ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず   作:nasigorenn

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魔王時々薩摩。


第17話 ベルは彼女を助ける 前編

 リリルカと組んで今日も今日とてダンジョンへと赴く。

ここ最近ではそれが当たり前になりつつあることであり、今日も昨日と変わらないだろう。

そう思える程に平穏であった。潜ってはベルが暴れて異常な程の量の魔石をリリルカが回収する。そして手に入った多額のヴァリスに皆が喜び大団円………彼等の姿を見ていた者達ならきっとそう思うだろう。

だが、今日は少しばかり違うようだ。

 

「どうかしたの、リリ? 何か顔色が悪いような」

「な、何でもないです、ベル様!」

 

何やら考え込んでいるリリルカを心配してベルが声を掛けた。

彼女はベルに話しかけられ少し慌てて答えるが、それでも顔色は優れない。

 

「体調が悪いようなら今日は止める?」

「い、いいえ、大丈夫です!」

 

無理なら止めようかという提案に対し彼女は過剰なまでに大丈夫だと答える。

何せある意味急いでいるからだ。ベルの身に危険が及ばないようにするには速い内に『彼と決別』しなければならないから。

彼女は知っているのだ。過去に自分が逃げた先で彼等が何をし、その結果自分がどのような目で見られたのかを。

ベルからそんな目を向けられたくない。

だから彼女は今日、なんとしても………ベルから手を切らなければならない。

 そんな彼女の決意など気付かずにベルは進む。多少はリリルカの事を気に掛けるが、それでも本人の意思を尊重し行くことにした。

 

 

 

「ベル様、今日は10階層に行きませんか」

 

ダンジョンの入り口付近にてリリルカはベルにそう提案を出した。

ベルが今まで行った事がある階層は9階層まで。10階層からは中層にカウントされ大型のモンスターも出ることからこれまでよりも更に難易度が上がっている。当然レベル1の冒険者がソロで行くような階層ではなく、通常は5人程度でパーティーを組んで準備を万端にして向かう関門だ。薩摩兵子足るベルが何故今まで行かなかったのが不思議で仕方ないと誰もが思う。彼のような戦狂いにして功名餓鬼ならば、より大きな首(手柄)を立てるために進んで行くはずだ。

そうしなかったのは彼の『紳士』な部分であり、心配するエイナに負担をかけたくなかった(毎回グチグチ言われるのが嫌だから)からだ。

だが、もう彼女から言われるお小言も少なくなってきていることだし、ベルとしても既に9階層のモンスター達の首には飽いた。ならこの提案は丁度良い。

 

「いいよ、行こうか」

「随分と速く決断しますね。もう少し思案するものだと思うんですけど?」

「前から行きたかったからね。良い首が取れそうだ」

 

即決したベルに若干引き気味に突っ込むリリルカ。普通はもう少し考える所なのだがこの男ときたらそんなことは一切無い。逆に言えば、目の前に手柄が転がっているのだ。取らずには居られないのが薩摩兵子というものである。

上機嫌になるベルにリリルカは内心で申し訳ない気持ちで一杯になった。何せこれから彼女がするであろうことは下手をすればベルが死にかねないからだ。彼の実力を知っていることから死にはしないと思うが、万が一ということもあるしどちらにしろ危険に晒すことに変わりは無い。これが他の『下衆な冒険者』なら罪悪感など抱かなかった。だが、ベルは……ベルだけは違う。彼女の中で唯一の例外である彼にはそういった『優しい』感情を抱いてしまう。それは確かに心地よいが、同時に苦しい。その思いを振り切るためには、こうして無理矢理にでも断ち切るしかない。

それでも残る罪悪感を感じながらリリルカはベルと一緒に10階層へと歩いて行った。

 いつもと同じように大太刀が振るわれモンスターの首が飛ぶ。それを幾度となく繰り返してたどり着いた10階層、そこは真っ白な世界だった。霧に包まれた草原のような場所というのが正解なのだが、霧の所為で視界が良くなく白いのでそういう言葉がぴったりだ。その白い世界に初めて来たベルは……………。

