ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
そして我らがベルの女性観が少しだけ見えることに。
新しいスキルも発生して………。
彼女はとても美しい。
見目麗しく、人間離れした美貌は男ならず女であっても見惚れるだろう。
だが、一つだけそんな彼女にも欠点がある。
それは感情表現が苦手だということ。本人にそんな気はないのだが、それまで育ってきた環境の所為なのかもしくはもとからなのか、口数が少ないこともあってそれが顕著に表れていた。その欠点はある種では人形のような美しさへと彼女を昇華する。
そんな彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。
このオラリオに於いて強大な力を誇る大規模ファミリア『ロキ・ファミリア』の中核を担う強者である。
そんな彼女ではあるが、昨日から様子がどうにもおかしい。
端から見たら特に変わった様子は見られないのだが、親しい仲であるファミリアの上層部や一部の団員はその変化にすぐ気づいた。
「もう~、アイズったら本当にどうしたのさ? ずっとそわそわしてさ」
ロキファミリアで同じレベル5のティオナ・ヒュリテにそう言われ、彼女は少しだけ慌てた様子を見せつつも答える。
「な、何でもない………」
そう答えるも、ティオナには何でもないようには見えない。
「何でもないわけないじゃん。昨日何があったの?」
「別に何も……」
アイズはそう言いつつも、手に持っていたハンカチを軽く握ってしまう。
それは昨日、とある男の子に渡されたものだ。今はしっかりと洗っておいたので昨日のように真っ赤ではなくなっている。
アイズはそのハンカチをその男の子に返したいのだ。
自分が余計なことをした所為で彼もミノタウロスの返り血を浴びてしまい、顔を真っ赤に染め上げてしまっていた。
だというのに彼は持っていたハンカチをアイズに貸した。その理由までは分からないが、彼が善人であることは確かだろう。でなければああも笑顔で堂々とハンカチを押しつけたりはしない。自分が返り血で気持ち悪くなっているというのにだ。
だからこそ、アイズは彼に再び会いたかった。
会って借りたハンカチを返し、そしてちゃんと謝罪とお礼を言いたかったのだ。
ただ、そう思いながらその男の子の事を考えると胸が熱くなる。
その良くわからない感情に戸惑いながら、まずは彼を探さなくてはと思っていた。
(ベル……ベル・クラネル………会いたいな………)
そのとき彼女は気付かなかったのだが、確かにアイズは微笑を浮かべていた。
それは今までの彼女には無い、年相応の可愛らしい笑みで今までとまた違った可憐さを出していた。
それがより仲間の追求を凄くさせることを彼女は気付かなかった。
「なぁ、ベル君。ステータスを更新してみないか?」
ミノタウロスの首を取った翌日。ダンジョンに出かけようとするベルにヘスティアはそう提案してきた。
その理由は単純にあのステータスがどうなってるのか気になったからだ。
何せあのスキル『薩摩魂』が効果を発揮してから数日が経過したのだ。ベルが上層で派手に暴れ回っていることからかなりの数のモンスターを狩ったことから分かる。その証拠にこのファミリアには上層では信じられない程の高額なヴァリスが貯金されている。
だからこそ、あのスキルがどれほどの効果を発揮したのかを見たいと言うのは当然のことだろう。
そんなヘスティアの心境は怖い物見たさ半分と、未知への恐怖が半分といったところ。
その気持ちを察する……なんてことはベルは一切せず、面倒くさそうにしつつも何とか応じる。
「あ~~~……はい、分かりました」
そう答えてごろんと背を向けて横になるベル。
そんなベルにヘスティアはジト目で呆れながら言う。
「随分とやる気がない返事だなぁ。普通、こういうときは皆自分のステータスが上がったかどうかドキドキしてるもんなんだぜ。君は気にならないのかい?」
「別に気になりませんよ。自分の能力が見れたからって何かが変わるわけじゃないですし、そんなものじゃ『強さ』は計れませんよ………本当の強さは」
