ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
ヴェルフとパーティーを組むようになったベルではあるが、特に戦力が上昇したということはなくいつものように彼は一人薩摩全開で突っ走っていた。見る者全てをドン引きさせる程に激しい戦闘と手柄への欲求に彼は昔のように切れ味の蘇った大太刀を振るう。
まさに鬼神の如き有り様に同じパーティーであるヴェルフですら戦きを隠し得ない。リリルカはそんなベルに目をハートマークにして熱い視線を向けていた。ある意味もう駄目かも知れない。
そんなデコデコパーティー一行なわけで今のところは暴れ回っているわけなのだが、ここで冒険者なら気にしなければならないことがある。
勿論それは『ステータス』だ。ステータスこそ冒険者の強さの指標、そしてレベルはその証だ。だからこそ、冒険者は比較的こまめにステータスの更新を行うのだ。それはベルとパーティーを組んでいるヴェルフは勿論同じファミリアに所属しているリリルカであっても例外ではない。
だが………この男に限ってはその常識というものがない。
ベルがステータスを更新したのは最初の辺りであり『えのころ飯』のスキルが出た頃だ。つまり結構前になる。時間的にはそんなに経っていないのだが、冒険者の感覚で言えばかなり前といっても良い。それぐらい経っていた。
何故そこまで放置していたのかと言えば、当然ベルが興味ないからだ。
この男はステータスに意義を見いださない。自分の力量に意味を求めない。何故ならベル・クラネルという男は冒険者である前に『薩摩兵子』だから。その精神を師によって叩き込まれた彼は己の価値観などの感覚が全てそれに順している。まぁ、祖父のお陰もあって『戦闘時』でなければ『紳士』的な青年なのだが。
しかし、戦う以上彼は『薩摩兵子』だ。その価値観はステータスでもレベルでもない。如何に多くの首級を上げたか、より凄い大将首を取れたか、そのことだけに尽きる。強さではなく結果にこそ意義を見いだす。ソレこそが薩摩なのである。
だからベルはここしばらくステータスの更新をしてこなかったのだ。意識すらしていなかっただろう。彼はただ首を求めてダンジョンで暴れ回るだけだったから。
しかし、そんな彼に主神としてヘスティアが待ったをかけた。
「ベル君、久しぶりにステータスの更新をしよう」
ある日の朝、ダンジョンに向かおうとしていたベルにヘスティアはそう言葉をかけながら行く先を遮った。
その行動にヘスティアがベルを通さないということが伝わってきており、ベルは面倒臭そうに応じる。
「別にしなくてもいいんじゃないですか。特に意味もないし」
冒険者が聞いたら卒倒しそうなことを平然と言うベル。そんなベルに他の主神との交友があるヘスティアは冒険者らしくない彼に疲れたような溜息を吐きつつベルが納得するように言った。
「確かに君はそういうのに拘らないけど、僕はそれでも君の主神だ。念のためにも君のステータスを見る必要があるんだよ。場合によっては何かしらあるかもしれないから」
如何にもそれらしい事をいうヘスティアだが、内心はヒヤヒヤと焦っていた。
どこに突っ込みどこで爆発するか分からない全自動爆弾のような男が自分の眷属なのだ。その詳細を少しでも知りたいというのは決して間違っていないはず。別にヘスティアが眷属に熱心だとか、そういうことではなくまた何かしら問題になりそうな何かが発生していないか知りたいからである。既にヘスティアの胃はイエローアラートであった。
そんなヘスティアの言葉を聞くような彼ではないのだが、ここで珍しく助け船が出た。
「ベル様ってステータスを更新していないのですか?」
そう言ったのはこれからダンジョンに向かうと言うことで大きなバックパックを背負っていたリリルカだ。彼女はステータスを更新していないということにきょとんとした顔で不思議そうにしていた。普通なら驚くはずなのだが、ある意味汚染されてしまった彼女はその程度では驚かなくなったらしい。ベルなら十分納得出来るようだ。
そんなリリルカにベルはいつも通りに答えるのだが、そこでリリルカは目をキラキラさせながらベルに話しかけてきた。
