ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
「やってきたぜ十一階層!!」
真っ白い霧が立ち籠める平原を前にしてヴェルフが威勢良くそう叫んだ。彼にとってこの階層に来るのは初めてのことらしい。鍛冶師は戦闘が本分ではないため戦いは得意ではない。それ故にパーティーを組んで戦うのだが、ある意味ファミリア内で孤立しているヴェルフには組んでくれる仲間がいなかったので今までこの階層に来れなかったらしい。だからこそ、初めて見るこの光景に彼は本来の目的を忘れそうな程はしゃいでいた。
その様子にリリルカは呆れつつもダンジョンに入る前に言った注意事項をもう一度ヴェルフへと言う。
「念の為もう一度確認します。この階層ではソレまでのダンジョンにはいない大型のモンスターが出現します。ベル様はともかくヴェルフ様にとって初めての相手、故に私が仕方ないですけど戦闘のサポートをさせていただきます……仕方ないですけど」
リリルカは如何にも嫌そうな顔でそう言った。
それを聞いてヴェルフは目の前にいる小さな小人族にこんなんで大丈夫かよと軽くからかう。彼なりに今回のパーティーの仲間としてよろしくと言っているようだ。
「おいおい、こんなチビスケにサポートが出来るのかよ」
「チビではありません、リリにはリリルカ・アーデという名前があります! それにサポートだってちゃんと出来ますよ! リリはヴェルフ様よりも永くダンジョンに潜っているんですから」
「そうかい。そこまで言うんだったらその手前をみせてもらおうか、リリスケ」
そう言われリリルカは更に噛み付く。からかわれていることはわかりきっているのにそれを真に受けてしまう辺りは年相応に見える。
そんなわけで顔を赤くしつつ肩で息をしながらリリルカは最後に一番重要なことをヴェルフに告げた。
「いいですか、これだけは絶対に何があっても守って下さい。『ベル様の邪魔だけは絶対にしないで下さい』」
そう言われヴェルフは分かってると言わんばかりに大仰に頷いて見せた。何せ今回の目的はベル・クラネルという男を見極めるためのものだ。その為に邪魔になっては見極められない。
「まぁ、流石に危なくなったらその時は助けるかもな」
軽く笑いつつもそう言ったのは念のためであった。ベル相手に怒りを燃やすヴェルフではあるが、流石に目の前で死なれるのは後味が悪すぎる。だからそうなりそうになったらその時は手にしている大刀で助けると、そういう意思も込めてリリルカに見えるように大刀を翳して見せた。
それを見たリリルカは目を見開きながら怒りの籠もった視線をヴェルフに向ける。
「寝言は寝て言って下さい。ベル様が危なくなるなんてことは絶対にありません。そしてそうなったとしても絶対に手を出してはいけません。もし出したら………その時貴方様は殺されますよ、ベル様に」
小さい身体から溢れんばかりの怒気にヴェルフの気が引き締められた。ここまで言われるということは、それほどベルが信頼されているという証であり、ベルがどういう人間なのかということへの判断基準の一つになる。
だが、その中に一つおかしな部分があることに彼は内心考え込んだ。
(アイツに殺されるってどういうことだ?)
その意味を理解出来ないのは無理もないだろう。何せ『ソレ』は一般の常識とはかけ離れ過ぎているのだから。
その意味を考えるヴェルフだが、それはベルの言葉で中断された。
「どうやらやっと来たらしい。さぁ、戦の始まりだ。その首…………置いてけぇぇぇええええええええええええええええッッッッ!!!!」
咆吼を上げると共に弾丸のように大太刀を構えながら飛び出したベル。彼の先にはそれまでの階層ではありえない程の量のモンスターがこちらに向って群がっていた。
「怪物の宴ッ!?」
ヴェルフが向ってくる大群に対して驚愕しながらそ叫んだ。
これは同地帯上での瞬間的なモンスターの大量発生の事を言い、これに遭遇した冒険者は皆生死をかけた死戦を余儀なくされている。
ヴェルフ一人ならまず死んでいるであろう大群。こちらの全てを押し潰そうとするモンスター達を前にして怖じ気づくヴェルフ。
そんなヴェルフと違いリリルカは手に装着するタイプのクロスボウに矢を装填してヴェルフのサポートを出来るようにしつつベルを見ながら少し呆れていた。
「あぁ、あんなに嬉しそうに目を輝かせて……それがリリにも向けてもらえれば…………いや、それは後でいいですね。今はサポートに徹しないと。まぁ、あのベル様から抜け出せるモンスターがいるとは思えませんですけど」
その言葉が出ると直ぐその言葉を理解させられる現象が起こった。
向ってきた大群の一部のモンスター達の首が一斉に宙を舞い血の雨がモンスター達に降り注いだのだ。
「なっ!?」
その事実にヴェルフは目を剥いた。血を蒔き散らしながら倒れ込むモンスター達の死体。その中で全身を真っ赤に染めながら不敵に笑うベルを見て恐怖した。
ベルの目は殺意でギラギラと怪しく光り、その口元は楽しくて仕方ないと嗤う。
「まだまだ手柄は一杯ある。さぁ、その首を僕によこせ」
そう言いながら再びモンスター達に向って飛びかかった。
背中に付くくらい大太刀を水平に構えながらの突進、そしてそこから繰り出されるのは何者をも斬り伏せる豪剣。一振りで近くにいたインプ3匹の首が飛び、返す刃で襲いかかってきたシルバーバックの上半身と下半身が泣き別れ血の涙を流す。
