ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
「ねぇ、アイズ」
「何?」
アイズは自分の所属するロキ・ファミリアの訓練場でそれまで一緒に模擬戦をしていたティオナに話しかけられて物静かに返す。その反応はいつもの彼女通りであり、彼女の友人であるティオナはそんな様子のアイズに気にすることなく話しかけた。
「さっきの模擬戦だけどさぁ~」
「うん」
「アイズっぽくないっていうか、何て言うか………正直なんかあったの?」
今まで一緒に戦ってきたティオナはアイズの戦い方をよく知っている。だからこそ、今回の模擬戦で見た彼女の戦い方に違和感を感じた。いや、違和感などという不確かなものではない。正直に言えばまったく違うものにしか見えなかったのだ。だからこそ、ティオナはアイズに何かあったんじゃないかと感じた。
その問いかけにアイズは少しだけ首を傾げ、逆にティオナに問いかける。
「何でそう思ったの?」
きょとんとした様子で普通に問いかけてきたアイズに対し、ティオナは何とも言い辛そうな、言いたい事を上手く言語に出来ないことへの苦悩が顔に浮かぶ。
「う~~~~~~ん………何て言うか、今までのアイズの戦い方より綺麗じゃないっていうか、寧ろ私やティオネみたいな戦い方に近いって言うか………」
言いたい言葉に近いものを探して少しずつ口にするティオナはやがて何が言いたかったのかを簡単に説明する言葉を見つけた。
「あぁ、そうだ! うん、これがたぶんぴったしだ! アイズの戦い方が今までよりも『汚くなった』んだッ!!」
「汚い?」
いきなり汚いと言われれば誰だって気にはなる。それは当然アイズも一緒であり何故そう言われたのかが知りたくてティオナをジッと見る。
その視線に少しだけウッと後ずさったティオナは弁解するかのように慌てて捲し立てる。
「べ、別に酷い意味じゃないって! 何て言うかさ、今までのアイズの戦い方よりも実戦的というか野暮ったくなったって言うか、ともかく綺麗って言葉だけじゃ片づけられなくなってる感じなんだよ!!」
そう言われても普通は何のことなのか分からない。だが、ティオナが言いたいことはなんとなくイントネーションで分かるだろう。つまり彼女はこう言いたいのだ。
『アイズの戦い方が変わった』
どう違うのかを言うのなら、身体の使い方だろう。今までも体技は使ってはいたが、それでも彼女は剣技がメイン。相手の接戦になる場合は一旦距離を取るなどしてからの一撃離脱、もしくは蹴りなどの攻撃により相手の体勢を崩すなど。要はサポートとして体技を使っていたのだが、今回のアイズは剣技と同じレベルで体術をメインに使ってきたのだ。片手で振るわれた剣を避けるとそこから追撃の回し蹴りが飛んできたり、剣での攻撃が囮で本命が肘打ちだったり等々。そういった攻撃をされる度にティオナはヒヤヒヤとさせられたものである。だからこそ、アイズになにかあったのではと思ったのだ。
そう感じたからこそ確かめたかった。そしてその回答にアイズは少しだけ難しい顔をした後に静かにこう答えた。
「私は………強くなりたい。だからもっといろいろなものを学んでいこうって、そう思ったんだ」
それがどういう意味なのか深い意味までは分からない。だが、アイズの目に宿る闘志(狂気)を感じ取れば何となくだが分かってくる。彼女は忘れていなかったし、その思いはいつも胸に刻んでいた
「アイズはもっと強くなりたいんだね」
「うん………私はもっと強くなりたい」
「私も、だからもっと頑張ろっか。今の戦い方は少し怖いけどさ。何て言うか気が抜けないっていうか、一瞬にしてやられそうな気がするしね」
お互いにより頑張ろうと決意するアイズとティオナ。同じファミリアの仲間にしてある意味ライバルとも言えるかもしれない友人に二人は共に鼓舞し合った。
