ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
ベルのお陰?でソーマ・ファミリアを抜けることが出来たリリルカ。彼女は今まであった呪縛から解放された事に最初こそ呆気にとられていたが、その実感をベルと共にいることで感じどうしようもない嬉しさが溢れる。
それは当たり前のことだろう。まさに呪いとしか言い様がない程に今まで凄惨で悲惨な目に遭ってきたのだ。それがもうない。自分はもうあんな目に遭うことはないし、自らの罪悪感を押し殺しながら人の物を盗む必要もない。
日の当たるところで自由だと、そう彼が言ってくれた。
そしてそうしてくれた彼に彼女は想いを寄せる。自分の全てを救ってくれた、同じ歳の頃の男の子。強くて優しくて、破天荒で突拍子もないがそれでも優しくて、そんな彼を彼女が好きになるのは無理もない。それが『戦狂いの狂人』だとしても、好きになってしまったからにはしょうがないとしか言い様がなかった。恋は盲目とはいうが、きっと周りから見たら彼女のそれは度を超していると言われるだろう。それでも彼女はベルに夢中だ。
何せこれが初めての恋なのだから…………。
「ベル様ベル様!」
「やぁ、リリ。おはよう」
ソーマ・ファミリアに殴り込みをかけてから二日が経ち、落ち着きはじめたリリルカはベルと待ち合わせをしていた。これがデートなのなら良かったと心底思う彼女ではあるが、『これから』のことを考えればこれは絶対に必要なことだと思い飲み込むことにした。
何故待ち合わせをしたのかと言えば…………。
「それじゃ行こうか。ヘスティア・ファミリアのホームへ」
「はい」
ベルにそう言われリリルカはベルに身を寄せるようにしながら歩き始めた。
今日の予定……それは彼女、リリルカ・アーデがヘスティア・ファミリアに改宗することであった。
その為にベルに案内してもらうことになった。元から弱小で零細なファミリアなのでホームの場所など分からないのだ。ギルドに聞けば分かるかも知れないが、そんなことを聞くよりベルに聞いた方が早い。まぁ、彼女からしたら少しでも『愛しの』ベルと一緒に居られる時間を長くしたかったのだろう。
そんなわけでベルはリリルカを連れてホームへと帰ることに。この日はダンジョンに潜る予定はなく、このままリリルカの歓迎会になるだろう。
主神であるヘスティアに一応の話は通してあるのだが、最初彼女はそれを本当の事とは思えなくてベルについつい聞き返してしまっていた。そんなヘスティアにベルはあっけからんに普通にこう言ったのだ。
『神様、今日は入団希望者が来るからちゃんとらしくして下さいね』
そんな蔑な言葉をかけられたヘスティアは当然怒ったが、ベルがそれを聞き入れるわけなく、入団希望者がどんな人物なのかヘスティアは気になって仕方ない様子であった。
そして運命の時が来る。
ベルがホームを出て時間が少しばかり経った後にホームの扉がノックされた。
その音にヘスティアの肩がビクッと震える。
「神様、連れてきましたよ」
扉越しに聞こえるベルの声で若干の緊張が解れるヘスティア。彼女は萎縮しかけている身体を何とか動かして扉を開けた。
「お帰りベル君。それでその………例の希望者は………?」
ヘスティアのその問いかけにそれまで物珍しく辺りを見回していたリリルカはヘスティアに少し緊張した様子で答えた。
「は、初めまして! リリルカ・アーデといいます、よろしくお願いします!」
その声と真面目そうな様子にヘスティアは少しばかりホッとする。
彼女の中にはある不安があった。それはこの入団希望者が『ベルの紹介』だということ。
あの『功名餓鬼』で『薩摩兵子』な『戦狂い』のベルが紹介してきたのだ。こういってはアレだが、紹介された人物が『普通』であるとは思えないのである。だからこその不安。只でさえベルでもう辟易しているのに更に似たようなものが来たのなら真剣にストレスで死ぬかも知れないと。史上初、ストレス超過で天界に強制帰還された神などと不名誉極まりないことになりかねないのだ。
だからリリルカが『普通』っぽい事で彼女の不安は半分ほどなくなった。
その事実に救われた気分になったヘスティアは笑みを浮かべつつリリルカに話しかける。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。僕がこのファミリアの主神、ヘスティアだ」
その自己紹介を聞いてリリルカは気を引き締め、ヘスティアもまた面接するべく意識を集中させる。そんな二人にベルは飲み物でも用意しようかと思い台所に向かおうとしたのだが、それはリリルカに止められた。
「ベル様、その………一緒に居てくれませんか。リリ、不安で………」
少し潤んだ瞳で俯きつつも頬を赤く染めてベルを見つめるリリ。そんなリリにドキドキなど『しない』ベルは普通に言葉の通りと捉えて彼女と一緒にいることにした。
(んッ?)
