ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
朝食を取ると共にお説教をされたベルは本来の目的である大太刀の整備のためにリリルカと共にバベルへと来ていた。
見上げると終わりがないんじゃないかというくらい高い塔は圧巻の一言に尽きるだろう。
壮大な光景ではあるのだが、この街に住む冒険者にとっては見慣れた光景なので特に気にすることもなくベルとリリルカは中へと入っていった。
そしてへファイストス・ファミリアの支店、その中でも見習い達が商品を出している階へと繰り出す。
「ベル様、何でこんな所に? ベル様の腕前だとこんな安物じゃ釣り合わないですよ? それに予算的にももっと良い鍛冶師に頼めるはず?」
ベルの稼ぎはレベルに対し(公の)異常としか言えない程の量である。その稼ぎを知っているリリルカとしては、ベルが此所に来ることが理解出来ないようだ。ベルの稼ぎで考えればへファイストス・ブランドの超一流鍛治師は無理でも二流か三流程度の腕前の鍛治師には頼めるだけはある。こんな見習い程度では釣り合わない。
その疑問に対し、ベルは辺りにある見習い達の作品を拝見しつつ答えた。
「武器は使えればいい。だから下手にそういう人に頼む必要もないし、そういう人間に限って無駄にプライドが高かったりするからね。そういう人達が作った見てくれや材料だけの武器よりも、僕は腕がしっかりしている真っ直ぐな職人の方がいいかな」
そう淡々と答えるベルにリリルカはそうですかといった感じに答えた。
普通の冒険者なら武器や防具にはかなりのこだわりを見せるものなのだが、この男に限っては別である。防具など無意味、さぱっと死ぬのは黄泉路への誉れだと素で答える彼に防具というものはない。そんな考え方をする男である、武器も同様にこだわりを持っていない。いつも使い慣れている大太刀は師譲りの剣術故に使い、それが使えなくなれば他の物を使い、なければ無手にて手柄を掴み取る。何でもありのタイ捨流だからこその考え方であり、それ故に愛着はあれどこだわりはしない。だからベル・クラネルという男は武器や防具にそういった憧れやこだわりは持たないのである。
そんなベルが敢えて今回の大太刀整備を頼むのにあたって見るのはその腕前。作品を見ればそれがどういう人物なのか、どれ程の腕前なのかが分かる。
腕前で見れば一級の鍛治師に頼めば良いという話なのだがベルにそれほどの予算はないし、何よりも武器を使い捨てにすることも辞さないような戦い方をするのだ。使い捨てにするかもしれない武器にそんな金をかける道理などまったくない。
だからこそ、ベルはこうして『武器を使い捨てにしても問題ない程度の腕前』の職人を探しに来たのだ。
はっきり言って職人からしたら失礼極まりない。自分達が胸を張って作った傑作をぞんざいに扱うというのだから。
だがそんなことなどベルにとっては知ったことではない。職人達の傑作もベルからしたらただの『道具』でしかないのだから。
故にベルは様々な作品に目を通していく。その際の目は紳士的ではなく薩摩兵子のソレである。
その目に宿す闘志を感じリリルカは見惚れるが、それが異常だということを彼女は判断出来ない。もう染まりきっている証拠かもしれない。
そんなリリルカに気付くことなど一切なく、ベルは並べられている商品を物色していく。
あれは駄目、これは違う、こうじゃない………そんな感想を一人小さく口にしながら探すことしばらく………ベルはとある商品に目が行った。
それは店内の更に隅っこ、それも特売の処分品の中に入っていた何の捻りもないただの直剣。
技術面では特に特別なものはなく、素材もただの鋼。
だが、その剣は確かにしっかりとした作りで出来ていた。見た目に華やかさや派手さがないので誰にも目を向けられずに処分品に回されてしまったのだろう。
ベルはそれを掴むと改めてその剣を見る。
一級鍛治師に比べれば明らかに未熟、だがベルが求めるレベルには十分達している。
だからこそ、ベルはコレに決めた。この鍛治師に頼もうと思ったのだ。
その為にベルは剣に刻まれた制作者の名を見る。へファイストス・ファミリアの作品はブランドに並べられるものならばそのブランド名を冠することが許されるが、それ以外の作品の場合は制作者の名が刻まれている。このような処分品に回されているものがブランドを掲げることなどあり得ないのだから、必然的に制作者の名が刻まれているだろう。
そしてその名を見て覚えていると、丁度リリルカがこちらにやってきた。
「ベル様ベル様、あっちでベル様に似合いそうな鎧があったんです! 買わないのはわかってますけど試着させてもらいましょう。リリ、ベル様の鎧姿を見てみたいです!」
若干興奮気味そう言うリリルカ。そんな彼女にベルは問いかける
「ねぇ、リリ……『ヴェルフ・クロッゾ』って鍛冶師知ってる?」
