ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
そしてかなり甘め………萌えが欲しい………。
ヘスティアに二つ名が決まった事を聞かされた翌日、ベルとリリルカの二人はバベルの前の広間にて待ち合わせをしていた。
ベルにとっては大太刀の整備をしてもらうだけの話だが、リリルカにとってはそうではない。
(ベル様とデート、ベル様とデート!! えへへへへ)
彼女にとってこのイベントはデートなのである。いや、確かにベルの大太刀の整備が本題なのだがそれ以外に寄り道してもいいだろう。彼女にとって整備の話は切っ掛けであり、こちらの寄り道こそがメインなのだから。
ベルに好意を寄せる彼女はベルと幾度となく一緒に行動を共にしているのだが、その殆どがダンジョンでありこうした町中で一緒に行動することは今までなかった。
だからこそ、この機会によりアピールしたいと思うのは恋する乙女なら当然のことである。故にリリルカは朝早起きするなり鏡の前で自分の顔を確認し派手に成りすぎないようにうっすらとそれとなく化粧をしていつもの服よりもよりオシャレな服を着て姿見の前で幾度となく自分の姿を確認した。変な所がないように、もっとベルに可愛いと言ってもらえるように。戦闘時は薩摩兵子のアレだが、平常時は紳士的な彼のことである。きっと褒めてくれるだろうと。戦闘時のたくましさ、平常時の紳士的な優しさ、その両方をリリルカは好きになったのだから。
そして自分だけドキドキしていると分かっていながらも気分を高揚させながら彼女は広間の噴水の前に約束の時間よりも大分早く来ていた。
デートは約束の時間よりも早く来るのが常識、それが男女間における恋愛でのルールの一つ。だが、ベルはそういったものとは一切無関係なので当然知らない。だからというわけではないが、そういう部分はリリルカがこれから教えてあげれば良いだろうと彼女は考えている。
(これでも私はベル様よりもお姉さんなのですから、こういうときは年上が引っ張らないと!)
普段駄々甘な彼女だが、こういうときこそベルを導くべきだと。
ドキドキと胸を高鳴らせながら待つこと約束の時間きっちり………ベルが来た。
「おはよう、リリ」
「おはようございます、ベル様!」
ベルの格好はいつもの私服に背に大太刀、つまりダンジョンに潜る時と何も変わらない。それがベルがこのデートを意識していないということの証明であり、それがリリルカには少し悲しかった。だが、それも一瞬のこと。何せベルなのだ。最初から期待などできない。これからなのだ。ベルにそういった恋愛の機微を教えるのは自分なのだと、リリルカはそう思いながら話しかける。
「ベル様ベル様、どうですか?」
ベルに見てもらえるように身体をくるりと回して問いかけるリリルカ。彼女の瞳は期待と不安が入り交じった色をしていた。
そんな彼女にベルは『紳士』らしく柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「とてもよく似合ってるよ、リリ。可愛いよ」
「ありがとうございます!(ベル様に褒めてもらえた! それも可愛いだなんて…………)」
嬉しさにあまり顔を赤らめながらニヤつきそうになるのを堪えるリリルカ。そんな彼女を暖かな笑みで見るベル。
知っている人が見たら仰天ものである。どうして『薩摩兵子』の時はそういったものを一切感じないのに『紳士』な時はこんな反応を取れるのか………きっと師である豊久でさえ謎だろう。いや、この男にソレ関係を考えること自体間違いだ。考えるだけ無駄である。
服を褒めてもらえたことで嬉しくなったリリルカはもっと自分を意識してもらえるようにと大胆な行動に出る。
ベルの腕に飛びつき手を繋ぎながら抱きしめてきたのだ。彼女の小人族特有の低い身長に不釣り合いな大きめな胸がベルの腕に押しつけられて柔らかに形を変える。
「はぐれちゃいけませんから………こうしていれば絶対にはぐれません(大胆で恥ずかしいですけど、こうでもしないとベル様は鈍いから………あぁ、たくましい腕ですぅ……)」
ベル程の年頃の男なら興奮物であり、普通ならドキドキして仕方ないものだろう。
だが………残念ながらベルはやはり紳士的にベルであった。
「そうだね。こうしていれば確かにはぐれない」
ベルは顔を赤らめることもなく優しい目をリリルカに向けながら普通に返していた。
期待していたわけではないのでそこまでダメージではないが、それでも若干のショックは免れない。だが彼女の心は浮き立ってそれどころではなかった。
(ベル様が手を握ってくれてる………ごつごつしていて男らしい手です。見た目は可愛い感じですけど、やっぱりベル様は男なんですね。それに……あったかい………)