「ベル様、リリはベル様のステータスを見てみたいです!」
普通の冒険者ならまず許されないような事であり、それは例え同じファミリアに所属している眷属同士であっても知られてはいけない事である。それを見せろというのはある意味冒険者にとっての禁忌だ。当然それを知らないリリルカではない。
だが、その言葉に対しベルは別に気にした様子など一切なく躊躇なく笑顔で答えた。
「別にいいよ。別に見られて減るようなものじゃないし」
そのやり取りにヘスティアは普通のファミリアってなんだっけと思いながら胃の痛みを感じて手でお腹を軽く擦った。
「じゃ、じゃぁそういうわけで早速更新しよう。勿論リリルカ君も見てていいから」
この非常識な連中に普通の事を言っても通用しないだろうな、と思いながらヘスティアはベルとリリルカを連れて自分の部屋へと向かう。そして乙女の部屋に入る事に躊躇も戸惑いもないベルを見て疲れた溜息を吐きつつも彼を自分がいつも就寝しているベットへと俯せに寝かせる。ここでベットから薫る女性の香りに顔を赤らめたりするのなら可愛げがあるものだが、そんな素振りが一切ないベル。そんなベルだからなのかリリルカもヤキモキするようなことはないようだ。
そしてベルの服をまくり逞しい背中を露わにするヘスティア。近くにいるリリルカからの熱い視線がベルの背中に集中するのが彼女には見なくても分かった。
そんな視線を気にしない様にしつつ書いてあるステータスに自分の指を傷付けて『神の血』を一滴垂らして更新を行う。ベルの背中のステータスが淡く光り輝くとそれまで刻まれていたステータスが変化を起こして別の形へと変わっていく。
そして光が収まると共に新たに更新されたステータスを見てヘスティアはそれはもう『疲れ切った』顔をした。
(あぁ、やっぱり…………)
そんな思いが胸を占めた。
やはりというべきか、彼女の予測していた通りの結果になったらしい。
その変化に気付いたリリルカは当然ヘスティアに早く教えてくれとせがみ、ヘスティアはそんな彼女を落ち着かせつつ羊皮紙にステータスを共通語に翻訳して写した。
その作業を終えた後、彼女は服を整えたベルとリリルカに向かって羊皮紙を渡す前にこう言った。
「喜んで良いのかわからないけどベル君………魔法が発現してるよ」
そう言って彼女は二人に見えるように羊皮紙を差し出した。
ベル・クラネル 種族 ヒューマン
レベル 薩摩兵子
基本アビリティ
「力」 SSS28682
「耐久」SS17489
「器用」I20
「敏捷」SSS33519
「魔力」I20
発展スキル
『武者働きEX』『対異常EX』
スキル 『薩摩魂』
手柄(敵を殺す)を立てる度にステータスが上昇。経験値(エクセリア)にさらに上乗せされ、互いに引き上げより成長する。
死を常に考え、それに恐怖しない。故に自己防衛本能が薄くなる。その分より攻撃能力が上昇する。
効果は死ぬまでずっと続く。
『えのころ飯』
食料にすると意識して倒したモンスターは死んでも肉体が残り、それを食べると体力回復、精神力回復、肉体治癒の効果を発揮。毒があろうとこのスキルの前では無効化される。
味はスキル使用者の能力による。
『常在戦場』
常に肉体を戦闘に最適化させる。どのような状態であろうと戦場で最高のパフォーマンスを発揮する。戦意が高揚すればするほど戦闘力が高まる。己を戦場において特化させる。
魔法 『石壁(せきへき)』
石の壁を出現させる。その規模や強度は使用者の意思によって変化する『防御魔法』。無詠唱、そして消費マインド1。
「別に何かあるわけじゃないですね」
「正気………なんだよなぁ、これで………はぁ」
「ベル様すっごいです!」
特に何かあるといった感じではないベルはしれっと返し、そんなベルの反応にヘスティアは分かってましたよと言わんばかりに嘆息する。リリルカはベルのぶっ飛んだステータスに凄い凄いと喝采し更にベルに向けて思慕の念を燃やしていた。
そんなわけで魔法の発現が確認されたベル。普通なら泣いて喜ぶくらい凄いことなのだが、この男に関してはそうではない。使えれば使うがそれだけで感慨は一切ないらしい。
