ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず   作:nasigorenn

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薩摩が足りない薩摩が足りない。そしてリアルで転勤、超忙しい………。


第21話 ベル式稽古の付け方

「ベル、おはよう」

「おはようございます、アイズさん」

 

翌日早朝にてベルはアイズに告げた通り、市壁の上に来ていた。彼は戦闘に於いては薩摩兵子だ。ルールなぞ一部を除いてほぼ無用のような戦い方をするが、基本的には紳士的な人物だ。だからこそ、自分が言ったからにはアイズよりも先に来ていた。

さて、ここで稽古を付けるという話になったわけなのだが、具体的に何をするのかは一切言っていない。だからなのかアイズは若干緊張していた。

そんなアイズにベルは柔らかな笑みを向ける。

 

「そんなに緊張しないで下さい。やることは簡単ですから」

 

可愛らしさの中にあるしっかりとした父性を感じ察せるその様子にベルに好意を向ける女性ならクラッと来たかも知れない。だが、アイズはその言葉により気を引き締めた。あれだけ強いベルが言うのだから、そう簡単な事ではないと判断する。

通常、稽古というものは一対一における模擬戦の事を指す。模擬戦と言えど戦う事が目的ではなく、実戦に近い形で教える側が教わる側に術理を叩き込むのが目的だ。身体の運び方や戦術的な思考などを即座に実践出来るように鍛錬の結果を発揮する場でもある。

だから通常、稽古では相手を殺さないように木剣や歯引きした武器などを使用する。

のだが、アイズは当然来るように言われただけなのでそういったものは持ってきていない。ベルの別れ際の言葉を聞いて実戦装備で来ている。腰に下げているのは自身の獲物である『デスペレート』だ。

そしてベルの方を見れば、こちらも何も用意していない。いや、アイズと比べると更に用意していないと言うべきか。身に纏っているのは防御性などあまり無さそうな私服。鎧の類いは一切身に纏わず、ベルのトレードマークになっている大太刀が背に下げられているだけ。まさに昨日会った時と何も変わらない装備であった。だからアイズはベルに問いかける。

 

「ベル、防具は?」

 

単純にそう思ったからの質問。だが、この質問の答えを知っているものは者ならそれが愚問であることを知っている。そして毎回同じように答えるベルもいい加減言い飽きたところがあった。だからその答えは告げない。

その代わりに見せるのはこれからするであろう稽古の余興。

ベルは背から大太刀を引き抜くと肩越しに水平に構え、『顔』を変える。

先程まであった紳士的な雰囲気など一切消し飛び、そこにあるのは戦狂いの薩摩兵子。今回は首取りではないので殺気は若干抑え気味だが、それでもその瞳はギラギラと怪しく輝く。

 

「そんなことを聞いてる暇があるなら構えて下さい。稽古とは言え下手すれば死にますよ」

 

その言葉にアイズは最初ポカンとしてしまった。何故こう返されたのか分からない。まぁ、文脈からして繋がっていないのだから当然なのだが。

だがそうして呆気にとられているのも今だけだった。

 

「チィェオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「!? クッ!」

 

咆吼一閃。

ベルはアイズに向かって突進し肩に構えた大太刀を振り下ろす。アイズはベルが斬りかかってきたことに驚くが、流石は一級冒険者と言うべきだろう。デスペレートを引き抜いて咄嗟にベルの大太刀を受け止めた。

金属同士による甲高い激突音が早朝の静寂に鳴り響く。

 

「~~~~~~~~ッ、重い…………」

 

互いの刃が相手を斬らんと鎬を削り合う中、アイズはその攻撃の重さに表情にこそ出さないが苦悶した。ベルの攻撃はとてもその身長からは考えられない程に重かったのだ。それこそアイズが知る中では同じファミリアのレベル6の『重傑』ガレスと同じレベルの攻撃の重さだった。

一体その小さな身体のどこからそんな膂力が出るのだろうと思うがそんな暇はなかった。

 

「呆けてる暇なんてないですよ!」

 

