ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
その日、彼女にとっていつもと変わらない日だった。
眷属の二人はいつものようにダンジョンに赴き彼女は一人バイトに精を出す。別に金に困っているわけではないのだが、それまでの生活で必要だったことだったので今更辞めるという気にならずに続けている。
そんなわけでいつも通り働き帰って一人でご飯を食べるわけなのだが、そこでいつもと違った事が起きた。
今にも崩れ落ちそうな廃教会の扉を強く叩く音がした。それも一回どころでなく何回もだ。
一回ならまだ気のせいで済ませたかも知れないが、何度も叩かれるというのなら気のせいではない。なので彼女は仕方なく思いながら地下から上がり扉を開けた。
「一体誰だい、こんな時間に?」
如何にも迷惑してますといった雰囲気を出しながらそう言う彼女………女神ヘスティア。そんな彼女の前に現れたのは彼女にとって見知っている人物……いや、神であった。
「夜分すまない、ヘスティア」
ヘスティアの顔を見て申し訳なさそうに謝っているのは一人の男神だ。その服装は真っ白い布で出来た極東の衣装、真っ黒い長髪を紐を使って独自に纏めている。
「あれ、タケじゃないか? どうしたんだい、こんな時間に」
タケ………極東の男神にして武を司る武神『タケミカヅチ』がそこにいた。彼はヘスティアとは『神友』であり、地上に降りてきてから何かとよく話すことがよくある。タケミカヅチが面倒見が良いこともあるし、ヘスティアもタケミカヅチもお互い零細ファミリアの主神ということでアルバイトでファミリアを支える身なのでお互い親密感が高い。まさに異性を感じさせない友神といった所だろう。
そんな友の来訪にヘスティアは驚きつつも丁重に扱うことにした。
「取り敢えず中に入りなよ。流石に客人をこんなオンボロな所だとしても中に入れないのは流石に失礼になるしね」
「すまん」
何やら複雑そうな事がありそうだと感じ取ったヘスティア。それを証明するかのようにタケミカヅチの後ろには彼の眷属である子達が申し訳なさそうな顔で立っていた。それが更に大事であることを思わせる。
そして廃協会の講堂にてヘスティアは改めてタケミカヅチと向き合う。
「タケ、君がそんな顔をするんだ。余程のことがあったんだろ? 聞かせてくれ」
その言葉にタケミカヅチは即座に頭を下げた。それが謝罪の意であることは誰が見ても明らかであり、ヘスティアは急な事に驚く。
そしてタケミカヅチはそんなヘスティアに心底申し訳なく己の不甲斐なさを噛みしめながら告白した。
「すまない、俺の家族がお前の子達を巻き込んだ!!」
その告白に当然意味など分かるはずもなく、ヘスティアはタケミカヅチに更に話を促す。
「タケ、落ち着いて。まず何あったか教えてくれないか?」
その言葉を聞いてタケミカヅチは自分の眷属達が助かるためにベル達に『怪物進呈』をしたということを言った。何故それがベル達だと分かったかは単純な理由だ。背丈ほどある大太刀を振り回す白髪の男などこのオラリオでベルしかいないからであった。
冒険者の常識において許されない所行。本来であればギルドに掛け合い然るべき罰を与えるべき事態。それは勿論分かっているからこそ、義理堅く人情に熱いタケミカヅチは心身共にヘスティアに謝罪しているのだ。それは眷属達も分かっているらしい。
普通なら憤慨すべきところなのだが…………ヘスティアは違った。
「あ、そうなんだ。何だ、そんなことか。心配して損したよ、僕。てっきりもっとヤバイ問題でもあったのかと思ったよ」
怒るどころか心底ホッとした様子で胸を撫で下ろす女神がそこにいた。
