ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
それはリリルカが冒険者に助けを求める少し前、そして彼女がどうして『止めて』と言ったのかを理解させられる一幕である。
また…………この光景をある男が見ていた。主神の願いを叶えるべく、自身が考えつく範囲でできる限りの手を尽くした。
その成果を見るのは悪くない。そう思ったのが彼の…………失敗だった。
目の前に現れたのは見たことのない凶暴そうなミノタウロス。その姿は明らかに強者にして狂者。圧倒的なまでの覇気はこの階層にいるモンスターとは明らかに一線を越す。
故に分かる………これは手柄だと。その首は大将首にふさわしいと。
ならどうするのか………決まっている。いや、決まっているなんてものではない。それは当然の『常識』だ。
だからベルはミノタウロスに向かって大太刀を構えて突進する。
自身の口から溢れ出すのは歓喜の咆吼、殺意の絶叫。その業火の如き殺気を放ちながらベルはミノタウロスへと斬りかかる。
「ブォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
向かってくるベルに向かってミノタウロスもまた負けずと咆吼を上げながら手に持っている大剣を大きく振りかぶった。その剛剣は本来冒険者が持つべきであろう武器ではあるが、この猛者の手に渡り本来以上の威力を叩き出して敵対者を鏖殺してきた。
その剛剣とベルの大太刀が激突した瞬間、金属の甲高い激突音と衝撃が辺りへと響き渡る。
「ッ!? べ、ベル様!?」
目の前で起きた激突に驚き目を見開いてしまっていたリリルカであったが、直ぐにベルの事を心配して声を上げた。
ベルが強いことは知っているが相手はこの階層では現れないはずのミノタウロス、それもかなり強くなった強化種だと推察される。リリルカが行ったことのある階層内で見てきたどのモンスター達よりも強いということが一目でわかった。
危険だと分かってしまうからこそ、大好きなベルが死んでしまわないためにも急いで撤退すべきだと進言すべきだった。だがもう遅い。両者は見事に激突したのだから。
そして彼女は初めての光景を見る。
「……………ウソ………!?」
確かにベルは強いが『レベル1』、それがリリルカの知っているベルの冒険者としての肩書き。対人戦においてレベル5に勝ったとか色々な噂が聞こえてきたし、目の前でレベル2の冒険者を素手で殴り飛ばしているところも見た。だがそれはあくまでも『対人戦』、モンスターと戦うのに必要な能力はまた別である。だからこそレベル1のベルでは推定レベル『4』相当の強化種ミノタウロスに勝てない。常識的に考えれば一瞬にして血煙となるはずだ。
だが目の前の現実はそれを真っ向から否定する。
「おぉ! これは良い膂力、さぞ強いミノタウロスだ! 良い首級だ! その手柄、欲しい!!!!」
「モォオォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
互いの武器で相手を押し潰さんと鍔迫り合いをするベルとミノタウロス。両者の力は拮抗しているようで、金属同士の擦れ合う音が離れているリリルカにさえ聞こえてくる。
勝てないはずであるミノタウロスの凶悪な一撃に対し、ベルはそれを見事に受け止めた。
いや、それどころか逆に押し切らんと壮絶な笑みを深めながら大太刀を押し込んでいた。
「その首級寄越せよ、なぁッ!」
不敵な笑みを浮かべたベルは一気に力を込めてミノタウロスの大剣を弾き、追撃に大太刀を横一閃に振るう。
ミノタウロスは弾かれた大剣を自身の膂力で強引に持ち直して再びベルに向かって振るった。
そして再び響き渡る激突音。それはこの先も何度も続く。何合も何合も大太刀と大剣が激突し、その度にダンジョンの洞窟内に甲高い激突音が響く。