寝そべっているベルの表情は見えない。
だが、見えなくてもその言葉から感じる迫力にヘスティアは怖じ気づいた。
怖いと感じてしまった。冒険者なら絶対と言っても良いステータスを、そんなものなど不要と言い切る彼が本当に冒険者なのかと思えるほどにその様子は怖かったのだ。
そんなヘスティアの様子に気付かないベルは早くしてくださいと急かす。
早く首を上げたいのだ。手柄をもっと上げて、夢へとより近づきたい。
目指すのは英雄譚に語られるような『優しい』英雄ではない。
英雄と呼べるのか分からないほどに野蛮で飛び切りおかしい異常者。正義という言葉が薄っぺらに見える程の濃厚な自分だけのルールを押し切る異端。
きっと周りからは絶対におかしく見えるだろう。英雄とは真逆の何かに見えることだろう。
だが、ベルにとって確かに『彼』は英雄なのだ。
その姿に衝撃を受けた。そのあり方に憧れた。その全てに心の底から求めた。
自分もこうなりたいと。
だからベルは師の様になりたいと、こうして師と同じように戦うのだ。
それが師のような『英雄』へとなるための近道だと、本能で分かっているから。
急かされたヘスティアはどことなく急ぎ、神の血をベルの背に垂らしそのステータスを確認する。
もしかしたら普通に戻っているかもしれないと、わずかなかながらに期待をしながら。
ベル・クラネル 種族 ヒューマン
レベル 薩摩兵子
基本アビリティ
「力」 SS6989
「耐久」SS5980
「器用」I13
「敏捷」SS7980
「魔力」I10
発展スキル
『武者働き』『対異常』
スキル 『薩摩魂』
手柄(敵を殺す)を立てる度にステータスが上昇。経験値(エクセリア)にさらに上乗せされ、互いに引き上げより成長する。
死を常に考え、それに恐怖しない。故に自己防衛本能が薄くなる。その分より攻撃能力が上昇する。
効果は死ぬまでずっと続く。
『えのころ飯』
食料にすると意識して倒したモンスターは死んでも肉体が残り、それを食べると体力回復、精神力回復、肉体治癒の効果を発揮。毒があろうとこのスキルの前では無効化される。
味はスキル使用者の能力による。
もはや言葉を失った。
ヘスティアはこのステータスを見て、もう通常という言葉と無縁だと言うことを悟る。
レベルは変わらずに数字ではないし、基本アビリティも既に数字がぶっ飛んでいる。なんでレベルアップしないのか謎なくらいだ。
更に注目すべきは新しいスキルだろう。
今まで見たことが無い、他に類を見ないスキルだということは一目で分かる。
(何だ、このスキル!? モンスターを食べるの!? え、あれって食べられるの?)
この世界の常識を蹴っ飛ばしたような新たなスキルに彼女は驚愕し固まる。
そんなヘスティアにそろそろ焦れったくなったのか、ベルは退くように言った。
「神様、そろそろ退いてくれませんか?」
「あ、ああ、ごめんよ、ベル君」
退いたヘスティアはどうするか悩み、どうせステータスを見せても何も感じないベルに見せるだけ無駄だと思い口で説明することにした。
「ベル君………君のステータスだけど、やっぱりおかしかった」
「そうですか」
しれっと返すベル。
そんなベルにヘスティアは深いため息を吐きながら話す。
「もう、君は………気にしてないのはもう良いけど、もう少しなんかあってもいいのにさ~。まぁ、いいや。とりあえず基本アビリティがぶっ飛んだ数字だったよ。なんでレベルアップしてないのか気になるくらいにね。そして新しいスキルが増えてた。その名は『えのころ飯』……何か覚えはあるかい、ベル君?」
ヘスティアの呆れ返った問いに対し、ベルは少し考えて思い出した。
「あぁ、確か師匠と一緒によく野宿した際に食べた食事がそんな名前だったような……。その辺に生えている食べられる植物とか動物を片っ端から取って鍋で煮込んだもので、味も色々だったと思います。あ、犬って結構美味しいんですよ」
「そんな残酷なこと聞きたくなかった!?」
そのときの味を思い出したのか、無邪気な笑みを見せるベル。
だが、ヘスティアは知りたくも無いことを知ってしまい少しばかりヘコむ。
