女神アクアの元で光に包まれ、次にカズトが目を開いた時━━━彼の目の前には中世風の街並みが広がっていた。行き交う人々の中には獣の耳が生えている人や、エルフのように耳の尖っている人も見受けられる。
「……本当に、異世界なんだ」
日本で死に、女神様という非現実的な存在を前にして疑っていた訳ではないのだが、彼は改めて自分が異世界にやって来たのだと実感した。
「っと、こうしちゃいられない。早速冒険者ギルドに向かわなきゃ」
女神アクアは別れ際に言っていた。まずは冒険者ギルドなる場所へ向かうらしい、と。
らしい、という何とも曖昧な言い方ではあったが、女神である彼女の言う事なのできっと間違いはないであろう。
「こういう時は誰かに話を聞くべき、だよな……」
カズトは道行く人を適当に捕まえて話を聞き、冒険者ギルドまでの道のりを教えてもらった。その人に礼を述べて、早速冒険者ギルドへと向かう。
道中、どのような店があるのかを確認しつつ暫く歩いていると、やがて一際目立つ大きな建物が見えてきた。冒険者ギルドである。
扉を開けて中へ入ってみると、そこは酒場のような場所であった。カズトの想像とは少し違ったが、奥の方に受付と思しきスペースがあるので、早速そちらの方へと向かう。
受付の数は四つ。内、二つは女性、もう二つは男性の職員が座っている。女性の方はどちらも並んでいる━━特に金髪美女の受付嬢の方には行列が出来ている━━のに対し、男性の方はスカスカである。
カズトは迷う事なく男性職員の方へと向かった。二十代半ばの、柔和な笑みを浮かべている優しそうなお兄さんである。
「あの、すみません」
「はい、本日はどのようなご用件でしょうか?」
表情だけでなく、声にも優しそうな雰囲気の漂うお兄さん。
「えっと、冒険者登録を行いたいのですが……」
「そうですか、登録手数料として千エリスを頂きますが、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
カズトはポケットに入れていた一万エリスの内、千エリスをお兄さんに差し出した。
「はい、確かに。では、こちらのカードに触れて下さい」
そう言ってお兄さんが取り出したのは、一枚のカード。免許証より一回り大きいだろうか。
「えっと、これは……?」
「これは冒険者カードと言いまして、これに触れますとその人が持つ潜在能力を表してくれるものです。その潜在能力に応じて、クラスを選んで頂く事になります」
微妙に分からない単語が幾つか飛び出した。いや、カズトはゲームなどを
なので、カズトは自分が右も左も分からない初心者である事を包み隠さず話し━━流石に異世界云々のくだりは誤魔化したが━━、この世界について色々と聞いてみる事にした。
対するお兄さんも柔和な笑みを浮かべたまま嫌な顔一つせず、カズトの質問にしっかりと
これにより小一時間ほど消費する事となったが、カズトはこの世界での事を色々と知る事が出来た。これは何とも思い掛けない
そして、いよいよカズトが冒険者カードに触れた。すると、カードが淡い光を帯び始め、しかしその光はすぐに消えてしまった。
「はい、結構です。えー、スズキカズトさんですね。潜在能力は……魔力関係と知力が高いですが、他は平均的ですね。しかし、魔力と魔力容量がかなり高く……ん?」
ふと、カードを見ながらお兄さんが首を傾げる。
「……? どうかしたんですか?」
「あ、いえ……気のせいだとは思いますが、魔力の値が増えたような……? あと、魔力容量よりも魔力の方が上回っていましたので、珍しい事もあるものだなと……」
「……珍しい事、なんですか?」
「ええ、私は十年近くギルドの職員をやっていますが、魔力容量よりも魔力が大きく上回っているのは初めて見ました」
珍しい事例。カズトの中の『無限の魔力』が関与しているであろう事は十中八九間違いない。
「えっと、魔力容量よりも魔力が上回っていると、何か問題とかあるんでしょうか……?」