 

「さぁ、首はどこだ!」

 

怯えたり感動したりといった様子は皆無であり、ギラギラと殺気に輝く目で辺りを見回していた。ダンジョンに入れば、戦いの場になれば薩摩兵子。その場に怯えも感動も何もないのである。

そんなベルにリリルカは苦笑しつつこの階層の特性について簡単な説明を行うが、この男はそれを聞いたところで特に何か思うことはないらしい。まぁ、既に自然物『ネイチャーアーム』を持った相手を殺したこともあるから彼にとって問題ではないらしい。

そして丁度良く現れたのはミノタウロスと同じ大型のモンスター『オーク』。2メル近くある高い身長にどっしりとした肉体を持つ猪と巨人が合体したようなモンスターだ。既にこちらに目を付けたようで、地面に生えていたネイチャーアームを引き抜き向かってきた。

初めて見たのならその姿に恐怖を抱くだろう。

だがベルは『初めて』ではない。

 

「まずは豚巨人、お前の首を置いてけッ!!」

 

嬉々とした雄叫びを上げながら弾丸の如き速さで構えながら突進する。彼はオークとの戦闘経験がある。以前あった怪物祭での騒動の際に殺したことがあるのだ。

その時の光景が再生されたのは言うまでも無いだろう。

 

「相も変わらず鈍間ぁッ!!」

 

オークが振り下ろしたネイチャーアームごとオークを袈裟斬りにした。

そこに一切の抵抗はなく力の拮抗もない。滑らかにとさえ言えるほど鮮やかに、しかし叩き斬った轟音を轟かせながらオークはその巨体を地面へ崩れ落ちた。

 

「まずは一つ。でもこの程度じゃぁ………まだまだ!」

 

この程度の相手に満足など出来るはずがなく、ベルはより覇気を露わにする。せっかく来た10階層、より多くの手柄を立てなければと己を奮い立たせる。

いつだって、どんな時だってそうだ。手柄を立てられることは楽しいのだ。

だからベルは楽しさから笑みを浮かべる。無邪気でいながら殺気に溢れた歪な笑顔。見る者全てを怖気させるその笑みを見て、リリルカは内心で怖がりつつも呆れてしまう。

 

(はぁ………罪悪感を感じてるこっちが馬鹿馬鹿しくなる程に清々しいですね、ベル様は)

 

こちらがこんなにも苦しんでいるというのにこの男は、等と思って恨みがましジト目を向けてしまいそうになる。それがやっぱり心地よくて、だからこそ…………。

 

「ベル様、これからもっとモンスターが一杯来ますよ! リリは危ないから離れてますね」

 

そう言ってリリルカは地面にある物を置きベルから離れていった。

 

(ごめんなさい、ベル様。たぶんベル様のことだから大丈夫だとは思います。でも、それでも………リリの事でベル様に迷惑を掛けたくないから、だから………さよならです)

 

そして彼女の姿は霧の中に消えていった。

彼女がいなくなった後、その場には20体以上のオークが集まり、ベルはそれを嬉々とした顔で斬り捨てていった。

 

(たぶん彼女は………さて、どうなるかな)

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

真っ白い霧の中を抜けて岩で出来た洞窟内を駆け抜けるリリルカ。彼女は汗だらけになりながらも必死に走っていた。ベルにモンスターを押しつけることで隙を伺い離れた。これでもう会うこともないと思うと胸がぎゅっとして苦しみを感じるが、それも彼の為。後は得意の変身魔法を使ってソーマ・ファミリアの連中を欺きつつ金を貯めて悲願である『ファミリアの脱退』を成すのだ。

