』であった。
ベルのお陰?でギルドの役員は特に忙しいということはなかった。
モンスターが暴れ出したことに関し詳細な情報はまったくないのだが、その暴れ出したモンスターを地上に持ち込んだのはガネーシャ・ファミリア。だからなのか、彼等はその情報を受け次第即座にギルドに緊急依頼を頼んだ。
通常、こういう場合はファミリアの威信もあって自分達だけで解決するものだが、それをこのファミリアの主神が許さなかった。
自分達のプライドよりも民衆の安全を第一に。それが『民衆の主』を自他共に主張する主神の意向。
それに応じファミリアの団員はプライドもへったくれもなくギルドに依頼をしたのだ。それに応えギルドも周りに居る冒険者にこの依頼を受けてもらおうとするのだが…………………事態はそれを既に過ぎていた。
モンスターが暴れ被害が出るのだが、それに冒険者が向かう前に既に討伐されてしまっているのだ。誰がやったのかなどの情報を集めると出てくるのは決まって同じ人物。
『白い髪に身の丈ほどある大きな太刀を振るう人間の男の子』
その人物は現場に現れては一撃でモンスターを倒し、颯爽と去って行くという。
その人物のお陰で被害は殆ど無い。だから皆有り難がっていたのだが、ギルドとしては何とも言えない気持ちになった。
何せせっかくの依頼が無駄になったのだから。いや、勿論民衆の無事が一番大事なのだからその者には感謝をすべきなのだが。
しかし、だからと言って『正体不明者』に感謝をするというのも微妙なわけで………ギルドとしてはこの事態に対し、どう対応してよいのか少し困っていた。
ただし、この『正体不明者』に心当たりがある局員………『エイナ・チュール』は顔を真っ青にして頭を押さえながら唸ってしまう。
(も、もしかしてこれ………ベル君なの!? で、でも他の人の可能性もなくは………ないわね。絶対にない。真っ白い髪をして身の丈ほどある大太刀を持ってる人間の男の子の冒険者なんてベル君くらいしかいないもの。あぁ、なんで危ないことしてるのよ、君は…………)
薩摩兵子たるベルを知らない彼女は彼のその強さの一旦を聞いても不安しかなかった。
ギルドが対応に困りベルが暴れ回っている時、アイズ・ヴァレンシュタインもまた窮地に追いやられていた。
彼女は自分の所のファミリアの主神ととある会合に付き添った後、ファミリアの仲間であるティオナ、ティオネ、レフィーヤの3人と合流し祭りを回ることになった。
女性らしく服屋で服を見て試着したりしてみたり、祭りらしく屋台お出店の物を買って一緒に笑い合いながら舌鼓を打ったりと、実に年相応に楽しんでいた。
そんな彼女達であったが、突如として目の前で問題が発生する。
広場付近を歩いていると、突如として地震が起きた。
それは短く揺れるだけに終わったが、終わると共に広場にて巨大な何かが出現したのだ。
当然それが何なのかを確かめるべくアイズ達は広場へと駆けつける。
現場に現れたのは蛇のような巨大な黄緑色のモンスターだ。どうやら地面から現れたらしく、広場の石畳を盛大に飛び散らせながらその身をくねらせていた。
「何、アレ!?」
「見たことがないモンスターです!?」
ティオナとレフィーヤの反応から分かる通り、目の前にいるモンスターは今まで見たことがないものだった。
そんな未知な相手に対して当然恐怖を感じる面々ではあるが、彼女達は冒険者である。戦う状況になったのならば戸惑いはしない。
今回は完全にオフで祭りに来ていたので当然武器などは持ち込んでいない。
しかし、それでもレベル5の膂力というのは一線を越す。その力は素手であってもレベル3相当のモンスターであっても瞬殺する。
だから大抵の、それこそ怪物祭に連れてこられるようなモンスターならば彼女達の敵ではない。
だが……………。
「いった~ッ!?」
「何なのよ、この堅さは!」
