ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
怪物祭を言葉の通りに楽しんだベル。
本来の意味からかけ離れ、モンスターを『狩る』ことに彼は実に楽しそうであった。
そんなベルだが、当然と言うべきかいつもとまったく変わらない様子。祭が終わればいつも通りというものだが、彼の場合はいつもがそんな感じだ。
だから自分が如何に『常識外れ』の事をしたのかなど考えるはずもない。
何せ彼がしたことはまさにいつもの通り……『手柄を立てた』だけなのだから。
誉れである、誇って良いことである。だが、慢心してはならない。つまりは『正常』。
ベルにとって当たり前の事であり前提。当然のことなのである。
だが………本人がそうでも周りはまったくそうではない。
今回の騒動に当然目撃者は多く、ここ最近はその話題で持ちきりだ。
その内容は様々だが、決まってあるものが出てくる。
『身の丈と同じほどの大太刀を持ち、新雪のような真っ白な髪をした人間の少年』
彼の人物が必ず主人公として出てくる。
つまりは同一人物。そしてそれは更に少し前の噂話とも繋がりを見せる。
『ロキ・ファミリアのレベル5、凶狼を一方的に打ち倒した人間の少年』
どちらも同じ髪の色、同じ身の丈ほどある大太刀持ち。
ここまでくれば今回の騒動の人物も分かるだろう、同じ人物だとわかるのだから。
そして皆納得も出来る。
『あのベート・ローガを倒せる程の者ならそれも出来て当然かもしれないと』
正体が気になり調べる者も出てくるが、何故かまったく判明しない。
あれだけの強者なら、嫌でも名前が出てくるのに。あれだけ強いのだ、さぞ『高レベルな冒険者』に違いないと。
だから分からない。まさか彼の人物が冒険者になって一ヶ月くらいしか経っていない『新人』であるなど誰が予想できようか? 出来るわけがない。このレベル至上主義になっているオラリオの冒険者事情において彼の者は例外なのだから。
故にいくら噂が広まろうと彼は見つからない。例えその特徴が合致しようとも、あまりの見た目の『ひょろさ』に彼が噂の人物だとは信じられない。
だからこの街は噂が駆け巡ろうとも変わらず、そして彼もまったく気にせずいつも通りに過ごす。
ただし………その正体を知っている、もしくはちゃんと正しく気付いた者にとっては別であった。
「さぁ、どういうことなのか説明してもらうわよ、ベルくん!」
目の前ので仁王立ちしながら笑顔を向けるエイナ。その笑顔は美人なので美しく綺麗なのだが、その目はまったく笑っていない。それが更に怒りを表しているようで、その身から溢れる怒気は冒険者でない彼女であっても凄まじいものであった。
そんな彼女を前にベルはギルドの個室にて正座をしながら困った顔をしていた。何せベルは何故こうなったのかをよく分かっていないからだ。
(なんでこんなことになってるんだろう?)
事の始まりは唐突に……というのがベルの主観であった。
今日も今日とて手柄取りにダンジョンに潜ろうとしていたとき、たまたまエイナの姿を見かけたので挨拶をしようと思い寄った。別に何でもない世間話だ。
だというのにエイナはそうではなかったようで、ベルの姿を見るなり驚きで顔をこわばらせ、笑いかけるベルの手を掴むと先程言った通りのまったく目が笑っていない笑顔をベルに向けて話しかけてきた。
「ベル君……ちょ~~~~~~っとお話、いいかなぁ?」
彼女の身に纏う怒気に何かやらかしたかと思いながらベルは仕方なくついて行き、そうして現在の状況となった。
「いや、急に説明と言われても困るんですけど」
話がまったく見えないベルはそう答え、そこでエイナは改めて本題を口にする。
「前回の時もアレだったけど……今回の怪物祭、君はまた盛大にやらかしたらしいじゃない」
「やらかした?」
きょとんとした顔で首を傾げるベル。
端から見たら可愛らしいその様子にエイナは頬を赤くしてしまうが、見とれている場合じゃないと軽く首を振ってベルを見据える。
「そう、今回のお祭りの時に逃げ出したモンスターを倒して回ってたみたいじゃない。本来ならまだ君が戦うはずじゃない中層のモンスターなのに!」
エイナが怒っているのはベルの身を案じてのことだ。
彼女からすればベルはまだまだ駆け出しのレベル1の冒険者。いくら強いといってもあくまでもレベル1の範囲であり、駆け出しにありがちな増長こそないもののいつそうなるか分からない、目が離せない少年である。
彼女としては、まだ上層でしばらく経験を積んでから徐々に下の階層へと行ってもらいたいというのが本音であり、『冒険者は冒険しない』を守ってもらいたい。
だが、ベルは者の見事にその願いをぶち破り、危険だというのに見事に戦ってくれたわけである。当然彼女としては怒って当然であった。