それまで虐げられてきた自分からの解放、その為に彼女は今まで生きてきた。卑怯なことをして騙し盗み誤魔化して、悪人だとはっきりと言えることをしてきた。その事に後悔も悔いもない。だが、ベルにだけはその念が付きまとってしまう。だからこそ、その悔いを抱きながらも彼女は絶対に成すのだと、そう心に決める。それがせめて決別するためにベルに酷い事をしてしまった彼女なりの決意。

道行く途中にモンスターに遭遇することもある。だが、彼女ができる限り出会わないルートを選んだこともあって出てくるのはゴブリン一匹やコボルト一匹程度。戦闘が専門ではない彼女であってもその程度なら何とかなる。

彼女は手にしていたクロスボウでゴブリンを射りながらも駆けていく。自由のために、少しでも速くその場から離れるため…………ベルに会わないようにするために。

だが、無情なことに彼女の足は突如として何かに引っかかり転んでしまった。

 

「ッ!?」

 

転んだ事に痛みを堪えつつ起き上がろうとするリリルカ。

そんな彼女に声が掛けられた。

 

「嬉しいじゃねぇ………大当たりじゃねぇか」

「なッ……!? ぐぅッ!」

 

つい最近聞き覚えのある声、それと共に現れた男に彼女の身体は動きを止める。

それはつい最近騙してレアなアイテムを奪った相手。ベルと初めて出会ったときに彼女を追い詰めていたあの男だ。

男は怒りに歪んだ目で彼女を睨みながら彼女の襟倉を掴んで持ち上げる。

持ち上げられたことで彼女は苦しそうに喘いだ。

 

「やっと見つけたぜ、糞小人。テメェがこの辺りを通るって他の奴らから聞いてなぁ、網張っといて正解だったわ」

 

男は獲物を嬲るかのようにリリルカの首を締め上げる。積年の恨みをやっと晴らせると言わんばかりでありながらしに身から滲み出る殺気は黒々としていて汚泥のようだ。

 

「詫び入れてもらうぜ、糞小人!」

 

男はそう叫ぶとリリルカを地面へと叩き付けた。

その衝撃に息が出来なくなるリリルカだが、更に腹部に爆ぜるような衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「っ、げほ、げほ!」

 

肺から空気が強制的に吐き出され、酸素欲しさに慌てて空気を身体に取り込み噎せるリリルカ。彼女は今腹部の激痛に悶えていた。何をされたのかなど明白、彼女は腹を蹴り飛ばされたのだ。

 

「いいザマだなぁ、コソ泥。俺の剣を盗った分、取り替えさねぇとなぁッ!」

「いッ!」

 

更に男はリリルカに近づくと彼女の髪を掴んで無理矢理持ち上げる。その激痛にリリルカは声にならない悲鳴を上げるが男の耳には通らない。男はそのまま彼女の着込んでいたローブに手を掛けると無理矢理引きちぎって彼女を再び地面に投げ捨てた。

 

「まずクロスボウに魔石、金時計に……おいおい、魔剣までもってやがったのかよ。こいつは随分と盗んでやがるなぁ、えぇ?」

 

男はローブの中に入っていた物を漁りながらリリルカを侮辱する。彼女はこの状況に泣きたくなったが、胸に隠したある物が盗まれていないことだけを安堵する。

だが、その安堵も直ぐに凍り付いた。

 

「また派手にやってますなぁ、ゲドの旦那」

「おぉ、お前等か。こいつ、かなり溜め込んでるみたいだぜ。何せ魔剣なんて隠し持ってたくらいだからなぁ」

 

男に話しかけながら現れたのは3人組の冒険者。そのメンバーにリリルカは見覚えがあった。

 

(やっぱりあなたでしたか、カヌゥ………)

 

それはソーマ・ファミリアに所属する冒険者であり、主にリリルカを搾取する最悪の相手である。彼等に下手に逆らうとどのような酷い目に遭うのかを知っているだけに、彼女の身体は震え上がった。