互いに譲り合わない剣檄の応酬は嵐の如く吹き荒び、その剣技に技や工夫というものはない。ただ相手の息の根を止めるべく愚直なまでに真っ直ぐに相手の肉体を切り裂かんと繰り出される。
その光景にリリルカは言葉を忘れて見入ってしまう。端から見たらそれは奇跡、しかし実態はそれとはまさに真逆。ミノタウロスの信じられない膂力から繰り出される捻りも何もない純粋なまでに暴力的な剣に対し、人間であるはずのベルはそれに負けず劣らずに豪快な太刀で反撃する。逸れた大剣が地面に激突する度に地面を粉砕して地煙の柱を立て、ベルの大太刀が躱される度に空気を強引に切り裂く風切り音が木霊した。
まさに互角。ベルは見事に強化種のミノタウロスと渡り合っていた。
そしてベルとミノタウロスの戦いは更に苛烈になっていく。次第に振るわれ始める拳や蹴り。普通のレベル1なら一瞬にしてミンチになるであろう必殺の威力のそれに対し、なんとベルは防がない。顔面とは明らかにサイズが違う巨大な拳がベルの顔面にぶち当たった。そこで頭部が消し飛んだ幻視を見そうになったリリルカは正常なのだろう。普通ならそうなる。だが彼は違う。薩摩兵子たるベル・クラネルは『その程度』で死ぬほど『優しく』はない。
骨がぶつかり合うような音が響き渡る。
その音源をみれば、そこにあるのはベルの身体。そして拳がめり込んだ顔はニヤリと笑う。
「剣もそうだが拳も良い! 中々に良い拳だな、これは!」
自分のお眼鏡に適ったことが嬉しいのか、ベルは殺気でギラギラと輝く瞳を更に輝かせた。
ここ最近では滅多に出会わなかった強者。これまででもしかしたら一番『マシ』なモンスター。つまりは大将首だ。
この首級は実に欲しいとベルは更に笑みを深める。
それと共に吹き荒れる殺気はまさに嵐。この男の戦への有り様を表しているかのようだ。
この猛者との戦いは心躍るが、それでもそろそろ終わりだろう。ベル・クラネルという男は誤解されがちだが『戦闘狂』ではない。戦う事が好きというわけではない。ベル・クラネルは手柄が欲しいのだ。首級が欲しいのだ。だからこそ、ベル・クラネルは『戦争狂』なのである。戦う事に意義があるのではない。手柄を立てることに意味があるのだ。
だからこそ、この首級が欲しいからこそ…………倒すのだ。
「ヴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
ベルの殺気を感じ取りミノタウロスも更にベルを殺しにかかる。
振るわれる剛剣はより迫力を増し、目の前にあるもの全てを粉砕せんと振り下ろされる。
それに対しベルは肩に大太刀を水平に構えたいつも通りの構え。そしてそこから振り下ろされるのはミノタウロスに負けない剛剣だ。
再び激突し合う大剣と大太刀。その衝撃と音はこの階層を揺らす。
金属同士が擦れ合う音が聞こえる中、ベルは更に笑った。
「確かに強い。今まで会ったどのモンスターよりも強い。だが………その程度だ。その程度なら…………僕の勝ちだッ!!」
その叫びと共にミノタウロスの大剣を一気に弾き飛ばした。それは膂力によって起こされたもの。完全にベルの膂力がミノタウロスを上回っていることの証明に他ならない。
手から弾き飛ばされた大剣の方を見てミノタウロスは若干ながら驚いた。その様子は当然ベルに伝わる。
「得物がなくなった程度で動揺するのは間抜けがすることだ、この間抜け!」
その言葉と共に繰り出される前蹴り。その直撃を受けてミノタウロスは後ろに蹈鞴踏んだ。そしてベルは笑いながら更に突き進む。得物がなくなったのならどうすれば良いのかということの答えを見せるかのように空いている左拳でミノタウロスの顔を殴りつけたのだ。
「ぐぶっ!?」
間の抜けた声が口から漏れ出すミノタウロス。その際にミノタウロスの歯の何本かがへし折れた。