「……申し訳ありません。何分初めての事ですので、私どもの方では分かりません……」
「そ、そうですか」
━━━まぁ、異常も見られないし、特に問題はないだろう。
楽観的に考えるカズトであった。分からない事を考えていても仕方ないと割り切っただけなのだが。
そして、次にクラスの選択へと移る。
「カズトさんの能力ですと、魔法使い系統のクラスになるのがお勧めですよ。ウィザードやプリーストなどですね」
「……うーんと、あの……魔法剣士、みたいなクラスはありますか?」
「……魔法剣士系統は上級職に当たりますので、今のカズトさんの能力では……」
「そ、そうですか……」
カズト的には剣も魔法も使いこなす魔法剣士になりたかったのだが、なれないのであれば仕方ない。
だが、希望が無いわけではない。レベルが上がって能力値が成長すれば、下級職から上級職への変更も可能である事は既に説明を受けている。頑張ってレベルを上げれば、彼の能力値的にいずれは魔法剣士になる事も出来るだろう。
「えっと、下位職の中には剣も魔法も扱えるクラスって無いんですかね……」
「…………無い事は、ないんですが」
ここにきて、初めてお兄さんが言葉を濁した。まるで、そのクラスはお勧め出来ないとでもいう雰囲気である。が、カズトはそれに食いついた。
「あるんですか⁉︎」
「え、ええ……一応は。しかし、率直に言ってお勧めは出来ません」
「教えて下さい。お願いします」
「…………分かりました」
お兄さんは観念したように話し始めた。
そのクラスの名は『冒険者』。あらゆるクラスのスキルや魔法を習得する事が出来る、最弱のかつ一番人気の無いクラスである。
あらゆるクラスのスキルや魔法が使えると言えば聞こえは良いかもしれないが、それらを習得する為にはそれぞれのクラスの者に教えてもらわなくてはならない上、クラス補正が掛からないので魔法やスキルの威力は本職に比べて見劣りする。しかも、習得に掛かるスキルポイントが五割増しになるとくれば、不人気なのも納得であろう。
そんな感じで冒険者のメリットやデメリットをお兄さんから聞いたカズトは、
「……とりあえず冒険者になります」
少し考えて、冒険者になる事を決めた。
「……ハッキリ言いますが、デメリットの方が大きいですよ? 最弱と言われるクラスですから、他の人とパーティも組んでもらい辛くなりますし、ソロで戦うにしても能力値が低いので苦戦する事は必至でしょう」
「それでも、まずは冒険者でお願いします」
カズトにはちょっとした打算があった。まずは冒険者として色々なスキルを教えてもらい、その後に上級職である魔法剣士系統のクラスにつく事。そうすれば、多彩なスキルや魔法を使いこなす剣士になれるであろう、という打算が。
問題は誰かに教わらなくてはならない点だが、これに関してはお金が貯まったら自分でクエストを貼り出し、スキルや魔法を教えてもらえばいいだろう。
そして、何よりも彼の好きなRPGの知識で照らし合わせれば、始まりは最弱職からというのが王道である。
余りにも舐めた選択ではあるが、彼は異世界に来たばかりで、いささか常識が欠如しているのであった。
「……分かりました。それでは冒険者として登録します。……カズトさん」
「は、はい?」
お兄さんが突然、カズトの右手を両手で握り、
「無茶だけはしないでくださいね?」
カズトを真っ直ぐに見つめてそう言った。その様子からは、カズトの事を心の底から心配しているのが伝わってくる。
「……ええ、大丈夫ですよ。無茶はしません」
転生して早々に死にたくありませんから━━━という言葉は呑み込んだ。そんな事を正直に言ったところで電波扱いされるのがオチである。
「それでは、とりあえず冒険者の登録はこれにて終了です」
本来はカードを作った後に説明などが入るのだが、質問魔のカズトはそれらの部分を先に聞き終えているので、説明をする必要はない。
「因みに、これからどうされるのですか?」