ゲドと呼ばれた男は上機嫌にカヌゥに成果を話す。それを聞いたカヌゥも満足そうに笑うが、そこで更にカヌゥの笑みが歪んだ。

 

「ところで旦那、ひとつお願いがあるんですが………そいつの持ち物、全部置いてって欲しいんでさぁ!」

 

その提案と共にゲドに投げつけられた袋。それは時々もぞもぞと動き、そして袋の口が開くと共にその正体を現し鳴き声を上げた。

 

「なっ、これはキラーアント!? カヌゥ、テメェ何やってるのかわかってんのか!」

 

ゲドがそれを見て驚愕した。

それはとあるモンスターの半身。まだ死に切れていない為なのか動き独特の声を上げている。そのモンスター『キラーアント』はある特性がある。それは瀕死の状態にあるとき特殊なフェロモンを出す。それは自身の身の危険を仲間に知らせると共に『仲間をこの場に呼び寄せる』ものだ。

つまりこの場に瀕死のキラーアントがいるということは…………。

ゲドの予想が正しいように、壁に罅が入り中からキラーアントが誕生する。それだけに止まらず、ダンジョンの奥からこちらに向かってキラーアントの群れが突進してきた。

そしてあっという間にこの場はキラーアントだらけの地獄へと変わる。

その地獄の中でカヌゥはニタニタと笑いながらゲドに話しかけた。

 

「ゲドの旦那にゃまともにやっても敵いませんからねぇ。こーいう方法を取らせてもらいました。俺達とやり合ってる間にそいつらの餌食になんてなりたくないでしょう……ねぇ、旦那ァ」

「っ、畜生!」

 

ゲドは悔しそうにそう吐き捨てると持っていた魔剣などの荷物を全部を地面に叩き付けて急いでその場から逃げ出す。だが、角を曲がった先で悲鳴が上がり、その後血塗れのキラーアントが現れたことでゲドがどうなったのかは予想するに難しくない。

その結果に彼女は恐怖に震える。

そんな彼女にカヌゥはいやらしい笑みを浮かべながら話しかけた。

 

「よかったなぁ、アーデ。これでお前をいじめていた奴がなくなったぜ」

 

誰の所為だと言いたくなるリリルカだが、この命の危機に言葉を飲み込んだ。

そしてカヌゥは彼女に提案をする。

 

「アーデ、お前はこれでもソーマ・ファミリアだからなぁ。仲間として俺はお前を助けないといけないわけだ。そのお礼といっちゃぁなんだが……お前が新しく借りた倉庫の鍵で手を打ってやるよ」

 

その言葉に助かりたい気持ちからリリルカは鍵に手を掛ける。生きてさえ居ればやり直すことが出来るのだからと。

だが………その動きは止まった。今までの彼女なら渡していただろう。だが、今の彼女はそれを嫌だと思った。只でさえ害悪にしか成らない連中にこうして媚びへつらって生きていくことが嫌だ。ベルに害をなそうと脅してきたこいつらのいいなりになるなんて嫌だと。

だから彼女はその誘いを………。

 

「い、嫌です! 絶対に嫌!!」

 

拒否した。

その反応にカヌゥ達は少しばかり目を見開いたが、直ぐにそれをあくどい笑みで塗り潰す。

 

「だったらぶん奪るしかねぇなぁ!」

「きゃぁッ!?」

 

カヌゥは嫌がるリリルカを掴み、その胸辺りに握っていた鍵を無理矢理奪い取る。

そして彼女をキラーアントの群れの中に放り込んだ。

 

「鍵さえあればお前はもう用済みだ。精々俺たちの為に囮になってくれ。なぁ、サポーター」

 

その言葉を聞きながら彼女は走馬燈を見るかのようにこれまでの悪事に懺悔する。もう自分は助からない。それは自業自得とも言えることなので仕方ないとは思う。だが、それでも、こうして脅され怯え裏切られながら死んでいくのは…………。