その一撃でベルが止まるわけがなく、更に左拳からミノタウロスを圧倒する拳撃が繰り出される。軽いジャブ程度の攻撃であるが、その一撃一撃にズシンとした衝撃を受けて脳を揺さぶられるミノタウロス。顔はあっという間に血に塗れ鼻血を噴き出す。
「ふんッ!」
そして回し蹴りがミノタウロスの胸部に叩き込まれ、ミノタウロスはダンジョンの壁に叩き付けられた。
粉砕されて崩れ落ちる壁。その瓦礫を払い退けながらミノタウロスはゆっくりと立ち上がった。そしてベルに向かって咆吼を上げる。
「―――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
それは憤怒、それは怨嗟、それは屈辱、それは恐怖、それらが入り交じった高すぎて聞き取れない絶叫。
そしてそれらの全てを乗り越えるべくミノタウロスは突撃を仕掛ける。このモンスターが追い込まれると出す攻撃。それは彼等が最も信用している自身の最強の攻撃。その一撃は格上であろうともタダではすまない。
まるで自分の命全てを燃やし尽くすかのような叫びを上げながらミノタウロスは自身の頭を、その頭部でもっとも強固な角をベルに向けて突き進む。立ち憚る全てを粉砕する最高で最強な一撃をベルにぶち当てるために。そしてベルのいるところでそれは止まった。
確かにミノタウロスは当たった手応えを感じた。この攻撃は彼等にとって絶対。当たれば必ず相手は死ぬ。だが、その手応えを感じ取った瞬間にミノタウロスは恐怖に負けた。
確かにベルに攻撃は当たった。だが…………その角はベルの両手で受け止められていた。
ミノタウロスがベルに突進してきたとき、ベルは持っていた大太刀を地面に刺して両手を広げて構えたのだ。その一撃を受け止めてやると言わんばかりに。そして見事に受け止めて見せた。角が触れた瞬間から伝わる圧倒的な衝撃。ベルはそれを全て受け止め切った。その衝撃にベルの足元の地面は砕けたが、それでもベル自身にダメージは………ない。
「悪くない一撃だ。自身の命を賭したよか一撃だ」
そうミノタウロスに告げて笑いかけるベル。その笑いはギラギラとした瞳と殺意に溢れかえりながらもどこか朗らかだ。
そして命を賭けた一撃に対し、ベルもまた自らの矜持を見せつける。
「ハッ!?」
その発生と共に粉砕されるミノタウロスの角……ベルが一気に握り砕いたのだ。
角に痛覚があったのか、もしくは自身の象徴を砕かれたことでプライドも何もかもが粉砕されたからなのか、ミノタウロスは恐怖の断末魔のようなものを上げた。
その様子を見ながらベルはミノタウロスに告げる。
「もう終わりだ。その首級、貰うぞ」
そして地面に刺さった大太刀を引き抜き、威勢良い叫びを上げながら首目掛けて横に振るった。
血飛沫が舞ったのは一瞬、宙を舞うミノタウロスの首が自然に落下し首を離された胴体は力を失い崩れ落ちる。
そして落ちてきた頭部の毛を掴んで持ち上げるとベルは死体が灰になる前に告げた。
「首取ったッッッ!!」
その宣言と共に手に持っていた首もまた灰に戻る。
その姿を見続けていたリリルカはそれまであった光景に魅入ってしまっていたからなのか、慌ててベルに駆け寄った。
「ベル様、大丈夫ですか! お怪我とかは!」
心配するリリルカにいつものベルなら大丈夫だと微笑みかけるはずだった。だが今回のベルはそうはならず、変わらず殺気で瞳をギラギラと輝かせているだけである。だから余計に彼女は心配するのだが、どう見てもベルの身体には怪我一つ見当たらない。
だがそれでもベルがそうなっているのには必ず意味があるのだろう。ベルは心配するリリルカを軽く避け、そのまま歩を進める。その先にあるのは地面に突き刺さった大剣。先程のミノタウロスが持っていた大剣である。それの前まで行くとベルはそれを引き抜いた。ベルの身体には不釣り合いなくらいに大きい剣だが、ベルはそれを木の枝のように軽く振り回してみた。
