ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず   作:nasigorenn

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第44話 ベルは殴り込む

 更に一夜が明けた翌日。すでに観光も終えたベル達一行はもう帰ろうということで帰り支度を始めていた。本来の歴史ならパーティーのメンバーの負傷を癒やすために多少の期間を必要としたが、この世界の彼等は怪我など一切していない。ちょっと近場の観光地に遊びに行こう、そんな気分でここまで来たのである。故に帰り支度をする動きに揺らぎはない。そこでベルはアイズに世話になったお礼を言いに行くということでアイズ達がいるテントへと向かった。他のメンバーもロキ・ファミリアのメンバーで友好な関係を築けた人達に挨拶すべく出払っていた。故に残っているのはベルの主神たるヘスティアだけである。

 彼女は一人帰り支度をしつつ内心頭を抱えていた。

 

(あぁ、本当にどうしよう! 今日を合わせれば無断欠勤3日目。いくら人が良い店長君でも今回ばかりはガチギレするかもしれない。怒られたくないけど怒られても仕方ないことをした以上、最悪クビも覚悟しなければ…………はぁ、新しいバイト、みつけないとなぁ)

 

 今回の騒動、彼女は明らかに被害者であり落ち度は一切無い。だがそれでも結果として彼女はバイトを三日サボったことになる。事情を説明できたのならば怒られる度合いも変わっただろう。だが彼女は説明することすら許されず、強引に拉致同然で連れてこられたのであった。故に彼女は怒られる。理不尽だと思いはすれど、どうしようもない。今彼女の思考は如何に真剣に謝罪をするのかと、そしてクビになった場合の新子バイト探しに集中している。正直お先は真っ暗であった。

 だから考え込んでしまい周りなど目に入らなかった。それがいけなかったのか…………いや、もしそれに気付けたとしても彼女にそれから逃れる術はなかった。

 

「ッ!?!?」

 

突如として動かなくなる身体。そして口元を塞がれて叫ぶことを封じられる。自分に一体何が起ったのか分らず彼女は困惑し暴れようとするのだが、がっちりと動きを抑えられているのだろう。腕の一本も動かなず、身体は持ち上げられて浮かび上がる。

 そして彼女は事態を察した。口さえ塞がれなければすでに一回やられているのだから。

 

(あぁ、またかい、チクショー!!)

 

そして彼女は運ばれていきながら思うのだ。

 

(あぁ、また厄介事だよ。本当、なんでかなぁ…………)

 

こうして彼女はこの場からいなくなった。ただ彼女を攫った者達は気付かなかった。彼女が残した痕跡を。焦っていた為に気付かなかったであろう抑えた口元からこぼれ落ちていく赤き雫を………彼女の苦悩の明かしたるストレス性胃潰瘍、その吐血を。

 

 

 

「ベル様ベル様!」

 

いつも元気な恋する暴走小人族のリリルカが魔法を使用したわけでもないのに犬人のような尻尾をブンブンと振り回す幻想が見えそうな様子でベルに駆け寄ってきた。

 そんな彼女にベルはいつもとかわらない紳士的な様子で微笑んだ。

 

「どうしたの、リリ? 帰り支度は終わったかな」

「ベルさまぁ~~~」

 

ベルに微笑まれるだけでリリルカは目はもうハートマークになってしまっている。だからといってちゃんと本題を忘れないのが出来る女、リリルカである。

 

「ベル様、テントにこんなものが」

 

そしてリリルカがベルに渡してきたのは紐で括られた紙。その紐を解いて紙を広げるとそこにはこう書かれていた。

 

『首狩り、女神は預かった。無事に返して欲しかったら一人で中央樹の真東、一本水晶まで来い』

 

その言葉に本来ならば取り乱すのが普通なのだが、ベルはこれを見終えると溜息を一回吐いた。

 

「あの神様はもう」

 

その様子から呆れている様子が窺えるのだが、これをヘスティアが見ていたらそれこそお前が言うなとガチギレで掴みかかり吐血していただろう。

 その様子にリリルカもいつもと変わらない笑顔でベルに話しかけた。

 

「ベル様、どうしますか」

 

呆れつつも答えが決まっているだけにベルは仕方ないと思いながら答える。

 

「勿論助けるよ。だって僕の主神だしね」

 

そう答えると少し考える。今回の犯人、思い当たる節はないが仮にしそうな者達で該当するのはリヴィラであったあの冒険者達くらいなものだ。彼等の事など殆ど覚えていないがリリルカ曰く、ベルに恨みを抱いているらしい。なら動機としては十分だ。文章から見てベルに悪意を向けていることが十分に伝わってくる。そして人質としてヘスティアを攫っていった。

 薩摩兵子たるベルではあるが、流石に主神を見捨てるほど非道ではない。助けるのは当然であった。例えソレが間抜けに捕まった神だとしてもである。

 さて、早速決まったヘスティア救出。先方の意思で考えればベル一人だけでこなければならない。

 ここで純粋な少年ならば正義感に駆られ相手の要望通り一人で向かうだろう。だがここにいるのは薩摩兵子。戦に卑怯もへったくれもない手柄馬鹿である。相手の思惑通りにするわけがないのであった。

 

「ねぇ、リリ」

 

リリルカにそう話しかけるベルは笑顔であった。だがその瞳には怪しげな光が宿り静かに、しかし確実に殺意を醸し出していた。

 

「どうしたんですか、ベル様!」

 

普通の人には分らない、しかしベルに恋する彼女ならばベルが何かを思いついていることがわかっているので、その答えを楽しみにして瞳を輝かせている。

 