それでも説明しなければと、内心に喝を入れて彼女はベルに説明する。
「どうやら君にそのスキルが発生したみたいなんだ。何でも食料にしようと思って殺したモンスターはその場で消滅せず、その肉体を残すらしい。そしてそれを調理して食べるとポーションなどを使った時と同じような回復効果があるみたいなんだ」
「それは良いことを聞きました。これでダンジョン内でもご飯が食べられますね」
そのスキルに素直に喜ぶベル。彼にとって食料の問題が簡単に解決できることは喜ばしいようだ。普通の冒険者ならそんなスキルが出たところで食べたいとは絶対に思わないだろうが、この辺は精神が鋼のベルである。動じることなどまったくない。
そんな様子のベルにヘスティアはまたしても深い溜息を吐いた。
もう自分の眷属がおかしいことに諦めがついた。今更何があっても驚くことが馬鹿馬鹿しいことを悟った。
そんなヘスティアが願うのはただ一つ。
(頼むから………問題を起こさないでくれよ、ベル君……隠せそうにないから)
それは絶対に無理だと言うことを、彼女はなんとなく分かってしまっていた。
ステータスが更新されたからとて、ベルはかわらない。
あれから数日が経ち、そろそろ11階層にまで向かおうとその日も朝早くにホームを出た。
格好は変わらずにノー防具、ノーアイテムのキチガイ仕様。武器はただ一つ、身の丈ほどある太刀のみ。
最近は例のスキルのおかげで食料を用意する必要がないので、より荷物は軽くなっていった。
もう冒険者と言えるのか謎な存在になりつつあるベルだが、当人がそれに拘ることなどないので問題ない。
彼はひたすら手柄を立てることだけしか頭にないから。
そんなベルだが、ダンジョンに向かって歩いている最中に突如視線を感じた。
それはこのオラリオに来てから何度となく感じているもので、正直あまり気持ちの良い物ではない。
侮蔑的でもなければ敵意があるわけでもない。強いて言うのなら、観察されているというべきだろうか。そんな視線を何度も受け、ベルはまたかと思いながらその視線の先を睨み付けた。
「またあなたか……いい加減にしてもらいたいんですけどね、こういう不躾なのは」
呆れが混じった言葉を言いながら、ベルはその視線の元を見る。
その先にあるのはバベル。つまりベルが目指すダンジョンの真上だ。
バベルはかなりの階層が有り、低い階層にはへファイストファミリアなどのファミリアが出店している。そしてその更に上には、様々な神々が住んでいるという。
きっとその神の誰かがベルを見ているのだろう。
だが、ベルはそれ以上を見抜く。
「惜しいのはあなたが女神だってことです。女首は恥です。でなければその首、落とさせてもらうのに」
苛立ちの混じった殺気をせめてもの当てつけに視線の先に飛ばす。
別に殺す気はない。ただの八つ当たりだ。視線を感じ、どことない直感で相手が女神であることを察した。だがら相手の首を落とせない。
もしこれが男神なら、きっと容赦なくベルはその視線の主の元まで出向き、話を聞き出すだろう。そしてその理由によってはその首を躊躇無く斬り落とす。
神を殺すことすらベルは躊躇しない。それが師から教わった精神の一部である。
相手が偉大だろうがなんだろうが、関係なく殺すときは殺す。それが薩摩クオリティ。
そんなベルの殺気を受けて身悶えしている女神がいるが、ベルはそんなことなど気付かず別の問題に遭っていた。
「あ、あの…………」
殺気を向けていたのはバベルの上の方にだが、その真下にいた者のは突如振り返って睨み付けられたように感じたのだろう。
ベルの目の前には鈍色をした髪の女の子が怯えた様子を見せていた。
そんな彼女を見て、ベルは少しだけ慌てて話しかける。
「あぁ、ごめんなさい。どうにも向こうの方から嫌な視線を向けられていたものですから」
その説明に納得出来るものは少ないだろう。だが、その女性には最低限のことは伝わったようで、彼女は自分が睨まれていないことにほっと胸をなで下ろした。
ベルは彼女に悪いことをしたと思い、改めてちゃんと謝ることにする。
その際その女の子をちゃんと見ることに。