「えっと、そうですね。まずは武具を扱うお店を見て回ろうかと。そしたら今日は馬小屋の方で寝泊まりして、明日から本格的に活動しようと思います」
「そうですか。ではカズトさん、これから頑張って下さい」
「はい、何から何までありがとうございました」
「これもお仕事ですから。それではお気を付けて」
お兄さんに別れを告げ、ギルドから出ようと扉の方へ行く途中━━━
「兄ちゃん、ちょっといいか」
いかにも世紀末な時代に出てきそうな、パンクな格好をしたモヒカン頭の男が話し掛けてきた。
すわカツアゲか何かだろうかと警戒するカズトであったが、
「お前さん、日本人だろ?」
「っ⁉︎ ……そうですが、何故それを?」
いきなり正体を言い当てられ、更に警戒心を高めるカズト。
「何、簡単な事だ。あんたみたいな黒髪黒目で変わった服を着た人種ってのは、ここら辺じゃ珍しいからな。そういう奴は決まって日本人、という訳だ」
恐らく、カズトよりも先に送られてきた日本人達の事であろう。確かにアクアも「他の死者の案内が控えて〜」と言っていた。
「成る程……。それで、自分に何か?」
「ああ、別に何か用があるって訳じゃない。ただ、親切心から教えておいてやろうと思ってな」
彼はカズトの肩にポンと手を置き、こう言った。
「━━━お前さんの担当していた受付の人な……あの人、同性愛者だから」
「…………」
彼の言った言葉を理解するのに、カズトは十数秒ほど掛かった。
「…………ヴェ?」
「気ぃつけなよ」
それだけ言うと、世紀末な彼は離れて行った。
成る程、確かにあの受付のお兄さんはカズトに対して丁寧過ぎた。小一時間も説明に時間を取られるなど、普通の冒険者ギルドの職員であればキレて当然であろう。
つまり、あのお兄さんにとってカズトは好みのストライクゾーンを捉えていた、という事なのであろう。
後にカズトはこう語る。
━━━あの日ほど″人は見掛けによらない″と実感した日はない、と。
★
そんなこんなで、二度と男性の受付には行かないと心に決めたカズトは、ギルドを出た。
残りの所持金は九千エリス。これを元手に装備を整えたり、今日の食事代に当てようと考えていた。
しかし、ここで問題が起こる。
ギルドを出た辺りで少し頭がボーっとし始めたのだ。更に何だか気怠い感じもあった。が、彼は特に問題ないだろうと気にせず、店を回り始める。
武器屋や防具屋、ポーションなどの道具を扱っている店まで、様々な店を冷やかして回った。
普通ならば冷やかしの客など追い返すであろうが、彼は日本人である為にそのような事はなかった。
何故なら、日本人という人種は決まって特異な武具や能力を備えており、初めはレベルの低い者でもあっという間にレベルが上がって強くなり、お店にお金を落としてくれるからだ。
今の段階では無名の新人であるカズトも、いずれは出世して自分の店の顧客になってくれるかもしれない。そう考えているからこそ、何を買うでもないカズトの事を無碍に扱ったりはしないのである。
そして、店々を回っているカズトは━━━
「…………ここは……、どこだ……?」
迷子になっていた。路地裏に入ったのが原因である。
この街はそれなりに広いので、初めて訪れた者が路地裏に入ると、よほど方向感覚に自信がある者でもなければ大抵迷う。
しかも、問題はそれだけではない。現在、カズトの顔を真っ赤に染まっていた。
これは別に羞恥の感情に当てられてとか、そういった理由ではない。風邪を引いて熱が出たような状態なのである。
現に彼は視界がぼやけ始めており、足取りも
それでも、何とか気力を振り絞って歩いていたカズトであったが、やがて彼は力尽きるように倒れた。
しかして、周囲に人影はない。彼を助けてくれる者は、この場に存在しないのだ。
━━━俺は、このまま死ぬのか……?
そんな事を考えながら、カズトは意識を手放した。
世紀末な人→良い人
優しそうなお兄さん→実はホモ
危うく掘られるところだったぜ