防具や武器に興味がないベルである。当然鍛冶師のことなど知らない。
これからその鍛冶師と交渉するのだから、ある程度知っておいた方がいいと思った。だからオラリオの情報に詳しいリリルカに問いかけたのだ。
その質問を聞いて彼女の表情が変わる。
「『ヴェルフ・クロッゾ』ですって!? あの呪われた魔剣鍛冶師の!? 没落した鍛冶貴族の!?」
どうやら有名らしく、凄く驚いた様子を見せるリリルカにベルはある意味関心する、よくもまぁここまで驚けるものだと。
そんなリリルカにベルは特に気にした様子もなく普通に話しかける。
「この剣の制作者の名前を見たらそう刻まれていたから。その様子だと有名人らしいね」
「有名も何も、知らないベル様の方がおかしいんです! 魔剣をとある王国に献上して貴族になった一族ですよ。その魔剣は凄まじい威力を誇り海を焼き払ったと言われるほどに。何故かある時を境にその能力を全て失い今では完全に没落したと」
それを聞いてもベルはまったく動じない。ふーんと言わんばかりに聞き流す。興味がないということがありありと伝わってきた。
「この人に頼もうと思ってるんだ、大太刀の整備」
「よりにもよってクロッゾにですか!? やめた方がいいです、ベル様。クロッゾの一族は未だに恨まれていることも多いです。下手に関わってベル様に危害がいったら……」
リリルカは心配して言っているのだろう。
だが、ベルが『その程度』で止まるわけもなく、彼はドヤ顔ではっきりと口にした。
「いや、僕はヴェルフ・クロッゾさんに決めた。この剣の腕は見習いの中でも十分高い。それにその程度がなんだい? 僕の首が欲しいなら取りに来ればいいさ。その時は大歓迎するよ」
その大歓迎がどういう意味なのかわかるだけにリリルカは顔を青くしながら苦笑するしかない。何せそう語るベルの瞳は殺意でギラギラと輝いているのだから。
こう言ったらまず聞かないベルにリリルカは降参する。好いた相手の事を考えて忠告したが、それでも聞き入れられてもらえないのなら一緒に行くのみだと。そう考えると夫を支える妻のような感じがしてついつい妄想してしまうリリルカ。途端に顔を紅くしてニヤニヤ笑いながら悶えた。
そんなリリルカなど置いてベルは店の人にヴェルフと話がしたいことを伝えようとカウンターに向うと、そこで揉めている男達がいた。
「こちとら命がけでやってんだぞ! 端っこじゃなくてもうちょっとマシな扱いをだなぁ!」
そう言っているのは黒い着流しを着た赤髪の男だ。
その男は怒りながらカウンターの店員に噛み付き、店員は困ったという顔をしながら話を聞いている。
普通ならこういう場合、関わらないものだ。誰だって厄介事には首を突っ込みたくない。
だが、ベル・クラネルは別だ。首を突っ込むのではなく無視する。相手が争っていようが関係ない。自分の用を突きつけるのみ。
「すみません、ちょっといいですか」
「あん?」
ベルの言葉に赤髪の男は怒りを滲ませつつベルの方を振り返り店員は助かったと言わんばかりに顔を輝かせた。
「ヴェルフ・クロッゾっていう鍛冶師と話がしたいんですけど」
その言葉を聞いて店員と赤髪の男がお互いに顔を見合わせ、そして店員が赤髪の男を指さし男がベルに笑いかけた。
「俺がヴェルフ・クロッゾだ。アンタは?」
「僕はベル、ベル・クラネルです」
自己紹介され返すベル。それを聞いた赤髪の男………ヴェルフ・クロッゾは驚きを露わにした。
「まさか最速レベルアップの『首狩り』に声をかけられるなんて思わなかったぜ」
「その二つ名がもうそんな風に伝わってる事の方が僕は驚きですけどね」
ヴェルフにベルはそう返し、そして直ぐに仕事の話をした。
「貴方に僕の大太刀の整備をお願いしたいんです」
その話を聞いてヴェルフは光栄だと言いつつもどこか警戒した様子でベルに話しかける。
「何で俺なんだ? 他にも鍛冶師はいただろう? それに…………お前のその口振りは俺の事を知っているって感じだ。まぁ調べればすぐに分かることだけどよ………魔剣を頼まねぇのか?」
その言葉とヴェルフの様子はまるでベルのことを試しているようだった。
そんなヴェルフにベルはドヤ顔で大胆に言った。
「魔剣なんて僕は知らない。知ったところで欲しいとは思わない。さっきリリから聞いたけど魔剣っていうのは魔法が撃てる剣らしいですね。あれば便利だけど欲しいとは思いません。何せそんないつ壊れるのか分からないようなものじゃ手柄が取れない。折れるにしたってある程度使ってから折れてもらわないと」
そしてヴェルフの逆鱗に触れる。
「道具は道具、武器は武器。使い捨てにしても手柄は取るけど、その使い捨てにする度合いも分からないようなものは使えない。ただのゴミだ。極論、大将首取るのに使う武器だけあればいい。そのための武器なんだから」
「あぁっ!! テメェ、なんつった! 武器が使い捨てって言ったのか!!」
最初の印象は最悪だったようだ。
ヴェルフが激おこ(笑)