そんな感じで今回の更新は終わった。勿論ステータスも大幅にぶっ飛んでいるわけだが、それに対して深く突っ込んではいけないと彼女は本能で理解している。気にしたらそれこそ胃のアラートがレベルレッドに突入するだろう。それだけは勘弁願いたい彼女であった。願わくばこれ以上問題を起こして欲しくないところだがそれは絶対に無理だろう。だってそれこそが薩摩兵子なのだから。
発現した魔法、それはベルにしては珍しい『防御魔法』であった。
しかし、この男に守りを固めるなんて思考があるわけがなくダンジョンに潜ったところでまったく使わなかった。それどころか忘れているんじゃないかというくらい使わなかった。
そんな感じでいつものようにモンスターの首を胴体から斬り飛ばしまくっていたベル達一行。その戦闘はいつもの様に圧巻につきベルはギラギラと目を輝かせていた。真っ白い霧に覆われた10階層でその力を大いに振るっていたとき、それは起きた。
「インファント・ドラゴンだぁああぁあああああああああああああああああああああ!!!!」
誰が叫んだのか真っ白い霧の世界にその叫びが響き渡る。そして直ぐに感じる地響きと揺れがその恐怖を呷っていく。
『インファント・ドラゴン』
この10階層にて稀に現れる希少種にしてこの階層最強のモンスター。別名『10階層の階層主』。別に階層主と呼ばれるモンスター達とは違うのだが、その強さ故にそう呼ばれている。
そのモンスターはベル達の方へと巨体を揺らしながらズンズンと突進してきた。周りにいた他の冒険者達は果敢に戦おうとするが、その巨体の尾から繰り出す攻撃によって皆吹き飛ばされている。
そして運が悪かったのだろう。丁度魔石を回収していたリリルカがインファント・ドラゴンの行く先にいたのだ。
「あぶねぇ、リリスケ!!」
ヴェルフの叫びに既に気付いていたリリルカではあるがもう遅い。彼女の足ではどう足掻いてもインファント・ドラゴンからは逃れられない。そのまま踏みつぶされるか撥ね飛ばされるか。どっちにしても死は免れないだろう。
だからこそ、彼女は恐怖しそして叫ぶ。
「ベル様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
『ぞんッ!!!!!!』
その叫びにベルはリリルカの元へと走り出し、そして目の前にいる巨体な相手を睨み付けながら叫んだ。
「かぁべぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」
その叫びに応じるようにベルが意識した地面が隆起し石の壁が発生する。
その壁によってリリルカが守られる……………わけではなかった。
確かに壁はリリルカの前に出現した。しかし、それはリリルカを守る為ではない。
勢いよく飛び出した石の壁は真上へと伸びていき突進してきたインファント・ドラゴンの顎の下に直撃する。人間でいえばアッパーを食らったようになり、首を上へと弾かれたインファント・ドラゴンは困惑しながらバランスを崩した。
そしてその足が緩めばそれで十分。白き鬼神の足ならそれで一瞬にしてモンスターへと食らいつく。
「その長い首、僕に置いてけッ!!」
リリルカの目に映ったのはインファント・ドラゴンの首元に飛び込むベル。そしてベルはその大太刀を振るってインファント・ドラゴンの首を落とした。
首のなくなった胴体は最初は何があったのか分からないのか動こうとするが、直ぐに痙攣し始め倒れて灰へとなり消えた。首も言うまでもなく灰へと帰って行く。
そしてベルは満足そうにニヤリと笑った。久々の大手柄が嬉しいらしい。
そんな姿にリリルカの顔は上気し熱の籠もった眼差しで蕩けるような声を上げた。
「ベル様、かっこいい……」
こうして希少種のモンスターは初の魔法の餌食となったわけだが、ここで突っ込まずにはいられない。ベルが覚えたのは『防御魔法』である。
それは決して『相手に叩き付ける』ものではないのだと。
この男、魔法の使い方が間違っているとしか言い様がない。だが、残念なことにそれを突っ込める者はだれもいなかった。