 

「…………嫌だ………死にたくない………助けて………誰か………死んでたまるか、私は生きたい!」

 

それは彼女の最後の抵抗。誰の耳にも入らない無意味な行為。だがそれでも、せめて最後くらい思いの丈を吐き出しても良いと彼女は思ったのだ。死んでしまうのだから、せめて最後くらいはと。

その思いは、その願いは、彼女の最後の意地は…………。

 

「やぁ、リリ。ここにいたんだね」

「ベル………さま?」

 

彼女の目の前を飛び込むかのように現れたベルにリリルカは目を見開き信じられないという思いで一杯だ。

そんな彼女にベルは笑いかけるが、やはりというべきかいつもの紳士的な笑みからはほど遠い歪んだ笑みを浮かべていた。

そのままベルはリリルカの周りにいたキラーアントに向かって横一閃に大太刀を凪ぐ。その一閃でキラーアント4匹が瞬時に灰と化した。

その攻撃にカヌゥは手に持っていた鍵や魔剣などを落としそうになるが、何とか持ちこたえてベルに話しかける。

 

「アーデが罠に嵌めた冒険者ですかい? 運良く逃げてこれたみたいでなにより。旦那も仕返しに来たクチですかい?」

 

その言葉に対しベルはそのまま素で答える。

 

「そんなことは知りませんよ。僕はただリリがはぐれたから探しに来ただけです」

 

はっきりと堂々と答えるベル。そんなベルの返答にリリルカは少しだけだが嬉しくなってしまう。

 

「おやおや、騙されてるのに気付いていないってクチかい。こいつは凄い極悪人でさぁ、アンタみたいな冒険者に近づいてはそいつのブツを盗んで金に換えてるんだよ」

 

今までしてきたことだが、それをベルにバラされることにリリルカの心が痛いと悲鳴を上げる。知られたくなかったと、ベルにだけは白い目を向けて欲しくないからと。

普通の常識ある人ならば誰もが悪だと断じ忌避するその行い。それを聞いたベルは…………。

 

「だから? 別にリリが今までやってきたことを持ち出したからとて何が変わるんですか?」

「はぁ? 何言って……」

 

ベルはまったく気にした様子などなく寧ろドヤ顔で言う。

 

「リリがしてきたことがあろうがなかろうが、今僕とパーティーを組んでいることに変わりはありません」

 

その言葉に動揺を隠せないカヌゥ達。リリルカの悪事を認めた上でそれを気にしないというのはおかしいのではないかと。だからもう少し常識的に彼はベルに話しかける。

 

「いや、それでもおかしいでしょう。こいつは盗みの極悪人だ。人を騙して盗んで自分のために金にしてるんだ。そんな極悪人と一緒にいてアンタは何にも思わないのかい?」

 

彼等はある意味可哀想としか言い様がない。この場にいるのが心優しし青年や常識人なら道徳観念から考え込んでいただろう。だがここにいるのは薩摩兵子。つまり下衆な事以外なら特に気にすることなく平然と行う『化け物』だ。

 

「思わない。そもそも騙す方が悪いと言うけど、逆に言えば……騙される方も悪い! 自分の油断を人の所為にするな。油断して隙を晒す間抜けが悪くないわけがない。寧ろ生きるためにやる悪事に良いも悪いもない。全力でやってるのなら、やられた方が悪い!!」

「ベル様…………」

 

ギラギラと殺気で怪しく瞳を輝かせながらドヤ顔でそう答えるベル。その答えはきっと誰がどう聞いてもおかしいとしか言えない。だがベルならば納得する。この男にはそれが通じるのだ。それこそが薩摩クオリティ。この言葉、実に理不尽である。

ベルの返答に言葉を失うカヌゥ。周りはどんどん数を増していくキラーアント達によって包囲されつつある。

 