そのことにまだ気付いていないベルは言われたことに対し、実に無邪気に楽しそうに笑う。
「はい、結構楽しかったですよ。物珍しいモンスターが一杯で、良い手柄になりました!」
反省の色無し。
その反応から如何に危険な真似をしたかなどまったく分かっていない。寧ろ清々しいまでの笑顔にエイナの顔に青筋が浮かび上がる。
それでもまだだ。まだ怒ってはいけないと、彼女は弟に接する優しい姉のように堪えつつベルに話しかけた。
「いや、そうじゃないでしょ。君はまだレベル1なんだから、そんな危ないことはしちゃ駄目って言ったじゃない。『冒険者は冒険しちゃ駄目だ』って」
「それは無理ですよ。だって目の前に手柄があるんですよ? だったら手柄を取らなくちゃ駄目じゃないですか。チャンスは活かさなきゃ駄目になります。その一瞬にこそ全力を賭けてこそ『薩摩兵子』です。だって僕は『功名餓鬼』ですから」
堂々とそう答えるベル。
その答えを聞いてエイナは堪えきれなくなり………ついに噴火した。
「べ~~~~~~るぅ~~~~~~~~くぅ~~~~~~んぅ~~~~~~~!!」
顔を真っ赤にしてキスが出来るくらい顔を近づけるエイナ。
綺麗な女性がそんなに近づけばドキッとするものだが、今の状況に色気はない。
「今日という今日はいい加減に観念しなさい! 今まではあまり言わないでいるつもりだったけど、流石にこれは目立ちすぎ! いくら君が強いといってもレベル1の範囲、それに喧嘩の時は相手が酔っていたからラッキーパンチだと思って飲み込んだけど……今回ので流石にそれも無理! このままじゃ君のレベル虚偽を報告しなくちゃいけなくなる。そうなったら君、ダンジョンに行くのを禁止されちゃうよ! それでもいいの!!」
捲し立てるように言うエイナ。
怒りまくっているエイナにベルはこの事態がどういうものなのかをやっと理解したらしく、どうしたものかと困ってしまう。
(つまりエイナさんが怒ってることは、『僕がレベル不相応に目立ってしまった事』にあるみたいだ。う~~~ん、流石に今ダンジョン禁止は困るなぁ。まだまだ手柄を立ててないし)
イマイチ理解し切れていないベル。そこに自分の身の安全というものは存在しない。
エイナはそここそが一番に心配しているというのに、その部分がまったくないベルにはその想いが通じていない。それは彼に叩き込まれた『薩摩兵子』の心得故であり、どうしようもないことである。
この事態にベルはどうするべきかと考える。
エイナが疑っているのはレベルの虚偽。それに対し嘘をついていないとは言い切れない。何せ報告はレベル1だが、実際は『薩摩兵子』なのだから。
レベル差どころかレベルですらない。レベル差の虚偽ならまだ分かるが、前例がないであろうこの意味不明なものをどう報告せよというのか?
このまま怒られていても切りがないし、何よりエイナが怒っているのは単純に怖い。
背中にあるステータスを見せるのが手っ取り早いのだが、それを勝手にするとヘスティアがうるさそうな気がすると、そんな気がして踏み留まるベル。
本来、冒険者にとってステータスとは秘匿するものだ。それは同じファミリアの団員でさえ同じ。それは個人の情報そのものであり、弱点を晒すものである。故に最重要情報であり秘匿なのだ。
だが、この男はそんなことはまったく思っていない。
元からステータスなど当てにしていない。見られたところで困りもしない。寧ろ見たければ見ろと堂々と背中を晒したって問題ない。
彼にとってステータスというのはその程度の意味合いでしかないのだ。
だから今この場で服を脱いでエイナに見せても良いとは思う。そもそも見られてやましいものでもない。
だが、ここであることに気付いた。
そう、見られたところでエイナが理解出来るかということだ。勿論彼女を馬鹿にしているというわけではない。
ステータスは『神聖文字』で書かれている。それはこの地に住まう者達の言語ではなく神々の言語だ。つまり普通には読めない。読めるのは神々か余程頭が良くこの言語を勉強した者くらいだろう。
どのみち一般人には読めないのである。勿論ベルも読めない。
つまりこの場で仮にステータスを見せたところで理解出来ないのである。
だから見せても意味が無い。そして引っかかったヘスティアの事を考え、ベルはもっとも良いと思う最適解を出した。
「わかりました。ステータスを見せれば納得して怒りも納めてもらえると思いますので、今から神様連れてきます」
「え? ちょっと、ベル君!?」
その答えにそれまで怒ったりベルを心底心配していたりしたエイナは驚き、慌ててベルを止めようとするがベルは止まらない。
ベルはエイナの制止の声など聞かずにズンズンと早足で歩いて行きギルドを出るとホームへと走って行った。