ベルのぬくもりを感じて顔がふやけそうになるリリルカ。思惑は外れたが案外得した気分であった………チョロい。
そして二人は手を繋ぎながら、端から見たら微笑ましい若いカップルに見えなくもない状態で歩き始める。
それを客観的に見て内心でキャーキャーと叫ぶリリルカ。
そんな彼女と違いベルは平常運転であり、そのままバベルに向おうとする。
だが当然リリルカはそれを防いだ。
「ベル様、朝ご飯は食べましたか?」
「朝ご飯? そういえばまだ食べてなかったっけ」
ベルの反応に内心でよしとガッツポーズをとるリリルカはベルにハシャぎつつ提案する。
「でしたら、まずは朝ご飯を食べに行きましょう! リリもまだですし、ベル様と一緒に食べたいですから」
そういうわけで朝ご飯を食べるべく、どういうわけか『豊穣の女主人』に入った二人。
そこでリリルカは少なめだが栄養価が良いメニューを選び、ベルは朝だというのに信じられない程の量を注文した。
その量を見てももう驚かないリリルカはニコニコと笑いながら一緒に朝食を食べる。朝食を食べつつ簡単な世間話をすることになり、そこでベルはリリルカに自分の二つ名が決まったことを話した。
「『首狩り(ヴァイスリッター)』? それがベル様の二つ名ですか?」
「うん、そうみたい」
ベルの二つ名を聞き、リリルカはというと…………。
「何というか………まんまベル様ですね」
常日頃の薩摩兵子としてのベルの決まり文句をそのままにしたような二つ名に変とも凄いとも言えない彼女はまさに普通ですねと言わんばかりに感想を述べた。
「僕もそう思う。二つ名なんて特に気にしないけど」
「普通の冒険者ならかなり気にする所ですけど、そうじゃないところがベル様らしいですね」
「でも格好良いじゃないですか。私、その二つ名大好きですよ」
第三者の声にばっと顔を向けるリリルカ。そこにいたのは注文の品を持ってきていたシルとリューの二人。
シルはベルの前に山盛りになったパスタを置きつつ熱の籠もった視線をベルに向けつつ微笑む。その綺麗で誰もが見惚れる笑み、そして瞳に籠もった『恋する乙女』の熱に対面に座るリリルカはジト目でシルを睨み付ける。
(このお邪魔虫め~、せっかくのベル様とのデートを!)
(私だって負ける気はありませんよ)
笑顔で互いに火花を散らつかせる二人。そんな二人とは違い、リューは普通にベルに話しかける。
「ランクアップおめでとうございます、クラネルさん」
「ありがとうございます」
ベルの二つ名が決まった以上ランクアップしていなければおかしいということで、公には『レベル2』になったということになっている。それでも世間では今まで早くて一年でレベル2になったという記録をブッチギリで抜いたため、どうしても注目が集まってしまう。
たった一日しか経っていないのに、ギルドのお知らせもあってか既に幅広く伝わっているらしい。
そのためか、店内でも注目を浴びていたベル。その大概が信じられないという驚きと嘘じゃないのかという疑い、または才能への嫉妬などばかりであった。
だがこの男は揺るがない。人にどう言われようと変わらない。薩摩兵子でも紳士的な時でもそれは変わらない。故にまったく気にした様子もなく朝食を食べていた。
そんなベルの横にシルがすっと静かに座りリューが普通にリリルカの隣に座る。
「お二人とも休んでいていいんですか?」
特にシルにいなくなって欲しいリリルカはジト目をシルに向けつつそう問いかけると、シルは負けじと不敵な笑みを浮かべて返す。
「ミア母さんから少し休んでいいと言われたので。それにベルさんのお世話をしたいと言ったら快く応じてくれましたから」
その言葉で更に火花を散らつかせるリリルカとシル。
それをまったく気にしないベルとリューは今後のダンジョンでの活動内容を話し合う。
「クラネルさんは今後は中層に?」
「ええ、更に良い首を取りに」
にこやかに笑うベルだが、その言葉には確かに薩摩兵子の闘志が込められていた。
本来であれば『先達』として色々忠告すべきなのだが、ベルの今までの噂にレベル2になった時の状況を聞けばその心配は杞憂になってしまう気がしたリューはそれでも一応ということでベルに注意をする。
「クラネルさんはもっと仲間を増やすべきです」
「それはベル様の実力が低いと言いたいのですか?」
その忠告にそれまでシルと睨み合っていたリリルカが噛み付いた。大好きなベルをそう言われて我慢できなかったようだ。
睨み付けられたリューは特に気にする様子もなく普通に流して答える。
「いえ、そういうわけではありません。実力を見たわけではありませんが、レベルアップの経緯などを聞くに実力は十分かと。ただ………」
「ただ?」