「強がりもそこまでにしといたらどうだい。どのみちアンタはこのままじゃアーデ共々お陀仏だ。そこで手を組もうじゃないか。アーデを囮にして俺とアンタが組めばこの場から脱出出来る。意地を張らずにいこうぜ、なぁ」

 

その言葉にベルは一旦リリルカの方に顔を向ける。

その時の彼の笑顔はとても怖く、提案に乗るも乗らないも関係なくリリルカは怖かった。

 

「リリ、少し面白い物を見せてあげるよ」

 

ベルはリリルカにそう言うとカヌゥの方へと近づいていく。

それを見たカヌゥはベルが提案に乗るのだと思ったのだろう、顔に若干だが安堵の表情が出た。

そんなカヌゥの顔が………ぐしゃりと歪んだ。

 

「ぶッ!?」

 

鼻血を噴き出すカヌゥ。そんなカヌゥにしたのは勿論ベルであり、彼の拳は軽く握られていた。そしてベルはその一瞬でカヌゥが持っていた鍵と魔剣を奪い返す。

顔面に感じる痛みに顔を歪ませるカヌゥはその手に持つ物を見て叫ぶ。

 

「なぁッ!? か、返せ!」

 

勿論返す訳がない。なら本来の持ち主に返すのかといえば……………答えはNOだ。

ベルは奪い取った鍵と魔剣などの荷物を全部キラーアントの群れに投げ込んだ。そこに行くには群がるキラーアントを蹴散らさなければならず、それが出来ないカヌゥ達には絶望しかない。その上この状況はもう命も絶望的であり助かる術もないのだ。

 

「あ………ああ…………」

 

ベルの暴挙にカヌゥは勿論リリルカさえも言葉が出ない。

そんなことなど全く気にせず、それでいてカヌゥ達にだけ見えるようにベルは笑う。それまでの殺気に溢れた笑みではない。謀略に彩られた魔王の笑みを。

 

「師匠と旅をしていた時に人に聞いた話なんだけど、『尊厳がなくてもご飯が食べられれば人は生きられる。ご飯がなくても人は尊厳があれば生きられる』っていうんだ。素敵な言葉だよね、僕は感心するよ。特に良いのはその後だ。『だが、両方なくなるともはやどうでもよくなる。何にでも頼る』。これを聞いて僕は色々と考えさせられたよ」

 

この言葉の意味をリリルカは理解出来なかった。きっと理解出来るのは実際にご飯(鍵や魔剣)を食べられず、また尊厳(助かる術)をなくしてしまったカヌゥ達だけだ。

この状況に呆然としてしまうカヌゥ達。本来ならベルに向かって本気で襲いかかってもおかしくない。だが、もう目の前で既に詰んでしまった人生に彼等はどうしようもなく途方に暮れてしまったのだ。

そんな彼等にベルは更に追い打ちをかけた。

 

「僕はこの程度の首なら余裕で刈れる。僕は助かるし、助けにきたリリも助かる。でも貴方たちは助からない、絶対に」

 

死刑の最終通告に顔を真っ青にするカヌゥ達。

そんな彼等にベルは最後に悪魔の囁きをする。

 

「ただし、僕のお願いを聞いてくれたのなら、まぁ道くらいは作ってあげるよ」

「ほ、本当ですかい」

「あぁ、それぐらいならね。だから僕がお願いすることを守ってくれよ」

「た、助かるんだったら何でも!」

 

囁きに乗ったカヌゥにベルは実に悪そうな笑みを浮かべる。

 

「まずこれから先一生リリと関わるな。そして僕がこれからすることに全て目を瞑れ。もしお前達のファミリアが何かしら聞き出そうとしたら知らないと白を切れ。上がった後にギルドに少しの間避難でもしていればいい。それだけで直ぐに済む。もし守れなかったらその時は…………君たち皆根切り(皆殺し)だ」

 