そんなリリルカの様子を見てヘスティアは違和感……というか、ほぼ確信めいたことを察した。というか丸わかりなだけに正直疑問しか出ない。
(ま、まさかそんな………いや、まさかねぇ? いくらなんでもそれは………)
そう思いつつもう少し観察しようと思いながらヘスティアはとりあえずリビングにベルとリリルカの二人を通した。
いつもは二人で食事をするテーブル。それに向かい合う形で着席するヘスティアとリリルカ。尚ベルはリリルカの隣に座っている。
「それでは改めて面接をしようじゃないか」
ヘスティアの言葉に場の空気が若干堅くなる。それが真面目な雰囲気というものだが、ベルと一緒にいた時間が長かった所為なのか、あまり緊張しないリリルカ。隣にベルが居るのが大きいようだ。
「まず君は元冒険者だろ? いくら他のファミリアから抜けたと言っても直ぐに恩恵が失われるわけじゃない。だから僕にはわかる。君はどこのファミリアにいたんだ?」
ベルからあまり聞いていないのか、諸々聞いたら胃に穴が空くのを本能が恐れてなのかあまり聞かないようにしていたのか。リリルカに関しての情報があまりないヘスティアはそう聞いてきた。これを聞いておかないとファミリア間における厄介事に巻き込まれる可能性が出てくるからだ。身元はしっかりと洗っておいた方がいい。
その問いかけにリリルカは少しだけ緊張しつつ答えた。
「その………ソーマ・ファミリアです。リリはそこでサポーターをしていました」
「ソーマ・ファミリア? あそこは抜けるのに莫大なヴァリスが必要って聞いたけど、よく用意できたね」
神々の間でもソーマ・ファミリアの悪評は有名らしく、ヘスティアの耳にもそれは入っていた。その言葉に対し、リリルカはすこしばかり俯きつつ小さく答える。
「いえ、その………お金は用意出来なかったんです………」
別に嘘をついても良かった。だが、ベルの前で嘘をつきたくないと彼女は思ったからこそ正直に答える。
その答えにヘスティアは当然疑問に感じた。
「だったらどうして脱退出来たんだい?バイトとかで色々お客さんから話を聞くけど、あのファミリアの団員は執念深いんだろ。お金も払わずに出来るわけが……」
若干きな臭い香りを感じ始めたヘスティアはジッとリリルカを見た。
その視線を感じてリリルカは目を少し彷徨わせつつ小さく答える。
「べ、ベル様のお陰です…………」
その言葉にそのジト目がベルの方に向いた。
きな臭さがかなり大きくなり、それまであった主神らしさなどドブに捨てたかのようにヘスティアは威厳も何もなくベルを問い詰める。
「ベル君、正直に話しなさい。怒っても気にしないだろうから」
その言葉にベルは普通に『紳士』らしく答える。
「最初はリリがサポーターとして雇って欲しいって言ってきて、それで雇ったんです。まぁ、その前の日に彼女がいざこざに巻き込まれてるのを見たからと言うこともあったんですが」
「ふんふん」
「それでしばらく彼女と一緒にダンジョンに潜っていたんです。リリはとても優秀なサポーターで僕はとても助かってましたよ」
「ベル様………」
最初の出だしを聞いてとりあえず感心するヘスティアに褒められて頬を染めるリリルカ。
「それで彼女に色々と聞いたんですよ。ソーマ・ファミリアの事とかを色々と。それで彼女が好きで入っているわけじゃなくて辞めたがっていることが分かったので」
「まぁ、それで助けてあげたんだね」
そこまで聞けば普通の好青年。だがこの男がここでとまるわけがなく………。
「なので………神ソーマに直談判しにいきました」
「へ?」
「具体的に言えば、神ソーマにリリをファミリアから脱退してもらうために、ソーマ・ファミリアに殴り込みをかけました」
その言葉にヘスティアは急激な胃痛を感じ呻いた。
「君は……くぅ…何してるんだい、このバカァ!?」
「馬鹿とは酷い。僕は普通にしただけですよ」
ベルはしれっとそう答えるが、当然それが普通なわけがない。
「どうしてそうなるんだ! リリルカ君を辞めさせるのは分かるけど、殴り込む必要はないはずだろ!」
ヘスティアの正論にベルはそこで『薩摩兵子』の顔をしながら答えた。
「それが必要だったから。ファミリアにしても主神にそのまま会わせるとは思わなかったし、リリが自分で決別したいと言ったのだから僕はそれを助けただけです。ケジメを付ける必要もあったし嘗められるわけにもいきませんでしたから」
暴力万歳な思考にヘスティアはめまいがしてきた。
「言いたいことは分からなくはないけど、でももう少し穏便にする方法も……」
「ないです。ああいう手合いは甘くすると付け上がる。徹底的に叩く必要がありますから。まぁ、あんな下衆の首なんて恥首だから取りたくはないですけどね。命を取るとエイナさん(ギルド)が五月蠅そうですから、取らないように手加減しただけマシでしょう」
ドヤ顔でよくやったと言わんばかりのベルにヘスティアの頭痛は酷くなる一方である。