「で、僕をここに連れてきた、と」
「はい。これが一番手っ取り早いですから」
「す、すみません、まさかこんなことになるとは思っていなかったので………」
ベルがギルドを出てから少し時間が経ち、ギルドの出入り口前で待っていたエイナが見たのは………こちらに向かって突っ走るベルと手を引っ張られているヘスティアだった。しかも走る速度が速い所為かヘスティアの足は地についておらず、空中でぶんぶんと定まらずに暴れていた。
そんな二人が到着し、内容が内容なのでギルドの個室にエイナは二人を案内する。
その間にヘスティアは何故連れてこられたのかをエイナに聞きたそうだったが、何となくエイナから発せられる雰囲気を感じて黙ることにした。
そう、何となくだがヘスティアは感じ取ったのだ………目の前にいる『同族』を。
そうして個室に付き、エイナがベルに言ったことやその答えとしてベルの行動を説明されヘスティアは深い溜息を吐いた。
(ベル君がホームに駆け込んで来た時から何となくだけど嫌な予感はしてたからなぁ………)
予感が的中してげんなりするヘスティア。だが、想定していたことなので今更驚きはしない。寧ろあれだけ派手に暴れ回ったのだ、目立たない方がおかしい。
だからヘスティアはこの状況を素直に受け止めた。
どちらにしろ近々説明しなければならないと思っていたので、この状況は丁度良い。
そう思い直すと彼女はエイナに話しかけた。
「君はベル君の担当アドバイザーだったよね」
「はい、そうです!」
「なら丁度いいかな。勿論の事だけど、このことは君と僕との秘密だ。もし漏らしたらその時は『神の力』を使ってでも君を」
「別に漏れたら漏れたでいいじゃないですか。見られて困るようなものでもないし」
「ベル君は静かに!」
ヘスティアの言葉を遮ったベルは珍しく怒られ、ヘスティアは改めてエイナに話しかける。
「これから見せるステータスははっきり言って異常だ。そして見れば納得する。どうして僕がベル君をレベル1で申請するよう言ったのかを。どうしてベル君がこうもおかしいのかを」
その言葉と共に彼女はベルを横に寝かせてステータスの更新を行う。
ここ最近やっていなかったので更におかしなことになっていないか不安に思いつつ彼女は更新を行い、そしてその内容を羊皮紙へと翻訳し転写した。
その際にヘスティアはずっと目を瞑っていた。ベルの身体を見て恥ずかしいとか、そんな乙女チックなものではない。ただ、怖くてみたくないだけである。
そしてエイナの前に出すと共に目を見開き一緒にベルのステータスを見た。
「さぁ、これがベル君のステータスだ」
ベル・クラネル 種族 ヒューマン
レベル 薩摩兵子
基本アビリティ
「力」 SSS12989
「耐久」SS9780
「器用」I15
「敏捷」SSS17980
「魔力」I13
発展スキル
『武者働きEX』『対異常EX』
スキル 『薩摩魂』
手柄(敵を殺す)を立てる度にステータスが上昇。経験値(エクセリア)にさらに上乗せされ、互いに引き上げより成長する。
死を常に考え、それに恐怖しない。故に自己防衛本能が薄くなる。その分より攻撃能力が上昇する。
効果は死ぬまでずっと続く。
『えのころ飯』
食料にすると意識して倒したモンスターは死んでも肉体が残り、それを食べると体力回復、精神力回復、肉体治癒の効果を発揮。毒があろうとこのスキルの前では無効化される。
味はスキル使用者の能力による。
『常在戦場』
常に肉体を戦闘に最適化させる。どのような状態であろうと戦場で最高のパフォーマンスを発揮する。戦意が高揚すればするほど戦闘力が高まる。己を戦場において特化させる。
「……………………はぁ?」
「何というか、やっぱりというか予想以上にアレだ言うべきか………もう何があっても驚かないよ、僕は」
ベルのステータスを見て驚きのあまり固まるエイナ。そんなエイナにヘスティアは達観した目を向ける。
ベルはステータスを見たところで興味がないので気にしていなかった。
「と、いうわけでアドバイザー君。こういうわけだから、もう突っ込まないでくれ。分かってることは彼がおかしすぎるってことだけだから」
そうヘスティアはエイナに言うと、彼女はエイナの肩をポンと叩く。
その衝撃でヘスティアの方に顔を向けるエイナ。そんなエイナにヘスティアは同族を見る哀れみと仲間が増えたことへの喜びが籠もった眼差しを向けながら話しかけた。
「知ったからには逃さないよ。さぁ、二人で胃を痛めようじゃないか」
その言葉はエイナにとって処刑鎌を振り下ろされたように感じた。
こうしてエイナにもステータスは知れ、ベルの秘密は漏れないことになった。
ただ、エイナは乾いた笑いがとまらなくなっていた。