「いや、あの………逆に落ち着き過ぎて驚いてしまったんだが………お前、一応聞くが事態が分かってるか? 下手したらお前の子供が死ぬかも知れないんだぞ」
情に熱いタケミカヅチはヘスティアの様子に逆に驚き呆気にとられてしまい、挙げ句は事態を理解していないのではないかと心配し始めた。
そんなタケミカヅチにヘスティアはどこか達観した顔で話し返す。
「いくら能天気な僕でも事態は分かってる。だけど残念というべきかな………その程度じゃ『首狩り』は殺せない。寧ろ感じからしたらただのご褒美じゃないかな。きっと彼のことだ。君の子供達に恨みのうの字も抱かずに楽しんでると思うよ」
彼女にとって『怪物進呈』されたなど寧ろ問題にすらならない。何せベル・クラネルという『薩摩兵子』は手柄取りを魂の奥底から楽しむのだ。向こうから手柄がやってくるのだから寧ろ両手を挙げて万歳三唱するくらいに喜んでいることは想像することが容易い。彼女にとって厄介な問題というのはベル・クラネルが『何かをやらかす』ことなのであって、何かに巻き込まれるというのは問題にならない。大概の問題は全部彼が強引に解決するだろう。その尻ぬぐいなど御免だが、巻き込まれたのならその責任はこちらにはない。来たところで知らぬ存ぜぬを押し通すだけである。
故に今回の問題に対し彼女は心底ホッとしていた。心なしか胃がスッキリとしている気がする。
だがそれは事情を知っている者だけの話。タケミカヅチは当然知らない。
「何を馬鹿な事を言ってるんだ! いくらレベル2の最速保有者とはいえ中層は危険なんだぞ! あまり強さを過信するんじゃない」
ヘスティアの態度を叱るタケミカヅチ。しかし、ヘスティアはめげない。寧ろふて腐れつつ答える。
「タケは知らないからそんなふうに言えるんだよ。彼の強さはそれこそ規格外だ。レベルじゃあの強さは計れないよ。だから安心してくれ。どうせ今頃ダンジョンで暴れ回ってるはずだから。そろそろ眠くなってきたよ、僕は」
話を取り合わないヘスティア。逆にその余裕が妙な恐怖心を感じさせ後ずさるタケミカヅチ。そんなタケミカヅチであったが、更に援軍が来た。
「ヴェルフの帰りが遅いからパーティーを組んでるアンタの所に来たらこんな事に………」
「その話、詳しく聞かせてくれよ、ヘスティア!」
その言葉と共に勢いよく扉が開き、そこから中に入ってきたのは美男美女の二人。一人は真っ赤な髪を短髪にし片目を眼帯で覆っている女神『へファイストス」、そしてもう一人は甘いマスクに綺麗な金髪をした帽子を被った男髪『ヘルメス』。
特にヘルメスはヘスティアとの付き合いが殆ど無かったために流石の彼女もその登場には驚いた。
「ヘファイストスはまだ分かるけど、何でヘルメスがここに?」
ヘスティアの如何にも胡散臭そうな物を見る目を向けられたヘルメスは大仰にわざとらしく答える。
「いやいや、久しぶりに帰ってきたら何やら愉快そうな…いや、大変な事になってるじゃないか。神友の眷属のピンチとなれば助けるのは当然じゃないか!」
「嘘だな」
「嘘ね」
「胡散臭さが丸出しだよ」
如何にも道化らしい感じに周りからの白い視線が刺さるヘルメス。
流石のヘルメスもこの痛々しい雰囲気に負けたのか、少しばかり気落ちしてちゃんとした本題を答える。
「いや、実はヘスティアの眷属になったっていう『ベル・クラネル』に用があったんだよ。旅の途中で彼の知り合いに遭ってね………いや、本当に怖かった……神の力を浴びてもケロッとしてるし、寧ろ殺されかけたし………」
最初は意気揚々だったヘルメスだが途中から冷や汗をかき始め怯え始める。その様子が明らかに酷い所為なのかいつの間にか来ていた彼の眷属の水色の髪をした女性に慰められていた。