鈍色の髪を頭の後ろの方で纏め愛嬌のある顔が笑みを浮かべる。その服装からどこかのウェイトレスなのだろう。
アイズを綺麗と評するなら、彼女は可愛いというところだ。
そんな可愛い女の子を怯えさせてしまったことにベルは更に罪悪感を抱いた。
彼は戦闘などはほぼ師の教えによって苛烈に動くが、日常的には祖父の教えもあって女性には紳士的に対応するようになっている。
だから彼女に申し訳ないことをしたと反省するベルは、彼女に失礼のないよう対応することにした。
「改めて申し訳ありませんでした。別に貴女が悪いわけでもないのに怖がらせてしまって」
「い、いえ、いいんです。その、急に睨まれたと思ってビックリしちゃっただけですから」
ベルの言葉に彼女は顔を赤くしながら慌てる。
そんな彼女を見て可愛いと感じつつ、ベルは少しでも相手の緊張を解すように話しかける。
「見たところ、どこかのお店で働いている方ですよね。自分でいうのも何ですけど、こんな朝早くからご苦労さまです」
ベルに労われ、それが相手の気遣いだと分かった彼女は気恥ずかしさから顔を赤らめる。
「い、いえ、そんな大層なことじゃないですよ。そ、それに……冒険者の方……ですよね? こんな朝早くからダンジョンに行かれるなんて凄いです」
冒険者であることを見抜かれたベル。
だが、その理由を聞いて苦笑してしまう。何せ、
『あんな怖い顔をした人が普通の人のわけないですから』
だそうだ。苦笑するのも無理はないだろう。
その事に苦笑するベルを見てか、彼女も少しだけ落ち着いたようだ。
それで少しだけベルも落ち着くのだが、その所為なのか体が妙に弛緩し腹が空腹を訴えてきた。
「お腹……空いてるんですか?」
「……はい」
場に間の抜けた音が鳴り、彼女はベルに暖かな笑みを向ける。
ベルは流石に気まずさから顔が熱くなりつつ白状することに。本当はダンジョンに行ってから適当にモンスターを食べようと思っていたのだ。
「少し待っていてください。直ぐに戻るので」
彼女は少しベルに待つよう言うと近くにあった酒場の扉を潜り中に入る。
そして少しして、彼女は布に包まれた物を持ってベルへと女の子らしく駆けつけた。
「これ、よかったらどうぞ」
そう言って渡されたのはお弁当だった。
そのお弁当が誰のものなのかなど、少し考えれば誰だって分かる。
だから当然ベルは彼女に断りを入れる。
「いや、そんな悪いですよ。これは貴女のものですよね。寧ろ迷惑をかけてしまったのにそんな……」
「気にしないでください。私はお店の方でまかないが出るので、問題はありません。それに………私が渡したいんです。駄目……ですか?」
上目遣いで甘えるように見つめる彼女。
それは男なら誰もが可愛いと思うだろう。ベルとて男である。素直に可愛いと思った。
「そう言われてはどうしようもないですね」
そう答えベルはお弁当を受け取り、今度はベルが彼女に提案する。
「なら、今日は貴女が働いているお店で夕飯を食べようかな。迷惑をかけた上に一飯の恩義。それに報いるにはお店に貢献して貴女の給料を上げてもらうくらいしないと割に合いそうにない」
そう言われた彼女は嬉しかったのか微笑んだ。一つ一つの笑みが可愛い娘である。見ていて癒やしを感じた。
そしてベルは彼女が働いている店を改めて教えてもらうことに。
そのまま別れようと思ったが、ベルはその前に彼女に名を名乗っていないことに気がついた。
「そういえばまだ名前を名乗っていませんでしたね。僕はベル……ベル・クラネルと言います」
そう名乗られ、彼女は嬉しいのか頬を赤くしながら微笑んだ。
「私はシル・フローヴァといいます。よろしくお願いしますね、ベルさん」
彼女の可愛らしい自己紹介を受け、ベルは彼女……シルに別れの挨拶をして改めてダンジョンへと向かった。
まさかこの後、再び彼の少女と再び再会するとは思ってもみなかったベル。
そしてシルのお弁当は美味しく、久しぶりに他人が作った料理に舌鼓を打った。
尚、彼女の働いている店で盛大に食べるべく、いつもよりも更にモンスターを狩り、5万ヴァリスもの大金を稼いだ。
が、ダンジョンから出てきたベルは返り血で真っ赤に染まっており、一回ホームに帰ることになった。