ベルは顔をアイズに近づけるとそう叫び、その距離から蹴りを繰り出した。所謂ヤクザキックである。

アイズはそれに気づき拮抗していた剣を何とか横に逸らすと飛び退くことで回避する。

だが次の瞬間にアイズが目にしたのはベルではなかった。

目の前にあったのは石。たぶんこの市壁に使われていた物が欠けて出来たのだろう。それがアイズの超至近距離にあった。そのまま行けば額に激突するであろう礫。そして飛び退いたことでまだ重心が傾いたままのアイズでは回避出来ない。

その結果の通り、礫はアイズの額に激突し彼女は痛みに目を瞑った。

ただの礫と侮るなかれ、ベルの膂力で投げた物だ。その威力はかなり高い。

痛みに呻くアイズにベルは更に追撃をかける。

 

「隙だらけですよッ!!」

 

再び毎度の構えから繰り出される剛剣にアイズは痛みを堪えつつ今度はベルに斬りかかった。

再びぶつかり合う大太刀とデスペレート。その激突音はかん高く互いの心に強く響く。

つばぜり合いの中、アイズはやっとベルに話しかけることが出来た。

 

「ベル、危ない………」

 

そう小さく呟くアイズの瞳は完全に戦う者の目になっていた。それまであった天然な雰囲気は一切なく、ベルに対して戦意を見せる。それと同時に急に斬りかかったベルに対し不満を漏らす。

そんなアイズに対しベルは瞳をギラギラと輝かせながら返す。

 

「何阿呆なことを言ってるんですか? 戦場にでれば恥首を取る以外なら何でもありですよ」

 

卑怯千万何のその、女子供の首を取ったり辱めるような下衆でなければ何でもありだとベルは言う。

その意見に賛成というわけではないが、何となくわかるアイズはそれ以上は言わない。

 

「まだまだ逝きますよ、死ぬ気で来て下さい! でないと痛い目を見ますよ!」

 

そしてベルはこの拮抗を強引に弾いた。己の腕力にものを言わせて強引にアイズの剣を弾いたのだ。

一瞬にして空くアイズの左胸。ベルはそこに向かって『刃を返して』斬りかかる。

その攻撃にアイズは防具を着けている左腕でガードした………が、

 

「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

防具は一撃で割れ、その中にあった白磁の肌を持つ美しい腕に衝撃が走った。

その腕の激痛にアイズは目の前がチカチカとしたが、確認の為に左腕に目を向けた。

そこにあったのは白磁の肌を持つ美しい腕ではない。あったのは真っ青に染まり大きく腫れ上がった左腕。それも明らかにおかしな方向に曲がっている。

それを見た彼女は持ってきておいたポーションを腕に振りかける。それは腕に染み込むとあっという間に腕を元の美しい状態へと戻した。

 

「言ったはずですよ、痛い目に遭うと。安心して下さい、首は絶対に取りませんから」

 

そう告げるがベルの瞳の殺意は収まらない。

その言葉と攻撃から本当に斬るつもりはないらしい。だが安心は絶対に出来ない。今のベルを見れば分かる。彼は確かにアイズを『斬らない(殺さない)』。だが、それ以外だったら何でもやる。相手が死なない程度の重傷ならいくらでもさせるだろう。そこに躊躇や容赦は一切ない。あるのは昨日ベルが告げた言葉の通りである。

 

『死ぬ気』でいかなければ本当に『痛い目』に遭うのだと。

 

それこそ絶叫悶絶するぐらいの大怪我を負わせられることだって十二分にあり得るのだ。ただの稽古なら普通は寸止めする。だがベルはそれをしない。攻撃を食らえばどうなるのかを致命傷にならない程度でダメージを与える。

確かに稽古としてはやり過ぎなのだろう。だがとても実践的だ。怪我を負った腕で武器が振るえるわけがないのだから。斬り飛ばされた部分が使えるわけがないのだから。

だからこそ、アイズは気を引き締めた。

 

「いくよ、ベル」

「はい、アイズさん」

 

そして今度こそアイズは本当の意味で『死ぬ気』でベルに挑んだ。それまでは稽古だから、ベルが防具を着けていないからと心の底で躊躇していた。

だがそれはもう無用だ。目の前にいるのは戦狂い。防具などあろうがなかろうが変わらない。

だからアイズもベルに向かって容赦なく斬りかかる。流石に殺すまではいかないが、それでも十分斬り捨てようと考えて斬りかかったのだ。こちらは一応念のために何本かポーションを持ってきている。死ななければそれで間に合うだろう。エリクサーを使うほどの大怪我には流石にならないはずだ。