「クラネルさん一人では全体を見渡せるわけではないということです。例えば貴女が襲われたとして、その時クラネルさんが助けられるかどうか、ということになります。中層はモンスターの強さも量も上層とは桁違いです。クラネルさんが戦う分には問題がなくてもリリルカさんを守りながらというわけにはいかなくなる。サポーターである彼女を守りながらではいくらクラネルさんが強くても実力を発揮出来ない。だから彼女を守ってくれる仲間が必要なんです」
そう言われベルは何となく理解しリリルカは悔しそうにする。リューに言われていることはつまり『リリルカはベルの足を引っ張る足手まとい』ということになる。それを言われて彼女は自分の無力さに苛立った。
そんな彼女にベルは優しく頭を撫でてあげつつ小さく呟く。
「確かにそうだけど……………僕と一緒に戦える人なんて師匠くらいしか……」
ここで一緒に戦うというのは『協力』して戦うのではない。どちらが多くの手柄を立てられるのかを競い合うような『戦(いくさ)』を共に出来る相手のことである。
そんなキチガイ………変わり者はそうそういないだろう。
だが現実問題仲間の必要性を言われて悩むベル。リリルカと一緒にダンジョンに潜ることでそういう意味での仲間の必要性は理解しているからだ。
そんなベルに横から野太い声がかけられた。
「はぁっはっはぁ! パーティーのことでお困りかぁ、『首狩り』?」
そう声をかけてきたのは如何にもな厳つい冒険者の男だ。
どうやらベル達の会話を聞いていたらしい。
「仲間が欲しいんなら俺達のパーティーに入れてやろうかぁ。俺達は皆レベル2だ、中層にも行けるぜぇ」
そう言いながら自身のパーティーに手を向ける男。向けた先には男同様に厳つい冒険者が二人いた。
そして男は卑しそうな顔でベルに話しかける。
「けどそのかわりぃ、このえれぇべっびんのエルフの嬢ちゃん達を貸してくれよ。仲間なら分かち合いだ、なぁ?」
その言葉の真意にベル以外の皆は顔を顰め警戒心を露わにする。相手がイヤらしい意味でこちらに近づいてきたのが明白であった。
そしてその中でリューが何かを言おうとするが、その前にベルの言葉が先に出た。
「くっくっく………あまり笑わせないで下さい」
「あぁ?」
ベルは軽く笑うと男達に目を向けた。
その目はもう紳士的な優しさなどない。戦い手柄を求める薩摩兵子の目である。
「貴方達がレベル2? この程度の手柄にもならない輩と手など組めるか」
ベルはじっと男達を見ながらそう語ると嘲笑を含めて話しかける。
「自分の命も捨てられない腰抜けにしか見えないなぁ、僕の目には。その程度でレベル2になれるんだから、僕が短い期間でなれるのも当たり前でしたね。なんだ、ありがたみも何もないじゃないか。貴方達みたいなのが簡単になれるんだから」
その挑発に当然男は怒り、こちらに手を伸ばしてきた。
「このくそガキ!!」
殴りかかろうとする男。だがベルが当然無抵抗な訳はなく…………。
「僕ははなから『戦』のつもりだ。喧嘩如きなど生ぬるい、邪魔する輩は皆倒す!」
男の拳が届く前にベルの『手加減』した拳が男の顔面にめり込んだ。グシャァっという効果音が聞こえそうなくらい男の顔面に拳は食い込み、吹っ飛ばされながらも離れた男の顔面は見事に血塗れになっていた。
ベルの拳に粘性が高そうな血がべったりと付いている辺り、相手の鼻が潰れたらしい。
激痛に呻く男に仲間の男達は男の有様を見て顔を青ざめさせる。ちなみに手加減した理由は単純に殺したらまずいからだ(手柄にもならないので殺す価値もないクズのため)。
床を血で染めつつ未だに藻掻いている男を見下しつつベルは仲間に聞こえるように声を出す。
「まったくもって弱すぎる。手を組まなくて正解だった。この程度じゃ邪魔なだけだ。それで………次はどっちが来るんだ? こうなりたくないなら逃げてもいいけどね」
そう言われ、ベルの殺気の籠もった目を見てしまった男の仲間達は慌てて逃げようとする。だがその前にベルはもう一回声をかけた。
「あぁ、待った。その前に…………女将さんが凄い怖い顔でこっち見てる。ちゃんと代金は払わないとね」
その言葉とミアの大層おっかない顔に仲間達は恐怖で震え上がり、持ち金全てをミアの近くに放り投げて急いで男を担いで店から出て行った。
その後ろ姿を見つつベルは食べ途中の朝ご飯を食べようとする。
「ベルさん、格好いい…………」
「ベル様、素敵です………」
ベルの勇姿を見て頬を赤らめて熱の籠もった目を向けるリリルカとシル。リューはベルの拳を見て内心驚いていた。
(さっきの拳、私でも十分早いと感じた。アレはとてもレベル2が出せる攻撃ではない!? クラネルさん、貴方はいったい………)
そんな心情の3人とさっきまでのことなどまったく気にしていないベル。
だが、そんなベルにもの申す人物がいた。
「呑気に飯食ってるのはいいけど…………店で騒ぐとはいい度胸だねぇ、坊主」
「あ、女将さん…………」
この後ミアにかなり叱られた。