仲間意識があるわけではないのだが、それでも同胞達が惨殺されていく様子にモンスター達が若干ながら怖じ気づいた。
その気配を感じてベルはモンスター達へと嗤いかける。
「怖じ気づいたな? 戦いたな? それは戦場では不要だ。そういう奴はこの場から去れ! 臆病者の首に価値なぞない! そんな首など入らない! 戦う気などない奴は失せろ!!」
ギラギラと輝く瞳に宿す獰猛な殺意。それを叩き付けられたモンスター達はその恐怖に怯え、中には逃げ出し始める者も出始める。
その光景はある意味異常としか言い様がない。それでも戦うモンスターも当然いるわけで、次はこの階層で一番硬いと言われている爬虫類型のモンスター『ハードアーマー』が身体を丸砲弾のようにベルに向って突撃を仕掛けた。それも一体ではなく4体でだ。
ベルはそれを見ながら嬉しそうに吠える。
「その戦う気は大いに結構! その首なら十分価値がある」
そして構えた大太刀からの必殺の一撃によって2体が硬い鋼殻ごと斬り捨てられて灰と化す。しかし、まだ二体残っているわけであり当然そちらもベルに突撃を敢行する。
「その程度で倒せる程僕の首は甘くないぞ!」
大太刀を振るった体勢からその勢いのままに身体を回し、そこから槍の突きのように鋭い回し蹴りが一体に炸裂する。
蹴り飛ばされたハードアーマーは一気に吹っ飛び近くにあった木々をへし折りながら突き進み、どこかの岩に激突して岩を砕きながら灰へとなって飛び散った。
後一体、その一体はもうベルに激突する手前でありベルに防ぐ手立ても躱す猶予もない。
「危ねぇぇッ!!」
ヴェルフからの叫び声。それは誰がどう見ても絶望しか見えない光景に見えるだろう。この距離で激突すれば無事ではすまないのだから。
だが、リリルカはわかり切っているのか焦ることはなく、ベルは向ってきたハードアーマーに向ってニヤリと笑いながらその答えを示す。
「ふんッ!」
ベルの頭が動くと共にハードアーマーがベルに激突した。普通ならベルの身体が肉塊となって飛び散るか吹っ飛ばされて粉砕されるはず……………なのに。
次の瞬間死んだのはハードアーマーの方であった。
ベルに激突した場所からビキビキと音が鳴り、そこから体中に広がっていく罅。それが身体全体に回った瞬間、ハードアーマーは灰となり魔石を残して消え去った。
「んなッ!?」
その光景にヴェルフは言葉を失った。死んだと思ったはずが相手が逆に死んでいるのだから、驚かずにはいられない。
その答えは単純…………ベルが攻撃したからに他ならない。手では間に合わない、足でも間に合わない。なら…………『まだ空いている部位で攻撃すればいい』。
その答えがこれ………頭突きである。
ベルの頭突きを受けたハードアーマーはその石頭っぷりに自慢の鋼殻を砕かれたのだ。
ベルは目の前に散る灰など気にせず更にモンスター達に向って突撃する。
「さぁ、もっと僕に手柄をあげさせろぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
そこから始まったのは圧倒的な鏖殺であり、ベルが大太刀を振ればモンスターが斬り飛ばされ、拳や蹴りがモンスターの血肉が潰れ砕けていく。
血で真っ赤に染まるベルは悪鬼羅刹の如き凄惨な笑みを浮かべながらモンスター達を屠っていく。その様子に顔を引きつらせるヴェルフ。
確かに無茶苦茶だ。戦い方など乱雑の一言に尽きる。
だが、それでも…………その武器の使い方は一切汚くなかった。無駄なく満遍なく見事に大太刀を使うベル。この戦いっぷりを見れば納得がいった。
いや、いかざるを得なかった。
「あんなぶっ飛んだ戦い方してれば確かにそうだな…………アンタ、すげぇよ!」
ベルが言っていることを実感として理解させられた。
別に自分の意見が間違っているとは思っていない。だが、ベルの戦い方なら確かにそうだろう。この戦い方なら武器は使い捨てに成らざるを得ない。ヘタクソなのではない。ただ武器が限界まで使われるからこその使い捨てなのだと。
故にヴェルフは認めた。ベル・クラネルという男がどのような男なのかということを。
魅入られてしまったのだ、その戦いっぷりに。全身を紅に染める夜叉の凄惨な笑みに。
だからこそ、こう思った。
(俺は…………もっとこいつの………ベル・クラネルの戦う姿を見ていたい。そして俺の作った武器を限界まで使ってもらいたい)
そう思っていると、背後からきたオークに襲撃されるヴェルフ。
気付いたのは荒い鼻息が聞こえた後だ。
そこから振り下ろされる石斧。ヴェルフでは間に合わない。だから彼は一瞬恐怖で目を瞑ってしまった。そこから来るであろう激痛と衝撃に恐怖しながら。
だが、ヴェルフには何も起こらなかった。
そのおかしな現象にヴェルフはそっと目を開ける。そして目の前にいる存在に驚いた。
「ベル・クラネル」
ヴェルフの目の前にいたのはそれまで離れていたはずのベルであった。
彼は背後にいるヴェルフに飛び散った灰を払いながら話しかける。
「戦場でどこ見てる。そんな間抜けに手柄など立てられるか。そんなに温いんなら、全部僕の手柄にするぞ」
ニヤリと笑いながらそういうベル。その激励にヴェルフは同じように笑い返した。
「抜かせよ、俺は俺でやらせてもらうぜ。そっちこそ俺の邪魔すんなよ」
そう言って近づいてきたオークを大刀で真っ二つに切り裂いた。
その言葉にベルは笑う。
「だったらどっちがより首が取れるのか競争だ」
「負ける気はねぇからな」
そして再び彼等はモンスター達と戦っていく。
ヴェルフの顔にもう怒りはなかった。