獰猛で毒々しい殺気がその言葉を真実だと語る。だからカヌゥはそのお願いに必死に頭を縦に振って応じた。そうしなければ死んでしまうと分かるから。

 

「それじゃ行こうか」

「え………きゃぁ、ベル様!?」

 

カヌゥとの話し合いを終わらせてリリルカを片手で抱きかかえるベル。彼女は急に抱きかかえられて驚く。

そして始まったのはベルの大太刀によって切り開かれていく『血路』。相手の血によって染まった道を彼等は進んでいく。

そしてカヌゥ達は安全圏に着いたところで腰を抜かし満身創痍でしゃがみ込んでいた。

その姿を最後にベルはそのままリリルカと共にダンジョンから出る。

 

「ベル様、どうしてリリを助けたのですか? あの男が言っていた通りリリは悪人です。これまで一杯悪い事をしていました。なのに何で………」

 

助けてもらったことに感謝で一杯だが、それが胸を締め付けて仕方ない。知られたくなかったことを知られてしまったのに、ベルが何故今までと変わらず自分と接してくれるのか彼女には分からなかった。

そんな彼女にベルは笑いかける。

 

「リリが諦めてなかったから、助けてって言ったからだよ。君の目をみて分かってた。君は助けて欲しいって叫んでた。でもただ求めるだけなら駄目だ。他力本願な願いならいっそのこと諦めろ。人に助けてもらわなければ生きられないようならさぱっと死んでしまえ。でも、君は最後はそうじゃなかった。最後に君確かに言った。意地を持って助かりたいのだと、自分で進んで生きたいのだと。だから僕は助けたんだ。自分で助かろうとする君となら、一緒に行って助けてあげようと思えるから」

「ベル様……………」

 

実に酷い言葉。要するに自分で助かるために行動しない奴は死ねと、ベルはそう言うのだ。それは善人が聞いたら卒倒するような話だろう。だがベルはそういうのだ。誰かに縋るしかないのなら死んだ方がマシなのだと。

だがリリルカにはそれが酷く心に染み渡った。ベルの優しさ?に触れて胸が高鳴る。ベルを見ていて顔が熱くなっていくのを感じ、そして自分の感情をやっと理解した。

 

(リリはベル様のこと、きっと……………)

 

きっと彼女の精神もおかしくなってしまったのだろう。でなければそんな感情が動くはずないのだから。

顔を赤らめつつベルを見つめるリリルカ。そんな彼女は可愛らしい。

だが残念かな、この男。そんな彼女の魅力など一切気付かない。

 

「さて、それじゃ行こうか、リリ」

「どこにですか、ベル様?」

 

あの窮地からやっと脱出でき安堵している彼女にベルはそう話しかける。どこに行くのだろうか? 前に行ったあの酒場だろうか? それとも別の素敵な場所だろうか?

リリルカの頭はそんな事を考えてしまう。彼女の頭は花畑に近い。

だが………ベルはそんな花畑に爆炎を放り込んだ。

 

「ソーマ・ファミリアのホームに。だってリリがこの先助かるためにはファミリアから手を切らないといけないから。だから早い内に神ソーマにあってファルナを解除してもらおうか」

「え、ベル様、それは………」

 

流石の言葉に花畑を燃やし尽くされ表情が引きつるリリルカ。

そんな彼女にベルは背伸びをしながら言う。

 

「さっきまで頭を使っていたけどさ、やっぱり僕は単純な方が好きだね。だから今から行こうか、ソーマ・ファミリアに」

 

そして再び現れるギラギラとした殺気に溢れる瞳をした笑み………薩摩兵子の笑みを浮かべながらベルはリリに笑いかける。

 

「さぁ、リリの為にソーマ・ファミリアに殴り込みだ。流石に首を取るとギルドが五月蠅そうだからね。逆に言えば取らなきゃ文句はでないしょ」

 

まるで遠足に行くかのようなテンションのベルにリリルカの顔は凍り付いた。

 

 

 


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