だからこそ、アイズもまたベル同様に『殺す気』で斬りかかった。

 そこから始まるのは何合も続く剣劇の嵐。ベルの剛剣にアイズの鋭敏な俊剣。ベルの剣技は一直線で一本気、小細工なしに思いっきり相手をたたき切る。対してアイズの剣は細身故に素早く相手を切り裂こうとする。剣術を習っていないアイズの剣は基礎こそ習いこそすれ我流、ベルの剣は『対人戦』に向いている殺人剣。だからなのか自の力量の差なのか、アイズの攻撃はベルにあまり通らない。防がれ躱され反撃される。その応酬が幾たび行われ、その度にアイズの怪我が増える。防ぎ切れず骨に罅が入り、足元を切りつけられて足の骨が折れた。防御ごと押し切られ鎖骨を粉砕された等々。その度にアイズは激痛に襲われ瞳が若干涙で濡れる。だが彼女もまた一級の冒険者、痛みに慣れる訓練は積んでいる。

だから止まらない。治療が必要にならなければそのままにしてベルに斬りかかった。

 またベルも止まらない。基本何でもありの超実戦剣術、島津 豊久直伝の『タイ捨流』を持ってできる限りの『手加減』をしてアイズに斬りかかる。時に防ぎ、また時には限界ギリギリで避ける。そこまでは普通だが、ベルの場合は致命傷でない限りは防ぐこともしない。斬れないのなら関係ないと掠ろうが何だろうが気にせず突っ込んでいた。その所為か顔や身体のあちこちに浅い切り傷がいくつも出来上がる。だがベルは怯まない。そして………。

 

「はぁあああああぁあああああああああああああああああああッッッッ!!」

 

アイズの気迫の籠もった突きがベルの腹部へと突き進む。それはこの稽古の中で最速の攻撃だった。その攻撃にベルは大太刀での防御が間に合わない、また回避出来ないと本能的に察し咄嗟に左手を突き出した。その結果………………。

 

ずぶりとアイズのデスペラードがベルの左手に突き刺さった。

 

「なッ!?」

 

目の前で起こった事に彼女は驚き目を見開く。この稽古は死なないような怪我以外なら負わせて良いと暗黙の了解があるが、それでも相手に突き刺さるような攻撃が入ったのは初めてだ。だから困惑する。それはもう『致命傷』の範囲ではないから。

だが…………この男は止まらない。

ベルは寧ろ左手に熱した鉄をねじ込まれるような激痛を感じながらも『笑う』。

躊躇するどころか更に左手を前に動かした。結果突き刺さったデスペレートに更に左手が深く刺さっていく。そしてあっという間に鍔の部分まで行くとアイズの持ち手を掴んだ。

 

「ぬるいですよ、アイズさん!」

 

そう告げると共にアイズの額にベルの額が激突した。所謂『頭突き』である。

そしてアイズの意識は飛んだ。

 

 

「はッ!?」

 

再び彼女が意識を取り戻したのは頭突きから若干の時間が経過した後であった。本来の『ベル・クラネル』なら逆の立場で膝枕をされるという青春真っ只中な場面になっていたが、この男はそんなことにはならない。そして紳士ならともかく今は薩摩兵子。相手に対し『膝枕』をするなんて優しさなどない。アイズが意識を取り戻したのはベルによって気を入れられたからだ。

そしてベルはアイズに『ギラギラとした瞳で笑いかけた』。

 

「さぁ、もっと逝きましょうか」

 

この言葉にアイズはよりやる気を出してベルに挑んでいく。

彼女の望みはある意味叶った。確かにこれなら………もっと強くなれるだろう。彼女の望む力と同じなのかは別として。

またベルはといえば、左手の怪我(貫通済み)など特に気にしないと適当に布で縛ってアイズを迎え撃つ。

 こうして早朝の死合………稽古は終わった。アイズのポーションが空になったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「フレイヤ様の願いを叶えるために貴様には生け贄になってもらうぞ」

 

目の前に居る牛の頭部を持つ怪物に『オラリオ最強』はそう告げた


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