つまり話を簡潔にすると……………。
『サポーターに雇った子がファミリアを辞めたがってる。でもお金がないと辞められないという鬼畜設定』
『でもそのルールはファミリアの団長が決めたもので主神ソーマは関係ない。なのでソーマに直談判して眷属契約を解除してもらえば良い』
『だから話しに行って邪魔してきた団員を片っ端からぶっ飛ばした。(手加減したけど皆半殺し以上、ベルは意識しておらず)。ついでに団長が五月蠅かったので示しも併せてボコボコにした。そしてソーマを脅してリリルカの契約の解除』
ということらしい。それだけでヘスティアの胸はもう一杯一杯だ……ストレスで。
口の中に血の味がしたような幻味を感じつつ彼女は一回深呼吸する。そしてこれ以上自分の身体が破壊されることを恐れて『ベルがしでかした事について』考えることを止めた。
「とりあえず話は分かった。それでリリルカ君、君は本当に僕のファミリアでいいのかい? 君の申し出は嬉しいけど、こういっては何だがウチは零細ファミリアでしかも団員はベル君だけだ。他のファミリアの方が安全だと思うんだけど?」
その問いかけに対しリリルカはヘスティアに今までで一番大きな声を出した。
「リリはこのファミリアがいいんです! このファミリアじゃなきゃ駄目なんです!」
そう力強く言ってベルの方をじっと見るリリルカ。ベルはリリルカに見られて軽く微笑んだ。
そんなリリルカを見てヘスティアは『最終確認』をすることにした。
「わかった。とりあえず詳しい話を僕の部屋でしようか。ベル君、覗くんじゃないぞ。これは女同士の内緒の話だ」
「はぁ」
やる気など欠片も感じさせないベルの返事を聞いてヘスティアはリリルカを連れて自分の部屋をと行く。そして部屋に入るとリリルカに向き合い話しかけた。
「リリルカ君……その………君がこのファミリアに入りたい一番の理由は………ベル君だね」
その言葉を聞いた瞬間リリルカの顔が真っ赤になる。
「いや、そんなことは…………」
「あれだけあからさまにベル君を見てれば誰だってわかるよ。それに子は神に嘘はつけないんだよ。君の入りたい理由がベル君だというのはバレバレだ」
「ぁぅ…………」
好意がバレてしまったことによりリリルカはリンゴのように顔を真っ赤にしてもじもじとし始める。その姿は同性であるヘスティアでさえ可愛いと思った。
だが、ヘスティアにはその感情がイマイチ理解出来ない。恋愛は分かるし自分もしたいとは思う。違う世界の自分ならきっと違うベルの事を好きになっていたのかも知れない。だが残念かな、ここにいるのは『あのベル』だ。思慕の念を寄せるより先にストレスで脱毛する。
「一体ベル君のどこがいいんだい?」
そう問いかけられ、リリルカはもじもじしつつベルのことを思い出しながら熱の籠もった吐息を漏らしながら答えた。
「ベル様は優しくて格好良くて強くて、それにそれに…………」
次々と漏れ出すベル賛辞。聞いてるヘスティアは胸焼けがしてきた気がする。
もうベタ惚れなリリルカはベルへの想いが溢れているようだ。もう視線から好き好き言っていそうである。
そんな彼女だがある程度ベルの賛辞を述べた後、逆に問いかけてきた。
「ヘスティア様はベル様のこと、好きじゃないんですか?」
それはライバルを見定めるような目と共に送られてきた。その質問を受けたヘスティアはといえば………………。
「いや、ないない。ベル君と恋仲になるとか想像できないし。仮にそうなったら即座に僕はストレスで天界送りになってるよ」
逡巡なしに即座に答えた。
「最初は可愛い男の子だなぁって思ったけど、蓋を開ければバーサーカーで脳筋だし、自分のルールで好き勝手に生きすぎててついて行けないし」
「そこがいいんじゃないですか。ベル様は自分の信じる道をひたすら突き進む信念のお人ですから………キャ」
頬を染めながらそう語るリリルカを見てヘスティアは思った。
(この子駄目だ、もう完全に染まってやがる………)
救いがない、救えない。下手をすればソーマ・ファミリアに居た方がまだマシだったかもしれない。そう思えるくらいそれは酷かった。
だからヘスティアはもう彼女に諦めの表情を向けながらこう言った。
「まぁ、その………君の恋路が叶えばいいね(僕を巻き込まないでくれよ、頼むから)」
「はい、ありがとうございます!」
そしてヘスティアはリリルカに恩恵を刻むべく自分のベットに横になるよう指示を出した。
ヘスティアの部屋から出たリリルカはベルの前に行くと嬉しそうに笑う。
「これからは一緒のファミリアですね、先輩(ベル様)! よろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそよろしく、リリ」
こうしてヘスティア・ファミリアに新たな団員が増えた。
彼女の名はリリルカ・アーデ。ベル・クラネルに恋する『残念』な女の子である。