そしてリリルカに向かってギラギラとした瞳で話しかける。
「まだだよ、リリ」
「ベル…………様?」
ベルの言葉にリリルカは言葉を何とか返す。その言葉の意味を彼女は理解出来ない。まぁ、普通こんなふうに言われたら分かるわけがないのだが。
言葉など不要と言わんばかりにベルは早足で歩き、そして真っ暗な闇が広がるその先に向かって…………。
持っていた大剣を投げつけた。
それは矢の如く目にも止まらない速さで飛び、そして……………。
不自然に弾かれた。
弾かれると同時に金属同士がぶつかり合う音が静寂の中に響き渡る。
それを見ながらベルはその闇の先にいるであろう存在に向かって話しかけた。
「見ているのでしょう。出てきて下さい」
その言葉を聞き入れたのか、もしくは………ベルが逃がす気がないということを分かっているからなのか、闇の中からそれは現れた。
身に纏うのは覇者の威厳、その巨躯は堅牢にして剛健。数ある亜人の中でも珍しい『猪人』。オラリオでその存在を知らない者はいない。
「はじめまして、と言うべきでしょうか………オラリオ最強の『レベル7』『猛者(おうじゃ)』オッタル」
ベルにそう言われ、現れた男………フレイヤ・ファミリアの団長でもあるオッタルがベルに話しかけた。
「俺を知っているか」
「知らないのはオラリオにいない人だけじゃないですか? それぐらい貴方は有名だ」
オッタルの言葉にベルはしれっと答える。いくら非常識の塊みたいなベルであろうともオッタルという存在は知っている。いや、逆に知らないわけがない。何せそういった強者は手柄だからだ。その首級を取れる機会があるのなら、まさに大将首だろう。だから知らないわけがない。功名餓鬼たるベル・クラネルが知らないわけがないのだ。
ベルはオッタルに向かって実に不敵な笑みを浮かべる。まるでこれから起きることに胸を高鳴らせる子共のように。
「それは貴方のでしょう」
そう言って指をさしたのは先程弾かれた大剣。それと同じものを今のオッタルは背中に下げていた。
だが、いくら同じ剣を持っているからと言ってそれがその人の持ち物だというわけではない。だから当然のようにオッタルは答える。
「それが俺の物だという根拠はない。確かに同じ剣を持っているがな」
その言葉にベルはニヤリと笑う。
「確かにその通り………と言うよりも言い方が悪かったですね」
そう言うとベルは瞳をギラギラと殺気で輝かせながらオッタルに断言した。
「あの『ミノタウロス』をけしかけたのは貴方ですね、オッタル」
その断言には微塵の疑念もない。完全にオッタルが犯人だと確信したものであった。
そう言われオッタルは当然違うと答えようとしたが、それを先にベルが潰す。
「さっきからずっと見ていたのは貴方でしょう。あのミノタウロスとの戦いをまるで見定めるかのように見ていた。そしてそれと一緒に以前から感じていた視線も一緒に感じた。バベルのかなり上の階からこちらを観察するような不躾な視線を送っていた女神の視線を。やっとわかった……僕を見ていたのは貴方が所属するファミリアの主神ですね」
それはもはや確信。今まで感じていた視線が誰の物なのかも、そしてその誰が今回のミノタウロスをけしかけるよう指示したのかも。
だからこそ、ベルはニタリと笑った。ここまで迷惑をかけられた、もとい機会をもらったのだ。悪くはないが、気にくわないのも事実。
ならどうするか? 決まってる、この機会を彼等の想像以上に使えば良い。
ベルは大太刀を肩に水平に構え、殺気を全開にしてオッタルを見据えた。
「ゴチャゴチャ言うのは面倒だ。どのみちはっきりしてるのは一つだけ。あのミノタウロスをけしかけたのは貴方だ。なら貴方を討つにたる理由は十分」
「つまり」
ベルが笑った(嗤った)。
「その首級置いてけ」
そしてベルはオッタルに斬りかかった。