神をここまで怯えさせる人間がどんなものなのか想像がつかないタケミカヅチとヘファイストスはどう反応して良いのかわからず困惑し、ヘスティアは何となく想像が付き呆れ返った。
大方ベルがああなった『大元』辺りとあって揶揄ったんだろう。その結果が今目の前にあるこれである。これで済んでいるだけにまだマシかも知れない。ベルのあの行動の大元だというのならそんな程度では済まないはずだろうから。
だからこそ、ヘスティアはヘルメスに達観した顔で言う。
「だったら分かるだろ、ヘルメス。一々僕達が助けに行く必要なんてないってことが」
そう言うとヘルメスは顔を青くしてぶんぶんと首を横に振る。
「いや、ヘスティアが言いたいことは分かるよ! でもね、ちゃんとしっかり見て報告しないとマジで俺の命が危ないの! アレ、おかしいでしょ! 何で俺達(神)でもないのに嘘とか見抜けるんだよ。目を見られただけでバレて危うく刀の錆になりかけたよ!」
大層痛い目に遭ったらしい。そしてどうやらその大本にベルの様子を見てくるよう言われたらしい。神すら怯えさせるそれにヘスティアは胃が疼くのを感じた。
そんなヘスティアを見てヘルメスもどことなく『同じ』だと感じたが、だからといってヘスティアの言葉に頷くことは出来ない。
「俺の命の為、もといベル君の安全を確かめるためにも助けにいかないとな」
「うわ、今明らかに本音をボロっと出したよこいつ」
「さぁ、そうと決まったら急いで捜索隊を作らないとな。タケミカヅチの所は勿論参加だろ。ヘファイストスの所は?」
「今ウチは皆出払っていてね。中層に行かせられる子はいないのよ」
躍起になって話を進めるヘルメス。その姿に日頃の自分の姿を重ねたヘスティアは深い溜息を吐いた。
そんなヘスティアはほっときヘルメスは更に話す。
「今のところタケミカヅチの所の子だけだと戦力不足だな……よし、なら一人助っ人で心当たりがある。彼女のならまず大丈夫だろ。それに……助けてアスフィ」
「え、行くんですか!? それにその物言いだともしかして付いてくる気ですか!?」
眷属の子であるアスフィ・アル・アンドロメダは如何にも嫌そうな顔をした。自分達からしたら何のメリットもないのだから。
だがそんな眷属にヘルメスは泣きついた。
「いや、マジで助けてアスフィ。俺だってそんな危ないことはしたくない。でもちゃんと見てこないとバレるんだよ、アレに。だから行かざる得ないんだ。主神の窮地なんだ、マジで助けて下さい」
ガチで謝り倒すヘルメスにアスフィは深い溜息を吐いた。この主神はいつもそうやって彼女に無理難題を押しつけてくるのだ。今回はガチで頼み込んでくる辺り、本当にまずいらしい。
「わかりましたよ………はぁ」
こうして勝手に『ベル・クラネル一行救出作戦』が勝手に進んで行く。
そんな光景を見ながらヘスティアは一人背を向けた。
「勝手にやってくれ。僕は明日もバイトで朝が早いんだ。寝かせてもらうよ」
そしてその場から離れようとしたのだが……………。
「そうはいかない」
背後から羽交い締めにされたヘスティア。その犯人は勿論ヘルメスであった。
「ヘルメス、放してくれないか。君は分かってるだろうし、それに僕が行く理由はないじゃないか。それに神がダンジョンに入るのは禁止だろ」
犯人を落ち着けるように話しかけるヘスティア。その様子は凶悪犯にネゴシエイトを持ちかける弁護人のそれだ。
だが目が据わっているヘルメスは放さない。
「一人も二人も変わらないさ。それに………俺一人がこんな理不尽な目に遭うのは許せない。ヘスティア、君も巻き添えだ」
「は・な・せッ!!!!」
羽交い締めにされて引きずられるヘスティアと引き摺るヘルメスという構図が出来上がった。
こうして救出作戦が始まり、そしてこの後ヘルメスは女主人の酒場にてとあるエルフに土下座で助っ人を頼み込んだ。