模擬戦が終わればいつもの通りになる訳で、そこで話題に上がるのは今度の遠征の話。今度行われる遠征は今までどのファミリアも行ったことがない未到達領域であり、成功すればよりロキ・ファミリアの栄光はより多く広まるだろう。
その日程を思い出し、アイズはあることを思い出した。
(あ………………言わないと)
それは彼女が最近していること。それはベルに早朝付けてもらっている稽古である。
彼女の望みを叶えるためにも常に全力で挑んでいる大怪我必死の模擬戦。これのお陰で彼女の戦い方は変わり、そして今までにない力の片鱗を見せ始めている。
その稽古に後三日程で出れなくなってしまうことを彼女は言うのを忘れていた。確かに痛いし殺気を向けられるのは殺す気がなくても怖いけど、それでも戦う度に学ぶことは多くより強くなっていく実感を感じられる。だからアイズはこの稽古に夢中で必死だ。未だにベルに勝てたことがないが絶対に勝ちたいと思うくらい、彼女は本気で思っている。案外意地っ張りな性質なのだろう。そんな夢中な稽古にしばらく来られないということを言うのをすっかり忘れていた。
だから彼女は翌日の稽古の時に告げようと思った。
しばらくは会えないと。だからこそ…………会える間にベルから一本殺ると。
アイズとの早朝稽古が一時的に終わってベルはダンジョンに潜る。
端から見たら激戦にしか見えない稽古だが、この脳筋はその程度では疲れないらしい。何の事もなく普通にダンジョンで暴れていた。
数日前、アイズにしばらく稽古に来られないと言われた。そのこと自体に感慨はなく、事情を聞けば仕方ない。寧ろ逆に行き先を聞けばベルの目は爛々と危険な輝きを増し凄く羨ましがった。59階層という誰も行ったことがない前人未到の領域。そこに行くこと自体に興味はないが、ダンジョンは深ければ深いほどモンスターが強く凶悪になる。つまりより『手柄』になるわけだ。この男からすればまさに天国、行きたがるのは無理もない。だからなのか、アイズはベルにこう告げた。
『ベルなら直ぐに来れるよ。だってこんなにも強いから』
その言葉を信じると言うほどではないが、一応はレベル5の冒険者の言うことである。十分に信用できる言葉だ。
だからこそ、より稽古に熱が入るというもの。結局最後の日もアイズはベルに勝てはしなかったが、それでもベルにかなりの痛手を負わせた。腹部にデスペレートが刺さるくらいには確かにダメージを与えることに成功したのだ。それでも結局その後痛みなど無視したベルによって叩き潰されたが。
勝てなかったことに不満ではあったが、一撃確かに入れたことを手土産にアイズは遠征へと向かった。
それはそれでいいとベルは思う。自身の腹部にある穴など気にすることもなく適当に塞いで終わりだ。その一撃で死ぬとは思わないが彼女が満足気ならそれでよい。
結局の所彼女は彼女、自分は自分である。彼女の望みが叶ったのなら良かったと言うくらいにしかない。
だからベルはしばらく会えなくなるアイズにそこまで感慨深く思うこともなく普通に活動する。
隣にいるリリルカと一緒にダンジョンで手柄を求めて今日も潜っていた。
「ベル様ベル様!」
子犬が尻尾を振って近づくようにベルに話しかけるリリルカは最近ではもうベルの特異性に恐れることも少なくなりつつある。恋する乙女は今日も順風満帆のようだ。何しろ今のところ何の問題もなくベルと一緒にいられるから。まぁ、ここ最近では少しばかり懸念事項があるのだが………実は『豊穣の女主人』にてどういうわけかお弁当をシルが用意しておりそれを取りに行く際にリリルカと一緒に行ったことで彼女にそれが発覚したことを発表しておこう。無論ベルがそれに気付くはずもない。
だからなのか、いつも以上にベルにべったりなリリルカ。戦闘中以外なら基本ベルに身を寄せているのである。