近接戦闘が強いアマゾネスのティオナとティオネの二人の拳をあろうことかこのモンスターは受けても無傷だった。それどころか殴った二人が逆に拳を痛める始末。
逆にモンスターはその長い身体を振り回してアイズ達に襲いかかった。
それに翻弄されつつもモンスターに対抗する術を考える二人。そんな二人が時間を稼いでいる間にレフィーヤが魔法の詠唱を始める。
物理攻撃に強いことは分かったが、魔法への防御力があるのかは分からない。だからこその攻撃であり、高威力の魔法ならば只ではすまないはずである。
決まればかなり効果が出るかもしれない攻撃に対し、モンスターもそのままではすまさなかった。
どういう理屈かは分からないが、魔力の高ぶりを感じモンスターはレフィーヤを攻撃したのだ。それもその大きな身を使わずに………地面から飛び出してきた触手のようなもので。
腹部を貫かれたようで吐血して倒れるレフィーヤ。そんな彼女を見てアイズ達は怒りを燃やす。
それに呼応してなのか、このモンスターは真の姿を現した。
地面から多量に生え出す触手、そして顎を開くかのように中央に無数の牙がある毒々しい極彩色の咲いた花……ここで初めてこのモンスターが植物型であることが判明した。
そしてそれまで以上の猛攻を始めるモンスター。
当然ティオナ達は攻撃するが、素手ではダメージを与えられない。
更にここでアイズが使っていた細身剣が砕けた。彼女の本来の武器は只今整備に出しており、その代わりに渡されたのがこの剣だ。業物ではあるのだが、当然彼女本来の武器である『デスペレート』に比べれば劣る。
そして言っては何だが武器の使い方が粗雑なアイズでは強引に使い続ければ………この通り、見事に砕けるわけだ。
結果、武器を失ったアイズを含め決め手に欠ける状態になった。
そんな中、祭の崩れた屋台の中で逃げ遅れた親子を見つけたアイズ。
このままでは巻き込まれてしまうと判断した彼女はその親子の前に飛び出すと、自分が唯一が持つ風の魔法を発動させる。
このモンスターは魔力に反応するので、当然アイズに向けて攻撃が集中してしまう。
しかし、攻撃は全て魔法によって発動した風の障壁によって弾かれる。普通に考えれば親子の近くにいるということは彼等を危険に晒すに他ならないのだが、今下手に親子に動かれてはその方が危険になる可能性がある。だからアイズが集中して攻撃を受けることで親子に攻撃が行かないようにするのは間違いではない。
とはいえ当然これではモンスターは倒せない。アイズは防御一辺倒で動けず、ティオナとティオネでは攻撃力が乏しい、そしてレフィーヤは行動不能である。
だからこそ、彼女達は追いやられていた。
ジリ貧であり、このまま行けばどちらが先に力尽きるのかなどはっきりしている。
どうしよう………。
そんな心が彼女達を締め付ける。
そんなとき、丁度良いと言うべきかどうなのかはわからないが…………『アレ』が来た。
この場では場違いと言わざる得ない程に目を輝かせ、実に楽しそうに危険な笑みを浮かべて。
その姿を最初に見たのはレフィーヤだった。
彼女は薄れかける意識の中、それを見て思った。
(あれ、この人…………あの時の………)
彼女は『アレ』を見た覚えがあった。それもここ最近に。
彼女の視線が『アレ』を追いかけていると、『アレ』はアイズの元まで駆け、手にした大太刀を刀身が見えなくなるほどの速度で振り抜きアイズに攻撃する触手を一太刀で全部斬り捨てた。
「え………?」
攻撃が止んだ事と目の前に現れた『アレ』を見てアイズはそんな声を出してしまう。
この場にいることが意外に思ったのか、可愛らしい声であった。
そんな声を聞いたからなのか、『アレ』はアイズに話しかけてきた。
「こんにちは、アイズさん。急で申し訳ないんですが、あれはモンスターですよね? 初めて見るモンスター……しかもアイズさんでも手こずるぐらい強いということは………かなりの高レベルモンスターですよね」