「あのね、リリ。ごにょごにょ…………」

 

リリルカに聞こえるように屈んで耳元で小さく囁くベル。まるでキスをするかのように顔を近づけてきたベルにリリルカは顔を真っ赤にしてベルの言葉に聞き雰囲気に酔いしれていた。

 

「お願いできるかな、リリ」

「任せて下さい、ベル様。ベル様のお願いならばどんなことでもリリは聞き入れますから!(出来ればエッチなお願いもお願いします、ベル様)」

 

 そして救出作戦は開始される。

あの冒険者達が指定した場所である一本水晶までの道のりは一本道。その道を駆けていくのは彼等の目論見通り真っ白い髪に紅い目をした少年………『首狩り』ベル・クラネル。その姿を隠れて見ているのは例の冒険者達についた者達である。それを見て彼等は今回の主犯である冒険者………モルドに報告をいれていく。

 それを聞いたモルドはいやらしい笑みを浮かべながら胸を高鳴らせる。とっておきのアイテムを使って一方的に嬲れるということが愉しみで仕方ない様子であった。

その愉しさが漏れ出したのか、自分達の手元の木に縛り付けたヘスティアに意気揚々に話しかけた。

 

「いやぁ、本当に女神様には悪いとは思ってるんだぜ。でもそれもこれも全部お宅の所のあの餓鬼が悪いんだ。人の苦労も知らずに調子こいてるからなぁ」

 

そう言われてもヘスティアは静かにしていた。意気消沈しているわけでも怒りに顔を真っ赤にしているわけでもない。寧ろどこか疲れ切った諦観を感じさせていた。

 

「なぁ、君。正直ベル君をおびき寄せるだけなら僕はもういいんじゃないか。早く帰してくれないかな。僕は只でさえ三日もバイトをサボっているんだ。そろそろ店長君にマジで謝らないとクビ確定になってしまうんだ。帰してくれ」

 

この後に及んでそんなことを言うヘスティアに変な雰囲気を感じてドン引きするモルド達。自分の身の危険よりもそんな事を心配しているのはどうなのかと。

 

「いや、そういうわけにはいかねぇんでさ。アンタには首狩りが来た際に抵抗できないように人質としていてもらう必要があるからな」

 

それを聞いたヘスティアは深い溜息を吐いた。明らかに呆れ返っているとしか言いようが無い。

 

「悪いことは言わないから止めた方が良いよ。何せベル君は僕がどうなろうが気にせずに君達を殺しに掛かるだろうから。彼の頭のネジの外れ具合は聞いてるだろ? その通りさ、彼は狂ってるからね。僕なんかで止められるほど『可愛く』ない。悪いことは言わないから関わるのはやめときなよ。平和に安穏に健やかに過ごすコツは異常や危険に関わらないことだよ。でないと………グフ……僕のようになるよ」

 

口の端から血を垂れ流すヘスティアに更に後ずさるモルド達。正直ヘスティアがさっきから流す苦労人オーラに寧ろ同情しそうになるほどだった。自分達はロクデナシではあるが、こんなに酷い苦労人は見たことがない。一体どうすれはこのようなふうになるのだろうかと少しばかり恐怖した。

 そんな恐怖を感じていたのが悪かったのだろうか? それとも首狩りを嬲れると嘗めていたのが悪かったのだろうか?

 いや、答えは全てだろう。何せ…………。

 

「烏合の衆は集まっても役に立たないとはまさにこのことだね。もう少し警戒した方が良いんじゃないかな」

 

その言葉と共にモルドの顔面に鋭く硬い拳が突き刺さった。

そのまま吹っ飛ばされたモルドは固まっていた連中の中に突っ込み、更に冒険者達をなぎ払いながらも止まらず生えていた木に激突して木をへし折ってやっと止まった。顔面からは粘性の高い血をダクダクと流して白目を剥くモルド。それに巻き込まれた連中も結構な負傷をしていた。

 それに驚いた者達が見たのは彼等が待ち構えていたベルであった。ただしその姿に周りは別の意味で驚愕する。

 

「何故ここに首狩りが!? まだ此方に向かってきているはずなのに!」

「あの道は一本道だろ。なんで反対側から来たんだよ。反対側は崖のはずなのに!?」

 

そう驚く周りにベルは呆れながら答えた。

 

「寧ろ何で僕がお前達の思惑通りに動くと思ってるんだ? そっちが仕掛けてきたんだからちゃんと警戒しておかないからこうなるんだ。戦場に油断や傲りは不要。そして神様を人質にしているとしても効果を発揮しなければ意味は無い、この阿呆め」

 

そしてベルはヘスティアを木から救い出すと呆れた顔をする。

 

「こんなので捕まらないで下さいよ、神様」

「君ねぇ、そもそも君が原因だってことを自覚しなよ」

 

そしてヘスティアは疲れ切った声を出しながら問いかける。

 

「で、彼等曰く君はまだ此方に向かってるという話だったけど?」

 

その答えをベルは口にする。まぁ、単純な答えであった。

 

「リリにお願いして僕の格好してもらったんだ」

「なるほどね」

 

その言葉で理解したヘスティアはウンウンと頷く。そして周りを見て怯える彼等を見てベルにこう提案する。

 

「彼等ももう怯えているみたいだし、もう放置でいいんじゃないかな」

 

戦意は感じさせないのだし、寧ろもう無理だろう。

 だがしかし…………ベル・クラネルは止まらないし止められない。

 

「いや、このまま嘗められては駄目だ。だからこそ、ここで潰します」

 

戦上手な薩摩兵子は容赦しない。その言葉にヘスティアは彼等に合掌した。


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