そんな彼女と手柄に目をギラギラと輝かせるベルであるが、今日は少しばかりいつもと様子が違うようだ。
「ベル様、何か様子が……………」
ダンジョンに潜ってから数時間が経ち、最初こそベルにじゃれついていたリリルカであったが流石に周りの違和感に気付き眉を潜める。対してベルはといえば、ある意味不機嫌であり同時に高ぶってもいた。不機嫌な理由はダンジョンに入って未だに一つも手柄を立てられていないこと。何故だかモンスターに一回も遭遇しないからだ。いくら安全なルートで行こうとも必ず3回か4回は遭遇するのが普通であり、数時間経っても未だに一体も会っていないというのは異常としか言い様がない。だからこそ…………。
「そうだね、リリ。だからこそ………この先で何かありそうだ」
殺気を噴き出しながらギラギラと輝く目でニヤリとベルは嗤う。
この明らかに不穏な気配に警戒するどころかより胸が躍るようなことがありそうだとベルは楽しみにしているようだ。不穏で異常だからこそ、その先にはきっと『危険極まりないナニカ』がある。それはつまり………『手柄』だ。その原因がより強い猛者ならば、それだけ立派な大将首となるわけだ。それを取りに行けるのだ。楽しみなわけがない。薩摩兵子は功名餓鬼だ、ならば手柄を求めずに何を求める。
故にベルの足はズンズンと進んで行く。
そして9階層に着いてしばらく歩いているとその『ナニカ』が現れた。
最初に聞こえたのは悲鳴だった。それは男の悲鳴。絶対的な死を前にしてあげる最後の断末魔だった。
その悲鳴を聞いてベルは走りリリルカはそれを必死に追いかける。
そして…………。
「ヒッ!?」
目の前に広がる血塗れの地面、そしてその中央にこの現場を作り出した犯人がいた。
二本の角を持つ牛の頭、人間よりも巨大で屈強な肉体をもつ化け物。その名はミノタウロス………本来ならば12階層よりも下にいるはずのモンスターがそこにいた。
「ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
ベル達を見つけたのかミノタウロスは殺気を噴き出しながら咆吼をあげた。
その迫力からも伝わる通り、普通のミノタウロスじゃない。真っ赤な毛並に発達した筋肉は通常のミノタウロスの比ではない。身体のサイズの一回り大きく真っ赤に光る目は殺意を臨界点突破していることを理解させられる。誰が見たってわかる…………これはミノタウロスの『強化種』だと。
『強化種』………それは魔石を外部から取り込んだモンスターのことであり、その強さは取り込んだ魔石の数により更に強大になっていく。ミノタウロスの強化種というのは滅多にあり得る存在ではない。この場に居て良い存在ではないのだ。
その手に持っているのは大きな鉄の大剣。たぶん冒険者が持っていた物を殺した際に奪い取ったのだろう。それは真っ赤な血を滴らせており存分に使われたことを思い知らせる。周りの血だまりの中に転がっている『肉塊』の正体が分かってしまいリリルカは吐き気に襲われた。
これで本来のベル・クラネルならばトラウマを刺激されて萎縮しリリルカは逃げるように進言する。それはこのリリルカでも同じであり、いくらベルが強いといっても『ミノタウロスに敵う程ではない』と思っている彼女はベルに逃げるように言おうとした。
だがもう遅い。
明らかに通常と違うミノタウロス。その貫禄はまさに猛者のそれ。
すなわち………………。
「良い首だ、大将首だ。ならその首置いてけェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!」
ベルはリリルカが声をかける前に既に飛びかかっていた。
彼女は必死に走り、そして見つけた。ベルと同じ冒険者を。
そして彼女達に懇願した。
「お、お願いします! ベル様を……ベル様を『止めて下さい』!!」
その意味を彼女達は後に知ることになる…………。