いきなりそう言われ、それまであった窮地とは場違いな雰囲気にアイズはポカンとしてしまった。
それに何よりも、『アレ』があまりにも楽しそうに笑っているものだから、それが逆におかしくて答えるのに遅れてしまう。
「た、たぶんレベル4ぐらいだと思うよ………ベル」
『アレ』………ベルはアイズにそう言われ関心する。実に興味深そうに、それでいてより楽しそうに。
「そっか………つまり類を見ない程のレアモンスターっていうことかぁ………物珍しい、それでいて強い………まさに本日の大将首だ! 大手柄だ!!」
そこから出たのは殺気全開の瞳。ギラギラと怪しく輝き、相手を殺すことに心底興奮と楽しみを感じている、そんな狂った顔だ。
そんなイカれた笑みを浮かべるベルにアイズはついつい見入ってしまう。
何故だか目が離せない。ずっと見続けていたいとすら思った。
それぐらいベルは………無邪気だった。邪なものだらけなのに、何故か純粋。それが今のベルを表していた。
アイズが今まで見たこともないその感情に彼女は見入ってしまう。
「しかし、草を相手にするのは初めてだけど………首はどこなんだろう? 草に首なんてないし。でも口っぽいところが花にあるわけだし、そうなると顔が花? ならその下は首ってことになるのかな? ねぇ、アイズさんはどう思う?」
そう問われ、アイズはどう答えて良いのか困ってしまう。
この場でそんなことを聞かれても、どう答えて良いのか分からない。そんな事など気にしたこともないのだ。
なのにベルはそれが気になって仕方ない様子。だからアイズは思った事をとりあえず言った。
「たぶん、そうじゃないかな。口があるならその下には首があると思う」
「そっか」
その答えを聞いてベルはアイズに微笑んだ。答えを得たのが嬉しかったのだろう。
その笑みを見てアイズの胸がトクンと高鳴った。何でとは思わなかった。ただ、その高鳴りが心地よいと、そう思えた。
紅くなっているアイズの顔を見ずにベルはモンスターへと向き合う。
「本日一番の大手柄だ! ならばその首置いてけ! なぁ、祭りの締めにその首置いてけッ!!」
モンスターを指さしながらそう言うと、ベルは大太刀を構えながら突進する。
その速さはかなり速く、アイズでも気を抜くと追いつかないくらいに速い。
当然モンスターもベルを迎え撃つべく触手による攻撃を仕掛ける。
まっすぐに進む触手はベルを打ち倒さんと殺到するが、ベルはそれを紙一重で避ける。
走ったままの速度は一切緩めず、僅かな体裁きだけで触手を避け、掠ろうとも止まらない。頬が裂けて血が滴ったところでベルはその笑みを崩さない。
寧ろより加速しているまでもある。
そして一気に飛び上がりモンスターの顔………花の近くまで行くと吠えた。
「その首、もらったぁあああああああああああああああああああああッッッッ!!」
そのまま豪快に一閃。
大太刀が振り切れベルが地面に着地すると共に、その花はボトリと落ちた。
そして灰になるモンスター。残ったのは満足げに笑うベルだけ。
「怪物祭がこういうのだったら、毎日でも参加したいなぁ」
そう言うとベルはそのまま普通に、それこそ何事も無かったかのようにその場から去ってしまった。
その後ろ姿を見てアイズは思ってしまう。
(どうして君はそんなに………強いの?)
そんな疑問を高鳴る胸を手で押さえながらアイズはベルに問いかける。答えが返ってこないことを分かっていながら。
ただ、姿が消えるまでずっと目が離せなかった。
こうして怪物祭は終わりを迎えた。
今回被害は最小限で済み、祭りは何だかんだと成功を収めた。
そして街に更に新たな噂を呼んだ。
『今回のモンスターを倒したのは…………』
その噂を聞きヘスティアと共に、新たにエイナの心労が酷くなったのは言うまでもない。